● 「僕は天才だし、一人何でもできるんだ!」 エンペラー・グリーンの瞳を爛々と輝かせて、研究室の中で一人意気揚々と叫ぶ少年。 三ツ池公園襲撃の折、留守番を任せられた少年は帰って来なかった大人たちの代わりに、研究室を独り占めしていた。 「はぁ、これから何をして遊ぼうかなぁ! キマイラを全部つなぎあわせてみたいなぁ。……あ! 妊婦のお腹を切り裂いて、中の胎児をキマイラの素材にしようか!」 少年にそぐわぬ表情で口の端を吊り上げ笑う少年フィクサード。 大人たちが居なくなった今、何の縛りもなく少年はキマイラを作り出していくはずだった。 けれど、それはコバルト・バイオレットの光によって遮られる。 少年が眩さに目を閉じれば、紫煙と共に見慣れた少女が現れたのだ。 「ぁ……、先輩?」 気の抜けた声はいつも一緒に居たあのタバコ臭い男を呼んでいる。それだけで無性に腹が立った。 「は? 僕はお前の先輩じゃないよ!」 寝転がったままのメガネの少女に向かって悪態を付く少年。その声に反応を示さない少女を少年は覗きこむ。 サイズの合わない薄汚れた白衣がアガットの赤に染め上げられていた。 リベリスタ相手に油断し、重傷を負って目の前に現れたユラという少女をフィリウスという少年は踏みつける。 「何? お前。瀕死じゃん。はは、バカじゃねーの!」 傷を抉る様にして腹を、顔を蹴りつける少年。研究室の床にユラの血がしみだしていく。 「ぅ……ぐ」 「ほら、死ねよ。失敗したんだろうが、お前は! 早く息絶えてみせろよ!」 この少女が死ねばこの研究室の権限は少年に移行するのだ。 そして、目の前には権限を持った瀕死状態のユラが居る。少年にとって……求道の六道フィクサードにとってこれ以上の飛躍はない。 バンバンと鈍い音が薄汚れた研究室に響き、赤が床のタイルに飛び散る。 しかし、その行いは長くは続けることが出来なかった。 なぜなら、少年を縛り付けるように室内の要塞システムが稼働したのだ。 ユラのメタルフレーム端子と直接続で繋がったコアシステムがフィリウスを室外に弾き出した。 「おい! こら!! あけろよ! ちくしょう!!」 少年は壊れる程ドアを蹴ったが、システムに守られた研究室はピクリとも動かなかった。 ―――数分か。数時間か。どれほどの時間が経過したのだろうか。 いつしか眠りに落ちていた少年は怒りを込めて再度ドアを蹴り上げる。 「う、わ!?」 簡単に開いてしまったドアから転げるようにして中に入った少年。 そこにはユラの姿は無く、3つのシステムが稼働しているのみだった。 パネルに表示されているのはシステム権限譲渡の文字。 マスター権限―――フィリウス・ロイ 「はは……、やった! これは全部、僕の物だ!!! 煩い大人も失敗したアイツも居ない! 僕だけの研究室だ!!!」 誰も居なくなった無機質なフォッググレイの天井に嬉しげに高らかに、ゲラゲラと笑い声をあげていた。 ● 「六道紫杏の研究所を見つけた」 ブリーフィングルームに流れる微風が『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)のスノー・プラチナの髪をそっと撫でていく。 三ツ池公園の迎撃作戦をなんとか凌いでいたリベリスタは、事件の折保護に成功していた六道紫杏の腹心スタンリー・マツダから紫杏派の研究所についての情報を入手していた。 大軍勢で攻め入った三ツ池公園から敗走した紫杏派のフィクサード達は大半が自慢のキマイラを失ってしまっている。 「倒すなら今しかない」 急ごしらえのキマイラに重傷を負った研究員。大軍勢だった三ツ池公園襲撃とは比べ用もない戦力差であった。 しかし、求道の六道。自身の目的の為ならその身すらも惜しくはないと思う者も少なくないのだ。 気を引き締めなければならないのは同じ事。 「研究室には仕掛けもある」 自分たちの研究を守るためにあちこちに施された罠が稼働しているのだとアークの白い姫は言う。 他者が入り込めないようにアーティファクトを使かい要塞の様なシステムを組み上げるものまでいるそうだ。 その仕掛けを守るようにキマイラを配置しているのだと。 先の迎撃戦で三ツ池公園を守りきったリベリスタ達が、今度は紫杏派の根城に攻め入るのだ。 戦力が落ちているとはいえ、これから向かうのは敵のテリトリーである。 何が起こるか分からない。気を引き締めなければならないとイヴの紅緑の瞳は告げていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月23日(水)22:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 研究所内は無機質なフォッググレイの壁に覆われて、時折光る電子のシアンがリベリスタ達を照らしていた。 硬質なドアの向こうを『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の黒曜石の瞳が検索する。 緊張感を漂わせつつ仲間に敵の配置を伝えていく。 準備は出来たと視線を動かし合図――― 「アークだ、遊んでやんよ、餓鬼!」 『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)がドアを勢い良く叩き割った。 ……このような研究、全て潰してしまわねばならん。 『巻き戻りし残像』レイライン・エレアニック(BNE002137)は今までキマイラの研究で犠牲になった全ての人や動物達を想う。 もしかしたら、ありえたかも知れない未来。愛しい恋人が研究材料にされてしまう悪夢。 考えるだけで心が裂けそうだった。 「子供のお仕置きもせねばならぬようじゃな」 フラーテルを相手取りながら、フィリウスへと一瞥をくれるレイライン。マーメイド・ゴールドの髪が煙に巻かれていく。 「お仕置きってなんだよ! 僕はもう子供じゃないぞ!」 エンペラー・グリーンの瞳が脳内回路の反応速度を上げていく。言葉だけは大層に。小さな子供が宣う声が室内に響いた。 ブリーフィングルームで見た時より、敵の身長は随分と低い。イヴよりも一回りは小さかったのだ。 俊介の浄化の炎は彼の瞳と同じクリムゾン・レッド。その身に聖痕を受けながら神を嫌う男が命の色に染まりゆく刀を振りかざしマーテルへと赤を放つ。 「1人で何でも出来るだなんて身の程知らずも甚だしい。貴方はきっと挫折も絶望も知らずに育ったのでしょうね」 失敗は総て他人の所為、自分に責任は無いと反省もしない―――『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)はフィリウスへと問いかける。 「それで? 貴方は一体何を作り出す事が出来たのかしら? この部屋の仕掛けも貴方が作ったものではないでしょうに」 ミッドナイト・ブルーの星空を散りばめた箱庭を騙る檻が少年の思考を捉えていく。 「う、うるさい! これは僕の物なんだ! やっと僕の物になったんだ!」 激情的で単純なフィリウスの真横から飛び出したのは『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)だ。 確かに天才なのかもしれないけどさ。まったくもって子供よね。ガキって言うべき? ジョーンシトロンの髪を靡かせ不可視の弾丸を敵の頭部目掛けて撃ち込んだ。 「うわぁ―――ッ!?」 しかし、それは擁制システム『ドムス』のスクートムによって簡単にはじかれる。 「あちゃ、仕留めれないか。まあいいわ『あたしは』ね」 阻まれた事を気にも止めずに後ろへ下がっていく雅。 けれど、フィリウスを動揺させることには大いに成功していたのだ。 「くそ! ちゃんと攻撃しろよ! ポンコツなシステムだな!」 氷璃のアイス・ヴェネツィアの瞳が細められる。小さな口の端が上がる。 「ああ、そこにあるのね」 リーディングで深く読み取らずとも要塞システム『カストラ』の位置は把握した。 なぜなら、フィクサードの目線はそこに有るであろうシステムコントーロールに向いていたのだから。 ―――少年の命令に反応して砲台軍団・第一レギオンが起動された。 ● 『ただ【家族】の為に』鬼蔭 N♂H 虎鐵(BNE000034)の身体を髭で巨体のおっさんの大黒柱が貫いていく。 攻撃は受けていないはずのドムスのスクートムが起動しフィリウスの視界を覆った。 「ちょ、何で!? おい!」 ……子供にはお見せできないよ! ともあれ、身体に相当なダメージを負った虎鐵であったが、パテルをブロックしながら天井に張り付いているマーテルへ向けて漆黒の獅子護兼久を抜き放つ。 「こんな事をしてたら下らない大人になるでござるよ」 ……拙者みたいにな。 その言葉がどこか哀愁を漂わせていた。何故だろう、ミドルネームに関係するのだろうか。 シリアスッ 拓真はフォッググレイの天井に注視した。 キマイラが陣取っている場所以外にアーティファクトは見つからず、マーテルの背後に有るのだろうと予想された。仲間に在り処を伝える。 ―――己が望むは一つ 師である祖父を越えてみせる事 故に吹き荒れよ、暴威 「剣戟よ、己が願いが為にただ頂へと登り至れ―――ッ!!!」 壁を駆け上がり天井へと飛来したオブシディアンの瞳がキマイラ目掛けてBroken JusticeとLostCalibreを振り下ろす。 壊れた正義を抱え届き得ぬ理想を追い求める迪拓者。 されど真を拓く事を与えられた青年は歩み続ける。命が尽きるその時まで。 「あの少年自身、ドムスの場所を把握していないのでしょう」 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)がラピスラズリの瞳を伏せながら呟く。 リリや氷璃を持ってしても擁制システムの場所だけは分からなかったのだ。 しかし、氷璃のリーディングで分かった事もある。 フィリウスに渦巻く感情的な思考は、総てある方向を指し示している。 それはこの少年の幼さと、育ってきた異常な環境だ。 六道の中で生まれ、研究を側でずっと見ている事しか出来なかった子供。 ネグレクトと暴力。狂気を覚える程の成功主義。その中で育ち、言葉と知識だけは発達し経験が伴わない。 「僕は大人だ! 誰にも邪魔されたりしないんだ!」 ―――小さな、まだ7歳の子供だったのだ。 「貴方達の作品は悍ましい」 両の手に教義を、この胸に信仰を。制圧せよ、攻め滅ぼさん。 リリが放つオーピメントの弾丸はオリオン・ブルーの軌跡を描きフィリウスの背面壁へと飛来する。 「天より来たれ、裁きの炎よ! 全ての邪悪に等しき裁きを!」 苛烈なるピジョンブラッドの炎がフィリウスの後方側面を焼き尽くしていく。真っ赤に染まる。 両手の銃から硝煙が上がった。それはまるで黒い慰霊碑の前に置かれた焼香の様だった。 あの時、リリは黒い慰霊碑の前で『教義』を天へと解き放ちたかった。 それはリリの『祈りと決意』であったのだから。 しかし、静かに祈る仲間の横で『教義』を取り出すことは躊躇われたから、同じ様に天に登る煙の道を碑に捧げたのだ。 そこに、もう一度足を運ばねばならない理由もあった。 友をこの手で屠った感触は忘れることのない記憶であり、否、それは友との最期の思い出でもあるのだ。それを消さない為にも。あの碑の前に立ちたかった。 「……命を冒涜する六道は許しません」 俊介は少年に伝えたい事があった。 「ユラは確かに失敗した。けど、失敗させられたとも言える」 真相をしらないフィリウスに対して諭すように言葉を選んでいく。 「帰ってこない大人はアークが殺した訳じゃない。倫敦の蜘蛛が殺したんだ」 「な、なんだよ。それ、紫杏様は教授は師匠だって……仲間だって」 小さな少年が俊介の言葉を受けて動揺していた。 この研究室のシステムを構築したのは門司大輔だった。少年はタバコ臭い男だと思っていた。 元々はユラを生かす為に門司が作り上げたものだったが、少女はそれを全て譲渡し姿を消したのだ。 パパ・ママ・兄弟・子供と名前を与えられたキマイラ達。家族に擬えて。可哀想な少年へのプレゼントだったのだろうか。 「あは。ユラちゃんに重傷を負わせたのは私ですけどね」 シュネーの白を纏った、グラファイトの黒が『残念な』山田・珍粘(BNE002078)が黒鉛を纏って現界する。きっと、彼女は那由他だった。 「お前が……! で、でも失敗したヤツは皆『駄目』なんだよ!」 失敗、すれば。キマイラの材料にされてしまうのだから。子供が生き残って行くには厳しすぎる世界で大人たちが言うままに『成功』を出してきた少年。 何一つ自分の物など無かった。大人の気まぐれで全て壊されてしまうのだから。 安心など無く、居場所ですらフィリウスには無かったのだ。 「ふふふ。可愛いですね」 その精神を真っ黒に染め上げて、切り裂くことができればどんなに美味しいですかね 那由他の唇が三日月に割れる。大丈夫。彼女はまだ、リベリスタである。 「おヒゲの素敵なおじさま。その髭ごと貴方を真っ二つにするのも良いですけど……ま、ず、は、私の暗黒を見て頂きましょうか」 笑いながら自分の命を不吉を呼ぶ瘴気に変えていく。 「私の命って、こんなに黒いんですねー。アハ」 まるで輪舞曲を踊る様に、那由他はパテルとマーテルに黒い霧の攻撃を浴びせた。 第二レギオン・槍具軍団起動―――目標確認一斉掃射 雅と氷璃が大槍に貫かれた。 天井に張り付いたマーテルが拓真を揺り籠の中に閉じ込める。まるで母の抱擁の様に。 ● 煙状のフラーテルを留めておくには攻撃をしなければ注意は引けないのだとレイラインは感じていた。 造形を持たない紫煙が惑わせる。知らぬくせに、恋人を思わせる。 レイラインの身体に淫靡にまとわり付くのだ。艶の良い耳に吐息をつく様に煙が掠めて行く。 「わらわのテリーを侮辱するでない!」 形の良い胸がふるりと揺れる。この身に触れていいのは恋人だけだというのに。 蓄積されていくダメージに腹立たしさが湧き上がった。ローズ・レッドの瞳が怒りの色に染まっていく。 激烈なる怒涛を込めてレイラインは猫爪をフラーテルに突き立てた。 ファントム・ヴァイオレットの煙の一部が霧散していく。 フィリウスはエンペラー・グリーンの瞳を釣り上げて怒っていた。 それでも的確にリベリスタの急所を読み込み攻撃を突き入れてくる。しかしパワーが圧倒的に足りないのだ。 「くそ! どうして倒れないんだよ!」 悔しげに地団駄を踏む子供。 そこに迫り来るのは黒の檻。瑠璃の夜空を思わせる楔が氷璃の日傘から放たれる。 天井のマーテルは為す術もなく、その身を拘束された。 フィリウスの背後壁に露出した『カストラ』のシステムコントーロールをも破壊する。 第三レギオ……ン、起動―――射出……。 「―――!」 唯一残された魔剣の一振り以外は。 音速で飛来する弾道の魔剣に氷璃の身体は穿たれ電子部品や資料の散乱した床を転がる。 氷璃のシルクの様な柔肌にガラスの破片が突き刺さっていた。 無機質なグレイの床に赤色が広がって行く。 「まだ、分からないのかしら? さぁ、躾の時間よ。身の程を弁えさせて上げるわ!」 アイス・ヴェネツィアのフェイトが燃えていた。 「殺しに来るなら殺される覚悟、してんだろうな!?」 フィリウスに対して攻勢に出るのは俊介だった。 ―――此処で逃げ切っても、『蜘蛛』に殺される。その前に俺等が保護する。 傷ついた仲間に回復を施しながら、少年に問い続ける様は本当に優しく、甘いのである。 敵で有るはずのフィリウスを助けようとしているのだから。 「聞き分けろ、子供じゃねえだろ! 戦場に居る以上、子ども扱いしねぇぞ、遊びじゃ無いんだ」 「う、うるさい! 僕は大人だ! だから、僕の言うこと聞けよ!」 大人ノ言ウ事ハ聞カナケレバナラナイノダ。失敗シタラキマイラニシテシマウゾ。 少年の思考はぐるぐると同じ事を繰り返していると、俊介は気づいていた。 キマイラ製造者は許さない。 六道が作ったキマイラは生きたくても生きられなかった命なんだ。 でも、きっとこの少年にはそれが分からない。 自分がキマイラにされてしまうかも知れない恐怖を、失敗したヤツが悪いのだと歪めてしまった。 でも、生きて欲しい。否、だからこそ、『これから』の居場所になりたいと思うから。 生きていて欲しい!!! 黒曜石の瞳をマーテルへと向ける拓真はその二刀で烈々なる練気を叩き落とす。 爆砕しながら天井から床へと落下していくスライム状のキマイラは、その命を散らしていった。 その代わりに胎動するバジリカの赤子。 産み落とされるキマイラの子供。ドロドロに溶けたマーテルの上に強かな音を立てて落ちていく。 雅はキマイラの産道を見逃さなかった。その奥にあるバジリカ目掛けてトリガーが引かれた。 「あんたさ、捨て駒にされたって思ったりはしねぇわけ?」 フィリウスの目が見開かれる。心の柔らかい部分に突き刺さるトゲ。 本当ハ僕ヲ置イテイッタノダロウ。 チガウ! 僕ハココヲ任サレタンダ! 大人ダカラ! アークが来る事さえも分からなかった子供に対して突きつける現実。 「元々の主はどこに消えた?」 「そんなの、知らないよ! 逃げたヤツの事なんか!」 「知らねーんだ?あーあ、見捨てられたね」 頑なに守ってきた精神が、一つ剥がれていく。綻んで行く。敵の冷たい手は小刻みに震えていた。 雅は畳み掛ける、少年の心を折るために言葉を投げていく。 「大体さ、権限委譲されたばっかで碌に使いこなせなかったりするんじゃねーの?」 ビクリと肩が揺れた。蘇る大人達の声。 コレガ使イコナセナイナラ、失敗ダナ。ハハ、小便チビッテヤガル、左指ノ爪デ勘弁シテヤルヨ! 「何処に何のシステムがあるのかとかちゃんと把握してんのかよ!」 「し、てるに決まってるだろ!」 辛うじて反論した敵のエンペラー・グリーンの瞳に冷静さなど微塵も感じられなかった。 左手は固く握りしめられている。爪は半分程しか生えていなかった。 ● レイラインはフラーテルを仕留めた。 それと同時にパテルの巨体もドロドロと崩れ落ちる。 カテルワはリリの蒼い軌跡の弾丸で呆気無く内容物を散らしていた。 ユラが残していった『家族』が全員死んで少年がたった一人取り残されている。 「あああ! 僕のキマイラが!! 許さない! やっと手に入れた僕だけのものなのに!!!」 色素の薄い乳白色の髪を振り回し、地団駄を踏んでいる子供。 『安心』を与えられず、『居場所』すらも失おうとしている子供の戯言。 少年はこの研究室では『君主』であった。ここにいる限り『モナルカ』であったのだ。 「許さない! 全部壊した、お前たちを許さない!」 モナルカが。君主の名に相応しい激情のままの攻撃がリベリスタに襲いかかる。 エンペラー・グリーンが生み出す毒が雷雹を伴って爆砕したのだ。 しかし、俊介の癒しの加護が間髪入れずに傷を包み込んでいく。 ドムスの場所は分からない。その情報はフィリウスには与えられていなかったのだ。 雅の指摘した通りだった。 敵の心は既に満身創痍である。その瞳にははうっすらと涙が滲んでいた。 スクートムの装甲板は全ての攻撃を受け付けなかったが、フィリウス本人を傷つけてしまう恐れのある至近距離には発現できないのだとイヴは言っていた。 ならば…… 拓真は面接着で頭上からフィリウスの背後に降り立つ。スクートム発現圏外であった。 「悪いが、逃がす心算は無い。……覚悟を決めて貰おう」 振り下ろされる二刀が敵の背中を切り裂く。 「ぅああああああ―――――ッ!!!!」 避け得ぬ太刀筋はフィリウスの白衣をアガットの赤に染め上げた。 無機質な床に敵の血が流れ出す。 それでも、少年はフェイトを燃やしていた。エンペラー・グリーンの炎に包まれる。 「お前らなんかに……!」 虎鐵は少年の身体を押さえつけた。スパニッシュ・オレンジの瞳が鋭い眼光を放つ。 「おぬし…分かってるでござるよな?殺されたくなかったら素直になるでござる」 「何が素直になれだ! くそ! どけよ! どうせ、また……暴力を振るうくせに!!!」 フィクサードは腕を振り回し、先ほど見せたモナルカを撃つ体制を構えた。 少年にとって負けることなど許されないのだ。 刻み込まれた大人に対しての恐怖が心を支配しているから。 「おい……誰がテメェの意見を聞いたよ? いいからとっとと大人しくなれ! 今度はテメェのタマァとんぞ! このド三一野郎が!! テメェを殺すなんざ蚊を殺すよりも楽なんだよ!」 虎鐵は容赦無く愛刀をフィリウスの右肩に突き刺した。 ぐりぐりと傷を広げるように動かせば、少年の瞳が大きく見開かれて行く。 ブチブチと血管が切れる音がする。血が辺に飛び散った。 「う、うう。嫌だ……いやだ」 大人、怖イ。失敗、駄目。失敗、キマイラ。 怖イ怖イ怖イコワイコワイコワイコワイコワイコワイ……!!! 心の折れていく音がする。 少年の思考は既に膨れ上がり、状況の判断すらまともに出来ない。 この状態で、なおも攻撃態勢へとシフトするのだから。 「ううう……やだ、来るな!」 大人は全て畏怖の対象。ネグレクトと暴力。陰鬱で凄惨な記憶。 夢と現実の区別すら付かない思考の混濁。 自尊心の高い子供にとって思考を読み取られる恐怖というものはどれほどのものだろうか。 頑なに自身を守ってきた殻を破られて、少年が知りうる情報が無機質に取り出された。 少年の瞳の色は既に輝きすら失って、思考を再生するだけの人形。 「……リウス、フィリウス!」 名前を呼ばれた。僕の名前だ。何年ぶりだろうか、他人から名前を呼ばれるのは。 左手が暖かい。コイツだれだ。 僕の手を握っているコイツはだれ? 何で、握ってくれるの? 俊介は殺しが嫌いだった。たとえ敵であろうとも助けられるなら生かしたいのだと。 強く想っていたのだ。 しかし、このままでは心が死んでしまう。 いっそそうしてしまったほうが少年にとっては良かったのかもしれない。 けれど、俊介は殺させない。 フィリウスの手を握りしめ名前を呼び続けた。 やがて、小さな手が俊介の指を握り返す。 赤子が母親の指を握るような必死さで、儚く強く握りしめていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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