●ふたりの、おんなのこ 何年か前まで、此処はスキー場だった。しかし今は食品等を冷凍保存する施設へと変わっている。 何故か。 それはスキー場で痛ましい事故が起きたからだ。 遊んでいた二人の女の子が雪の中で失踪したのだ。 近くで熊の目撃情報も合ったが、真相は分からないまま。結局遺体すらも見つからず、女の子達が消えてしまったという事実だけが残ってしまった。 以降、人足は遠のきスキー場は閉鎖の運びとなり、その土地を新たに保存庫としてある業者が買い取った。 しかしそんな場所である。すぐにか、いつからか、奇怪な噂話が流れ始めた。 先ず始めは、少女達が持っていたというくまのぬいぐるみが、棄てても棄てても同じ場所に戻ってくるというもの。 それから暫くして、女の子達の声がすると噂が続いた。 無邪気にはしゃぎ回って、その子達は誘いかける。 「ねえ、あそぼ」 ●くまと冷凍マグロ 「この寒い時期に悪いけど、更に寒い場所に行って貰えない?」 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)が言えば、それは即ちお仕事。いいえと言えるリベリスタは此処に居ない。 「そう、良かったわ。今回の依頼はエリューション達を消す事」 と、言っても、悪質なエリューションが相手ではない。 厳密に言えばエリューションという時点で許されざる存在だが、その姿は様々である事を、リベリスタ達は知っていよう。 「今回は、雪の中で命を落としてしまった二人の女の子の残留思念、その残留思念を呼び出してしまった彼女達のぬいぐるみ、そして、彼女達の遊び相手のくまさんが相手」 一種の怪談話のような依頼だが、少女達の残留思念は恨みつらみで襲ってきているのではない。彼女達はただ遊びたがっているのだと、イヴは言う。 「遊びたいと言っても、女の子達はエリューション。怖いものを怖いと認識しない彼女達の遊びは、貴方達にしかできないわ」 少女達は命を落とした時点で「停止」している。思考も、恐怖も、何もかも。だから剣を向けて叩き付けても、神秘の存在になった彼女達にとっては「遊び」に過ぎない。少女達に恐怖を抱かせる事は無いだろう。それに、彼女達も手に武器を、応戦する。なんたってそこは冷凍庫。 「冷凍マグロを武器にしてくるわ」 「なんだってー!?」 「此処の冷凍庫の怪談話の中に「消える冷凍マグロ」っていうのもあるから、多分彼女達の仕業ね」 やばい一気にシリアスが飛んでいった。 気を取り直すリベリスタ達。 「そんな訳だから、彼女達が持ってる冷凍マグロを駄目にしても心が痛むだけで、職員から詰問される事は多分ないわ。嗚呼、―――まさかそれに乗じて持って帰ろうなんて思ってないわよね」 何人かはぎくりとしたのではないだろうか。しかし、それは兎も角、話が逸れに逸れている事に気がついてイヴは咳払い。彼女達が持っている冷凍マグロは彼女達の影響か、叩き落とせばその瞬間にエリューション個体となるという。彼女達に武器を持たせておくか、如何するかはやりやすい様にすれば良い。 「女の子達は冷凍庫の中を遊び場として隠れながら走り回っているよ。遊んであげるって言ったら素直に出てくると思うから、少しかくれんぼをしてあげても、闘いやすい場所に誘っても良いんじゃ無いかしら」 それじゃ、いってらっしゃいとイヴは告げた。 寒い寒い冬の、更に寒い冷凍庫の中で、少女達は遊び相手を待っている。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月29日(火)22:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●寒い寒い冷凍庫 「こんな寒い季節に冷凍庫とか、勘弁してほしいわー」 新垣・杏里(BNE004256)の小声の愚痴に、受付の職員の顔がぴくりと引き攣った。 「……可愛くない。当たり前なのでしょうけれど、残念だわ」 『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)の小さな溜息にも職員の顔が引き攣る。色々と噂のある職場である。臨時が来てくれるだけで有り難いが、疲れを滲ませる職員達。淑子は“瞳”を彼等に向けた。 「今から作業をするから、少し大きな音がするかもしれないけれど……どうかお気に為さらないでね。終わるまで誰も立ち入らないで頂けると助かるわ」 にこりと笑みに乗せるそれは、職員の行動を縛る瞳。力を有する瞳で見入られた様子を見れば、淑子は満足そうに頷いた。 「これでいいわ。さあ、行きましょうか」 受付を過ぎて冷凍庫へのドアに触れる。この先が真冬の中の更なる極寒地。 「カイロ持ってるけど、防寒が足りないならわけるぜ?」 「私も貼るカイロを用意してます。肌着の上から貼るのがお勧めですよ」 その前にと、『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)と『放浪天使』伊吹 千里(BNE004252)がカイロを手に、提案した。 「防寒ジャケットを羽織ってきたけど、頂きましょうか」 一つ受け取りながらも、『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)の思考は冷凍庫の中へと馳せられていた。冷凍マグロである。冷凍マグロ。 冷凍保存された食品は意外に危険な物が多い。冷凍バナナは釘も打てるとも言うし―― 「……私は何を訳のわからないことを言い出してるんでしょう。なんだか変な空気に流されている気がします。何でしょう、カオス? こういう雰囲気には免疫があまり無いですし……」 カイロを受け取りながらふらふらと明後日の方向を見た彩花を木蓮は慌てて支えるが、何となく理由は分かってしまった。 自分だって冷凍マグロへのファーストコンタクトがこんなものになろうとは思いもしなかった。 中ではくまだって飛んでいるらしいし、何より寒い。 「ともあれ、あいつらには眠ってもらわないと、な。……頑張ろう」 「……ええ」 木蓮と彩花は多分思う所を同じく、互いに目を合わせないまま頷き合う。 「良いか、行くぞ。嗚呼、……私も貰っておこうか」 此方もカイロを一つ受け取りながら、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は先頭立って扉に手を掛けた。少し開けるだけで流れ込む冷気に一同ぶるりと震える。 しかしその中で防寒具もカイロも一切身につけないのはルー・ガルー(BNE00393)。 「ルー、サムイノ、ヘッチャラ!」 踏み入れるや早々、制服を脱ぎ捨てて毛皮一枚となるルー。零度以下のその温度を存分に楽しむべく息を大きく吸い込んだ。 「ルーさんはしたな……今回、女性ばかりで良かった……んでしょうか。いいんで、しょうね?」 『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)は慌て驚きつつも辺りを見渡して口籠もる。良いんだろうか、良いんだろうと言葉を飲み込んで、ルーの服装はそのまま嗜める事はしないでおくことにした。そうしてから扉を内側から一応鍵をかけ、その上で千里と杏里が結界をその手で広げる。 そうしてからいつもの祈りを捧げる淑子。 (お父様、お母様。どうかわたしを護って) 広々とした冷凍庫の中―――小さな笑い声が聞こえてきた。 ●こんにちは、おねーちゃん! リベリスタ達は歩みを進めて、陳列棚の並ぶ通路に入っていく。 聞こえてくる笑い声。これが怪異――いや、遊び足りない女の子達の声。 広い室内に小さな声では場所が把握し辛いも、ユーヌがその鋭敏な耳を研ぎ澄ます。ゴト、ズッ、と引き摺る音が左右から。ふわりと符術にて影なる人を生み出せば、仲間達へ目配せをして足を止めた。 正面の通路の奥に見える点はぬいぐるみだろう。未だ動かないが、残った濁りがあの熊かと、ユーヌは睥睨する。そして一歩踏み出すのは心。今は動かないあのぬいぐるみを食い止めるのが心の役割。先行し少し羽ばたいたのを見てから、遊ぼうと彩花が言った。 お歌歌ってあげるよ、と千里も言った。 しんと静まりかえった冷凍庫内。一層冷えた気がして木蓮は腕を擦る。そうして、 「……あそぶの?」 女の子が一人、顔を出した。 「あそぼっか?」 もう一人。 にこりと微笑んだ淑子を見て、二人は左右の陳列棚から飛び出した。意気揚々掲げるのはどう見ても冷凍マグロ。向かって左側から現れた真理と一緒に凍結した床を走ってきた小さなこぐまと、そして浮かび上がる、奥に鎮座していたぬいぐるみ。 「あそぼ、あそぼ! 真理も瑠璃もあそぶの!」 「ふふ、随分と危険な遊びが好きなのね。女の子は優雅に。過ぎるやんちゃは年長者が嗜めてあげなきゃ」 「マッグロさーん!」 「うおっ!」 有無を言わさず駆けてきた真理が、最前線に立っていた木蓮へと唐突に冷凍マグロを振り下ろした。おまけにクリティカル。殴られた。冷凍マグロで殴られた。 隣で彩花も戦くように見下ろしているが、そこはリベリスタ。 「負けられませんね。たとえマグロと殴り合うようなおかしな目に遭っても……」 「じゃーなぐるー!」 「ええっ!?」 次は瑠璃の冷凍マグロが彩花に炸裂した。残酷な無邪気さで、よりによってシュールを気にする二人に無慈悲に打ち下ろされる冷凍マグロ。彩花は精神的にがくりと膝を折る。 「頑張ってくださいデス! こっちは……私が抑えますから!」 真理と瑠璃の無邪気さを目の辺りにして心は翼をはためかす。ぬいぐるみが飛ぶ理由は分からずとも、目の前に迫ってくるこのぬいぐるみだけは暗い空気を纏っているように心は感じた。 (楽しい事は楽しい。でも、それはいけない事なのデス。ちゃんと教えてあげましょう) 同時にちくりと思うのは、救ってあげられたらどんなに良いかという事。 せめて最後は良い子で居られるように、このくまは、ここを通させない。 くまの濁ったボタン目と心の燃えるような瞳が交差する。 「まったく子供用のアトラクションで遊べば良いものを。賽の河原あたりはお勧めだぞ? 同類が大量にいてな」 再びユーヌの符術が影人を呼んだ。名の通り、付き従ってはその命に従い二人の影は千里と杏里を庇うべく立ち塞がる。 「さいの河原ー?」 首を傾げるその二人、苦痛がないとは抜け殻か、条件反射の抜け殻か。ユーヌはただ一言、「遊ぼうか」と二人に告げた。 「っ、の、……行きます!」 目の前でちらつく冷凍マグロを見まいと放たれたのは彩花の雷。雷に打たれても二人とも顔色一つ変わらない。楽しそうにきゃらきゃらと笑い続けるまま。 「ガウ!」 そこに吠えたルーの格好に二人が気付けば、真理と瑠璃は抱き合った。 「さむいー」「さむいかっこー」 二人が連呼する。 「ルー、ヘッチャラ。ヒェヒェ、キモチイイ!」 一匹自由に両手を上げてアピールしていたこぐまの前に立ち塞がり、ルーは獣のように両手をついて爪を振るった。 ガウ、がうーと吠え合うルーとこぐま。 けれど千里は思う。寒いと思う心が残っているというのなら。あの二人はもしかしたら寒い所で迷子になって、心細かったのかも知れない。ならせめて好きな歌を聴かせてあげて、可哀相だけど終わらせる。その為に冷たい空気を肺一杯に吸い込んだ。 「待ってろよ、その冷凍マグロ落としてやるからな!」 少し自棄な心を交えつつ、木蓮は自分を奮い立たせて集中力を高めていく。願わくばその集中が途切れませんようにと思いながらも、視界に映る冷凍マグロ。 「草臥さん、がんばって。集中ー。あたしも冬は暖かい場所でのんびりしていたかったんだけどー」 続いた杏里が守る結界を広げれば、冷凍庫内に白い息を吐き出した。来てしまったのは仕方ない。冷凍マグロも少し興味があると思えば杏里はポジティブに狼耳を立てた。 同じくユーヌの影人に守られる千里へ視線を向ければ、ソプラノの声を整える事で体内のマナを循環させている。 あの子達に歌を届ける為に。何より、誰一人怪我無く無事で帰る為に。 「私は私にできることを精一杯にやるだけ――がんばります」 ●くまさん、来る 「行くぜ!」 「わきゃー! 瑠璃ちゃんのおーちたー!」 零距離での木蓮の発砲音。そして重々しい落下音が冷凍庫内に響き渡る。ゴトンゴトンと跳ねる重い音、そして、 「立った。マグロさん立ったよ!」 「!!」 冷凍マグロは瑠璃の手を離れると同時、一つのエリューション個体へと変化した。濁って氷漬けになった瞳が木蓮、彩花を見遣る。思わず目を逸らしたい彩花だが、目の前でマグロが影に飲まれていった。ユーヌの放った占いはマグロへの運勢を落としていく。 相手はマグロ。されどエリューション。僅かなずれを増幅し、致命的なずれにと惑わせる。 その上で振り下ろされたのは淑子の大戦斧。わぁっと残念そうな二人の声を受け、淑子は巨大な戦斧を構え直す。 「……マグロ。女の子の武器としてはどうなのかしら」 「だってそこに置いてあったんだもん」 マグロを真っ二つにされた真理は悪びれずに言った。 斧を持つわたしが言う事でもないのかもしれないけれどね、と、その言葉を淑子は流し、前方にはためく心を見た。 くまが放つ呪いも、運気の悪さも、その全てを受け止める。くまが放つ冷気は元より効かない。 「そもそも私は攻撃を避ける人ではないのデス。戦線は崩させないのデスよ!」 放つ十字は掠められても、どかない。だからこそ維持されるリベリスタ達の布陣。 ぬいぐるみはゆらゆらと心の前で揺れ続ける。 「ゴハン!」 ルーがこぐまへの手を止めて、マグロへと爪を立てた。そのままついでとばかりにガジっと噛み付いてみるも、相手はエリューション強化された冷凍マグロ。歯は容易に突き刺さってはくれない。 「オイシクナイ! ルー、オコッタ!」 そのまま冷凍マグロを銜えるルーへ、こぐまちゃんはぐるぐる丸まって体当たりをする。 減った体力をすかさず千里のアリアが紡いだその瞬間、真理と瑠璃は互いの手を握りしめた。その姿はさながら心を襲う仲良しくまのぬいぐるみそのものに。 「真理達もいっくよー、おねーちゃん達!」 「瑠璃達、仲良しー!」 ―――ゴッ、と、楽しい吹雪が吹き荒れた。玩具箱をひっくり返したような少女達の“遊び”は全てのリベリスタに襲い掛かる――が、千里と杏里はそれぞれユーヌの影人に庇われて届かない。 しかし消えかかる様子を見て取れば、ユーヌは攻撃の手を調整する。もう一度くらいは呼び出す為に。影なる人は、使い捨ての立てには良いものだ。 「冷凍マグロはこれで終わりです。焼きます、ルーさん離してください!」 「!」 一応まだ生きていた(?)冷凍マグロをルーが放れば、そこに撃たれる彩花の燃えさかる拳一発。 「冷凍品、もやしちゃだめだよー!」 「………魚は焼き魚に限りますから。ですよね?」 瑠璃がぷるぷる震えながら言うのを聞いて、思わずぼそっと返す彩花。 瑠璃の返答も聞かず瑠璃へ、真理へ、こぐまちゃんへ降り注いだのは冷凍マグロのシュールさから解放された木蓮の銃撃。 「よっし、調子出てきたぜ! 心、もうちょっと待っててな!」 「私は、大丈夫デス!」 ぬいぐるみは苛立つように高度を上げるが、心も同じくして羽ばたいて止める。心が前に出た事でその呪いも、不運さも、届けない。減ってきた体力に身を庇いながら、何度も、何度も、耐え続ける。 その後ろではドンッ、と重い音が響いて驚いた顔のまま瑠璃が消えていく。残った真理も怖いという気持ちは無く、あわーと振り下ろされた淑子の大きな斧を見遣っていた。 (鬱々としたものを撒き散らされるよりマシだったが、勝手に楽しむなら供養はいらないか) それでも消え行く時に陰惨たる気を持たないのは唯一の救いか。消える瑠璃にかける言葉はユーヌに無い。 「瑠璃さんは先に行って待っているそうよ」 淑子に続いて、銃声。木蓮の銃弾が真理を撃ち抜けば、木蓮はその手を伸ばして真理を撫でた。 「なあ2人とも、もあ遊び疲れたろ? ……だから今は、ゆっくりとおやすみ。今度は普通の遊びを一緒にしようぜ」 ぽかんと見上げる真理は、えへへっと満面の笑みで笑った。 「うんっ、いつかまた、あそぼーねぇ。おねーちゃん!」 誰とも無く呟かれる、おやすみなさいの声。 「無事、いけたんでしょうか……あう!」 「危ない、心さん!」 手招くようなぬいぐるみの手が心に叩き付けられる。すぐさま千里が微風を伴ってその傷を塞いでいく。 少し途切れた歌、その合間にほんの少し咽せ込んで息を整えて。千里の肺活量は、身体的な脆弱さと年若さの為に十分では無い。それでもアリアを歌い続けてきた千里。 あともう少し、女の子達の為に歌う力を。千里は息を吸う。 少し焦げた冷凍マグロを再び囓り、真理や瑠璃のように武器にしたルーがその一撃を叩き込み、きゅんと倒れ込むこぐまを見れば、残りは澱む、ぬいぐるみ。 「姫宮さん!」 杏里の声で心の気持ちがふと緩む。いや、気を抜いたのでは無い。ただ、壁を開ける時が来たと、心に告げる声。 「了解デス!」 壁としての「守り」が果たせたから、剣に続く為に道を作る。心はブロードソードでぬいぐるみと対するまま高度を下げた。 その、くま。 「遊びの時間は終わりで、後片付けの時間だ。あの熊にくれてやるのは、玩具箱かゴミ箱か」 ユーヌが言う。 淑子がその大戦斧を振えるのはあと一回かそこか。それでも無邪気に遊んで笑った二人を見送った今、手招くようなぬいぐるみに負ける気は全然しない。 「あの子達は凍り付いた時間から解き放ってあげました。残りは貴方だけですよ。――覚悟なさい!」 凍結した地面にぶれる事無く宣言した彩花の拳が、遠く浮かぶぬいぐるみが床へと叩き付けられる。 「ぬいぐるみなら刻んだって美味しくないけれど、貴方も一緒に行ってあげたらどうかしら」 二人の遺品なら尚の事。叩き付けられた淑子の大戦斧にぬいぐるみは床でバウンドする。その隙を狙って放たれた杏里の銃弾に続く木蓮の射撃。ルーの爪で引き裂かれたら、ぬいぐるみも感情の無いボタン目で見上げて浮かび上がる――けれど。 「私が最後まで、壁で居続けるのデスよ!」 「そして、これで、終わりだ」 立ちはだかる心という壁と、その死角から見えたユーヌのナイフ。布地が切り裂かれ綿が飛び出たぬいぐるみは今度こそ地に落ちる。 奏でられたのは千里のアリア。―――さようなら、と、響き渡る。 ●追悼、マグロ付き 「さて、と」 現場を少しでも整えようと木蓮は手を伸ばした。 二人の少女の残骸はもちろん何も無い。残ったのは叩き落とした元・エリューションな冷凍マグロとぬいぐるみ。こぐまの亡骸。 これ見よがしに落ちている冷凍マグロにごくりと心は唾を飲み込んだ。 「ところで、最近、凄い値段で競り落とされたマグロのニュースしてましたね」 だからどうということはありませんが。 だからどうということはありませんが。 「痛んだのの処理は兎も角だが、余所の物を勝手に盗らないようにな?」 動かなくなったくまのぬいぐるみを摘まみ上げ、ユーヌが肩を竦めて振り仰ぐ。 「うん、これは処理だから! せっかくだし食べてみたいと思っててねー」 こっそり持参していたナイフと塩で杏里は味見を一つ。そう、これは元エリューションだと思ってこっそりと。 「……うま」 思わず零れた言葉に心もぴくっと反応して見つめ続ける。 どうということはありませんが――― 「いる?」 「いります」 心もちょっぴり、マグロの味を口に頬張った。これも役得。塩だけで十分イケる。 「私もお土産にしたいな」 千里もこっそり杏里からお裾分けを貰う、その後ろで大きく伸びをしたルー。 「オワッタ。ルー、カエル!」 「えっ!?」 見ればルーは毛皮一枚のまますたすたと扉に向かっていた。人目も一切何のその。 ばぁんと扉を開けて歩いてしまったルーの姿。彩花はこれもカオスの一端だったろうかと黄昏れる。 (私は決しておもしろ枠では無い筈なのに……) 「脱ぎたいなら脱いでも良いが、出入りするときにアルバイトの制服は着ておくようにと……」 彩花の自問自答も、ユーヌの呟きももう聞こえない。 兎にも角にも神秘は神秘側へ――二人の女の子も仲良しくまさんも、以降人々に噂される事も無く。 代わりに生まれたのは、毛皮一枚のナイスバディな雪女が現れるという噂話だったとか、なんとか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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