●入魂一滴 ズズ…… まずは一口。レンゲに満ちるスープをそっと啜る。 濁ったスープが舌に絡まり、香味野菜や肉、魚介の旨み、香りが口いっぱいに広がる。 飲み込む。濃厚なスープに反して、鼻腔を抜ける後味の滋味深きこと、爽やかなこと。 多数の味わいが複雑に絡み合うスープはダブルスープという奴だろうか。最早なんの出汁なのかも分からないのだが、そんな複雑なことはどちらでもいい。とにかくこれは確かに美味い。美味いものは美味い。 次は麺である。太く、ややよじれている麺は固ゆでで、濃厚なスープと程よく絡み合う。歯ごたえも最高だ。 それから箸で摘むだにほろほろと崩れかけるチャーシュー。これもまた厚切りでボリューム満点。空腹にドカンと訴えかける力強さを持っている。 この美味さは科調の味なのだろうか。 いや、この店に限ってそんなはずはないとも思うのだが、だけどとにかく、それはとてもとても美味かったのだ。 「別にいいけどね、ねえイモコ」 「ワン」 呼ばれたならば犬のように返事を一つ。 このラーメン屋に集っているのはケチャップマスターというバンドメンバーである。彼等の表情は皆一様に浮かない。 いつも可愛い着ぐるみ姿。語りかけたヨークの隣に座るイモコ灘はワンとしか言わないことがポリシーだ。勿論彼だけは何の注文もしていないのだが、それはこの際どうでもよかった。 ともかく年明け早々に、場末のラーメン屋で若者達がくだをまいているには訳がある。 そも、彼等はバンドメンバーとは名ばかりの殺人集団であり、黄泉ヶ辻に所属するフィクサードである。 人体を破壊する音を音楽と呼び、ライブと称しては殺戮を繰り返してきたのだが、ここにきてどんづまってしまった。 浮かぬ顔の理由もその半分は単純、アークとの交戦に敗退した上、彼等のお目付け役だったプロデューサーを失ってしまった彼等は、哀れインディーズに逆戻りしたのである。 ならば残りの半分はどうなのだろうか。 それを語る前に、今しがた彼等が汁の一滴まで食べつくしたラーメンの一杯に着目したい。 目の前で黙々と湯切りを続ける店主は、頭にタオルを巻いて黒Tシャツといういかにもな絵姿で鋭い視線を光らせている。 カツン。 テーブルにどんぶりを置いたヨークが顔を上げると、脳裏に一つの音が響いてきた。 カツン。カツン。 小気味良い音が響いてくる。これはハンマーで骨を砕く音ではなかろうか。 腕組どや顔の店主と視線が絡み合う。見えぬ火花が飛び散る。 その時、奇跡が起こった。 \ 人 骨 ラ ー メ ン ! ! ! / これは人の骨から出汁をとったラーメンだったのである。 奇跡のコラボレートが始まろうとしていた。 ●残りの半分 ブリーフィングルームの空調が少女の髪をさらさらと撫で付ける。 「で、残りの事情ってのは?」 こんな連中がしでかす事件とは何なのだろうか。 大方くだらないものなのだろうと予測したリベリスタは、表情も変えずに手元の資料をめくる。 「はい」 予想通りだったろうか。それとも想定外だったろうか。 とにもかくにも、リベリスタ達の目の前に突きつけられた事象は、矢張り下らないものだった。 「山梨県甲斐市、竜王駅前で人々がノーフェイス化される事件、ねえ」 物騒な話だ。巻き起こる騒ぎがずいぶん大きい。 度重なる『黄泉ヶ辻』関連の事件だが、この手合いとくれば―― 「例の黄泉ヶ辻糾未の『次の遊び』が噛んでるってことだな」 「はい。同様の事件も、万華鏡に多数観測されています」 「なるほどね」 資料によると、どうやら事件の鍵となるのは『ハッピードール』と呼ばれるお手製のノーフェイスに、『カオマニー』と呼ばれるアーティファクトらしい。 当然、その本来の所有者は黄泉ヶ辻糾未なのだから。 「つまり連中は未だ、糾未の統制化にある訳だな」 「はい。そして糾未さんは何らかの目的で、彼等に儀式を行わせようとしているようです」 哀れなノーフェイスとアーティファクトを使って。 「それで、何を使ってどうやって?」 話の全容は未だ見えていないのだから、至極当然の疑問だ。 質問を投げるリベリスタに、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)はマウスの操作で応答する。 そこから。言葉はなく。 エスターテの静謐を湛えるエメラルドの瞳に揺れ動くのは、反射したモニタの映像だけだった。 ●ヘラシャース! 閑静な住宅街の只中に、有名建築家がこしらえたという大きな駅はずいぶん不釣合いだ。 八ヶ岳卸が吹きすさぶ真冬の駅前は、いつもなら人影も疎らであるはずなのだが。 「入魂ラーメン一つ下さい!」 「シャッサース!!」 スタッフの威勢良い声が響いてくる。 「背油ラーメン野菜マシマシニンニク油!」 「シャッシャッシャース!!」 「固め少なめ薄味一つ!」 「はい! かたすくうすいち!」 屋台に仮ごしらえの厨房でケチャップマスター達が身を包むのは定番の黒Tシャツ、頭を飾るのは海賊結びのタオルバンダナだ。 カツン。 「はい三番さんに普通盛り一つ!」 「ヤッサッサー!」 あれから程なく、ヨーク達が弟子入りしたラーメン屋は何の因果かこの小さな町の駅前に屋台を開いた。 バンドメンバーも一緒である。 「しゃっしゃっしゃーっしゃーー!」 これから巻き起こる事態に、彼等は心躍らずにはいられない。 カツン。 このアーティファクトを仕込んだ鍋に様々な因果事象を詰め込んで煮込んだ特性スープを飲み干せば、それはそれは結構な確率でノーフェイスが出来上がってしまうのだから。 ――カツン。 こうしてスープを煮込んでいる間も。 チャーシューを乗せている今も。 いつだってあの音が心の中に響いている。 今朝も、いや夜中の内から。何本もの骨を砕いた。汗水たらして一生懸命に洗った。 魂が篭っている。きっといいスープが出来るだろう。 それになにより、最高の音だった。 次はノーフェイスの骨を使って、あの音を響かせるのだ―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月20日(日)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●\@@@ 中 @@@/ 八ヶ岳颪が吹きすさぶ甲斐市、竜王駅。 普段、人影すら疎らであるのは、駅ではなく国道に依存した地方の新興住宅地特有の事情と言えるが、この日だけは違った。 こんな寒い日、こんな駅前に、二十名以上の人間が集っているのである。 「へらっしゃあーらい!」 「へい! 塩大盛りニンニクで!」 「うーーーーい。ォライ、ォライ」 人々の目的は新規ラーメン店舗の屋台テントにあった。 テントの奥でコトコトと音を立てている鍋から立ち上る熱々の湯気と、アスファルトに置かれたいくつかの薪ストーブがなんとも趣深い。あたり一面に香味野菜と出汁を煮込んだ良い香りがする。 だが―― コートやジャケットを着こんで一心不乱にラーメンを啜る客達の横目に、一台の黒塗りドイツ車が停車する。 「おうおう! まてや、てめえら」 怒号と共に車から現れたのはサングラスにオールバック、腰を絞り込んだ紫のスーツ、キツイ花柄のシャツという恐ろしい身なりの男だ。水商売にしては攻撃的に過ぎる。誰がど見てもその筋の人間だろう。少なくとも気のいいロリコンの兄ちゃんには見えはしない。 「お、おい……」「あれって」 「チッ、素人が」「ロット詰まりが起こりやがる」「ラーメリアン舐めやがって」 ざわめき。一部マニアな客達の控えめな罵声。一瞬だけ集中した客たちの視線はおずおずと外される。 そりゃあそうだ。誰だってそんなものに係わり合いになりたくない。 なぜか店員達もビビっている。外れないのは店長の射抜くような眼光だけだ。 一般人達の動揺を他所に、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)は睨みを利かせる。 「誰に断って此処に店出してんだ? ああんっ!?」 彼はそのまま店員の襟元を強かにねじり上げた。 「しゃ、しゃらっしゃーす!」 浮き足立つ客たちと、店員の場違いな挨拶が寒空の下に響き渡る。 「此処で店やりてえなら、筋ィ通してもらわねえと、大変な事になっちまうぜ? なァ?」 「ひ、ヒイッ!?」 「ダ……ダァシェリエス!?」 おびえる一般人はこれで良いが、店員も話にならない。これがハッピードールという相手なのか。こいつに限ってという気もするが、兎も角。竜一が掴んだ手を離すと店員はその場に崩れ落ちた。 そして―― 「討ち入りだぜ、ひゃっはー!!」 親分の登場である。黒い派手な着物姿にサングラス。平素三下役を自称する『√3』一条・玄弥(BNE003422)だ。 どことなく組長というより切り込み隊長と言った風情だが、なかなかどうして見栄え抜群で、こんな役も板についているような気さえする。 徐々に騒然とした空気を放ち始めた店内で巻き起こるのは潜めた息を飲み干す音。汁を飲み込む音。 「やべぇ、あれ一条組のヤツらだ。目付けられたらやばい。逃げようぜ」 「もしかしてこのラーメン屋やばいんじゃ」 「え……」「美味ぇ」 「ヤクザ同士のシマの争いだって、巻き込まれないようしようぜ」 そのまま浮き足立つ客達。 「ねえ、此処にいちゃ危ないよ」 いつの間にか列に並んでる少女が、ボケっと立っている親子連れをつつく。 「警察です!そこまでにして下さい!」 客達。集団心理が働くのかにわかに逃げ始めるということもなかったのだが。 「マッポが首を突っ込んできて何様のつもりじゃい!」 すかさず怒声を浴びせる竜一。純粋な恐怖に客達の空気が一気に萎縮する。 「極道舐めてっと弾くぞ、コラァ!?」 「怖いよお、逃げなきゃ」 若い女性が己のカバンを握り締める。 「警察」「来た見たい」「キャー。怖いですわ」 最初に席を立ったのは誰だったろうか。これもまた集団心理だろうか。一人が走りはじめれば後は誰もが一目散。立ち尽くしたまま狼狽しているのは店員達だけである。 「ん、どっかで聞いた声」 ヨークが首を傾げる。 「よおよおよお、ヤクザだか警察だかしらねえけど、ウチのラーメンにケチつけられ……」 硬直するヨーク。あんぐりと口。 「げぇっノエル」 「ミス全殺し!?」 ヨークの視線の先に居たのは、警官に扮した『ミス全殺し』こと『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)であった。 その時―― 「ほな行くでえ」 闇色の波動が戦闘開幕のドラとなり、店員を巻き込み即席のカウンターにぶちまけられた。 ●てけてけてんてんてってってー(ぼわーん) 組長こと玄弥がニタリと笑う。数名の店員が傷を負い、カウンターはズタズタに破壊されている。 「まずはお宝の破壊でさぁ」 リベリスタ達の狙いはフィクサードであるラーメン屋達の撃破と、もう一つは鍋に仕込まれているというアーティファクトだ。鍋の方は派手に転げたがアーティファクトが破壊されたかどうかまでは分からない。 「入魂スープを……!」 どこか浮き足立つ店員達をよそに唯一人、寡黙に青筋を浮かべた店主が玄弥の眼前に立つ。直後、丸太のような腕で首を掴み、そのままキャンプテーブルにたたきつけた。 「とっとと、乱暴でおま」 首を振り、咄嗟に起き上がる玄弥。この程度で倒れる程ではないが、あばらがいかれている。 客達は散り散りに――否。二名のヤクザと六名だけは違った。 もしや。 「てめえら、アークのリベリスタ!」 「ワン!」 「いや俺そう思ってたけど、客だしいいかなって」 「っざけんじゃねえぞ!」 アルバイトのバンドメンバー達が次々に武器を構える。誰も楽器など持っていない。そもそも弾けるのかどうかすら怪しい所だが、少なくともバイト先にまで持ち込むほど殊勝な連中ではないらしい。 ヨークが詠唱を開始し、すばやく反応したぽこそんの剣が竜一、玄弥を強かに抉る。だが傷は浅い。 「ご明察。ごきげん麗しゅう店長、今日のおすすめは何?」 逃げぬ客の一人が目深にかぶった帽子を脱ぎ捨てる。 アークを知り、ある程度の事情を知り、彼を知らぬフィクサードは居ないだろう。 「あの野郎は――」 「おやおやどーも、ご存知のようで幸い」 投げつけられる丼を危なげなくかわして言い放つ。 「ついでに紹介しておくと僕が好きなのは塩ラーメンなんだけど」 そこに居たのは『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)である。 「出汁は人の骨なんかじゃなくて、ね」 「舐めやがって!」 「いらしゃらーす!」 フィクサード達が襲い来る。 アーク本部、そして交戦経験のあるノエルの情報によればドールは兎も角、バンドメンバー達はずいぶん根性がないらしい。突如現れたアーク代表格など目にすれば、一斉に守りの姿勢にでも入りそうなものだが、そうならないのは魔的な力の発現に寄る。数で拮抗している敵後衛を突く事、アーティファクトを守らせないことを考えるならば、そんなことをされては厄介に過ぎる。 店員の一部が黄泉ヶ辻のメンバー。残りがハッピードールという奴だ。敵の狙いは人の骨髄を人に飲ませてノーフェイスを生み出す事だというのは分かっている。それならばこれもヨリハの演目の一つだということか。 一斉に迫る半数以上の敵を前に夏栖斗は瞳を細める。 演目――おそらくそうなのだろう。だとすれば悪趣味極まりない。 やっぱり――絶対に分かり合えない。 「てえとこいつは結城竜一」 「おうよ」 次々に正体を現すリベリスタ達にもフィクサード達の激発は止まらない。 「カツラ野郎か!」 「カツラじゃねえよ。意味わかんねえこと抜かしてんじゃねえぞ!」 叫びと共に闘気の旋風がフィクサード達を一斉に打ち据える。人形の二体は身動きが取れない。 「カツラだろ」 軽口を叩く赤髪の客も逃げてなどいない。 「てめジース!」 「竜一はノンシリコンだもんな「ロリコンじゃねえよ」」 破顔も強気に。手にしたハルバードは揺るがない。『花護竜』ジース・ホワイト(BNE002417)が背に守るのは癒し手のナターリャ・ヴェジェルニコフ(BNE003972)。パーティの土台であり作戦の基点だ。ジースはこの戦いで彼女を守り抜くことを自身に課していた。攻撃手として優れるジースではあるが、その実、多彩な状況対処能力こそ彼の取り得でもある。 「――さあて」 見物は済んだ。滑稽な三文芝居を映像に残す準備も完了した。これ以上のんびりしていては昼寝になってしまう。 どこを見ても山、山。タバコを吸うのも勿体無いほどの空気だが、だからこそ美味いとも言えて―― 突如、戦場をあまねく焼き尽くす雷光は、天空から舞い降りた『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)によって放たれたものだ。翼を持つ彼女は幻視を用いてもフィクサードに見破られてしまうから、ずいぶん退屈をしていた所だ。 「初めまして黄泉ヶ辻」 「ワン!」 幾本ものナイフを両手に握る着ぐるみ姿に、『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)がぺこりと腰を折る。 その情景は紀元前から脈々と受け継がれる『犬VS猫』の構図だとでも言うのか。状況以外は素敵極まる所だが―― 「アークのリベリスタ、メイだ」 眼前に立ちはだかるイモコに向けて五月は薄紫の刃を構える。 戦いは一見混戦にも感じられるが、敵の半数は夏栖斗を向いている。 リベリスタ達の狙いは火力であるノエルを敵後衛に押し通すこと。ヨークが強力なマグメイガスであろうことは分かっている。だからそれが実現出来れば予測される被害も一気に減る筈だ。 出来なければ――その先を考える必要など無かった。やる他ない。 それにしてもこれが晦冥とは。誰がその皮肉を笑ったろう。 五月は想う。あまりに希望に満ち溢れてはいまいか。 音楽にせよ、ラーメンにせよ。馬鹿正直にキラキラと求道を続けるフィクサード達は、そもそも黄泉ヶ辻には相応しくない気すらする。強いて切り分けるのであれば六道に相応しい領分であろう。 ずいぶん中途半端な敵の姿勢だ。 そしてそれに対するのはリベリスタを極めんとする己等の姿。培った結果と密度こそ比類ないものだが、ともすれば未だ若輩――状況は敵と味方とに別れた一種の切磋琢磨にも見えてしまう。 あるいはだからこそ『今の糾未』に相応しいのはこれであるのかもしれないが―― 「君達の音色、オレに聞かせてくれよ」 さすれば。刃の切れ味を教えよう、と。 至近距離から放たれる無数のナイフの数本を五月は弾く。こうして己が前に立つことで、少なくとも一人は封じた あとは道を切り開くだけだ。 「護る事に貪欲なこの猫の想いを君へあげるよ」 五月の俊敏な見かけによらぬ裂帛の気合から放たれた一撃は、イモコの着ぐるみ姿を吹き飛ばす。キャンプテーブルに頭から突っ込む。弾けた丼の中身がイモコにぶちまけられる。 後は夏栖斗に向かう人形達への処置が課題である。 「人骨仕入れるのもこのご時世、方舟の目もあって大変だよね」 夏栖斗持ち前の総合力の高さに加え、竜一の技で動きも封じられている以上、僅か一体では精神に変調を来たす程の過剰な打撃を受ける迄には至らない。このまま問題なく耐え切ることが出来るだろう。 ●ねえこれ何系ラーメンなん。 こうして戦闘は二順目を迎える。順調な滑り出しではあったが、フィクサード達の苛烈な反撃はリベリスタ達の体力を大きく蝕んで行った。 ヨークが放つ黒鎖の濁流はリベリスタ達を傷つけ、五月、ナターリャを守るジースに、極限の力を解放し終えたノエルの動きさえも封じる。 夏栖斗と竜一は圧倒的な力で人形達の駆逐を始めるが、さすがにこの段階ではフェーズ2のノーフェイスを掃討し終えるには至らない。直後に受ける店主の技は、夏栖斗と同種の力。威力、精度共に彼に拮抗している。 イモコが放つ無数のナイフは守られるべきナターリャにさえも突き刺さり、戦闘の鍵となる彼女の体力を一気にそぎ落とす。倒れる程ではないが危険な兆候だ。 ならばどうするべきか―― さて。あえてここで初心に戻すならば……ラーメンと言えば日本人の国民的代表フードの一つである。 今や系統別に分類さえされ、こだわりのものまで様々なものがあるのだが、この店の追求具合はいかなるものか。 人の骨を使う等、踏み越えてはいけないラインを踏み越えてしまっている。 比内地鶏の鶏塩ならば良かったというのに。ナターリャは分厚い魔道書を掲げる。 「絶対にやらせませんわっ!」 ここで自分達は倒れては、日本の食を守ることは出来ないから。 戦場に満ちる白光が、ノエル、五月に絡みつく黒鎖を粉々に打ち砕き、のみならずリベリスタの傷を癒して行く。 「ミス全殺し! がりっといっちゃって」 果たして。怜悧な瞳を細める彼女も、そんな呼称に苦笑することもあるのだろうか。 「ヨークさん、でしたか」 「ぜ、全殺し……」 表情一つ変えることなく戦場を駆け抜ける銀槍に、ヨークの表情がゆがむ。 それは憎悪か、あるいは恐怖だろうか。 だがその槍が届く刹那の間合いに飛び込んだのは、最後の関門たるシルバー家康であった―― 矢張り。以前の交戦ではバラバラだった彼等も多少は頭を使うのか。この程度ノエルは予測済だ。 「懲りないものです――」 眼前に現れた家康を、ノエルは迷わず貫き通した。吹き飛ばされる家康を他所に、ノエルはそのままヨークへと肉薄する。 「――またお会いすることになるとは、ね」 ヨークの全身が総毛立つ。 戦闘は依然としてリベリスタ優位の状況が覆らない。敵もさるもの。些細なほころびから戦況が裏返る可能性も孕んでいる以上、気が抜ける状況ではないことに違いはないのだが―― 戦闘はやや膠着した状況を迎えている。 「ねえ、あんたらバンドマンなんでしょ?」 だとしたら、演奏ぐらいはしてみせないのか。 サーフグリーンのボディが激しいリフを刻み、再び戦場に紫電が舞う。杏の放つ圧倒的な火力が持久力に劣るフィクサード達を着実に追い込んで行く。極めて危険なユニットだが、フィクサード達には彼女に手を出す余裕がない。 「クソ!」 返答は罵声。弾けたほうれん草さえフィクサード達の髪に飛び散る。 「関係ないけど、ほうれん草だって大事よ。家朗系なら特に」 音にせよ、ラーメンにせよ、独自性を追求するだけでなく、共感してもらわねば虚しいとも思うのだが―― 折角、彼女の住む都会とは違う澄んだ冬の綺麗な空が見られていたというのに。 はやく終わらせよう。 身動きが取れぬジースに向けて、一体の人形が駆けて来る。ジースは己を狙うなら構わないと思う。ナターリャを守れるなら倒れたっていい。だが、そうは上手く行かないことも分かっていた。 その人形さえも元は哀れな犠牲者であるはずで―― 「一般人を人為的にノーフェイスにするとか」 唇をかみ締める。敵が癒し手を狙うのは鉄則だ。なのに身体が言うことを効かない。 「ありえねー……だろ!」 身体が軋む。 ノーフェイスになるということがどれだけ辛いことか。苦しいことか。 ジースは運命に愛される以前の姉がノーフェイスだった時を忘れることは出来ない。 絶対止める。 止める! ――止める!! 腕に衝撃が走る。ナターリャに至る寸手。ジースのハルバードは人形の一撃を止めた。 血鎖の呪縛が粉々に砕け散る。ただひたすらに、愚直であっても守り抜く。 あの時、姉がノーフェイスだった時もそうだった。 いくら傷つこうが、守れるならばそれでよかった。 姉と平和を天秤に架け、彼は姉を選んだ。リベリスタとして『誤った』選択をした。 それすらも後悔はなかった。そうして運命は歪み、巡り、姉は世界の寵愛を得た。 今もそれと同じようなものなのだ。彼女一人守れずに、どうやって世界を救うというのか。 いかにどれ程傷つこうが、彼は倒れない。倒れるわけには行かないのだ。 「行きますわよ――」 背筋を伝う冷たい汗にも構ってはいられない。眼前のジースの背があくまで己を守り続けると言うのなら―― ナターリャはリベリスタ総てを癒しきるまで。 ●双喜の誉れ 再び戦いは巡る。店主の一撃を前に、技を奪命剣に切り替えていた玄弥も膝を付く。 反面、苛烈な攻撃を加え続ける竜一と夏栖斗の前に人形の総ては命を失った。 フィクサード達はと言えば、深く傷ついてこそ居るが、未だ倒れてはいない。 だが、この時点で最早ノエルを阻むものは居なかった。 手加減は抜きだ。その命脈絶つまで―― ノエルの銀槍が、彼女の信念が煌く。詠唱を続けるヨークの腹部に吸い込まれ、背までを一気に貫く。 僅か一撃。一瞬の決着。 死んだろうか。生きているだろうか。どちらでもいい。彼女の前に現れる限り徹底的に貫くまでの話である。 こうして戦いの趨勢を決める『数』は激変した。残る課題はアーティファクトを破壊するだけだ。 最早どうということはない。玄弥はほくそ笑む。 敵を殺し、アーティファクトを破壊し、金を奪って、依頼解決の銭を頂く。 何も変わりはない。いつも通りの仕事だ。 フィクサード達は弱々しい抵抗を続けるが、店長以外、物の数には入らない。 「糾未ちゃんのため? 別にそんなことにホントは興味ないんでしょ?」 以降――フィクサード達が劣勢を覆すことは出来ない。 結末は誰の目にも明らかだった。 脳裏に蘇る京介の笑み――あの日。 とびきりクールなセレクト・ゲイム。 怯えきった少年の眼差し。 夏栖斗は笑う。瞳の奥だけを除いて―― 後は糾未にでも伝えてもらおう。 糾未ちゃん。 「『普通』の悪いことのまね事は上手だねって」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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