●天使 死を覚悟した。 血が止まらない。きっと折れてない骨を数えた方が早い。 そりゃ悪いことは重ねてきたさ。 けどよ、死にたかねーんだ、誰だって。こんな俺でも助けてくれるとすりゃ、それは天使と悪魔どっちだろうな。 意識が暗転する。 畜生、畜生、畜生が……。 その時だ。 男の元に、白衣の天使は舞い降りた。 あたたかい。 血が巡る。臓が動く。目が開く。手が、届く。 「お前……なにもんだ?」 天使は厳かにさえずった。 『ナイチンゲール』 ●撃滅指令 「傷ついた人を回復する。このエリューションの行動パターンは極めて単純で厄介です」 作戦司令部にて『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は任務概要を説明中である。 和泉の説明に、貴方と貴方の仲間たちは疑問を抱かざるをえなかった。 「良い子だよね?」 「エリューション事件の放置は崩界の危機を招きます。原則、排除が基本です。今回も例外ではありません。我々は心を鬼にしてデリートするのです」 和泉は力説する。 「コードネーム『ナイチンゲール』はフェーズ2のEフォースです。白衣の天使に対する幻想がそのまま具象化されています。行動そのものは有益であっても、受益者が問題です。 あるフィクサードの集団がナイチンゲールを匿い、そのありえざる回復能力を用いて大金を一般人に支払わせて病気や怪我を治しています。現代医療で直せない難病も強大なエリューションの神秘なら治癒できる可能性がある。それに大金を費やす人々の心情は理解できます。 その行いの是非をアークは問いません。アークの方針はエリューション撃滅で決定済みです。 異論のない方は、この作戦にご参加ください」 ●佐治医院 佐治という青年は医者崩れのフィクサードだ。 開業医の父の跡目を継ぐべく医学の道を志し、研修医の頃に父を亡くして医院も廃業同然となった。自棄酒に酔って夜の町を彷徨ううちにエリューションと遭遇、瀕死の重症を負い、革醒して生還する。その際、彼を助けたのはアークのリベリスタではなくフィクサードだった。 悪の道とて、人の命を助けることはできる。ホーリーメイガスとして才気を揮い、悪行を重ねつつも自分の命の恩人たる悪人たちを支えていった。 数年後、フィクサード同士の抗争に際して佐治は再び、生死の境を彷徨った。 そこで天使と巡り合ったのである。 佐治医院は、今や名高い名医が勤めていると評判だ。所属組織に上納金を献上することで医者に扮した護衛を雇い、『天使』を用いて大金と引き換えに命を救う。 金は、正直さほど佐治の手元には残らない。その点において佐治は無欲だ。そして己の望みに対してはひたすらに貪欲な青年だ。 地位や名誉はおまけだ。欲しいのは、全能感と力強い自分だ。なにかを成し遂げ、他者に感謝される自分が欲しかった。 この夢に終止符を打たれるわけにはいかない。 『サジ……、つらそうですね』 天使は少しずつ言葉を覚えはじめている。姿形は彫像めいていた。美しく、無機質だ。どんと押し倒してしまえば、砕け散ってしまいそうだ。生きた人間そっくりのナース姿にも化けられるが、佐治の前では正体を露にする。 『どこが痛いのですか? 治して差し上げます』 「ちがうんだ、俺は……いいんだ」 天使は慎み深い表情を曇らせた。 『サジ、貴方に感謝しています。わたしはこれほど多くの人々を救うことができるのですから』 「お前は聖人でも俺は悪人だよ」 『そんなの、ちっちゃなことです』 彼女は歪なまでに純粋だ。 もしも彼女が世界や運命に愛されていたならば――。 否、純粋にして歪であるがために、世界は彼女を愛せないのだ。 ● 「……くっだらねぇ」 医師まがいの白衣を着崩して、少年はくるくると回転椅子で遊ぶ。 フィクサード、鷲尾キリオ。 鷹のビーストハーフであるキリオの眼は猛禽類の如く金色だ。常に獲物を求めてギラついている。 「狡い小銭稼ぎだぜ、全く。 資金繰りのためとはいえ、佐治みてーな三下ホリメの護衛なんてよ。 ――ま、それも直に終わるんだけどな」 キリオは医者や看護婦に扮した三名の部下たちへ、一枚の指令書を投げてよこす。 「こ、これは」 「――潮時ってわけだ。白衣の天使様がフェーズ3に移行しちゃあ管理が面倒だ。 送金はもう終わってる。あとは始末をつけるだけ。 夢はいつか終わるんだよ、バァーカ」 大剣に回転電刃を仕込んだチェーンソーを軽々と担ぎ、キリオの千里眼は医院長室を見つめた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月19日(土)23:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●08131999 nightmare. 今に至る凡ての元凶たる悪夢――。 廃教会。 ステンドグラス越しの夕陽は、時の止まった少女にとって唾棄すべきほどに神々しかった。 最悪の寝覚めだ。初夢、そして初陣の日さえも悪夢色にはじまる。 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は礼拝堂の長椅子から身を起こして、頬についた煤と埃を払った。露になる、泣きぼくろ。 真紅の修道服は沈みゆく太陽に濡れて輝く。 硝子細工には天使の御姿。 「上等すぎねーですかね、偶像作りの辺天(ペテン)のタネにゃ」 神への逆賊としての証である逆十字を胸に、海依音は廃教会の重い扉を蹴り開ける。 「初仕事が天使との対面だなんて、神様の皮肉はエスプリがきいてるつーもんですよ」 目覚めの珈琲は不要だ。 ●巡回 佐治医院。 数珠を掲げて、念仏を唱える。 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)は流暢に真言を並べて、最後に喝!と叫んだ。 「人払いはこれでいいな」 一行はEフォース撃滅のため、真夜中の佐治医院に侵入していた。 暗い院内の照明を点灯させつつ、不意打ちを警戒しながら歩む。間取りは確認済み、迷うこともない。スイッチなど物の記憶を読み取り、佐治の所在を探ってゆく。 「もしや神様仏様を信じてたりしやがるんですか?」 スキンヘッドの仏僧と真っ赤な修道女。 「念仏か? 昔の癖か、唱えた方が術に没入できるのさ。熱心じゃないのは確かだぜ」 夜の医院、東西の聖職者が揃い踏み。 「敵の気配は、まだ無いのダ」 『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)は先頭に立ち、インコの超反射神経を研ぎ澄ましていた。絵面の濃さは随一だ。 「神魔須らく掃うべし」 『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウは糸目をより細め、敵襲に備えて刀鍔に指を掛けている。 「と。僕はそう信じています。故に神秘の理不尽は斬らねばなりません」 丁寧な語り口、柔和な物腰。しかしロウの秘めた言い知れぬ凄みは、一見して志を同じとしているはずの海依音さえも戦慄させた。 「たとえそれが心優しい天使だったとしても」 泣きぼくろに神の否定。しかし海依音と異なることに、ロウの物言いは信仰者のソレだ。 「我輩は憂鬱ダ。世界のために善良な天使ヲ手にかけねばならんとハ気が重いのダ」 四者四様。十人十色。 「天使ね……」 『深紅の眷狼』災原・闇紅(BNE003436)は懐中電灯を手に歩き、後方を警戒する。 「敵味方の見境なしに回復する、理解しがたいわ。ロジックが破綻してる……けど」 紅を帯びた少女の瞳は、果て無き闇を湛えている。 「理解は要らない。ただ黙らせるだけ。 自宅に帰って湯船で一息をつく、考えるのはその時でいいよ」 小太刀を携え、ささやく。 「さぁ、ゆるりと……逝きましょう」 ●千里眼 「天使サマを始末してくれんのは願ったり叶ったり、手間が省けるがよ。かといって手ぶらで帰るのは格好がつかねーよなぁ、黒山羊さんよ」 キリオはくつくつと嘲り笑う。 青年――黒山羊のハイネは、白衣に袖を通していた。シャープな眼鏡、凛々しく面長な顔立ち、大学の研修医といわれて不自然でない。 「……何を企んでる?」 「オレは出世してーの。お前だって、妹ちゃん食わせるためには手柄のひとつも欲しい筈だぜ」 「だが、死ぬのはごめんだ」 「けけっ。――不意打ちは無理そうだ。医院長室で迎え撃つぞ、ハイネ」 ●警戒 「真下さん、もう交代の時間よ。しばらく仮眠を取ってきてちょうだい」 『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は魔眼を用いて、夜勤の看護婦を追い返した。他二名ほど患者と看護婦に遭遇するも一般人だった。 医院長室は、もうすぐだ。 「……不穏ね」 立ち止まって。 「わたしたちは一般人の保護をしてこないと。焦燥院さん、後のことは」 「任せな、この頭がまるいうちはどんな夜道も明るく照らすさ」 「でハ、我輩も行ってくるのダ」 カイと淑子は踵を返す。 「あ、神裂さん」 「はい?」 淑子は可憐なるお嬢様とは不釣合いな大戦斧を軽々と背負い、品よく微笑んで。 「女の子は優雅に。この残酷で優しい御伽話、みんなで早く終わらせましょう」 そう海依音を励まして、軽やかに去っていった。 ●天霊降臨 扉を蹴破る。 六名は医院長室に突入した。待ち構えていたのは医院長の佐治青年と電刃を担いだ鷲尾キリオ、魔導書を手にした白衣の黒ヤギ、ガトリング使いの剛健そうな女。 そして神々しき光を纏う、白衣の天使ナイチンゲールだ。 「君たち、ここを医院だと知っての狼藉かい」 「無論にござる」 背後だ。 『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)。 佐治は振り返りざまに黒部へニードルガンを乱射するが、得体の知れぬ“影そのもの”が割り入って盾になる。 刹那。 凶鳥の刃が劈く。佐治の喉を、黒部は暗器投擲によって鮮やかに掻っ切っていた。致命的一撃を受け、佐治は言葉さえままならない。 (後は、天使の回復を誘導できれば――) 『サジ』 天使は白き二対の翼をゆっくりと羽ばたかせ、祝福の聖なる風で優しく佐治の傷口を撫ぜた。 「ぐ、ごほっ、けほっ」 血反吐を吐き捨てると、佐治はすでに全治していた。致命という異常を、完全に凌駕している。 「なんと!」 「一介の癒し手として忠告する。ナイチンゲールの回復は規格外――俺らとは違うんだよ」 驚愕の間もない。 ロウ、闇紅、フツは前衛として陣取り、既に鷲尾キリオらと切り結んでいる。 『黒雲よ』 黒山羊が詠唱、連鎖する雷撃を暴れさせた。 「きゃっ!」 全員が大小違えど被弾し、傷つく。全体への雷鎖は容赦なく後衛をも責め苛んだ。 「くっ、上等じゃねーですか……」 海依音は早くも窮地に陥っていた。これが初めての戦い。実戦で味わった雷電の痛烈さに、心では強がってみても体が言うことを聞かない。 「海依音ちゃん!」 『皆で素敵に笑える日まで』 アリステア・ショーゼット(BNE000313)は自らの感電を省みず、海依音を癒そうと必死の想いでワンドを掲げた。 一陣の煌く風。 違う。天使だ。ナイチンゲールの聖なる吐息がきららと輝き、吹き抜ける。海依音をはじめ、敵味方すべての傷は癒えていた。 『――私の願いは、救える人を救いたい。ただ、それだけなのです』 歌声のように天使は囀る。 「無粋な」 「気色悪い…」 ロウと闇紅は大般若と小太刀の切っ先を天に向け、啖呵を切る。 「これではいたずらに戦いを長引かせるだけだ。傷つく痛みまでは無にできない」 「アンタ、サディスト?」 断罪者たちの鋭利な指摘に、天使は沈黙した。 「――じゃ、回復はこっちだけにしとこーかい」 不意にテレビモニターが点く。病室だ。幾人もの患者が静かに眠っている。 「キリオ、お前……!」 動揺する佐治、嘲る鷹の目。 「ご明察通り。慈悲深い天使サマや箱舟の皆々様は他人を見殺しにはできねえはずだよなぁ?」 「くっ、下劣な」 動揺を隠せぬまま、フツは回顧する。 今回の依頼、二名以下ならば一般人の死者をも問わない。――こういう事か。 「残念でござるな」 黒部は物静かに、蛇睨む。 「拙者は忍――、任務遂行のためならば非情に徹そう。大を生かして小を殺す。これが箱舟の倫理なれば、十人そこら死に果てようと先々の百人が為に貴殿を討つ覚悟はあり候」 黒部の気迫にキリオがひるむ。乗じてフツは挑発する。 「弱いだろ、お前さん」 回転電刃が咆哮する。 「今、なんつったよ……」 「だってお前、人質頼みの無名の悪人だろうに。もしや強いのかね?」 剛断。 チェーンソーが切り裂いたのは、フツの背後の本棚だった。すかさず魔槍を繰り出す。 「勢ッ!」 右肩を抉り、氷結させる。怒りによってキリオの動作は精密さを失っている。これは好機だ。 ロウと闇紅が左右より迫る。 音すら縋れぬ太刀裁き。流麗に小太刀は閃く。 音速剣は十字を斬り綴る。血の十字架。さらに海依音の魔弾が穿つ。 「とっととお帰り頂きましょう」 「退屈なのよ、アンタ」 キリオは耐え抜き、怒号をあげた。 呼応して天使は神秘を行使、燦然と光輝く祝福の鎧をキリオに授け、深手を完治させる。 『……わたしは』 「いいぜ、天使サマ。佐治! ハイネッ! 樽川! 百舌のはやにえにしてやるぞ!」 逆襲の狼煙をあげて、白衣の魔獣たちは錯綜する思惑を暴力に託す。 ●希望ノ翼 1/2 六つの病床、寝静まる患者たち。 傍らに佇む白衣の初老の男性は、若い女性のこめかみに拳銃を宛がい、月夜を見上げている。 「来たか」 カイは魔力杖を、淑子は大戦斧を手に威嚇する。 「およしなさい。撃鉄を下ろすことね。一線を越えれば容赦はできないわ」 「今まデ随分稼いできたそうじゃないカ? 用済みになったモノはどうするつもりなのダ? 次は君の番じゃないといウ保証はあるのカ?」 カイの問いに、初老の男――金ヶ崎は静かに答える。 「……そうだな。私も、明日は我が身だ。今回は十分に稼いだ。組織は手を引く。安心したまえ、オウム君。老い先短くも、私はまだ命が惜しい」 「インコなのダ」 「……そうか、すまないインコ君」 銃口はそのままに。 「しばらく君らを足止めさせてくれ。キリオが監視している。彼は我々の上司、逆らえないんだ」 状況は膠着するかに思われた――。 ●二人の剣士 ガトリングバレルが輪転する。 後衛はふたり、魔導書使いの黒山羊と機関銃を乱射する怪力女――樽川だ。 「舞い踊れ! けっはははっ!」 白衣を着た女医の装いは闘技リング上の仮装同然だ。遠近両対応、位置取りは中衛、黒山羊を守るような布陣だ。 しかし鷲尾キリオや佐治に比べれば、幾分か両者の攻め手はゆるい。 最高速まで加速した闇紅とロウは、被弾しつつも深手を負うことなく、一挙に距離を詰めた。 「掃除屋として、無闇に空薬莢を散らかすのは」 「うるさいっ!」 回転銃身が唸りをあげる。が、面接着を用いてロウは壁面を疾走、予想外の軌道で回避した。 「なっ」 大般若の剣閃は、しかし砲塔に防がれる。が、即座にガトリングを蹴りあげて胴の守りを解除し。 「おすすめしかねます」 二の太刀が、胴を薙ぎ払う。女の鋼鉄じみた腹筋さえ無価値だ。 「がふっ」 両断できなかったのは流石に革醒者という化け物同士か。敵も頑健だ。 「貴様っ!」 黒山羊の雷鎖。ロウと闇紅は直撃を受けるが、想定より痛みが軽い。 「守護結界だ。無いよりマシだろ」 フツの術式を盾に、闇紅は機銃女の懐へ。 「お望み通り、舞い踊ってあげる」 小太刀による回転剣舞三連。膝、胴、腕。追撃。首、胸、胴。計六連を一瞬で刻みつける。 「何のこれし……!」 「アンタはもう動けないわ。全身の腱を切ってるんだもの」 女の顔が、屈辱と絶望に染まる。 延々と回復されるならば、いっそトドメを刺すのが最良か。ロウと頷き合い、いざ絶命させんと踏み込んだ時――。 『貴女に、救いを――』 天使の極光。状況は空回り、反復する。 「ぬあああっ!」 機関銃が激昂する。樽山は傷も痛みも恐怖も克服し、猛然と暴れ回る。 「完全に倒せてたはずなのに…」 「全く、想定外ですよ、これは」 黒部とフツに至っては、光輝の鎧を纏って強化された鷲尾キリオのチェーンソーの猛威を前に、攻め手に欠いている。回復と回復の合間にうまく追い詰めても、佐治の治癒がその隙間を埋めた。 敵の優勢は歴然。これでは挑発も意味をなさない。 「長引きますよ、これは」 「やれる?」 「そちらこそ」 退かず、怯まず、二人のソードミラージュは悠然と不敵に微笑した。 ●永遠 医院長室での戦いは永遠につづく。 そう錯覚させるほどに、ナイチンゲールの回復は絶対的だった。 十秒に一度の全回復。突破口がまるで見えない。鷲尾を筆頭に、佐治、黒山羊も手練だ。瞬殺できるほど押しきれず、千日戦争の様相を呈していた。 疲労と負傷は、こちら側にのみ一方的に蓄積する。理不尽なほどに逆境だ。 超長期戦。 しかし、一歩も引かずに戦線を維持することができていた。 なぜならば“天使”はひとりではないからだ。 白い翼と仲間の想いをちいさな双肩に背負って、アリステア・ショーゼットは奮戦した。 全力で、懸命に、献身的に。 泣くまいと歯を食いしばり、限界まで幾度でも何十回と治癒の神秘を行使する。 回復! 回復! 超回復! 述べ聖神の息吹三回、天使の息三十回超。約五分間という超時間ずっと絶え間なく、だ。 アリステアという少女にとって、「天使さま」はわけ隔てなく人を癒し慈しむという理想の在り方のひとつだった。皆の士気を下げまいと言葉をつぐみ、己が内に秘めたる想い。悲しくても泣きはすまいと、言葉少なに沈黙を守ってきた。 『皆でいっしょに、アークに帰ろうね』 いつもの常套句が、果てなく重い。 だけど、例えどんな困難や悲哀に直面しても、アリステアは信念を違えるつもりはない。 金と銀。 天使たちの癒しの風が、戦場を二分していた。 ●希望ノ翼 2/2 『騙されんじゃねーですよ!』 AFの指向性スピーカー越しに届く、海依音の怒声。淑子は詳しい戦況を聞き、ハッとした。 硬直するかに思われた病室の駆け引きは、早々に動いた。 「――降参です」 淑子は大戦斧をそっと床に置く。戸惑うカイを促して、魔杖も差し出した。 「この破界器を貴方たちに。人命は尊いもの。こちらは武器がなくては十全に戦えないし、これを手柄として持ち帰れば、あなたの立つ瀬もあるはずよ」 「むう、仕方ないのダ」 一歩、二歩と後ずさる。 「……ふむ」 警戒しつつ、金ヶ崎は大戦斧を握ろうとして――空を掴んだ。 「!」 超幻影だ。 気づいたが最後、時すでに遅し。 乾坤一擲。淑子の大戦斧は豪快に降り下ろされていた。肉を裂き、骨を砕く手ごたえ。 「今なのダ!」 カイは魔力杖を拾い、十文字の光弾を炸裂させる。熾烈な一撃。壁面に叩きつけられた金ヶ崎は意識を朦朧とさせていた。 「ぐっ……!」 「故郷へ帰るのダ。お前にも家族がいるだロウ」 窓を蹴破り、金ヶ崎は脱出した。 恐怖のインコ怪人の名は、こうして更に闇社会に轟いた。 ●祝福 戦況は、敵の圧倒的優勢だった。 既にアリステアの余力は皆無、回復は使えて二、三度だ。途中から回復が追いつかず、フツの守護結界を機軸に、前衛は黒部、ロウ、闇紅のスピードで被害を最小限にする他になかった。 「ワタシにゃ……何もできねーってんですか」 壮絶な回復合戦を前に、海依音は己の無力さに歯噛みする。 限界に達しつつある味方――。癒す術は、知らない。 回復の神秘の大半は、神や天使と呼ぶべき上位世界の存在へ働きかけ、祝福を賜るものだ。ゆえに、己が癒し手の才覚に反してプライドがソレの習得を許さなかった。 ――ソレは、仲間の命よりも大事なのか。 『佐治――もう、辞めましょう』 天使は静止する。 『ここに、わたしの敗北を認めます』 時同じくして、全員のAFに敵の撃退と一般人の保護の報告が届く。 「意味わかんねえこと言ってんなよ、天使サマよぉ!」 「天使よ、どうしてだい。このまま戦えば……」 憤慨するキリオ、困惑する佐治。天使の指先が示す回答は、アリステアだ。 ワンドで杖突き、消耗しきった彼女に、戦術上できることは無いも同然――。 『貴方は、わたしに希望をくれました』 「え?」 『わたしは怖かった。人を癒すために生まれた幻想と願いが、人を癒すという呪いと化していた。わたしも、佐治も、己の存在を証明するために生き急いでいたのです。けれど、純粋に人を想い、救おうとする貴方の気高さに、わたしは己の過ちに気づくことができたのです」 霧散していく。 天使を織り成していた幻想が、天に還る。光の粒子が遡る白雪のごとく、舞い上がる。 「天使、さま……?」 天使の昇天。神秘の極致というべき現象に、誰もが忘我する。 少女の頬を、一筋の雫が伝った。 『そして未来あるもうひとりの癒し手に、わたしの願いを託します』 ナイチンゲールの双翼が金色に光る羽根となって解けてゆく。 羽ばたけ、乙女よ。 『佐治、ありがとう、最後までわがままなわたしに付き合ってくれて』 佐治は、掌に収まるほどのちいさな光を、やさしく抱擁する。 「感謝するのはこっちだよ、ナイチンゲール」 すべてを見届けた後、アリステアは涙を拭い、仲間たちへ力強くに微笑んだ 「さ、皆で帰ろうよ、アークへ」 「……売っちまいますかね、コレ」 呪うべき神の御使いの白き杖を手に、海依音は夜空へつぶやいた。 これでは夢の押し売り、呪いではないか、と。 ●報告 簡潔に、事件の顛末ついて報告する。 鷲尾キリオ、黒山羊のハイネ、他部下二名は逃走した。幸い、今回は死者も出ていない。 上位組織に大きな資金を与えた件は元より過ぎたこと。 本件の働きは十全と評価された。 佐治医院は今なお経営を続けている。フィクサード組織とは縁を切り、現在アークの庇護下にある。更正し、また必要に応じてアークに協力することを条件にお咎めはなかった。 決め手になったのは、依頼推敲者たちの意見と嘆願であった。 ただし、鹿毛・E・ロウの提言も鑑みて、現代医学に基づく医療活動を条件とした。 佐治は快諾、普通の医者として表舞台に返り咲いたわけである。 彼と彼女の夢は、まだ終わらない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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