●母を呼ぶ声 郊外の山を切り開いて作られたキャンプ場はなかなかの繁盛具合で、夏休みなどのシーズンには少し混雑するくらいだ。そこにある大学のサークルが親交を深めるためにやってきた。 企画していた行事は滞りなく進み、あとは最終日を残すのみになった。 しかしそこで悲劇が起こる。興味本位で整備されていない山の奥へと出かけたグループのうちの女性が一人、山の奥深くに迷い込んでしまったのだ。 「やだ、みんなどこ?」 声を上げるが応える声はない。彼女は一人だということを悟って途端に不安に襲われる。 鬱蒼と繁った林のなか、唐突にどこからか子供の声が響く。 「うっ、ひっく……おかあさん、おかあさん……」 それがただの迷子の子供の声でないということはすぐにわかった。まるで山全体から聞こえるような悲痛な叫びだったからだ。 「だ、だれ?誰かいるの?」 子供の泣き声はだんだんと大きくなり、すぐ背後に迫っていた。彼女のすぐそばを蛍の弱弱しい光が通り過ぎる。 恐る恐る振り替えるとそこにいたのは透けているちいさな子供だった。 「おかあさん、みつけた」 次の瞬間、女はすでにいなかった。脱げ落ちた靴が横たわる以外に彼女の存在を示すものは何一つのこっていなかった。 ●名のない子供 リベリスタが集合したのを確認して『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はテレビの電源をつけて、あるニュース番組にチャンネルを合わせる。 それはキャンプ場がある山で、相次いで行方不明者が発生しているという事件だった。行方不明者は見つからないらしく、連日報道されている。 これだけならば普通の遭難事件だ。しかし奇妙な点がある。それは行方不明になるのが決まって若い女性だということだ。事実、先日の女子大生が行方不明になった事件も、同じ大学の男子学生がともに山に入ったのにも関わらず、なぜかその女性だけが遭難してしまった。 一通り見た後、イヴはテレビを消した。 「結論からいうと、これは神秘がらみの事件なの。これは警察の仕事ではなくあなたたちの専売特許よ」 イヴによるとこの山は昔、養いきれなくなった子供を捨てる山だったのだという。だから今でも地元の人間は好きこのんでこの山に入りたがらないらしい。キャンプ場は企業がこの山をまるごと買い上げ作ったもので、彼らはこの山が曰く付きであるということはしらない。 最近になってたまたま覚醒因子がこの山の記憶と結びつき、このような事件を引き起こしたのだろう。 「結論から言うと、彼らは母親を求めている。捨てられた彼らは今でも母親を求めているの」 捨てられた子供の意識は集合体となって、自分を捨てた母親をいまでも待ち続けている。 イヴは瞳を閉じ、そしてリベリスタに願った。 「どうかこの子たちに教えてあげて。もう待たなくてもいいのよって」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月22日(火)23:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●間引きの歴史 その地は土地が貧しく、そこに住む者達はただ生きていくために莫大な労力を強いられた。しかしその努力も報われる訳ではない。日照りや長雨によって、作物が実らないこともしばしばあった。 そこで行われたのは間引きだ。植物にするように、それは人間にも行われた。それは生きていく力が弱い者から優先的に取り除き、そしてその対象はもっぱら子どもだったのである。それは苦渋の決断だった。 母親は涙を隠しながら、共に山へと上っていく。そこでせめてもの慰めとして握り飯を持たせた。飢餓に苦しむ農民達にとって、それも貴重な食料だ。しかし今から亡くなる子供のためのせめてもの行為だった。 「おかあさん、これ……」 幼いながらに村の事情を悟っていた子供がためらう。母は優しく頬笑み、「いいのよ」と言った。 手をつないだその温もりに、胸が押しつぶされそうになりながら山道を進む。 「必ず迎えにくるから」 そう言いくるめて母親は去っていく。そうして走り出した。早く村へと帰らないと、また戻ってしまいそうになる。 子供は母の背中を見ながら、着物を寄せた。 またいつ来てくれるのか心待ちにしながら。 ●母求む声 キャンプ場から、人の手が入っていない場所に通ずる道に看板を立てる。念の為に結界も張った。これで万全だろう。リベリスタ達は看板の奥へと進む。 「キャンプですか……。なんとなくいやな感じです」 『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)はそう息を吐いた。今回のターゲットは母親を求める子供の思念だ。そうすると自然と胸のうちに様々な感情が駆け廻る。慈愛の象徴とはかけ離れた自らの親を思い出した。 親を求める子供の姿を言うものはいつだって痛ましい。『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は自身の境遇も重ねてそう思う。彼女は親を知らない。幼いころに死別したため、顔も声も何もかも分からない。引き取る人間が現れなかったため彼女は施設に引き取られたが、そこにいる人間は善良な者とは程遠かった。そこで受けた仕打ちは、今でもアンジェリカの心に影を落としている。その過酷な状況の中で、もちろん本来の親への恋しさは育っていった。しばらく立って彼女を本当に愛してくれる人間が現れるまで、その思慕は大きくなるばかりだった。だから彼女には、子供達の気持ちが誰よりわかるのだ。 『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)は沈んだ面持ちのアンジェリカを見ながら、自身の生い立ちを思った。 「母親を求める子供か……。どうにか救ってやりてえなあ」 彼は孤児院で育った。そのため、母を求める子供の寂しさは理解できるつもりだ。だからこそその苦しみをどうにか和らげたい。 その呟きに、アンジェリカは同調する。そんな二人を『親不知』秋月・仁身(BNE004092)は複雑そうな面持ちで見詰めていた。 「銀も金も玉も何せむに、優れる宝子にしかめやもと詠んでも、どうにもならない事はどうにもならないですよね」 冷え冷えとした声で仁身はごちた。それは誰にも届くことなく闇に吸い込まれていく。仁身が掛けているメガネの奥の瞳は影をたたえていた。彼もまた母親との関係に複雑なものを抱えていた。 彼らだけではない。ここにいる大半の者たちが、あたたかい家庭像など持ってはいないのだ。それだけに今回の事件は胸に重く、そして深く響く。 様々な思いを抱えながら、彼らは暗い道を照らしながらすすんでいった。 山道を進むと、より一層不気味になる。途端、子供の声が響いた。 「くすん……、くすん……。またまちがえちゃった……。本当のおかあさんはどこにいるの? 本当のおかあさんなら、ぼくたちを受け入れてくれる?」 リベリスタ達に緊張が走る。どうやら彼らはまた新たな母親を求めているらしい。攫われた女子大生は、彼らの母親にはなれなかったのだ。攫われて、異様な状況に置かれれば、当然帰してくれと叫ぶだろう。それでは大学生は、彼らの母親になり得ない。 『名のない子供』の求める母親は、彼らを優しく受け入れてくれる存在だ。かつて失った温もり、それを求めるがために覚醒したのだ。そしてそれを満たしてくれる者の来訪を待っている。 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は瞳に決意を込めた。巫女服が闇に翻る。紫月は迷いなく声の方へ歩み寄った。螢が彼女を誘うように光る。 「待たせてしまったわね。坊や……」 紫月は母親のような慈悲に満ちた声を出しながら歩み寄った。手を広げ、警戒心を解こうとする。暗闇に白く浮き上がる子供はその声に反応して顔を上げた。 「おかあさん……?」 「迎えに来ましたよ。だから、もう泣かないで……。置いていってしまって、ごめんね」 紫月は柔らかい笑みを浮かべたまま近づく。白い靄のようなものが徐々に鮮明になり、みずぼらしい子供の姿をとった。紫月は本能的に、それが本体だと悟る。 「ほら、おいで」 子供は満面の笑みを浮かべたが、すぐそれに陰りが見える。 「ほんとうに、ほんとうにおいていかないの? ずっと待ってたよ……」 「ええ、どこにも行きません。あなたをおいて、どこに行くというのですか」 子供がにこりと笑うと同時に、紫月に駆け寄る。心を開いたかと思った瞬間、笑顔に陰りが見える。 「やっと会えた、お母さん。ずっと一緒だよね? もうお母さんはどこにもいかないよね……」 その笑みに不気味なものがまじる。それをまともに見てしまった紫月の脳には様々な家族の光景がフラッシュバックする。彼らの悲しみを、まるごと脳に送り込まれるような感覚。幸せだった記憶、家族の笑い声。そしてそれの終わり。 「っ……!」 胸が押しつぶされ、意識がもうろうとする。思わず倒れ込んで島層になる。しかし紫月は武器をとらない。彼女は慈悲こそが、子供達を救いあげる唯一の手段だと知っているからだ。自分がすべきことは彼らを罰することではなく、救うことなのだ。 けれども子供は紫月の気持ちを知らない。一度裏切られた子供達は、母を求めるあまり、強引な手段を取ろうとしている。ぼんやりと飛んでいた蛍が、紫月を取り囲み始める。 説得が完了するには未だ遠い。それを悟り隠れていたリベリスタ達が姿を現した。子供たちはそれをぼんやりと見詰めながら笑う。指を差して、女の数をかぞえて笑った。 「わあ、おかあさんがいっぱいだあ」 無邪気な声が、夜の山に不気味に響いた。 ●あの日へ帰る 「おかあさん、おかあさん、おかあさん」 その声は一つではなかった。ひとつの本体から様々な声が響く。それは捨てられた子供達の意思だ。一度失った母の温もりを取り戻して、もう逃さまいとしているのだろう。紫月は抵抗せず、説得を続ける。彼らの行為は母を求めるが故だ。 彼らの生への執着を思う。思いが強すぎるのだ。それ故にはぐれてしまった運命を咀嚼しながら『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)は説得する仲間達を後ろから見詰めていた。 『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)は前に進む。子供は涙に濡らした瞳で、向き直る。 「おかあさん?」 「ごめん、残念ながらお母さんじゃないんだ」 プレインフェザーは隠すことなく真実を口にする。子供の目が愕然と見開かれる。紫月の方を見て、唇を震わせた。 「あ、ちがう……。お母さんじゃない。じゃあお母さんはどこにいるの?」 小さな身体は途端に、力を失い地面に座り込む。蛍は彼らを慰めるように、辺りを飛んだ。急激に力がしぼんでいくのが分かる。 「ちょっと理由があって、自分から会いに来れない所に居るんだよ」 できるだけやさしく語りかける。そっと頭を撫でた。 涙が溢れ、地面を濡らす。しゃくり上げながら、声は絶え絶えだ。そしてあることに気がついたかのように顔をあげる。 「お母さんは、ぼくをおいていったの?」 「違います!」 七海はすぐさま叫ぶ。それだけは違うと。 「君達は愛されていた……。決して嫌われて捨てられた訳じゃないんです」 少なくとも彼らは自分よりも思われていたはずだ。七海はあの時味わった痛みを思い出す。母親から認識すらされなくなったあの苦しみを。 覚醒して外見が変化した彼を、母親は受け入れてくれなかった。そうしてないものと同じとして扱われた。この壊れた関係は、今でも修復出来ていない。そしてその痛みはふとしたきっかけでうずき出す。 けれども、この子たちは違うはずだ。少なくとも、最期の時まで愛されていた。そうでなければ母親を求めるはずがない。 胸の痛みを感じながらそれに呑まれないように深呼吸する。自身の痛みを凝視しながら、同じ痛みを共有する子供へと視線を合わすためにしゃがむ。 「君も……、君もか。涙も悲しいという心も止まってしまうあのどうしようもない時間を」 嘆きが伝わってくる。自分にはついに母親を許すことはできなかったが、この子供たちならあるいは自分が出来なかったことが出来るのではないか。最期まで愛されていたこの子たちなら。 「君達は決して嫌われたから捨てられた訳じゃありません。それだけは解って下さい。お母さんを許してあげることは出来ませんか?」 裏切られ、踏みにじられた心の傷は簡単に癒える訳ではない。しかしそれでも希望があるのではないだろうか。 そんな説得の様子を『奔放さてぃすふぁくしょん』千賀 サイケデリ子(BNE004150)は沈んだ面持ちで眺める。何か言葉を掛けてやりたいとは思うが、サイケデリ子は何も言葉を持たない。母親でない自分には彼らを救ってやることなど出来ない。彼らを救うのは、母親だけだ。 小さな子供は困った顔をする。 「どうすればいいの? ぼくはお母さんのところに帰ってもいいのかな? ずっと待っていなさいって言われたのに待てなかった……」 何人もの子供が経験した、果たせなかった、果たされなかった約束。 「じゃあお前から母ちゃんに会いにやってやればいいじゃないか」 ヘキサが口を挟む。そして力強く笑った。 「きっと待ってるはずだぜ」 アンジェリカも頷く。そして瞳を伏せてこう言った。 「ボクは、本当の両親の顔も覚えていない、その温もりも優しさも、全然知らないんだ。ボクを引き取った育ての親はボクに酷い事ばかりしてた。だからボクは、母親の温もりも、優しさも知ってる君が羨ましい」 愛がそこに確かにあったならば、その愛を取り戻してほしいとアンジェリカは思う。アンジェリカにもひとときの温もりを与えてくれた人がいた。その時間が戻ってくるならどんなにいいだろう。そして子供達に向き直る。 「君が母親を求める気持ちは解るよ。ボクも叶うなら、本当のお母さんに会いたい。でも君のお母さんはもう天に召されてるんだよ。君がしている事は、他の子からお母さんを奪う事なんだ。君と同じ思いをする子を増やす事なんだよ。だからお願い、お母さんの温もりを大切と思うなら、他の子からそれを奪わないで」 語りかけると、子供は自分の運命を悟ったのか、空を見上げた。暗雲に覆われていた星が姿をあらわす。 「ずっと一緒に居たかったと思う。後悔したと思う。お前達が思ってるのと同じくらい、会いたがっていると思う。会いに来られない母ちゃんの代わりに、お前達から会いに行ってやんねえか? 一人じゃいけないなら、あたしが送ってやるから」 プレインフェザーは月を模した自身の武器を構えた。 「そうだ、お前の母さんになれなかったやつはどうしてる? 返してくれるか?」 子供は小さく頷き、そして目を閉じた。本当の母親に会いに行くために。その表情は、今から深い眠りにつくように穏やかだった。 ●帰還 子供達は帰ることが出来たのだろうか。あの夏の場所へ。あの穏やかな顔を、信ずるならばきっと。子供たちが霧散した場所から、何かが地面に落ちた音がする。女子大生は暗闇に倒れていた。まだかすかに息があった。応急処置を施し、警察に連絡する。 「母親でなかったのなら、攻撃する理由もなかったのでしょうか」 紫月がぽつりと呟いた。彼らが強引な手段をとったのは母恋しさゆえだ。母ではないと判断したのなら、無理に止める必要もなかったのかも知れない。 事務的な処理を済ませ、リベリスタ達はしばらく子供達に思いを馳せた。彼らが今度こそ、本当の母親に再会できたことを祈りながら。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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