●閉じ込められた永遠 家にはその家独特の空気がある。それは家具の調度からも伝わり、何より住んでいる人間の息づかいが染み込んでいるのだ。 しかし、人が住まなくなっても家はその記憶を留めている。置き去りにされた家具、床のシミのひとつひとつが生活の記憶として染み付き濃厚な匂いが立ち込める。 廃墟マニアのある男性は、その界隈では有名な洋館に来ていた。大正時代の著名な資産家が住んでいたその屋敷は、代々子孫に受け継がれていた。しかし資産家がいつまでも資産家であるという保証はない。その家は次第に没落し、戦後になるとその一族はその家を手放してしまった。 買い手がつかず、手入れする人間もいないため、そこはやがて荒れ果ててしまった。しかしその昔の記憶を残すたたずまいは、いまだにどこか気品を兼ね備え、荒れた屋敷に独特の情緒が残っていた。 「うわあ、噂通り綺麗な場所だ」 彼はカメラのシャッターを切りながら、屋敷の奥へとすすんでいく。やがてもっとも生活を色濃く残すリビングに進むと、そこには色あせたソファーが太陽の光を受けていた。 その光景をカメラにおさめ、さらにリビングを散策する。 「ん?」 箪笥の上に写真立てがあった。それはかつての持ち主であった家族各々の写真があり、合計で六つあった。祖父母と両親、それに娘が二人。なかでも目にとまった写真があった。 椅子に腰かけた豊かな黒髪を巻いた少女は白いドレスを纏い、穏やかな笑みをたたえている。 彼は思わずその写真に見とれ、それを自分の者にしてしまった。廃墟マニアの暗黙のルールとして、家を荒らしたり、物を持ちかえってはならないという課されたルールを忘れて、それを鞄に入れてしまった。 彼は持ちかえった写真を何度も見た。すっかりその少女の虜となり、寝食も忘れた。やがて彼は重篤な恋の病にかかり、現実の女に興味を失くし、遂にはその写真を抱いたまま死んでしまった。 ●永遠の少女 「物語の中や架空の人間に恋することってあるわよね? じゃあ写真の中の女の子はどうかしら」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタ達にそう投げかけた。イヴは続いて今回の事件の概要を説明する。 「被害者はとある廃墟マニアの男性。そこから持ち帰った少女の写真に恋し、ついにはその妄想とともに亡くなってしまった。実は犯人はエリューション化した写真なの」 その写真は見る者の心を奪い、魅了し、ついには死という形をもって夢想の世界へと連れ去ってしまう。そして人間を衰弱死させてしまうのだ。永遠に時の止まった写真は、未来ある人間の命を奪う。 「この写真はまた廃墟で次の獲物を待っている。次の被害者が出る前に処理して頂戴」 イヴはスクリーンに洋館の地図を映し、リベリスタ達に依頼した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月27日(日)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ノスタルジー 人間は死期が近づくと子供に帰るという。それは人間のもっとも幸せだった記憶が、幼少の思い出にあるからかも知れない。日が暮れるまで遊んだ夏の光景に、特別な感情を抱く者も少なくないだろう。 写真はおそらく、そういう人間の感情を食い物にしているのだ。それは許しがたいことに思える。 空に日が上り始め、明るくなってきた頃。リベリスタ達は、例の廃墟の前に集まっていた。その洋館は、昔の栄光が伝わってくるほどには大きく、立派だったことが窺える。意匠を凝らしたその様は、荒れ果てた今でも人を充分に惹きつける。いや、廃墟になってしまったからこそ、人々に様々な感情を起こさせるのかも知れない。 『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)はその屋敷を見上げながら息を吐いた。 「なるほど、すごいですね……」 これほどの美しさならば、廃墟マニアの界隈で評判になってしかるべきだろう。しかし緩やかに衰退し続けるこの屋敷とは対照的な存在が、この屋敷には潜んでいる。すなわち、あの少女の写真だ。一瞬を記録したにすぎない写真が、永遠を主張し、さらにそれに見せられた人間を死に追いやっている。 それに疑問と、違和感を感じざるを得ない。 「写真のなかの永遠、ですか……」 それにはなにか白々しさがあるようか気がする。何か虚無的なものを光介は感じざるを得なかった。 「こういう場所は、きらいではないのだがな」 『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は呟く。人気がなく静かな場所がたたえる独特の雰囲気はなんとも言い難い魅力がある。 「時間があればゆっくり鑑賞したいものだが、あいにく仕事だからな」 そんな風に呟きながら、着々と人払いをする。 「立ち入り禁止」の看板を立て、強結界を張る。そうすれば充分だろう。 一行は、錆びた門を開けて、屋敷の中へと進んでいった。 屋敷の中も、外観から予想した通りだった。長く人が住んでいなかったにしては、大きく荒らされた痕跡もない。ただ、相当の歳月が流れているのは確かなようで、窓ガラスはところどころ割れていたり、ひびが入っていた。少しほこりっぽく、『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が小さなせきをする。 「うう、やっぱり手入れする人がいないとこうなりますよね」 光介と寄り添っていた心は参ったと言う風に溜息を吐いた。 「さっさと探しちゃいましょう。やっぱりリビングが定番ですよね」 そう提案して、生活の名残がある部分から徹底的に探すことにした。 ●生活の記憶 『闇狩人』四門 零二(BNE001044)はリビングにある暖炉の傍に置かれた椅子に注目した。火のあるところには人が集まる。そうすると、おそらくここも家族が集まる中心だったに違いない。その光景が目に浮かんでくるようだ。 「どこから攻撃が来るか分からない。気をつけろよ」 『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は零二の肩を軽く叩いた。ぶっきらぼうな口調の中にも思いやりが伝わってくる。 『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)は神経を研ぎ澄ましながら注意深くリビングを探索する。あちらから攻撃を仕掛けてこられても、対応できるように。 「うーん、特にめぼしいものはないみたいだね」 気配も感じられないということは、リビングではないのかも知れない。 「もしかして、食堂ですかね?」 リビングにいないとるすると、家族が談笑する場は食堂しかない。重苦しい扉を開けると、そこにはいるはずのない人間がいた。長いテーブルには色とりどりの豪華な食事が並べられている。湯気さえくっきりと見えた。一番上座にいる老人が、訝しげにリベリスタ達を見る。 「――家族の食事の時間を邪魔するだなんて、ずいぶんぶしつけじゃないかね」 「あらあら、きっと仲間に入れて欲しいのですわ。ねえそうでしょう貴方がた」 「お客様はもてなしませんと」 家族はこちらを振り返り、クスクスと笑う。その光景が穏やかなぶん、よりいっそう不気味さが浮き彫りになった。 「ふん、わざとらしい永遠などまっぴらだな」 鉅がそう吐き捨てると、和やかだった家族達は一気に顔をしかめた。 「あらまあ、なんて分からずやな方なのかしら」 家族がそろってリベリスタ達に向かってくる。そしてその中心には、男性を死に追いやった美しい娘が微笑んでいた。 「永遠というものが、どれだけ素晴らしいか、教えて差上げますわ」 ●家族の虚像 あたたかい家族の光景は霞みとなって消えた。テーブルに並んでいた料理は消え、誇りがかぶって、施されていた金の装飾の輝きはすでにない。その中心に、家族の写真が一式並んでいた。 不気味さが際立つ中で、家族の光景だけは在りし日のままを止めている。 リベリスタ達はすぐさま戦闘態勢をとった。 『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)は後衛の仲間達を庇うように前に出る。 「後ろの方々には手出しさせませんよ!」 接近し、家族の虚像が襲い掛かるなかを駆け抜ける。しかし虚像に振り回されるばかりではない。本体をしっかりと捉え、まず祖父の写真を切りつけた。 そうすると虚像がぶれて、消える。本体である写真と虚像は連動しているようだ。 「少し数が多いね。おとなしくしていて貰おうか」 零二は固まった敵を目がけて広範囲のフラッシュバンを仕掛ける。これで動きが鈍くなれば、仕留めやすくなるだろう。 のろのろと動く写真を見て碧衣はにやりと笑った。そして手始めに祖父を挑発する。 「ほらそこのおじいさん、相手してくれない?」 自信満ちた顔で笑いかけると、思いの外あっさりと思惑にはまってくれたようだ。写真に限らず老人は、生意気な若い娘がきらいなのかもしれない。 挑発にのった老人は、まんまと手中にはまる。 家族の輪から離れ、エレナに向かってくる。自分の守りが手薄なことにも気付かずに。それを目がけて後ろから魔法の矢が飛んだ。つぎつぎと写真に刺さり、突き抜ける。それは少し痛ましい光景ではあったが、確実にダメージは蓄積しているはずだ。 それをすかさず鉅がダガーで切りつける。祖父の写真は力なく、床に落ちた。 「みなさん、がんばりましょう!」 梶原 セレナ(BNE004215)は味方に守護を施す。この戦い、守りが肝心だ。着々と有利な状況を整えることは、彼女の得意とするところだ。一見地味に思えるサポート役というのは、パーティの重要な柱なのだ。攻撃が来る前に体勢を整えなくては。 一方、家族は黙り込んでいた。集中砲火を受け、あっさりと倒れた祖父を見届けた家族の顔が、みるみる歪んでいく。 「永遠を邪魔するなんて、なんて無粋なの?」 少女の虚像が大きく膨らみ、リベリスタ達を捉える。笑い声を上げながら、家族の幻を見せた。それは寒い冬に暖炉で談笑する光景。何ものにも侵しがたいそのひと時。 「おじいさまを葬るなんて……、許せない」 理想の家族を壊された彼女は、憤る。 碧衣はくらくらとする頭でぼうっと空を見詰めた。 「しっかりしてください! あなたは誇り高きリベリスタでしょう?!」 紗理の声が響く。碧衣ははっとして、ぼんやりしていた目の焦点を合わせ、倒すべき敵をしっかりと見詰めた。 「みなさん、元気を出して下さい!」 後方で心に庇われていた光介が味方を癒す。その息吹は味方の傷を癒し、立ち向かう勇気を与えてくれる。 「術式、迷える羊の博愛!」 威勢のよい声に味方は傷ばかりでなく心も励まされる。後ろで自分を受け止めてくれるものがいる。それ以上に心強いことなどない。癒し手がいるからこそ、思う存分に立ち向かえるのだ。 紗理は決意と共に飛びだし、強烈な一撃を写真にくらわせる。祖母の写真はそれをもろに暗い、なぜか味方を攻撃し始めた。 「まあ、お婆様! 何をなさるのですか?」 敵が混乱する声が響く。その様子を見て薄く微笑んだ。 「思う存分同士討ちして下さい」 紗理が放ったアル・シャンパーニュは効果てきめんのようだ。祖母は愛しいはずの家族が崩壊する手助けを行う。それによって写真達の息は乱され、攻撃も思うようにいかない。 軌道が外れる。素早いリベリスタの動きに対応できない。祖母の写真も祖父の時と同じ作戦で、ピンポイントを施し、味方がいっきに叩く戦法を取る。祖母を切り捨てる訳にもいかない家族達は、リベリスタの術中にはまっていくだけだ。やがて祖母か力尽きると、少女は目を見開いて怒る。 「おばあさま、ああ、なんてことなの?」 少女が望んでいるのは、どこまでも自分の穏やかな夢を維持することだ。少女は怒りを抑えた顔でにっこりと笑う。 「あなたがたをお客人として迎えてあげてもいいんですのよ? ほら、一緒にお話しませんこと? おいしいお茶も入れて差上げてよ」 それは春の光景だろうか。朽ちていたはずの庭には、季節の花が咲き誇る。そこで少女は笑っている。そよ風に日傘が揺らめいていた。 まるで映画のワンシーンのように整ったそれ。だがしかしそれだからこそ、気味悪さが際立つ。やがてその情景は歪み、押しつぶすように迫ってくる。 「うふふ」 少女は無邪気な笑い声をあげた。そしてその家族もそれにまじってクスクスと笑う。 光介を庇った心は敵の攻撃をくらいふらふらと、頼りなげに膝を折ろうとしていた。それをいち早く発見したビジリスがすぐさま回復に向かう。 光介は傷ついた味方を癒しながら、リベリスタたちは不屈の心で立ち向かう。 当初の戦略通り、一人一人の家族を確実に潰していく戦略をとった。状態異常で錯乱させ、同士討ちを狙う。その狙いは見事に成功し、少女を残してまた一人、また一人と減っていく。 この優勢は、もはや覆されようはずもない。一度崩れた家族の絆は果てしなく脆かった。そしてとうとう『永久の少女』一人だけになってしまった。少女は倒れた家族の写真を見て呆然としていた。 「ああ、みんな死んでしまったわ……。でも、また家族を作ればいいだけのことよ」 怒る彼女は、もはや自分の傷ついた姿が目に入らない。ドレスはかつての美しさを失い、ところどころほつれていた。まるで彼女を象徴するように。それは見苦しく、また、哀れでもあった。 鉅はその写真の前に立ちふさがり、それを貫いた。幻影が大きく歪む。そして消え去った。 「ふん、ごちゃごちゃわめきやがって。――泥にまみれろ、虚像が」 それを見守っていた光介はその少女の亡骸を見て先ほどから感じていた違和感に気付いた。作り物の永遠などはまやかしだ。永遠は人の心にしか存在せず、だからこそ刹那の時が大切なのだと。大切な人々と過ごすひと時は、ささやかなものでいい。きっと少女は、それを履きちがえてしまったのだ。 光介は小さな手を合わせ、永遠を叶えられなかった少女のために祈った。 ●永遠のありか 家族が消えた食堂には、写真が散らばっていた。もはやなんの力も持たないただの写真は、今度こそ平穏な時に逆らわないでいる。 「せめて供養して帰ろうか」 写真の皺を伸ばしたり、千切れたそれを張り合わせたりして、写真立ての中におさめてやる。古ぼけた写真立てに、それはよく似合っていた。 碧衣は事前に聞いた情報を思い返した。 「そういえば、ここに住んでいた家族は落ちぶれてこの家を手放すことになったんだったな。きっとここで過ごした時間が、一番大切な時間じゃなかったのかな」 少女の心は遂に分からなかったが、彼女の人生で最も穏やかな時間がこの屋敷で過ごした時間だったとしたら。ここでの生活を何ものにも邪魔されたくないと願うのは当然かも知れなかった。 心はその言葉を聞いて、ひそかに目を潤めた。彼女は写真立てを眺める。そして汚れを拭い、食卓の中心に据えてやった。 零二はその家族が誰ひとり掛けず、そろっているのを確認する。 「よし、これでいいだろう」 少女が望む永久を零二は到底邪魔する気にはなれない。ただここでひっそりと存在し続けていればいいと思う。それはまやかしの永遠ではなく、ただここに存在すると言うことが、何かの救いになればいい。 「……此処に、もう、誰も戻らなくとも。……だからこそ、穏やかな静寂を」 一行はこの古びた屋敷を後にした。固く門を閉ざし、今度こそ誰にも邪魔されないように祈りながら。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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