● 灯屋・諒次は考える。 自分の生は果たして幸いであったかと。 次の瞬間にはその思考も残っていない。 だが、本人に正常な判断力が残っていれば、そんな事を『考える』程にまで知性を保てた事に手放しで喜んだだろう。 尤も、傍らにいるスーツの男が哀れむ様な目で見ている事すら気付かない今、それは無理な話ではあったが。 ● 「はいはい、もうご存知でしょうか皆さん。『六道の兇姫』に攻撃を仕掛ける機会が巡って参りました。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンが説明しますので、ちょっと聞いて下さいね」 いつもの通り薄い笑みでリベリスタを迎えた『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は話し始める。 「先日、『兇姫の懐刀』スタンリー・マツダの保護に向かったリベリスタチームがいるのはご存知ですか? 彼らが無事に――……まあ、キマイラにされかけた反動で少々落ち着いていない様子ですが、無事に紫杏の腹心を連れ帰って来てくれた事により、彼女の居場所が判明しました」 三ツ池公園襲撃の際に手勢を多数失った紫杏派は大幅に弱体化した。 居場所も判明した今、その状況を見逃す理由はない。 「スタンリーが嘘を吐いている……という可能性は低いです。彼は盲目的な紫杏信者ではなかった様子でね。自身も改造されかかった経緯もあり、元主人への憎悪は尽きない様子で」 ただ、とギロチンは首を振る。 「皆さんに向かって頂くのは、盲目的な紫杏信者の方――『オーバーステップ』灯屋・諒次……で、あったものの所です」 含みのある言い方に、誰かが眉を寄せた。 ギロチンは、何とも言えない笑みで頷く。 「……はい。灯屋は自らをキマイラへと変えました。この度襲撃してくるアークを葬り去る為に」 モニターに映し出されたのは、黒の人影。 大きさは成人と同じ程度だが、光沢のあるプラスチック製の人形に似ている。 真っ黒な首のない人形が、四体。 加えて、首があるものが一体。 それは無数の目と口を表皮に浮かばせ、歪な場所から三本目、四本目の腕を生やした異形。 「……以前、灯屋の作ったキマイラに『血涙のラプンツェル』というものがいました。子供の手足を磨り潰して混ぜた小型キマイラ四体と、頭と胴を使ったメインが一体。形状としては、それと同じです。……まあ、彼の頭と胴体は内部に沈んでいるようなので、見えないとは思いますが」 この頭も、命も、兇姫の為に。 狂気の為に。 「細かい点は資料に書いてあるとおりです。……弱いとは言いませんが、先日公園で戦って頂いた灯屋作のキマイラよりは数段落ちます。急ごしらえだったので、余り洗練できなかったのでしょう」 それを悔いるのか、急ごしらえでもこれだけのものができた、と笑うのかは分からないけれど――アークが下す結論は、どちらにしても一つである。 「この場には地獄一派を名乗るフィクサードが一人、等活がいます。けれど、彼は金で雇われている身なので、灯屋と違って死ぬまで戦う気など毛頭ありません。あえて逃がせ、とは言いませんが、無理をしてまで追う価値はない、とだけ」 あくまで目標は、紫杏、そして紫杏派の壊滅。 「……どうか。この一連の騒ぎを、終わりにして下さい。お願いします」 ゆっくりと、ギロチンは目を伏せた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月29日(火)23:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 六道紫杏。狂気の姫。 異種の神秘を混ぜ合わせた『キマイラ』の製作に傾倒する彼女と取り巻きが引き起こした騒動の――惨劇の数々は、未だリベリスタの記憶にも新しい。 最も近いものでは、三ツ池公園襲撃。『閉じない穴』を虎視眈々と狙っていた彼女が、『楽団』に嚆矢を放たれた事によって激昂し攻め込んできた事件。 それを辛うじて撃退したアークは、兇姫の懐刀スタンリー・マツダからの情報も得て今ようやく防戦一方から攻め手に回ろうとしていた。 「キマイラ事件の元凶を、いよいよ落とす時が来たか」 護り刀。それこそスタンリーの様に、狂気の道具として惨劇を撒き散らしてきただろう砂蛇のナイフの位置を確認し、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は並ぶ研究施設を見詰めた。 多数の部屋が、施設が連なった、巨大な建築物。 その奥に、紫杏はいる。だが、お城の奥に控えるお姫様を迎えに来るのは、王子様ではない。 或いは『王子様』である凪聖四郎も何らか手を打っているのかも知れないが、この場にいるリベリスタの目的は妨害に回る研究者の排除だ。 「兇姫の為に全てを捧げる……か。俺には何とも理解し難い思考である」 隻眼を注意深く周囲に巡らせながら、『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)が嘆息にも似た息を吐いた。 兇姫の為に、紫杏の為に。 無論、自らの欲望を果たす為に彼女の下についていた者もそれなりにいるだろうが――少なくとも、これから彼らが向かう『灯屋諒次』は紫杏の信者と言えよう。人との付き合いが然程得意でない彼は、そもそも他者にそこまで依存する思考は理解の埒外である。 「そもそも科学者が人間を狂信する事自体、三流の証明よ」 あっさりと切り捨てた『逆月ギニョール』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は軽く肩を竦めた。 彼らは確かに表の科学者とは一線を画するかも知れないが、それでも信ずるべきは人ではなく目の前の事実と結果であったはずだ。年若い女の狂気に付き合い堕ちるとは、救いようもない。 「狂気に染まった外道の末路は碌なものではないって事だな」 各所では既に戦闘音が響いている。『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)は改めて場所を確認し、他の戦場の横を抜けて中庭へと。 他者を利用し、『材料』として扱い続けた結果、自らも材料とする羽目になったのは、性質の悪い皮肉か、それとも必然か。 「他者を素材にせず、自分自身を素材にすれば良い……聞いた時は確かにそう思ったわ」 整った顔立ちに、怜悧と言うには未だ僅かな幼さを帯びた表情を浮かべ――『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)はそう呟いた。 自らの体を使って実験をしたならば美談ともなろうが、他者の同意もなくその体を弄べば狂人だ。 それども、最終的に自らも違うものへと成り果てたのならば、自らだけは生き残ろうとするよりは『貫いた』とも言えるのだろう。 それを決して、褒めはしないけれど。 モノクルに覆われた紫の瞳に倦怠とも付かぬ色を浮かべ、『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299) は首を振った。 盲信の研究者は、公園で告げた。全ては紫杏の為に。頭も命も、全て。兇姫の為に。 その覚悟は恐らく確かであったのだろう。倫敦の蜘蛛の巣という懸念を煽られた諒次は、紫杏の周囲に支援者がいなくなるよりは、と撤退を選ぼうとしたのだから。 だが、結局は彼もマトモな理性を持たぬ異形へと変貌してしまった。 同じ命を捨てる覚悟でも、先の公園のようにキマイラと姿を並べて戦うのならばまた違ったのだろう。最後まで抗おうという、破れかぶれの結果がこれか。 視界が開ける。 待ち受けていたのは、首なしの黒い人形が四体。 そしてこちらを見詰める、黒に浮かぶ無数の目と口。黒スーツの男。 間延びした口調の割には喋る方であった研究員であったものからは迎えの台詞も何もなく、ただそこにあるのは喪服の如き黒ばかり。 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が無言で、龍治の傍らに影を呼ぶ。 「不気味な相手だが、退けてさせて貰う! 変身ッ!」 掛け声と共に戦闘態勢へと移行する疾風と、仲間の気配を感じながら、クルトはゆっくり息を吐いた。 「実に不愉快な命の張り方だよ、オーバーステップ」 中には、『諒次』には届かないと知ってはいても。 クルトは憎悪とも嫌悪とも違う、吐き出した単語と同じ感情を込めて、言い放った。 口は、多数ある口は――何も、語らない。 ● 黒灯が前へ。諒次と等活が後ろへ。 完全なる攻勢に出られる程に、自身の布陣は優勢ではないと悟っているのだろう。 打破の為ではなく、長引かせ追い詰める為に。 それは最早――彼らが積極的な『勝ち』を狙っていないという証左でもあった。 真っ先に飛び出した『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が、首のない黒い人形へと仕掛けるのは完全なる最善手。炸裂脚甲「LaplaseRage」から繰り出された初撃は芯を捉えるには到らなかったが、彼の命中であればそこまで直撃も難しくないと手応えは伝えてくる。 諒次には通じなくとも、劣化品に近い黒灯を撹乱すればこちらのダメージは多少なりとも軽減されるだろう。 「勝利を望むならば、全ての準備を万全にし、その上で『一撃必殺』を望むべきだ」 後方、どこを見ているか分からない多数の目を持つ相手に向けて、彼は語る。 そんな言葉も、もう聞こえていないのだろう。理解できないのだろう。ならば。 「知性を失ったお前さんに、勝機は残っていない」 圧倒的な暴力、小事も大事も皆等しく蹂躙するだけの力は、滅多に存在しない。 でなければ、勝敗を決めるのは単純な力量差ではなく知略である。 そう信じるオーウェンにとって、最早常人以下の知恵を回す事もできない諒次に戦況が傾く事はなかった。 前を塞ぐ首なし人形。離れた場所に立つ等活を見て、エレオノーラは首を傾いだ。 「下らない混ぜ物相手はこれで最後にして欲しいわ。勿論貴方の相手もね」 「我が言いたい所だよ。随分仕事熱心だな」 男は明らかに渋面だ。重ねた齢と外見の合わぬ老獪同士、手札も知れて尚且つ面倒臭い敵となれば、その出会いは実に喜ばしくない。 「あら、貴方こそ。体を張った甲斐もない相手によく付き合うじゃない」 ビジネスってね、相手を選ぶべきよ? 会話と同じ程度の軽さで靴底が地と別れてまた出会うまで、順手に逆手に、一本のナイフが翻る。 統制を失ったかの様にふらつきだす黒灯を見ながら、男は溜息。 「全くね。此の事態ならば流石に捨てて逃げもしようと尋ねてみれば、四肢を落とす真っ最中だ。度し難く眩暈もしたよ」 「ならば最後の護衛って所? それとも別なお仕事?」 「さてね」 素っ気ない返答も想定の内。どちらにしろやる事は同じ。 酷く捕らえ難い身軽な相手を抑えるのを覚悟したのだろう――等活は深い溜息を吐いた。 「ねえ。知ってるのよ」 常夜蝶を宙で回し、糾華が招く。全てを蜂の巣に変える穴を穿つは、月光に舞う蝶の如く残像を残す魔力の弾丸。 それは前に立った黒灯ごと、諒次を巻き込み穴を開ける。 真っ黒な体の穴は、すぐに埋まってしまったけれど、潰れた目から黒い液体が流れて行った。 まるで、泣いているように。 「その体、多くの子供を犠牲にして作ったのでしょう?」 キマイラ。多かれ少なかれ犠牲を招いたその存在だが、諒次が作ってきたキマイラは案件を見る限り子供を扱ったものも多かった。その寄せ集めがこの姿。 犠牲がなければ導かれなかった集大成。 「還して貰うわ。天に、地に、被害者達が眠る場所に」 赤い瞳が、黒い涙を流す小さな瞳を、捉えた。 「さあ――そろそろ斜陽の時間だ」 快が齎したラグナロク。加護の為、継続戦による徹底の殲滅の為。 神々の黄昏の名を冠すそれは、仲間の心身両方を癒し、敵に刺さる棘を纏わす。 それを扱える事自体が、並以上の証明だ。 後方に存在する諒次の動向に気を払いながら、快は彼の顔を見て再び面倒臭そうな表情を浮かべた等活へと語りかける。 「こっちは結界でお前を封じ込める手段があるけど、それでもやるかい?」 「其れはまた怖い事だな。ならば何故今使わないのだ?」 問いに返される問い。存在の有無ではなく、不使用の理由を問われれば一瞬眉が寄った。 厄介な等活にこの場から早期撤退を促したいという理由ではあるが――本人に伝えるとしても、それは今ではない。 「本気ならば君らは裏野部よりも問答無用で封じ込めに掛かるだろうに」 「……生憎教えてやる義理はないね」 「そうか、ならば気に留めては置こう。わざわざどうも」 先のエレオノーラと同じく、返答は皮肉に素っ気なく。 同時に放たれた等活地獄が、快の加護を越えて血を流されようと吹き荒れた。 駆けて抜けたクルトは、諒次の一部であった黒灯へと蹴りを放つ。 衝撃の一つも余さずに、黒灯へ、そしてたまたま直線上に存在した諒次へと。 ぐぱあ、とその口が、開いた。 泣き叫ぶ。鳴いて叫ぶ。呪いの言葉、呪詛の呪詛。何を嘆くのか、何に対しての呪いなのか。己を壊した男が己に混じる呪いか来なかった助けへの呪いか導いた運命への呪いか苦痛への呪いか。口が叫ぶのはいたいいたいいたいいたいいたいいたい。 耳から入った言葉が体を縛り付ける。一人の個として生きている者への呪いが圧し掛かる。 唯一それを凪で受け流せるのは快だけであったが――不浄を解き放つ術を持つ彼が立っている限り、それは大きな脅威にはなりえない。 叫ぶ口に飛び込んだのは、煌く光。げぐ。げぐ。いがああ。 暴れながら三本目と四本目の腕が虚空を掻くように動き、毒の魔弾を放つが直撃には至らない。 「慌てずとも、じきに遊んでやる」 放った主は静かに狙いを定めて呟いた。 呪縛を逃れた龍治の攻撃は諒次にも届くは届くが、今の最優先は前を塞ぐ首なしの処理。 龍治の一撃は多くを穿ち、穴を開けた。じゅくじゅくと埋まっていく傷。 エレオノーラによって元からないに等しい判断力を奪われた黒灯の一体が、別の一体に向けて放つ業炎撃。黒々と燃えながら、蹴りを。魔氷拳を、土砕掌を。 覇界闘士であったオーバーステップが扱っていた技は、けれどバラバラに放たれるが故に一人を追い込む事もできない。 「研究の果てがこれか。哀れだな」 そんな統率の取れない姿を見ながら、疾風はすう、と呼気を放つ。 体は硬く、動きはしなやかに。体内に流れる気を制御して、次の一撃への備え。 「何て言うか、ちょっと見ない間に随分変わり果てた姿になったもんだね」 そんなバラバラの姿に、綺沙羅は呆れを含んだような調子で呟いた。 陣地作成、先程快が述べた秘術を扱えるのは綺沙羅だが、余計な情報を与える必要はない。 だから彼女は黙って、刻まれた傷が快によって齎された癒しによって塞がれるのを感じながら、消えて失せた影人を再び呼び寄せる。 等活地獄、刀剣の藪に突き飛ばされるような痛みはじくじくと体を蝕んだ。 名と同じ技を扱う地獄一派は、しばしばアークの前に金で雇われる傭兵として現れるが、本質は六道である。突き詰める道の先は、果たして何なのか。 少なくとも、死を齎すこれらの技ではないのだろう。見てみたいものだが。 黒い影が、蠢いている。 ● 今回の編成で回復と言える回復は、快のラグナロクによる再生のみ。 けれどそれは、再生能力を有するものの、積極的な回復手段を持たない諒次たちとて同じ事。 勝負は、どちらが先に削り切るか。 皆の不運を打ち払う為にブレイクイービルを放った快にインスタントチャージを掛けながら、オーウェンは数を減じた敵を見る。 怪盗による撹乱も考えてはいたが、その技は物語の大怪盗の様に、一瞬で見て化けられる程に完璧ではない。対象をつぶさに観察し、ようやく成立するものだ。戦闘という激しい状況の中で、敵の一人に過ぎない等活だけを見て真似るのは酷く困難な事である。 そう気付けば、効率と結果を重視するオーウェンがあえて行う必要もない。 何より、リベリスタ側と異なりその都度適切な判断――例えば、快によって行われた付与を払う――を行えない諒次の側は、一手一手を積み重ねるごとに不利を増す。 ならば結果は、見えていよう。 息切れを起こしたのか自らにインスタントチャージを施す等活へ、再び快が語りかけた。 押し切るには、あと一手。諒次よりも的確に仲間の動きを止めてくる等活の存在が失せればいい。 「どうせ最後まで付き合う気は無いんだろ? 今退かないなら、命を賭けてもらう事になる」 己の血で汚れた頬を拭いながら問う青年に、男は眉を寄せた。 まだ迷っているのか。自らの保身を大事にするはずの地獄一派の一人が、名目を得て何故逃げないのか。 「俺達が此処に居るのはアークのりベリスタだからだが……お前は、何で諒次の隣にいるんだ?」 「そのまま返す。我も地獄一派の名を掲げているのでね。仕事を受けた上で何もせず金だけ持って帰ったとなれば次に差し支える。多少は働かねばな」 澄ました顔で嘯く言葉は、確かに理由としては立つだろう。 金で雇われる以上、裏切りと日和見は評判を落とす。 けれども、この状況で誰がそれに気付くというのか。この混乱の中で? 快は目を細める。 「随分、義理堅いんだな」 「……同輩には甘いと言われるよ。尤も君程ではないが」 アークでも指折りのクロスイージス、仲間の、人々の明日を護る為に立ちはだかる青年に、等活は嘲りの言葉と、声程には冷えていない視線を一瞬だけ向けた。 性質を知るクルトが疑問に思った一点。崩れる事が分かっている砂上の楼閣に、何故彼は乗ったのか。いやはや、それは随分と人間的な理由だったらしい。 けれどそれも、もう終わり。 「金で雇われている以上、死ぬまでの義理はない。ならば、それに基づいて今お前が取るべき行動は何だ?」 銃口を向けたまま、龍治が問う。狙いは正確だ。 「折角のお膳立てだ、お言葉に甘えよう。……我はまだ死ねんのでね」 警戒は解かぬまま、等活はゆらりと戦闘の範囲から外れるように動き――諒次の天秤の側に乗せていた指を、外した。 そんな男を見やりながら、糾華が刃先で小さな傷を、印を刻む。 「アークとして、人として引導を渡してあげるわ」 蕩けるような、熱くて冷たい死のキスを。 「これで終わりにしよう」 柔らかな動きから放たれる鋭い刃。 疾風の持つDCナイフ[龍牙]が、悲鳴を上げる口を抉り、目を潰した。 「おやすみ。もう終わりだよ」 綺沙羅の指先で、符は鴉へと変わり――開いた一つの口へと飛び込んだ。 ごぽり。 前から後ろまで貫いたそれが、致命傷。 人の形をした真っ黒い『もの』は、ゆっくりと後ろへ倒れた。 少女に向けて、嫌な子供だ、と肩を竦めた彼の面影はどこにもない。 無数に浮かぶ目の、口の、どれかが諒次なのかも知れないが、今や判別する術もない。 けれど、綺沙羅は知っている。道を究めんと求める者の大半は、途中で折れて愚者の群へと埋没すると。 天才と呼ばれるのは本当に一握り。それはアークの真白智親や、或いは当の六道紫杏か。 それには遥か届かなかったとしても、他者に哀れまれたとしても、灯屋諒次という男は死ぬまで己の道を貫いたのだ。 ならば、それは幸いだったのだろう。 「お疲れ、諒次」 少女の呟く声に、目が一つ細まったのは――気のせいに違いない。 瓦解する。 公園のキマイラのように姿は残さず、『不完全な』『未熟な』キマイラ同様、灯屋諒次だった存在も、砕けて溶けて、蕩けて、消えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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