● もう、随分その手が触れてくれていない気がした。 寂しかった。 言葉を交わす事は出来ないけれど。 彼の手によって使われて、誰かの心を支える手伝いを出来るのが、しあわせだった。 けれど。 ある日を境に、彼は此処に来なくなった。 店に、人が来なくなった。 暗くて寒くて、うっすらと、埃が落ちて。でも、それでも、誰も来なかった。 寂しかった。怖かった。でも、待つしか出来なかった。 もう一度、使ってほしかった。 誰かの涙を、笑顔を、そうっと支えてあげられるような。 そんな仕事の手伝いを、もう一度だけ。 もう一度だけ。 ● 「あー、あのさ。夕方から暇で、酒が嫌いじゃないやつ。居る?」 居るなら付き合って。出先から直接本部に来たのだろう。珍しくきっちりスーツを着た『導唄』月隠・響希(nBNE000225)はブリーフィングルームの面々の顔を見遣ってから話を始めた。 「まぁ、未成年でもいいんだけどさ。……人助けというか、物助けというか。ちょっと、手伝ってほしい事があってね。 あたしの良く行ってたバーの御主人が、まぁ少し前に亡くなったの。急な病気でね。正直、すごい気に入ってたから寂しくもあるんだけど……問題は、残されたものでね。 御主人、すごくカクテルを作るのが上手い人でね、話を聞くのも上手で。すごい、常連の多い店だったのよ。嬉しかった、とか、悲しかった、とかさ。そういう感情が沢山、店には溜まってたんでしょうね。 その感情に影響を受けたのか、それとも運命の悪戯なのかは分かんないけど。店に残された、シェイカーが革醒しちゃったのよ。 性質的には限りなく善性。まぁ、フェイトがないから世界を緩やかに壊していくけど……それ以外は、問題の無い存在だった。今のところ、は」 含みのある物言い。どういうことだ、と尋ねる瞳に、店が壊されるのよ、と囁く様な声が答えた。 「このシェイカーは、店を護ろうとするの。っていうか、それしか出来ない。振ってくれる人がいないから、せめて店だけでも、って思ったんでしょうね。 このままでは被害が出る。だから、それを未然に防いでもらうのが今回のオシゴト。……嗚呼、倒せ何て言わないわよ。壊すの何て、あっと言う間で簡単だし。 ……最後の、仕事をさせてあげて欲しいの。シェイカーは勿論、この店自体に。その為にちょっと手伝ってほしいなー、って事で、声かけたのよ」 差し出される、資料は一枚。店の地図だけ。 「一応、酒類は皆管理が行き届いたまま残ってる。結構種類はあるけど、基本カクテル用のものばっかりよ。あたしも足りなそうなものは持っていくけど、特別他のものが飲みたい、とかなら持参で宜しく。 未成年には一応、ノンアルコールカクテルでも用意するわ。……このシェイカー、店を護る以外にもう一個力を得ててね。材料さえ入れてあげれば、腕を問わずに美味しいものを作ってくれるのよ。 あ、勿論振ってあげなきゃ駄目よ。そこんところは宜しく。自分で作っても良いし、お酒わかんない、とか、お任せ、って言うならまぁ適当にあたしがやるんで。 ……まぁ、折角だしさ。最後の営業、って事で、飲みながら好きな事話したりしてよ。身を休める、って事で」 良かったらどうぞ宜しく。それだけ言い残して、フォーチュナはブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月22日(火)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ふわふわと、叩かれ落ちた埃。集まったリベリスタ達は素早く、店の掃除に取り掛かっていた。 掃除は高い所から。それを実践するのは『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)と『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)。 「お酒に埃が落ちたら嫌ね。……悠里ちゃん、そっちお願い」 「了解、それにしても……いい雰囲気の店だったんだろうなぁ」 出来ればマスターがいた時に来てみたかった。そんな呟きを漏らして、悠里はその安定したバランス感覚に任せ次の棚へと手を伸ばす。せめて最後の営業の手伝いくらいはこなしてやりたい。 『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)もふわふわと、その羽根の力で高い所の箒を払う。少し煙たいけれど、我慢我慢。こんな機会にご一緒出来る事への喜びが、自然とその手の動きに滲み出る様で。 「埃っぽくっちゃ、楽しめないもんね。……頑張るよ、えいえい、おー!」 手早く落とされる埃が床に積もるのを確認しながら、あひるの声に少し笑って。門倉・鳴未(BNE004188)は箒を構える。思った程荒れてはいないから、きっと直ぐに元通りになるだろう。 「今ピッカピカにしてやるからなー。待ってろよー、シェイカーちゃん」 最後のシゴトの為の、最高の舞台を作ってやろう。箒捌きにも力が入る。勿論、女性にはやらせない。埃を被るなんてとんでもない。手際良く埃を片付ける彼らの傍では、机や酒類の掃除も進められていた。 リキュールはこっち、スピリッツはこっち。ひとつひとつラベルを確認して向きを整えて。『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は、黙々と棚を片付けていく。 使いやすい様に。そんな気遣いと共に手を動かせば、思い出すのは父の事。余り飲まない酒だけれど、それなりに飲めるのは遺伝だろうか。思い返してふと、手が止まる。そう言えば。 「……成人してから、帰ってない」 慌ただしい世界に身を置いてはいるけれど。時間が取れるなら一緒に杯を傾ける、なんて言うのも悪くないかもしれない。見慣れぬ酒瓶をエレオノーラに向けた彼女の横で。真剣そのものの無表情でカウンターを見つめるのは『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)。 右手に濡れ雑巾、左手に乾いた雑巾。たった今流れる様に雑巾で拭った其処に埃ひとつ無い事を確認して、満足げに頷いた。 「悪くないね。……次行こう」 特技:掃除らしい彼にかかれば埃等一つだって残らない。綺麗になっていく店内を見回して、ミカサは少しだけ目を細める。灯りを灯せば、シェイカーも喜ぶだろうか。 相応しい最後の客になれるかは分からないけれど。こんな仕事も偶には悪くはないかもしれなかった。 ● セロリのピクルスに野菜スティック、クラッカーで作ったオードブル。その横にはピザ、唐揚げ、ドリア、パスタに揚げだし豆腐。デザートにはティラミスにマカロンも。 パーティー料理顔負けのラインナップが、磨き上げられたテーブルやカウンターに並ぶ。 「こりゃあすごいね、贅沢贅沢!」 「俺の食べたいものチョイスだけど。……あ、未成年の子も居るし甘いものもあるからね」 皆さんご存知『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)と、主夫顔負けの料理上手『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)の手料理は、実に豪華だった。 磨き上げられ、営業時さながらの様相を取り戻した店内は随分と明るくなったように感じて。綾兎は改めて、この店の在りし日の姿を想う。 その横では、コールスローをクラッカーに盛る富子が、その優しげな瞳をカウンターのシェイカーへと向けていた。店を切り盛りする彼女は知っていた。どんなものにも、終わりは必ずやってくるのだ。 新しく出来るものがあれば無くなるものもある。古き良き、なんて甘い言葉が許されるのは一部だけ。殆どは、時代に、人に、置いて行かれてしまう。 けれど。だからこそ。富子はこの仕事を光栄に思っていた。 「長年使われた道具に、華々しい最後を与えてあげられるなんてねぇ」 そんな機会を得られた事が素直に嬉しい。長年刻まれた笑いじわを深めた彼女が皿を並べれば、楽しい飲み会の始まり……の、筈だったのだが。 かつん、と。天乃の手によってカウンターに置かれたのは、写真立て。爽やかに笑うのは今は亡きDT……ではなく、かの守護神である。酒好きで有名な彼だが、今回はどうしても予定が合わなかったらしい。 その横に並ぶのは、ビール、シャンパン、清酒、純米米酒などなど。某新田酒店おすすめの一品達。嗚呼、故人は大の酒好きでなんて台詞が聞こえてきそうである。縁起でもない。 「全く、酒に都合を合わせられないなんて」 エレオノーラの台詞が如何考えても死人に向けたものなのは置いておいて。『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)の下にもばっちり届いていたスパークリングワインがカウンターに並ぶ。 しかも、一つ一つおすすめのレシピのお手紙つきだったらしい。何と言う執念。魂だけでも、なんて台詞に応じるように、写真の前に置かれるグラス。 「折角なんで、お湯割り梅酒で。……ま、美味しく頂きましょ」 柔らかなライトの灯りが、グラスの縁で淡く弾ける。気を取り直して、11人(?)の楽しい飲み会は始まるのだった。 「綾兎のお菓子、おいしそう……!」 ちょっとだけ多めにとって、一口。広がる甘みに満面の笑みを浮かべたあひるの前に置かれる、一つのグラス。淡いオレンジが満たすそれに首を傾げれば、綾兎が微かに笑ってオレンジを飾った。 「シンデレラだよ。……昔、面白がった兄さんに教わったから簡単なのは作れるんだ」 お酒を知らない少女の為の、夜の舞踏会への招待状。果実の甘みとほんの少しの大人の気分。リクエストに応えて富子が作ってくれたピクルスも美味しくて。嬉しそうなあひるを眺める悠里が、次はシェイカーを振る番。リクエストは、綾兎からの『ブルームーン』。 酒を選ぼうと伸ばした手が、不意に止まる。僅かに視線が彷徨って。隣に立っていた響希と目が合えば、こっそりと。 「……響希さん。ブルームーンの材料って何……?」 大真面目に尋ねる声音に、思わず少しだけ笑って。やはりこっそりと示されるジンとクレーム・ド・ヴァイオレット。勿論レモンジュースも忘れてはいけない。シェイカーに流して、軽く振る。 さらり、と零れ出す淡い紫は鮮やかで。グラスを置けば綾兎は満足げにそれを傾ける。酒は美味しいけれど、どうも、彼の顔を見ていると思い出す事があって。 「あの依頼は辛かったね……色々な意味で」 「あの依頼の事は忘れるんだよ……!」 青ざめた悠里が全力で首を振る位恐ろしい依頼とは何なのでしょうか。ええ。何だったのでしょうね。ミカサの手で作られたギムレットに続いて、天乃が作ったのはカミカゼ。 五感を総動員して。まず感じたのはライムの香りとアルコール。舌に広がるホワイトキュラソーの苦味。悪くない。無表情を少しだけ綻ばせて。その手はおつまみへと伸びる。 「期待通りだね、丸富。美味しい、よ」 飲むより食べるがメインになりそうだけれど、それも悪くない。楽しげな空気も味わいながら目を細める天乃に、追加の皿を出してやりながら。富子は不意に、響希を呼ぶ。 「……あっちの件はすまなかったね」 謝罪の声に、僅かに硬くなる表情。あの日出来たのはその身で時間を作る事だけで。作った時間の中で傷を受ける事になったであろう彼女を前にしても、富子に後悔はなかった。 どんな形でも良いから、言葉を交わさせたかったから。視線を下げる女に、少しだけ寂しげな笑みを浮かべて。富子は静かに皿を置いた。 「それすら出来なかったアタシのようになって欲しくなかったからねぇ」 「……、お気遣いどうも。でも大丈夫よ。フィクサードが一人、死んだだけだから」 何とも思ってない。呟く声は何時も通り何処か気だるげで。それに目を細めてから、富子は仕切り直しだと言わんばかりにグラスを煽る。本番は、此処からなのだから。 ● 「月隠センセって呼んだ方が良いスか? 良いスよね? 決定!」 カウンター越し。響希と顔を合わせた鳴未の言葉に、響希が不服と眉を寄せる。非常勤講師。一応先生と呼ばれる存在ではあるのかもしれないけれど。 「なんか、堅苦しいじゃない。響希ちゃんがいいんですけどー」 そんな抗議も、礼儀は大事と言う言葉の前では無意味。仕方ないなぁ、と微かに笑った彼女に飛ぶリクエストは、飲みやすいカクテルだった。大学生なら余程でなければ飲み慣れてはいないだろう。少し、考える様に眉を寄せて。 手早くシェイクされ、グラスに流されたのは琥珀色。礼と共に一口飲んで、広がるカカオの甘さ。飲みやすい、とそのまま飲み続ければ、面白そうに笑う顔。 「ルシアンって言うの。……気を付けなさいね、美味しいだろうけど、そのペースで飲み続けたらすぐに倒れちゃうわ」 先生からのアドバイスって事で。赤銅が細められる。意地悪して御免なさいね、と笑い声を立てる彼女に合わせて笑って。鳴未はぼんやりと、グラスに視線を落とした。 「こういうバーって、なんかしんみりした雰囲気が似合いそう、って思うけどさ」 でも、お酒って楽しむもののはずだ。気持ちよく酔っ払って楽しく笑って。きっとシェイカーだって、涙より笑顔が見たいから今もまだここに居るんだろうから。 そんな言葉に応える様に鈍く煌めくシェイカー。そうね、と。笑う表情は何時もより少し優しげだった。 ブルーラグーン。悠里が日頃の感謝を込めて作った鮮やかな水色からはアルコールだけが取り除かれていて。嬉しそうにグラスを揺らすあひるに回ってくるシェイカー。 「あひるからも、お世話になってますのお礼も兼ねて」 何でも作るよ、と胸を張れば、リクエストされたのはサムライ。日本酒にライムとレモン。爽やかな喉ごしに、日本酒のコク。大人な香りのそれを混ぜて、握った。 頑張ろう、と囁けば応えてくれた気がしてしゃかしゃか。混ざる感覚に、思わず楽しくなってしまう。グラスに移してからも、その楽しさは薄れなくて。 「きっと御主人も、この仕事楽しかったんだろうなぁ」 握るだけで伝わるもの。込められていた想い。そんなのは、スキルなんて無くても聞こえるのだ。あひるの手腕を心配そうに見守っていた綾兎も小さく、そうだね、と呟く。 埃さえ払えば美しさを取り戻した店は、毎日毎日磨き上げられていた事を暗に教えてくれる。愛していたのだろう。この場所を。時間を。そして、残された器具達を。 漆黒の目が、少しだけ細められる。少しだけ、懐かしい気がした。叔父がやっていたバーが思い返されて、ミカサは小さく息をつく。自分はこの店の最後に相応しい客になれているだろうか、なんて考えて。響希を呼ぶ。 「ジン・バックを一杯作ってくれる? ……こういう機会、中々ないだろ」 そうね、と笑って。ジンとレモンジュースの上から注がれるジンジャーエール。手早くステアして差し出されたそれを口にして、お返しに作ろうか、と声をかけた。 料理は下手だけれど、魔法のシェイカーもある事だし。立ち上がって、からかうように目を細める。 「作り方は詳しくないから教えて貰えると助かるよ、センセイ」 「響希って呼んで。……んー、ジンとレモンジュース、砂糖と氷だけ入れて」 シェイクしたら氷を入れたコリンズ・グラスに流して、ソーダで割ってステア。言われるままに仕上がったそれに、響希は満足げに笑って有難う、と告げる。その笑みに少しだけ安堵した。楽しく過ごせているのなら、それでいいから。 酒に弱くはないけれど。飲めば眠くなるらしいミカサが∑≡Ξ三・ω・)と共にテーブル席で眠りにつくのはこの少し後の話である。 酒を飲むと寝るのは、天乃も同じだった。最後に零れる血を表すグレナデンシロップ。ラストサムライのグラスを傾けながら、ふわふわしてきた思考に目を細める。 酔うと眠くなる、ではなくて。彼女の場合は危ないから。酔っぱらって暴れちゃった☆ では済まない被害が出かねない事を自覚しているからこそ、その思考は下がる頭と共に緩やかに沈んでいく。 「……もし、暴れたら、ごめんなさい」 眠りに落ちながらそんな恐ろしい台詞吐かないでください。そんな彼女にそっと毛布を掛けてやって、富子も好みの酒を傾ける。作る事も楽しいけれど、こうして味わう事も時には必要なのだろう。 酔っ払いも増えてきた。そんな空気に合わせる様に、あひるの気分もホロ酔い加減。楽しくて、ふわふわして。思わず笑った。嗚呼、楽しい。 そんな仲間の様子を眺めながら。自分の中では控えめに。酒を楽しんでいたエレオノーラが、手が空いたらしい響希を呼ぶ。ホワイトルシアンが飲みたいと言えば、おじさまに似合う、とグラスに入れられる氷。 「比重の違うお酒の層を楽しむ、っていうのもカクテルの楽しみのひとつよね」 可愛い女の子に作って貰った方がいいわ。微笑めば、恥ずかしい、と笑う声。珈琲の香りが漂った。まるでアイスコーヒーの様な飲み口を楽しみながら、エレオノーラはそっと息をつく。 「この所皆働きづめだし、たまにハメを外す位は、ね」 グラスを傾けて。酷く大人びた瞳が緩やかに細められる。特に若い子は色々抱え過ぎている様に彼の目には映って、少しだけ心配だった。 お酒の力を借りて吐き出すのも悪い事じゃないわ。そんな囁きに、エレオノーラのポンチョを持ってテーブル席に向かう響希は少しだけ笑って肩を竦める。 もふもふエビフライを抱えて眠る姿に、顔を見合わせて肩を竦める。ポンチョをかけて、そのまま隣に腰を下ろした。微笑ましげに、目を細めるエレオノーラの視線。 「……朝早かったから、あたしも眠い」 帰りには起こしてね。ひらひらと手を振って。眠たげな瞳をミカサに向けた。心配するなら甘えさせてよ、何て囁きは、微睡む彼に届いたのだろうか。 ● 段々と、言葉も無くなってくる。酔って楽しくて。けれどその時間は永遠には続かない。そっと、グラスを置いたのは誰だったのだろうか。 誰ともなく、グラスを集めた。皿も集めて綺麗に洗って。元通り並べたそれ。カウンターにはもう何もない。ただ、ちょこん、と置かれたシェイカーを見つめて。 「マスターさん居なくなって寂しいかも知れないけど、シェイカーちゃんはまだまだ働けるんだよな?」 口を開いたのは、鳴未だった。少しの沈黙の後。かたり、と一度だけ揺れたそれは肯定なのだろう。それに嬉しそうに笑って、言葉を探す。 酔った頭は少しだけ鈍いけれど。でも、誰かを幸せにするのに難しい言葉なんて要らないのだ。そう、まさに。言葉を持たぬシェイカーが、誰かを笑顔にしていたのと同じで。 「じゃあ、誰かの手で、もっともっと誰かを笑顔にしてみない?」 丁度いい人を其処の彼が知ってるらしいから。そんな言葉に迷う様に震えたシェイカーの前に、悠里も立つ。今日は来られなかった、写真立ての中で笑う友人を、思い浮かべる。 きっと彼なら、使いこなしてくれるだろう。それはエレオノーラも同じ気持ちで。出来るならもう一度、また会ったわね何て言えたらいいと、思うから。 「出来れば、君を酒場を経営してる友達に預けたいと思うんだけどいいかな?」 そっと、尋ねる悠里の声。今後も使われた方が嬉しいんじゃないか。そんな善意から差し出される手に、シェイカーは沈黙する。それはきっと、迷いで。未練で。けれど。 かたり、と。音を立てる。肯定の合図に、誰もが嬉しそうに笑い合った。もう、自分を愛してくれた主人は居ないけれど。それでも、その意志を繋ぐ事は出来るから。 「長い間、お疲れさんっ。……そして、これからもしっかり働いてもらうよっ」 ぱちん、とウインク。ひとつが終わっただけで。また、次は始まる。だからこそ。富子は願わずにいられない。古き良き、が無くならない事を。出来る限り、終わりが遠いものであることを。 シェイカーが震える。まるで、付いてくると言うかのように、カウンターから椅子に転がって落ちて。そのまま、ぴたり、と。 動きを止めた。纏っていた運命の悪戯の気配が、緩やかに遠ざかっていくのを感じる。 そっと、カウンターに置かれた今夜の代金。 「ありがとう。ごちそうさまでした」 灯りが消える。人の気配が無くなれば、残るのはただ静けさばかり。 冬の寒さが、暖かだった部屋を冷やしていく。けれど、そこに残る人の温もりは消えない。積み重ねた記憶と、誰より優しかった最後の客の手で。 ただ潰える筈だった小さな歴史は、酷く静かに、優しい終わりを迎えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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