●あなたに、翼を 1/2 わたしは命を狙われている。 否、わたしの命は狙うまでもなく彼らの手中にある。 この世に生を受けて以来、わたしは外の世界というものを目にしたことがない。 ここは暗闇だ。 電灯こそ眩いばかりに降り注いでも、太陽は厚い天井の向こう側にしかない。ゆえに暗闇だ。 物心ついた時より、この暗闇に生きている。 親の顔も知らず、粗末な食事にだけは事欠かず、漫然と生きている。 先日、わたしより先に生まれた者たちが外へと連れてゆかれた。理解している。太陽を目にする時は、いよいよ以って彼らの生産物たる我々が“消費”される時だと。 誰しも、そう、わたしたちはこの白き翼と共に生まれてくるはずだ。 一生を牢に繋がれているわたしは籠の鳥である。 翼をもがれた飼い殺しの天使である。 いつか羽ばたきたい。 アスファルトでない、生の土を力強く蹴って飛び立つのだ。 現実は非常だ。 日付の感覚さえも乏しい陰鬱とした閉塞空間で、わたしは今日も消えゆく同類を見届けた。 とうとう、わたしの番がやってくる。 現実を呪う。 あれほど見たかった太陽を、この目にする日がやってきてしまった。 無論、希望の欠片もない形で。 どこへ運ばれてゆくというのだろう。 否、知らぬ振りもできまいて。 牢に囚われたまま、揺れる車両の上でようやく目にした青空と太陽は、格子越し。 じっと見つめることのできない、眩き天体。 どれほど高く飛べば、この青空や太陽に届くのか。ああ、せめて一度だけ――。 『あなたに、翼を』 ささやきは告げる。 不思議と、力が湧きあがってくる。 わたしは微かな希望を抱いた。今ならば、できるかもしれない。 激突する。牢の格子に向かい、幾度も身体をぶつけた。痛みなど気にせず、ひたすらに。 あっけなく格子は壊れた。解放されたのだ。 わたしは自由だ! 青空へ、太陽へ。飛べないことはわかっている。それでもだ。わたしは目指さねばならない。 白き翼を今、羽ばたかせて。 ●作戦 1/2 「にわとりが脱走しました」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は湯飲みをすすりつつ、淡々と告げる。 「一ヶ月前のこと、郊外のとある養鶏場より出荷された食肉加工場へ輸送中のにわとり三十羽のうち一羽が高速道路上にてカゴを破り、脱走しました」 一ヶ月前といえば、十二月。クリスマスシーズン真っ盛り。 「ローストキチン、か」 「はい。本来はローストチキンになる運命でした」 通夜のような面持ちの和泉。 「クリスマス食べたなぁー、フライドチキン」 「はいはーい、あたしお昼からあげ弁当ーっ!」 肉食系ビーストハーフの誰かさんが意気揚々とのーてんきに挙手する。 部屋の片隅でガタガタ震えているのは鳥類系のビーストハーフとフライエンジュの皆さんだ。 「じゅるり」 「ちょ、こっち見んな!?」 ●あなたに、翼を 2/2 わたしは自由を得た。 自由とは過酷なれども、素晴らしい。例えくず箱の残飯を漁ろうとも、ひたすらに同じエサを貪るだけの暮らしに比べればよっぽど生きているといえる。 わたしは知識を得た。 読み書きにはじまり、この世界をおぼろげに理解できるだけの知識を得た。 わたしは能力を得た。 今や、わたしたちを“消費”する人間と同じ姿に化けることができる。街中を歩くごく普通の少女であるわたしを、一体だれが消費すべきニワトリだと見破ることができるだろう。 念願が叶い、わたしは太陽の下を歩くことができる。 幸せだ。 わたし一羽がかような幸運な境遇に恵まれたことは同輩に詫びようもない。 生きよう。 強く、生きよう。 少しばかりの月日が過ぎた。わたしは日夜、この身体に力が満ちていくのを実感しつつあった。 ある時、人間に襲われた。 革醒者――わたしと同じく、変革の力を天より授かったものたちだ。リベリスタと名乗る彼、彼女らは正義と称してわたしを排除せんとした。 正義とは、何か。 わたしはただ、自由でありたい。 願わくば、いつか苦楽を共にできる伴侶と巡り合い、子を生して、幸せな家庭を築きたい。 それは彼らも等しく同じなのだろう。 聖夜の夜、フライドチキンのバレルを買い求める一家の姿を見た。本質は変わりないのだ。消費する者、される者。弱肉強食が自然の掟。ことさらに、彼らを恨む気もしない。 漠然と、リベリスタ達の語る正義について共感しつつ、だからこそわたしにもわたしの正義はあるのだと確信に至る。迷いは晴れた。 禁忌の力を解放する。 石となれ。 石化の魔眼によって、次々と勇ましき人間たちは石像と化した。一度や二度は癒し手に回復されるが、最後は全員まとめて石に変えてやった。 無用に恨みを買いたくはない。わたしは石像たちに何もせず、一枚の紙を置いて去った。 『メリークリスマス。その命は、わたしからのプレゼントです』 我が名は石眼霊鳥コカトリス――。 ひとなみに自由を望む、にわとりだ。 ●作戦 2/2 「Eビースト:フェーズ2『コカトリス』は石眼霊鳥というべき石化の異能を誇ります。ある民間リベリスタの一団が過去に戦いを挑み、強力無比な石化により全滅したほどです」 石化。 石化したが最後、自力ではほとんど何もできなくなる。 革醒者の強き意志の力は時に石化を破ることもできる。しかし、それは幸運であればの話だ。解呪の備えなくして戦いに挑むのは、自殺行為だ。回復手など、対策は欲しい。 「石化のみならず、毒も操ります。全ての攻撃行動に石化と猛毒などを含むので、相応の対策を事前にしておくべきでしょう。幸い、過去の戦闘データを得られておりますので、以下に詳細なデータをまとめておきました。ただし、約一ヶ月前の時点での情報である点に留意してください」 コカトリス戦闘報告書。 人間の少女に擬態して行動する。その本性は、禍々しく巨大な鶏だ。どこか竜種にも似る。 知能は高い。人間は人ごみでの戦闘を避ける、と学習している。知識に貪欲なところがあり、定期的に図書館へ出没する。 性質は理知的にして温厚、嫌戦的。己を害するものには猛然と襲い掛かる。敵を殺傷することより、隙あらば逃走することを狙う。 飛翔できるが、長時間は飛べず、また高くは飛べない。飛行時は大きく動きが鈍る一方、地上においては太く逞しい両脚で力強く地を蹴る。その脚爪は大きな武器となる。爪や嘴、羽毛の射出にも石化と猛毒の神秘を帯びている。 もっとも留意すべきは吐息と視線だ。吐息は、即ち石化と猛毒の瘴気だ。近づければ接触をまぬがれず、他の動作に関わらず常時展開されている。ただし、瘴気を吸引せねば効力は薄い。 視線の凶悪さは、体全体の行動と独立している点にある。脚爪で敵を蹴散らしつつ視線で遠くの敵集団を石像に変えるといった芸当ができる。実質的な二回行動だ。命中精度が高く、回避するのは至難の技だ。高範囲・威力ゼロの閃光や小範囲貫通・威力大のレーザーなど複数を使い分ける。盾や剣で防いだ際、石化して一時的に使い物にならなくなった。 既に石化している対象は、さらに石化することはできない。また石材の建物や地形、道具は石化せず、木材や鉄鋼製のものは石化する。 コカトリスの目的は、生存そのもの。 なまじ事件を起こすエリューションより厄介だ。他の目的が無いために隙あらば逃走を最優先とする。足止めor追跡手段を用意すべきだろう。逆に、敵は石化を実質の戦闘不能とみなしており、トドメを刺すことに消極的だ。我々が今生きているのはコカトリスの消極性ゆえだろう。 「報告書の内容を鑑み、今回はサポート要員を2名まで要請できます。 サポート人員は、主に最後列よりコカトリスの石化・猛毒の解除など回復に特化していただくことになるかと思います。最悪、コカトリスに大半が石化されるような窮地に陥っても、サポート要員の方にリカバリーして頂けるかと。 また、コカトリスが逃走・追撃する際、主軸部隊と別動して挟み撃ちを狙うのも一手です。 ただし、サポート要員はいざという時の伏兵です。あくまで後方支援にならざるをえないので、その点についてはご理解ください」 問題は、戦場だ。 現状、未だ事件というものが起きていない。こちらから敵を襲撃する形になるだろう。 「一月下旬某日、コカトリスは宮崎県のとある養鶏場に忍び込みます。 コカトリス唯一の弱点は、孤独なのかもしれません。同類の居ないコカトリスは、自分と同じく革醒した存在を探し求めます。そしてひとつの卵を見つけます。 この卵は、やがて革醒します。しかしエリューションというにも満たず、まだ生まれていません。アークは、この卵を“バジリスクの卵”と名づけました。孵化した場合、コカトリスと対になるバジリスクという強力なEビーストに育ってしまいます。 いますぐ割るのは簡単です。しかし、普段は逃げるばかりのコカトリスに防衛目標を与えることは、我々にとって大きな好機となります。 残酷でこそありますが、ここは心を鬼にして任務を遂行してください」 和泉は淡々とした調子を装うが、どこか言葉に淀みがあるようでもあった。 緊迫感の漂う室内――、が。 「ねー、コカトリスって美味しいの?」 ●いざ宮崎へ 宮崎の養鶏場に向かうべく、航空機に搭乗した貴方たち。そこへワゴンカーを押しながら客室乗務員がやってくる。 「フィッシュorチキン?」 選択の時、迫る。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月27日(日)23:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●石の涙 戦場は、平飼い式の開放鶏舎である。 冬場はカーテンが下りており、尚一層に暗い。放熱遮断と鶏の体温による保温が目的だ。放し飼いほど快適でないとはいえ、一羽ごとが動きまわるだけの空間的余白はある。うす暗く、わずかな照明のみが点いている。 養鶏の海の音色は雑然としていた。 鶏糞の臭いが、一番にこの空間を現実たらしめる。 白き少女は鶏舎の闇へ踏み入る。赤茶の髪に、白いパーカー、フードを深く被っていた。。 生ける白海が割れてゆく。鶏たちは自ら少女に敬意を払い、道を作っていた。 王の道だ。 その終点にバジリスクの卵は鎮座する。普通の卵より二回りは大きく、紋様が刻まれていた。 「……ありがとう」 悠然と闊歩する。 『貴方に、希望を』 少女には、天のささやきが聴こえていた。 「もし、ゆるされるなら……」 一滴の孤独なる雨が降る。地に伝い落ちたソレは、石化の波紋を拡げた。 希望へ。 家族へ。 未来へ。 手を、伸ばそうとした。 ●包囲網 一斉点灯。 まばゆさに少女は怯む。その一瞬のうちに一同は包囲網を築きあげていた。 カラーボールが爆ぜ、蛍光塗料が少女に付着した。 「な、何者……?」 『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)。 『デイブレイカー』閑古鳥 比翼子(BNE000587)。 『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)。 『死刑人』双樹 沙羅(BNE004205)。 『駆け出しリベリスタ』大石・よもぎ(BNE000829)。 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)。 『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)。 一斉に、七名もの革醒者たちが少女を取り囲む。。 『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)は闇にまぎれて入口に陣取り、素早く扉を閉ざす。 『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)。 『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)。 円形包囲陣形の外周では、ふたりの癒し手の少女たちが後衛として控えていた。 十対一。 足元に散らばっていた鶏の海が、逃げ場を求めて隅へ、隅へと散ってゆく。 比翼子は黄色い翼を勇ましく広げ、右脚を高く掲げてツヴァイサーⅠ・Ⅱの刃をかざす。 「ようにわとりくん! あたしは比翼子、きみをやっつけにきた」 「……アークの」 鳥に近しき人。 人に近しき鳥。 交差する、悲痛な眼差し。 「運命《フェイト》って、知ってる?」 「――全て、わたしは理解している。貴方たちリベリスタの正義を、否定はしない」 「同じ世界の生き物として話すよ。……君は、世界の敵なんだ。君のためだけに世界は壊せない」 だからさ、生きるのを諦めてくれないか」 「わたしを愛さぬ世界をわたしは愛してやまない。――けれど、まだ早すぎるんだ」 擬態が、解けていく。 『石眼霊鳥コカトリス』 巨大なる白き竜鳥は、十八尺に渡って双翼をはためかせた。強靭な両脚は、大腿部のみでも人間が両手を広げたに等しい幅だ。 巨大な鶏というより、羽毛を生やした竜に近しい。なにせ鳥類は恐竜の系譜にある。石眼霊鳥の威圧感に、楽観的なムードは消し飛んでいた。 そして世界へ鶏鳴する。 『生きることが、わたしの正義』 比翼子は歯噛みした。全身の骨子や血流、神経系に至るまでを最適化。トップギアに至るために比翼子の心臓は爆発的に血流を巡らせる。黄色い翼が、淡い輝きを帯びて金色と化す。 (この子が何千万といる鶏のうちの一羽だって事くらい……) 過剰な体熱が、滲む涙さえ揮発させた。 「わかってんだよ! そんなこと!!」 各自の一斉攻撃がはじまる。 消える。比翼子は垂直に跳躍、天井を蹴った。縦に回転、電動カッターのように強襲する。 見切られた。コカトリスは首をスウェーバックさせ、的確に避ける。 「しまッ」 『……石海』 灰色の瘴気が速やかに拡散する。 石化と猛毒の吐息だ。それは広範囲に及び、近づくもの全てを瘴気によって蝕み、無力化する。 比翼子は瞬時に石化、無力にも半ば石像と化して地に落ちた。 包囲陣形が災いした。 前衛七名全員が灰色の瘴気の海に呑まれてしまう。距離を取る他、回避方法がないのだ。竜一、リリが成す術なく石化する。ガスマスクを装備していた佐里は咳き込みつつも健在だ。 戦術上の大きなミスだ。敵の包囲を意識するあまりに、最大の脅威のひとつである吐息を失念していたのだ。その致命的失策は、すぐに大きな代償を要求する。 沙羅、ユート、よもぎは呪い無効の異能を活性化、石化をまぬがれていた。 「残念でしたね、万全の用意は乙女の嗜みです」 「ああ、君が喰われる側ならボクは喰う側だよ。得意の石化はボクらには利かな――」 が、竜鳥は俊敏に地を蹴り、更に天井を蹴る。 「なっ」 背後に陣取る沙羅を“一番脆い”と見抜き、竜鳥は強烈なオーバーヘッドキックを見舞っていた。とっさの防御も間に合わない。たったの一撃で完全に意識を喪失した。 その蹴撃の最中、さらに石眼へ光輝を集束させて熾烈な石化レーザーによってよもぎを撃ち抜く。油断。石化と毒の無効による安心感が、大きな隙を招いていた。石化も毒も効力はない筈が、純粋な魔光の威力のみによって、よもぎは大地に伏した。 ――時間にして、わずか数秒足らずの攻防。 石化三名、戦闘不能二名。半数が、一瞬で沈黙したのだ。 コカトリスの卓越した判断力は、沙羅とよもぎの油断と力量を見抜いていた。 『貴方たちは少し、無防備すぎます』 ●戦線崩壊 包囲陣形は、あっけなく瓦解した。 卵の死守。これは絶対だ。 前衛で立っているのは、ユートと佐里だけ。その佐里でさえ明らかに動きが鈍っている。 既に堅守の煌きを纏っていたユートは大盾を掲げ、立ち塞がる。 「ブレイクフィアー!」 紅のナイフを天にかざす。神々しき光が竜一、比翼子、リリの石化を解呪せんとした。しかし解放されたのは竜一のみ。 「くっ」 「っぶね! アーク本部の広場にオレの石像が飾られるとこだったぜ」 「……や、ねーよ」 復帰した竜一は飄々と二刀を構える。 「しかし参ったな……唐揚げと焼き鳥とフライドチキン、どれがいい?」 「てめぇ、んなこと言ってる場合かよ」 「……ああ、確かに。吐息《カトプレパス・メランコリー》の攻略手段を考えないとな」 「あ?」 唐突な中二病的言動は、裏返せば竜一が真剣な証拠だ。 石海は常に竜鳥を護り、近づく者を拒絶する。 天元・七星公主。漆黒のリボルバーが撃ち出した弾丸は、何百という鳥の式神に化け、鉄砲水のごとくコカトリスを鳥葬する。――はずだった。 「なぜじゃ! なぜ決まらぬ!」 宵咲 瑠琵は焦った。命中すれども手ごたえ薄く、二度とも凶運を刻み損ねている。 足元では苛立たしいことに大挙を成して押し寄せた鶏どもが蠢き、集中を乱される上、足場が不安定化していた。さらに石化の吐息が滞留することで遠方からは視界がやや不鮮明になっている。そのために一度目は大きく仕損じた。が、それだけか? 「……まさか!」 瑠琵はハッとした。コカトリスは巧みに、石化した比翼子やリリ、また他の前衛陣を障害物として射線軸上に置くよう回避行動を行っていた。そのため瑠琵の狙いに無意識の狂いが生じていたのだ。これもまた包囲陣形の弊害。十対一。その不利を、敵は知略ひとつで覆す。 「コトリめ、もはや籠の鳥でないということか」 不敵に瑠琵は口緒を吊り上げた。 「故に食べ頃ぞ」 「おまたせ!」 ワンドが天を突き、光輝した。 アリステアによる翼の加護だ。ようやく鶏の招く劣悪な足場問題が解消される。 「その傷も痛みも、全て癒しましょう…」 詠唱、聖神の息吹。櫻子は魔杖ディオーネーを掲げ、煌く癒しの風を招いた。比翼子、リリの石化が解けてゆく。 回復の手立ては厚い。この点においての対策は十全だ。二人の癒し手、一人の護り手。三者を欠いて戦線の維持は不可能だ。幾度となく石にされようと、幾度となく治せばよい。 「こか、こけとりす……? あれだけ健康的に動き回っていると、絶品の美味しいフライドチキンになってくれそうですわぁ」 黒猫の尻尾がふわんふわんと躍っている。 ゆるいおとぼけさんの櫻子。そのマイペースさは劣勢にも不変だ。 「ぷぁ! はー、死ぬかと思」 「あ、おかえりなさい、ぴよとりすさん」 「ひっ! なにその名前間違い! あたし親戚ちがうよ!」 にこりと零す笑み。薄闇の中、櫻子の緋と蒼の双眸はキラキラ輝いていた。 ●少年 意識がさざなみを漂う。 ――双樹 沙羅。 少年の原点の一つは、嫉妬だ。 『弱者不要、返回的家沒有』 武術家の子に生まれて、功夫を積み、大成せんとする。家族に見捨てられまいと幼くして努力を重ねてきた沙羅の全ては、決別の言葉と共に無に帰した。 失意の中、沙羅は大陸を追われて日本に渡る。たったひとり、夢破れて孤独に生きる。荒み、暴れ、妬む。驕れる強者をいつか蹴落としてやると願い、遠く及ばぬ現実に葛藤する。 革醒者として目覚めた時、ソレは大きな転機となった。凡百の人間を越えた超人の領域だ。 見返せる! ボクを蔑ろにしてきた、あいつらをだ! しかしアークに属した沙羅は、不幸な出会いを果たす。 “仲間”という名の、別次元の強者たちに。 常人の領域を脱したはずの沙羅は、革醒者の領域においては名も無き底辺の存在。そしてこの世界はボトム・チャネル。底辺の世界の上澄みの底辺。それが自分だと知ってしまった。 ――絶望するには、もう絶望し尽くした。 強者の壁など穴が空くほど見つめてきた。なんだ、今更か。 我は妬み、嫉み、羨み、渇望する。 闇の中でこそ、掴める光があるのだ。そう信じて、手を伸ばす――。 「悔恨! 真的令人懊悔!」 運命を代償に、沙羅は再起した。時同じくして、よもぎも意識を取り戻す。櫻子の聖風がタイミングよく、二人の負傷を癒してくれた。 「驕者不久、不驕又不久――!!」 牙を剥き、餓狼の如く沙羅はコカトリスへと吠えた。鬼気迫る形相に、よもぎは絶句する。 沙羅が許せないのは自分自身だ。弱者から強者へと成り上がることを望んでいた沙羅が、己の能力を過信し、驕った。世の中は喰うか、喰われるか。弱肉強食だ。 自分が弱者でないと、いつ錯覚したのか。弱者が強者を下す愉悦は、強者が弱者を虐げる快楽をも凌駕する。 逆転する強弱。 反転する貪欲。 沙羅は今、餓狼の境地に回帰した。 「咬死《ヤオシー》! 咬死! 咬死ィッ!!」 竜鳥の背後を狙い、喰らいつく。吸血だ。包囲陣形の利点は、必ず後方が死角になること。竜鳥は脅威を感じる相手を視野に置くために、必ず沙羅やよもぎに注意力を分配しきれない。 背中に馬乗り、図太い首筋に咬みついた。神秘を纏った歯牙は深々と突き刺さり、血と生命力を吸い上げる。会心の一手だ。 「今です!」 振り払おうとする竜鳥の動きを、よもぎの弓矢が牽制する。 好機だ。 「結城さん、これを!」 佐里が竜一へ投げ渡したのは自らのガスマスクだ。 「いいのか?」 「こんな時のサポートです、さぁ早く」 「オーライ!」 竜一は二刀を構えて大きく地を蹴り、飛翔する。瑠琵がすかさず援護する。 「よい喰らいつきっぷりよなぁ、沙羅! これではわらわも旧き吸血鬼として一発決めねば立つ瀬があるまい!」 式符・千兇、二連射。 二重の鳥葬は、大洪水を織り成した。その濁流の遥か上、天井を蹴って再び比翼子も二刀と舞う。 「今度こそ!」 「ローストチキンだッ!」 竜一はガスマスク越しに烈震の雄たけびをあげ、偽・雷切に極限まで闘気を込めて迫る。 三者が一斉に強襲した。 千兇は翼を、爆斬は胸を、舞剣は頭を。凶運と崩壊による災いが連鎖的に混乱と致命を招く。 轟沈。 石眼霊鳥コカトリスが沈みゆく。 ――が、だ。 仰け反ったコカトリスは猛然と暴走した。撃滅に至るには、これまでの負傷が浅かったのだ。 『石眼閃光』 壮絶な金色の眼光が、全てを灰色の世界へ塗り替えてゆく。鶏も、鶏舎も、武器も、自分以外のすべてを。それは一切の痛みもなく、速やかに戦場を沈黙させた。 竜一や比翼子のみならず、後衛の瑠琵や櫻子までも――。 無事なのは沙羅、よもぎ、ユート、そしてアリステアだけだった。 「え?」 隠れるべき物影があったわけではない。彼女を、比翼子の陰へ置くことで庇っていたのだ。 「ひ、比翼子ちゃん……!」 アリステアは力強く立ち上がって、杖を手に詠唱を再開する。 いつものように、みんなと一緒にアークへ帰ろう。そう願いを込めて。 「お前……!」 ユートは驚愕した。バジリスクの卵は石くれに変わり果てていた。混乱そして“凶運”に拠って。 己が欲した家族を、コカトリスは自らの手で失ったのだ。 「――いいさ、例え石コロだろうと無駄にはしねえ。 この歯で噛み砕いて、胃袋で溶かしてやるよ」 ユートの浄化の光は、しかし石化した鶏たちや卵までをも戻すことはできなかった。 たったひとり、王は孤独に鶏鳴する。 ●追撃戦 自陣が立ち直るのにはまた時間を要した。 それは短くも長く、コカトリスが正気を取り戻すまでの猶予を与えてしまった。 暴れ狂うコカトリスの攻撃は熾烈だ。最大の武器である知力を失っても、見境のない石化羽毛の暴風や石眼によるレーザーなど凶悪さはかえって増大していた。おそらく、これまでは同族である鶏たちを案じて的確かつピンポイントな攻撃に限定していたのだ。混乱が、全体や範囲といった禁じ手を解禁させた。 混乱時という好機は、有力な攻撃手に欠き、耐え凌ぐべく防御的行動や石化解除と回復に専念したがために失われてしまった。 『わたしの、希望が……』 絶望する竜鳥。 十人ともに健在なれど、包囲陣形は不完全なまま。竜鳥の次の一手は、逃走あるのみ。 動いた。 レーザーによって天井を切りぬき、跳躍して体当たり。鶏舎の外へ脱出せんとする。真上に逃げるなど予想できようか。否。 「待って!」 アリステアは杖を弓に見立て、不可視の弦を引く。神秘の弾丸が、翼を射抜く。だが浅い。佐里のトラップネストも間に合わない。 「追いかけなきゃ!」 天使は白き翼を羽ばたかせた。 「はいよーシルバー!」 竜一は白馬をリロード、疾駆させた。 一帯は人もまばらな農業地帯、コカトリスは地上の国道を一心不乱に逃走する。あまり長引けば、街に到達する。幻想殺しで擬態を暴いても、陣地作成もなしに天下の往来での交戦は危険だ。 「みなさんこちらへ!」 リリは巧みにハンドルを裁き、コーナーリングをこなした。荷台には一同が乗りこんでいる。 加速、加速、加速。公道上の限界速は、とうに越えている。全員が集中を計り、その瞬間を待つ。 コカトリスの走力は驚異的だ。脚への負傷が無いせいか。 川沿いの道。 竜鳥が大きく跳躍、川を跳び越えてしまった。 「みなさん、飛んでください!」 リリへ向かって突撃、河川敷で車両ごとジャンプする。八名が翼の加護を頼りに車両を宙吊り、慣性の法則によって勢いで無理やり渡りきった。車道に復帰、再接近する。 「これで終いじゃ! 往生せよ!」 瑠琵の黒銃が手品のごとく、鴉を吐かんとした。 直後、緊急カーブに大きく揺さぶられる。後続は機を逸した。街に近づき、交流量が増えたがために車両とぶつかりそうになったのだ。 「すみません!」 「よい! それより――!」 鴉は命中。しかし怒りを買うに至らず、逃走は続く。挟み打つように橋を迂回した竜一が迎え撃つ。 眼光一射。 「出会いさえ違えば、羽毛もふもふ出来たろうに……いや、もはや語るまい!」 ブロードソードで防ぎ、疾風居合い斬りを返す。絶妙な一撃。左翼が付け根から切り捨てられた。 路上を転がる左翼をトラックがかわす。 「っ!」 その刹那、急減速したコカトリスは車両を激烈に蹴たぐり、川岸へ横転させた。 その隙にコカトリスは市街へ辿り着く。仕留めるには未だ及ばず――。 ●終劇 十名は市街地の中を行く。コカトリスの擬態した少女は左翼を失い、流血し、ペイントも付着している筈だ。裏通りを中心に捜索がはじまった。 「鷹の目よ」 よもぎはイーグルアイを用い、高所より市街を索敵した。しかし遮蔽物が多く、見晴らしも悪い。 「姉さん、私は……」 刻一刻と時間の過ぎ行く中、よもぎは己が無力さを実感させられた。 「見つかりませんのね、こけとりす」 櫻子の追っていた血の痕跡は、途中で途絶えていた。 瑠琵は唐揚げを買い食いして憂さを晴らしていた。 「仕損じたか。追跡の手を拡充させるべきだったか。……今更よな。それに卵までコトリの手に渡ってはおらぬ、痛み分けじゃ」 「……コトリ?」 「こけとりす?」 そんなふたりを、というより唐揚げを、リリはなぜか羨望の眼差しで見つめていた。 「――まずいな、石の味しかしねえ」 「同感」 二つに割った石化した卵を、ユートと沙羅は豪快な音を立てて噛み砕く。 「……生きたいと願いことは、罪ではないのにね」 慈愛心に満ちた少女はひとり黄昏る。 ――完全に撒いた。 コカトリスは建物の陰、闇の中で蹲る。失った左翼は、果たして蘇るのか。 翼をください。 そう願った彼女は、今や片翼をもがれて飛び立つこともできない。 「正しいんだ。わたしも、彼らも。――だけど」 憎悪の卵が胎動する――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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