● 下校時刻に合わせて降り出したような雪は、強風と相俟って酷く冷たかった。 ランドセルを背負った少年は、風に煽られて解けたマフラーを結び直し、まだ慣れない道を歩む。 と、目に入ったのは小さな森。 下校ルートとして定められた道はその森を迂回する形になっているが、ここを突っ切っていけばかなり早いはずだ。 木が生い茂ったそこは街灯もない場所だけれど、雪が降っているせいもあって空はまだ真っ暗にはなっていない。 少し考えて、彼はそちらに向かって歩き出す。 緩やかなカーブを描いている道の先はまだ見えないが、そこまで広くはないはずだった。 けれど――。 急に強くなった吹雪は、想像以上に道を長く感じさせる。 速めた足が、急に止まる。 視界に入ったのは、赤。ビー玉みたいな丸い赤。 目を凝らせば、それは大きな鳥だった。 カラスだろうか。けれど、これは、真っ白だ。 そして何より、間違いなく彼を見ている。視線は、好意的ではない。 気圧されて呻き、一歩下がった瞬間、一斉にカラスが羽ばたいた。 次の悲鳴は、風に流された。 視界が急に暗くなったのは目を抉られたからだと、叫ぶ声が急に縺れたのは舌を突かれたからだと、腹が急に熱くなったのは内臓を引きずり出されたからだと。 少年は、何も知る間もなかった。 ● 「さてこんにちは、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。寒いからって敵はこたつに入って休んではくれないのですよね、残念ながら。そういう事でちょっと寒いですけれどお願いします」 いつも通りに肩を竦め、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は話を始める。 「今回皆さんにお相手していただくのは、『からすさま』というE・フォースです。……夏場に何件か子供の噂話から発生したE・フォースの対処に向かって頂きましたが、どうやらその仲間の様子です」 夏に『がとがとさん』というE・フォースの討伐に向かった『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が小学生から聞いた『からすさま』の噂。彼と同じ名を冠するそれは、冬の噂であった。 他愛ない、子供達の噂話。 だが、それに込められた恐怖の念は革醒し――『からすさま』は噂の世界から現実へと現れる。 「……この世界は不安定、とはいえ革醒の頻度が異常です。子供達の怪談が全てE・フォースになっていたらそれだけで手一杯になってしまう。これら一連の『噂話によるE・フォースの発生』には何らか別の要因が絡んでいると思われるのですが――未だそれが何かは分かりませんので、ひとまずはこの『からすさま』の対処をお願いします」 モニターに映し出されたのは、横殴りで吹き付ける雪と、森。 けれどよく見れば、そこに赤い目と、大きなシルエットが見えた。 「からすさま、とは真っ白な巨大なカラスの事です。吹雪の日に現れて、目撃した人間の命を奪っていく」 子供達の噂では、それは死神のようなもの。 けれど、真っ白なカラスであるからすさまは天邪鬼。 だから出会ったら、『殺して下さい』と言えばいい。 天邪鬼なからすさまは、興味を無くして飛んで行ってしまうから。 「白い鴉が七羽。その中で一番大きく三つ足のカラスが『からすさま』です。八咫烏は三本足の場合が多いですが、そういうのとも混じったんですかね」 現れるのは、住宅街の中に残された古い神社を囲む森。 「この森は以前に誘拐事件――お年寄りや子供は神隠しって呼んでるみたいですけどね、それが起きたので付近の小中学生はこの森への立ち入りを学校や親から禁じられています。なので普段は誰も通らない、はずなんですが……」 一人、年明けに近くの小学校に転校してきた少年がいた。 彼はその道が、子供は立ち入り禁止な事を知らない。 近道だと思った彼は、よりにもよって雪の日に入り込み――からすさまの犠牲となる。 「とは言え今から行けば充分に間に合います。何らかの対処をして貰えれば問題ありませんので」 彼を救って、からすさまを倒してくれ、とフォーチュナは言う。 「まあ。言うのは簡単なんですが、このからすさまは周辺に吹雪を巻き起こします。寒いだけじゃなくて視界が著しく遮られるので注意して下さいね。何しろE・フォースです。カラスの姿をしていても、しぶとく強い事は間違いないです」 でもね。 「もし、危ない時はこう言えば良いんです」 からすさま、からすさま、ころしてください。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月27日(日)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●からすさまって、知ってる? からすさまはね、真っ白な鴉。 凄く大きな鴉で、雪の降る日にだけ現れる。 真っ白だから、雪の日ならば姿を見られないで済むから。 からすさまは、人間に姿を見られるのが嫌い。 だからからすさまの姿を見た人は殺される。 けど、普通のカラスと逆の色したからすさまは天邪鬼。 死にたい人を殺したって面白くない。 だから、からすさまに会ってしまった時はこう言うんだ。 『からすさま、からすさま、殺して下さい』 そうすれば、助かるから。 ● 吐き出す息は、白く濃い。 前日からの雪は未だ止まず、強風を伴って視界を隠した。 だが、それもあくまで今は常識の範囲。仲間の姿も見えるし、黒々と聳える森も見えた。 低い常緑樹に積もった雪が、揺れて落ちていく。 「噂は噂だからこそ怖い物。現れれば三流以下の小芝居だ」 小さな薄い唇から白い息を吐き出して、気温よりも冷めた言葉を吐き出す『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が入り口に赤い三角コーンを置いた。 たまたま見つけた近道に入ってみようと思うだけの少年ならば、この程度でも問題はあるまい。 「しかし、また噂話から実体化したエリューションですか」 その間にロープを張っていくのは、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)の姿。 彼の姿こそ、幻視なしで見られれば確実に次の日の話題になりそうなものではあるが、既に知っている仲間にとってはいつもの事。 怪異ではあるが怪異ではない、頼りになる射手である。 尤も本人は、『怪異は私一人だけで良いのですよ』と思っていたりもするが、まあそれはそれ。 「怪談自体がE・フォースになるって件はそう珍しくもないけれど……こう続くっていうのは、確かに変ね」 立ち入り禁止、生きる人間には効くその文句。札を近くの枝に引っ掛けながら、『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)が首を傾げた。 夏から続く怪談騒ぎ。それこそ九十九を含めたアークリベリスタの仕事によって全て事なきを得てはいるが、子供の噂話が全て革醒していたら、その殲滅がリベリスタの日課となってしまう。 同じく怪談の一つに立ち会った、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が首を傾げた。 「子供達ってさ、大人以上にタイムリーな話題が多いよね」 先の話は昔の話。そして好奇心の強い彼らは昔の話は忘れて、新しいものへと飛びつきたがる。 けれどそれは自分達の世界と密着しているから繋がるもの。 「夏場にわざわざ冬の怪談が流行るかな……?」 例えば雪山の怪談。遭難した四人の男女、四隅に立つ彼らが次々に肩を叩いて眠気を凌ぐ、というような有名なものならば、夏でも大人が子供に話す事もあるだろう。 だが、子供達の間で自然発生すると思うのは少々不自然だ。彼らは夏には夏の怪談をするものだから。 となれば、誰かが何れ来る冬に備えて種を蒔いていたのかも知れないが――今は、拾えるヒントは少ない。 「何やら裏があるにせよ、子供の命が危険に晒されぬよう頑張りませんとなー」 くっくっくっ。含み笑いはすれど、その言葉に嘘はない。子供が好きな怪人九十九。 「望まれぬ死ばかりを与えるからすさまへは、同じものをお返し致しましょう」 あえかな微笑を浮かべ、『哀憐』六鳥・ゆき(BNE004056)が呟いた。 天邪鬼のつむじ曲がり。生きたいと願う人を殺し、殺してくれと願う人を生かすからすさま。 死しか齎さぬ白の死神、突いた藪から飛び出すのは蛇より怖い死神殺しと知るが良い。 「怖い話ってのは、フィクションだからいいンだしな」 白い闇に浮かび上がる黒い影。『機械鹿』腕押 暖簾(BNE003400)が、後ろで服の裾を掴む『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)の頭を撫でながらそう呟いた。 怪談を本気で信じて楽しむ者もいるにはいるが、多くは『いるかも知れないけれどいないだろう』という、真偽のあやふやな点を含めて楽しんでいるものだ。実在する怪談は、既に曖昧ではなく、単なる目に見える害に過ぎない。 「怪談好きな奴らの為にも、根も葉もねェ話に摩り替えてやンねェとなァ」 「そうだよ、お化けなんか怖くないし……うん怖くない……怖くない……」 「……嫌ェな奴の為にもな」 ぶつぶつぶつ。呪文のように怖くないを呟く伊藤に一つ笑って、暖簾は前を向く。 「実を得た怪談は捨て置けない。それでは、仕事に入ります」 細い目を更に細めて『ラプソディダンサー』出田 与作(BNE001111)が、肩に積もった雪を払った。 ●からすさま かぁ。かあ。かぁ。こかぁ。こかぁ。 かぁ。 カラスの声だ。鴉の声だ。からすさまがやってくる。 一気に強くなった風と雪に、リベリスタはその訪れを知った。 曇天の雪、未だ周囲は明るいが、白い吹雪は仲間の姿を覆い隠す。ちらちら光る懐中電灯の明かりが、自らと仲間を分ける標となった。全てがホワイトアウトする程には強くないが、なるほど、これは白い『からすさま』を捉えるのに些か骨が折れるだろう。 「奴ら、特に何も考えてねェみてェだな……怪談っちゃこういうモンか?」 音は聞こえても、暖簾の探る感情らしい感情は見当たらない。 彼ら自身は恐怖の塊だとしても、『からすさま』自身の感情はないというのか。 それは、鳩時計の鳩と何が違うのか。時間が来たから顔を出して時刻を知らせます。見られたから殺します。人々の思いで形成された存在は、ひどく空っぽな中身である様子だった。 「私達はここだから、離れすぎないようにね!」 「風に煽られないように気を付けて」 ちかり。一際強く光るのは、アンナの姿。強い風に金髪を弄ばれながらぼんやりと浮かび上がる彼女から少し離れたゆきが降らせた翼が、皆の背に届く。 耳を澄ませた終には、吹雪に埋もれそうになる白い姿の居場所が分かった。最も地上に近い白鴉に向けて、速度の枷を外した彼は白い絨毯を踏み付けてナイフを煌かす。 「こんにちはからすさま、見ちゃった☆」 真っ白な姿、赤い目。 アルビノ種を思わせるそれだが、彼らはそれよりも特殊で、神秘界隈では有り触れた存在。 「飛び回るな、うっとおしい」 ユーヌが向けたのは、玄冬に象徴される五行の北方、玄武を招く陰陽の術。 敵味方構わず広範囲を巻き込むそれは扱いが難しいが、普通を名乗る少女は何事もない顔をして終を避けて上方へ放つ。 ざさ。ユーヌが弾みに跳んだ枝から、雪が落ちた。 「続きます」 安全靴で足元を確保した与作が、翼の推力を得て掌に握ったK-3R“ACONITUM”を翳す。 ――みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ 東北の詩人が詠った言葉ではないが、曇天と風に閉ざされながらも周囲はまだ明るい。 けれども先の通り、懐中電灯は味方を分けるには有用であった。 終の腰に付けた光を追い、近くの木の幹を蹴った与作の刃が、白鴉を抉る。 かぁ。かあ。こかぁ。かぁ。 鴉の鳴き声が重なった。幾つもの泣き声が重なった。 雪に紛れて、白い羽根が降り注ぐ。襲来した白鴉を目前で見たのはユーヌだ。 だが、それは掠るだけ。不運を招く鴉の鳴き声は彼女には響かず、嘴さえも深く抉るには届かない。 「じゃれついて来るとは、可愛いものだな」 本人は手慰みと称するものの、彼女が扱うのは吉凶操る星占い。他者の凶を知らせる声になど靡かない。 「"からすさま、生かしてください"とでも言えば狙ってくれるのか?」 回避に優れたユーヌを狙ってくれるのならばしめたものだが、生憎噂の顕現であるからすさまには、噂以上の言葉は効かないらしい。 ころしてください、なんて回避の呪文をわざわざ準備してあるのは何の為か。 そんな事は知らないし、興味もない。 精々小学生を怖がらせるのが関の山の空っぽ鴉に負けるつもりなど毛頭ない。 がたがたと震えるのは、気温の、機械化した体の接合面から伝わる冷たさのせいだけではなかった。 それでも伊藤は叶う限りの集中力を動員し、白鴉の動きを捉えて拳を打ち合わせる。 「お化けなんて怖くないぞ。E・フォースだから怖くない」 先程から呟き続ける呪文。己に言い聞かせるまじない。 けれど真っ赤な瞳が、ビー玉の何も映さない赤がこちらを見れば体も竦む。 「こっち見ないで、吐きそうになるから見ないで……!」 怖い。怖いのだ。これらを恐れる小学生よりも、ずっとずっと年は上だけれども、怖いものは怖い。 成人していようが何だろうが、恐怖は簡単に下せるものではないのだ。 そんな背中に触れるのは、布の質感、暖かな温度。 「本物の幽霊ならどうしようもねェけど、これならやるこた一つだろ?」 笑うように囁く声。聞き慣れたそれに鼻を啜って頷いて、打ち合わせた拳の音で伊藤が招くのは無数の弾丸。 両手の甲を振るように、大きく開いて穿つ穴。一つが赤を撃ち抜いた。 赤から零れたのは、白。天邪鬼のからすさまのお供の白鴉さえも天邪鬼。 ゆきとアンナ、この場を支える癒し手は目配せしあう。 「この場は私が!」 「ありがと、ちょっと底上げしとくわ」 自らに流れる魔力を増大させるアンナを横に、白い喉が紡ぐのは、傷を塞ぐ天上の調べ。重ねられた鳴き声はゆきには影響を及ぼしていなかった。 羽根で抉られた傷が塞がれて行くのを見ながら、九十九もまた愛銃を構えた。 「さて、まとめてスッキリすると良いですのう」 飄々とした口調とは裏腹に、仮面の射手は魔弾の射手、相手が飛び回る鴉だとしても逃しはしない。 魔弾は弾け、吹雪に負けぬ雨の如く降り注ぎ白い鴉を打ち据えた。 「熱ィのと冷てェの、どちらもたんと喰らって逝きな!」 重ねられた暖簾の氷雨は零下の銃弾。 自らの姿を覆い隠してくれる吹雪とは違い、容赦なく身を打つ氷に――からすさまは、一声鳴いたようだった。 ● かぁ。 かあ。 かあ。 かぁ。こかぁ。 こかぁ。 幾度鳴き声を聞いただろうか、齎される凶運の知らせは終や与作の手元を狂わせはしたものの、同時にユーヌによって与えられる呪いの言葉に白鴉が沈んで行く。 「今日の運勢は最悪の様子だな。もっとも今日以降はない訳だが」 黒髪が踊るのを払いながら、揺らがぬ同色が堕ちる白を見詰めた。 「あのね! あのね! からすさまからすさま、新技見てってよ!」 目を煌かせた終が放ったのもまた、氷刃。速度を飛び越え、その先へ。常人の反応速度など当の昔に越えた刃が、氷点下の霧を生み出した。 翼を凍らせた白鴉が、落ちて砕ける。 「光物は好みに合いませんか?」 懐中電灯の、アンナの光にきらきら煌くバッジを目立つ場所に付けた与作が、嘴の先を刃でへし折った。 からすさまの羽が、その腕を貫いてくけれど――。 「誰も倒れさせるもんですか!」 回復に徹するアンナの支えは磐石で、その隊列さえも揺らがせない。 対して三本足のからすさまは、所々毛並み――羽が乱れているようだった。 「うわー! 怖い! 怪談とか嫌いだ!」 もう開き直って叫ぶ伊藤の蹴りが、冷気を纏う刃となって翼を切る。 きりっと見上げた目に涙は浮かんでいるけれど、からすさまを見逃してなんかやらない。 「怖いのは怖いから嫌いだ! 嫌いだから倒す! 僕の全火力フルオープンで斃す!!」 朽ちて廃れろ、噂話。 人が生んだ人の害悪、それらは人の手で打ち倒されねばならないのだから。 叫ぶ彼に一つ、可哀想で可愛らしい事、と微笑んで、ゆきの目線もからすさまへ。 「現には害のあるばかり。からすさま、どうぞ安んじてお休みなさいませ」 ゆきの描いた魔法陣から、矢が白い体へと突き刺さる。 こかぁ。鳴くからすさまを見て、彼女はそっと微笑んだ。 「……いいえ。こんな風に申し上げるのが良いのかしら。『どうか目の覚めるような苦しみの侭に』と」 天邪鬼のからすさまは、きっと死に際さえも天邪鬼。 「噂話とか、通る奴を脅かすだけならまだ良かったンだ」 暖簾の腕に寄り添うブラックマリア。 微笑む彼女と狙うのは脳天一発。 「だけどもな、死人が出ちまうのは頂けねェ」 怪談は怪談のままに。 本当になっちゃ駄目なんだ。 傍らに添って呟いた、伊藤に向けて暖簾は頷く。 「お前さんは、噂話の中でだけ生きれば良い」 銃弾が、からすさまの頭を貫いた。 「沢山噂をして貰ったでしょう。そろそろ消えて下さい、な?」 言い聞かせるような九十九の言葉が、恐らくからすさまの聞いた最後。 それを本当に、言葉と認識したかは分からないけれども――落ちる26.5mmさえも正確に打ち抜く弾丸は、からすさまの赤い目玉を真っ白に染めて、撃ち抜いた。 ●からすさまって、知ってる? 「くっくっ……また怪異の縄張り争いに勝利してしまいましたか」 銃を下ろした九十九は一人そう天を仰ぐ。縄張り争いだったのかこれ、と突っ込む人が近くにいなかった。 「これだけ人知れず頑張っているんですから、きっと仮面の九十九の噂も広まって……」 いないようですな。 ぽつり自分で呟いた答えは正答。人知れずだから仕方ない。 神秘界隈に怪人射手の名は広まっているが、生憎表の世界ではそうはいかない様子だった。 終が九十九の、仮面の怪人の噂を拾わなかったように――。 考える彼の視線の先では、アンナがからすさまのいた場所を探っている。 「……ん?」 雪の中のそれを拾い上げた。冊子タイプのメモ帳を千切ったような、一見すればゴミにしか思えないような物だが――アンナがそこに描かれた文字を読み取るよりも早く、火気もないのに燃え出した紙片は灰となっていく。 「わっ……と!?」 「おおっと」 一瞬で風に攫われそうになった灰を、同じ様に周囲を見回っていた与作が両手で包み込んだ。 ちりりと熱が肌を焼くが、大した事はない。 「び……っくりした。って大丈夫!?」 「ええ。先程までの寒さを思えばカイロみたいなものですよ。それより……」 慌てたように問うアンナに、与作は軽く笑みを返した。 見詰められた青のアパタイトの瞳は一度瞬いて、真面目な顔になる。 燃えはしたが、アークに戻ればサイレントメモリーの使い手がいる。多少なりとも『読める』に違いない。 細い糸を掴んだ彼らは、ゆっくりと頷きあった。 自分のスーツでぐずぐずと涙を拭う伊藤に笑った暖簾は、その頭を軽く叩く。 「今度また、ここで散歩しようか。なァ伊藤」 「うん……でもじーじ、おんぶ……僕疲れた……」 「はいはい」 やや小柄な伊藤を背負い上げた暖簾が、一歩一歩、雪を踏み締めた。 小振りになった雪が、彼らの足跡を静かに覆い隠していく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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