●Better bend than break. (折れるより曲がれ) ――英語のことわざ ●ウィアード・ローション・メイクス・ア・ボディ・プライアブル 2013年 1月某日 東京都 某所 「たっぷり塗って……と、これでよしっ!」 とあるワンルームマンションの一室。 風呂上りと思しき若い女性――美粧は透明感のある液体が入った瓶を手に取った。 彼女は瓶を傾け、液体を手の平に溜める。 そして、彼女は自分の身体の隅々に至るまで液体を塗布していった。 液体を塗り終え、しばらく馴染ませた後、美粧は左脚を前に伸ばした。 それに続いて、今度は右脚を後ろに伸ばすと、その状態のまま臀部を床に密着させた。 そのまま美粧は上半身を傾け、両手で左足の爪先を易々と掴んだ。 その状態を一分間保持した美粧は、更に無理のあるポーズをとり始める。 傍からみれば関節が故障しているようなポーズの数々は、むしろ見ている者の方が痛みを感じてしまいそうだ。 だが、当の本人は痛みや苦痛を感じている様子はない。 しばらく無理な姿勢を平然ととり続けた末、未沙は上機嫌で笑みを浮かべると、件の瓶を化粧台に乗せた。 ●マジシャン・ワンツ・ウィアード・ローション 2013年 1月某日 某所 どことも知れぬ場所。 おそらく雑居ビルの一室と思われる場所。 そこが今回、ある組織が会合場所として選んだ場所だった。 ――『キュレーターズギルド』。 その組織はこう呼ばれていた。 現在判明しているのは、種々雑多なアーティファクトの蒐集の為に動いているということ。 そして、フィクサードたちが参加している組織だということだ。 まだ誰も来ていない部屋に、一人の青年――三宅令児が入ってくる。 白い燕尾のドレスシャツに黒いジーンズ、シャギーの入った顎までの髪。 姿だけを見れば、表の社会にいても不思議ではない。 しかし彼もフィクサードであり、炎を操る能力者だ。 彼はソファに座ると、他のメンバーが来るのを待つ。 令児が来てから数分後、じょじょに他のメンバーもやって来た。 メンバーの年齢性別は様々で、事情を知らなければ何の会合か首を傾げてしまうだろう。 訪れたメンバーは次第に増え、十人に達した所で令児は口を開いた。 「今日は集まった方か」 そう呟くと、令児は封筒を集まったメンバーに配り始めた。 封筒は洋風で、しかも糊ではなく蝋で封がされている。 受け取ったメンバーは次々と封筒の中身である便箋に目を通す。 そして、彼等は次々に封筒と便箋をその場に置き、にべもなく去っていく。 「ったく、せめて指令書のポイ捨てくれェはやめろってんだ」 ろくに興味も示さずメンバーたちが去って行ったのを見て、苦笑してため息を吐く令児。 そんな彼に何者かが、背後より話しかける。 「まあまあ。彼等はこの指令を私に譲る為にあえて退席してくれたのだよ」 「あ?」 気だるそうに振り返った令児の視線の先にいたのは、気取ったポーズで立つ一人の若者だった。 シルクハットにタキシードという格好も相まって、その若者はやたらと目立つ。 「ああ、我妻の兄さんか。確かにアンタならこの指令、真っ先に跳び付きそうだよなァ」 放置されている封筒や便箋を片付けながら令児が水を向けると、我妻は両手を広げた上で大仰に頷いて見せた。 「その通りだよ。令児君。実に君は良く分かっている――マジックが関わっている破界器、そして現在の所有者。これは実に私向きの指令だよ。そう思うだろう、君も?」 やたらと芝居がかった口調で喋る我妻だが、令児は既に慣れているのか、辟易した様子、あるいは面白がっている様子はない。 「確かに、手品師のアンタにしてみれば興味津津だろうよ」 令児がごく普通に相槌を打つと、我妻はさも心外だとでも言わんばかりに目を閉じ、大きく俯いて首を振ってみせる。 しかも、両手はやはり大きく広げたままだ。 「魔術師と言ってくれ。なにせ私は破界器を持ち、魔なる術を行使できる者なのだから」 ことさら『魔術師』という単語を強調する我妻の喋り方はやはり芝居がかっている。 令児はそれにも慣れているのだろう。 普通に流すと、令児は彼に自分用の封筒を掲げてみせる。 「――詳細は指令書の通りだ」 「心得ているよ」 すると我妻は、相変わらず芝居がかった大仰な動作で一礼したのだった。 ●インターセプト・ザ・デンジャラス・マジシャン 2013年 1月某日 アーク ブリーフィングルーム 「みんな、集まってくれてありがとう」 アークのブリーフィングルームにて、真白イヴはリベリスタたちに告げた。 「今回はアーティファクト絡みの任務よ」 淡々とした調子で語りながら、イヴは端末を操作してモニターに画像を表示する。モニターに映し出されたのは、容量300mほどの瓶とその中に封入された透明感のある液体だ。 「『しなやかなる恩恵フレシェ』――それがこのアーティファクトの名前らしいの。元はただの化粧水だったものが異世界の影響を受けて変化したものがこれ」 しばらく画像を見続けるリベリスタたち。 頃合いを見て、イヴは再び喋り始める。 「効果は単純明快。これを塗ると身体が柔らかくなるの。最初はちょっと腕や脚を広げ易くなる程度だけど、毎日繰り返して塗り続ければいずれはゴムのように軟らかくなるわ」 そう説明すると、イヴは端末を操作して画像を切り替える。 次いで表示されたのは二十代前半、あるいは十代後半にも思える若い女性だった。 「そしてこの人が今の所有者――水原美粧(みずはら・みさ)。職業はデビュー前の見習いマジシャンよ。ジャンルとしてはイリュージョン――一件不可能な脱出や移動をやってみせる大がかりなマジックね」 美粧の見た目はなかなかに可憐なようだ。 彼女の見た目に、リベリスタの何人かが目を引かれる。 それを察したように、イヴは語る。 「彼女は見た目が可愛いし、おまけに声も可愛いから、そのおかげで周囲から人気が出ると判断されてデビューの話が進みつつある。でも、一つ問題があるの」 見習いマジシャンのデビューが進みつつある。 別に問題などない、単に喜ばしいことのように思えるが? リベリスタたちがふと疑問符を頭の上に浮かべると同時、イヴは言った。 「――彼女、体質のせいで身体が硬いのよ。脱出や移動のマジックには柔軟な身体によるしなやかな動きが不可欠だから、彼女にしてみれば大問題ね。当然、彼女は悩んでたんだけど、少し前に偶然このアーティファクトを手に入れたの」 イヴはもうもう一度『フレシェ』の画像を表示する。 「これを使ったおかげで彼女の身体はどんどん軟らかくなっていった。次第に彼女もこのアーティファクトのおかげだって気付いて、より積極的に使うようになったの。だから既に、殆どが消費されているはず」 一旦、そこで説明を終えると、イヴは端末を操作して、また新たな画像を出し始める。 「今回の任務は『フレシェ』の回収はもちろん、これを狙ってくるフィクサードの撃退も含まれるわ。以前、何度かアークとも交戦したことある組織――キュレーターズギルド所属のフィクサードが相手よ」 今度の画像はシルクハットにタキシードという格好の若者だ。 それを見た途端、何人かのリベリスタが声を上げる。 「その通り。知ってる人もいるみたいだけど、今回の仕掛けてくるのはマジック我妻――彼、裏の顔はフィクサードだったみたいね」 マジック我妻といえば最近、テレビでもたまに見るようになった新進のマジシャンで、そこそこの有名人だ。 「彼自身に高い戦闘力はないけど、みんなが使う幻想纏いのように収納機能を持ったシルクハットのアーティファクトと、そこに隠したエリューションビーストやエリューションゴーレムを使役してくるから気をつけて」 ここでリベリスタたちに新たな疑問が浮かんだ。 もう『フレシェ』の中身は殆ど残っていない。 ならばそれを奪った所で仕方ないのではないか? リベリスタの一人がそう問うと、イヴは静かに答えた。 「使い続けた者は身体がどんどん軟らかくなる。そして最後はこうなるの――」 問いに答えながらイヴは画像から映像に切り替えた。 映るのはフォーチュナの見た予知の映像。 それには楽屋らしき風景と、そこに脱ぎ捨てられた服が映っていた。 ジャケットからスカートはもちろん、ソックスから下着、更にはヘアピンと靴までが揃って一箇所に脱ぎ捨てられている。 そして、服の一式は楽屋にできた水たまりの中に浸されているのだ。 「最後は柔軟の極致――液体になり、そうなった使用者は次の『フレシェ』となる……こうして『フレシェ』の中身は補給されるの。だから、我妻は彼女をそそのかして最後まで使わせた後、『補給』された状態で回収するつもりよ」 そこまで聞いて、リベリスタの何人かが息を呑む気配が伝わってきたのを感じながら、イヴは更に説明を続けた。 「美粧とにとって我妻は憧れの存在。そんな彼がそそのかしてくる状況で説得するのは大変かもしれない……」 するとイヴは映像を停止し、リベリスタたち一人一人の目をしっかりと見据え、言った。 「……でも、放っておけばフィクサードにアーティファクトが悪用されるし、それ以上に、罪のない一般人がこんなことになるのは忍びない。だから、彼女を救ってアーティファクトの悪用も防ぐ為に、みんなの力を貸して」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月23日(水)22:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「予知の舞台は楽屋だった。ならば、『フレシェ』は美粧の手元にあるはず」 呟きながら『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は、仲間たちと共にスタジオの廊下を進んでいく。 舞姫に相槌を打つように、『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)も言う。 「まさか裏の人間が表舞台に堂々と姿を現してたなんてね。そう考えると今回の仕事、ちょっと厄介ね……それでも、人の夢を食い物にしようとするヤツになんか絶対に負けない!」 焔に頷く舞姫。 やがて美粧の楽屋の前まで来た舞姫は、躊躇なくドアを開けた。 楽屋は相部屋のようで、その中はそれなりに広く、ドアも複数ある。 だが、今はそこに一人の若い女性――美粧しかいなかった。 突然入って来た舞姫に驚き、美粧は動きを止める。 ちょうど美粧は鏡の前に座り、化粧水の瓶を手に取った所だ。 瓶が予知の映像で見た『フレシェ』と同じものであることを確認した舞姫と焔は、すぐに美粧の目を見つめて語りかけた。 「水原美粧さんですね。率直に言います……その瓶の中身は危険なんです。美粧さんも既に知っていると思いますけど、その瓶の中身は普通ではあり得ない存在なんです」 「――御機嫌よう。突然の来訪、先ずは御免なさいね。美粧、先ずは貴女に言っておくわ。その化粧品を使うのを即刻止めなさい。突然押しかけて、こんな事を言う私達を信用できないのも分かる……でもね、このままじゃ取り返しのつかない事になるの」 舞姫と焔が瓶の中身について知っていたことに、美粧は更に驚いたようだった。 美粧は瓶を守るように胸元に強く抱きしめる。 「水原、アンタがアシスタントで出てた頃から俺はファンなんだ。だから、俺はアンタに危険な目に遭ってほしくねえ」 舞姫に続き、『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)が話しかけながら、少しずつ歩み寄る。 影継が歩み寄るのに合わせて、『蒼震雷姫』鳴神・暁穂(BNE003659)も説得を開始する。 「ね。体質に困ってるからって、得体の知れないモノに頼りすぎるのは良くないって思わない? 夢の為なら仕方ないかも。でも、都合の良い話ってそうないわ」 瓶の中身だけではなく、自分の事情についても暁穂が知っていたことに驚き、美粧は更に瓶を強く握りしめる。 「日野宮ななせです、よろしくお願いします」 警戒している様子の美粧を少しでも安心させようと、『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)は低頭した。 「マジック我妻、ご存じですよねっ? 我妻は今、このスタジオに向かっています」 未だ警戒の色が強い美粧だったが、我妻の名前をななせの口から聞いた途端、不思議そうな顔になる。 「え、ええ……もちろん。というか……どうしてあなたが知ってるの? このスタジオに来るアポを我妻さんが取ってるっていうことは私だって、スタッフの人達が話してたのをさっき聞いたばかりなのに」 美粧が言うと、ななせはゆっくりと頷いた。 「率直に言いますけど、ちゃんと聞いてくださいねっ」 ななせは真面目な顔で前置きする。 「その化粧水のように、不思議な力を持った道具を集めている秘密の組織があるのです。そしてマジック我妻はその一員で、その水の秘密を狙ってるのですよっ。わたし達はとある組織のメンバーで、我妻を捕まえる為に追ってきたのですっ。だから、我妻には何を言われても近寄っちゃだめなのですよっ」 ますます警戒した様子の美粧だが、構わず舞姫は話しかけた。 「美粧さん、落ち着いて聞いてください。その瓶の中身のように、この世界には空想ではない本物の『神秘』の存在があるんです」 諭すようにゆっくりと話しかける舞姫だが、美粧は鏡台に置いていたハンドバッグへと瓶をしまい込む。 その動作はゆっくりだ。 間違ってもこぼれたりしないよう、念入りにしまっているのだろうか。 「『このまま瓶を入れるのに手間取っているふりをして、バッグの中の携帯電話でこっそりマネージャーに連絡しよう。そうすれば警備員を呼んでくれるはず』――そう、思いましたね」 落ち着き払った様子で舞姫がそう告げると、美粧はびくりと震える。 心を読まれたのを自覚したらしく、携帯電話を掴んでいるであろう手はバッグの中で大きく震えている。 「ど、どうして……?」 声まで震えている美粧に、舞姫は淡々と答える。 「言ったでしょう。この世界には、本物の神秘があるって。種も仕掛けも無い読心術。美粧さんの『瓶』と同じです。けれど、あの『液体』は美粧さんを破滅させます」 そう前置きし、舞姫が詳細を説明しようとした時だった。 舞姫たちが入ってきたのとは別のドアが開き、一人の男――マジック我妻が現れる。 ドアの音に振り返った美粧はまたも驚いた。 だが、理由は先程までとは違う。 「水原美粧さんだったね。先程の君のステージ、見させてもらったよ。実に素晴らしかった」 芝居がかった大仰な動作で拍手してみせると、我妻は右手を胸元に寄せ、大仰な動作で美粧に一礼する。 「マ、マジック我妻さん……! 先程、スタッフの方がお話してたのを聞いたんですけど、まさか本当にいらしてるなんて!」 テレビに出た上、自分がメインとなって行うショーを経験している我妻は、いわば美粧にとって憧れの存在だ。 舞姫たちのことを気にはしつつも、その視線は我妻に注がれている。 「そのお嬢さん方が言う通り、その瓶の中身は神秘の産物だ。だが、心配することはない。それを用いれば君は私と同じく魔なる術――即ち、奇術ではなく魔術を行使することができるのだから。かく言う私も同じように神秘の道具を使っていてね。そして、それは君の知る数多くの高名な奇術師ですらなし得なかったことだ」 両手を広げ、やはり大仰な身振りと芝居がった語り口で言う我妻。 美粧はそれにすっかり聞き入っている。 「よう、アンタのことはテレビで見たことあるぜ。ま、それはそれとして、だ――」 不敵に笑いながら大声で話しかけ、影継は強引に割り込む。 「キチンと副作用を説明しないのはフェアじゃないだろ、手品師さんよ!」 我妻の甘言を叩き潰すように言い放つ影継。 一方、我妻はさも心外だと言わんばかりに目を閉じて俯き、首を振った。 「魔術師、と言ってくれたまえよ」 顔を上げた我妻が美粧への甘言を再開しようとした時だ。 『話を聞いてもらうぞ』 横槍を入れられぬよう、『破壊の魔女』シェリー・D・モーガンがテレパシーで直接美粧へと語りかける。 『その瓶は確かに、使えば使うほど身体を軟らかくする。だが、そのまま使い続ければやがては軟らかさの極致……つまりは液体となってしまう。そうなれば、おぬしは溶けてなくなってしまうのだぞ』 包み隠さず『フレシェ』について聞かされ、美粧の顔がみるみる青ざめていく。 美粧の様子がおかしいことに気付いたのか、我妻は彼女の目線の先にいるシェリーへと糾弾の言葉をぶつける。 「私の後輩となるであろう未来のスターに変な事を吹きこむのは止めてもらおうか。どうやら、君たちのような者には手荒な手段も已むを得ないようだ」 さも嘆かわしそうな身振りをすると、我妻はシルクハットを取った。 「ショータイムだ」 その一言とともに、帽子の中からはマジックの道具をモチーフにした様々なエリューションが現れる。 「おいおい、最初から手品のタネを全部出しちまっていいのかい」 「まさか。これで全部ではないのだよ」 影継に問いかけられ、我妻は余裕の表情を浮かべる。 「やれやれ、この今の神秘界隈の騒動にも関わらず、相変わらずな奴らだな。まあ、結末も相も変わらずとなるよう早々にお引取り願おうか」 美粧を守るように歩み出た『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)は、エリューションの前へと立った。 同じく美粧を守るように歩み出、碧衣の隣に立った『混沌を愛する戦場の支配者』波多野 のぞみ(BNE003834)。 彼女はチラリと美粧を振り返る。 「美粧さん、信じられないかもしれませんがその液体は危険なんです。そもそもそんなに簡単に体が柔らかくなるなんておかしいでしょう? 納得ができないでしょうが、しばらくじっと私達に守られててください。そうすれば一体何が起こっているのかわかりますから」 美粧から敵へと目を戻したのぞみは、その戦術眼を活かして即座にハト型エリューションの動きを捉える。 その頃、シェリーも飛行の位置を高速演算し、それに基づいて予測していた。 「妾の頭脳なら朝飯前だ」 攻撃のタイミングが来たことを察知したシェリーは、のぞみへとテレパシーを送る。 『ここだ! 外すなよ!』 合図とともにシェリーは魔炎を召喚する。 そしてのぞみは、魔炎の中へと神秘の閃光弾を投げ込める。 「さあ、私たちの光と炎のマジックをとくとごらんアレ!」 閃光と火炎が爆ぜ、凄まじい光と熱がその場に広がる。 直撃を受けたハト型のエリューションは焦げて墜落し、それきり動かなくなる。 我妻や他のエリューションも直撃を免れたとはいえ、閃光のショックであやうく気絶しかける所だったようだ。 「It's Show Time!」 我妻と同じく芝居がかった身振りと語り口で宣言する舞姫。 「人のステージを邪魔するとは、何と鑑賞マナーのなっていないお嬢さんだ――!」 自分の専売特許を取られたのが癇に障ったのか、我妻は残るエリューションを舞姫へとけしかける。 我妻にけしかけられ、一デッキ分のトランプ――54枚のカードが集まった群体のエリューションが二体、舞姫の左右から襲いかかる。 群体とはいえ、一度に108枚ものカードが襲いかかる様は強烈だが、それでも舞姫は落ち着いていた。 それは碧衣も同じようで、これほどの光景を前にしても彼女は平然としている。 碧衣は冷静に気糸を紡ぐと、左側から舞姫に襲いかかろうとしているカード型エリューションに狙いを定めた。 そのまま碧衣は正確無比な狙いでカード型へと次々に撃ち込んでいく。 しかしながら、正確無比な狙いのはずの碧衣の気糸はカードの群れに命中せず、その周囲へと飛んでいくだけだ。 だが碧衣は特に気にした風もなく、更に気糸を撃ち続ける。 やがてある程度の気糸を撃ち込み終えた碧衣は、近くに立つ影継の背に問いかけた。 「影継、三発……いや、二発といったところか?」 すると影継は不敵に笑い、魔力のナイフを抜き放つ。 「俺か? 俺なら……」 影継が口を開くと同時、碧衣は今まで撃ち込んだ気糸をすべて引っ張り、一気に手繰り寄せる。 カードの群れを囲むように撃ち込まれていた気糸は一気に締め付けられた。 気糸の束はまるで投網のようにカードの一枚たりとも逃さず絡め取る。 碧衣は更に強く引っ張り、締めつけることでカードの群れを一つの塊に圧縮した。 「……一秒で十分だ」 その答えとともに影継は全身のエネルギーを込めた魔力のナイフを一閃する。 より集まった所に、凄まじい破壊力の斬撃を叩きつけられ、トランプの群れはまさに一網打尽。 影継の宣言通り、カードの群れは、彼が刃を振るってから一秒で無力化されたのだ。 一方、焔は暁穂へと合図を送る。 「私たちも行くわよ、暁穂!」 「了解よ!」 焔と暁穂の二人は床を蹴って走り出す。 右側から襲いかかるトランプの群れをしっかりと見据えた二人は、それぞれ同時に拳を握った。 焔は自分の利き腕へと力を集中し、激しい火炎を纏わせていく。 やがて鍛え抜かれた乙女の拳は、恐るべき業火を帯びた。 同じく暁穂も鮮やかなブルーにカラーリングされた手甲を纏う利き腕に力を集中する。 暁穂の利き腕には電気が走り、肘辺りまでを覆う手甲は、他ならぬ暁穂の生み出す雷気を帯びて蒼く輝く。 火炎と雷電、それぞれ異なる力を利き腕の拳へと纏わせた焔と暁穂。 二人は阿吽の呼吸で左右それぞれの方向に向けて走り出す。 カードの群れを挟撃するように左から焔が、右からは暁穂が肉迫する。 そして二人はダッシュの勢いを乗せ、ラリアット気味に振り抜いた利き腕をカードの群れへと叩きつけた。 左から火炎、右から雷電に焼かれ、カードの群れは一枚も残らずに消し済みとなる。 二つのエネルギーを同時にぶつけた威力たるや凄まじく、その攻撃は我妻にも文字通り飛び火した。 「あづづっ!」 飛び火がタキシードに燃え移った我妻は大慌てでそれを脱いで放り投げる。 幸い、穴が開いただけでそれ以上燃え広がることはなかったが、先程のような余裕たっぷりの彼からは想像もつかないようなうろたえ方だ。 気が付けばもう手勢が半分になった我妻に、シェリーが正対する。 「魔術師と魔道士らしく、機知の戦いといこうか」 その言葉とともにシェリーが放ったマジックミサイルが、我妻の周囲を飛ぶスカーフ型に炸裂する。 それが合図となった。 次いで影継が斬撃をスカーフ型に叩き込む。 「神秘の蒐集は悪かないが、自分に憧れる奴を騙してって性根は気に食わねぇな。マジック我妻、アンタはここでブッ潰す!」 更に彼等の攻撃は続く、碧衣の気糸が、のぞみの斬撃が、焔の火炎と暁穂の雷電、そしてななせのハンマーが次々にスカーフ型へと襲いかかる。 二枚もあったスカーフ型といえど、流石にそれだけの攻撃を受けきれるはずもない。 原形を留めないまでに破壊され、あっという間に我妻はノーガード状態になる。 「魔術師って言うけど、ようは手品師のちょっと凄い版じゃない。神秘に頼らない分、普通の手品師の方がよっぽど凄いわ! だから、アーティファクトに頼りすぎて戦い方がお粗末なのよ。出直してらっしゃい!」 暁穂が言い放つと、我妻は癇癪を起したようにまくし立てた。 「黙れ黙れ黙れ! 今から貴様等にも私の魔術の素晴らしさを理解させてやる!」 我妻は帽子を取ると、中から奥の手とばかりにボックス型を出した。 彼の怒りに呼応するように、ボックス型は蓋を開け、舞姫へと襲いかかった。 「いけな……!」 咄嗟に避けようとする舞姫だが、それより早くボックス型が彼女を呑み込む方が早い。 すぐに蓋が閉まり、更には鍵がかかる。 我妻は嬉々としてボックス型に駆け寄ると、帽子から大量の短剣を取り出した。 「マナーのない小娘め……これで終わりだぁ! ははははは――へぶっ!?」 全ての短剣を刺し終えた我妻は、箱の前に立って勝ち誇ったように笑う。 だがその直後、勢い良く開いた蓋が顔面を直撃し、我妻は吹っ飛ばされて尻餅をついた。 「な、なぜだぁっ!? 間違いなく死んだはず!?」 鼻血を垂らしながら驚きの声を上げる我妻。 彼の見る先では、舞姫が蓋を蹴破って出てくるところだ。 「忘れたのですか? あなた達フィクサードと同じく、私たちリベリスタも運命に愛された存在であると」 「ま、まさか『幸運にも助かった』のか……!?」 唖然とする我妻に向けて、舞姫は言い放つ。 「種も仕掛けも無い。本物の華麗なる復活マジック、ですね」 我妻が唖然とする横で、ななせが巨大なハンマーを振り上げ、ボックス型を容赦なく叩き壊す。 「こんなの、とっとと壊しちゃいますねっ」 遂に一人となった我妻に素早く近付き、舞姫は脇差で峰打ちを叩き込んだ。 更には焔が懐へと入り込む。 「一撃叩き込まないと気が済まないのよ! 夢を掴もうとする乙女を誑かした罪は重いわよ?」 そして焔は炎を纏った拳を彼に叩き込む。 「ぐぇ!?」 峰打ちと拳打を受けた我妻は、情けない声を上げて気絶し、あえなく捕縛されたのだった。 ● 戦いを終えてしばらくした後、碧衣は美粧に語りかけた。 「マジシャンは己の技術を磨いて向上していく者じゃないのか? まあ、仮初の力に頼る事を良しとするような矜持しか持ち合わせていないのであれば、私に言える事は無いが」 次いで暁穂が励ますように言う。 「大脱出とか、確かに派手よ。でも、マジックってそれだけじゃないわよね? 手先を使う、手品みたいなのとか……派手さは劣るかも知れないけれど、内容次第では十分驚かせられない? 別の道を探す、努力してなんとかする。楽して道を開いたって、ロクな未来は待ってないわ」 二人に続き、のぞみも美粧に持ちかける。 「こんな道具に頼らず、ヨガなどを習ってみてはいかがですか? もうちょっと努力をすることをオススメしますよ♪」 ややあって、シェリーも美粧に歩み寄った。 先程と同じく、相手を思う気持ちは通じると信じ、真摯な態度でシェリーは美粧に言い聞かせる。 「どんな夢も、何かに頼っている限り自分の為にならない。いずれなくなるモノ。問題を先送りにせず今から取り組んで行かなくては、本当の意味でプロとは呼べないのではないか?」 両手を胸元に寄せ、『フレシェ』の瓶を握り締める美粧。 彼女の目をまっすぐに見つめた焔は、優しい声で言葉をかける。 「……ねぇ、美粧。体質のせいで道具に頼りたいって気持ちも分かるわ。でも、ソレだけじ掴めない物が確かにあるの。夢を掴むのは何時だって人の想い。貴女の胸に想いの炎が輝いているのなら、きっと夢が掴めるわ」 すると美粧は、握り締めていた『フレシェ』の瓶を焔に差し出す。 「美粧……」 焔が微笑んで受け取ると、美粧は言う。 「これからは自分の力で頑張ってみようと思う。その……ありがと」 どこか照れたように言う美粧の顔は、晴れやかな笑顔だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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