● 『楽団』――ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが率いるソレは極東の空白地帯と呼ばれた日本で彼の楽譜(スコア)通りの演奏を続けていた。 彼らの『演奏』には『楽器』が必要だ。奏でる為に必要となる『楽器』は一般人だけには留まらない。日本国内のリベリスタやフィクサードを含めた襲撃事件が多発し続けていたのだ。 その戦いは不利な状況に陥り易いのだ。彼らの『楽器』は死体だ。死体は有限であれど、神秘の力を得ている彼らにとって増やす事は容易い。戦えど戦えど相手の戦力は落ちる事が無かった。自身らが力尽きると、自身らは相手の武器となる。力となる。盾となる。其れがどれ程恐ろしい事か――! 万華鏡が何かを観測した、と予見者らは口を揃えていた。高い精度を誇る其れは『大きく事態を動かす未来』を予測したのだ。大きな事態――それは日本全国への壊滅的攻撃だ。 全国の中規模都市に与えようとする攻撃。それは単純に日本の機能をダウンさせる為だけではない。大量の死人が出れば『楽団の楽器』が増えるということなのだ。 リベリスタや主流七派等のフィクサード陣営は静観してはいなかった。 『アークと主流七派――黄泉ヶ辻と裏野部以外――は互いを敵とせず楽団を倒す為に互いを敵にしない』 それを事実上の司令たる時村沙織は了承している。同盟とまではいかないが、事実上の友軍という形になるのだ。 ――リベリスタとフィクサード。そのどちらが倒されても『楽団』に戦力が渡る。それは何としても避けなければならない共通の事例なのだ。 ● その音を何と喩えようか。 リコーダーに這わす指先は常に陳腐な曲を奏でるのみだった。幼稚であると一言で表すにしてはその音色はハッキリと存在を示している様にも思える。 「楽譜通り。それってナンセンス――だけど、この状況もあんまり宜しくないわ」 フュリ・アペレースは瞬きを繰り返す。手にしたリコーダーは『楽団』の奏者にしては余りにも似つかわしくないものだ。銀の髪を揺らし、黒いゴシックロリータのドレスの裾を摘む。 「モーゼス様も忙しそう。それに、ケイオス様も忙しそう。暇は毒、だからあたしも忙しいの」 もう、遊んでる暇もないのね。 リコーダーが奏でる音色は何処までも陳腐だ。幼稚でしかない其れが死者の群れを操っては新たに死者を作り出す。死は濁流の様に襲い掛かってくるのだ。 目の前でへらりと笑う黄泉ヶ辻の纏と鉄という少年少女はフュリが扱う死者を指差して顔を見合わせる。 「喰月ちゃんだ。喰月ちゃん。愛情がなくっても人を食べてしまうのかな」 「楽団のお嬢さんだよ。一緒に遊んでくれるかなあ」 青白い顔をした死体に目をやって、黄泉ヶ辻のフィクサードは武器を構える。楽しい遊戯。遊べるならば存分に遊べばいい。彼らの首領も遊びに行ったのだから。こんな機会を逃す訳には行かないだろう。 「何処行くの?リコーダーのお嬢さん」 くすくすと笑う少年少女に、同世代であるからか優しく笑いかけたフュリは霊魂の弾丸を打ち出した。 「あたし、この先の――刑務所に用事があるの、遊んでる暇はないのよ」 残念だけど、もう遊戯は終わりなのよ、日本のミナサマ? 「リコーダー奏者、フュリ・アペレース。奏でるのはカワイイお子サマな音色だけじゃなくってよ。聞いて頂けるかしら皆々様?」 ● 『至急、兵庫県加古川市へと向かって頂けるかしら。敵は『楽団』と黄泉ヶ辻のフィクサードよ』 通信越しに情報を吐き出した『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)にリベリスタ達は頷き返す。日本全国で行われている『楽団』の襲撃は大規模なもので、急行する必要があると言う事だろう。 『楽団――『福音の指揮者』がついに動きだしたの。見過ごすわけには行かないでしょう? 現場は加古川の市街地、戦闘はもう始まっているのよ。三ツ池公園に攻め入った木管パートの一人、フュリ・アペレースが死者を操りながら進軍してる』 進軍、と言った。その声にリベリスタは瞬いて、落ちつく様に息を吐いた世恋の言葉を待つ。 『彼女らの目指す先には刑務所があるわ。加古川刑務所。――受刑者を死者にして自分たちの駒にしようとしている、此処まではお分かり頂ける?』 つまりは手っ取り早く大人数が集まっている場所で殺しを働こうと言う事だろう。その現場に選ばれたのが加古川市に存在している刑務所であった――そういう事だろう。 『受刑者であろうとも守れる命は守って頂戴。其れに、死者が増えると不利になるのは此方よ。 楽団は敵とするには非常に面倒な相手なの。私達の戦闘で出た犠牲が彼らにとっては武器となる』 その言葉はリベリスタが死ぬ事も、フィクサードが死ぬ事も、全てを赦さないという言葉だ。 誰かが死ぬ事で其れが楽団が奏でる『楽器』に為ると言うならば何としても防がねばならない。戦場は混乱をきたすだろう。戦闘を行うにしても『相手が殺しに来ている以上此方も本気でなければ』互角に戦えないのだから―― 『黄泉ヶ辻、裏野部の両首領の動きも見られているわ。其れに便乗して裏野部と黄泉ヶ辻のフィクサードも戦闘に参加している様なの。三つ巴、ね。 皆に向かって貰う戦場には黄泉ヶ辻のフィクサードも参戦してる。彼らは皆の味方では無いわ』 つまりは気を抜けば黄泉ヶ辻のフィクサードは楽団だけではなくリベリスタへと攻撃を仕掛けてくるということだ。どの様な能力を楽団が所有しているかはフィクサードも理解している。そうそう早まる事はしないであろうが、其れはソレである。 『現状、加古川周辺を守っているリベリスタ組織が応戦している。あまり長くは持たないわ。 彼らも含め、死者が少ない状況でフュリを加古川刑務所へと到着前に撃退お願いできるかしら』 誰かが死ぬ可能性がある。それは世恋も承知の上なのだろう。其れほどに危険な任務なのだ。 『一つ、言い忘れていたわ。楽団は死者を操る。もしかすると皆の知っている人が其処に居るかもしれない。 分かる範囲で黄泉ヶ辻の『恋愛美食家』茨喰月とその執事の菖。彼らもフュリの操る死者の列に並んでいるわ』 死んだ末、其れが末路であるというなれば。もしもこの戦いで命を失ったら―― 『危険な任務になるわ。此処からは私個人の言葉よ。死なないでね……。 見送ることしかできないけれど、お気をつけて。どうぞ、ご武運を――』 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月07日(木)22:46 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 好きよ、だから殺してあげる。 何て甘い言葉なのかしら。誰だって愛したし、誰にだって恋をした。 恋する乙女は強いのよ、なんて古典的だけれど。少なくとも、気に入ってくれるなら、『誰か』を殺しても良かった。 ――前は『イイトコロ』を見せれなかったけれど、今日ならきっと。 好きよ、だから、殺すのは『私』だよ? ● その音色をなんと喩えよう? 陳腐な音色だった。幼稚で素朴で、演奏と称すよりもお遊びの様なそんな音色。 浅黒い肌、長い髪を揺らして、奏でるはリコーダー。 ――くすくす、漏らす笑みは少女の声音を響かせるのみだ。 兵庫県加古川市。加古川刑務所に向かい、少女は怨霊と共に目指す。その眼前に滑り込む様に現れた黄泉ヶ辻のフィクサード。同じ様な顔をして、同じ様に笑った、黄泉ヶ辻の双子はナイフを手に微笑んだ。 「お嬢さん、連れてる死体にお友達が居るんだ」「喰月ちゃんと菖ちゃんだ」 呼び掛ける声に楽団員、フュリ・アペレースはゴシックロリィタのドレスを揺らして、微笑んだ。 「御機嫌よう、御機嫌よう。貴女、アーク? それとも?」 「僕らは黄泉ヶ辻。アークなんかよりももっともっと醜悪で」 「もっともっと劣悪で」 「もっともっと素敵なフィクサードさ」 その声に少女は微笑んだ。少女と、少女と少年。幼さの滲みでる彼らには余りに似合わぬ殺戮の気配が周囲に広がった。 ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが率いる楽団と日本主流七派でも閉鎖的で悪を秘めた黄泉ヶ辻。 リコーダーに這わせた指先がそっと離れて、少女はドレスの裾を持ち上げた。 「楽譜(スコア)通りだなんてナンセンスね。もっともっと、あたしと遊んで頂戴よ。黄泉ヶ辻?」 奏で始められる音色。其れを止めることなく、楽しげに『ゲイム』に混ざる黄泉ヶ辻。現地リベリスタは震える手で必死にその行く手を遮るのみだ。 ゴール地点は加古川刑務所。加古川の現地リベリスタ『古川灯』の遥か後方に位置するその場所だ。 ● 人を喰らう『彼女』と出逢ったのはもう遠い日の様に感じる。半年前、ヒトを喰らう事こそが彼女にとっての愛情表現だと知った時、愕然とした。 理解し合えないと思ったからだ。それ故に彼女が黄泉ヶ辻であることは重々承知していた。 どうすればいいのか分からないとその目が『教えて』と語った事もしっかりと知っていた。 握りしめた報告書が彼女に二度と『教える』事が出来ない事を表していて、酷く絶望したものだ。 『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)にとっての『恋愛美食家』茨 喰月という少女は劣悪だった。生きているうちに更生させる事ができると信じていた。彼女が求める恋愛感情を教える事ができるかは彼には解らなかったが、生きているならきっと。 ――黄泉の路を行かなければ、きっと。 そう信じていたのだ。彼女を更生させる事を黄泉路が望むのと同じように、彼女を愛してやる事が『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)にとって、彼女への救いになると信じていた。 彼女の流儀が、愛情表現が喰らう事ならば、同じように喰らおうと思った。その白い咽喉に噛みついて血を啜り、『彼女』をその身に取り込もうと思ったのだ。白い牙が彼女の膚を裂いて喰い込んで、血を体内へ取り込む。さすれば彼女の言う『愛情』を与える事ができるのではないかとそう思っていた。 アザーバイドの王子様に頼り、王子様を信じ、レイピアを振るう少女を瑠琵は愛してやろうと思った。自ら命を絶った時、愛してると囁いて笑った彼女の表情は何と物悲しいものであったか。 黄泉路にとっての喰月が『異端』であれば、瑠琵にとっての喰月は『同士』であったのかもしれない。 ブリーフィングで予見者が告げた名前に二人は反応せざるを得なかった。彼女との再会を望んでいたというのも確かにあるが、それ以上に『彼女』が楽団に操られていると言う事が気にくわなかったのだ。 「戦力の現地調達、ってやつですか? 自給自足ってレベルじゃなくて反則過ぎですよ」 やれやれ、と眼鏡をかけ直した『親不知』秋月・仁身(BNE004092)の呆れの色も濃かった。楽団の武器は『死体』だった。黄泉路や瑠琵の知り合いが操られているというその事実も相まって仁身が反則だと称するのも無理もない事だろう。 未だ、死体操り(ネクロマンシー)技術についてアークは全貌を把握できてはいない。ジャベリンを手に、どうしたものかな、と仁身が警戒するのも無理はない。 「どれだけ旧い死を操れるかもわかりませんしねえ」 「……うん。日常を襲い、壊す楽団は私の敵だもの」 戦力の現地調達――死体の調達は墓地であれば、『そこに存在している』モノを使えば良いだけなのかもしれない。そうではない。其処に存在し得ない死体の作り方は、一般人を、日常を強襲し無理やり生を奪う事でしかない。 「この戦いには多くの命と未来がかかってるんだから……、負けられないよッ」 決意も固く、『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は金の髪を靡かせて戦闘を行っている集団を目指す。霊刀東雲が夜明けの色を纏い、煌めいた。 お姉ちゃんが、其処に居る。姉が護ったものを自分が護る――世界だけじゃなくて、全てを守るのが自分の目指すものだから。 セラフィーナにとってのリベリスタは『全てを護る』ことだった。平和な日本を取り戻すと決意していた。負ける訳には行かない、その決意は強く、彼女の脚は止まる事を知らなかった。 加古川刑務所から300mの距離が開いた場所、往く手を遮る様に疲弊しながらも戦闘を行っている『古川灯』という名の加古川市で活動しているリベリスタ集団がいた。その背中を見つけてセラフィーナは現場へと急行する。 古川灯がリベリスタ達が想定した位置近くに居たのは『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)が昔馴染みに連絡を行っていた事が理由としてあげられるだろう。確かに苦戦はしていた、可能な限り近くへ、と合流地点を定めた事でより早い合流を行えたのだろう。 眠たげな瞳を開いて翼を揺らし、古川灯の目の前へと降り立った『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)は癒しを謳う。ぼんやりとしたその様子に何処か怯えた様子の古川灯に都斗がへらりと笑う。 「誰も死なせるなって難しいよね。保障なんてできないけど、ボク達だけじゃどうしようもないから」 協力してよ、と直死の大鎌を握りしめて都斗は笑う。どうしようもないけれど、どうにかして見せる。その為には協力があればより戦いを優位に進められるから。 「よう、久しぶりだな戦友! ……にしても酷い状況だなオイ。もっとマシな状況で再会したかったぜ」 回復を施された古川灯の一人、年の頃も三十路に近い男の肩をぽん、と叩きGANGSTERを構えた『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)がへらりと笑う。その声に気付いたリベリスタが安堵した表情で隆明を見つめた。 久しぶりに会う事になった戦友に目を映し、安心した様にアークの応援が来たぞ、と声が上がる。彼等の後方、向き合う様に存在していた黄泉ヶ辻の目と少女の瞳がその喧騒へと向けられた。 長い髪、握りしめたリコーダー。嗚呼、求めていたのはあの姿だ。隆明の狙いの『一人』。唯その一人を倒す為だけにここに来たのだ。視線が合わさって、隆明の背筋がぶるりと震えた。 「おいおい、リベリスタと黄泉ヶ辻と楽団の三つ巴か……。厄介な状況になってやがるな」 笑いながらも、隆明の視線は真っ直ぐに楽団員の少女、フュリ・アペレースへと向けられていた。フリルとレェスをあしらった黒い豪奢なゴシックロリィタのドレス。幼さの残るかんばせに、浮かべられた笑みは夢を見る乙女その物。 「あら、またお会いしたのね。三度目かしら――御機嫌よう、もう、遊ばないわ」 夢見る乙女が紡ぐ言葉は宣戦布告。黄泉ヶ辻のフィクサード達の笑みが深くなる。少女の周囲に浮かびあがった怨霊はその地で亡くなった者たちのものだろうか。死体が黄泉ヶ辻のフィクサード、纏と鉄の周辺に襲いかかる。 約3m。リベリスタ達の上空で、フィリと死体を狙った鎖がじゃらりと現れる。濁流の様な其れが死体を溺れさせるように呑み込んでいく、だが、フュリは自らが生み出した死体で自身を庇いながら嗤った。 嗚呼、なんて、なんて素敵なのだろうか。黄泉ヶ辻、アーク。沢山の遊び相手。師走に遊びに行った場所も楽しかった、けれど、それよりもっと楽しくて、もっとテンポアップした楽譜ではないか! 「あーあ、外しちゃった。やっほー、黄泉ヶ辻の双子ちゃん。特に鉄くんは元気そうでなにより?」 「ちぃちゃん、やっほー。元気?」 む、とした纏の視線を避けて、へらへらと笑った鉄に『紅玉魔女』桐生 千歳(BNE000090)はハイ・グリモアールから指先を外して幸せそうに微笑んだ。 黄泉ヶ辻の少年は千歳にとっては恋のお相手だった。幼い少年である事が彼女にとってのポイントであったに過ぎない。千歳は誰だって愛せるから。惚れ易くて、沢山の愛をその両腕に抱いていたのだから。 その内の一つ、情愛を分け与える対象であっただけ。嗚呼、けれど、こうして話せるだけでも幸せだ。彼女は恋に恋してる。夢を夢見るように、抱えた一つの愛情にしあわせだ、と笑うのだ。 「ちぃ? ちぃは元気じゃないよ。だって、こんな死体臭い所に駆り出されちゃったんだもの」 ぷう、と頬を膨らませる彼女の位置は黄泉ヶ辻のフィクサードの上空。天狗面を括り付けた頭部。十分危険な場所に居るにも関わらず、こうして平気で話てられるのは彼女がフィクサードと面識を持っていたからだろう。 楽しげに、あくまで友人同士の語らいの様に会話をテンポ良く行う千歳と鉄を見ながらも、サングラスの奥で灰色の瞳を細めた伊吹は複雑な思いをしまい込む。 「黄泉ヶ辻、アークの熾竜 伊吹と言う。停戦を行わないか」 口にしながらも胸の中に渦巻くのは怨念だった。憎い。そう思わずには居られないのだ。黄泉ヶ辻が憎い。仲間を殺した敵の一味を決して許す事は出来ないからだ。 憎くて、憎くて堪らない。 伊吹がアークに居る理由はセラフィーナの様な『正義』ではなく、復讐だと己で理解していた。復讐の為だとそう己の立場を位置づけても為さねばならない事は常に目の前に転がり込んでくるのだ。 ――最期までリベリスタであったあいつに顔向けできなくなるな……。 私怨が己を呑みこんでしまう前に、為さねばならない事を成し遂げる。死の行軍を止める事こそが伊吹の為すべき事であった。憎い、憎い、そう思いながら、握りしめた拳。 「……共闘では無い、あくまでの停戦だ。楽団を退けるまでの間だけの、な」 「停戦? アークとそれをして何かイイことあるの?」 きょとん、とした纏の言葉。未だ停戦協定は行われていない。闘う対象が増え、その数を増やしながらも襲い掛かってくる死体と、黄泉ヶ辻の攻防に巻き込まれ、リベリスタ達も傷を負う。 自身の為すべき事を、と祈る様に癒しを送る『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)によって古川灯とリベリスタ達は黄泉ヶ辻との『交渉』を行う事ができている。 櫻子の不安げにうろつく視線に、後衛位置で瞳を伏せて集中領域へと己の意識を高めていた『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)がぱちりと目を開けて恋人を見つめる。 嗚呼、彼が居るから、私は頑張れる。櫻子は櫻霞の存在で己を激励する。胸へあてた掌から静かに自身の胸の鼓動がとくとく、と恋の音色を響かせる。 「櫻霞様、参りましょう。櫻霞様は私の全て、だから、私が護りたい人は櫻霞様だけですわ」 ● イイコト。そう聞いたフィクサードに伊吹は黙り込むしかなかった。霊刀東雲を握りしめ、仲間達と共に、死体へと向かうセラフィーナの視線が、リベリスタを巻き込む事も気にせずに攻撃を行うフィクサードへと向けられる。 「黄泉ヶ辻、ゲームをしましょう。今の戦いを続けても、アークは黄泉ヶ辻を相手にはしませんよ。 理由は単純明快。私達の目的は楽団を倒すことだからです」 きっぱりと、『楽しめないでしょう』と告げるセラフィーナに黄泉ヶ辻の少女は頷いた。確かにそうだ、彼等の首領も戦いには赴いている。嗚呼、きっとあれは楽しいのだろう、なんたってリベリスタが死に物狂いでその場所を守ってくれるんだから。 「楽しくないなら意味はないけど」「ゲームってなあに?」 それって、面白い事なのかな、と同じ思考回路を共有した様に、二人で言葉を紡ぐ黄泉ヶ辻の双子にセラフィーナは緩く唇を歪める。 「アークと黄泉ヶ辻、どちらが楽団を多く倒せるかのゲームをしませんか? 普通の死者や怨霊は1点。勿論、あのフュリ・アペレースという『楽団員』を倒せれば10点あげましょう」 「――あたしもゲームの駒だなんて、図々しいにも程があるわっ!」 拗ねたように唇を尖らせたフュリに対して放たれるのは隆明の抜き打ち連射。彼の眼は彼女しか捕えていないからだ。死者を呼び出し、その死者が彼女を援護する。リコーダーを咥えて奏でる様子は戦場には似合わない、陳腐にも程がある姿だ。 未だ幼い少女はまるで『学校で友達に苛められた』とでもいう様にさめざめと泣き真似等をして見せる。 「ルールには続きがありますよ、互いの陣営への攻撃はマイナス1点。自軍の攻撃で競争相手に死者を出したらマイナス5点。 ――如何ですか? アークが勝てば纏さん、鉄さん、其れに黄泉ヶ辻の皆さんの殺人行為の禁止を」 「じゃあ、私達が勝ったら? 勿論何かくれるんだよね?」 「黄泉ヶ辻が勝てば? 今度提案するゲイムで幾らでも遊んであげますよ。ね、楽しそうでしょう?」 黄泉ヶ辻のフィクサードが顔を見合わせて頷きあう。楽しいならばソレに乗るのも吝かではない。何よりも遊べるならば其れで良い。どうやら楽団の少女は、遊ぶ事を辞めてしまっているようだから。 それなら、アークに遊んでもらうに限る。 黄泉ヶ辻の視線がフュリに集まった。瞬いて、首を傾げた少女の瞳に湛えられたのは遊びを楽しむ色では無い、明確な戦意。黄泉ヶ辻のフィクサードに対するゲームのルール提示は全てフュリにも聞こえていたのだ。 聞いていて本気を出さない者等この世界の何処にも居ないだろう。強いて言えば、フュリ・アペレースが少女で合った為に感情的になり易い部分が合った事が問題なのだろう。 返り血で染まり、土色に色あせた白いゴシックロリィタのドレスに身を包んだ少女がぐわりとセラフィーナの前へと飛び込んだ。レイピアが霊刀東雲とぶつかって鈍い音を立てる。 「喰月……のう、喰月の墓を暴いたか――流石にそれは見過ごせんのぅ」 セラフィーナの元に飛び込んだ少女の顔に見覚えがあった瑠琵の血色の瞳がすぅ、と細められる。同時に、昏き瘴気で死体を包み込み、捕えた黄泉路の表情も歪められる。 彼等の記憶にこびり付いている人喰いの少女。『恋愛美食家』茨喰月はぽっかりと空洞の様に開いた瞳に何も映さずに、ダンスを踊る様にステップを踏む。 天元・七星公主で狙い撃ちたくて堪らない。彼女は自ら命を絶ったのだ。その場面をその目でしっかりと見つめた、焼きつけた。最期の最期、愛してると呪いの様に遺した人喰いの少女。 「喰月は蘇る事なんて望まんじゃろ。……悪い子じゃの、フュリ」 「やだ、悪い子なんかじゃないわ――」 ぱ、とリコーダーから離される口、その隙をつく様に、フュリのリコーダー目掛けて符が放たれる。其れは姿を変え、分身し鳥を形どり啄む様にフュリの元へと雪崩れ込む。 フュリを庇い続ける死体を濁流の様に呑み込んだ。嗚呼、その様子は文字通り鳥葬。少女の指先がふるりと震える。リコーダーを狙った。誰に言ったって笑われてしまう幼稚な楽器であれど少女にとっては大切な楽器であったのだろう。 「あ、あたしの楽器を狙わないでよッ!」 「ほれ、あんな感じじゃが、泣かせんかぇ? のぅ、フュリ。わらわは何よりお主の泣き顔が見てみたい」 何て幼稚なやりとりであろう。大袈裟に感情を発露させたフュリに黄泉ヶ辻の双子も楽しげに死体を狙う。嗚呼、けれど、フュリを狙うにしては増える死体たちと、広がった黄泉ヶ辻の存在が邪魔で届かない。その翼で浮かびあがり、後衛位置から前進する。ギリギリ、フュリのみを真っ直ぐにねらう千歳の手首から溢れる血が鎖を形作る。 ――届かせてやる。フュリなんて興味ないけれど、楽団なんて興味ないけれど、絶対に届かせる。 千歳の目線が、ゆっくりと鉄に向けられる。瞳同士がぶつかった、嬉しそうに細めて、見て居てね、と唇を動かした。 前進する千歳は上空に居る為に銃撃を行う隆明や斬り伏せながら進むセラフィーナよりもより目立っていた。彼女を庇う者は何もない、傷ついて、その癒し手は都斗と櫻子の二人。 嗚呼、ご武運を、と指先を合わせて櫻子が祈る。仲間達に与えた翼の加護。自身の体内に取り込んでいく魔力を感じ、仲間達を苛むものが無い様にと彼女は祈り続けた。 只、一つ、怖い事があったのだ。怖くて、怖くて堪らない。ディオーネーを握りしめた指先がかたかたと震えた。隣でナイトホークから気糸を打ち出した櫻霞の存在が失われる事が一番怖い。 嗚呼、貴方が居れば其れで良いから―― 楽団と黄泉ヶ辻が揃っていて、問題ばかりで、そんな場所に居るだなんて、恐ろしい事でしかないけれど。彼がこの場で闘うならば、自分が為すべきは彼を出来るだけ支援するだけ。 其れと同じく、回復をメインに行う都斗も誰も死なせないために、と歌い続けていた。誰も死なない保証なんて出来ないけれど、其れでもやれるだけ、やらなくては、とその場で歌い続けるのみ。 ぼんやりとした灰色の瞳が移すのは死体の群だ。逃げも隠れもすすり、嘘もつくけど自分には正直だから。嗚呼、正直言うならば、頑張る事なんて大嫌いだった。頑張る事が嫌いな自分が頑張るのだから、とあくまで自分の気持ちに正直に伝えた。 「ほら、早くブッ倒しちゃってよね、まかせたよ」 告げる、庇う手はないけれど、飛んでくる遠距離攻撃を大鎌で受け止めた。頬を掠めるのはインヤンマスターの使う氷の雨だろうか。 何もひねりなんてないですけど、と自身の策に苦笑を浮かべながらも真っ直ぐにジャベリンを投擲した。フュリを狙う事が出来ず、仁身は目の前にいた敵が傷ついている事に気付いた。癒しを行う其れに向かって真っ直ぐに打ち出したのは断罪の魔弾。 黄泉ヶ辻に自身の提示した条件を従わせることなんて出来ないと思っていた。其れもそのはずだろう、敵であるのだから。だが、仁身は敵であっても、味方であっても、誰かを殺す事は避けたかった。 こうやって死体を弄ばれる、それはなんと惨いことか――!! 「……流石に、良い気持ちじゃないですね」 眼鏡の縁に掛けた指先が滑る、攻撃を魔力盾で受け止めて、ジャベリンを投擲した。幾度も、その槍の向く先は敵からはソレない。背後にいた黄泉ヶ辻が驚いて目を見開いた。 「あんなの、反則ですからね」 死体になって、動き回りたくないでしょう、とその背は幾度も仲間を助けた。 「喰月――ッ!」 斬射刃弓「輪廻」が音を立てて変化する。その刃を変化させ、彼女の事を想って黄泉路は声を張る。頬を掠めた氷雨も、黒き瘴気も全て何も気にならなかった。 菖、と呼び掛けてもその答えが無い事は知っている。彼が死んだ場面を自分は見たのだから。黄泉ヶ辻の喰月と言う少女の傍にいた男。恨むべきは彼一人、彼女はきっと『間違った教育をされた』それだけであったのだから。 「その姿は報いだ……と言いたいが俺だって死者に鞭打つ趣味等はない。さっさと黄泉路に送り返してやる」 弓撃つ其れは真っ直ぐに暗き瘴気を死体へと届けて行く。彼等を主体に展開したい、そう思った。願わくば喰月を『黄泉路』へ送るのは自分の手で、この握りしめた刃で行いたかった。 ――それが仲間を危険にさらす可能性があると、そう思ったのだ。 黄泉ヶ辻の双子が楽しげに、のんびりとした攻撃を繰り返す。ゲームでマイナス点が入っても、1カ月だけしか制御されないのだから、口約束にしては簡単なものだったのだ。特に、殺意をその目に輝かせて、その姿を上空に晒す千歳などは『貴方を殺すのは私だよ』と微笑んでいたのだから、気を抜いては殺される可能性があるとも考えられるだろう。 黄泉路の暗闇が死体を包み込む、数が増える死体は中々にタフだ。セラフィーナがフュリの元に向かうサポートを行っていた隆明も傷らだけになりながら弾丸を撃ちだしている。周囲を囲まれている状況では櫻子や都斗の癒しが届いても直ぐに攻撃を受けてしまう。運命を燃やし気を失った隆明の元に降りたって彼の身を後方へと運んで行く。 「そんな所で寝てたら危ないもの」 お願いね、と古川灯に彼の体を任せて飛び出した。気を失った隆明と同じように千歳もぼろぼろであるのに。真っ直ぐに、届かない届かないとフュリを狙う様に前に飛び出した。 「死になさいよ、楽団――ッ」 ● “愛してるよ”だなんて安っぽかった。 だって、好きなものは好きだから仕方ないじゃない? 善も悪も何もないわよね、貴方が生かすなら私が殺すだけでしょ? この胸の高鳴りが、恋の訪れだって告げてるんだから、これは恋だって思ったの。 鉄くん、貴方だけが好きな訳じゃないんだけど。 鉄くん、貴方だけじゃないけど、貴方が好きよ。 鉄くん――貴方を殺すのは『ちぃ』だって、決まってるじゃない。 手が届かない、と前へ飛び出した。黒い羽を揺らして、眼窩に目を丸くした『好きな人』が居る事に気付いて笑った。 だって、貴方は私の『好きな人』だから。楽しませてあげるんだって思ってる。 貴方が楽しんでくれるなら、私が貴方に『沢山沢山人が死ぬ所を見せて』あげるのが一番でしょ? 「ちぃが貴方を殺すんだよ、鉄くん。見ててね。貴方を楽しませてあげるから」 どうだってよかった、刑務所なんて。どうだってよかった、貴方が『ちぃ』に『恋』してくれるなら。 誰だって愛した。誰だって愛するけれど、貴方が特別じゃないけど、今だけは特別よ。 こうしたら、貴方が『ちぃ』を愛してくれるかもしれないでしょ? 貴方が『ちぃ』に、私に恋してくれるなら――それって、とっても素敵な事じゃない? 「誰も殺させない、人の命をもてあそぶ奴なんかに慈悲なんていらない!!」 嗚呼、そうだ。生かす人が居るなら、殺す人だっているでしょう。『ちぃ』は優しくないの。 血に濡れた鎖が死体を捕えて、フュリの元へと伸びようとする。届かせて、捕えて離さないつもりだった。 「お前ら自体がこの世界にいらない!! 今、この場で楽団にあげる命なんて一個もないんだ!」 前方に晒された自分の体。傷だらけになって、回復が届いたって、増えていく死体に耐えきれる筈がなかった。 血だ、と思った。骨が拉げた。赤い、と思った。臓腑が抉れた。 壊せるものは壊したかったの。楽団が、彼女が欲しがるから、あげたくなんて無かったんだ。 からん、と天狗面が滑り落ちた。瞬いて、色違いの瞳が移すのは、紅色。 「あげない、あげない……ッ、帰れ、帰ってよ、帰れよッ――!!」 あ、と息を呑んだ。腕に力が入らなかった。宙に浮き上がったまま、翼が言う事を利かなくて。身体が冷たくなる感覚が、四肢の末端まで行き届いて、ふるりと震えた。 あの日、死ぬと思った。あの日、生き残れたことがどれほど幸運だと思えたか。 神様、大好きだよ。神様、運命に愛されるってどれだけ幸福な事なのかな。神様、ちぃ、今、笑ってるや。 「――かみさま、ありがとう。これで、また、人で居られる」 耳鳴りがした。ちぃちゃん、と呼ぶ声がした。 ねえ、鉄くん、ちぃ、キレイでしょう? ねえ、鉄くん、ちぃのこと好き――? とさり。地面に、身体が落ちた。 ● その体を拾う事が叶わなくて、伊吹は乾坤圏を死体へと投げる。射抜く様に、投げられたわは死体の頭蓋骨を砕いていく。一度、投げる。そして、二度、投げる。 死体の数が減った、と感じた時に一歩踏み出した。 セラフィーナが抜けるその道を作り出す様に伊吹が踏み込んで、死体を蹴散らそうとする。補佐をするように、彼の横を抜けて行く櫻霞の気糸はしっかりと死体を捕えた。 「――遊びは、終わりでしょう?」 「リベリスタ、『正義』のおうたは、あたしには難しいの!」 奏でるはなんと陳腐な音色であろうか。狙う瑠琵の鳥たちが、喰らおうと真っ直ぐにフュリのリコーダーを狙う。彼女の浅黒い手が抉れる、瞬いて、嫌よ、と打ち出した霊魂の弾丸が真っ直ぐに瑠琵と黄泉ヶ辻のフィクサードへと飛び込んだ。 「面白いね、楽団員さん。楽しいね、楽団員さん!」 楽しげに笑った纏と比べ、鉄の目は倒れた千歳へと向けられる。唇が、ゆっくりと動き、言葉を紡ぐ。 真っ直ぐに飛び込んで、策もなくただ、攻撃する事で己全てを見せた彼女に鉄は緩やかに好きだよ、と紡いだ。見て欲しいと言ったから、見つめた。返らない言葉から視線を逸らす。 「ほら、遊んでよ。楽団員さん。リベリスタの云う通り、面白いね、楽しいね?」 「そうじゃろう。アレを壊せばどうなるかも見物なのじゃ」 へらりと笑って符を握りしめる、ああ、けれど闘うにしてももう其れも尽きてしまった、魔力のナイフと天元・七星公主を握りしめ、瑠琵の向かう先は彼女の愛した女。 人を喰らって、愛を感じる可哀想な黄泉ヶ辻。飛びだして、あの日と同じ様に首筋に食らいつく。愛しているよ、と愛を啜る様にして、彼女のレイピアが近距離にいた瑠琵の腹を突き刺した。其の侭、にんまりと笑みを浮かべる。 「それがお主の幸せなのじゃろ――?」 愛してやろうと思った。愛して愛して、それがその結果だった。王子様、と呼んで幸せそうに寄り添った気色悪い『アザーバイド』と一人の少女。その図を想い浮かべて近距離で生み出した符は彼女の腹を啄む鳥に変化する。 弾丸を打ち出す様に符を打ち出して、癒す手が少なくなってきた都斗が傷つきながらも必死に歌い続ける。己の魔力を櫻霞に分け与え、緩く笑みを浮かべた櫻子とて、その力の源が付きかけていたのだ。 「喰月、生きているうちにお前とである事を願っていた」 けれど、無理であったな、と廻ったチャンスに、望んだ展開に黄泉路は傷つく体を其の侭に暗闇を吐き出した。喰月の体を呑みこんで、暗き瘴気を産み出した。願わくば、彼女のその道を正してやりたかった。 解らない、教えてと紡いだ言葉。『人喰いこそ愛』だと教育された少女の死体は生き返る事を望んでいなかっただろう。じゃきん、斬射刃弓「輪廻」が変形する。己の傷を全て、力に変えて、其の侭に喰月の胸を貫いた。 死体の瞳が、見開かれて『あ』と何時か、歌う様に囁いた時と同じような声を聞いた。自我無く人形の様に攻撃を行っていた少女の体が、くたり、と落ちる。 「何時までもその姿で居るのも気の毒だ。……黄泉への送り直ししかできないが……」 またな、と告げる言葉は喰月に届いたのだろうか、唇が、静かに動いた様な気がして、黄泉路は斬射刃弓「輪廻」を引き抜いた。 気糸が死体の動きを縫いとめる。フィクサードの攻撃の手が緩み始めた事に瑠琵の超直観は直ぐに気付いて、緩く笑う。ゲームを提案したものの所詮は敵同士。何時かは飽きるだろうとそう思っていた。 一人でも、こうして戦場で楽しげに笛を吹く少女は強い。三ッ池公園に攻め入った時も、六道紫杏の攻撃に便乗して姿を現した時だって、彼女は『遊んでいるの』と笑っていたのだから。 「あの小娘と遊ぶのは飽きたかぇ? 今はお主らと遊んでは遣らぬ」 「「リベリスタは、遊んでくれないんだってさ」」 自身らの陣営もぼろぼろだ、纏や鉄もその傷が深い。元より、リベリスタ『古川灯』を交えて三つ巴で戦っていたのだ。長期戦で、幾らアークが攻撃を仕掛けないとて、その消耗も激しいだろう。彼等がゆっくりと後退する。この場から身を引くと言う事だろう。彼等とて、この場所では『死にたくない』のだ。 同時に、フュリ・アペレースの消耗も激しかった。幾ら一人で『遊んでいる』子供であっても、歪夜十三使徒が率いる『楽団』の一人なのだ。そのプライドか、それとも己の力の過信だろうか、怨霊を動かし、生み出し続けながら、焦りを浮かべた彼女は高い声でくすくすと笑う。 「黄泉ヶ辻は、あたしとは遊ばないのでしょう? ねえ、リベリスタは遊んでくれないの?」 死体が、怨霊が、増えて行く其れが、攻撃を行う。同一対象を的確に落とす訳ではない。各々が戦闘を行っているのだ。前衛をサポートする古川灯とてその力は余り過信出来たものでは無かった。フュリの操る怨霊達の攻撃がリベリスタへと降り注ぐ。 前衛が特攻態勢であった為にそもそもの前衛後衛という区分もきちんと無かった事も問題だったのだろう。庇い手の居ない都斗が意識を失った事、癒し手たる櫻子が懸命に癒しを送っても、数が多い敵には間に合わない。 唯一、行幸で会った事は一定時間であれど黄泉ヶ辻との停戦体制が敷けた事だ。鳴り響くリコーダーの陳腐な音色に、セラフィーナは微笑みを浮かべて、一歩踏み出す。 霊刀東雲が煌めいた。傷ついて、運命だって燃やした。全てを護る事がリベリスタだから、息を吐く様に踏み込んで、振るった切っ先は氷刃の霧を産み出した。 フュリを呑みこむ様にそれは彼女の元へと現れる。いけない、と怨霊に庇わせようとするその隙、少女の浅黒い肌を氷の刃が切り裂いた。 「やだ、やだわ、遊んでくれなきゃ、いやなの――!」 言葉を吐き出す様に、霊魂の弾丸を打ち出して。意識を失うセラフィーナの体を伊吹は受け止める。乾坤圏がフュリのリコーダーへと辺り、ぎん、と端を掛けさせた。少女が息を吸う。 傷つく櫻霞の前で、手を広げ、この人だけは絶対にあげないと首を振る櫻子も最早癒しを謳う力は残っていなかった。己のなかで渦巻く魔力が其れを癒すまで、彼女は肩で息をし、手を広げる。 「のぅ、フュリ、もう、お主も終わりじゃろ?」 「――なに、どういう事なのよ」 脚は進んでいた。じりじりと、刑務所に向けて、真っ直ぐに。 その足を止めさせる行動をとれていたかと言えば、そうでは無かった、迎え撃って、けれど、少女一人を喰いとめるには至らぬところが多くあったのだ。 リコーダーがひゅう、と風の様な音を鳴らす。陳腐な音色を奏でるには、肩で息をする少女には厳しかったのだろう。星を打ち出す様に向けた天元・七星公主。 伊吹が提示していた撤退条件。じりじりと後退しながら、ゴール地点である『加古川刑務所』へ近づいていたリベリスタ達とてこれ以上の戦闘は無理に近い。 都斗が倒れ、隆明が倒れ、セラフィーナも気を失った。死体の並みに飲まれた千歳の姿を探しながら仁身は唇を噛む。嗚呼、失いたくはなかったのに―― 「ねえ、リベリスタ、あたしね……あたし」 瞬いて、少女はまるで『仲の良い友達に話しかけるかのように』笑った。 武器を構えた伊吹と仁身の目の前で打ち出された弾丸が櫻子を穿つ。庇い手の居ない櫻子がふらり、とその膝をついた所で瑠琵の符が彼女を捕える。 見開いた瞳に向かって一直線に飛ぶ鳥が、その眸を抉ろうと、フュリの体を啄もうと狙いを定める。彼女の近くに残っている怨霊が其れを受け止め、姿を消した。 周囲に氾濫する死肉と血の臭いの中、少女は、額に張り付いた髪を払う。 「のぅ、フュリ、痛み分けじゃろう」 「そうね、これ以上は――もう、やめましょう? だって、あたし、とっても嬉しかったから」 あたしと遊んでくれるんだもの、とっても楽しくて、とっても素敵なんだもの。『楽団』の少女は、視線を逸らし、微笑んだ。 「ねえ、モーゼス様も楽しんでるかしら。それにケイオスさまも、とってもとっても楽しんでるわよね? あたしも、とってもとっても楽しかったの。嗚呼、ねえ、リベリスタ!」 また遊んで、と、少女はその場で動く事を辞める。刑務所へと向かう足を止め、死体の中で少女は幸せそうに笑う。それが『強がり』であれど、気持ちだけは精一杯に幼いかんばせに表して。 少女は、フュリ・アペレースは、死体や怨霊を親愛なる友人だと呼んだ。 お人形遊び。とても楽しい遊戯の続き。 陳腐な、何処か拍子外れな演奏を行って、少女の脚はその場で止まったまま。 「――ねえ、また、遊びましょう?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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