●自分で深みへ 土曜日の夜。 自室でラジオをぼんやりと聞きながら、缶ビールをぐい、と飲む。 1人の時間というのは、嫌なものだ。どうしてもマイナス思考になる。 仕事への不安、上司への不満、将来への憂い。 考えれば考える程、深みに嵌る。思考が暗闇へと沈む。 同期入社の社員がいなければ、後輩もまだいない。一番歳の近い先輩は20歳も上だ。話の合う相手がいない。 ため息が、口をついて出る。 こんな心境では、数年前に始めた一言ブログでも呟けない。 マイナスな呟きには誰も返信しないだろうし、そもそも俺を鬱陶しく思うかも。 人と僅かでも繋がることのできる貴重な場で、そんな冒険はしたくない。 もともと友達は多くなかった。自分から話しかけるのは苦手で、いつも受け身だった。 当時の友人達は、面白い冗談で周囲を笑わせる名人だったし、よく人に話しかけ、よく話しかけられていた。 そんな友人だったら、仮に弱ってマイナスなことを呟いても、皆から心配されるだろう。 それに引き換え、俺は? 『お前の愚痴なんて聞きたくない』と思われるだろう。 なんで俺だけ。聞いてくれよ、何か反応してくれよ、と俺は思うだろう。 つまり『構ってほしい』んだよな。我ながら情けない。 また、小さなことから、ダメな方向へと思考が突き進んでいく。自分で自分の首を絞めてる。 両親に電話をしようか。それでどうなる。会いに来させるのか? 学生時代の友人に会えないかメールしてみようか。迷惑だろうか? でも、建設的じゃない呟きをするより良いだろう。勇気を持って……。 ●差し伸べられた手? 「ハロー! わが友人!」 男が携帯に文字を打っていた時、突如ラジオから聞こえたその声は、耳慣れない、若い男のものだった。 「1人は嫌だ。孤独を感じると、一言ブログの些細なことすら気にかかって仕方ない。そして幸せな連中に嫉妬する。そんな自分も、嫌で仕方ない。そうだろ?」 携帯を打つ手を止め、ラジオに聞き入った。見透かされているような感覚があった。 同時にその声が、耳から自分の脳髄へと侵入してくるような、奇妙な、しかし不快ではない感覚も。 「今夜はキミ1人だけだ。30分後に、一番近所にある公園に来てくれないか。今から抜け出せる、イイモノをあげるよ」 普通だったら『胡散臭い』の一言で片付けてしまうような内容の、ごく短時間だけのラジオだった。 数秒雑音が聞こえ、いつも通りの聞き慣れた声がラジオから発され始めた時には、彼は友人へのメールを打っていた携帯を置き。外出の支度を始めていた。 ●夢を叶える『☆』 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、集まったリベリスタ達に、敵の詳細を伝えていた。現れる時刻は、0時過ぎ。 「目標は、エリューション・ビーストの撃破。場所は、住宅街の中の公園。狼のような姿をした3体と、一般人の男の人に取り憑いた、軟体動物タイプが1体」 狼型は、鋭利な牙と頑丈な体躯を持つ、格闘戦に特化したエリューションだが、その行動パターンは、目の前の標的に襲いかかるという単純なもの。 ヒトデのような形状のエリューションは、中心から5方へ星形に伸びる腕を持ち、その腕の内側には、柔軟性に富む触手を何十本、何百本と隠している。水生生物というわけではなく、事実、これは海も川もない陸上に現れている。 30cm程と、ヒトデとしては大きいが、敵として驚異的なサイズではない。しかし無数の触手の射程距離は10m以上にも達する。 しかし、もっと厄介な特性が、このエリューションには存在した。 「男の人と、完全に繋がってしまっているの」 このエリューションは、一般人の男性の背中に貼り付き、触手の数本をその背に突き刺して繋がっており、突き刺した触手は男性の脊髄へと侵入し、その機能を傷つけることなく脳にまで到達しているというのだ。 他の3体と比べ、移動手段が限られるヒトデ型エリューションは、男性に寄生してその体を操り、狼型のエリューションに指示を出しているのだ。 エリューションは、宿主たる男性の脳に侵入させた触手から特殊な毒を流しこんでおり、それによって男性は意識を失い「夢」を見せられている。 彼がエリューションの寄生を甘んじて受け入れているのは、その夢が彼にとり、この上なく心地良いものだからだという。 孤独を抱え、自らそれを増幅させてもいた彼にとって、それが塞がれることは、幸福のほかの何者でもない。仮初めであっても。 「本人が『拒絶』しない状態で、無理やり引き剥がしたりすれば、そのショックで……」 イヴはそこで口をつぐんだ。その先は、もはや聞かずとも分かる。 「今から公園に急いでも、寄生は避けられない。男の人を助けられれば一番だけど……目標は、あくまで、全撃破だよ」 エリューション達は、それぞれの思いを胸に、立ち上がった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:クロミツ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月02日(土)23:51 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 周りに大勢居る。 誰も、俺を、拒否しない。 俺の言葉に、耳を傾けてくれる。 これが俺の望んでた状態。 ● 子どもたちがボール遊びに使うような広場の中央。 「星に願いをって言えばロマンチックじゃあるが……まぁ、シュールだよな、ありゃ」 特徴的な赤い覆面の下で、駆けつけたリベリスタの一人、『足らずの』晦 烏(BNE002858)が評したように、異様な光景がそこにあった。 それは、街灯に照らされた広場の中央。 いかにも殺気立ったハイイロオオカミが3頭並んでこちらを睨みつけているかと思えば、そのすぐ後ろで部屋着にセーターを纏った20代なかばと見られる中肉中背の男性が、白目をむいて口をだらしなく開けヨダレを垂らし、背中から数本の触手を伸ばしてゆらゆら揺れながら立っている光景である。 「……気持ち悪いわね」 端的にその光景を表現した芝原・花梨(BNE003998)の言葉に連動するように、ウサギの耳が少し下を向く。だが、彼女にとり真に許せないのは、この男性の弱みを利用し、安全な場所に身を置く者の存在だ。 しかし、その者は。 「逃げ足、速い、ね。もう、いない」 超人的に研ぎ澄まされた五感で気配を探っていた『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は、簡潔に伝える。既に影も形も消え失せた『ラジオ男』の行方を追う術はない。今は目前に集中するのみ。 狼型のエリューションが唸る。目には、明確な敵意と殺意が宿る。そしてヒトデのようなエリューション……『☆』に寄生された一般男性が、ふらりとリベリスタ達の方へと歩き出す。 「始めましょう。ワタシ達の方は、犬っころからで」 真紅の修道女服は闇夜でも街灯の明かりに映える。『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)が杖を軽く振ると、リベリスタ達の背に小さな翼が現れた。 「OK。それじゃ、僕と烏さんで彼を抑えるよ」 機械化した両腕を振って、『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)が烏と男性の側面に回りこむように走りだした。 狼型エリューションが3体同時に地を蹴り、猛然と伊藤に向かって走り出した。進み出た伊藤を、もっとも狙いやすい対象と認識したようだった。 だが、彼らの狙いは容易に阻まれる。 「芝原さんはあちらを、姫宮さんは向こうの狼をお願いします!」 黒いスーツ姿が、闇の中を素早く駆け抜ける。『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)が、突出してきた中央の狼の正面に割り込んだ。 狼は行動を阻まれ、スピードを緩めて急停止すると一歩飛び退き、即座に小さく唸り声をあげた。 さしあたり、正面の紗理にターゲットを変更しようという指示を他の2体に送ったのだろうと推察されるが、その正確な意図は読み取れず、また読み取る必要もなかった。他の2体には、その指示を聞き入れる余裕が既になかった。 なぜならば、やや遅れて馳せてきた2体にも、リベリスタが同じように立ち塞がっていたからだ。片方には花梨が。そしてもう片方には、剣と、巨大な盾をもった『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が。 マークが外れた伊藤は、男性へと近づいてゆく。すると男性の背中から4本の細長い触手が、上方へ2本、左右へ1本ずつ、大きく伸びた。直後、それらがムチのようにしなり、びゅん、と空気を切り裂いて伊藤へと襲い掛かる。巻きつけて動きを封じるつもりだろう。 上から襲いかかった二本は狙いを外れて伊藤の二歩ほど右に叩きつけられ、左から迫ってきた1本は腕でガードした。右からきたものも狙いを外れて頭上を通り抜けていった。 当たりにきた1本だけが、左腕に見る間に巻き付いた。男性の背中に貼り付く程度の、ごくごく一般的なヒトデの大きさであるにも関わらず、随分と強い力で伊藤を引き寄せる。 「引き寄せて、伊藤く……伊藤さんを、突き刺すって寸法か?」 伊藤を引き寄せる触手の動きが弱まった。男性の背についた☆に、いつの間にか気糸が絡みつき、触手の動きを阻害していたのである。 「彼の身体を完全に支配してるってことは、視覚も彼のに頼ってんだろうが……前しか見てないなら、おじさんには気付けないな」 トラップネストを放っていた烏が言う間に、伊藤が触手を振りほどいた。 ちらと狼側の状況を見やると、既に加勢は必要なさそうな状況であった。 となれば、成すべきことは1つ。伊藤は、男性にゆっくりと歩み寄った。 紗理が妨害した狼は、仲間の援護を得られないことは理解できたようで、正面の紗理に向けて牙を剥きだし、飛びかかった。至近距離から狼に飛びかかられれば、人間に為す術はあるまい。普通ならば。 「狼風情が……私の相手になるとでも?」 もっとも素早い彼女を相手にしたことが、狼の不幸。噛み砕くはずの牙は空を切り、光の飛沫が散るかのような、視認すら困難な速度での刺突の連撃が側面から急襲した。 横腹を、脚を、次々と刺し貫かれ、あっけないほど簡単に、狼は地に落ちた。 「犬畜生が、邪魔だよ」 赤いチャイナ服に身を包んだ『死刑人』双樹 沙羅(BNE004205)が、地に落ちた狼を殺気に満ちた眼で見下ろし発したその言葉は、字に表すと乱暴なものであるうえに、彼の口から発せられることで、無慈悲な響きが加えられ、より一層凄みを増していた。 移動能力を失った狼は、それでも気力を振り絞り、牙を剥きだして威嚇せんとしたが、意に介さず首筋へと食らいついた沙羅を振り払う術はなかった。断末魔の悲鳴は、甲高い声だった。 「まあ……たまには動物虐待も楽しいよね」 口元を拭いながら、不敵に笑った。 「チョロチョロ動くわね、このっ!」 一方、2体目の狼は、花梨の攻撃を必死に回避していた。彼女の細身な外見からは想像もつかない巨大な鉄槌を、彼女は軽々と振り上げては振り下ろす。機敏な狼とは相性が良くない。 それを補うのが、仲間との連携。 「……動く、な」 回避し、着地したその瞬間こそが最大の隙。移動先を見越して移動していた天乃が、狼の背に拳を一撃、ぶつけた。特にダメージを受けた様子もなく、更に天乃からも飛び退いて離れた狼だったが、既に手遅れであった。 次の刹那、天乃の拳が触れた背の一部が炸裂して弾け飛んだ。先の一撃は、オーラで創りだした爆弾を取り付けることが本命だったのである。 「さあ、ボッコボコよ!」 甲高い悲鳴をあげて全身を震わせようとしたが、その悲鳴すら途中でくぐもった呻きに変わった。動きを止めた狼を、全身のエネルギーを集中させた、花梨の鉄槌による一撃が、今度は見事にその身体を捉えていたからである。全身の骨を粉砕し、肉を押し潰した。 最後に残った1体は、立ちはだかった心へと何度も何度も跳びかかり、牙による攻撃を、一見、一方的に繰り返していた。年齢からみても、決して大きいとはいえないその身体は、狼の目には一捻りできるようなか弱い存在に映っていた。 しかし、何度と、十何度と飛びかかっても、狼は心を倒せなかった。心が、自慢の巨大な盾と頑丈な鎧によって、ことごとく攻撃を防ぎ、ダメージを最小限に押さえているからだ。 「あなたは、もとは……人デスか? 人の心は、残っていますか?」 裏で糸をひく存在は、人を利用しエリューションを操っている。最悪の場合、この狼ですら、もとは人間だったのかもしれない。その思いを、言葉として相手に送った。その言葉への返答はなく、狼はひときわ高くジャンプして、牙だけでなく爪も突き立てようと飛びかかってきた。 「聞く耳持たぬ、ってぇとこですか。それならもう、関係ありませんよ」 ジャンプの頂点で突如飛来した眩い光をもろに受け、狼は吹き飛ばされて地面を転がった。その攻撃の主、背の翼をゆっくりと羽ばたかせ、中空に浮かぶ神裂が、間髪入れずに弓をひくような構えを取った。 魔力で生成された矢が、眉間に深々と突き刺さった。断末魔の声をあげる間もなく、その場に崩れ落ちた。 「さ、あとは彼だけですね。伊藤さんをお手伝いしましょう」 ● 『その夢は移ろいのもの、彷徨いの海です。あなたを蝕むでしょう』 誰かの声が聞こえてくる。 夢? そうか、だからこんなに心地良いのかな。 『あんたさ、そんなチヤホヤされるだけの夢見てて、恥ずかしくない?』 悪いか? 現実じゃあり得ないことなんだから、夢で見たって。 『あんたが苦しんでること、悩んでること、1人で背負い込んじゃって、誰も相談に乗ってくれないって、決めつけてるんじゃないの?』 決めつけてる? 俺が? 俺はいつだって、自分から発信してきたはず……。 本当に、そうだったんだろうか? この声の、通りじゃないのか? 『ご友人へのメール、打ちかけだったのでしょう? 最後まで、やってみて下さい』 そうだ、あいつにメールを打ってたんだった。 ……そういえば、ここには、あいつが居ないな。 あいつだけじゃない。両親もいないし……いや、俺の知ってる顔が、1人もいない? ● 「よし、良いぞ。顔がピクピク言ってる……皆の言葉に、何かしらの反応を示してるってことかね」 トラップネストで☆の動きを制限しながら、烏は紗理達が男性に思い思いの言葉をかけるのを見守る。先の依頼で受けた傷が残っているため、烏自身はあまり激しく動くことが出来ない。しかしそれだけに、☆の妨害に集中することができていた。 そして、☆に操られてもがこうとする男性自身の身体は、伊藤が正面から抱きつくことで動きを封じられていた。伊藤は、ずっとこの状態で、男性の名を呼び続けていた。 「大丈夫。君はまだ息をしてる。未来を掴める。皆が言うように、諦めて何もしなかったらそれで終わりなんだ。その夢のなかにいない皆にも、この先にいるかもしれない幸せにも会えなくなるんだよ。それでいいの?」 男性が大きく首を振り、何かを振り払うような仕草を見せた。 そこで突如、☆が麻痺状態を強引に破り、触手を再度振り上げて突き出した。狙いは当然のように、彼に密着していた伊藤だ。4本の触手が伊藤の肩に、腕に、突き刺さる。しかし伊藤は、男性を決して放さない。そして痛みを堪えながらも、触手の繰り出される力が遥かに弱まっていることを、伊藤は見逃していなかった。 ● ……ここには、本当に会いたい人が、いないのか。 俺が本当に会いたい人達は、本当に話したい人達は……。 ちゃんと、俺から、動かなきゃ、駄目なんだ、な。 そこまで思った所で、今度は女性の声が聞こえてきた。 『分かったでしょう。伊藤さんも、ワタシも、皆アナタの友達です。……さ。いつまで夢見てんですかアナタ。さっさと起きなさい』 次の瞬間、目の中で星がはじけて、鈍い痛みがやってきて、世界が急に真っ白に。 ● ☆の動きは、かなり鈍っていた。リベリスタ達の声が、男性をこちらに引き戻し、自分で考えさせる力を与えたことが紛れもなく起因していた。 そして、つかつかと歩み寄った神裂による杖での一撃が、決定打となった。 「いっ、だ……?!」 横っ面を張られた男性の目に、生気が戻った。それを受け、伊藤に突き立てられていた触手の数々に込められた力が、はっきりと緩んだ。 「目が開いた! 今ね!」 その隙を逃さず、男性の背後に回り込んでいた花梨が一気に間合いを詰めて取り付き、☆を引き剥がそうと手をかけた。花梨の手の中でうねうねと動きながら、☆が抵抗を試みる。裏から触手を伸ばして突き刺そうとしてくるが、至近距離で繰り出されても十分に回避できるほどに、スローな動きになっていた。 「これならば、救出できそうですね」 諦めずになおも花梨を狙う触手を、同じく間合いを詰めた紗理がカトラスで一本一本と素早く切り捨ててゆく。 「さあ、観念して……離れなさいっての!」 花梨が一気に☆を引き剥がして、離れた方へと放り投げた。 男性はその場に崩れ落ち、触手を何本か刺された伊藤も膝をつく。彼らから離れたところに墜落した☆は、身体から新たに10本以上の触手を伸ばした。 「お二人とも、大丈夫なのデス。私の後ろに!」 さしずめ最後の抵抗といったところか。☆は無差別に触手を振り回し始めた。倒れた2人の前には即座に心が割り込み、自慢の大盾でしっかりとカバーした。 その間に、伊藤が腕や肩に刺された触手を引き抜く。毒の影響で力が入らないが、命に別状はなさそうだ。見れば、男性の方も意識を取り戻している。 そして宿主から離れた☆には、もはや大した力は残っていなかった。 「往生際が悪いね。ボクとしてはちょっと残念な結果だけど、キミで我慢してやるよ」 大鎌で触手をいなして間合いを詰めた沙羅が、☆を踏みつけた。痙攣するようにぶるぶると震えはじめた触手が、力なく襲い掛かるが、もはや素手で受け止められる程度の力でしかなかった。 掴んだ触手の一本に牙を突き立ててはみたが。 「ヒトデって、血無いんだね。すっごい、不味い」 顔をしかめ、更にふらふらと集まってきた触手を掴み、力を込めて引いた。触手は、あっさりと引きちぎられた。攻撃手段すら失った哀れな☆を、沙羅は軽く蹴り飛ばした。 蹴り飛ばされた先には。 「一切遠慮、はいらない、ね。もともと容赦する気、は無かった、けど」 拳を握り締め、開き、また握り締めて、を繰り返す天乃の姿。全身から放った気糸が一瞬で小さな☆を絡めとって締め上げた。中空に固定され、切断されんばかりに締め上げられる☆へ向けて、魔力手甲を装着した右拳を、容赦なく打ち付けた。 ぐちゃ、という鈍い音と共に、身体を拳で打ち抜かれた☆の残骸が、地面に落ちた。 ● 「……晦」 ☆を撃破して一息つく間もなく、天乃が低い声で烏の名をただ一言呼んだ。 緊張が走った。彼女のその行動は【彼奴がいる】という言葉と同義だからだ。 周囲を見渡してもその姿を視認することはできないが、天乃の強化された五感は、こちらをじっと観察している1人の存在を認識していた。 「ハロー! わが友人! ……この言葉で、一体どれだけの人を引き込んできたのデス!」 過去に一度、この男が関与したと思われる事件を解決していた心が、観察者に強い言葉を投げかける。何か少しでも、情報を得たかった。 『まさかこうも簡単に拒否られちゃうとは……ただただ望んでるものを見せるだけじゃ駄目なのかぁ』 この言葉は、ハイテレパスによるものか。 『邪魔者の皆さんにもとても敵わないみたいだし。……もうちょっと観察と研究をさせてもらわないと駄目だね、これは』 心の問いかけに答えないまま続ける『ラジオ男』に向け、伊藤が身体の痛みを堪えながら上体を起こし、強い敵意を込めて呟く。 「てめぇ、今は安全なところから見てるだけでも、いつかブタ箱にブチ込んでやるからな……?」 その横で、沙羅は周囲を見渡しながら、口を動かしていた。言葉としては発することなく、ある意志を明確に表している。それは『ラジオ男』への死刑宣告。【殺しに行くから、待っててね♪】 向けられる敵意をどう捉えているのか。『ラジオ男』は、ここで初めてリベリスタ達に向けたメッセージを発した。 『邪魔されるのは不本意だけど、その方が色々と準備のし甲斐もあるね。次は、もっと違う奴を連れてくるよ』 その言葉の間で、心は、自分の心を覗きこまれたような不快感を覚えた。 『そうそう。前のカメレオンも、今回の狼も、別に元人間じゃないよ。まぁ、人間は別の形で関わってるけど』 そして、次の言葉を最後に『ラジオ男』の気配は消えた。 『アディオス! 新たな友人たち!』 心達が話そうと試みる間に、天乃から伝えられた『ラジオ男』の位置情報を、烏がハイテレパスでメンバーに指示していた。紗理、花梨、神裂たちがそこに到着した時、既にその姿は無かった。 「痕跡は、この靴跡くらいですね。まったく、気に入らねーです」 「救出に成功して、少しでも情報を得られた。よしとしましょう……今は」 神裂と紗理が靴跡を確認する横で、周囲に視線を巡らせながら、花梨は悔しさを噛み締めた。 「ボッコボコよ、次があったら」 ● 『携帯変えてたなら、言いなさいよ。随分と音信不通だったじゃないの』 「うん」 『連絡寄越さないから、こっちで就職した子たち、みんな心配してんのよ』 「うん」 『店を空けられないから、私らからは会いに行けないんだし……たまには帰って来なさいよ。待ってるから』 「次の週末とかでも、良い?」 『駄目な訳無いでしょ。何か食べたいもの、ある?』 「何でもいい。何でも、嬉しい」 『はいよ。適当にお迎えの準備、しとくからね』 「……ありがとう」 電話を切った。皆の勧めで、久しぶりに電話をしたけど……して、良かった。 俺は、古い友人だけでなく家族にまで、連絡先変更の報告すらしてなかったのか。 自分から、皆に対してドアも窓も閉じていたのか。 それを、周りのせいにして……馬鹿だったな。 こんなに、簡単なことだったのに。 着信音。 友人から、メールの返信が届いていた。こんなにも早く。 ……今ばかりは、1人でいることを有難いとも少し思う。 こんなにぼろぼろと涙を溢している顔を、誰にも見られずに済むのだから。 軽く震える手で、メールを打つ。 新たに知り合った、恩人たちへ。 『ありがとう』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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