● 四条 周(しじょう あまね)は邪魔なかれ枝を弓で乱暴になぎ払った。 開けた視界のむこうに赤い目を8つ確認し、右手を背に回して矢を取り出す。 ほう、と白く息をはいた。 矢を番え、残りはどこだ、と自問しながら弦を引きしぼる。 ――はん、なんて無意味な問いだ。 ああ、ばからしい。 声なく胸のうちに零せば、弦でゆがんだ頬に自嘲の笑みが浮かぶ。 仲間を置いて逃げ出した時点で、アザーバイドとE・ビーストは少なくとも20体はいた。仲間がD・ホールの破壊に失敗していたなら、さらに数は増えているはずだ。いまも続々と―― 異界をつなぐ穴からはい出してきた彼らにとって、この世界の人間はただの動く温かな肉袋に過ぎない。 まもなく自分もそうなるだろう。 矢は残り4本しかないのだから。 雪を踏みしめる音にはっとして、周は矢から指を離した。 風切りの音と同時に、アザーバイドの眉間を矢が打ち抜いていた。 刹那にぎゃん、と鳴いたのは、死んだアザーバイドとつながっていた“黒犬”だ。即死したハンドラーから体を切りはなすことが出来ず、雪原をどす黒い血で汚しながら死の痛みにのた打ち回っている。 合体時にアザーバイドの眉間を打ち抜いて殺すと、どうやら“黒犬”の意思では融合を解くことが出来ないらしい。 これなら2体同時に無効化できる。 矢を7本失ってやっと分かった奴らの攻略法だった。 さて、残る矢は3本。 辺りをさっとうかがうと、赤い目は増えていなかった。 このまま1本も外さず倒せれば、あるいは逃げ切れるかもしれない。 だが、彼らも愚かではなかった。 周がもつ矢の数と、自分たちの数を照らし合わせて、ばらばらになったほうが上策と判断したのだろう。 上下に一組づつあった赤い目が、左右に分かれる。 事実、そうだった。 アザーバイトの“ハンドラー”、E・ビーストの“黒犬”、どちらを残してもスターサジタリーの自分にはもう身を守る術はない。 周はゆっくりと、落ち着いた動作で矢筒に手を伸ばした。 自分を囲む網が、じりっ、じりっ、とせばまってきた。 「……ふふ、辞世の句も詠ませてもらえませんか」 弓に矢を番えて構えたとたん、背後から“黒犬”の一体が飛びかかってきた。 ● 「もしかしたら彼だけは助けられるかもしれない」 ブリーフィングルームにリベスタたちが集められていた。 正月気分の抜け切らぬ時期であり、昨年末の大作戦で受けた傷を多くの仲間たちがいやしている最中のことである。急を要することであり、とにかく動けるものを、と大急ぎで集められてきた面々だった。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、集まったリベスタたちに対して、いつにもまして感情を排し、淡々と事のあらましを話して聞かせた。 「岐阜県のとある山中に突然、小さなD・ホールが開いた。たまたま前に降り立った鳥なんかを吸い込むだけで、何かが出てくるけはいもなければ大きく広がる様子もなかったの。だからたった4人のチームで送り出した。リベスタも集まらなかったし、小さな小さなD・ホールを壊すだけのことだったし……」 それはなにも難しいことがない、簡単に処理できる依頼のはずだった。 「でも、間違いだった。先発隊がD・ホールの前に着いたと同時に、向う側の誰かが穴をひろげた。ううん、こじ開けた。無理やり体をねじ込んで、はい出して、うなって、牙をむいて。あっけにとられていた新人のホーリーメイガスに襲いかかって喉(のど)を食いちぎった。そしてそのあと、広がった穴から続々とホーリーメイガスを襲った黒い犬のような生き物と、全身を、やっぱり黒い毛でおおったアザーバイドたちが出てきたの」 もちろん、リベスタたちは必死になって応戦した。残った3人がみなそれなりの実力者であったため、最初はアザーバイドたちを穴の向うへ押し返す勢いだったらしい。が、それも長く続かなかった。 「“ハンドラー”と“黒犬”、彼らは合体することで能力を飛躍的に高める。とくにスピードとディフェンスが上昇する。逆に攻撃力は個々の状態のほうが高いみたい。防御力が高くなって倒し難くなったところへ、そぐそぐと援軍が出てきて……」 イヴが運命を読み取った時点で、生き残っていたのは周だけだという。 「ブレイクゲートのスキルをもっていた覇界闘士が、死の直前になんとか広がりつつあったD・ホールを壊している。あとはこの世界に解き放たれた捕食者たちを残らず狩ればおしまい。彼らに話は通じない。ただ餓えを満たしたいだけ」 D・ホールが出現した山は低く、人里に近い。急がなければ周だけでなく一般の人々にも被害が出るだろう。 「ヘリを用意したわ。すぐに屋上へ行って」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月20日(日)22:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●出撃 「さあ、急いで!」 『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)は風でドアが閉まらないように手で押さえながら、階段の下に向かって叫んだ。 急な召集だった。 春の特撮ヒーロー2時間スペシャル版の収録が終わり、疾風はコタツに入ってミカンの皮をむきながら、愛華を誘っての初詣計画をのんびりたてていた。そこへ携帯がなった。 以心伝心。もしや、と口元を緩ませて画面を見れば、表示されていたのは恋人のものではなく、アーク本部の電話番号だった。瞬時にヒーロースイッチがぱちりと入った。 疾風がコートを引っつかんで玄関をとびだしたのは、たった40分前のことである。 「ああ、寒い」 『白月抱き微睡む白猫』二階堂 杏子(BNE000447)は冷たい風に身を縮こまらせ、細い指で襟元をかき合わせた。 「同業者とはいえ、救う義理も理由も私にはないんですけど?」 杏子の問いかけを「先に行くぞ」と受け流し、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は最後の段を蹴った。疾風の体を掠めるようにしてドアの外へ飛び出していく。 「ま、つれないこと」 「杏子さんも、早く行ってください」 疾風に促されても杏子はあわてなかった。ヘリのブレードが吹かせる強風さえもゆるりとわきに流し、優雅に歩を進める。 その白猫の横を走りぬけ、リベスタたちはヘリの中に次々と乗りこんでいった。 それぞれが体をハーネスで固定していくなか、『モンマルトルの白猫』セシル・クロード・カミュ(BNE004055)はひとり立ち上がり、仲間のために毛布を配ってまわった。自分は防寒ジャケットを着てきたから、と毛布をひとつ余計に杏子の膝に落とし、そのまま横に腰をおろした。 (明日は店で昼寝かな) また夜を徹しての仕事になりそうだ。新年早々、店のカウンターに伏して眠る自分の姿を想像し、セシルは小さく笑った。 「杏樹さん!?」 疾風は暗い階段に声を投げた。 もしや、ばからしい、と依頼を蹴ったのだろうか。ひとりでも欠けると正直辛い。敵はハンドラーと黒犬あわせて18体。しかも聞く話ではすこぶる凶暴だ。 そのとき、疾風は下から駆け上がってくる足音を聞いた。ほっと胸をなでおろす。「ごめん。待たせたな。ちょっとイヴと話をしてて……遅くなった」 杏樹の後でドアが音を立てて閉まった。 ――もしかしたら、じゃない。絶対に助ける。 そうイヴに宣言してきたのだ、とヘリに駆け寄りながら杏樹は言った。 急ごしらえの間に合わせチームなんかじゃない。私たちが今夜集ったの必然。だから…… 「周(あまね)を連れてここに戻ってこよう」 もう誰も連れていかせない。 シスターは愛憎相半ばする眼差しを、雪を落とす夜空に向けた。 ●降下 四条・理央(BNE000319)はハーネスを外して立ち上がると、呪文を唱えて仲間の背に小さな翼を授けた。 移動中にみんなで話し合い、事前にパラシュートは使わないと決めていた。点在する木に布が引っかかる恐れがあるし、一箇所集まって複数が飛び降りれば空中でパラシュートが絡まる恐れがある。それに着地したらしたで、広がった布をはずす暇はないだろう。 「みんな聞いて。飛び降りるときに両手を胸の前でクロスして閉じておくこと。それと、空中では思いっきり両手両足を広げて。翼の加護で落下スピードはかなり弱まると思うけどね。空気抵抗を大きくするに越したことはない、とボクは思うよ」 ちょうど三高平市中央図書館《ミネルヴァの梟》で夜の読書を楽しんでいるとき、理央の携帯にアークからの連絡が入った。出来すぎた話だが、そのとき開いていたのが「スカイダイビング教本」だったのだ。どうしてその本を手に取ったか。そのときの心情はちょっと思い出せない。本から顔を上げたとき、斜め向かいに座っていた櫻霞と目が合ったことは覚えている。そのあと、ふたり同時に椅子から立ち上がり、図書館の入り口でやってきた杏子を半ば拉致する形でアーク本部に向かったのだった。 風見 七花(BNE003013)は感覚を確かめるように、背に生えた小さな翼をひとはためきさせると、アークから持ち出してきた色も形も様々な矢を腕に抱え持った。四条 周に手渡すための矢だ。 黒犬を引き剥がして手当てをすれば、周は充分な戦力になってくれるはず。ブリーフィングが終わった直後、そう思った七花は本部の保管庫へと走った。とにかく目についた矢を手当たりしだいに集め、持てるだけをもって屋上へ向かった。持ち出しの許可は受けていない。なにぶん急を要することだったし、時村室長も許してくれるだろう。 問題は―― 「これ、使えるかな?」 腕の中の矢は太さも長さもまちまちだ。弓につがえることが出来なければ無駄である。 「大丈夫ですよ、七花様。その矢はきっと周様のお役に立ちます」 『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)がはんなりとした笑顔で七花の心に忍び寄った心配の影を吹き払う。 シエルは少女がこくりとうなずくのをみて、ドアへ向かった。レバーに手をかけて待機する疾風に微笑みかけると、度分が一番手で下りると宣言し、機内をふりかえった。 「周様をお助けして皆で帰りましょうね」 鳶色の瞳に春の日差しのような温もりを込めて言葉とともに一同へ投げかけると、シエルは開け放たれたドアから暗い夜空に身を躍らせた。 ●黒の討伐 あちらにはジェットヘリなどないのだろう。黒犬たちは突如飛来した巨大な鳥に向かって牙をむき、吠え立てていた。ハンドラーたちは立ち木の影にかくれているのか、上空からは姿が確認できない。 櫻霞はヘリから飛び出した直後の3秒間、時速200キロで地に落ちる感覚を楽しんだ。その後、背に生えた小さな翼をめいいっぱい開いてスピードを殺し、体を空気の上に乗せた。 千里眼を使うまでもない。己の青い影の落ちる地点から斜面下に向かっては邪魔な枯れ木もなく、場が大きく開けている。そのうえ格好の的となる敵が3体も見て取れた。 櫻霞は着地と同時に不敵な笑みを浮かべた。ゆらりと立ち上がった背に負う月は白銀のきらめき。 「ようこそ異界の住人、まずは此処へ来たことが間違いだと教えてやる」 思考のギアをトップに叩きいれ、雪を蹴散らしながら突っ込んできた黒犬2体とその奥にいたハンドラー1体に、軌道計算しつくした気糸を飛ばした。 赤黒く染まった雪の中で、黒犬が1匹、四条 周(しじょう あまね)を組み敷いていた。血の滴る牙の先を首に食い込ませんとしている。と、そこへ杏樹が落ちてきた。 「大丈夫か? 大丈夫ならちょっとだけ動くなよ」 杏樹はすかさず拳を固め、黒犬の横腹に渾身の一撃を叩きこんだ。すかさず魔銃バーニーを抜きとり、体制を立て直しつつあった黒犬に反撃の暇など一切与えず赤い目を狙い撃つ。右、左。黒犬の後ろ頭が吹き飛び、脳が撒き散らされた。 「よく耐えたな。間に合ってよかった」 表情を緩ませて血まみれの周をねぎらう。 顔をあげると、やはり近くに降り立ったシエルにあとを頼み、杏樹はくるりと身を翻して背後に迫りつつあった敵と対峙した。 杏子は強く舌を打った。 ヘリのローターからの吹き降ろした風が地面に当たって跳ねかえり、ハンドラーの真横に降りてしまったのだ。 両腕を上げてハンドラーが叩きつけてきた爪から頭を防ぎつつ、杏子は魔陣展開して魔力を増幅させた。 「――汚らわしい!!」 左右色の異なる瞳の中に憎悪の炎が灯る。 杏子の足元から4色の魔光が、その体を包むように螺旋を描きつつ立ちあがった。魔光はハンドラーが続けさまに繰り出した爪を弾き返し、そのまま―― 「体で聞くがいい、魔曲・四重奏!!」 黒い毛に覆われたハンドラーの体を4色のあでやかな魔光が貫く。が、倒れない。ハンドラーは口から血を吐き出しながら、なおも腕を大きく振り上げる。 「アンコールかい? なら受けよう」 4色の魔光再び。だが、杏子の攻撃がハンドラーを捕らえる直前、鋭い爪が胸を切り裂いた。 両者、よろめきあとずさる。 気力に勝っていたのは杏子のほうだった。 「あら、ごめんなさい。せっかくのアンコールなのに……同じ曲の演奏は失礼だったわね」 胸から赤い血があふれださせたまま、凄みのある笑みを浮かべた。白肌を流れ落ちていた血が黒く沸きあがり濁流となってハンドラーに襲いかかる。 ハンドラーは濁流に飲み込まれ、闇の中へ落ちていった。 「ふふっ、黒鎖の奏でる音、お気に召したかしら?」 強がりもこれまで。白猫は雪の中に膝を落とした。 セシルは着地と同時にすばやくあたりに探りを入れた。 (うん、大丈夫。後ろに誰もいない。ほかは……) 顔を横向けると、杏樹が周に覆いかぶさっていた黒犬を殴りつけていた。そのむこうに着物姿のシエルも見える。ああ、なら任せて大丈夫ね、と判じてセシルは駆け出した。 櫻霞の真横に並び立つ。 「左端の1匹、私に任せて」 「ああ、頼む」 櫻霞が立て続けに気糸を放ち、さらに黒犬たちの脚力を弱めた。極端に動きの鈍った黒犬はもはや歩くのもやっとという有様だ。 セシルは腕を伸ばして二挺の愛銃を構えると、左側から攻め込んできた黒犬に魔弾を叩き込んだ。黒い肢体が行きの上でもんどりうつ。ひくひくと脚で雪をかいていたのもわずかな間、すぐに黒犬は事切れた。 「いい腕だな」 「貴方のおかげよ。こんなにトロければ外すほうがどうかしてるわ」 「ふむ。ではもう1匹も頼む。俺は下で飼い犬の帰りを待つハンドラーを倒しに行く」 「オッケー」 セシルは尾をたらしてハンドラーの元へ逃げ帰る黒犬に狙いを定めた。 パン、パン、と乾いた音。血しぶきと樟脳と骨片が飛び散った。 雪を巻き上げながら櫻霞はハンドラーに肉薄した。 相棒を目の前で殺されたハンドラーが雄叫びを上げ、怒りで筋肉を盛り上がらせて櫻霞に殴りかかってくる。 櫻霞は飛んで爪を交わすと、そのままハンドラーの頭を越して背後をとった。 「生き残るのはどちらか、存分に競うとしようか」 耳元にそうささ焼きかけると、櫻霞は黒い毛が覆う首筋に牙をつきたてた。 「い、いゃぁぁぁあ!」 ヘリのローターが引き起こす地面効果が、理央の制服のスカートを盛大にまくれ上がらせた。花も恥らう17歳。リベスタといえども、つつしみは大事。 理央はぎゅっと目をつぶりつつ、魔道書を脇に挟み込んだ状態で、前と後ろを手で押さえた。リベスタを降ろしたヘリが飛び去ると同時にスカートの裾が下りた。 鼻先までずり落ちたメガネのレンズ越しに見えたのは、涎のたらしながら走ってくる黒犬の姿。飛びかってきた黒犬をとっさに伏せてかわす。 黒犬は素早く体をまわすと間髪いれず理央に噛みつこうとして大きく口を開いた。しかし、肝心の獲物の姿が消えている。どこに消えたか、と耳を回して音を探るが、雪を踏みしめ逃げさる足音は拾えなかった。 理央は再び空に上がっていた。 ぐるぐると同じところを歩き回る黒犬を足元に見すえつつ、ゆっくりと魔道書を開く。 「呪印封縛……。そこを動かないで、いまキミの運命を占ってあげるよ」 異界に通じる穴をくぐった瞬間から黒犬の命は終わりに向かっていたが、それは確定された未来ではなかった。 鼻先に落ちたメガネのつるを指で挟んで持ち上げ、かけなおす。 あわれな犬よ。この四条 理央がその僅かな運命の揺らぎをいまここに封じ、定めてやろう。 「陰陽・星儀!」 不幸が形をなして影となり、黒犬に襲い掛かる。 「地獄に落ちろ!」 夜空に描かれた魔法陣から破滅の槌が撃ち落された。破滅の槌は斜面を震わせて黒犬を押し砕くと、高く高く月に届くような雪柱を立たせた。 七花は走った。 胸に矢を抱き、雪の上を小さな翼の浮力を得て飛ぶように走った。頭の上に降り落ちてきた雪の粒をかいくぐり、スカートの裾を翻しながら周の元へと急ぐ。 ヘリから飛び降りるまで執拗に感じていた恐怖は、ドアから飛び出すと同時に風に吹き飛ばされてしまったらしい。いまはただ、だだ、一刻も早くこの矢を届けなくては、という思いで一杯だった。 七花は逃げる黒犬を無視してすれ違い、そのまま杏樹の横をぬけた。シエルの膝に頭を乗せて横たわる周のそばにたどり着いたときには肩で息をしていた。 「ア、アークより援護に参りました風見です」 弱々しく微笑む周の顔左半分に3本の爪あとが見て取れた。 深い。シエルが懸命に手当てを行っているが、おそらく周は左目の視力を失うだろう。命が助かったとしても弓使いとして再起するのは難しいかもしれない。 「四条さん、これ、使ってください」 声が震えているのは寒さのせい。けっして同情なんかじゃない。そう心でうそぶいても顔のこわばりは隠せなかった。 「……ありがとう」 伸ばされた周の手に矢を握らせると、七花は立ち上がった。 「若月さん、伏せて!」 言われるがまま頭をさげたシエルの後ろに、七花は雷光の鎖を投げ放った。 一閃ひらめき雷があたりにとどろく。 雷光の鎖は一組の敵を打つとともに地に積もった雪を激しく飛び散らせた。 雪煙が風に流されて視界が晴れると、そこに見えたものに七花は思わず叫んでしまった。 「合体した!?」 ハンドラーと黒犬、どちらが多くダメージを負ったのかは分からないが、雪のカーテンが下りたわずかな隙に敵は合体を果たしていた。 ならばもう一度と、七花が雷光の鎖を投げ放つ。しかし、半身半獣はみじろぎひとつしなかった。それどころか怨念のこもった唸り声をあげて七花たちを恐怖で縛りつけると、突撃をしかけてきた。 やられる、と覚悟を決めた瞬間。半身半獣の肩と腹に赤い穴がうがれた。半身半獣が両の口で鋭く鳴いて、前脚を折る。 「セシルさん!」 「カミュさん!」 「いまのうちに、トドメを!」 弓を片手に周が立ち上がった。つがえた矢は七花が手渡したものだ。周は一発を外して半身半獣の耳をそげ飛ばし、二発目で眉間を打ち抜いた。 まるで黒い津波だな。 襲い掛かってくる3体の黒犬を前に疾風は一歩も引かなかった。 「蹴散らす! 変身!」 手にした幻想纏いからまばゆい光があふれ出す。 金剛陣で増幅された疾風の肉体に強化外骨格弐式[撃龍]が装着された。 ヒーロー推参。 「悪を払い、この世の歪みを正すが私の宿命。ゆえに貴様らを倒す。いくぞ、邪なる者たちよ!」 同時に襲いかかってきた黒犬3体の攻撃を皮ひとつでかわし、雷撃を纏った武舞を次々と炸裂させていく。続けて後を追ってきたハンドラーたちにも雷撃の舞を食らわせてやった。 お返しとばかりに左右から電気を帯びたハンドラーの爪が疾風に振り下ろされる。 疾風は腕をあげてそれぞれの電撃をブロックし、[撃龍]に獣の爪を食い込ませたたまま、痺れを無視して前へ押し進んだ。 「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」 立ち木に打ちつけて1体を腕からもぎ離す。のこった1体の腕をとって背負い投げた。大の字に倒れたところへ飛び掛り、胸に乗るとDCナイフ[龍牙]を眉間に突き立てた。 疾風は死んだハンドラーの体から素早く立ち上がると、牙をむく黒犬に向けて虚空を放った。目にも止まらぬ蹴りが無数の刃となって黒犬の体を引き裂く。 ――と、背中に強烈な一撃を打ち込まれて大きく前に弾き飛ばされてしまった。 雪に突っ伏したまま攻撃者を確かめようとした。 首をまわしたところでハンドラーのどす黒いオーラをまとった爪が背中を切り裂いた。 「ぅぐう」 激痛に歯をくいしばって耐え、身をよじって転がることで辛うじて第三撃を逃れ、ふらふらになりながらも立ち上がって構えをとる。 その疾風の前に合体した半身半獣が立ちはだかった。横手からは先ほど背中に爪をたてたハンドラーが、その後ろから黒犬が走りこんでくる。 「我が身全ての力もって癒してみせましょう。癒しの息吹よ……我が友たちに活力を与えたまえ!」 シエルを中心に光のドームが広がっていった。 周、杏子、そして疾風の傷がたちまちのうちに癒される。 拳に力をみなぎらせた疾風が、電撃の嵐を巻き起こす。 「壱式迅雷! 受けてみよ我が雷の拳!」 疾風の猛攻を一身に受けて黒コゲになった半身半獣の後頭部を、杏樹が遠方から狙い撃った。必殺の魔弾は見事に眉間を貫いて飛び出した。 武舞を終えた直後の隙を狙い、ハンドラーが疾風にサンダークローを振り下ろす。 「そうはいかないよ」 高みから呟いたのは理央だ。呪印封縛を発動させ、ハンドラーの身動きを封じた。そこへ杏子が解き放った黒鎖が飛んできた。ハンドラーの体をきつく締め上げて、そのまま切断する。 「悪い子にはお仕置きを……ね」 最後の1匹となった黒犬は、尻尾を巻いてリベスタたちの前から逃げ出した。 「逃がしはしない」 立ち木の間に凛とした声が響く。 闇の中から姿をあらわすと、櫻霞は指を胸の高さまで持ち上げた。 「糸よ微塵に引き裂け」 黒犬に無数の細い銀糸が絡みつく。 櫻霞が腕を引くと同時に、絶命の鳴き声が白み始めた空に響きわたった。 七花の提案で先発隊の遺体を丁重に弔っているとき、夜明けの光が山の稜線を黄金色に縁取った。 リベスタたちの影が白銀の雪の上を長く伸びていく。 「ここで命を落とした仲間たちの御霊に安らかな眠りを」 シエルの祈りの言葉を終わりとして、リベスタたちは、ひとり、またひとりと山を降りていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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