● 人を殺しました。 言葉にすればあまりに陳腐なものではないか。 少なくとも僕らの日常に於いて殺人事件等液晶の向こうの『フィクション』でしかなかった。つまり現実味がないものなのだ。そもそも、其れが身近に訪れる等誰も考える事が無い。 僕が神秘に触れたのだって此れが最初と言う訳でもなかったのだ。 僕は『命は鴻毛より軽し』なんて言って誰かの為に命を削る性分ではなかったと思う。 ――普通だった。少なくとも僕らにとっては何ら変哲もない世界だった。 ぐらり、揺らいだのは僕自身だ。やらねばならなかったのに。 『世界』が僕を取り残してしまったのだろうか。視界で何かがちかちかと瞬いた。 ● 市中で良く目にする週刊誌を手にした『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はブリーフィングに集まったリベリスタを見回した。 ゴシップ記事の多いであろうソレを手に瞬きを繰り返してから、ねえ、と囁く様な声音で紡ぐ。 「私達、リベリスタは与えられた任務で人を殺める事があるわ」 それは『正義』という大義名分の元与えられる権利だ。事実、人殺しである事には変わりない。理由があろうとなかろうと其れは紛れもない真実でしかないのだから。 世界の為に、大切な人の為に、誰かの為に。 それは必ずや良き事に転換されるという訳でもない。思うままに、只、己の進む道のままに。 「……それって、正しいのかしらね」 ぽつり、漏らされたのは予見者の何気ない一言だ。一つ、二つと瞬いてからリベリスタは予見者の言葉を待つ。 「い、意地悪で言ったんじゃないわ。これも、一つの『情報』だと思って聞いて欲しいの。 皆にお願いしたいのはあるノーフェイスを倒す事よ。元リベリスタ。任務中にフェイトを喪ったわ」 死んだ、とは言わなかった。ノーフェイスだと言った。予見者の顔をまじまじと見つめるリベリスタに困った様に息を吐く。 「彼は立派なリベリスタよ。彼が行っていた任務は連続殺人を行うフィクサードを倒す事だったの。 ――勿論、『正義』の名の下に殺しを行うことだって彼には容易いわ。それはあくまで彼がヒトであった時の話しよ。ノーフェイス化したってフェーズは1。まだ彼には時間があるの」 『まだ』と言った。それは今後その時間が無くなるという事だろう。寂しげに視線を彷徨わせる予見者は意を決したように、それで、と紡ぐ。 「彼に残された時間は二分間。彼は任務のフィクサードを倒す事に自我があるその時間を使おうとしてる。 だから、皆は彼と一緒に連続殺人犯を探し、倒して欲しい。二分が経過すれば彼のフェーズは進行するわ。そうなると彼は自我を喪い、只のバケモノに成り果てる。そんな彼も――」 倒してほしい、と一つ零した後に目を伏せる。 そんな彼を殺す事さえも『人殺し』になるのだろうか。正義の為と言えど果たしてそれが正しいのか。 言葉に詰まりながらも、ええと、と世恋は小さく零す。殺人鬼について詳しくしっている立治が居り、他で予知が出ている今がチャンスなのだという。 「立治さんと協力すれば20秒以内に現場に急行できる筈。協力体制をとるかとらないかは皆さん次第よ」 躊躇った様にリベリスタを見回して、皆さんにお任せするわ、と世恋は紡ぐ。そこで協力した仲間が狂う姿を見るなんて、耐えられないとは思う、とぎゅ、と胸の前で拳を固める。 「……さあ、目を開けて。悪い夢なら、醒ましてしまいましょう?」 ――罪だと胸に刻みつけてしまうほど辛いものでも、誰かを助けるという『正義』がそこにあるなれば。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月23日(水)22:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「ハロー」 軽やかな挨拶は殺人現場には似つかわしくない。常に浮かべた笑顔だって『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の表情にべったりと張り付いた『表情』だろう。 しゃきん。逸脱者ノススメを手にした殺人鬼は殺人を行うだけだ。 「殺人は罪だ」 言葉にするにしてはなんと愚かなのだろうか。人の命は地球よりも重い。人は殺しあわないための法まで作る生き物だ。法律の下では罪だと言われるそれ。 「その通り。どんな大義名分を掲げようと、命を奪うことは罪です」 口にすることすら憚られる言葉だった。『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)も葬識も誰かの命を奪いながらアークのリベリスタとして過ごして来たのだ。 なんら変哲もない、ただの真実だ。 「私たちも殺人鬼となんら変わりないのでしょう。そうだとしても、私は……」 ――ハロー、それは罪ですか? 言葉にするにも愚かで、それが自身の携わる事件だと思うと嘆息するしかなかった。誰かが正義を貫くために、己の命すらも削る。事件の概要を確認する度に胸を抉るのだ。誰かを救うために、正義のために、アークのリベリスタとして振るう剣を『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)は折ることになるのだから。 「ま、こんな仕事をしていれば遅かれ早かれ……」 自分たちの辿る末だって彼と――己の任務と正義に命を掛ける男と一緒なのではないか。 一歩、足取りが重く感じるのだ。ゆっくりと任務内容を反芻する。 追う相手は殺人鬼。人間だ。ともに戦い、最後には殺す相手は人間――だったもの。 “今日、初めて人を殺す” 文字にして、脳内でぼんやりとソレを見つめてみた。アークに所属した日からずっと考えていたのだ。 いつ僕は、生まれた時から研鑽を積んだ殺しの術を人に向けるのだろう。 いつ僕は、『正義』で人を殺すのだろう。 『大鬼蛮声』阿曇・凪(BNE004094)は今日、この良く晴れた日に初めて人を殺す。 ●lost time 心残りはたった二分間の間に済まさなくてはいけないのだ。 其れでも唯一つを貫き通すその姿勢は強い心を持っているのだろうとセインディールを手に『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)は考える。 残された二分間が、自分たちと共になら果たせるであろう願いが。何時もであれば簡単な任務だと早急に終わらせて本部に戻るであろうその脚を止めるものがあるのだから。 ふらりと目の前に現れた男の姿に『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は立治さん、と声を掛ける。年の頃はまだ二十代、剣を手にした男がアンジェリカや『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)を視界に入れて仲間か、と呟く。 「殺人鬼の討伐任務があるの、その……」 「君に協力させてもらいたイ。だガ、助けに来た訳ではないのダ」 『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)の言葉に立治が瞬いた。 同じ任務を請け負っているのに自身を助ける訳ではない? 協力すると言ったカイの言葉はその『協力』という言葉さえも打ち消す様に助けに来た訳ではない、というのだ。立治とて己が運命に見放された事を薄々と気付いていた。その知識を持ち、神秘を得たアークのリベリスタとして真っ当な感覚なのだろう。 「一応聞いて置くが……お前は自分の身がどういう状況下は理解しているんだよな……?」 ぴくり、と男の肩が跳ねる。碧衣の鮮やかな青い瞳は不安な色を灯したままに彼を見つめている。 その上で正義の為に剣を取るならば真に正義の人なのだろう。唯、真っ直ぐに『正義』を信じた人なのだろう。何と勇ましいか。其れで居て、何と脆いのだろうか。 「分かって、いるよ」 理解はしたくなかったが、とぼそぼそと紡いだ立治にそうか、とだけ碧衣は続ける。 任務中であった。其れが自分にも起こりえる事だとウラジミールは重々承知している。だからこそ、この言葉を立治に吐かねばならないのだ。己が心を苛む言葉でしかないのに。 「――世界の為に撃破する」 死んでくれ、など心ない事は言えなかった。ただ、世界の為だとそう告げるのみだ。 「殺人鬼との戦闘に協力してほしい。ボク達は殺人鬼を倒した後に立治さんを――」 殺さなくちゃいけない、とゆっくりと紡いだ。アンジェリカにとってそれはエゴだった。己の心を軽くするエゴイズム。真っ直ぐに見据えるアンジェリカの瞳から逃れようと立治は眼を逸らす。 (ヒト殺しヲ正義だとは思わなイ。我輩は自分の周りのほんの小さなモノを護りたいだけダ) 家族を守る為ならば世界中をも敵に回す。なんて矛盾だろうか。 殺人鬼の元へと歩む足を立治は止めない。彼の身に降りかかる災難はまだしも、殺人鬼を倒す事に関しては了承したのだろう。 カイの足取りは重い。未だ年若い立治の姿を見ればその決心も鈍ってしまいそうになるのだ。 「協力……一先ずは私達が望むのは殺人鬼を倒す事。その後は……云わずともお気づきでしょう?」 運命を失った者の末路は、とリセリアは真っ直ぐに立治を見遣る。嗚呼、そう言われてしまっては頷くことしかできない。 お互いにリベリスタだ。最後まで戦う意思を捨てないのだから、自身を助けてくれなどと懇願することは『リベリスタ』である男にはできなかった。 前方を走る葬識はナイフを手にうろつき回る『運命』を得た『人間』の目の前へと躍り出る。男の革醒者の証として生えている牙がギラリと逸脱者ノススメが反射した月光を反射した。 「ハロー。過去に10人殺したから殺人鬼? お笑い種だ。数を数えてる様じゃ殺人鬼にはなれない。 殺人は生き様だ。息をするように殺せるようになってから名乗りなよ」 挑発だ。彼の用意するステージは人気ない広場だろう。ウラジミールが展開した結界の元でも若干残る不安を拭い、誘う様に葬識は走った。 「さぁ、今から生き様を語り合おう」 ●任務開始 ウラジミールの声がはっきりと立治へと届く。広場は整備が行き届いておらず若干の足場の不安定さを感じる。 生き様を全身全霊で表す葬識へと羽の生えたナイフがひゅん、と躍り出る。 「行かせはしませんよ」 一歩、踏み出して鋭く付きつけるソニックエッジ。己の心の迷いなく、只一筋の其れは蒼銀の軌跡を刻む。もしも立治のフェーズが進行してしまったら、その場合でも殺人鬼を倒し、彼を討つと彼女の心は真っ直ぐに決まっていた。 其れが任務で、其れがリベリスタの行う事だから、という訳ではない。 「ただの、感傷かな」 やれやれと自嘲気味に碧衣は呟いた。かちかちと演算を続ける脳内を元に彼女は真っ直ぐに光を放つ。聖なる閃光は周囲を焼き払い、殺人鬼のその身をも苛む。 自分を狙うなら狙ってくれて構わない。己が邪魔ものだと言うならば己を狙っても構わない。 殺人鬼の最期は立治に、それが碧衣の願いだった。 「立治ちゃん、大丈夫?」 「ああ、大丈夫だ」 ナイフを一閃し、切っ先はあくまで敵に向けたままの立治に葬識は声を掛ける。協力体制に置いて、言葉が少なくとも、真っ直ぐに殺人を行う葬識とは波長があったのだろうか。彼の問い掛けに真っ直ぐに返して立治は剣を振るうのみだ。 「立治さん、そちらですっ」 駆け抜けて欲しい。彼に真実を伝えた時に、敵意を向けられても、協力を拒否されても良かった。どうなろうとも其れが彼の権利であることには違いないのだから。 彼が行方を晦ませないのであれば、彼を否定することなんてなかった。大和を援護する影は彼女の気持ちを表す様に揺らめくのみ。 赤く昇る月の揺らめきに瞬きを繰り返す。 ――嗚呼、振るう刃はなんのためか。 ――斬り捨ててきた命はなんのためか。 「決まっています」 己は『蛇巫の血統』なのだ。蛇神を祀る一族の神子。流れる黒の髪を揺らす。その身に流れる血が己の戦う意味を、止水を振るう意味をくれているのだから。 「全ては世界のため、お家の使命のため……そして、この世界に生きる大切な人の為」 揺るぐ事のない剣。大和はただ真っ直ぐに罪を犯す事さえも是とするのみ。 周囲を飛び回るナイフが仲間達を切り裂いてもカイは歌い続けるのみだ。癒すのみ。 彼の目の前で懸命に剣を振り、ナイフを避けては殺人鬼の元へ向かう男の背中を見つめる。嗚呼、こうしてみるとなんてちっぽけで細い背中なのだろうか。 『君は今まで何ノ……誰の為に闘っていたのダ?』 ハイテレパスを通してカイは立治へと話し掛ける。 カイからすれば一回りも離れた年齢の男なのだ。年若い男はまだやりたい事もあっただろう。いい時代だろう。笑い合い、時に喧嘩し、なんとも素晴らしい若い頃。 既に『やらねばならない事』に集中しているのか。それでも自分が自分でなくなる事を知っていしまっている恐怖と闘ってる事には違いない。 (――彼と協力すれば20秒以内に現場に急行できる筈) それを利用すると言わずに何と言うのか。『協力』とはずるい言葉だ。 『仲間と世界の為――』 『全てを喪ってまデ、誰を護りたかったのダ?』 その言葉に立治の動きが瞬時に留まる。時間が刻一刻と過ぎ去る事に不安を覚えずには居られない。 暗視ゴーグルで包まれた視界の中でアンジェリカはナイフを落とす。赤い月は二つ重なりぼんやりとして見えた。 一歩、木を蹴って、殺人鬼を見つめる。この男の為に、彼が、命を捨てるのか。 涙でうるみそうになる瞳でLa regina infernaleを振るい続ける。嗚呼、彼の為に命を捨てるのか、其れでも、殺人鬼が人であることには変わりない。 願わくば、幸福な転生が出来ます様。 命を刈り取る大鎌が振るわれる。殺人鬼の目の前に立っているウラジミールはサルダート・ラドーニで彼の攻撃を受け流す。 殺人鬼を受け流し、放つヘビースマッシュは渾身の力を込めたものだ。彼の元へと立治と葬識が辿りつくまでの時間、彼は殺人鬼を攻撃し続ける。 癒し手のカイのお陰もあって、回復に余念はない。だが、飛び回るナイフの鋭さに、早さに全体攻撃を行う碧衣を狙う様にと指示されたナイフは彼女らを切り裂いていく。 凪は自身が未熟ものだと分かっている。だからこそ先輩に当たるリベリスタの攻撃に任せるのみなのだ。鋭い蹴りがナイフを切り裂いて、運命だって幾らでも支払う。 視線は前衛で攻撃を行う立治へと向けられる。ついで、殺人鬼の下衆の様な笑顔が目に入る。 嗚呼、あいつの様な悪人なら、殺しても幾らか楽なのだろうか? 「立治ちゃん、ココロが残ってるうちにアレ殺したい?」 つい、と指差す葬識に立治は頷いた。アレ。殺人鬼の事を指すその言葉に立治は勿論だと頷くのみだ。アーク本部で見かけた事のあるリベリスタ達。立治にとってはそんな彼らと共闘している事だけでも驚くべき事なのだ。 「君に遺された時間はあと2分――いや、もう1分位かな?」 へらりと笑う葬識は逸脱者ノススメの刃をぐるんと回す。首を刈り取る鋏は今は誰の首をも刎ねる事はない。ウラジミールが開けた間、支援を行うリセリアが、彼を励ます様に癒しを送るカイが立治の切っ先を見つめるのみだ。 『俺は好きな人を護りたい、其れだけだよ。正義って形ある様でないものなのかもしれない』 立治の言葉がカイの頭へと流れ込む。年若い青年の言葉だった。 「ね、二分でヒトって何が成せるのかな?立治ちゃん。 何を、思うのかな? ――教えてよ、君を」 踏み出す一歩が真っ直ぐに、生と死、二択の其れを己全てを使って振り絞る。成せる事、一人で話せなかったかもしれない、と立治は思う。深く突き刺さった立治の刃は殺人鬼の命を喪わせるには容易かった。 ● ノーフェイスの立治を見つめてはウラジミールは「此処からが本番だ」と彼へと向き直った。 今まではリベリスタとしての彼と共闘していたのだ。此処からは「ノーフェイス」だろう。 「ノーフェイス化しようとも命ある事には違いない。分かっている。殺す事は絶対悪だ」 抵抗しても構わない、とウラジミールは彼へ一つの選択肢を与える事にしていた。喩え自我を喪おうと、死から逃れようと逃げようと、必ず彼を撃破すると決めていた。 ウラジミールの言葉は真っ直ぐだ、けれど彼は自分が正しいと感じた事は無かった。世界を守るために必要な事に正義や悪で片付けられる程簡単な問題はない。彼らはリベリスタであろうとも一人の人間なのだから。 「ねえ、立治さん、赦してとは言わないし、後悔もしないよ。だけど、ボクはね忘れたくないんだ」 貴方の事を此れから個剃るんだ、と決意を込めた瞳で真っ直ぐに見詰めるだけだ。大鎌が鈍く光る。 絶たれて良い命なんてこの世界には一つもない。命で購われる正義や平和なんてない。けれど、何かを守るために命を奪わなければならないなら自分は死神になればいい。 フェイトを失っても、其れでも自分の正義を貫いた人だから。 「自我を喪う前ニ、遺したい物、伝えたい言葉はないカ? もう時間がないのダ!」 聞かせてくれ、とカイが縋る様に掛けた言葉に立治は唇に人差し指を当てる。し、と静寂を求める様に唇にあてられた指先に彼はぐ、と己の意思を抑える。 決めていたのだ、最期は彼の希望の沿うように、と。自分でというなら見届けるのみ、手を貸せというならこの手を汚す覚悟だって決めていた。 「……君は、強いナ。我輩は迷ってばかりダ」 呟きに困った様にノーフェイスの男は笑う。己に遺された時間がもう少ないことなんて百も承知だった。 もう揺らがない。自身は彼の意向に沿うのみだ。杖を握りしめる手が少し汗ばんだ。 意思のあるうちの死か、戦士として最後まで戦い抜くか、どちらにせよ彼が望む道を進ませるというのはリセリアも同じであった。意識があるうちにせめて最期の任務を貫くと言う意思は尊敬に値するのだ。 「どうなさいますか」 「……津村立治の最期の願いか」 自嘲気味につぶやいた男はリセリアを見てから笑った。蒼銀の軌跡を遺す剣に迷いはなかった。何と、素晴らしいものであったのか。 己の実力が無いと困った様に戦う凪の姿にしたって立治は此れからがある、とそう思ったのだ。 「君は強くなるね」 向けられた言葉に凪は瞬くのみだ。時間の経過を感じて、碧衣が立治と呼んだ。 「お前、これまで辛くなかったのか……?」 最後まで正義を貫くか、人間らしい答えが聞けるのか。最後に、一言だけ聞いておきたかったから。 碧衣を見据える男はリベリスタの立治では無い、一人の男――津村立治としての意思を表していた。 「辛いよ。正義を此れからは真っ当出来ない。此処で終わりだとは思いたくない」 「……そう、か」 何れにしてもきっとそう呟くのみだった。笑う事もせず、前髪に表情を隠したままにハイ・グリモアールを抱きしめた。 「僕は、立治さんの正しさを継ぎたい」 其れが妄言かもしれないけれど、未熟な自分に正しさをくれれば。受け告げたら其れで良い。何処までも貫いた正しさを。リベリスタの男の意思を。 凪はだからこそ立治に手を掛けるのだ。初めて殺める人を、立治を一生忘れない。その正義も忘れない。半ばで潰えてしまうその正義は背負うと決めたから。 「僕は貴方が去ったこの先の世界で、一人でも多くたすけるから。一粒でも涙を少なくするから」 「お前はいい子だね」 名前はと問いかける声に凪は小さく名乗る。凪と呼ぶ声に彼は炎を纏った拳を真っ直ぐに突き立てた。 死ぬなら君達の手がいい。 其れがたとえ罪でも、アンジェリカはその刃を振るうのみだ。口ずさむ鎮魂歌はせめてもの手向け。 安らぎを得れます様に。自分は死神だ。誰かの命を奪う、死神なのだ。 「殺人を為そう」 切り裂く深い闇は立治の体を切り裂くのみだ。燃える魂は消えてしまった。フェーズの進行に合わせて攻撃をリベリスタに繰り出す彼を見て葬識はへらりと笑うのみだ。 狂う姿も彼の一つ。二分間の想いを自分の中に刻みつける。ギザギザの刃先はヒトの心を刈り取る様に鈍く光る。 殺人鬼だから、人の気持ちは分からない。人のココロは分からないままだから。 「さようなら」 言葉にするにはなんとも陳腐だった。澱みなく軌跡を遺すセインディール。リベリスタの立治が綺麗だと言ったソレ。リセリアの心を表す様に真っ直ぐにその刃は軌跡を残す。 只、止めて遣るのみだ。その命を、その攻撃を。 カイは真っ直ぐにハイテレパスで語り続けていた。何か、何か遺したくはいのか。し、と小さく笑った彼の心を懸命に揺さぶる。 極限に高めたヘビースマッシュは揺らぎなく、彼の命を奪い取る様に放たれる。 『有難う、と伝えてくれないか』 アークに遺した仲間に、そして君達の手で、と言った我儘に答えてくれる『仲間』に。 カイは頷くのみ、その攻撃が真っ直ぐに立治を貫いた。 大和の刃は鈍らない。此処で鈍ると言うなれば今まで犠牲にした命はなんであったのか。 己の行いが罪と言うなら其れを貫き通すのみ。 「戦い、貫き続けた貴方に敬意を」 また何時か、地の底でお会いいたしましょう。 拳に感じる男の重さを忘れない様に、震える拳を握って止める。流れる涙は心が一生懸命に喰いとめた。初めて殺す人になるのだから。 嗚呼、なんて矛盾だ。戸惑わず、泣かず、正義を貫くのみ。 「阿曇流角力伝承者 阿曇凪 貴方の正しさを受け継ぎます。だから、安心してください」 少年は、一つ大人になった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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