●雪嵐、吹く 瀬戸内のとある山岳地帯。 常に太陽が顔を出しているとはいえ、今の時期はやはり寒い。 びゅうと鳴る風から逃れる様に、男は上着のファスナーを締め合わせた。 彼は健康保持の為、この時間帯にハイキングコースにて毎日散歩を続けている。 だから今日この場所に居る事は必然と言っても過言でもない。 そう、彼は悪くないのだ。 おそらく「彼等」も悪くはなかっただろう。 全ては神秘の思し合わせにて、事は起きる。 「……雪? おかしいな、天気予報じゃあそんな事言ってなかったのに……」 ひらり、はらりと足下に白い結晶が舞う。 しかし空は未だ晴れたまま。山特有の急激な天候変化だろうか、それにしてはあまりにも突然過ぎる。 不思議に思いつつ歩みを進めると、降雪はみるみる深くなるばかりで。視界一面が真っ白になる時には、流石にこれ以上先には進めないと思い元来た方向へとシフトチェンジする。 故に、気付けなかった。 自分の背後に、雪に包まれた大きな獣が迫っている事を。 その獣が、自らに向けて拳を振るい落とそうとしている事を。 辺り一面を白に包まれた世界で、赤い色が次第にその範囲を広げていく。 赤色の主は己を浸食する4つの塊から逃れられず。びくりとも動かない身体は少しずつ形を失っていった。 最初の一撃で死に瀕れていた事が、彼にとって僥倖だっただろう。 もし是等がただの獣だったならば。 命尽きるまで生きたまま、己を喰らう姿を見続けていなければならなかったのだから。 ● 「……よく自然の掟って言うけど、神秘が関係しているならそうもいかないかも」 ブリーフィングの一室。モニターには今にも襲い掛からんとする様子の白き羆が映し出されている。 『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)はその映像をリベリスタと一緒に眺めながら語り出した。 「一見分かりづらいけど、多分羆のアザーバイドだね。体を覆っている氷のお陰で寒さにも耐性があるみたい。……だけど、向こうの世界でも食べ物が見つからなかったのかな。お腹がとても空いているみたいで、すごく凶暴になってる」 映像は男へ一撃を見舞う直前で止まった。白昼の日差しに当てられ、羆を纏う薄氷がきらきらと煌めく。置かれている状況を考えなければ、それを綺麗だと思うかもしれない。 ……だが、この世界で人を襲うとなれば話は別だ。 「アザーバイドの数は母熊と小熊3頭、合計で4頭。お母さんは氷を纏った爪での攻撃、吹雪を発生させて凍らせる攻撃、複数の人を巻き込む可能性のある突進、それから自身を強化させる事が出来るの。小熊達を護ろうと必死で攻撃してくるから、どうか気をつけて」 モニターの映像は母熊から、やや後方で様子を見守る小熊達に切り替わった。その姿は人によってはぬいぐるみと喩えられるかもしれない、無害な存在に見える。 「小熊もまた、お母さんや兄弟達を護ろうと必死に動くの。仲間達に危害が及ぶとお母さんみたいに氷を纏った拳で攻撃したり、互いに舐め合って体力や状態異常を回復させるみたい。……お母さんよりは強くないけど、弱くはないよ」 映像は羆からズームアウトし、全体風景がよりはっきりと見渡せる様になる。 「みんなと戦闘になる場所はこのハイキングコース。殺される予定の人がやって来る前に辿り着く事が出来るから、上手く行けば被害者も出る事が無く終わるよ。……だけど、もし取り逃がす事があったなら」 映像は更に切り替わる。山中の人気が無いハイキングコースからやや離れた麓には、集落がぽつりぽつりと見える。その数は決して少なくはない。 「……羆は、覚えた味に執着する特性があるの。それはこのアザーバイドも例外じゃない」 擁するにハイキングコースで予定通り人間の味を憶えたアザーバイドの羆は、そのまま放っておけば集落を襲うだろう。そうすれば、被害はより重大なものになる。 「ディメンションホールはそこまで離れていないから、元いた場所に送り返すのが一番平和的な解決法だと思う。……元の世界に戻ったら、そのまま飢え死にしてしまう可能性も無い訳じゃ無いけれど」 イヴは少し考えた後、リベリスタ達の方へと向かい確りと告げる。 「取り逃がす事以外、最終的な手段はみんなに任せるよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:裃うさ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月27日(日)00:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●瀬戸内地方某所、とある山岳地帯にて ざくり、ざくりと重たい音がした。 転々と落ちる白い結晶が、彼等の居た痕跡を残す。 その生き物は、とてもお腹が空いていた。 ぐるるると鳴る喉はまるで自分たちの境遇を嘆くかの様に。 糸引く涎が口元を濡らし、地面へと伝い落ちていく。 この山には未だ緑の色づく植物が存在する。 しかし、それだけでは満足できない程に飢えていて。 どこまでも、飢えていた。 ● 「この熊さん達が、餌が見つからないまま亡くなるのならば」 彼等が訪れるその先にて。自然の摂理ならば仕方がないでしょう、と『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が静かに語る。 確かに、神秘の関わらないただの生き物であればリベリスタがわざわざ出向く必要はない。しかし今回の場合はアザーバイドで、しかも一般人を襲う未来はすぐ間近に迫っている。リベリスタとしては放ってはおけない事態だ。 しかし彼女……否、此処に居る誰もが思う心はそれだけではなかった。 神秘は神秘へ。あるべき所に帰したい。 「……この子達が、正しい運命を辿れますように」 握る両手に願いを込め。心優しき少女は祈るように呟いた。 「……ただの羆と遭遇しただけでも、不運だと言うのに」 歩きやすく整備されたハイキングコースを眺め、『八咫烏』雑賀・龍治(BNE002797)は後に訪れる予定のハイカーを思う。 「普通の一般常識なら、被害が出る前に殺してやるのがセオリーなんだけどな」 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は、苦笑してはいるが表情は決して暗いものではない。彼はその選択を選ぼうとはしていなかった為だ。 「俺達なら、違う答えに辿りつけるんじゃあないか?」 「ああ、やれる筈だ。俺達ならば」 エルヴィンの問いに力強く返すは『闇狩人』四門・零二(BNE001044)。彼に続いて残りのリベリスタ達も真剣な面向きで頷く。彼等の方針は予めから決まっていた。 ――――命は奪わず、かつて在った場所へ帰す。 それは、元の場所で飢えていた羆達には残酷な選択かも知れない。 だけど。命ある以上。 彼等は僅かな希望に賭けたかったのだ。 (お父様、お母様。どうか私を護って) アーティファクトを握りしめ。視界の向こうから来る冷たい気配に、『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)の身は凍えるかの如く震える。 瞼には優しかった両親を思い浮かべ。己の不安を祓うように短い祈りを捧げ終わると、一歩前へと踏み込んだ。 行こう。祈る気持ちは女の子を強くする。 「……と。来たみたいだぜ。奴さん達」 『てるてる坊主』焦燥院・フツ(BNE001054)の一言が合図となったかのように。はらはらと地面に白色が滲んだ瞬間、リベリスタ一同に緊張がはしる。今日の天気は晴れ、肌寒いものの雪が降る気候には程遠い。 ●嵐来たるは 「さて、吉と出るか凶と出るか」 白き塊が四頭、姿を現したと同時。『闘争アップリカート』須賀・義衛郎(BNE000465)は持参していた時計のアラームを25分とセットし、フツは周囲へ強力な結界を張り巡らせる。 にじり寄るアザーバイドに、まず『百叢薙を志す者』桃村・雪佳(BNE004233)が彼等に通話しようと試みた。 「熊の母よ。この言葉がわかるか……ッ……!?」 「……!」 が、一瞬言葉に詰まってしまう。彼だけではない、アザーバイド達の言葉が理解出来る者は殆ど皆、同じ状況に陥ってしまっていた。 「おなかすいた」 「くるしい」 「このままだと死んでしまう」 「おかあさん」 「おにくたべたい」 「この子達を助けなければ」 「なんでもいい」 「食べるものを」 「この生き物は食べられるのか」 「つらい」 「しにたくない」 「たすけて」 「おかあさん」 「もう、こんな生活は」 「もういやだ」 彼等の発した言葉は比極シンプルだった。だから故に、感情の塊は形こそ見えないがとても膨大なもので。尋常ではないスピードで生産されるそれはダメージとなってリベリスタを抉る。 羆型アザーバイドはリベリスタ達を話し相手に捕らえたつもりはなかった。言葉がきちんと届いたのかすらも定かではない。素直に思っていた言葉が、唸りとなり自然に発せられたのである。 「まずは、食べてくれ」 「……美味いよ、食べてごらん」 ぼたぼたと涎を地面に落とし唸り続ける彼等の前に、距離を縮めずエルヴィンと零二、そして義衛郎と龍治が生肉や生魚、果物を投げ込む。 これはどうか、興味を持つだろうか。 羆達は投げ込まれた食物を最初は警戒し、様子を見ていたが。母熊が食べ始めて何事もないと判断すると、小熊も続いて差し出された物をがっつき始めた。 もっちゃもっちゃもっちゃ。 先程の剣呑な雰囲気は何処へやら。4頭全員が食べ物を囲ってる姿を見て、リベリスタはひとまず安心する。今なら大丈夫かと、雪佳や淑子が丸の内弁当や林檎、巣蜜などを近付いて傍に置く。しかし羆達は食べる事に夢中で気にも留めていなかった様だった。 彼等が人間の味を知らなかったのが幸い。もし識っていたのであれば、交渉の余地も投げ込まれた食物の意味もなくリベリスタ達を襲っていたのだから。 「……一体どこから持って来たんですかこんなの」 「秘密だ」 各々が用意した食物の量にほへーっと眺めるしかない心の問いに龍治が即答した。 「えー、良いじゃないデスか。というか何で秘密なんデスか」 「秘密だ」 彼の意思は固かった。秘密ったら秘密だそうだ。 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ。 「なあ、これちょっとペース速すぎないか」 「……ああ」 リベリスタ達の用意していた食物は充分な量があった。……しかし、みるみるうちにその量は数を減らしていく。アザーバイドの食欲は予想以上のものだったのか。否、彼等は次にいつ食べられるのかわかったものじゃなかったが故に、必死で腹へと貯め込んでいる様に見えた。 あともう僅かになったところで母熊が食べる事を止める。どうやら残りは全て小熊に差し出すつもりらしい。小熊は兄弟と分け合って食べていたが、少しばかりの量を残してげふーと息を吐きつつ行動を止めた。 ……おかわりはないらしい、良かった。 「少し、良いだろうか」 タワーオブバベルを使い、食事を終えた羆達へと零二が語りかける。小熊はきょとんとした様子で彼を眺め、母熊は警戒する様に前へ出る。反応したという事は、彼の言葉が届いたという事だ。 「此処は君達のいる世界は異なった、いわば異世界だ。元に戻れる場所は既に見つけてある。……案内するから、着いて来てくれないだろうか」 」 母熊は彼の言葉に応えない。きちんと聞いてくれているだろうか、アザーバイドの周りには無音が支配するのみだ。 「大人しくしていれば危害を加える心算はない。俺達はお前さんに五体満足で帰って欲しいだけなんだ」 義衛郎の切なる思いが、淑子により訳され語られる。会話手段を持たないリベリスタ達は真剣に彼等を見つめ、自分達の願いが通じる事をただ祈る。 のそり、と母熊が更に前へ出た。瞬間、リベリスタ達は咄嗟に身構える。 要求を呑んでくれたのか……否。 母熊の後を小熊が着いて来る。彼等は同じ表情で、リベリスタを”睨みつけた”。 そして唸り声を上げた瞬間、通話手段を持つ者ならば否応なく頭に入って来るだろう。 彼等の、拒絶の意が。 「いやだ」 「帰りたくない」 彼等の思考回路は比極シンプルだった。"もう苦しい思いはしたくない"、ただそれだけである。 故に、アザーバイド達は元の世界に帰る事を拒んだ。彼等は元に戻ったらどんなに苦しい生活が待ち受けている事を知っている。全身で憶えているのだ。 「此処はお前達にとって危険な場所なんだ! 何も良い事なんてない、元の世界に帰ってくれ」 「何れこの世界は全てを融かす夏へと変わる。……お前達はそんな世界でも良いと言うのか?」 エルヴィンの、雪佳の切実な言葉は完全に届いていない訳ではなかった。ただ、考えを覆すに至らない程に彼等の意思は強固なもので。 この世界がどうなろうと、今食べ物が食べられるなら構わない。……それ程にまで、飢えの恐怖は彼等を食い潰していた。 ●それぞれの想いと共に 交渉は決裂、羆達は唸りを上げてリベリスタへの距離を縮めていく。 「……あまり手荒な真似はしたくはなかったが」 零二の零した言葉に呼応するかの如く。リベリスタ達は互いに武器を取り出し、迎撃の構えを取った。しかし排除はどうしても間に合わなくなった時の最終手段、現在の目的はあくまでも"強制送還"だ。 先ず動き出したは義衛郎。最初に与えていたものとは別に取っておいたニジマスを餌に、千里眼で予め位置を特定していたディメンションホールへ誘導する作戦だ。しかし先程の食事で満腹になっていた羆達はちらりと眺めるものの、上手く思い通りに動いてはくれない。 「しゃーねえ。無理にでも着いて来てもらうか、よっと!」 その様子を見てフツは鴉の式神を生み出すと、母熊の方角へと飛行させる。その黒く尖った嘴は母熊を正確に捉え、一直線に貫いた。 鴉の一撃があまりにも痛かったのか。フツの方へ怒りに染まった瞳をぐるりと向け、一心不乱に駆け寄ってくる。 「フツさん!」 「…………否、大丈夫だぜ。寧ろこの調子だ」 怒りに駆られた母熊の爪が、フツの肩を法衣ごと切り裂く。氷を纏った一撃は、傷を更に深める一因となるには充分だ。 しかし彼はじわりじわりとディメンションホールへと移動していた最中。知らず元の世界へと誘導されている事に、羆達はまだ気づいていない。 母親があらぬ方向へと行ってしまった為に、小熊は慌ててそれを追いかける。それは普通ならとても微笑ましい状況だが。 「この状態を、解かれては困るのでな」 先頭の小熊の一匹雪佳の剣が穿った。その反動で痺れ動けなくなった彼を、兄弟が囲んで舐め合い癒す。 状態が回復した小熊の前に立ちはだかるのは心。本来なら自身の鎧を強化すべき所であるのだが。 (……そんな事したら、傷付いちゃうじゃないですか) しかし、今日の彼女は敢えてそれを選ばない。ダメージを蓄積させる事を彼女は拒んだのだ。 「あはははこれはじゃれてるんですよかわいおぅふ」 「いや、しっかり入ってんじゃねーかボディーブロー!」 「大丈夫デス! 私、硬いので!」 小さき守護者は、生かす為。己の願いの為、ただ其処に壁として在り続ける。 「高みから見下して命を絶つ事は、わたしの主義に反するから」 心とは対に、もう一匹へと立ち向かうは淑子。彼女もまた不沈の護り手だ。 決して傷つけず、殺さぬ様。心優しい少女達は小熊の攻撃を一身に受けた。 怒りが解けた母熊を零二による挑発が母熊を射抜き、また正気に戻った所で再び鴉が眉間を啄む。戦闘の場はディメンションホールが視界に入る近さにまで至っていた。しかし此処は魔女の秘儀が支配される空間であるが故に、一般人が侵入する事はない。 母親を癒さんと追いかける小熊の一体を龍治の施した罠が捕らえる。小熊は何とか解けまいと物掻くが、確りと気糸が喰らいついて離さない。 「よっと。結構重いな」 気糸の網ごと動かない小熊を更に抱え上げる。リベリスタ達が予め考えていたのは母熊が怒りに駆られフツを追いかける後方で、小熊を麻痺させてディメンションホールまで運ぶという作戦だ。 体重は人間でいえば小学校高学年程だろうか。想像よりも幾らか重たく素早い行動は出来ないが、決して持ち上げられない重さではない。 叶うならば拘束が出来る限り解けない様。確りと抱えた手を緩めず、出来る限りの速さでディメンションホールへと運ぶ。 「……ぐっ……!」 己の血でギラギラと瞳を光らせて。己の体重を力に置き換え身を丸めた母親は、近くにいた雪佳を巻き込み怒りの的へ体当たりをぶつけていく。その第一のターゲットであるフツは辛うじて避け切ったものの、雪佳は強かに喰らい。半分以上の体力を削ぎ落とされた彼は、後方へと吹き飛ばされてしまう。 「おい、大丈夫か?」 「すまない。恩に切る」 そこへ吹き掛かるはエルヴィンによる聖なる息吹。聖霊の加護を得た癒しはフツと雪佳、心の傷跡を塞ぎ肉体を抉る氷をも融かしていく。再び身軽さを得た雪佳はエルヴィンに礼を言い、己の役目を果たすべく元居た位置へと走り出した。 未だ自由の身を持つ残りの小熊を、零二による閃光が一頭また一頭と灼いていく。 ディメンションホールはすぐ手前。リベリスタを除いてこの場には、フツを目がけて疾走する母熊と立ち尽くしたまま身動きのとれない小熊しかいない現状だ。 僅かに唸り声を上げる麻痺状態の小熊を、義衛郎が優しく拾い上げ。残りの一頭を雪佳が抱え上げる。 元々母熊を追いかけていたが為、然程離れていない距離に留める事が出来た。ディメンションホールまであと少し、上手くいけばこのまま中まで運び込めるだろう。 山中、不自然に口を広げて待ち構えているはディメンションホール。その中へ先んじてフツが、続いて零二が突入する。そして彼等を追うかの如く母熊が勢いよく侵入した。 誘導はなんとか成功、あとは仲間たちが小熊を抱えて到着するのを待つのみだ。それまで自分達は母熊を抑えていればいい。 「……本当は、自分から入ってくれたなら良かったんだが」 零二の呟きに応えるかの如くフツが苦笑した。嗚呼、仲間があと少しの距離まで迫る。 義衛郎が、雪佳が。龍治が小熊を抱え、ディメンションホールへと辿り付く。怒りに駆られ自分を省みない母親を、幼い彼等の目には何と映っただろう。それは悲しい事ではあったけれど。 今はせめて生かすべく。やがて封じられるだろうその入り口へと運び込む。 「生きて、くれ」 そして苦痛と憎しみに歪む顔の小熊を、優しく地面へと降ろしたのだ。 ●細やかに、切実に ディメンションホールの中には、小熊を運んでいた義衛郎達以外のリベリスタが持ち合わせていた残りの食糧全部がばら撒かれている。 「少しでも、空腹を妨げられる足しになればいいのだけれど」 足元に転がる巣蜜を眺め。憂い顔の淑子は一足先に、ディメンションホールの入り口から抜けた。 続いてエルヴィン、その僅か後を義衛郎、雪佳、龍治といった小熊を抱えていた面子が続く。 最後、足早に飛び出るは母熊に怒りを与えた主である零二、フツの二人。母熊は怒り顔で彼等の後を追おうとすぐが、一足早くゲートが閉められる。 「さよなら。……生まれた場所へと、帰るんだ」 そして閉じられた出口は零二によって破壊され。もう二度と飢えた母子がこの場所を彷徨い歩く事はないだろう。 「熊さん達、ごはんをちゃんと見つけてるでしょうか」 「そうだな……例え俺等がやった事が無意味なものだとしても、次へと繋がる可能性はない訳じゃない。まだ諦める必要はないんじゃないか?」 「……ええ、そう信じてマス!」 とてとてと、心は其処に在った羆の母子の居た場所へと向かい。その姿を想う。足元に気をつけろよとエルヴィンは声を掛けるが、それ以外は何もせず。彼女の姿を見送った。 リベリスタ達は彼等の世界には干渉できない。それ故に、この先を知る事が出来ないのだ。 ならば祈ろう、あの母子が生きる道を見つけられる様に。 龍治は今まで、まともに眺められていなかったハイキングコースを見渡す。 ハイキングコースは素朴なものではあるが、遠くの山を見通せる為見晴らしが良い。それに春になれば、草芽や花が楽しめるだろう。 ……その時はまた、来ても良いかもしれない。二人で並んで歩く姿を思い浮かべ、龍治は静かに微笑んだ。 タイマーは未だ鳴らない、ならば数分だけでも。 心中は様々ではあるものの。リベリスタ達は少しだけ、此処に居たいと思った。 ● そして誰もいなくなったハイキングコースに、一人の男が何事も訪れる。 「ああ、今日は最高の登山日和だ!」 彼は息を大きく吐くと、足腰に力を入れ。明るい表情でその先へと踏み出した。 空は雲一つない青空が燦然と輝いており。 その景色が曇る事は、当分は無いのだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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