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<紫杏研究所攻略戦>降水確率百パーセント

●已むなくして止まぬ
 初めてその姿を視界に捉えた時の感動をなんと表現すればいいだろうか。
 甘美。ああ、甘美と言えばいいだろうか。あれは確かに神を騙るに相応しい存在だった。
 だからこそ、それを解体することに恍惚とした感情を覚えたのである。カミサマなんて不定形なものを名乗り幾百と自意識を保ったアーティファクト。
 下手な骨董品をはるかに超える神秘性の前に、ああ狂乱せずに居られる研究者が居るとでも言うのだろうか?

「……ときめく、という歳でもないな私は」
 ふう、と紫煙を揺らし男は笑う。戦いの備えなどしたこともない。したくもなかったが、そうも行くまい。
 何時だって時代を先駆ける研究は数多の奇異に曝される。自らの主もそうであっただけの話。
 仮にそれで摘み取られても構わない。時代の徒花は、常に派手に咲いて散るものと相場が決まっている。

 始めようと男は笑う。
 影は静かに頷いて。

●妄執を再びに封ず
「六道……こと『紫杏派』と呼ばれる面々がキマイラを率い、三ツ池公園を襲ったのはつい先日のことです。あの際、各々の戦場はさて置き、結果的にあちらを下すことに成功しました。ところどころで怪しい動きがあったと聞きますが……しかし、首魁である紫杏は、そして研究所はまだ健在です。襲撃を失敗させた彼女らを攻めるのであれば、今しかない」
「つっても、秘密主義の六道の研究所なんて秘中の秘ってやつだろ。どうやって」
「それについては抜かりなく。先日、名古屋君が彼女の元部下、『スタンリー・マツダ』を保護、状況を把握したと聞きます。研究所の情報も、こちらに」
 ブリーフィングルームに集められたリベリスタ達に対し、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)が提示したのは、六道紫杏の研究所を襲撃するという計画だった。
 とは言え、唐突に示されたそれに対しリベリスタ達も思うところがあろう。急すぎないか……それらの情報は、寧ろスタンリー・マツダの救出とその後の展開にこそ言ってほしいものだと、彼は首を振った。
 あまりにも急である。だが、どんな状況下であれ戦わねばならぬのはリベリスタの努めという所か。
「それと、キマイラについて追加情報です。あれらは、紫杏の持つ『独裁テレジア』というアーティファクトの劣化版、『テレジアの子供達』という極小アーティファクトによって操作されているということです。フィクサードの殺害による破壊や摘出は不可能、とも。つまるところが同時撃破、ないしはキマイラの撃破が必須ということですね」

「襲撃と言っても、あちらの戦力も大分削がれています。戦力は一気に固めてあればいい。君達に担当してもらうのは、前衛が研究所内への道を拓いたあと、内部……紫杏派研究員『ツッカーノ』の研究区画です」
「……つまり、そこのキマイラっつーのは」
「ええ。その研究員の『集大成』でしょうね。彼含め、寡兵でこそあれフィクサードも居ます。数としては少なくはない。彼自身も弱くはないですし、キマイラはあらゆるバッドステータスを操り、体格も大きいようです。油断なりません」
 研究員の名前に覚えがあったか、リベリスタの一人が眉を寄せる。それに気づかぬふりをしながら、夜倉は話を続けた。

「少なくとも、彼は逃げる気などさらさらない。勝敗を待たず、彼はそのキマイラと添い遂げるつもりでしょう。恋心なんてキレイゴトじゃない」
 あれはただの――ただの、なんなのだろうか。言葉に詰まった夜倉の細められた目は、疑念と言うよりはずっと、感情的なソレだった。

●最後の雨にさよならを
 天井が抜けた様子は無い。元より、今日は雨など降っていなかったはずである。
 研究所に飛び込んだリベリスタ達を見舞ったのは、黒い雨。滴り落ちるそれは随分と汚れており、コールタールのように床をしとどに濡らす。
「遅かったじゃないか、待ちくたびれたのだよ」
 革靴を高らかに鳴らし現れたのは、六十代から七十代に届こうかという老齢の男だった。白衣の上に黒コート。明らかにセンスを度外視した格好に乾いた笑いが漏れそうになるが、それ以上に。

「最後の雨と初めての夜だ。さあ、契りを始めよう」
 天井からぶら下がるように存在する、そのキマイラがとても。
 奇妙で。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:風見鶏  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年01月29日(火)23:05
 雨業絡みも随分と長引いたものです(他人ごと)

●達成条件
・目標すべての完全殲滅(生存させない)

●エネミーデータ
『黒雨の凶刃』:エリューション・キマイラ。『雨業の龍神』残存主要部の全てを注ぎ込み、私兵の一部、ほかエリューション等を注ぎ込んだ代物。
 常時天井(高さ3m)に張り付いた状態で行動する。不定形。
『黒い雨』を戦場効果として常時発動する。
※『黒い雨』:本体を除くすべてを対象に、『全てのBSからランダムに2つ』をターン冒頭に付与する。
・渇愛たるもの/狂(神近複・虚弱、重圧)
・愛憎を過去に(神遠単/Mアタック大、混乱)
・悪夢の夜(物近単)
(当該アーティファクトの詳細は拙作【雨業】タグ及び六道紫杏関連に詳しいですが、知らなくても何ら問題ない情報でございます)

 ツッカーノ・アトロメリア:ジーニアス×プロアデプト。研究員という立場だが相応の研鑽は積んでいる模様。相応レベルの能力を使いこなす。
「EX 偽装恋慕(神遠単)」を使用。

 フィクサード×3:アーク平均クラスの私兵。ジョブは様々。

●戦場
 六道紫杏研究所内、ツッカーノ研究室。
 あらゆるものが散乱しています。場合によっては、有象無象のアーティファクトの作動がありえないとも限りません。警戒を。

 ご参加、お待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
ウーニャ・タランテラ(BNE000010)
ナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
クロスイージス
アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)
ホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
スターサジタリー
モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)
クリミナルスタア
神城・涼(BNE001343)
マグメイガス
オリガ・エレギン(BNE002764)
デュランダル
水無瀬・佳恋(BNE003740)

●答えなき感性闘争論
「……何ですかね、この薄汚いゲロの糞山は」
「美的感覚とは主観であり俯瞰。総論ではないのは至極当然のことだよお嬢さん。その『不釣合い』が君の美学というなら成程、私にも君の趣味は理解できない」
「あんたの美的感覚なんて聞いてませんよ、蜂の巣にしますよゲス野郎」
 紫杏研究所内は、既に激戦半ばといった様相だった。瓦礫が散乱し屍が転がるその様は、キマイラの研究が全盛期なら或いは喜ばれたのだろうか。
「新しい素材が手に入る」などと。尤も、急拵えのキマイラがアークのリベリスタをどうこうできるかといえば結局のところ、どうにもなるまい。
 だから、というわけではなかろうが……眼前に現れたキマイラの異形は、彼らにとっての精一杯の抵抗か、それとも行き着く先の暗示だったのか。
 正直な所、威圧してはみたけれど『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)にとってはどうでも良かった。
 所詮ここで撃破するのだ。薄汚い情念の行き着く先など未来へ向かう彼女の『少女らしい美的感覚(自称』の前にはどうでもよかったのだ。
「お待たせしましたかフィクサード、では急ぎ最後のダンスに興じ様」
 刃を構え、眼前の『敵』へ最後を宣告する『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)にとって、彼らの主義主張など正味どうでも良かったといえる。
 傍迷惑な信念の行き着く先は結局のところ、自分の敵に過ぎないのだから当然と言えば当然である。
 自身の欲求に従った結果として他者を貶めるのであれば、その正義から最も遠い敵であることは明らかだ。
「急ぐ必要が何処にあるというのかね。ここはもう終わりだろう。紫杏お嬢様が下手を打って捕まるならそれも一興。所詮ここで潰える泡沫が何を思うというんだい? 私は彼女を生み出した時点で、見せた時点で。全て終えているんだ、違うかい?」
「……勝敗を待たず、ただ添い遂げるだけ、か」
「間違っちゃ居ないさ。少なくとも君達はこれを見た。あとは、分かるね?」
 ツッカーノの問いに、『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は応じない。否、答えるまでもない問答なのだ、これは。
 見たなら応じろ、出会ったならば戦え、何もせず死を受け入れるなどとんでもない。彼らの会話の中にはそれらが確たる論拠として存在する。
 ツッカーノにとっては単なる探究心。天乃からすれば純然たる闘争心。方向性は違うがお互いに考えることに大きな差異はない。目の前に居るのなら『証明』を求めているだけの話でもある。
「ずっと続くなんてありえない。永遠なんてないんだよ。だから、ここで終わらせようよ」
「……フ」
 ツッカーノの笑みは、決して『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)への愚弄などではないのだろう。
 永遠など無い。それは道理だ。決して永遠などの為に彼が研究を進めてきたわけでもないのは道理だ。何時か終わるその着地点を誰よりも求めていたのは、他ならぬツッカーノ自身ではなかったのか。
 ……わかるまい、と愚弄することは誰にでも出来よう。誰あろう他人の心中など慮ることなど年若い少女に出来るはずも無かったと、誰も理解できなかったというのか。
「三ツ池公園の時も感じたことではありますが、キマイラとは本当に、何というか……嫌なものですね」
「美的感覚は人それぞれだよ、お嬢さん。人は理解できないものに恐怖し時に否定する。私はその考えというものは否定しない。ただ、私という『美的感覚』が存在することは理解して頂きたいものだ」
 詭弁だ、と『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)は感じた。理解できるわけがない、とも感じた。何故ならそれはただの言い訳に過ぎない。
 理解されないものに足を踏み入れてその沼に浸かりきった男が、理解できないことを理解しろという。
 闇を覗き見ろという。それは取りも直さず、最終的には自身の境地に踏み込んで来いという誘いに他ならない。
 正義であることを強く意識する彼女が、そんな異端に踏み込むことを由とするか? そんなわけがないだろう。
 腰元に佩いた長剣に添える手に力が入り、白くなる。声に出さずともその感情は重苦しいものであることは明らかだった。
「神と崇められた紛い物に翻弄された人達を、僕は何人も見た」
「この『神』に最も深く関わった者の一人だったな、君は。話半分には聞き及んでいるが……君こそが、私の研究の集大成の一つだといえるだろうな」
「紛い物に囚われた貴方と僕とは違う。一緒にしないで下さい」
 くつくつと笑うツッカーノの視線は、『Fr.pseudo』オリガ・エレギン(BNE002764)の腕に向けられていた。『激情から発される行動力と能力の最大効率を叩きだす向上効果』の流れを汲むツッカーノの研究は、結局のところ、『作品』の原型と縁深い者であればあるほど高い効果と結果を生み出す。あの『作品』を前にして姿を表さなかったオリガが、その遺物を携えている。これをして、どう解釈すればいいか……考えるまでもないということ。
 それだけ重い。それだけ、深い。ツッカーノにとってこれ以上の喜びがこの場に於いてあっただろうか?
「長い長い雨だったけど……止まない雨がないように、終わらない悲劇はない」
 不幸を呼ぶカードを構え、『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は終劇を予告する。
 道化であることを否定はしないし、それを恥じる事もない。止まない雨などこの世にはないのだ。だから今、悲劇を終わらせることでそれを実現させる。
 神を殺せない道理など無い。冗談のように神を殺そう。

「――――」
 それは声ですらなかった。何らかの音として理解することも難しかった。それは誰に向けるでもない情動の発露だったし、その身が生み出した黒い雨はその行き着いた末路そのものだったのだろう。
 どろりとした黒い泥が神の成れの果てだとすれば、世界とは何と醜悪なのだろうか。
 そんなものを、果たして正しいと思う者が居るかといえば全くの否だ。世界はそこまで優しくはないし、歪んでも居ない。
「この俺の拳にかけて全部殴り倒してやんぜ……!」
「……好きに気張るといい。私は私の誇りに賭けて君達に『終わり』を植え付けよう」
 ナイフと銃とを構え、しかし賭けるのは己の備える拳にであると言い切る『ダブルエッジマスター』神城・涼(BNE001343)にしかし、ツッカーノは何も言葉を挟まない。
 やるというならやればよい。戦うというなら向かって来ればよい。激情があるなら向ければ良いし殺す気で来るならそうすればいい。
 ツッカーノは、それらすべてに応じようと破顔する。死なば諸共、など古い言葉だけれども。
「君なら分かってくれると信じているんだ」
 そう呟いた時の表情は、何時か誰かが見たそれだ。
 ――どうしようもなく嬉しそうなのに、心の底から泣き出しそうな、そんな、複雑な表情。

●終わり亡き神格終焉論
「さあ……踊って、くれる? 手も、足もないみたい、だけど……」
 天乃の声に応じた訳ではあるまいが、不定形の神は彼女を巻き込む様に攻撃を開始する。
 ぞわりと広げた黒の帳を彼女に押し付けるように向けた一撃は、確かに食らっていればおぞましい効果に囚われていたことだろう。かすりもせずにこりともせず躱し切ったことは幸運だったといえよう。
 返す刀で振るわれる気糸が、数度の回避を経てその身を締め上げるに至るまで、その闇は彼女を追い回す。趣味の悪いことだ、と笑うことができない程度に。
「腕白に育ててしまったかな。私としてもそういうものは嫌いではないが」
「貴方が育てた訳ではないでしょう。その趣味を押し付けたと言う意味でなら同意しますが、雨などじきに止みます」
 指揮者の様に両手を振るい、気糸を展開するツッカーノを視界の端に収めつつ、佳恋は配下の一人を大きく吹き飛ばす。幸いにして――彼にとっては不幸にして、運を大幅に汚された末路というべきか。彼女の一撃をもろに受けた男は、立ち上がることに窮す程度には消耗することとなる。
 癒しの旋律を阻害する気糸の流れと、毒になり刃になり全ての生者を苛む雨とでは、果たしてどちらがより粗悪な紛い物なのだろうか。戦いに至って一切の気の衒いを感じないツッカーノの動きは、リベリスタをして鬱陶しいと思わせる程度には流麗だった。
「お前らはとっとと殴り終えてやるぜ……!」
 思い切り引いた拳を、渾身の力で叩き込んだ涼に対し、顔面を仰け反らせながらも男は銃口を向けた。ゼロ距離の精密射撃。避ける事を許さないそれが、最初から死ぬつもりだった覚悟に添えられればどれ程の威力となるかは想像に難くはない。
 だが、そんなもの最初から覚悟していれば耐え切れぬものではない。彼にとって、男の一撃とはその程度。問題があるとすれば、アリステアの癒しが己に届かぬことぐらいか。
 自らを苛む感覚を振り払わなければその恩寵を受けることはできない。意思と理屈の鬩ぎ合いに勝利せねば、きっと誰も救ってはくれないのだろう。
「せっかくの月夜に雨なんて無粋ね」
 ウーニャの視界に映った熱源……こと、リベリスタでもフィクサードでも、増してキマイラでもない異物の数は余りにも多かった。その全ての特性を把握することは適わなかったが、そのどれもが厄介なものであることは目に見えている。
 朱の月の下に晒されたそれら残骸の数々は、次々と炸裂し爆発し狂った音を奏でていく。冗談のような狂騒が誰をも問わず蝕んでいく。
 世界とはこれほどの歪みを抱えていたのか――笑い話にもならない現実がここにあるのだ。ここにしかないのだ。

「しかしこの雨、厄介なものだ」
 あたり構わず発動するアーティファクトに目もくれず、アラストールは雨の生み出した悪意を祓う。どろりとした死の気配を打ち払う音と光は、確かに求めるものが求める通りに発動していることの証左だが、絶えずそれを塗り替える雨が振り続けるのであれば、最終的に押し切られはしないか――ちりと脳裏を灼く焦燥を嘲る様に、ツッカーノが左手を振り上げた。
 血の色を纏った気の糸がその心臓目掛け放たれる。避けることなど許さない、そう瞳が告げている。咄嗟に身を捩ったアラストールは理解する。その瞬間に向けた視界の先、彼の『瞳』こそが恋慕を偽装する塗替えの魔眼であることを。
 そんな、色違いの気糸などフェイクでしかないことを。
「その歳で『恋人』相手に色目使うとかサカってんじゃないですよクソ爺。評価されないのが悲しいのなら誰にも顔向けせずに死ねばいいものを」
「酷い事を言う。私だって出来れば使いたくはないのだよ、こんな眼(モノ)。リスクとリターンが吊り合わなさ過ぎるのだからね」
 ふらふらと数歩退き、音もなく膝を屈したアラストールから視線を切ってツッカーノは目元を抑える。反動が決して軽くないのは、彼の目元から流れる赤い筋がいい証拠だ。既に重ね重ね戦闘を繰り返し、決して軽くない負傷に加えてモニカの魔弾……高々研究員の一人が渡り合うには、簡単ではない相手でもある。
「雨は……ずっと降り続けはしないの。いつかはあがって、きれいな虹を見せてくれるの」
 アリステアが声を上げ、癒しの息吹を生み出していく。十全では無いにしろ、徐々にリベリスタ達を優勢へと傾けていく。
 昏い月を背に黒の雨は降り注ぐ。こんなものが生み出す虹など、人の心を蝕む以外のことは出来ないだろうと思う。だがそれでも、不幸を終わらせることでどこかで幸運を引き寄せることが、虹を見ることができるだろうと信じたくも在るのだ。
 たとえそれが、どれほど甘美な思い込みに裏打ちされた取るに足らない思考だとしても。

「……爆ぜろ」
「……もう、物はただの物に戻りなさい」
 天乃魔力の結晶たる爆弾が爆ぜ、他方ではオリガの放った魔弾が突き刺さる。身を捩る凶刃の悪意はしかし、そこまで追い込まれても未だかなりの割合が健在だった。天乃一人で抑えに回るのはかなりの労力が要るし、援護に回ろうにも各々の相手が思いの外粘ったのも大きい。
 何より、黒い雨は彼らの想像以上に苦々しい悪意をばら撒いていた事も確かである。
 オリガの意識とて十分ではない。相応の消耗を強いられた状態で、狙いを確実に捉えよというのは酷である。だが、彼はそれでも、自身の手で彼の悪意に引導を渡す理由と必要があったというのは事実である。
 一拍遅れ、佳恋の刃が、涼の拳が届くに至り、凶刃の抵抗は弥増して激しいものとなる。
 接近戦に持ち込まれても尚その不定形は捉えどころのない悪意を押し付ける。頑強な精神が無ければたちどころに布陣を乱され、同士打ちに追い込まれる可能性もあったろう。
 ……ともすれば、その危機を意識せず戦闘を行えた事実こそ驚嘆に値すると言えるのだが。

「雨は止むものだ、御老体」
「命とは潰えるものだ。雨が止んだら死んでしまうと言うほど私にナルシズムは無いがね、リベリスタ。君達にとって命とはどれほどの重みがあるのだろうね?」
「……何が言いたい?」
「いいや、ただの謎かけ……否、負け惜しみさ。君達が望む『虹』などこの夜には訪れない。月は雨に許しを告げないものだ」
『だからね、君。私は君達には殺されたくはないのだよ』と。
 徐々に弱まりつつある黒い雨の只中で、ツッカーノは己の指を左胸に突き立てた。
 雨に塗れて黒く染まった彼の身体から流れ落ちる血は、元の色など分からぬ程にあふれる先から染まっていく。全身から流れるそれも、床に落ちる頃には黒かったのだから当然か。
 
 凶刃の抵抗が激しくなる。既にその身に多くの攻勢を受け、機能を喪う直前だというのにその抵抗は弱まる気配が無い。
 幾ばくもなく撃破される運命にありながら、その姿は舞台に立ったが最後踊り狂って死ぬまで動きを止められない呪われた少女のようで。
 動き出したその瞬間から呪いだったそれに、果たして終わりなどあったのかどうか。

「それで、カミサマは見つかった?」
「…………」
 糸が切れたように天井から溢れる黒の液体を他所に問いかけたウーニャに対し、ツッカーノは答えない。既に事切れた屍は、応じる口など持たぬのだ。
「終わりにしましょう、雨も止んだことですし」
 血と闇とが交わり、冗談の様な夢が潰えた研究室にリベリスタ以外の呼吸はない。
 或いは――その雨は、フィクサード達にとっても、無駄筋で祀り上げられた偽りの神にとっても、呼吸のようなものだったのだろうか。
 答える者は無い。
 答えなんて、何処にもない。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
雨業の最初のリプレイから足掛け1年と少し。
随分と長い付き合いになったものですが、いかがでしたでしょうか。
色々と思う所も考える所もあるのですが、何はともあれ成功ということで。
ご参加、ありがとうございました。