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<三尋木>六月の憂鬱/やくそく


「寒い……」
 座り込み身を縮めて呟く。それはそうだ、冬の寒空の下、部屋着のままなのだから。
 少しでも暖を取ろうと己を抱き締めようとし――止める。鉤爪が腕を傷付けるかもしれない。
「……私、どうなったんだろう」
 年より幼い形だとよく言われた自分の手。爪の形が綺麗なのはこっそり自慢に思っていた。そのはずだった。――膝から先が滑らかな鱗に覆われて、指先には鋭い鍵爪。こんなの、私の手じゃない。
「――!」
 声にならない悲鳴が漏れた。鉤爪の先端にこびり付いた茶色が見えてしまったから。洗っても洗ってもうまく落とせなかったそれは、酸化した血だ。
 家族の血だ。
「お父さん……お母さん、お兄ちゃん……」
 家族仲は、良かった。
 母はちょっと厳しくて苦手な所もあったし、父は少しだらしないのが玉に瑕だった。兄は最近甘えると鬱陶しそうにして来る事もあった。
 けれど、大好きだった。陳腐な家族愛なんて、気恥ずかしくてそんな事考えた事なんか無かった。
 けど、今なら分かる。意識してなかっただけだ、喪う事なんて夢にも思わなかったから。
 陳腐でもなんでも、自分には何よりも大切なものだったんだ。

『化物!』
 なのに。
『ち、近寄るな!』
 なのに……。
『助けて! 殺さないで……!』
 私、私だよ。私なんだよ。
 お父さん。逃げないで。
 お母さん。叩かないで。
 お兄ちゃん。そんな目で見ないで――!

 逃げ出して。もう何時間経っただろう。
 額に角が出来た。脚と腕を覆う鱗。お腹にも何か出来そうな気がする。ムズムズするから、多分そう。
 誰に会っても、帰ってくるのは悲鳴と拒絶。当たり前だ。
 私を見る目も掛けられる言葉も皆、皆、否定。
「……私、もう終わりなんだ」
 本当は分かってた。大好きな家族を傷つけたあの時既に、もう分かってた。
 もう私の居場所は無いんだ。
 私を受け入れてくれる人はいないんだ。私はもう最期まで一人ぼっちなんだ。
 未来なんか、無いんだ。もう終わってるんだ。今の私は、残りカスなんだ。
 寒い。涙も出ない。寒い。何も感じ無い。寒い。寒すぎて凍って、乾いて、粉々になりそうだ。
 早くそうなりたい。そうすれば……

「お、いたいた! 麻衣子ちゃんっすよね!? うっしゃようやく見付かったー!」

 え。

「あっれ? 違った? まさか人違いヤッベエ俺超恥ずかしい!? ――あ、でも角にイカした鍵爪もあるし。何よりかわゆいその顔が写真で見たまんまだし! 麻衣子ちゃんっすよね? ね? 何とか言ってよハニー!?」
「止めんかアホ! アンタがハイテンション過ぎて怯えてるだけだっての!」
「あ、そうなんすか? 俺怖い? マジ? こんなにイケメンなのに?」
「あの……」
「ちょ、何その反応ショックなんすけど!? え? 俺イケメンじゃない? NOTイケメン俺!?」
「だから止めろっつってんでしょーが!」
「……私が、怖くないんですか?」
 そう聞いてようやく、突然現れて以来ずっと喋り通しだったお兄さんの言葉と動きが止まった。
 拳骨をうけた頭を抑えていた手を、ゆっくり下ろしてから、にこりと笑った。
「怖いわけねっすよ。俺もね、昔は君と一緒だったんだから」
 その言葉の意味が、心に浸透してくるまでに少し時間が掛かった。
「あ、言っとくけど一緒だったって言っても君見たいな美少女だったって意味じゃないっすよ? アイアム男っすよ!? 見れば分かるっすよね!」
「誰がそんな勘違いするか!」
 お姉さんにもう一度力いっぱい殴られても未だ喋ってるお兄さんは――手が、ロボットみたいに見えたけれど、けれどどう見ても人間に見えた。化物には、見えなかった。
 それは、それはつまり……まさか。
「元に、戻れるの?」
「元には戻れないよ、教えてやれるのはせいぜい、隠し方だね」
 答えたのはお姉さんだった。お兄さんが直ぐに眉を潜めて不満気な声を出す。
「姉御! そんな冷たい言い方って!」
「だ、だって! 都合の良い事だけ言うのって逆に酷いじゃない!?」
 違う。
 いや、違わない。それも聞きたかった事だった。戻れるのか戻れないのか、それはとても気になる事。けれど違う。本当は、一番に聞きたかったことはそれじゃない。本当に気になったのは別の事。
「だ、大丈夫っすよ! もし元に戻れなくても出来る限りフォローするっすから!
 うちの上司は世話好きっすからね! 長すぎる爪くらい丁寧に切ってくれるって!」
「いや、上司に何させようとしてんのアンタ!?」
 寒い。
 寒い。のに、さっきとは違った。胸の所が熱かった。
 ドキドキしてる。恐怖で、期待で、何も感じなかったさっきとは全然違う。
 怖い、けれど、聞かなきゃ。
「……私は、居て良いの?」
 要領を得ない言葉。どう聞いたら良いのか分からなかったから。
 半ば無意識に手を伸ばした。自分でも触れるのに躊躇する位鋭い爪の生えた手。
 その手が、アッサリと握り返された
「もちろんっすよ」
 その手が、温かった。
「駄目だなんて言う奴がいたら俺がぶっ飛ばして、麻衣子ちゃんを守るっすよ! 約束っす」
 未来が……
 笑顔がここにあった。滲んだその顔に、自分が今泣いている事に気付く。
「大丈夫、私も保証したげる」

 大丈夫。
 君はここにいて、いい。


「……ダメ。そう言うわけには、いかない」
 淡々と、『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)は否定した。
 ブリーフィングルームに沈黙が落ちる。
 誰も、何も言えない。
「ノーフェイスの討伐。目的はそれ。2人のフィクサードの撃破は、気にしなくていい」 
 イヴの言葉だけがポツリポツリと響く。
「けど、この2人はノーフェイスの回収を目的としてる。
 戦力になる事を期待してる。生かして連れ帰るために全力を尽くすと思う」
 少女はわざと冷たい言葉を使って説明している。それはもちろん、事実ではあるんだろう。 
 けれど、フィクサードとて人間だ。そんなドライな目的意識だけで動いているわけじゃない事は、万華鏡の映し出したその顔を見れば誰の目にも明らかだった。
「お兄さんは電話でだけならアークとの接触経験がある、『サマーナイトモスキート』壱藤・仁鷹。お姉さんはアークとの戦闘記録がある、『雷神の娘』高波・麻友。共に三尋木に所属するフィクサード。強力で、厄介。気をつけて」
 ディスプレイに戦力データが表示される。ノーフェイスのデータと共に。
「手強いけど、皆ならきっと勝てると――」
「このノーフェイスが、フェイトを得る可能性は無いのか」
 遮って出された質問に、再び沈黙が落ちる。
「……彼女は数日以内に、フェイズ3に移行する。万華鏡で何度も確認したから、間違いない」
 フェイズ3。
 ――フェイトを得ることができる限界は、フェイズ2だと言われている。
 つまり、彼女は、どうあっても。もう、「ヒト」には戻れない。
「このタイミングで処理できなければ、三尋木に確保されてしまう。その後では手出しが難しい。
 万華鏡で算出した、一番可能性の高いパターンは3日後市街地でフェイズ上昇、理性消失、暴走。
 確率76.85%、この場合、被害は甚大なことになる」
 そう言うと、白い天才少女はくるりと前を向き、リベリスタ達に背を向ける。
「……強制はしない。最悪の場合でも、暴走後に三尋木側で『処理』は行われるはず。
 私達がすることは、生えかけた芽を摘むこと。できる人だけ、残って」
 小さなその手が、真っ白になるまで強く握り締められていた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ももんが  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年02月02日(土)23:49
ももんがです。
寒い中、薄着でさまよっていた少女を、倒してください。
フィクサードは『<三尋木>六月の憂鬱/獣』『<三尋木>六月の憂鬱/アマリリス』にて登場したていますが、見なくてもさほど大きな問題はありません。

●成功条件
ノーフェイスの撃破

●フィクサード
『Spelunker』六月
ふたりの上司ですが、今回は登場しません

『サマーナイトモスキート』壱藤・仁鷹(イチフジ・ニタカ)
メタルフレーム・クロスイージス
かなりうざい喋りのおにーさん(27)。見た目は人当たりの良さげなチャラチャラ系。
趣味はフィギュア集め。恋人は二次元だがブレイン・イン・ラヴァーは持ってない。
所持アーティファクトは任意で発動可能だが、体内に埋め込んでいる模様。
・クロスイージスの中級スキルまでからいくつか
・絶対者
・EX(P)・世界中が俺にKU・TI・DU・KE
 周囲20m内の敵対者は全て気が散り【集中】が出来ず、回避にマイナスがつく。

所持アーティファクト/モスキートキス
・世界中が俺にKU・GI・DU・KE
 使用者を視界に入れた相手にBS怒り付与(無効可・発動時行動消費なし)

・『雷神の娘』高波・麻友(タカナミ・マユ)
ジーニアス・マグメイガス
28歳未婚。妙に逞しい体付きのお姉さん。
別名(自称)、光速の異名を持ち雷を自在に操る高貴なる女魔法戦士。
・マグメイガスの中級スキルまで全て
・魔術刻印
・雷撃(神・遠2・全/ダメージ中・感電)

●ノーフェイス・麻衣子
・鉤爪(物・遠・単/ダメージ大・出血)
・蛇舞(物・遠・域/ダメージ中・出血)
・蛇足(P) 全力移動以外のブロック不可。
・絶望(P) ある条件で発動し、全能力を大幅に引き上げる。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
天城 櫻子(BNE000438)
スターサジタリー
桐月院・七海(BNE001250)
ホーリーメイガス
アンナ・クロストン(BNE001816)
ナイトクリーク
椎名 影時(BNE003088)
クロスイージス
シビリズ・ジークベルト(BNE003364)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
レイザータクト
ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)
ソードミラージュ
フラウ・リード(BNE003909)


「――御機嫌よう、フィクサード。
 残念だが彼女をあんた達に連れて行かせる訳にはいかないんすよ」
 仁鷹が握りしめた小さな手を引き寄せた時、その声がした。
「!」
「ハロー、殺人鬼だよ。殺しにきちゃった☆ 
 高波ちゃん久しぶり、彼氏はあれからできた? 今回は殺し合いしちゃう?」
 警戒を浮かべ、振り返った麻友が見たのは、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)の、そして『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の姿だった。
「お? あー、アンナちゃんじゃないッスか!? こんな近くで見るの――」
「……何のことだか分からないわね。私はそこのを奪いに来ただけよ」
 その後ろにいた『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)に、仁鷹が相好を崩すが、アンナは一度真顔になった後には、露悪を湛えた笑みを浮かべるだけだった。
「うばい……?」
 その言葉に麻衣子が怯え、仁鷹の腕にしがみつき――アンナの表情に警戒を覚えた仁鷹が、少女を守るように軽く抱き寄せた。
 それでいい、と。『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)は胸裏で頷く。
 崩界阻止と言う大義の下に、彼女の生を許容しない――それがリベリスタの努めであるという、ひとつの事実と、『絶望』を呼びうるその事実を彼女につきつけることは出来ないという事情との間で。
 不言実行。
(――あるいはそれさえも言い訳かもしれんな)
 僅かに青い目を伏せた。
「集中をさせぬなど煩わしい。『貴様ら』早々に倒させて貰うぞ」
『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が守りのオーラを纏いつつ、わざと複数形の言葉を使う。
 それは狙いがノーフェイスだけだと知られぬため。ほかの誰よりも、ノーフェイスたる麻衣子のために。
「――仁鷹。アレを起こしてくれる?」
「えっ、あれっスか? 姉御……あれって、何スか」
「馬鹿! こいつら、どう見たって、敵意丸出しよ!? 戦闘が避けられないなら――」
「あー、あれっスね――麻衣子ちゃん、ちょっとの間、俺の後ろに隠れててくれるっスか?
 大丈夫。ゼッタイ、俺たちが守るっスから――うなれモスキート! 世界中が俺にKU・GI・DU・KE!」
 何やらポーズを取ったらしき、袖が服にこすれるような音がする。目にしたらイラッと来ること請け合いのフィクサード達の小声の会話を耳にしながら、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)はじっと目を瞑る。
(自分もあの時に、アークに来る前に言われた着いて行ったんだろうな)
 彼の思い浮かべるは、子供の頃の――革醒の時。
 周りから拒絶され母親から「認識」されなくなった日のこと。
(しかし何を何処に如何ぶつければいいんでしょうね。彼女とは一体何が違ったのでしょう)
 閉じた視界の中、全てをコマ送りに見せる筈の動体視力はしかし、記憶までコマ送りにはしてくれない。
「こんにちは、雷神の娘。かなりアークのリベリスタの手を煩わせているようだけど?」
「なんのことかわからないわよ」
 すいっと麻友の前に立ちふさがった『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)に、麻友が不快そうに目を細め、肩をすくめてみせる。――影時の、絶対者としての自信が虚ろな瞳の奥で鈍く燃える。
(今日ばかりは好きにはさせない。彼らの操る状態異常は一切心に響かないからね)
 ちらりと、仁鷹を見やる。うざいのは確かだが、怒りは湧かない。仁鷹のアーティファクトが効果を及ぼさないのは、アンナや『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)も同じだった。
「これが気まぐれな運命が導いた現実です。愛されなければ倒すしかないのですわ。
 ――だから、参りましょう」
 その言葉は、フィクサードに全てを理解させるのに十分で、神秘の意味を未だ知らぬ少女を動揺させない程度に謎めいて。櫻子の微笑みを、麻衣子は――狩られるべき獲物は――ただ恐ろしく感じていた。


「がっ!?」
「……まっ、最初からこうなるって予感はしてたっすけどね」
 櫻子の言葉を皮切りに、最初に攻撃を繰り出したのはフラウだ。
 一瞬の、転移のようにさえ見える動きで、魔力剣が仁鷹を切りつける。
「吃驚したっすか? 認めたくないっすけどアンタはイージスとして優秀だ。
 優秀だが鬱陶しいんでさっさと眠ってくれないっすかね、ガチで」
「やった俺褒められるの超好きッス! あ、でもどうせなら頭なでて貰ったほうがずっと嬉しいっスけど!」
 ――イラッ☆
 指先で数年前のアニメキャラの決めポーズを決めてなおかつ舌まで出す仁鷹の、予想以上のウザさにフラウの額に青筋が立ちかけるのが否めない。
「ええい、その忙しない口を物理的に閉ざしてくれるわ!」
 まともに血管を浮き上がらせたベルカにいたっては、閃光弾のピンを口で引き抜き、仁鷹に投げつけた。
 強い閃光が仁鷹と麻友、そして麻友の前に立つ影時と、フラウを襲う。
「しまった、私狙い……!?」
 唸る麻友。庇われている麻衣子は当然として、仁鷹と影時に、シャイニングウィザードはほとんど影響を与えない――仲間を巻き込んだのは偶発的な事故だろうと考えれば、あとの結論は明らかだ。
「そうかも知れないッスね、姉御、気をつけて」
「それ今いうことじゃないわよ!?」
 麻衣子を庇ったまま様子を見る仁鷹の間の抜けた言葉に、こんどこそ麻友はわめきちらし――
「邪魔、しないで」
「この程度……っ! なぎ払ってやる!」
 影時の放った気糸が魔法戦士(自称)を戒めんと舞うが、少し鈍くなった動きを押して麻友は飛び退り、それを躱す。そのまま麻友は雷撃を呼び寄せるが――全力で放てない雷は、リベリスタたちに大きな被害を及ぼさない。
「で、麻衣子ちゃんで君たちはどんな悪いことを企んでるの?
 何に麻衣子ちゃんを利用しようとしてるのかなぁ?」
 葬識が逸脱者ノススメに宿した暗黒の魔力でもって断ち切ろうとするのは、仁鷹の腕。裂かれた生地からは硬質化した皮膚が覗いている。
「やくそくなんて曖昧なもの、破るためにあるのか護るためにあるのかどちらなんだろうね?
 優しい言葉で騙して売っちゃうのかなぁ? だって悪い人だもんね」
 ゆるく笑う、葬識。
「なんで……!」
 その言葉に、異を唱えたのは。
「そんなこと、言うの? あなたたちだ、悪い人は!」
 麻衣子だった。その目に涙を浮かべ、それは後から後から頬を落ちる。
 溺れるものは藁をも掴む、と言う――彼女が掴んだ藁を否定出来るだけの要素など、リベリスタには用意がない。否――最初から、わざと。用意していない。
 麻衣子が無我夢中で、まるで大人の胸元を子供が叩くように、その鉤爪を振り下ろす。
 ごり、という音が、たしかに響いた。
 えぐられた肩口からの出血に、ウィッグが汚れないよう葬識はそれを跳ね上げる。
「ヤレヤレ。ホント、コレじゃドッチが悪者か分からないっすね」
「絶望か……あぁ果たして。一人の少女の絶望による力は如何程の物なのか。実に興味がそそられ――
 ……おっと、いかんな悪い癖だ」
 フラウが呟き、シビリズが一瞬、誘惑に駆られそうになる。
 世界が彼女を拒絶したと、そう説くことができないなら。
 まだ未来への希望を持ってしまっている彼女に真実を伝えることが許されないのなら。
 ――彼女を殺す役回りはせめて、悪役の仕事だ。
「不思議なものですね、色々と……」
 周囲のマナを次々と取り込み始めた櫻子の、その声が静かに消えていく。
「来月のお勧めは何ですか?」
「へ? あー、超合金の騎士王とか、あ、そういや怪盗3世の第1シリーズの――」
 その中、きりきり、と弓を引き絞った七海が、仁鷹へとそう語りかけ、仁鷹はつられて答え出すが、
「ほう? 中々趣味が合うじゃないですか。まあ自分は予約済みですが!」
 そのまま射掛けるは、魔力が作り出す業火の矢を――仁鷹と麻友へ。
「あっちち……!」
「家族を失い。居場所を失い。それでも自らを受け入れてくれる者を見つけたか。
 ――だがすまんな。ここで朽ちろ」
 膂力を爆発させた粉砕の一撃。ヘビースピアを叩きつけたシビリズの言葉は、仁鷹に守られた麻衣子へと向いている。それでも、リベリスタ達を『敵』とみなした麻衣子の表情は――動揺は見せたが――変わらない。それを確認したアンナもまた、マナを取り込み始める。


「ぐ――おのれ、ちょこまかとっ!」
 攻撃指揮を取ろうとしたベルカだったが、気がつけば蚊の飛び回るような音に、冷徹な殺意を込めた視線を仁鷹へと向ける。仁鷹の鬱陶しさは、ここが本領――怒りに目を向けさせるというのは、他のことをできなくさせるということでもあるのだから。
「うちの速さが……!」
淀みない連続攻撃が仁鷹に襲いかかるも――速さを誇るフラウがベルカに遅れを取ったことからも分かる通り、繰り出した技は未だ閃光弾のショックが抜け切らない。
 怒りに囚われない視点で戦況を把握していた影時だったが、もう一度麻友を縛りあげようと試みる。だが、持ち前の頑丈さの成果か、あっさりと異常から回復していた麻友を捕まえることは出来ずにいた。
 仕方ないとばかり己の体でもって麻友の移動を防ぎつつ――影時は麻衣子へと声をかけた。
「ねえ、君、捨てられたの?」
「――なっ!? あ、あんた……!」
 怒りを込めた麻友の静止を意にも介さず、影時は続ける。
「一緒だね。僕も親に捨てられたんだ。
 ゴミを見るような目って嫌だよね、嫌悪の罵倒って嫌だよね。解るよ、解るつもり……」
「くぉんの……! 無神経ダボハゼがああああ!!!」
 激怒した麻友が、こんどこそ全力の雷撃を撃ち放った。
「まだ傷も乾いてない子に! 嫌なこと思いださせるんじゃない!
 これ以上私の前でこの子を追い詰めるってんなら――地獄の三丁目くらい散歩してきてもらうわよ!」
 麻衣子は、空気中にオゾン臭を漂わせながら啖呵を切る麻友を少し嬉しそうな目で見上げ――葬識が再びソウルバーンで仁鷹を斬りつけたのを見て、叫んだ。
「お兄さん!」
 仁鷹から葬識を引き離そうと、無我夢中で両の腕を振り回す。――蛇舞、とイヴが呼んでいた技だ。
 前衛に立っていた葬識、シビリズ、フラウの3人、そして中心にいた仁鷹の4人が、鉤爪で切りつけられた。「ご、ごめんなさいっ」
「HAHAHA俺ジョーブっスから! 麻衣子ちゃんの手ぐらい、ぶつかったとこで撫でられたようなもんっすよー凄いっしょ? 凄いっしょ? 惚れた? 惚れた?」
 慌てて謝る麻衣子に、何故か体をくねらせて仁鷹が笑う。
 ――見ていて、すぐに理由はわかる。本当に痛くないわけがない。だが、それを麻衣子に見せた所でどうなるというのか? とぼけることで彼女の気持ちが軽くなるなら、仁鷹はそれを躊躇しないだけだ。
 一番負傷が激しいのは、フラウだ。
「その傷も痛みも、全て癒しましょう……」
 ディオーネーを掲げ、櫻子が高位存在の治癒を具現化させる。それはリベリスタ達の傷を癒し、フラウの異常を祓い、皆の心を蝕む怒りを取り攫う。――しかし。
「……なるほど、これは」
 シビリズが目を細める。消えたはずの怒りは、もう彼の胸に戻っていた。
 彼らの前には、どや顔で両腕を広げる仁鷹の姿。アーティファクトの効果を払った所で、戦術を変えない限り――相手の姿を目にしないための方法でも考えない限り、何度でも同じ事なのだろう。
「気苦労しそうな相方ですね。一発だけなら誤射かも知れませんよ?」
 再びインドラの矢をつがえて仁鷹に狙いをつけながら、七海は砕けた調子で麻友へとそう訴えた。
「えっ俺が姉御に撃たれるっスか? ちょっと冗談よして欲しいっス、電撃ならせめて『ダーリン』ってラm」
「――ふッ」
 仁鷹の戯言が危険水域に入る直前、それを隙と見たシビリズが再度肉薄し、ギガントスマッシュで打ち据える。なお、麻友がすごく神妙な顔で、誤射か、と呟いていたことは余談だ。
 葬識とフラウの怪我は浅くないが――すぐさま危険という程でもないだろうと判断し、アンナは魔法陣を展開する。彼女の詠唱に応えて生まれた陣は、生成した魔力矢を放って仁鷹を射抜く。
 そこまでを耐えて――初めて、仁鷹は表情を変えた。
 ゆるい、チャラチャラしたものから、計算高い、しかしゆるくチャラチャラしたものへ。
「なーるほど、俺にKUGIDUKE☆ な人が、結構多いんっスね」
 じゃあ、遠慮なく。そう呟いて、全身のエネルギーを、攻撃を跳ね返せるほどのものへと硬化させた。


 フラウとベルカの攻撃を受けながらも、仁鷹は意外な速さで麻衣子の護衛に戻り――あとは、それまでとほぼ変わらない、変わり様がない攻防だ。影時が麻友を狙おうと、無駄にたくましい体つきは飾りではないらしく『魔法戦士』などと自称してしまっている彼女には、当たれどもそうそう麻痺までは引き起こせない。一方の麻友も、麻衣子たちの近くに寄れない以上は、防戦一方とならざるをえない仁鷹のためにも電撃を使い続けるほかない。葬識もまた仁鷹を切りつけては麻衣子の鉤爪を受け、七海が炎を撒き散らす射手となり、シビリズの重槍の一閃は粉砕の一撃となる。櫻子とアンナが時折回復を交えながら、魔力矢を放つ。稀に集中しようとしては妨げられるリベリスタがいるのは――仁鷹という男の厄介さの、本領発揮ということだろう。

 継戦能力に長けるのはどちらかなど、考えるまでもない。
 しかし、それでも、麻衣子は必死だった。
 文字通り、生きるために。

「ね、人間の要素って知ってる?」
 葬識の言葉は、唐突だった。
「君は「ヒト」で俺様ちゃんは「ヒト」を殺す殺人鬼だよ。俺様ちゃんにとって殺しは愛なんだ」
 22基の染色体と1基の性染色体。それがエリューション能力を得て、『亜人』とも呼ばれる存在になったリベリスタや、『亜人』とすら呼べなくなる存在である麻衣子にも揃っているのかどうかは、特に後者においては今現在、知りようがない。それでも、広義の『ひと』であり続けるために。
 葬識は、自分が『殺人鬼』であると信じ、貫こうとする。
「だから俺様ちゃんも君を愛することができるよ。俺様ちゃんの心(ここ)に――」
「あなたの言葉は、聞きたくない!」
 ――拒絶。
 最初に自分で硬化させた心を、ひとり、何の材料もなしに軟化などできるわけもなく。
 一切の拒否を目に浮かべや麻衣子の鉤爪は、葬識の体力を削り取る。
 葬識はすぐに運命を削り、立ち上がったが――そう何度も、受けていられるものではないだろう。
(――あぁ、彼女に此処に居ていい。何処にでも羽ばたいていいと言えたらドレだけ楽か)
 フラウは思う。
「うちはアンタに何もしてやれない。何も言ってやれない。ホントに酷いヤツだ」
 麻衣子を守り続けた仁鷹を、ついに切り伏せたのは、フラウ。
「……ひっ」
 庇護者がいなくなって、初めて――否、いなくなったからこそ、再び。
 麻衣子は、自分が存在を許されないのだと思い知った。
「自分だけが悲しいとでも? 見たら解ると思いますが貴女も周りも似たような傷は沢山あるんですよ。
 落ち込んでる暇があったら貴女も為すべき事をしたらどうですか? 自分が弓を引くように」
「私の全力を見せてやろう……」
 怯える麻衣子に。七海が炎を射掛け、シビリズが粉砕の一撃を振るう。
「さようなら麻衣子さん。いずれまた」
「――ただ君が居たことを、普通の女の子が居たと言うことを忘れない」
 七海が、フラウが、そう告げた。
 少女は何も知らないまま――己の未来を、手放した。


「数日中にフェイズ3。
 三日後理性消失の可能性が76.85%。絶望によりフェイズ上昇の危険性あり。それがアークの観測結果」
「……わかってたわよ」
 アンナが一人立ち尽くす麻友に告げ、麻友はそれを肯定する。
「それでも、私たちは、あの子を放っておけなかったわ……」
 麻友が投げつけた何かを、明らかに敵意のないものと判断した影時が拾い上げる。
 それは丸められた紙。広げて――影時は虚ろな瞳を、少しだけ見開いた。
「今ちょっと三尋木が羨ましく思えたよ。 ああいうノーフェイスを保護できてしまうって所にね」
「そんなの、無視するつもりだった! 戦力になるだろって言えば、きっと、私達のところでなら――!」
 吐き捨てた麻友の言葉には、嘘はないのだろう。
 影時の目にした書類は、依頼された暗殺の対象と、その依頼主の名が書かれていた。
 対象の名は、麻衣子。写真もある。
 依頼主は、ブリーフィングルームでは興味がなくて流し見たが――麻衣子の父親のはずだ。
 確か、どこかの政治家だったか。
「一瞬の夢でも彼女に希望を与えられた君たちが妬ましい。僕達はヒーローじゃあない」
 影時がもう一度紙を丸め、放り投げた。
「お仕事完了、ですわね……」
 目を伏せた櫻子がそう呟き、踵を返す。
 一人、二人と帰路につき――、一人、最後まで残っていたアンナが、低く声を漏らした。
「神秘なんて、大嫌いだ」

<了>

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした、成功です。

なお、壱藤・仁鷹はフェイト消費で生存しています。
フェイトの有無は――大きいですね。