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鬼が喰らうは人の幸

●ブリーフィングルーム
「恵方巻き、知ってる?」
 呼びかけに集まった面々に向かい、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は問いかけた。思いなしか顔色が悪い。
 いきなり何の話かと、いぶかしむリベリスタたちに対してイヴは、もとは上方の風習だったものと前置きをした上で、「ここ最近は節分になると日本全国どこのコンビニも売られるようになったから、みんなも一度は見たことがあるはず」と言った。
 恵方巻きとは、節分に恵方を向いて食べると縁起が良いとされている“太巻き”のことである。「福を巻き込む」と縁起をかつぐ意味で巻きずしらしい。縁が切れてしまわないように、まるまる一本を黙って食べる。
 イヴはきつく目を閉じると、何かを追い払うかのように小さな体をふるりと震わせた。
「今回の依頼は鬼退治。鬼畜道に落ちたノーフェイスが、幸せな人たちを恵方巻の具にして食べてしまうの。食べればその人たちの福をまるまる自分のものに出来ると信じて」
 生きたまま、ばりばりと頭から丸かぶり。
 それはさぞかしおぞましい光景だっただろう。
「場所は大阪の天王寺。日暮れとともに鬼は目覚め、街で目についた幸せそうな人を7人さらって、近くの天王寺公園……その一部、慶沢園という有料公園の中に連れていく」
 そこで鬼は黒々とした瘴気で人を巻いて食べるのだという。
 犠牲者が7人なのは、恵方巻きの具が七福神にちなんで7種類あるからだ。
「慶沢園は夜間閉鎖されている。だから人目は気にしなくていい。ただ……」
 鬼は用心深く臆病なたちらしい。素材集めの途中でリベリスタたちの妨害が入れば、そのまま雲隠れするかもしれなかった。
「8人のうち7人は、残りのひとりの助けを信じて巻きの具になってちょうだい」
 イヴは、理由はなんでもいいから幸せ絶頂オーラだしまくって鬼の気をひけといった。
「瘴気ののりは内側から破れない。それ以前に捕まったときに仮死状態にされてしまう。だからリベリスタが7人そろっていても、巻からの脱出は不可能。でも、鬼が大口をあけてかぶりつく寸前に仮死状態が解ける。残るひとりがタイミングよく鬼の前に飛び出して、瘴気ののりを外側から断ち切ることができれば……たぶん、犠牲者をひとりも出さずにすむ」
 逆に言えば、タイミングを逃すと具になった7人の頭が生きながら食われてしまうということである。
「この鬼、フェーズの進行が早い。見逃せば違う場所で遠からず大惨事が起こる。慶沢園で確実に倒して、お願い」

●某日、夕刻
 生きててもなーんもいいことなかったわ。
 ほんま、しょーもない人生やったで。
 この世は人の親切や優しさを平気で踏みにじる鬼でいっぱいや。
 やつらは人の幸せを喰うて福を取り込んどる。
 あーあ、わしも今度生まれてきたら、鬼になったるねん。
 もう気のええ善人はこりごりや。

 借用書の束を投げ捨てると、男は最後に涙を一粒こぼしてから踏み台を蹴った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:そうすけ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年02月03日(日)22:41
●ミッション
 ・ノーフェイス“青鬼”の撃破。

●成功条件
・ノーフェイスの撃破。

●バトルフィールド
・慶沢園
 大阪市指定文化財。天王寺公園の一角にある有料庭園。
 2月度の開園時間は9:30~17:00
  
●時間と状況
借金苦で自殺しようとした男がノーフェイスになるのは夕方です。
男は今度こそ幸せになろうと決意。
新たな人生の縁起かつぎに“恵方巻き”を食べることにしました。
鬼に生まれ変わったのですから、人の福を食わねばと、思ったようです。
具を全て集めて公園に戻ってくるのは真夜中です。
  
●エネミーデータ
・“青鬼” / ノーフェイス(フェーズ2) × 1
 体は人の3倍、頭は5倍の大きさになっています。
 ≪攻撃≫
  三昧……瞬時に生命活動を低下させ、仮死状態に至らせる/近距離、複数<麻痺>
  かみつき……鋭く尖った無数の歯でかみつく/近距離、複数<致命>
  張り手……大きな手でまとめてぶちのめす/中・近距離、複数
  頭突き……大きな頭でぶちのめす/近距離、単数 
 ≪その他≫
  影潜み……影の中に潜んで隠れる。物や人も連れ込める。

●その他
【具】になる人は、超ハッピーな気分の理由を適当にでっち上げてください。
どこで何をして青鬼を待つか、どんな風に幸せをアピールするかも重要です。
7名必要です。
あ、あと解放されてからの動きも忘れずに。
【余り】
名はみっともないですが、とても重要な役です。
成功するか、失敗するか、攻撃の初動作にかかっています。
事前準備をしっかりと。
真夜中までどこで何をして時間をつぶすか、ご記入ください。
具になる幸せな人たちのサポートに回るのもいいかもしれません。
  
●マスターコメント
具となるリベリスタが7名に満たない場合、元々予定されていた犠牲者(一般人)が足りない分だけ巻きの中に混じります。
鬼さんに上手く幸せぶりをアピールできず、スルーされてしまった場合も(一般人)が巻きに混じります。
頑張って演技してください。

それでは皆さまのご参加をお待ちしております。 
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
遠野 御龍(BNE000865)
インヤンマスター
冬青・よすか(BNE003661)
デュランダル
双樹 沙羅(BNE004205)
ソードミラージュ
桃村 雪佳(BNE004233)
インヤンマスター
新垣・杏里(BNE004256)
クロスイージス
リコル・ツァーネ(BNE004260)
クリミナルスタア
黒朱鷺 輪廻(BNE004262)
ナイトクリーク
浅葱 琥珀(BNE004276)

●鬼は外
 みなで揃って天王寺公園前の広場に出た。
 見た目にぱらぱら、てんでつながりのなさそうな、実に怪しい一団であったが、ここは大阪。ちょっと“変”では誰も気に留めない。
「とりあえず慶沢園に行くかいぃ?」
 咥えタバコの『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)が、天王寺公園のマップに目を落としながら言った。
「俺はもともと御龍と一緒にかるく下見をしておこうと思っていた」
 ラフな格好の『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)が、にょっきりと青空に向かって生える建設中の商業ビルを見上げながら言うと、『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)もネクタイの結び目を指で弄りながら、
「奇遇だな。俺も午前中は遠野氏と一緒するつもりだった」といった。
 一同ぞろりと移動する。
 公園に沿って新世界へと至る歩道を行くことにした。
 蔵屋敷の長屋門を右手に見ながら進み、遊歩道の下をくぐりぬけ、一度道を曲がって美術館下のゲート前に出た。
「はやはり慶沢園へは入園料が必要でございますね」
「動物園と美術館の入場料に、含まれてる。公園の入場料だけでも、入れる、よ」
 『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)のつぶやきに、『お砂糖ひと匙』冬青・よすか(BNE003661)がパンダのヌイグルミをなでなで答える。
「ずいぶん詳しいねぇ」
「よすか、詳しい」
「よし、なら私はよすかと一緒にスイーツ食べ歩きに決めた」
 『TwoHand』黒朱鷺 輪廻(BNE004262)は言うが早いか、よすかの腕に自分の腕をさっと絡ませた。自分たちは鬼につれてきてもらう。自信満々で言い切った輪廻の顔は早くも笑み崩れている。
「鬼じゃなくてロリオヤジにさらわれないよう気をつけてね~」
 ふたりを見て、『死刑人』双樹 沙羅(BNE004205)がへらっと笑った。
「沙羅、も。補導、されないよう、にね」
 沙羅がむっと目を吊り上げたところへ、新垣・杏里(BNE004256)が割って入った。
「まあっちぁ、こんなところでケンカしない。慶沢園って、さっき見たお武屋敷の門みたいなところの奥にあるのよね? やたんら、あたしもいいわ」
 鉄柵を飛び越えて中に入るから、と杏里は美術館前の大階段を通天閣に向かって下りていった。
「じゃ、ここで解散にするかねぇ。みんな、安心してさらわれておいで」

●人それぞれの幸せ
 庭園内の視察を少し前に終え、御龍はひとり四阿(あずまや)にいた。雪佳と琥珀はそれぞれが思うところへ足を向けた後だ。
「なかなかいい眺めじゃないかぁ」
 四阿の窓をフレームに見る景色は、一服の屏風絵のようである。陰と陽の対比になかなかの趣があった。都会の真ん中とは思えない、浮世離れした雰囲気がここにはある。
 慶沢園を訪れている人はほかになく、御龍はひろい四阿を独り占めしていた。
 イスもテーブルもある。窓を閉めてしまえば風もよけられる。さすがに暖房は入っていないが、まあ、なんとかなるだろう。鬼が恵方巻きにかぶりつくのはここだ、と3人であたりをつけた浮島もしっかりと見張ることが出来た。
「それにしても残念だねぇ。名庭園の美観を壊すのは本望じゃない……まあ、あとはアークがなんとかするんだろうけど」
 自分は全力で鬼を討つだけだ。後始末はアークに任せておけばよい。
 御龍はひとつ大きく伸びをすると、長時間の待機にそなえるために買出しへ出かけた。

(そろそろ行くか?)
 沙羅は植物園の温室を出た。
 まっ赤に熟した柿のような太陽を、ごみごみとした建物の隙間に見ながら沙羅は歩く。鼻歌を歌いながら。
 裏路地をいくつも渡り歩き、ようやく目当ての場所にたどり着いた。ドラム缶の上に飛び乗って塀を乗り越え、閉鎖された町工場の敷地へ入り込む。薄く曇った窓から中を覗き込むと、一人の男が天井の梁からぶら下げた縄に首をとおすところだった。
(馬鹿だね君は大馬鹿だ)
 こぼす涙があるのなら、その悔しさを胸になぜ戦わない? ひとりで泣いてこっそり世間を恨んでも、何一つ変わりはしないというのに。ああ、本当に大馬鹿だ。
(次に生まれる時は自分の意思を表に出せる人間になりなよ)
 男が鬼に変じたのを見届けて、沙羅は町工場を後にした。

「おめでとうございます!」
 ゲートを抜けたとたん、雪佳は複数の男女に取り囲まれた。目を白黒させていると、つなぎの作業服を着た年配の男がずい、と前に進み出てきた。男からはかすかに獣の臭いがする。飼育員だろうか。
「あなたは本日777人目にご入園のラッキーマンです」
 アンケート用紙に記入をしていると、「お兄さん、もふもふがお好きですか。うーん。もふもふやのうて、もふむち、やったらあきませんか?」と訊かれた。
 曖昧にうなずくと、秋に生まれたトラの赤ちゃんと特別に遊ばせてくれるといった。
 周りから拍手された。
「兄ちゃん、ええなぁ。ラッキーやなぁ」
 大阪のオバハンたちに相撲取りよろしく背中をばんばん叩かれながら、雪佳は北端にあるトラゾーンへ向かった。
 親トラがうろつく柵の前で飼育員たちに見守られながら、よちよちあるきのトラの赤ちゃんを追いかけ、胸に抱き上げた。縞模様のくっきりとした太い前足に、小さいながらも立派な牙を生やしているオスのトラだ。一緒に計りの上に乗って体重を量る。体重15キロ。ずしりと重い。
 雪佳が保育員から哺乳瓶をうけとると、トラの赤ちゃんがピンク色の小さな舌をだしながら青い瞳を向けてきた。
(ちょうだい、はやくはやく~)とトラの赤ちゃん。
 数時間後、雪佳はほのぼのとした気分で動物園を出た。あまりにも幸せすぎて、後ろから大きな影が音もなく覆いかぶさろうとしていることに気づかなかった。

「え? マジ!?」
 片手に大阪土産が入った紙袋をさげたスーツ姿の若い男が、耳に携帯をあてながら叫んだ。就活者を装った琥珀である。ちなみに携帯の電源は入っていない。
 琥珀は遊歩道のまん中に突っ立ったまま、ふにゃりと顔を崩す。
「そうか。俺、パパになるのかぁ」
 ひとり芝居は続く。
「そうだ。俺からも報告が。内定貰えたんだよ、さっき。これで俺達の生活も安泰だな!」
 琥珀の脳内でエア彼女がピンクのハートを飛ばしながら微笑む。
「土産も沢山買ったからな。待ってろよハニー!」
 内定を取った日に愛する妻から懐妊の報告。ああ、いまの俺は無敵の幸福超人。想像力は無限大、世界に広げよう妄想のワ!
 どっぷりピンクオーラに浸かりながら、琥珀は紙袋を片手にくるくると踊った。ちゅっちゅと携帯にキスをして、天王寺のど真ん中で愛を叫ぶ。鬼退治、何それ?
 ――と、そこへ黒々とした影が差した。
 見上げると嫉妬にぎらつく大きな眼。
 すとりと紙袋を道に落とすと、用意していた命乞いのセリフを口にすることなく気を失った。

「お腹、いっぱい」
 イチゴクレープを片手によすかは甘いため息をついた。バナナクレープを片手に輪廻もうなずく。
「うん。いっぱい食べた」
 ふたりは午前中から天王寺界隈にある美味しいと評判の店をかたっぱしから襲撃していた。和、洋、駄菓子と種類を問わず撃破。小さな体の中に大量のスイーツを収めていた。女性にとって甘い物は別腹というが、まこと恐ろしい食欲である。
「そろそろ、しめの甘いもの、行く?」、とよすか。
「そうだな。ん、あれはなんだ? すごい人だ」
 輪廻がショッピングモールの二階を指さした。
 行ってみよう、と仲良く手を繋いで道路を渡り、ショッピングモールの二階へあがった。
 ぎゅうぎゅう詰めの人の環に分け入って前に出た。中には怒りだす人もいたが、それが小さな子だと見ると、しゃーないな、といって通してくれた。
 スポットライトの光が集まる中、少し高くなったステージに純白のテーブルとイスが置かれているのが見えた。一段低いところに黒の燕尾服をりゅうと着こなした美青年が、銀の盆を片手に持って立っている。その隣には真っ白な調理服を着たパテェシエが一輪のバラを手にして立っていた。
 音楽がなり始め、パテェシエがくるりと観客に背を向けた。
 紺色の空に赤いバラが飛ぶ。
 バラは輪廻の足元に落ちた。
 黒服のかわいい男の子に腕を取られて環の中から連れ出され、イスに座らされた。
「ラッキーなふたりには、パテェシエ岡田の極上スイーツ・フルコースをバイオリンの生演奏を聴きながら召し上がっていただきます。ふたりの顔を見て、美味しそう~って思ったら、みなさんは地団駄踏んで悔しがってください。足元の床に発電プレートが仕込まれておりまして、発電量が最高値になると彼女たちの上にあるクス玉が割れます。みごと割れたらみなさんにもお土産がありますよー」
 ただし、美味しくなさそうな顔をしているときに地団駄を踏むと電気が流れてびりびりします、と司会は恐ろしいことを言った。
「よすか、困る。美味しく、ないのに、美味しそうな、顔、できない」
「大丈夫だ。あのパテェシエは知っている。腕は私が保証する」
 ある年の誕生日、いい加減なアイツが私の為に用意してくれたもの。たしか、このパテェシエが作ったケーキではなかったか?
「そう。輪廻ちゃんがそういうなら、間違い、ないね」
 トップの皿はシフォンケーキだった。薄黄色の生地にチョコレートが縞のようにかけられており、ミントで飾られた生クリームとトラの顔をかたどったビスケットが添えられていた。ナイフを入れると弾力で押し返されそうになった。それでいて口の中にいれるとしっとりとしている。だがべったりと口の中に張りついたりはしない。どこまでも柔らかく、きめの細かい口当たり。上品な甘さにふたり声をそろえて、
『お、美味しい~♪』、といった。
 ダンダンダン、と床が踏みしめる音がバイオリンの軽やかな音を押しのけて夜空に響いた。
 はるか高みから、光輝くその場所を見下ろす異形が一体。
 イベントが終わると闇の中へ降り、ふたりが来るのを待った。

「長い間探していたお嬢様と再開し、またお仕え出来るわたくしは果報者でございますね!」
 食材の詰まったエコバッグを揺らながら、リコルはうきうきとした足取りで百貨店を出た。
 道の端でエコバックの中身を点検すると、野菜が少々足りないことに気づいた。
 成長期のお嬢様にはバランスのいいお食事を召し上がって頂かねば。エシャロットにセルフィーユ、トマトを買い足して、くるみ風味のトマトサラダを一品追加しよう。
 食品売り場へ戻ろうとして顔をあげ、リコルは窓の中のウエディングドレスに気がついた。
 うっとりため息をつき、飾り窓に近づく。
(いつかミリィお嬢様も……)
 主人のウエディングドレスの裾を持ち、教会のバージンロードをあるく姿を想像する。
 お嬢様の幸せはわたくしの幸せ。
 リコルはあれやこれやと結婚式で必要になるものを考え始めた。
(お嬢様の結婚式ですもの、世界一すてきな式にしなくてはなりませんね。うふふ)
 飾り窓を離れ、お気に入りのラブソングを口ずさみながら百貨店の角を曲がる。地下に降りようとしたところで階段を上がってきた誰かにぶつかった。
「あ、申し訳ございません! お怪我は――」
 刹那に生じた都会の死角。人の往来が途切れた僅かな時を鬼は逃さなかった。

 仮想デートのネタも尽きた。
 杏里は携帯を取り出して時刻を確かめた。まもなく22時。商業施設のライトアップもそろそろ消える。
「幸せをあえて表現するってのも難しいなー」
 階段の下の道路をカップルが腕を組んで歩いて行く。
 すでに「夜にデートの約束があって、それまで時間潰してる」から、「デートの約束をすっぽかされた可哀相な女の子」に状態は変化していた。
 彼氏居ない歴2年半、このままでは幸福感どころか悲壮感があふれ出てしまいそうだ。
(慶沢園んかい忍び込んで、遠野さんと一緒に鬼を待つかなー)
 肩を落としたところへ横から缶コーヒーが飛び出してきた。いや、缶コーヒーを握りしめた手が飛び出してきた。
「これ、飲み。あったまるで」
 振り返ると若い男が立っていた。
「そこの自販機であたったんや。声をかけようと思って買うたら、あたりよった。あんた、もしかして幸福の女神ちゃうか? 絶対そうやって。だってほら、これもさっき当たったやで、二人分。なあ、せっかくやし、一緒にレイトショー見に行かへん?」
 青年はポケットから映画のチケットを2枚取り出して杏里に見せた。
『幸福のはじまり』
 え、なにこれナンパ?
 それにしても映画のタイトルである。見た人は間違いなく幸せな気分になれると評判の映画だった。
(ま、ゆたさんか……)
 真夜中までまだ時間が少しある。映画を見て幸せな気分になれば、もしかしたら最後に鬼を引き寄せることが出来るかもしれない。
 こくりと杏里がうなずくと、青年は喜びで崩した。両腕を大きく広げ、いきなり杏里を抱きしめる。
「わー、めっちゃ嬉しいわ! 思い切って声かけてよかった。オレ、いまめちゃくちゃ幸せやー!」
 青年のあまりの喜びように怒るのも忘れ、杏里も腕の中で苦笑する。
 と、そこで素に戻った。
 まずい。鬼が来る。
 いやな予感を覚え、青年の腕の中でもがく。
「ど、とないしたん、急に? あ、苦しかった? ごめ――」
 息をのむ音。青年の腕から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
(しまった!)
 とっさに振り返ったのがまずかった。
 杏里は意識を失った。

●鬼退治
「よ♪」
 からりと戸を引いて、沙羅が四阿に入ってきた。
「おんゃ、具になりそこねた?」
「ま、そんなところ。それよか、ほかの連中は?」
「沙羅ちゃんだけさぁ」
 自分の足で戻ってきたのは、と御龍は笑った。携帯灰皿でタバコをもみ消し、カップ酒を置いてつまみの豆が入った袋を閉じた。
「そろそろ位置につくかぁ」
「待たなくていいのかい?」
 誰かさんと違ってみんな真面目なんだよ、と御龍に頭をくしゃくしゃにされ、沙羅は小さく口を尖らせた。

 人を具に見立てた太巻きを抱え、青鬼が空から落ちてきた。浮島に着地すると同時に、口から黒々とした瘴気を吐き出す。瘴気の御座にでんと尻を据えると太巻きを両手で持ち直し、ニタリと笑う。
 具となったリベリスタとひとりの青年が同時に目を覚ました。
 青鬼が大きく口を開ける。
「わっ!」
「きゃぁ!」
 叫び声で足音を消し、御龍が木陰より走り出た。
 極限までに高めた気を真・月龍丸の刃に乗せて、鬼が抱え持った太巻きに切り込む。
 ざくりと音をたてて、瘴気の海苔が切り開かれた。
 こぼれ落ちた具をあわてて拾い集めようとする鬼の腕を、横から飛び込んだ沙羅がブロックする。
「ぐっ!?」
 邪魔をされて怒り狂った鬼の張り手の威力はすごかった。
 横手からごうと音を立てて飛んできた鬼の手をまともに受けて、チャイナ服が木々をへし折りながらすっ飛んでいく。
 雪佳は起き上がるとロフストランド杖の仕込み刀を抜き、立ち上がりかけていた鬼の足を切りつけた。
「さあ、みんな。鬼退治と行くぞ!」
 悲鳴とともに鬼の体がぐらりと傾ぐ。
 琥珀がたったひとり巻き込まれた一般人を抱えて、倒れる巨体から逃れた。
 鬼は倒れこんだまま、琥珀たちに噛みつこうとした。
「ふん! 本当の鬼というのはな、我の事を言うのだ鬼龍外道巫女御龍様の事をな!」
 御龍、渾身の一撃は鬼を池の中へ飛ばした。
 よすかを背にかばいながら、輪廻が銃を撃つ。
「お前は鬼を喰らう存在、リベリスタを知っておくべきだったな」
 続けさまに放たれた魔弾が鬼を池の中から更にその後ろ、美術館のすぐ近くに吹き飛ばした。
 暗視ヘッドギアをつけたリコルが、水しぶきを上げて池を走りぬける。やあ、と気合のかけ声とともに飛び上がり、「ヘビースマッシュでございます。召し上がれ!」と双鉄扇を脳天へ打ち込んだ。
 よすかは輪廻の後ろそっと離れると、折れた木々の向うへと走った。倒れている沙羅を見つけると、癒しの符を取り出した。痛みに顔をしかめつつ沙羅が治癒を拒むと、
「誰かが犠牲になるなんて、許せない。よすかはね、できることなら、やりたいの」といって傷だらけの体に護符を貼り付けた。
 杏里は青年のもとに駆けつけると、結界を張って「ここで動かないでね! 危ないから」といった。
「あいつ逃げるぞ!」
 琥珀が指を差す。
 血流しながら逃げだす青鬼の眼前に、闘気を纏った巫女がたちふさがった。
「幸せの成り方をまちがえたねぇ」
 左の赤目がギラリと光る。
 修羅と化した巫女に刃を振るわれ、青鬼は血溜まりの中に沈んだ。

●福は内
「それなりに善い人だったんじゃぁないかねぇ。まぁ生きてりゃいいこともあったろうにぃ」と御龍はしんみりこぼす。
 鬼の倒れたあとによすかが豆をまいた。
「鬼は外だけど福は内。ちょっとでも笑ってくれれば、うれしいのよ」
「来世じゃ幸せになれるよう俺からも祈っておくな」
 琥珀が手を合わせる。
「では、みなさん。そろそろお時間です。帰り支度を」
 後ろから青年がリベリスタたちに声をかけた。
 具となって巻き込まれた青年は、アークの職員だった。ほかにもいろいろとアークの職員たちが裏で手を回していたらしい。動物園も、スイーツ試食イベントも、ナンパも……。
 杏里は袋に手を突っ込んでわしりと豆をつかむと、青年に思いっきり投げつけた。
「鬼は外! 福は内!」

 笑う角には福来る。
 見上げた夜空に鬼の笑い顔が見えたような気がした。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
結局、幸せは誰のそばにもあるものだと思います。
不幸の最中でも……。
違いが出るのは、それに気づくか気づかないか。
気づいて、掴むか掴まないか。
表現は違えど、鬼になった男を哀れみ、最後は来世での幸せを願ったリベリスタたち。
皆さんたちの活躍により、鬼になったは男は最後の最後に安らぎを得ました。

宜しければまたお付きあいくださいませ。