● ふわり、と立ち上る湯気。とろみが出るまで煮込んだ米の中に、散らすのは鮮やかな緑色。 「……あれか、七草粥?」 「ええ。……食べた事は?」 「無いわね。季節ものはだいたい知識ばっかりよ」 味を見る様に、お玉が鍋をかき混ぜてから中身を掬う。差し出された皿を受け取った女はぱちり、と瞳を瞬かせた。 一口。強すぎない味と、米の甘み。懐かしい様な優しい味に、興味深げに鍋を覗く。 「美味しいと思うけど、なんで作ってんの?」 「……お誘いがありまして。嗚呼、勿論君にもついてきてもらいますから、どうぞ宜しくお願いしますね」 ことこと、煮立つ鍋を火から下ろす。またか、と言いたげなフォーチュナににっこり笑って、男はかけていたエプロンを外した。 ● 「どーもどーも。お節料理に日頃のストレスで弱った胃に優しくしよう、って事で、ちょっと付き合ってくれる人いない?」 珍しく資料も何も持たずに。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は何時も通り、モニター前で口を開いた。 否。何時も通りではないかもしれない。何か後ろに妹分居るし。なんか、緑色のものを抱えて嬉しそうだし。 「お姉さま、草よ! 七草! 七草世恋よ!」 「はいはい、そうね。可愛い可愛い。……あー、ええと。お誘い自体はこれ、狩生サンからなんだけど。彼が何時も遊んでる老人会の人たちが、一日遅れだけど明日、神社で七草粥配るんですって。 で、狩生サンは行くらしいんだけど……まぁ、人は多い方がいいし。食べる人も居ないと勿体ないし。あんたらもどうかな、と思ってさ」 良かったら一緒に。そんな誘いを投げながら、フォーチュナの手が伸びるのは淡く色付く妹分の髪の上。軽く撫でてから、その瞳が周囲を伺うように彷徨った。 「あー、あのさ。……これ、実は老人会の人が用意してくれた、狩生サンの誕生日会なのよ。本人、自分の誕生日は覚えてる癖に、これがお祝いだって気付いてないみたいだから。 ……まぁ、そういう意味も込めて、良かったら来てくれないかな。場所は神社。結構大きい所だから、まぁお参りしても良いと思うし……当日は出店も出てるみたい。 お手伝いしても、楽しんで行ってくれても良いんで。まぁ、気が向いたらって感じで。……それくらいかな。地図、此処に置くから。じゃ、後はよろしく」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月25日(金)23:22 |
||
|
||||
|
||||
|
● 吐き出す息も白くなる程寒い、お昼前。とある神社近くの広場は多くの人で賑わっていた。 その中でも、一際暖かく人が多い七草粥のテントの傍で。雷音は緊張の面持ちで、目の前に立つ冴へと誘いの言葉を投げた。 「そそその、七草粥をご一緒にしないか? 無病息災を祈る伝統行事で、是非に、うむ!」 「はい。構いません。古来の日本でも戦場に出る時は験を担いだと聞きます」 無病息災を祈る事にも意義があるだろう。余り表情を動かさぬまま頷く冴に一安心。折角同い年なのだから、仲良くしたい。その第一歩が踏み出せた事に、雷音は嬉しそうに表情を緩めた。 浮き立つ心は自然とその口を開かせる。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。七草に入れるのは、全て日本古来の野草だ。 楽しそうに言葉を紡いで。けれど、何も言わずに此方を見る冴の瞳に慌てて首を傾げる。 「こういう話は面白くないかな? えっと、ボクは植物が好きで……つい」 変に思われなかっただろうか。少しだけ不安で、ついつい話し過ぎた事が少し恥ずかしくて。少しだけ視線を下げた雷音に、冴は緩やかにその首を振った。 切り揃えられた前髪が揺れる。勉強になる、と告げて、自分が持たない『好きなもの』と言う感覚を、興味深いと言いたげに目を細めた。 「そういった対象があればこの世界を守る士気も上がると思います。良い事かと」 老人たちから手渡される粥を受け取る。ふわり、と漂う湯気は温かく優しい香り。それを楽しむ様に深呼吸。少しだけ緊張の解れた雷音の唇が、楽しげにメロディを口ずさむ。 「七草なずな唐土の鳥が日本の国に渡らぬ先に……♪」 歌いながら作るのが伝統らしい。また知らなかった知識に、冴の瞳が興味深げに瞬く。口に入れた粥はやはり優しい味で。身体を労わる様に流れ込む温度を感じながら、冴は隣の少女に視線を投げる。 面白味のある人間ではない。冴が冴自身に下す評価は間違いなくそれだ。剣しか、正義しかない自分であるのに。そんな自分を誘う、彼女の気持ちは分からないけれど。 粥に、視線を戻した。けれど。きっと、自分は彼女を好ましく思っているような気がするのだ。 「……あの、また誘ってもいいかな?」 「はい。私でよろしければ、またお願いします」 ぎこちなく。けれど、少しだけ近付いた距離感で。少女達は言葉を交わし合う。 「これ……苦かったり、しないの……?」 「大丈夫よ、とーっても美味しいから!」 初めて見る七草粥。手伝う事はあるか、と尋ねながら。粥の鍋を覗いた那雪に差し出されるお玉。少し混ぜていて、と言われるままに混ぜる合間に聞こえてくる、お祝いに来たの? と言う声には、小さく頷いた。 実はこんなお祝いを用意したのだけれど。彼は喜ぶだろうか。こそこそと老人達に相談すれば、大丈夫だと笑顔で頷く幾つもの顔と、差し出される粥の器。 「ほら、これ食べて頑張って!」 白と緑の優しい色合い。どんな味なのか、想像もつかなくて。恐る恐る一口。ふわりと広がる味わいは那雪好みだったのだろう。少しだけ表情が緩む。 「あら、美味しい……」 新しい味を楽しんで。器を返した那雪はこっそりと、置かれたままの狩生のコートに近付く。選んだスカーフをそうっと、その中に。幾つあっても困らないだろうから、と選んだけれど、彼は喜んでくれるだろうか。 鍋を取りに来たのだろう、此方に背を向ける狩生を見上げる。 「お誕生日、おめでとう……なの」 小さく呟いた声に、振り向く銀月。交わる視線に青年は少しだけ笑みを浮かべた。 「ふむ、実に美味しいですね。ええ、素晴らしいです」 たまたま、鍛錬の時に走るルートだった神社。其処で開かれていた催しにするりと混ざって、アラストールは粥を堪能していた。 とにかくよく食べる姿は、老人達にも受けるらしい。どんどん運ばれるお代わりを楽しみつつ、騎士は世間話に耳を傾ける。聞くのは嫌いじゃないし、粥は美味しいし。 「良いわねえ、もっと食べる? こっちにお菓子もあるのよ」 「いただきます、実に美味しそうです」 こういう場で老人達がとにかく食べ物を進めてくるのは、何かの習性なのだろうか。疑問は深まるばかりである。 温かい味が広がる。けれど、今の夏栖斗にはそれさえ良く分からなくて。そっと、溜息を漏らした。 「……溜息吐く様な繊細な野郎かぁ?」 「……なんかさー、正義とか、何が正しいかイマイチわかんなくなったんだよな」 蘇る絶望の声。呪詛にも似た恨み言。一度だってそれを是としなかった筈の夏栖斗が初めて、自分の意思で、無力な者の先を断った。間違いなく、この手で。 知っていた。全てなんて救えない。少年は少しずつ大人になって、現実を知っていく。取捨選択。どうしてもつけねばならなかった、命の序列。 救いたいのに救えない。勝てない悪意の前に抗えない。手は届かない。伸ばせさえしなかった。それはまるで正義のヒーローなんていないのだと嘲笑う様で。 「なっさけねーよな、何がヒーローだよ」 一気に粥を掻き込んだ。熱くてしみて、でも美味しくて。漏れ出てしまいそうなものを飲み込む様に空を見上げた。 その様子を黙って眺めていた火車は、仕方ねぇなと言いたげに溜息を漏らしてその頭を叩いた。吐き出された粥のお陰で、少しだけ格好がつかないけれど。言う事は変わらない。 「……テメェで決めてテメェで仕出かした事だろが。全部ひっくるめてよ」 それともヒーローとは、旨い飯食いながら愚痴垂らす愚鈍の事なのか。何処までも厳しく、けれど激励を含むのであろう言葉に夏栖斗は小さく咳き込みながら首を振った。 分かっているのだ。自分が割り切れないだけなのだと。ヒーローが必ずすべてを救えるのは、物語の中でだけだ。 「でも、もう、そうも言ってられなくなったっていうかさ」 また一つ、大人になろうとする少年を見遣って。火車は小さく、息をついた。彼らが目指してやっている事を、自分はやる気などさらさらなかった。 けれど。その行いが立派である事は理解していて。だからこそ、火車は少年に期待を向ける。握った拳で、胸を叩いた。 「そういうんはな 秘めとくモンだ」 「ちげぇよ、粥が染みただけだっつーの」 その道が刃と傷みと骸で築かれていくものだとしても。意地を張ってでも、進まねばならなかった。 ● 「響希くん……その」 狩生はお粥を食べるだろうか。こっそりと、自分の作ったものを示して。少し心配そうな表情を浮かべるよもぎに、響希は驚いた様に瞳を瞬かせた。 「食べる、って言うか好きな筈よ。……なんであたし?」 「ん? いや、響希くんは私より経験豊富なようだからご意見頂戴、と思ってね」 今日は彼氏さんも? そんな声に飲みかけのお茶で噎せたらしい響希は咳き込みながらも早く行って来たらいいわ、と話を誤魔化して。 面白そうに笑ってからよもぎは狩生に粥を差し出す。味見を、という言葉には笑顔の肯定。美味しい、と言う言葉に安堵して、包みを差し出した。 夜を紡いだグラスコード。その場で付け替えたそれを、気に入ったらしい青年の手を、ぎこちなく取って。 「……誕生日おめでとう、狩生くん」 こうして祝えて幸せ者だ。噛み締める様に呟いた声に、銀月が瞬く。少しだけ、表情が緩んで。一度解けた手が、そうっと頭に乗せられた。 「有難う。……最高の誕生日です、勿論、君のお陰でもある」 穏やかな表情に、もうひとつ、と差し出すのは手作りの紅茶クッキー。大事に頂きます、と笑った青年と話した後は、老人会の面々にもお菓子を配ろう。こんなにも素敵な場を設けてくれた、感謝を込めて。 明けた。めでたかった。そう言う訳で任務続きの影響で済ませて居なかったお参りを済ませてから。義衛郎は人生初の七草粥と相対していた。 いただきます、と手を合わせて一口。じんわり、広がる温度に小さく息をついた。 「あー、米の旨味が染み渡る」 堪りませんね。なんて呟いて。丁度近くを通った狩生を呼び止める。誕生日のお祝いも、勿論忘れずに。 「竜牙さん、お誕生日おめでとうございます」 「有難う御座います、須賀君。……こんな機会を作っていただけるとは、予想外で」 自分が一方的に知っているだけ、ではなかったけれど。めでたい事は皆で祝えばそれだけ喜びも増すものだろう。そう考えるのは義衛郎だけではなかったようで。 駆け寄る小さな緑色。同じ色の瞳が随分高い位置の銀月を見上げた。 「お前が竜牙だな! はじめましてだぞ。あんど、お誕生日おめでとー♪」 いい友達だ、とブリリアントが笑えば、狩生も嬉しそうにその表情を緩める。是非今度ご一緒に遊びましょう、なんて声を聞きながら、今度は深々と老人達に頭を下げる。 このたびはけっこうなおまねきをいただき……そんな、確りとした御挨拶もその姿に合わせれば可愛いばかり。食べて食べてと差し出されたお粥をもぐもぐ。 「うむっ、これはきっと世恋ポイントたかいぞ!」 じっくりゆっくり、味わって頂こう。そんな彼女の横では、初詣から戻ってきたとよが、お粥を楽しんでいた。ポンチョコートにマフラー手袋長靴。防寒はばっちりだけれど。 内側から身体を温めるそれは優しくて思わず少しだけ、表情が緩む。 「はぁ、おいし……」 食べ終わって一息。賑わうテントを見回して、ゆっくり立ち上がった。老人達に手伝いを申し出た彼女が、褒められて少しだけ照れてしまうのはそう遠くない話である。 「旧年中はお世話になりました、本年もよろしくお願いしますじゃ」 「はじめまして、与市がよくしてもらってるみたいでありがとな……それと、あけましておめでとうございます!」 まずは確り御挨拶。寒さに気を付けて、と言いながら、与市とモヨタは粥の器を並べて椅子に腰かけた。改めて、明けましておめでとうございます、と挨拶を交わす。 勿論深い意味なんてない。ぎこちなく否定する与市の気持ちを知ってか知らずか、モヨタは勢いよく粥を口に入れて。まだアツアツのそれに、自然と滲む涙。 「モヨタ様、えっとこっちに少し冷ましたお粥があるからの?」 「お、冷ましといてくれたのか。さっすが与市、気がきくなー!」 よければ、なんて言う前に。嬉しそうに受け取ってくれる笑顔に少しだけ、表情が綻んだ。少しずつ少しずつ。冷ましながら食べるそれは、ほっとするような温もりを持っていて。 流れる優しい時間。けれど、与市の胸にあるのは寂しさだった。 「……モヨタ様はもうすぐ中学生なのじゃな」 校舎や通学路で会う事は無くなってしまうのかもしれない。そう思えば寂しさは増して。けれど、それを励ます様にモヨタは笑う。校舎は離れてしまうかもしれないけど。 「もう会えなくなるわけじゃないんだからそんな寂しい顔するこたないぜ、与市」 大丈夫大丈夫。優しい笑顔が齎す温もりは、何処までも優しかった。 日本の風習は素敵なものが多い。例えば、この野草のお粥もそれに分類されるだろう。老人会の面々に挨拶をしてから。エレオノーラは最後の一口を飲み込んだ。 ふわり、と広がる香りと甘みは自分の味覚にも馴染んで。美味しかった、なんて呟いてから、向かうのは今日の本題。 「狩生君、お誕生日でしょ? おめでと。はいこれ」 差し出された包みをそっと開けば、煌めく真鍮の菫と美しく煌めく淡い緑の逆月。銀月が驚いた様に瞬いて、エレオノーラを見つめる。そんな顔が見られるから、プレゼントを選ぶのは楽しい。 満足げに笑って、良ければつける、と告げれば少しだけ嬉しそうに笑って頷く顔。エレオノーラの手がラペルピンを掬って留めて、一つ頷いた。 「この年で今更、って思うかもしれないけど嬉しいものじゃない?」 「そう、ですね。……この頃は気にもしていなかったもので、何と言えば良いのか」 天然ね、と笑えば、そんなつもりはないのですが、と真剣に考え込む様に寄せられた眉。それにも少し笑って、あたしは嬉しかったわ、とエレオノーラは微笑んだ。 ひとりじゃないなあと、感じさせてくれるものだった。そう、あの日彼が自分に祝辞をくれた様に。祝う方も祝われる方も、嬉しいものだ。 「だから、素直にお祝いは受け取っておきなさいね」 「はい。……有難う、エレーナ。貴方に祝って頂けた事が、非常に嬉しいです」 大事にします、と、白い指先が淡い煌めきを撫でる。優しい香りは時間が経っても辺り一面に満ちていて。馴染みのないそれに、櫻子は興味ありげに辺りを見回した。手を繋ぐ櫻霞を見遣れば、食べたいのか、と尋ねる声。 勿論頷いた。櫻霞は知っているらしいそれを二つ受け取って、用意されていた椅子に腰かけた。一口二口。黙々と口に運んで。 「……ふむ、悪くないな」 「うー……もう一つお椀を貰えば良かったかもですにゃ~」 微かに満足げな言葉を漏らす櫻霞に対して、猫舌の櫻子は未だ一口も食べられない。一生懸命かき混ぜて、冷ましてみて、もうちょっと我慢しないと、と思うのだけれど。 いい匂いにつられて思わず、一口。余りの熱さにじわりと涙が滲んで、何とか飲み込んだものの、微かに残る痛みに眉を寄せる。それを見かねた様に、櫻霞はその手で銀色の髪を優しく撫でてやってからスプーンを受け取った。 恥ずかしがる櫻子に、食べさせてやると告げて。掬って、適度に冷ましてから、スプーンを向ける。 「ほれ、これ以上冷ますと美味くないぞ?」 ぎこちなく、そうっと口を近づけてぱくり。待ち遠しかった筈のそれも、恥ずかしさが勝って味が良く分からない。紅く染まる頬を誤魔化したくて、ええと、と言葉を探した。 「その……あれです! まるで新婚さんみたいですね~……!」 「……新婚、新婚ね……何時かはなれるといいがな」 選んだ言葉で真っ赤に染まる頬。其処に追い打ちをかけるような、優しい苦笑と共に投げられる言葉。熱い頬は、まだまだ収まりそうになかった。 ● \七草粥つくるよ/ 粥を食べる面々に対して、作る側も中々に盛況だった。とんとんとん。随分と軽やかに鳴った包丁の音。あの日教わった事をしっかりと思い出して、ジズは丁寧に七草を刻んでいた。 栗拾いの日、沢山教わった事がすごく楽しくて。今回も、と申し出れば、松や千鶴子は嬉しそうに手招きしてくれたのだ。嬉しかった。皆が元気そうだった事も、ジズの心を明るくさせる。 「上手になったねえ、ジズちゃんは教え甲斐があるわ」 「ううん、私まだまだだなぁと思ったよ」 褒められて、少しだけ嬉しくなるけれど。二人の手捌きにはまだまだ及ばない。せっせとお手伝いして、出来上がった新しいお粥。美味しそう、と呟けば、器にたっぷり盛られたそれが差し出された。 「食べてみて。美味しいからね」 一緒に、と3人でテーブルを囲んで、一口。熱いから冷まして、口に入れて。あたたかかった。お粥も、こうして誰かと楽しく食べる時間が。 こうやって、何度も会いたいなと、ジズは思う。お爺さんもお婆さんも、みんな大好きだった。言葉にしたいな、と思って、でも出て来なくて。少しだけ迷って、あの、と、口を開く。 「……ありがとう」 ちゃんと言うと決めた言葉に、松も千鶴子も微笑んで。また遊びましょうね、と、その髪を撫でる。七草。知識しかないそれを、まさか五感で味わえる機会があるだなんて。喜び勇んでやってきた縷々子は、楽しげに調理台に立っていた。 「切ろうか? 盛ろうか? ……消そうか?」 こう見えてなかなかの器用さん(自称)らしい縷々子に任されたのはやっぱり七草を刻む事。上機嫌に包丁でリズムを取れば、優しい視線がひとつふたつ。 「だ、大丈夫だよ。そんなに見守らなくても私は出来るから過度の心配はよしたまえ!」 その彼女の横では、主婦顔負けの包丁捌きの終が、軽やかに刻んだ七草を鍋へと入れていた。雑煮にお節にすき焼きに、正月にたっぷり食べた高カロリー食品群にやられた胃に嬉しい一品、まさに先人の知恵。 御挨拶も腕前もばっちり、その上イケメンとくれば終の人気者っぷりは中々なものである。声をかけてくるおばさま方にも笑顔で応対して、あ、と思い出したように狩生を振り向く。 「狩生さん、あけおめことよろ☆ あんど、ハピバだね!」 「有難う御座います。……君は料理がお上手ですね、実に素晴らしい」 今どきの男性は見習うべきだ。そんな感想はさておいて。ササッと仕上がった粥の味を整える。ばっちりなら、器によそって自分の分も用意する。 さあ、いざ! \実食/ 「ああ……春の香り! 季節行事! 優しいグリーン!」 超美味しい(>▽<)満面の(?)笑顔が出てしまう。お腹に優しいお粥パワーで、鏡開きの日に備えられる。うちはぜんざいだなぁ、なんてご老人達と話して。日本人である事の素晴らしさを噛み締めてしまった。 その横では、縷々子が興味深げにスプーンで粥を掬う。どうやらこう食べるらしい。口に運んで、熱さに慌ててスプーンを置いた。 「……あ、あっつ……! み、水を貰っても、いいだろうか……!」 差し出されるグラス。持ってきた漆黒の男を見上げて、漸く落ち着いた縷々子は思い出した様に、誕生日なのかい? と尋ねる。頷く顔に、楽しそうに笑った。 「めでたいな! おめでとう!」 ついでに、自分ともよろしくしてやってほしい。その言い回しに少しだけ笑った男は、空いた椅子に腰かける。少し休憩です、と告げて。 「此方こそ。……此処での生活に困った時は、何時でも相談に乗りますよ」 「じいじ! 誕生日おめでとうだぞ」 そんな狩生の下に駆け寄る五月。プレゼント、と差し出すのは、なんか、花。摘んで来たのだ、と言えば可笑しそうに笑って、そっとコップに挿してくれたのが目に入った。 最初の目標は達成した。次は、一緒に七草粥だ。梅さん、と馴染みの名を呼べば、すぐにはいはい、とやってくるお婆ちゃん。侮れない女である。 黙々と。用意を整えていく。丁寧に草の泥を落とす五月は、不意に感じた気配に、ばっと横を向いた。煌めく、黄金のオーラ(五月にしか見えません)。 「粥を作っているだけだというのになんだ、この溢れ出るオーラは!」 そう、それはまさに―― \黄金☆ポジション/ 流石なのだ、七草の天女……と感嘆していますが恐らくマジで貴方にしかそれ見えてません。あらいやだわ、とか言ってる梅さんも見えてるのかもしれませんが分かりません。そもそも黄金ポジションって、なんだったっけ。 「だがオレも負けてはいないぞ! 一閃するのだ――」 ととととと。軽やかに鳴る音。要するに七草を刻んだようです。こうして完成した、超スタイリッシュセブングラスリゾットを渡すのは、勿論狩生。 これからの時代は寒い。色んな意味で。本当に、世知辛い世の中だ。だからこそ、スタイリッシュに生き抜くべきだ。そんなことを、齢12歳が言わないでください。 有難う御座います、と受け取った狩生に嬉しそうに笑って。五月は改めて、おめでとう、と告げる。そっと差し出す小さなキーホルダー。 「黒猫のご加護を、君に送るよ」 「有難う。……五月君にも、良い事がある様に」 子供や孫を見る様な。優しい視線が、細められる。そんな彼らの下にやってきたのは、今日もプルプル元気な小五郎だった。明けましておめでとうございます。年始のあいさつをしっかりと。 今年もどうぞよろしくお願いします、なんて言葉を交わす最中に、不意に訪れる沈黙。どうしたのか、と皆が小五郎を振り向いて。 「……はて……? おお……年の初めのご挨拶を……」 待って待っておじいちゃんもう挨拶済んでます。何時も通りの正しい意味でのボケを見せてくれた小五郎が、狩生に、と差し出す包みから漂うのは、嗅ぎ覚えのある紅茶の香り。 「あーる……あーる……何じゃったろうか……? 取りあえずよろしければ受け取って下され……」 誕生日だと聞いたから。そう言って渡されたそれは、百貨店の人たちに一杯お世話になって手に入れてくれたアールグレイらしい。お店の人たちお疲れ様です。そして、おじいちゃんもお疲れ様です。 一番の好物に、青年の表情は自然と緩む。香りだけでもわかる質の良さに、楽しみだ、と呟いて、狩生の手がそっと小五郎の手を取る。 「有難う御座います、お買い物、大変だったでしょう。……非常に嬉しいです」 最高の誕生日だ、と。笑う青年の顔はきっと、この一年で一番幸福なそれだった。 ● 折角だし御参りを。賑わう境内に足を運んだシビリズは、目の前の光景に新鮮さを覚えながら辺りを見回した。経験がないと言う事は、新鮮さを覚えられるという利点もあるのだけれど。 「賽銭を賽銭箱に入れて……鈴を鳴らすんだったか? あぁそう言えば口をすすぐ工程もあると聞いたが……」 そう言えば、神社によって違うとも言っていた気がする。作法は難しい。悩みは深まるばかりで、けれどやはり面倒になって首を振った。こういうものに大事なのは、形式ではなく結果たる祈りである筈なのだから。 それに。確り手を合わせてから、シビリズが早足に向かうのは、甘酒を配る場所。ぶっちゃけちゃうと今回の目的、これでした。 「……伝統物は実に興味深いからな。そう、伝統物だ。うむ、とりあえず」 酒を飲みたい。嗚呼本音が出てます。温まりたい、なんて言ってますけどそれはお酒でですよね。彼が満足いくまで甘酒を楽しめたのかどうかは、彼だけが知っている。 噂の神社への御参りは勿論だけれど、今日の一番の目的は彼女に会う事。亘は視線を巡らせて、恐らくは此方に顔を出して居るであろう響希を探していた。 久しぶりではないけれど、とにかく笑顔が見たくて。逸る気持ちを抑える。見つけた漆黒に、何時も通りの笑顔を浮かべて。明けましておめでとうございます、と声をかけた。 「今日も変わらず……と言いますか,なんだか前より綺麗に輝いてますね」 「はいはい、褒めても何にも出ないわよ。……変わりはない? あんまり無理するんじゃないわよ」 やはり何時も通り。笑顔を返した彼女の言葉に混じる心配の意味は、恐らく亘にも分かっていて。けれど、触れるつもりはなかった。今、こうして笑ってくれるのならそれでよかった。それだけで、安心できた。 「お参りかしら、結構並んでるみたいねぇ」 「ちょっとお参りといいますか決意表明ですね。……望む願いは自分の手で掴んで見せます!」 そんな台詞に、偉い偉い、と頭に乗る手。少しでも長く話を。出来れば、楽しいものが良い。何時もよりずっと優しい赤銅に笑みを返して。亘は言葉を紡ぐ。 ふわふわと、紅い振袖が揺れる。利用出来るものは神でも利用するぜ! と言う名言を放った竜一の目論見はまさに正解だったと言って良いだろう。実に可愛い。ユーヌちゃんマジ天使。 可愛過ぎるのでお姫様抱っこしよう。そうしよう。 「うん、ほら、はぐれないようにね?」 「ふむ、はぐれないようにお姫様抱っことは斬新だな?」 ひょい、と抱え上げて頬ずり。少しだけ身を縮めるユーヌちゃんもマジ可愛いです。でも、此の侭では参拝出来ない。両手、塞がってるし。少しだけ考えて、でもいいや、と表情を緩めた。 腕の中の違う体温。願いは、こうして既に叶っていた。もう一つ願えるのなら、彼女が幸せであるように、だけれど。それは、この手で叶えるべきものだ。 「あ、一応、俺の分のお賽銭も入れといて」 「全く仕方ないな。……少々やりにくいな」 お賽銭を入れないと気持ち悪い、という竜一と同じ様に。きっちり形式を守った参拝を行おうとしたユーヌは目を伏せかけて、少しだけ考えた。 祈る事など有りはしないのだけれど。ただ手を合わせるだけでは味気無くて。それなら、彼の健康を祈ろうと、目を閉じ直す。その選択を止める事は、しないけれど。運良く無事に切り抜ける様に。 「さて、お参りもすんだら、甘酒のむといいよ!」 未成年でも大丈夫。むしろ、駄目でもお持ち帰りするし。何時も通りの竜一に、ユーヌは一口甘酒を口にして。奇妙な味だ、と興味深げに覗き込む。折角だ、帰って二人で飲もう。抱えられるまま、2人は神社を後にする。 強制的に神社にお参り。比較的上機嫌な悠里に対して、リンシードはジト目で彼を見遣っていた。その身に纏うのは、悠里がこっそりと用意した着物。リンシードに良く似合うそれに目をやって、甘酒を傾けた悠里は首を捻る。 「それサイズ大丈夫だった? 見た感じで選んだけど」 「びっくりです……ほぼピッタリですよ……」 似合いますか、と尋ねる声に笑顔で頷く。其処までは完璧なのに、続くのは世界で二番目くらいに可愛いよ! 何て言うバカップルも真っ青の惚気だからもう仕方ない。 飛ぶリンシードチョップ。其処は単純に可愛い、と言うべきところである。全くだ。だからこのイケメンは残念なのだ。エンジェルマジ可愛い。 「でも、まぁ……可愛いって言われたのは、ちょっと嬉しかったです」 ぼそぼそと、呟く声に微笑んで。悠里はそういえば、と口を開いた。折角の御参りだったのだから、願い事をした筈だ。 「リンシードちゃん、何をお願いしたの?」 「……、私の親しい人が……今年も健やかでいられますように、です」 素直に零れた願い事。自分を人形だ、なんて言う少女が抱える願いは、そんな無機質なものが抱けるものではない程に、優しくて。喜びとともに、優しいね、と笑った。 そちらを向くリンシードの瞳にあるのは、僅かな心配と不安の色。 「お願いしたんですから……今年も……この先もずっと元気でいてくださいよ?」 「勿論、死ぬ気なんてないから大丈夫。……僕が死んだら悲しむ子もいるみたいだし、ね?」 誰かが居る限り。この命は容易く投げ出せるものではないから。少しだけ冷たくなった甘酒を、流し込む。少しだけ人の減った社の前では魅ヶ利が深々と頭を下げていた。 二拝二拍一拝。姿勢正しく心静かに。粥もそうだが、まずはこのお参りが大事なのだ。自分は勿論、同胞たちの無病息災を。確りと祈る。 「後、今年も良き甘味と出会えることを……おっと」 思わず口走った願いは、甘味大好きな彼女らしいもの。最後に確りと一礼して。魅ヶ利は優しい香り漂う広場へと姿を消す。 人が溢れる境内で。羽子板の報告書を見た事を告げながら、ミカサは響希へと手を差し出した。 「寒いし、手を繋ごうか」 「あら、寒くなかったら繋いでくれないの?」 落書き見たかった、なんて台詞への仕返し混じりの言葉とは裏腹にすぐ結ばれる手と手。自分と違う温度が与えてくれる温もりと安心感を口にすれば、気恥ずかしげに笑った。 初詣だとお参りをしてみたけれど、そう言えば何を願ったのだろうか。尋ねれば、そっちこそ、と響希は首を傾げた。 「俺は、響希ちゃんに届く様にお願いしたよ」 「はいはい、内緒なのね」 残念だわ。拗ねない表情に少し大げさに残念がって見せながらミカサの瞳が社を見遣る。口には出さないけれど。縁は恋ばかりではない。友人も物や場所も全て。彼女にとっての縁が良いものである様に。もっと笑顔になれるように。 視線を外して、少しだけ強く手を繋ぎ直した。戻ろう、と告げて歩き出す。願い事は内緒だけれど。そう前置いて振り向けば、傾げられる首。 「去年よりも君との結び目が強くなれば、俺は幸せだ。……今年も宜しくね」 ぱちり、と瞬く赤銅はけれどすぐに嬉しそうに笑って。此方こそ、告げてから少しだけ間を開けて、願い事はね、と告げた。 「この先が続きますように。……あたしは今貴方と居て幸せだけど」 その場所が他の誰でも良い訳じゃないわ。きょとん、と此方を見遣る漆黒を見上げて。傷付いたのよ、とその眉が寄る。少しだけ強く繋いだ手が、確りと握り返された。 「それでいいじゃなくて、それがいいのよ。……さ、戻りましょ」 お腹空いた。常の軽い口調に戻って手を引いた。境内の人が減るのは、まだまだ先のようだった。 ● 大きなくしゃみを一つ。ああ、しばれるしばれる。ちょっと女子大生が言うにはアレな台詞を言いながら、ベルカは境内を歩いていた。 骨まで沁みる寒さこそが、心身を清らかにしてくれる。初詣なのかもう二度目なのか良く分からなくなっているが、折角だ。じっくりと、精神を集中しよう。 まずは手洗いと、口を濯いで身を清めて。鈴を鳴らす。深々と2礼。2拍手。 ――今年も無事に務めを果たせますように……カレー食べたい…… 後半は神様的にはそれ何とか自分で叶えましょうって感じの気がします。それはさておいて。確りと、一礼した。これでばっちり。満足げに頷いて、背伸びを一つ。 「なんせ私は主義者にあらず、趣味者だからな。神社だって拝んじゃうぞ」 だから神様、どうかカレーを。そんな事を思ったかどうかは謎であるが。その足は、先生と呼ぶ予見者の下へと向かう。挨拶をせねば。其の儘ゆっくりと歩き出した。 三高平は中々に広い。新米リベリスタ、永遠にとっては不慣れな其処に、少しでも馴染む為。市内を見て回るついでに、と永遠は社の前に立つ。 ちょっとだけ贅沢に、50円を投げ込む。神様、自分もどうか、皆の役に立てます様に。確りと手を合わせて、祈る。そっと目を開けて振り向いた先に居たのは、ベルカとの挨拶を終えたらしい響希だった。 「僕は永遠。えいえんのトワです」 「永遠チャン。……新しい子か、仲良くしてね」 素敵なフォーチュナ様、なんて告げれば恥ずかしそうに笑って振られる手。それを見送ってから、社を見上げ直した。何処ぞに居たらしい麻子比女神?様の神社は恋が叶うらしいけれど。 此処も恋の叶う神社だったら、どうしよう。見上げて、首を傾けた。 「此方も同じ神様がいらっしゃるのでしょうか」 縁結びの神様。僕も、恋が出来るのでしょうか。その問いに応える様に、鈴がからん、と音を立てる。 少し遅いけれど、初詣。兄を誘ったレイチェルは、漸く人が減り始めた境内を見回してひとつ、息をついた。貰った甘酒は温かくて、寒さを忘れさせれくれるようだった。 初詣は既に大晦日にひとりでばっちりと。その目的がナンパだった事はまぁある意味何時も通りなのだが、同じく、甘酒を揺らすエルヴィンは、そう言えば、と首を傾げた。 「お守りとか買わなくて良かったのか?」 「いや、欲しいわけじゃないよ。去年は、良い悪い含めていろんな人との縁があったなあって」 一年はあっという間で。その間に結んだ縁を想う。その言葉に拍子抜けしたような表情で、エルヴィンはてっきり、恋愛成就かと、と呟いた。 彼の事だと思ったのか。そんな言葉と共に此方を見た瞳は、何だか酷く大人びていて。思わず、瞬きした。 「神頼みって柄じゃないし、自分で捉まえてこそ、だからね」 「……ホントお前、ここ最近で変わったなあ」 悪戯っぽく笑う顔は、年相応の少女の様にも、少し大人びた女性の様にも見えて。エルヴィンは改めて、妹の変化を噛み締める。前なら、こんなに誰かに執着なんてしていなかった。 そう。自分以外の、誰かには。胸を過る感情の名前は、知っているけれど、知りたくなかった。変わったのかなあ、なんて首を捻る妹。 「まあ、だとしたらそれこそ彼のおかげだね。兄さんと似てるようで、全然似てない人」 「いやいや惚気てくれるじゃねーか、恋する乙女はやっぱ一味違うね」 だからこそ、此処まで惹かれたのか。その言葉に含まれる自分への好意は、もう随分と形を変えている気がした。兄離れ。妹離れ。先を越されてしまったのか、と。内心で笑う。 そう。これはきっと、ほんの少しの寂しさだ。きっちり仕留めろよ、と笑う兄に目を細めて。レイチェルが示したのは七草粥を配る広場の方。 「せっかくだから食べに行こう?」 「ああ、そいつは良いな。見知った顔もいるし、新年の挨拶もしてこうぜ」 二人で、歩き出す。隣に立つ存在が変わるのは、もうそう遠くない話なのかもしれなかった。 お賽銭箱に放り込むのは25円。二重にご縁があります様に。そんな願いをかけながら、焔は社の前に立っていた。作法はばっちり、今年初の御参りだ。 何を願おう。思い浮かべて、沢山出てくるそれに困ったように眉を寄せた。強くなりたい。恋だってしてみたい。友達が怪我をしない様に……指折り数えて、思わず笑った。 「……私って以外に欲張りだったのね」 それとも、欲張りになったのだろうか。考えて、目を細める。願い事はどれも、焔の手を伸ばせばきっと、叶えられる事ばかりだった。だからきっとこれは、神様が自分で掴みなさいと言っているのだろう。 大きく頷いた。確りと手を合わせる。願い事では無くて。 「神様、私やるわ! だから、見守っていてね?」 決意表明。最後に礼も忘れずに、焔は境内を後にする。甘酒を貰って、この後は何処に行こうか。折角だから、周辺を見て回ろう。少しだけ弾んだ足取りで、少女の姿は外へ消えていく。 折角だから。ミリィが御参りに誘えば、響希は二つ返事でついて来た。もしかしたらもうお参りを済ませているかもしれない、そんな懸念もあったのだけれど。 大事な願い事は何回してもいいでしょう、冗談交じりの声で、その不安は拭われる。 「折角のお参りなので振袖で来たのですが……に、似合っていますか?」 「すっごい可愛い。良く似合うわ、ミリィチャンが可愛いからだけど」 ぎゅう、と握っていた袖に力が籠る。気恥ずかしくて照れ笑いして。予定通りお参りに行こう、とミリィは響希の手を握る。其の儘、確りと願いをかけて。 少しだけ込み合う其処を抜けて、甘酒を貰う時にももう一度。繋いだ手は小さくて、響希は少しだけ、その瞳を細める。 「結構人が居ましたよね。手を繋いでいて正解だったかも……ですね」 「そうね。……何だか懐かしくなっちゃった。妹が居たらきっとこんな感じね」 笑うミリィの手を、そっと撫でて。細められた目はやはり、少しだけ優しかった。 どれだけ血腥い事でばたつこうとも、御参りはしなくちゃ、と思うのは日本人の性だろうか。二人並んで確りお参りをして。快は、その視線をレナーテへと向ける。 「レナーテは何をお願いしたの?」 「お願い? まあ大体察しはつくんじゃないかしら?」 自分は月並みだけれど、今年も一緒に居られます様にだ。そう告げる快に、同じよ、と少し笑って。レナーテは、初めてかける願いにほんの少しの気恥ずかしさを覚える。 別に、誰に聞かれる訳でもないのに。そんな彼女の様子を眺める快は、もうひとつ、とその視線を少しだけ泳がせる。 「出来れば今年は泊まりで出掛けられますように、とか」 うん。これは調子乗りすぎたのかもしれない。本当に、がっついてるみたいだ。言ってすぐに思い直して、取り下げ取り下げ、とその手を振った。 「がっつきすぎとは言わないけれど……」 そういうのはわざわざ神様にお願いしないで、直接言えばいいのに、ね。そんな思いは、口には出さない。何処までも真面目な彼の事だ、きっと、言わない方が面白いだろう。 綺麗に掃除された社を見上げる。そう言えば。先日のとある神社の仕事で、此処の神社の由来を調べたのだ。快は思い出した様に口を開く。 「この神社の御祭神は「麻子比売神(あさこひめのかみ)」。……まさか本当に麻子神社があるなんて、世の中不思議だね」 「……そんな神様居るのね」 疎いから、なんておっしゃっていますが、一切そんな事はありません。神様じゃないもん、覚えておけよ、なんて言葉は今だけは胸に仕舞って置けていないけれど、とりあえず置いておこう。 御利益、あると良いわね。そんなレナーテの呟きが、人のざわめきの中に溶けていく。 参拝を終えた客で、大通りはごった返していた。人が多いからと差し出した辜月の手は、本当はすぐに食べ物に惹かれてしまうシェリーを心配してのもので。 それを知ってか知らずか、確りと手を握ったシェリーは周囲を興味深げに見遣った。初詣の出店は、どうも興味を惹かれてしまう。それは辜月も同じで。あれもこれも、と思うけれど、食べ切れない事は分かっているから。 ぐっと我慢。それに、自分の方が惹かれてたら少し恥ずかしいし。そんな彼の隣で、シェリーはほいほいと好きなものを買っていく。雪待は、と尋ねる声に食べ切れないからと首を振れば、差し出される林檎飴。 「だらしのない、この程度の量も胃に納められないなどと……仕方ない、妾のを一口ずつ分けてやろう」 「ぁぅ……美味しいです……」 でも、すごく照れる。真っ赤になる辜月に、次々渡される出店の品々。それをすべて胃に収めて、満足げな彼女の、向こう側。目に留まった屋台に、あ、と声を上げた。 「綿飴、一緒に食べましょうか?」 ひとつずつ。これくらいなら食べられるから、とシェリーの分まで買えば、もふもふのそれに口を付ける。甘くて、ふわりと溶ける感触。 「ん~、ふわふわして美味しいです」 「この口溶けと砂糖の甘さが絶妙だな」 笑みを交わす。頬に付いた食べ残しは、シェリーを年相応の少女に見せる様で。少しだけ、微笑ましい気持ちになった。 日が落ちていく。冷え込みが増す境内も、広場も。未だ、人の気配で溢れていた。新年を、そしてこの先を。祝い望む穏やかな一日は、まだまだ終わらない。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|