●シャイニードリーム 夜のドームを彩るのは煌くサイリウムの海。 熱気と歓声に酔い痴れる空間、何千何万という人々の心を掴むのはたったひとり。少女は天衣の如く美しき衣を纏い、この熱狂の世界の中心で舞う。 光る汗、迸る歌。 シャイニードリーム。夢の一時に今、すべてが輝いている。 「ねっへへー、大成功ぞなー!」 楽屋への通路上、わしゃわしゃとバスタオルで汗を拭いつつ少女は興奮冷めやらぬ調子のまま、くるくると子犬のように駆けまわる。 マネージャーをはじめとしたスタッフとライブの成功を分かち合い、方々に大声で挨拶してまわるさまは元気のかたまりだ。ソロライブで三時間ハイテンションを貫いてもなお陰りを見せぬバイタリティは驚愕に値する。 西園寺 伊予。十五歳。地元・愛媛を中心に数年来アイドル活動をつづけ、今では全国デビューし脚光を浴びている。新進気鋭の超新星アイドルだ。 「はい、おつかれ伊予ちゃん」 「だんだん(ありがとう)しおりん♪」 ちうちうとボトルのストローを夢中ですする。ぷぁっ。とある柑橘系ジュースのCMで垣間見せた心地よい呑みっぷりそっくりそのままの仕草だ。 マネージャーのしおりんこと一条 詩織は、そんな伊予のことをいつも見守るお姉さん役だ。 微笑ましく仲睦まじいやりとりは、数年来に渡って苦楽を共にしてきたふたりの絆の表れだ。 楽屋に戻る。 ソファーに倒れ込んだ伊予は「ふにゃー」と熱したチーズみたいにとろけきった。 「――あら?」 テーブルの上に、見知らぬプレゼントの小箱。――不審だ。 一条は携帯を手にし、警備員を呼ぼうとする。その時。 爆炎は猛り狂った。 世界が暗転する。 遠のく意識、聴こえるのは、ただただひたすらに己が名を泣き叫ぶ少女の嘆き。 (――い、よ) 葛藤する。 伊予は、私が居なくなっても立派にやっていけるだろうか。ううん、信じてる。何があっても、伊予は成功する。いや、例え成功しなくてもいい。西園寺 伊予というひとりの女の子が、しっかりと幸せに生きることができたならば――。 そう信じたい。私の人生は、無意味に終わるのではないと、希望を抱いて死ぬために。 「かが、やいて……伊予」 錯綜する想いが、最後になって呪いになる。 どうして、こんな言葉しか残せなかったんだろう。私というアイドル崩れの敗北者は、伊予という偶像を通して再び夢を掴もうとしていた。ずるい大人だ。こんな言葉を遺して、伊予の未来を縛りつけ、私は亡霊にでもなるつもりだというのか。 そう、私が、本当に告げたかったことは――。 ●護衛、捜査、撃滅 「先日の事件、みなさんご覧になりましたか?」 作戦司令部第三会議室。『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、立体視ディスプレイに表示された現場資料ならびに報道映像を背に資料を読む。 西園寺 伊予。 そのマネージャーが爆発物によって死亡する、という鮮烈な事件だ。表社会に衝撃を与えたこの事件、貴方たちリベリスタは知るも知らないも個々人次第だが、世情に疎くなければ嫌でも目にするような衝撃的事件であった。先月の、中華街大火災に並ぶ年末のトップニュースである。 「この爆破事件の犯人は、すでに捕まっています。 犯人は一般人であり、これは警察の領分においての事件でした。――当初は、です。 逮捕後、犯人は護送車内にて謎の“爆死”を遂げました。 ――第三者の関与が疑われます。 警察はこの件を通常の自殺として表向き処理したようです。警察は国家の治安機関としてみだりに神秘を公にすることはできませんので、秘匿せざるをえなかったのでしょう。 ここに至り、アークは独自に本件への介入を決定しました」 真剣な和泉のまなざしに、一同は息を呑む。 「本作戦の目的は、次の三点です。 一つ、西園寺 伊予の護衛。 二つ、事件の黒幕 爆弾魔の捜査。 三つ、Eアンデッド“一条 詩織”の撃滅。 ――表向き死亡したはずの一条 詩織マネージャーはEアンデッドと化して逃亡中です。残念ながら彼女はノーフェイスではなくEアンデッド、生ける死者なのです。アークは一条 詩織の撃滅を決定しています。 本作戦では、大きく分けてチームを三分割することを推奨します。 第一に西園寺 伊予の護衛チーム。 第二に事件の黒幕 爆弾魔の捜査チーム。 第三にEアンデッド一条 詩織の討伐チーム。 それぞれに適材適所がありますので、人選や人数配分は皆さんにお任せします。少数ずつでの行動になるため、編成に気をつけてください。 一月中旬頃、西園寺 伊予の復帰ライブが開催される予定です。当日、万華鏡により再び爆破事件が起きることまでは判明しているものの、残念ながら不明瞭な未来像しか得られませんでした。 ライブ会場のドーム内には、三者が一斉に集います。 ただし、Eアンデッド一条 詩織に爆弾魔を見つけ出す能力はなく、自我が崩壊しているため、西園寺 伊予の護衛に協力してもらうことは大変に危険です。 また爆弾魔が会場内に潜んでいることは確定的です。しかし爆弾魔は遠隔的に西園寺 伊予に危害を与えようとする可能性が高いため、捜査と護衛の両チームがうまく連携しなければ完全なる成功はありえません。 なおアーク本部としては、三点のうち二点を達成できれば成功とみなします。極論、西園寺 伊予が死亡しても“大を生かして小を殺す”の原則に基づき、一般人一名の死よりエリューションやフィクサード等の招く多数の死が重いのです。 チームの三分割を提案しましたが、一箇所を手薄にしたり、あえて誰も配置しないといった作戦も可能です。 また、今回はサポート要員が配属される可能性もあります。 難事件ですが、みなさんの健闘を祈ります」 ●護衛/西園寺 伊予 約一週間、護衛チームは西園寺 伊予のボディーガードを努めることになった。 しかし爆弾魔にバレては警戒を招く。 死亡したマネージャーの代役か、あるいは同行が不自然でない芸能関係者ならば自然と溶け込むことができるだろうか。 西園寺 伊予は事件後、ずっと仕事を休んでいる。 時おり笑顔をみせるが、それは虚勢だ。この一ヶ月は実家の愛媛にこもっていたものの、復帰ライブに備えて都会の自宅マンションでひとり暮らしを再開している。通学する花冠女学院には、まだ正月が明けても顔を見せていない。 「伊予は輝かなくちゃダメなんよ。くじけたら、いかんのよ」 強がりに空元気。 それでも、伊予はいずれ立ち直ることができるだろう。夢と呪いに突き動かされて。 しかし、それでよいのだろうか? 貴方には、彼女の命と心を救うチャンスがある。 ●捜査/爆弾魔 実行犯は爆死した。 護送車の中、いきなり臓腑が爆ぜて死亡した。科学的な爆発物の痕跡はない。神秘による仕業だろう。遺体は原型を留めており、検死解剖後、遺体安置所に厳重に保管されている。 実行犯はマインドコントロールを受けていた可能性が高く、男は他のアイドル絡みで過去にストーカー騒動を起こしていたりはするが、爆発物の高度な知識もなければ、材料の調達経路も不明なため、スケープゴートと目されている。逮捕後も供述調書には無実を訴えるばかりであった。 警察の可能な“司法に則った通常の”捜査手段では限度がある。 真犯人は単独のフィクサード、ないし高い知能を誇るアザーバイトであろう。 貴方たちは己が異能を最大限に駆使することで、神秘捜査を行う他にない。 真犯人は再び、無実の人間を身代わりに事件を起こすであろう。 暴き、裁くのは貴方だ。 ●撃滅/一条 詩織 一条 詩織に希望はない。 ただ、撃滅あるのみ。 過去にアイドルとして活動していた彼女は、エリューションアンデッドと化した結果、怪力のみならず歌唱や舞踏、また魅了など精神に作用する攻撃手段を身につけている。 フェーズ2に移行しており、純粋な戦力においては爆弾魔を凌ぐことだろう。 一条 詩織にもはや冷静な思考能力はない。爆弾魔の正体も分からぬまま、伊予を守りたいという想いと復讐心を根源に、無差別に人々を襲うことも予想される。 ライブ中、歌声に誘われて姿を現す彼女を食い止めるため、交戦はドーム場外で行われる。 誰一人、こんな悪夢を望んではいない。 速やかに引導を渡せ。 それができるのは他ならぬ貴方だ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月29日(火)22:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●7day:撃滅 1/3 「砕いて見せて下さい。ねじ伏せて見せて下さい」 ゆらゆらと幽鬼・死織は彷徨い、何を語るでもなく、 「この絶対鉄壁を!!」 迫る。 『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)は何も答えぬ幽鬼へあえて口上を述べる。 これは己の敷いたルールだ。その宣言はむしろ自分を位置づける為に在る。 開演間近の熱気息づくライブ会場ドームを背に、鉄鍍の盾扉を双腕に携えて立ち塞がる。至高の堅守。迸る緑光を纏って。 曇りなき夜空、満月の夜。 降り注ぐ淡い月光によって、元より街灯の多いドーム外周部を十全に照らしてくれている。 明月と吸血鬼。 それとも、運命という演出家がこの舞台を用意したのは死織のためか。死織の佇まいは、Eアンデッドにありがちな醜悪さとは乖離していた。 仄かに青白い死者の肌に、白を基調とした歌い手のステージ衣装を纏い、灰色の天翼を生やしている。死織のいでたちは、天使を彷彿とさせる。 それはかつて彼女が脚光を浴びた記憶の再現か――。 ●1day:捜査 ――ライブ当日一週間前。 一行は、独自に調査を開始する。 『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)は警察関係者の線を当たることにした。 今回の捜査については、なるべく多岐に及ぶ可能性を調べておきたい。仮に空振りであったとしても、空白が埋まれば消去法で正解へ近づける。 が、それは時間あってのこと。 「すみません、今週一杯はどうかおやすみということで……」 きなこ第一の仕事は、日頃勤務する衣料品店に休暇申請を行うことだった。アークとバイトの両立は大変だ。時にはてんてこ舞いにも陥る。難関である。 ●1day:護衛 某所マンション。 帰宅した西園寺 伊予の足取りは重く、疲労感が見透かせた。相当レッスンに打ち込んできたらしい。人前でない今は、その顔にアイドルらしい精彩さは陰っている。 ふらふらと廊下を歩むうちに、ばったり伊予は倒れてしまった。 「ん、ぅう……」 目覚めると、そこはリビングのソファーの上だった。 まどろむ意識の中、伊予は毛布が掛けてあることに気づいて、 「しおりん……?」 そう呟き、目をこすりながら室内を見回した。こたつに入り、くつろぎ人影。 「おはよう、伊予お姉ちゃん」 『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)は某小学生探偵よろしく猫を被り、微笑む。こたつの上には、縦積みしたみかん×20個のバベルの塔。絶妙なバランス。天才の業だ。 伊予はそのまま目を閉じて、二度寝しようとする。 「『なんだ、夢か』か」 「え?」 リーディング。読心の異能だ。 「『あなたは誰?』か、もっともな疑問だな」 伊予はぽかーんと呆気に取られている。 陸駆は落ち着くように言い聞かせ、急須のお茶を差し出すと一通りの説明を丁重に行った。読心の芸当が印象強かったらしく、神秘云々の件はすんなり理解してもらえた。 「つまり、君を護るにあたって、僕は君の弟――西園寺 リクトを演じる。愛称はりっくんだ」 「り、りっくんですか?」 「待て、よそよそしく標準語で話すな。田舎から姉を心配して上京した弟に対して不自然だ」 陸駆の電球がピカリと光る。 「いや待て、だったら僕も愛媛弁を使いこなさないと不自然だな……。ん、『この人バカっぽい』って失礼な! 僕は天才だぞ!」 「くすっ、みょーな弟ぞなもし」 伊予は笑う。それから一週間、陸駆の\天才!/発言が計らずも伊予を和み励ますことになるとは、とうの陸駆は予想していただろうか。 ●2day:護衛 『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)は今日もアイドル研究生として伊予とダンスレッスンを共にする。硝子細工のように繊細で美麗な少女たるリンシードは、齢十二の背丈に反して陰のある神秘的な雰囲気が大人びている。 音楽に合わせて踊るさまは緻密にして華麗、不慣れによる不完全さはあっても不思議と画になる。目立ちすぎてもなるまいと、わざと身体スペックを常人並みに抑えて舞踏するのも一苦労だ。 教室の外では陸駆が見張りにつき、リンシードは無闇に伊予と接触せず、気配遮断とステルスによって革醒者であることを功名に隠蔽する。 レッスン中の伊予は真剣だ。眼差しはナイフのように鋭く、時にリンシードを意識してみえた。 ●3day:捜査 夜の街、裏の裏。 「あ、姉御! かか、勘弁してくださいよ!」 『上弦の月』高藤 奈々子(BNE003304)。 かつて『菊水』に属した奈々子は、組織亡き今でも裏社会に精通している。ダフ屋のような末端の小金稼ぎとは大きく格が違う。おまけに狼女とくれば、半端者は微笑みひとつで平伏する。 戦々恐々とするダフ屋のレイジは、ヤンキー上がりの冴えない若者だ。ドーム会場近辺を縄張りに仲間たちとチケット転売で利ざやを稼いでいる。逆にいえば、会場一帯に最も精通する人物のひとりといえる。 「本当っすから! 箱舟の船頭に流(け)されるほどヤバイもんは扱ってませんて!」 ビビり具合に奈々子は苦笑いする。 「クリスタルは?」 「誓って!」 レイジは両膝をついて頭を下げる。怖がらせて悪かったと安心させ、奈々子は本題を告げた。 「チケット……ですかい」 「そう、仕事でチケット購入者を辿ってったらあこぎなダフ屋に辿り着いたの。とやかく言いやしないけど、おかげで来場者チェックの捜査が座礁しちゃって」 「し、知ってるこたぁ話します! 手伝いやす!」 「そ、いい心がけね」 奈々子は華やかに笑ってみせた。これが一番、レイジには怖かった。 ●4day:捜査 『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)。 単身、彼は探偵を装い別ルートでの捜査を進めていた。仲間の居ない今は仮面を脱いで行動する。 エルヴィンの狙いは、詩織だ。 ブログやレコード店などファン関係者を当たるが、詩織の名を知るものは少なかった。元より、泣かず飛ばずのうちに人知れず引退したアイドルだ。 横浜中華街のはずれにあるレコード屋を尋ねると、老店主は気になる話を語った。 「火災の当日ね、詩織さんが尋ねてきてくださったんですよ。リポーターの仕事の付き添いと言ってましたねぇ。いや、うちは無事だったんですが。 詩織さんが亡くなって、さぞあの人も哀しんで……」 「誰だ、それは?」 「ああ、プロデューサーですよ。今は伊予ちゃんの担当だったかなぁ」 「……感謝する」 ●5day:捜査 『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)の捜査は“猟犬”を主軸に匂いを辿る形だ。 『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)と大石きなこもまた警察を中心に捜査を進めており、役割分担を行いつつも行動を共にしていた。 ともすれば門前払いを受けかねないが、アーク諜報部を介して事前に根回しを行うことで今回ようやく各現場を合法的に尋ねることができた。 第一に爆破事件の現場検証だ。 次に調書や証拠品の確認、そして最後に護送車の検分である。 「ぴっぽーん! あちき、犯人わかったお」 護送車内でのサイレントメモリー行使中、ガッツリは急にそう告げた。 「ええ!? 本当ですか!?」 「マジかよ、流石サイコメトラー。いや、俺の鼻もヒントくらいは掴めた気はするが……」 きなこと牙緑が驚く中、ガッツリはAFで全員宛てに文章を綴り、送りつけた。 ●5day:護衛 「君は……だれだい?」 レッスン中の待ち時間、不意に青年が陸駆へ話し掛けてきた。プロジューサーの柏木だ。 「僕は西園寺 リクト、伊予おねーちゃんの……」 一瞬の沈黙。 「ああっ! 話には聞いてるよ、なんだ、君がリクト君か」 好青年の柏木は気さくに会話し、陸駆に休憩室のお菓子までくれた。疑ってる様子はない。 陸駆は芝居を続けつつ、伊予と稽古中のリンシードへ通達する。 『リン、手筈通りに頼む』 『……承知しました』 そして休憩中の伊予へナイショでひとつ、お願いごとをした。 『あ、もしもしセンパァイ? 日和でぇーす、調査結果が……え、もう犯人みつかった? ご褒美……え、そんなの聴いてない? だって山田・H・花子が……、え、えーー!?』 ●7day:護衛・捜査 1/3 当日夜、ドーム会場。 『』葉月・綾乃(BNE003850)はジャーナリストである。本職だけに取材潜入はお手の物だ。 「潜入成功っと」 今回、護衛は最小限に絞る形となった。事前捜査で犯人を突きとめ、対策も講じてある。最大の脅威は死織とみて、爆弾魔への対処と伊予の護衛は最低限に留めた。かなり大胆な人数配分だ。 「サポートの筈だけど、これは責任重大ね」 事前に関係者の写真を見ておき、瞬間記憶することで部外者の判別は完全だ。 カメラを望遠鏡代わりにして観客席など各所を観察、警戒する。 警備員の格好したガッツリがうろつき、牙緑が猟犬を頼りに火薬の匂いを探している。 開演間近、ステージ上にはバックダンサーとして『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が昇る手筈だ。 『こちら牙緑、爆弾を見つけた。観客席の下だ。……人質のつもりか、許せねえ』 ギリリと歯噛みの音が響いた。 『こちら奈々子、“死織”のおでましよ』 ●7day:撃滅 2/3 「悪い、遅くなった!」 戦いの舞台へ急行した虎 牙緑は、遠合いより疾風居合い斬りを死織へ放つ。 しかし灰色の天翼を振るい、死織は斬風を打ち消した。 「気にするな、僕の計算通りだ……!」 陸駆は白い上着に吐血の赤を滲ませ、強がる。 この場に居合わせる七名は、いずれも十分な実力者だ。目立った穴もなく、人選は最適だ。しかし死織の戦力も存外に高い。陸駆の計算した限りでは、もし三名程度であれば即座に惨敗、五名でも拮抗、七名でようやく優勢といった調子だ。作戦立案の最終段階で急遽撃滅の人数比増加を提案した陸駆という少年は、名ばかりの天才ではない。 ただし、これは大きな賭けだ。護衛と捜査を最小限に絞るには、事前調査において万全を期さねばならない。 『あちきにお任せお!』 ――ガッツリの軽い口調が、なぜか不安を煽ってならない。 死織の魔声が響く。 精神錯乱を招く歌唱の魔力は、奈々子の仁義上等やヘクスの至高の堅守など自己強化を打ち消す一方、さらに魅了と混乱によって翻弄する。 「ブレイクフィアー!」 きなこは聖典を天にかざして浄光を招く。 死織は魔声を奏でつつ、舞踏するように迫り、錐穿つように低空スピンアローキックをきなこへ見舞う。盾で防ぎ、追撃されぬよう振り払うべく聖典でぶん殴る。 「きなこさんのガードの固さ、甘くみてはダメですよ」 戦況の維持は堅調、しかし決定打に未だ至れない。 「くっ、茶菓子の友には渋いお茶です」 ●7day:護衛・捜査 2/3 上演開始。 西園寺 伊予はサイリウムの海を泳ぐ人魚姫となる。 「みんなーっ! 帰ってきたぞなー!」 熱気募る会場を見守る綾乃。舞台上で踊るリリ。 そしてガッツリはひとり、犯人の下へ辿り着く。 「みーつけちった」 舞台袖で伊予のことを手に汗握って見守る青年。プロデューサーの柏木の肩を叩く。 腹部にダガーの冷たい刃をぴとりと這わせて。 「さて問題。樽に入った海賊にナイフを突き立ててくゲームなぁーんだ」 「な、何をするんだ君は!?」 「あちき盲腸の手術受けたことあるんだけど、きっと麻酔なきゃ痛いお。腹ん中に刃入れるのは」 ガッツリの眼差しに、青年は青ざめる。 が、今度は開き直ってくつくつと嘲り笑う。 「お前、どうやって気づいた……?」 「非力な人体寄生型アザーバイドってのは閃きだお。裏づけとしてサイレントメモリーでばっちり護送車さんに“証言”してもらったお。 わんわんが“匂い”を辿って逃走先を割り出したら、おまいの自宅だったお。ついでに“プロデューサーが担当アイドルの家族構成を知らない”のは不自然だお。 爆弾を使ったのは普通の犯罪に見せかけるため。臓腑が爆ぜたのは、口封じと操っていた痕跡の隠滅、ついでに外へ脱出するためだお。人間の絶望を糧に成長する? って動機も証言を“証拠品”からガッポリタップリ用意してあるお」 「くっ、そんなもの法的根拠に」 「あちきらは超法規的存在。ちゅーかアザーバイドの人権を定めた法律なんて日本にあるのけ?」 単なる小娘の凄みではない。 ガッツリの言葉の重みは、十人分だ。一丸となって捜査・護衛した結果に裏付けられており、そこに揺らぎや迷いは一切無かった。 「か、会場に爆弾を仕掛けてある!」 「わんわんお」 ポケットから出てくる、解体済みの爆弾。 「くくく、それだけだとでも?」 「へーいマイク? これは落とし物かぁーい? HAHAHA」 ごとんっ。分解された爆弾入りマイクの残骸も転がる。 柏木はくらりと眩暈を起こす。 「そんな……バカな……!」 逃走を計ろうとしても、革醒者であるガッツリのパワーで爪先を踏みつけ壁に押さえつけてしまえば、非力なアザーバイドには抗う術がない。 「ふ、ふふ……、ふはははは! この」 「『この男の命が惜しかったら解放しろ』だお?」 ダガーを肉海へ沈める。 断末魔の奇声をあげ、男――いや、寄生体アザーバイドは悶え苦しむ。 「馬鹿ナ……!」 「GameOver.だお」 ぐちょらぎっ。 刃の奏でる音色は時に耳障りだ。 ●7day:撃滅 3/3 奈々子は二つの報せに狼の耳をピンと立てた。 『爆弾魔の始末成功』 『スピーカーの設営完了』 前者はガッツリ、後者はダフ屋のレイジに命じておいたものだ。大音量用のスピーカー調達と設営を短時間でこなすには、人海戦術が一番だ。 「詩織さん、貴方の最後のライブステージ」 スピーカーが一斉に息吹く。 「盛り上げましょう」 音楽の大瀑布が、死織の魔声を呑み込む。否、神秘を伴う歌唱に単なる騒音が打ち勝つ由はない。 伊予の歌、伊予の声、伊予の魂。 そして、ふたりの夢。 死織の動きは止まらない。止まれない。抗うように暴れ狂う。 縦横無尽に疾走、爪撃で四方八方を切り刻まんとする。 「自我と知性が失われていても、言葉と音楽は届くはずだ。思い出してくれ、君の想いを!」 エルヴィンの魔弾が死織の肩を撃ち抜き、黒き不吉の影を憑ける。 エルヴィンを庇い、ヘクスが盾扉で爪を弾く。 「詩織さん、聴こえていますか?」 「鏡で見ろよ、自分の姿を」 牙緑の大衝撃。袈裟斬りを浴びせ、死織を十数メートル弾き飛ばす。 「……済まねえな、オマエをそうしちまったのはオレかもしれない」 蘇る、煉獄の記憶。 「すぐに逝かせてやる。冥土の土産を持たせてな。伊予は無事だ。オレたちが守った!」 「ですからお眠りください、一条さん」 リンシードは分身さえ生じる神速を以って迫り、疾風怒涛の連続剣戟で攻め立てる。 脚の腱を切り裂き、転倒させる。敵は死者。猛烈な勢いで自己修復しすぐに立ち直ってくるだろうが、動けない今が好機だ。 ●7day:護衛・捜査 3/3 「ふーっ、無茶するのね、プロデューサー殺人事件の特ダネ書くとこだったわよ」 綾乃は回復の手を休めて一息つく。 柏木Pの腹部を刺した時、ガッツリは幻想殺しで寄生体の急所を見抜き、一突きした。正確無比な一撃は、生存に必要な臓器を避けて潜伏していたアザーバイドを殺傷する。その後、寄生体の死骸を摘出した後、綾乃の天使の息によって傷を塞いだ。 摘出と縫合はリリが行った。超直観と幻想殺し、そしてE研究の学徒という知識が幸いする。 「あぁ、あとは神に祈るのみです」 舞台上では、伊予が三曲目を歌いはじめる前に、神妙な面持ちで語りはじめていた。 それは亡き一条 詩織へ捧げる哀悼の意、そして――。 ●7day:Final 『しおりんと伊予は、おんなじ夢をいっしょに見よったんよ。 ――伊予は負けん。ずっと輝いて、いつまでもこの夢を終わらせん! じゃけん!』 伴奏が疾走する。 それはアイドル一条 詩織の、未発表の最後の曲。三角恋愛。恋の戦いを恐れていた天使のごとき心優しき少女は、諦めて身を退こうとするも恋敵に諭されて、再び羽ばたくことを決意する。そんな挫折と再起の歌である。その詩は、作詞を自ら手がけていた詩織の胸中と重なる。 『“Triangle,Try angel”!』 鏡操り人形は耳を澄ませて、熱唱に浸る。 「聴こえますね、一条 詩織さん。 貴方は死にました。けれど貴方の想い、貴方の夢は……ともに歌い紡がれてゆきます」 「貴様、伊予に伝える言葉があれば伝えてやる」 神の目。絶対零度の眼光を集束させる。陸駆は、静止する死織へ最期に問いかけた。 「一週間後も過ごせば判る。あいつは本当に貴様のことが好きだった」 「さぁ、貴方が本当に告げたかった事は…なんですか?」 沈黙。 誰の問いかけにも応えず、ただ、立ち尽くすのみ。 「言葉より歌のようですよ」 ヘクスは天使の歌声に身を委ね、満月を仰ぐ。その間に各自合流、演奏終了後十名で一斉攻撃、目標を撃滅する。一対十。とうに運命は決しているのだ。 死人に口なし。 詩人に詩あり。 “Triangle,Try angel” 嗚呼、もはや今更に語るべくもないではないか。 -了- |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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