● 「……酒が切れたか」 ユゼフは薄汚い寝床の中で目を覚ますと、酒瓶を逆さまにして叩いてみる。しかし、一滴も酒は出てこない。この国では新年の祝いとかで騒がしかったが、自分にはおよそ関係無い。とにかく酒が無ければ始まらない。 フケまみれでぼさぼさの白髪は、すっかりくすんでしまっている。全身からもくたびれた雰囲気が伝わってくる。しかし、その下にある肉体は研ぎ澄まされ、彼が歴戦のフィクサードであることを示している。 しかし、すっかりアルコールに依存し切っているのも事実。 酒が切れると困る。 幻覚が見えて、幻聴が聞えてくる。 死んだはずの恋人や仲間が呼ぶのだ。何故お前は生きているのかと。 聞きたくも無いオーケストラが聞えてくるのだ。お前は見苦しく生き続けろと。 ほら。真っ当に思考を働かせると、すぐこれだ。いやだいやだ、酒だ。酒をくれ! 「おい、爺さん。しっかりしろ。また酒が切れたのか?」 「……てめぇか。あぁ、酒が切れたんだよ。酒が切れたのさ。金、貸してくれよ」 のた打ち回っていたユゼフを、いつの間にかやって来た男が止める。日本に逃げて来てから知り合った神秘界隈の犯罪者――有体に言ってフィクサードの1人だ。色々と仕事を斡旋してくれる男でもある。 「安心しろよ、仕事の連絡だ。オークションのために美術品を運ぶ車があってな。そいつを襲撃するのを手伝ってもらいてぇんだ」 「……そいつは助かる。で、前借りは出来るか?」 ユゼフの無心にフィクサードは嘆息をつくと荷物を開く。依頼する度に、酒を切らしていて暴れているのはいつものことだ。 「全く、腕利きで鳴らしたリベリスタ様が酒のために犯罪とはねぇ」 「……そんな昔のことは忘れちまったよ。忘れちまったさ。そんなことより、今は酒だ」 そう、昔は『白の鎧盾』なんて所でエースだのなんだの言われていた気もするが、そんなものは気のせいだ。「世界を護るのが自分の使命だ」とか言ってた気もするが、そんなことは無かった。 ユゼフは一事が万事、そんな調子だ。 一言目には酒、二言目には金。 元は世界のために命を懸けて戦うリベリスタだったのだが、『楽団』との戦いで全てを失って以来、こんな調子だ。もっとも、フィクサードの男にとってもそれはどうでも良い話。彼にとって重要なことは、ユゼフが主流七派の腕利きにも劣らぬ実力者ということだ。 「そうかい。でもまぁ、もうちょい身の回りに気を付けた方が良いぜ。『六道』の大暴れは終わったが、『黄泉ヶ辻』の連中は変な動きをしてる。いっそ、海外に逃げた方が良いかもな。『楽団』の連中も……」 「俺の前で……奴らの名前を出すな!」 そして、フィクサードの男が世間話をしようとした、正にその瞬間だった。 血走った眼をぎらつかせて、ユゼフがフィクサードに掴みかかる。 今まで無気力だった男とはとても同一人物とは思えない。 男は自分の失敗に気付き、首を絞められながら、自分の持ってきたワインの瓶を気糸で壊す。 「酒が!?」 酒の匂いに気付いたユゼフは、慌てて毀れた酒を舐め取りに走る。 解放されたフィクサードは咳き込みながらようやく立ち上がった。 「けほっけほっ。ひでぇ目にあった。おい、爺さん。大丈夫だろうな? 噂のアークって厄介な連中が相手かもしれねぇんだけどな」 ユゼフの狂乱っぷりに不安を隠せないフィクサード。 そして、ユゼフはワインの残った瓶を愛おしげに撫でながら笑った。 「安心しろよ。あぁ、安心しろ。何が相手だって、金がもらえるなら……酒が飲めるなら戦うさ」 ユゼフがリベリスタだった頃からそうだった。 戦えと言われた奴と戦えば報酬がもらえる。その報酬がどんな形だったかはさておいて。 リベリスタだろうとフィクサードだろうと、そこに違いは無い。 ● 正月らしさもすっかり抜けて、忙しくなってきた1月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。あんたらにお願いしたいのは、フィクサードの撃退だ」 守生が端末を操作すると、地図が表示される。とある道路の一角だ。 「とあるフィクサードのチームが、美術品強盗を企んでいる。オークションに出品される予定の品の輸送ルートを突き止めて、そこを狙うらしいな。あんた達にはそいつらがやって来るルートで待ち伏せをして、撃退してもらいたい」 地図で表示された場所は待ち伏せのポイントが示されている。ここを強襲すれば、確実に撃退できるのだろう。もっとも、相手も素直に不意打ちはされてくれないのだろうが。 「相手の実力はどこまでも高いわけじゃない。落ち着いて対処すれば、難なく撃退できるはずだ。ただ、こいつには気を付けてくれ」 守生が画面に表示させたのは1人の白人男性だ。老人と呼べる年である。しかし、リベリスタ達には並みならぬ実力を感じさせた。 「こいつの名前はユゼフ。元はポーランドのリベリスタ組織『白の鎧盾』に属していたリベリスタだ。もっとも、噂に聞く『混沌事件』以来、悪事に手を染めるようになり、今じゃすっかり金で何でもする男になったらしい」 『混沌事件』と聞いて、リベリスタ達は眉を顰める。 現在、日本にやって来て密やかに動くケイオス・“コンダクター”・カントーリオが50数年前に起こした事件だと聞く。 「元はフィクサードに家族を殺され、復讐のためにリベリスタになったらしいんだがな。この一件で完全に心を折られてしまった、ってことらしいぜ」 わずかながら言葉を選びつつ守生は説明を続ける。 ユゼフの家族を殺したのは、よくある犯罪にE能力を用いるフィクサードだ。そして、戦いの中で仇を打つことにも成功したらしい。しかし、『楽団』との戦いはそのような甘いものではなかった。ケイオス・“コンダクター”・カントーリオのおぞましい組曲は、復讐を乗り越え、幾多の戦いを超えてきた戦士の魂をも打ち砕いてしまったのだ。 これは決して、アークのリベリスタ達にとっても他人事ではない。あるいは、このユゼフと言う男の姿は、未来における自分達の姿かもしれないのだから。 「説明はこんな所だ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月27日(日)00:16 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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● 「俺の怒り、受けとれぇ!」 「行こうぜ、ユゼフ。あんな奴らに、あの街をやらせるもんかよ」 「あぁ、ヘンリク。『白の鎧盾』の力を見せてやろう」 「エレナ……俺は、必ず君を護る」 「ユゼフ、愛してる……」 これは在りし日のとあるリベリスタ達の姿。 この数日後から始まったのが、近世の神秘史におぞましく名を刻む「混沌事件」。 勇者の勲しも温かな思い出も、全ては「混沌組曲」の彩りに過ぎない。 喜劇があるから、悲劇は彩られる。 希望こそが絶望を輝かせるのだ。 ● 「そこまでだぜ、フィクサード」 「ゲッ、アークの坊さんかよ!」 『てるてる坊主』焦燥院・フツ(BNE001054)のでかい声が、夜の工事現場に響き渡る。 その姿を見て、リーダーのネズミビーストハーフは縮み上がる。よくよく見れば、歴々たるアークのリベリスタが並んでいるのだ。当然、極東で情報収集をつぶさに行う以上、『アーク』の性質も能力もよく分かっている。しかし、これはあんまりだ。 リベリスタ達の待ち伏せは見事に成功した。 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)のE能力で、フィクサード達の動向は完璧に把握されていた。遮蔽物が多い環境もリベリスタにとっては幸いだった。リーダーの生まれ故に完全な不意打ちを突くことは出来なかったが、十分に距離を詰めることには成功した。 「目標物はこの先だぜ? だが、抜けるモンなら抜いてみろっとな」 ゆらっと影が動いたかと思うと、リーダーの前に『やる気のない男』上沢・翔太(BNE000943)が立ち塞がっていた。一見するとぼーっと構えた、油断だらけの動きにも見える。しかしその実、いかなる角度から打ち込まれても反応が可能な自然体だ。相手の動きには誰より早く反応出来る。 「へっ、気にすることはねぇ! あのアークを出し抜いたとなれば、大金星よ!」 そう言って、フィクサードの1人が詠唱を始めた、正にその時だった。 上空から風のように何かが降ってくる。 「う、うわぁ!?」 「ただの強盗団とその雇われ、ただのクズ共か」 風の正体は『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)だ。 彼にしてみれば、壁も天井も地面と大差ない。 むしろ、建設中の工事現場はあちらこちらに壁や柱が存在するのだ。これ程、動きやすい環境など、早々あるものか。 「潰してやるぞ、フィクサード共!」 カルラの瞳に憎悪の炎が灯る。 フィクサードを憎む心こそが彼に戦う刃を与えた。 その尋常ならざる気配にたじろぐフィクサード達。 「おい、爺さん! 頼むぞ、こんな時のために金払ってるんだからな!」 「あぁ、分かってるよ。分かっているさ……」 リベリスタ達が並みの相手でないことを見て取ったリーダーは、仲間に声を掛ける。 すると、1人の老人がゆっくりと歩を進めてリベリスタ達の前に立つ。 体を覆っているのは、兜を外して適度に軽量化を図った西洋甲冑。元は白だったのだろうが、すっかり汚れくすんでしまっている。その胸には何かが刻まれているが、汚れてしまってよく見えない。 見た目にはリーダーが頼みにするほどの実力を持っているようには見えない。しかし、この騎士槍と盾を構えた老人が実力者であることをリベリスタ達は『万華鏡』の予知で知っていた。そして、その情報が真実であることを、実際に顔を合わせることで悟った。 「白の鎧盾……混沌事件で滅びたというリベリスタ組織。……生き残りが、居たのですね」 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は驚きの声を上げる。実際に目にしてみると違うものだ。既に70を過ぎた老人のはずだが、実力相応の気配を持っている。 そして、それ以上に彼女を恐怖させたのは、ユゼフ自身の在り方だ。彼女の両親はいずれも革醒者。そして、最後まで「護る」ために戦い、そして散って行った。しかし、全てを失った目の前の老人は、護ることに絶望した男なのだ。しかも、彼が辿って来た道のりは、自分のそれに近い。 そこまで想って、ユーディスは首を振ると、槍を持って作戦通りにフィクサードに切りかかる。まずは目の前の戦いにこそ、集中しなくてはいけない。 「混沌事件の生き残り。未来の姿か。私はそんな未来に興味はないな」 似たような逡巡が『玄兎』不動峰・杏樹(BNE000062)の中に無かったとは言わない。しかし、そんなものは乾いた弾丸の音と共に吹き飛ばしてしまう。自分がこの先どんな道を歩むことになるのかは分からない。だが、はっきりしているのは、この理不尽な世界を作った神様をその内ぶん殴ってやる未来。それまで、自分が倒れるはずなど無い。 黒と赤に染められた拳銃が火を噴くと、後ろにいた術者が倒れる。 そもそも、防御が得意なタイプではないのだ。 「1人やられた位で!」 しかし、フィクサードの戦意は旺盛だ。 剣を構えた男がリベリスタ達に向かおうとする。 その目の前に、巨大な鎧がぬっと姿を現わす。 いや、鎧がひとりでに歩くはずは無い。 そう、『さまようよろい』鎧・盾(BNE003210)の他に、こうした芸当が出来るものはおるまい。由緒はともかくとして、これでも立派なリベリスタである。 「ここから先へは行かせんぞ」 踏み込みから放たれるフィクサードの強烈な一撃。 しかし、盾は大地を踏み締めると、自らの鎧を信じて真っ向から受ける。そして、今度は逆に勢いを付けたまま槍を突き出した。いや、叩きつけたと言っても良いだろう。それ程の強い衝撃。フィクサードと盾の打ち合いが始まる。 その激しい打撃音の横で、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はユゼフと睨み合っていた。ユゼフはリーダーを庇うような動きだ。リーダーがやられたら、金を払う場所が――つまりは奪った美術品の流す先が――無くなるのだ。当然の動きと言えるだろう。 「お前の相手はアークの新田快が請け負う。ユゼフ。元「白き鎧盾」のリベリスタ」 「……人違いじゃねぇのか? 人違いだ。俺は何処にでもいるフィクサードだよ」 窪んだ眼で快を睨むユゼフ。 すっかり全身をアルコールに毒されているのだろう。不健康そうな顔を見れば分かる。 (俺がもし心折れたら、ああなるのかもしれないな) 快は思わず自分自身を重ねてしまう。 同じクロスイージスとして、世界を護るために戦ったものとして。守生が感じていた通りに、ユゼフの姿は未来の自分の可能性と言えよう。 そして、ユゼフは快の心中を知ってか知らずか、じっと快を睨んでくるだけだ。それでも、リーダーを狙うリベリスタ達に淡々と的確なカウンターを返してくる、この上ない鉄壁だ。 (なるほど、こりゃ普通に戦ってりゃ崩せないか) 『紅炎の瞳』飛鳥・零児(BNE003014)は冷静に戦局を見ていた。 もちろん、あの元リベリスタが強靭だったとしても、いずれ限界はあるだろう。フィクサードである以上おのずと耐久度に限界はあるし、向こうに回復役はいない。しかし、それはこちらも同じこと。だったら、短期決戦しかあるまい。 鉄の塊にしか見えない大剣を持ち上げる。 その胸に去来するのは、革醒したあの日のことだ。 何故あの日、命を繋ぐことが出来たのか。この機会のような体を手に入れてから、それを考えない日は無かった。いつも辿り着く、たった1つの答えは、この世界と人々を護ること。 今はその僅かな命の猶予期間。 だから、この鉄塊を背負って走る。 「リベリスタとは死ぬ事と見附けたり、なんてな!」 破壊のオーラを纏った鉄塊は暴れ狂い、フィクサード達を薙ぎ払っていくのだった。 ● 戦いの様を評するのなら、乱打戦といった所か。 互いに遠慮する事無く、攻撃をぶつけ合っている。 若干、リベリスタ達の方に分はあるが、このままでは結果がどうなるか知れたものではない。 そこで、快は相手に揺らぎを与えてみることにした。 「おい、ユゼフ」 「違うって言ってるだろ……」 「折角逃げ出してきたのに楽団が来日とは、運が無いね 「!?」 快の言葉に、ユゼフの表情がみるみる変わって行く。 それを見て、リーダーもやばいと判断する。 「お前……俺の前でその名を口にするな!」 その変貌たるや凄まじかった。今までは無気力ながらも、冷静に攻撃を捌く戦士であった。それが一変、暴力を撒き散らす獣に姿を変じて、快へ引導を渡すべく襲い掛かる。 楽団 ケイオス 死者の群れ 思い出してはいけない言葉が、思い出してはいけない光景が、ユゼフの頭を駆け巡る。 その爆発しそうな意志と共に叩きつけられた一撃は、敢然なる戦士を揺るがせるに足るものだった。 「さすがに、やる……!」 そこへリーダーが作り上げた赤い月の光が差し込み、リベリスタ達の力を奪っていく。 しかし、それでもカルラの戦意を、憎悪を奪うには足りなかった。 「この程度で勝てると思うな、クズ共!」 赤い光が照らす中、悪鬼のような表情でカルラは叫ぶ。 「敗北で折れる信念なんざ、ただのかっこつけだ。敵の強さが異常なほど。その暴力が理不尽であればあるほど。憎悪は、怒りは、膨れ上がって力になんだよ……!」 「信念なんざ思い込みだ! 思い込みなんだよ! 憎悪も! 闘志も! あいつらの前では無駄なんだよ! 殺したいほど憎い相手を斬るはずの刃で、何よりも守りたい奴を殺し続ける、何も守れない絶望が分かるか!」 一転して大声を上げて暴れまくるユゼフ。 入ってはいけないスイッチが入ってしまったようだ。しかし、それはカルラも同じこと。 心の底に仕舞いこんだフィクサードへの憎悪が、際限なく溢れ出してくる。 「元リベリスタだろうが、フィクサードの事情なんざどうでもいいさ。楽団も! てめぇらも! 潰す! 砕く! ブチ殺す!」 「絶望だと? 笑わせてくれる」 ユゼフの叫びを盾は鼻で笑う。 「そんな事ならさっさと逃げれば良いものを……くだらんな」 盾は知っている。 世界の真理は無常。 鎧も盾も何かを護り、汚れ、傷つき、いずれは朽ちてゆくものだ。 それを知っているからこそ、盾はいつか来る自分の滅びを覚悟して、その時まで何かを護り続ける。 「目を覚まさせるなんて温い事は言わんよ。この場でそのまま朽ちて消えるがいい」 「知ってるよ、知ってたさ。でも、俺は夢見ちまったんだよ。夢なんか見なければ、俺は幸せだった! 苦しまずに済んだんだよ!」 その時、叫ぶユゼフの動きが急激に鈍って行く。 気付くと地面には陣図が描かれ、フィクサード達の動きを束縛していた。 陣図の先には赤い魔槍を大地に突き立てたフツの姿がある。 「ユゼフ、お前のためにオレがやれんのは、祈ってやることだけだ」 フツが念を込めると、フィクサード達の身体から力が抜けて行く。これぞ、インヤンマスターの秘儀、陰陽・極縛陣。 さらに、フィクサードへの攻撃は留まらない。 そこへ現れた赤い月が、再び戦場を照らし上げたのだ。 赤い月を背に、アンジェリカはユゼフに語りかける。 「ボクもこの地で”楽団”と戦ったよ。二回対峙して二回とも負けた。それでもボクは彼らと戦うよ」 それは小さな少女が掲げる世界への宣戦布告。 『楽団』は歌を、音楽を、アンジェリカが大切にしてる物を死者の尊厳を穢す事に用いる。だから、何があっても戦い抜くと誓った。足をもがれたら這ってでも、腕をもがれたら噛み付いてでも戦う。 「ボクはボクの誇りである音楽を穢した奴らを許さない!」 「それは……違うんだよ、嬢ちゃん」 動きを封じられて、ユゼフの言葉が落ち着く。 「俺は『楽団』と戦ってるつもりだったんだ。だけど、俺が戦ったのは、決まって、俺が一番守りたかった奴ばかりなんだよ……」 それこそ、『楽団』の真の恐ろしさと言えるだろう。 『楽団』の脅威は個々のフィクサードの戦闘力に無い。『楽団』が使役する死体にある。無尽蔵の兵力を相手に戦い続けなくてはいけない。しかも、途中で犠牲が出たらそれは単なるマイナスではなく、『楽団』にとってのプラスなのだ。 守るべきものと戦い続けるそれは、肉体だけでなく精神を果てしなく削り続けるものである。 そして今でも、その罪は心を苛んでいる。 「ユゼフ……忘れた振りをして酒精に溺れるのは、本当は何も忘れられないからでしょう?」 ユーディスは何となく戦いの中で悟っていた。 「白の鎧盾」を滅ぼした指揮者は、想定しない事態を嫌う。それがこれ程の取りこぼしをするなど、考えられない。であれば、考えられる事態は1つ。彼は生き残ったのではなく、生き残らされたのだ。「混沌組曲」の素晴らしさを、彼は生き続ける限り、人々に見せつけることだろう。 「『白い鎧盾』なんて知らねぇ……エレナ……ヘンリク……赦してくれ……」 ユゼフは頭を抱えて、見えない何かに向かって謝罪の言葉をつぶやき続ける。 彼の眼には見えない何かが映っているのだろう。 「言いたいことは分かるけどな」 つかつかと杏樹はユゼフに近寄ると、その面を思いっきり殴りつける。 「今のお前を見たら、仲間はなんて言うだろうな。幻覚が何を言おうと、それはお前自身の逃避でしか無い」 「あぁ、分かってるよ。でも、でも、俺は……」 そこまで言うと、ユゼフはへたり込んでしまう。 戦意は完全に削がれてしまったようだ。そこへトドメを刺そうとするカルラをフツが手で制する。 「おい、爺さん! クソ、役立たずが!」 吐き捨てると、リーダーはまだ立っている戦力を集めて突破を試みる。 まだ輸送車には間に合う。 輸送車を奪ってしまえば、E能力を利用して逃げ切ることが可能だ。 しかし、それを許すリベリスタはこの場にはいない。 「だからさっきも言っただろ?」 いつの間にやら翔太はリーダーの背中に立っていた。 そして、その手に持っていた剣を鞘に納めると、リーダーの身体から勢いよく血が噴き出る。 「抜けるモンなら、ってさ。悪いがここって通行止めなんだよね」 ● アンジェリカは千里眼の能力で、輸送車が走り去るのを確認すると、ユゼフに向き直る。 もう、互いに戦う必要は無い。 「辛ければ逃げてもいい、心折れても誰かがそれを責める事なんて出来ない」 ユゼフはその言葉を聞いて黙っている。他のフィクサード達は逃げ去ってしまった。 「でも、誇りだけは失わないで。それを失ったら、人は人で無くなってしまうから」 アンジェリカもユゼフが全てを失ったのはよく分かっている。それでも、失ってはいけないものがある。そして、何よりも誇りを取り戻してくれればいいと、そう願わずにいられない。 「誇りなんて……アイツらの前じゃ、何にもならねぇよ、ならねぇさ」 「アークを嘗めるなよ。例え死んでも仲間を道連れにしようなんて言わない。それともお前の仲間はその程度の志も無い奴らだったのか?」 杏樹の言葉は厳しい。 彼女は『楽団』を恐れていない。 自分達の積み上げてきたものは、そんなものに屈さないと信じている。 「止めろ、思い出させないでくれ……。アイツらは、俺の仲間達は……」 「なら、見てから決めればいい。楽団は潰してやる。お前の仇は私たちで晴らしてやる」 そう言って杏樹は背を向けて去って行く。この場に倒すべき敵は残っていない。何よりも、『楽団』を倒す理由が1つ増えた。 「心の剣も折れたのなら、見ていなさい。私達は……この悪夢を、振り払ってみせる」 ユーディスは誓う。 嘗て全てを守り切れなかった男がここにいる。だったら、自分は彼が守り切れなかったものもまもってみせよう。 「はは……どっちみち、この国から出る金も無ぇ。無いんだよ。大人しく見ているしかないさ」 そう言ってふらふらユゼフは去って行く。 翔太は呼び止めようとして思いとどまった。あの様子では、シトリィンから語られた以上の情報は得られまい。 「今度ウチ来いよ。酒屋なんだ」 去ろうとするユゼフに快が声を掛ける。快は思う。この人は臆病でも弱いのでも無い。数10年も彼を悩ませているのは恐らく、『楽団』への恐怖ではなく、守りたい者を守れなかった自責の念。許せないのは自分。 快だって、今までに多くを無くしてきた。気持ちは判るなんて烏滸がましいかも知れないが、思い遣ること位、赦されるはずだ。 「もう、自分を許してやれよ。ユゼフ」 去ろうとするユゼフの瞳に涙が浮かんでいたのを快は見た気がする。 「別に立派に生きることもないさ。生き延びた意味を持たせるために死ねば良い」 零児は軽い口調で、ユゼフの肩を叩く。 彼自身、人々を救えず絶望することも多い。だったら、次はより無茶をしてでも助けるだけの話。心が折れるより先に楽になれる、実にシンプルな方法である。 そして、その口調は零児が自分自身に言い聞かせているかのようでもあった。 『楽団』の望みが、ユゼフを生かすことで「混沌組曲」の恐ろしさを知らしめることであるのなら、間違いなくそれは機能しただろう。リベリスタ達の眼には、『楽団』と戦い敗北した男の姿は確かに刻まれた。 そして、アーク本部へ帰投した彼らを迎えたのは、『楽団』による日本襲撃の報を伝える『戦略司令室長』時村・沙織(nBNE000500)の姿だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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