●ご主人、散歩がしたいです 「あー……これもしっくりこないなぁ」 「こっちは高すぎるし。あーあ」 二人の兄妹、犬飼浩太と犬飼幸子は同時に溜息をついた。新年もらったお年玉を手に向かった先はペットショップ。 飼っている犬達に新しい首輪をとやって来たのだが、中々しっくりくるものが見つからない。くふんと鳴く飼い犬を撫でて、持っていた首輪を棚に戻す。今付けている首輪は少し古くなって、ぼろぼろになりかけていた。 「行こ、ヒエン。ハヤブサもハヤテも」 幸子が声をかけると浩太も続き、店を出れば抱えていた犬達を地面に下ろした。疲れて抱っこをせがむ事はあっても、元気な内は歩きたいのがわんこ心。尻尾をピンと立ててわんと吠える。 「うん? どうしたの、ヒエン。何か良い物でも……わっ、わ!?」 突如ヒエンが駆け出した。引っ張られる様に駆けていく幸子に「待って!」と追いかけていく浩太とハヤブサ、ハヤテ。 どの位走っただろうか、とある路地で漸く止まったヒエンは何かを見つけた様でふんふんと匂いを嗅いでいる。見れば其れは首輪。あつらえた様に丁度三つ、しかも首回りの大きさまでぴったりサイズ。 「わ、お兄ちゃんこれ! これいいかも! 見てみてぴったりー!」 「えー……落とし物だろ。変な菌が付いてたら嫌じゃん……」 渋る浩太とは逆に幸子はいそいそとハヤブサとハヤテにも括ってやる。それの見事な事。浩太も思わず口籠もる。 「ま、まあ……要らないから捨てたんだろうし。帰って消毒して……でもその前に、せっかくだからちょっと散歩でもしても、……まあいいかな」 飼い犬は運動量の多いジャックラッセルテリア達。一時間、二時間の散歩くらい、犬の為ならなんでもない。けれど今日はもう夕暮れだから、三十分くらいで切り上げようと思ったその時、リードの先のハヤブサが振り向いた。 『お散歩もっとしたい!』 「……え?」 声が聞こえた気がした。それは気のせいだろうか。けれど確かに、ハヤブサの瞳は輝いている。 「散歩……もっとしたいのか? 一時間……二時間……もっとか? そう、そう―――だな。行こうか、散歩」 操られた様にふらふらと浩太が歩き出す。 「待ってお兄ちゃん。どうし……」 戸惑う幸子のリードが引っ張られる。ヒエンがじっと自分を見ていた。その瞳はこう告げていた。 『お散歩もっとしたい!!』 ●犬は散歩がお好き 「散歩時間は毎日ある程度ずらして、犬にあった長さを」 犬の飼い方という本を見ながら、『あにまるまいすたー』ハル・U・柳木(nBNE000230)は復唱した。 なんだなんだと怪訝になるリベリスタ達の前、ハルは小さく笑う。 「今回の依頼はね、アーティファクト。その破壊、もしくは回収。どんなアーティファクトかって言うとー……『願いを叶える首輪』」 それは大雑把すぎる。ん? 首輪? 「そう、首輪。誰が誰用に作ったのかは解らないけど、その首輪を嵌めると、嵌めた者の願いが叶う様に周囲の常識が歪められていく」 今回嵌めたのは人間ではない。わんこだった。人間じゃなくて色んな意味で良かった気がするが。 「犬達の願いは単純だよ。『もっと散歩したい』―――と言っても、飼い主達は一日一時間くらい散歩してるから、悪い飼い主じゃない。ただ犬がさ、散歩はあればあるだけ喜んじゃう、できるならずっと散歩したいって思ってしまっただけ」 そしてその願いが叶うべく、周囲へ影響を撒き散らした。 先ず、飼い主達の思考が変わった。散歩は一時間を通り越して、家に帰らなくていいじゃない、と思ってしまった。 それから飼い主達の身体能力が変わった。犬がこんなに望んでるのに自分がへばってどうすると、幾ら歩いても疲れないし、犬が望むまま町を越えてどんどん進む。もし大人が連れて帰るなんて言い出せば、その腕をふりほどいて倒してしまう程の力。そのまま悪化すれば、エリューション並みの力すら得るだろう。 「……今はエリューションになる心配は無いみたいだけど、可能性はゼロじゃない」 一応、ハルは資料を見る。 「勿論犬達にも影響してる。身体能力向上してるから疲れない。だからこそ――散歩が延々に終わらない」 子供達も帰らない。もう既に一日が経過していて、捜索願も出されている。 少し離れた町で発見された兄妹を見つけた警察が話しかけようとしたのだが、兄妹は犬達の為に警察のお兄さんを投げ飛ばして悶絶させてしまった。そしてお散歩続行中。 「これ以上被害が出る前に、そしてこれ以上兄妹が遠くに行く前に、皆で捕まえてきて。勿論アーティファクトは回収。もしくは破壊。誘惑に負けそうだったら遠慮せずずっぱりやっちゃって」 今、彼等は歩きに歩いてとある廃村に迷い込んでいるらしい。 少し雪が積もっているが、アーティファクトの影響で、肉球が凍傷を起こす事も、寒さで風邪を引く事もない。 町とは違う開放感に溢れたお散歩フィールドで、彼等はとても楽しそうに走り出す。 「彼等は警察の人に連れ戻されかけたりしてちょっと過敏になってるから、リベリスタの皆を見てもすぐ逃げようとするよ。――田んぼの隅に隠れたり、一軒家を飛び越えたり、屋根裏部屋へハイディングしたり」 さらっと言われた一般常識がかっ飛んだ発言に、成る程身体機能が向上しているのは伊達じゃないらしいと神妙な顔で頷くリベリスタ達。一軒家の壁に追い詰めても、彼等はわんと一吠え、屋根を駆け上がるだろう。 「それと、飼い主達は軽い催眠状態に近い。元々わんこにめろめろではあったけど、今は犬達を自由に散歩させてあげるのが一番の優先事項になってるから、最悪身体を張ってでも君達を食い止めるよ。その間にリードを離して自由に散歩させる」 けれど身体機能が強化されたとは言え、スキルは極力使わないで欲しいとハルは言った。 「未確認だけど、スキルに対抗して何か使える様になったら不味いし、なによりわんこを大事にしないと」 万が一傷ついたら、兄妹の哀しみは計り知れない。 犬は家族。誰より大切なパートナーなのだから。 だから今回の目的は、アーティファクトもだけど、兄妹とわんこ達も無事に家に帰す事。そうハルは書類を正した。 そしてわんこを追いかけるだけの今回の依頼。その運動量も鑑みて、ハルも一応出勤する事になったようだ。 「……体力無いから追いかけるの絶対無理だからね。絶対出来ないから。皆に任せる」 ―――そんな役割回すなよ、絶対回すなよと三回くらい言ってからハルは神妙に頷いた。そして、いつもの笑みに漸く戻って首を傾げる。 「まあそんな訳で、捕まえた飼い主や犬達の見張りは僕がしてるから、皆には追い回しと捕獲を頼んだよ。 運動量が物凄いわんこ達との間接的なお散歩だと思って、是非楽しんでみてよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月19日(土)00:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●わんこと一緒 ジャクラッセルテリア。 ラッセル牧師が作った小さなテリア種で、狩猟犬としての気質を色濃く残し、好奇心が旺盛だが、やや我慢が足りない犬である。 今回は、そんなわんこを捕まえるリベリスタ達一騒動のお話。 現場に急行するリベリスタ達も、その距離に呆れを通り越して感心してしまう。なんていったって町五つ越えた先の廃村である。 「いやはや、散歩でこんなとこまで来るとかすげぇなぁ。俺も犬というか動物好きだし。昔犬を飼っていた時は散歩はしてはいたが」 『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)が少し昔を思い出して息を吐く。 その傍でそっと目を細めるのは『闇狩人』四門 零二(BNE001044)。懐かしむ様な色を瞳に湛えて、フッと小さく笑みを零す。 「これを、渡しておこう」 「うん?」 ハルに零二が手渡したのは、ペットフードや牛乳。 「無事送り届けてやりたいからな」 低い声の中に優しさを滲ませる零二に、ハルも「了解」と敬礼を見せた。 「おー! あたしも頑張るお!」 ぴょんっと拳を突き上げたのは天情法楽院・カバルチャー(BNE003647)。その身は寒さの耐性を身につけていて、へっちゃらと元気に跳ねる。 「あ、ハル君はそこに居てて。追いかけっこは任せるお!」 この指示にもハルは笑って了解する。 (元気だな……) 同じ小さな容姿でありながら、その実三十路の逢坂・弥千代(BNE004129)はフル装備。 コートと手袋、マフラーで防寒を。スパイク靴で足元安定確保。囮用の骨もボールも持参して、『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)はそれ見てくすりと笑う。 「散歩が好きなのは気持ちはわかるし、可愛いけど……、お家に帰らないとだめってきちんと教えないとね」 吠えられるのはちょっと苦手だけど、仕方ない。綾兎は耳を澄ましながら、万が一の為その耳を隠すべく帽子を深く被っておいた。 「……あとでちょっと撫でても良いかな」 ぽそっと呟いたのは小さな声。いつも隠す素直な言葉は秘められたまま、風の中にこっそり消えていく。 「犬……」 『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)は思考する。 多岐に渡る動物達と接した上で雷慈慟が思う事、「犬」、それは飼育対象では無く「家族」。 その意識は強いと言える犬達は、今回随分と良い兄弟と屋根を共にしていると聞いた。 「是非とも手助けがしたい。ハル君とは初顔合わせになるが、通信に保護と我々の肝だ。宜しく頼む」 「勿論さ」 不器用な言葉の中に燻る熱意にハルも頑張れと笑いかけて。 「ですね。無事に返してあげないと。それまでは、全力で遊んであげましょう」 『不屈の刃』鉄 結衣(BNE003707)はふふっと微笑んで、望遠鏡をも凌駕する鷹の目で辺りを見渡した。 「――いました」 廃村の中で楽しそうに駆け回る小さな影、二つと三つ。 「さあ、行きますよ。皆さんっ」 AFで皆に連絡をして、作戦開始。 皆々が得意分野のわんこを捕まえるべく、さっと八人は散会した。 ●わんこと皆が走り回る 廃村に迷い込んだ犬三匹は、ふと風に乗ってきた嗅ぎ慣れない匂いに鼻を上げる。 ヒトとは少し違う匂いの中、ぴんっと耳を跳ね上げた。 リスの匂いとウサギの匂い。 「わわん、わんっ!!」 「わ、だめ!」 わんこを叱る時、名前を呼んではいけない。幸子は犬を傷つけないようにヒエンを叱る。 「こんにちは。お散歩ですか?」 幸子とヒエンに優しげに声かけるのは『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)。大人達がまた迎えに来たのかと身を固くする幸子に、義衛郎は「よく躾けられてますね」と微笑みかける。 「もし良かったら、その子と遊ばせて貰えませんか。幸子ちゃんは少し休憩した方がいいと思うんです」 「……でも」 足下には瞳をきらきらさせた小さなヒエン。 『お散歩したい!』 そう願い続けるヒエンに、幸子は口籠もる。 「町幾つも越えて犬の散歩したんだろ、随分頑張ったよな。名前は? 撫でてみてもいいか?」 尻尾を振るヒエンに手を伸ばした弥千代を見て、ヒエンはぐるぐるその場を走り出す。「体力ありあまってるな」と笑いながら、撫でてと頭を押しつけてくるヒエンをぐりぐり撫で回してあげて。 「名前はヒエン。……ちょっとなら、いいよ」 「そっか」 幸子がおずおず頷くと、義衛郎はその小さな身体を抱き上げた。「わあっ」と驚く幸子の手からするりと抜けたヒエンのリード。すかさず弥千代が駆け出そうとしたヒエンを抱き締める。その首輪を外そうと試みるが、するりぬるりとウナギの様に器用に暴れるヒエン。 「ちょ、ま、落ち着け!」 「わふ、わふーっ!」 「あ」 「わん!」 『お散歩!』 ヒエンはしゅばっと弥千代の手から逃れ、走り出した。その小さな姿の早い事。 「追いかけっこ、開始だおー! おー!」 後ろからカバルチャーがここぞとばかりに立ち上がった。 「俺も、行くから!」 慌てて追いかける弥千代。首輪から少し距離を置き、本来の疲れが出てきた幸子を撫でてやりながら、義衛郎はその後ろを見遣っていた。 幸子をハルに預けて任せれば、義衛郎も辺りを見渡して。 「じゃあ、オレも遊んできましょうかね」 少し背伸びをして、ヒエンへと走って行った。 「あんた達、誰だ?」 不信感露わに後ずさる浩太に、雷慈働はにじり寄る。その頭脳はありとあらゆる可能性、状況を演算し最高のプランを組み上げる――の、だが、 (思考する…… この者達が如何に快適にこの場を楽しみ 満足行くのか……) うまい言葉が見つからないのが難点だった。 難しい顔をして零二を仰ぐ。零二ならきっと纏めてくれるとの期待に零二は気付いて苦笑する。 困惑するような浩太の前で、零二が話しかけたのは、浩太では無くハヤブサ。 「こいつで浩太達と遊ばないかい?」 骨をチラ見せする。 総ゆる言語を扱えるその能力に期待しながらもしかし、ハヤブサは首を傾げる。 けれど犬は友達。犬は家族。人間の言う言葉を必死に理解しようとしてくれるのもまた、犬。 『何だかわかんないけど、遊ぼうとしてるんだ、お兄ちゃん!』 そう言うようにぱっと瞳を輝かせ零二に前足をどすっと乗せるとその勢いに浩太がつんのめる。 それを見て雷慈働も畳み掛ける。 「散歩も良いが 一つ玉投げ遊びでもどうだ」 リードを持つ浩太のその手を宥め、いっそリードを離さないかと不器用に提案する。 「でも、こいつらどこ行くか……」 「大丈夫だ 何かあっても大人が何とかする」 「………」 するりと手から落ちたハヤブサとハヤテのリード。 がくんと力が抜けた浩太を雷慈働が支えて、ピンポン玉をバウンドさせた。 おろおろと耳を下げるハヤブサと違い、今にも走り出そうとするハヤテに零二はじっと見つめて言う。 「ご覧。こんな風になるような散歩……本当に幸せ、楽しいかい?」 キュゥ、と鼻を鳴らすハヤブサ。迷うハヤテは飼い主では無い零二の言葉にむむっと頭を下げて、――― 「わう!」 走り出した。 浩太を心配するように雷慈働、零二、浩太の回りを円を描くようにぐるぐると駆け回る。そうしてから反抗するようにぽーんと駆けた。 「あ、行っちゃっいましたね。追いかけますよ!」 「おう。よろしく頼むな」 結衣と翔太がそれを見て走り出す。 首輪の力でぽんぽんと木々を、屋根を越えるハヤテに結衣は同じように併走する。 「馬鹿にする? じゃあ鬼ごっこで捕まえちゃいますよ!」 わざと隣で走る結衣に、ハヤテはムキになって鼻を上げる。こんな時でも動物との追いかけっこはとても楽しい。 ぽんっともう一度屋根に乗って、ハヤテは自慢げに鼻を鳴らす。しかしその正面から、壁を垂直に歩いてくる翔太。 「わっふ!?」 「まあ、ビックリすると思ってたけどな」 そう言って、対面した屋根の上でぽーんとボールをバウンドしてみせる。 「ボールでも遊びたいし、それが駄目ならば追いかけっこしようぜ!」 挑戦状を叩き付けられるような言葉に、気持ちを理解してハヤテは尻尾を立てた。 吠えるように息を吸う。踏み出した足が、ずれた。 「あ、危ない!」 思わず足を踏み外し屋根から落ちたハヤテを抱き抱える結衣の腕。 この為のリベリスタの身体なのだから、すりむいた膝だって痛くない。 ほんの少し申し訳なさそうにしたのも束の間、翔太が降りてくれば、ぴょんっと飛び出して四肢で大地を踏みしめた。 その瞳は二人のリベリスタへこう語っていた。 『受けて立つよ、遊ぼうよ!』 尻尾をぶんぶん、振りながら。 ●君の願う事 ぽんぽんと跳ねるボールはとても魅力的。更に雷慈働は骨もちらつかせる。うずうずとするハヤブサに、雷慈働は頷いた。 「良し マテ 良いか合図と同時に取って来るんだ 行くぞ」 「わう!」 放たれたボールに、骨に駆け出すハヤブサ。骨を咥えて、はずむボールを追いかけて、二つを追いすぎてどちらも零す。もう一度ボールを咥えて、骨をかぷり。 ぴんっと尻尾を立てて戻って来るも、戻っていったら取られてしまうのを知っている。 取って良いけど、取っちゃやだ。 そんな気持ちもありつつ、もうちょっと追いかけっこをしたがるようにうろうろ走るハヤブサだが、零二に抱えられてくったりと疲労困憊の浩太の姿に、ハヤブサはおずおずと雷慈働へと戻ってきた。 「良いぞ 賢いなお前は」 雷慈働が褒めて優しく抱きかかえると、ハヤブサの気持ちも戻ってくる。わふっと吠えればボールも骨も落ちてしまって、わたわたと暴れ出す。それでも、 「……良い子だ」 飼い主思いのハヤブサに、零二も耳の下を掻いてやる。そのまま指を滑らし、首輪を外す。その上で雷慈働はよしよしとハヤブサを撫で回した。 「まずは一人と一匹、保護だな」 かくしてハヤブサと浩太、青い首輪は零二の手によりハルの元へ。 「結衣、そっち行ったぜ!」 「うんっ、ハヤテこっちだよー!」 一方、此方はハヤテ組。結衣と翔太。仕掛けたのは体力勝負。どちらがずっと走り回れるかの犬とリベリスタの一本勝負。 翔太の方は捕まえやすいようにと追いかけ方に工夫をしているものの、どうやらハヤテと結衣は純粋に楽しんでいるように見えた。 「ほら!」 「わんっ」 翔太がボールを投げれば更に加速するハヤテは、先回りして二人を誘う。 今度はボールを咥えての追いかけっこ、ボールの取り合いを誘っているようでもあった。 「中々っ、疲れませんね。ハヤテ」 「だな。……一端身を隠すか?」 走っても走ってもハヤテは止まらない。これがあの首輪の力なのだろうか、リベリスタの力をもってしてもハヤテとの追いかけっこは終わりが見えない。息を弾ませる二人は、ほんの少し追いかけるのを止めて廃屋の影に身を潜めた。 「……わう、キャン!」 ハヤテが吠える。 今迄遊んでくれていた二人が居ない。そういえば兄妹も居ない、ご主人の兄妹も居ない。 「キャウ!」 吠える声に二人の胸は少し痛む。 けれど、もう少し、戻ってきてくれるまで二人も我慢。 やがてとぼとぼとボールを咥えたまま戻ってきたハヤテの前に、二人はぴょこんと飛び出して、両手を広げた。 「沢山遊べたかな? 満足したらいい子にできるかな?」 「皆に心配かけるのはいけないぞ、怪我ないようだからいいけども」 結衣に、翔太に撫でられて、二人の腕に鼻面を突っ込んで甘えるハヤテ。撫でてやれば気持ちよさそうに舌を出すハヤテに添えられた緑の首輪も、その手に外された。 「ハヤテも無事保護だな」 翔太はAFで皆に連絡を入れた。残りはヒエン、その一匹。 ヒエンは綾兔と対峙していた。猟犬対ウサギである。 「君も猟犬なら兎の俺を追いかけておいでよ?」 言葉は通じなくとも、犬と人。狩猟犬とウサギさん。 「わう!」 吠えられればやっぱり少しウサギの耳の毛がぶわっとするけれど、それを了承と見て綾兔が走り出した。ヒエンもその後を追走する。 犬とウサギは早い、早い。一緒に追いかけていたのは弥千代とカバルチャーだが、弥千代は少し運動量が心許ない。 ふらふらと脱落していき、ぜーはーと足を止めてしまった。 「ま、待てよ。よし、落ち着け。一時休戦と行こう。……くそ、日頃の運動不足がここぞとばかりに祟る」 悪態をついた弥千代のAFが鳴る。何かと思えばハルだった。 「同志よ」 「うるさい」 全く役に立たないハルの言葉をぶちっと切って遮って、弥千代は再び腰を上げた。大丈夫ですかと、合流した義衛郎に支えられながら。 「……あれ? ヒエンどこに行った?」 ふと先行していた綾兔が振り向くと、追いかけてきていたはずのヒエンが居ない。 連絡をしてみれば、義衛郎から今挟み撃ちにしている所だと返事が返る。 「情報の通り、自由気ままですね」 義衛郎の言葉に綾兔もくすりと笑う。 「溝に入っちゃってるおー!」 「……だな」 覗き込めば道端の細い溝の中にヒエンは潜り込んでいた。そのまま出てこない。 「あたし一番ちっちゃい子! 溝だって……きっとなんとか!」 潜っていくカバルチャーを見て、ヒエンは後ずさってしまっている。慌てて弥千代も反対側から救出に向かった。 「よーしよしよし、大丈夫だ。今助けてやるからな」 「わう、ウゥ」 不満そうに言いながらも自分で抜け出せないヒエン。綾兔も追いかけてきて、外から見る。 「逢坂さん、もう少し先……あ、ヒエンが天情法楽院さんの方へ……あ。逃げました」 義衛郎が中継するも、じっとしないヒエンは中々捕まらない。 「じっとしてろって。助けてやるんだから」 弥千代が手を伸ばすとやっぱり逃げようとするヒエン。更に溝に捕らわれそうになったヒエンの身体を、カバルチャーが汚れも気にせず倒れ込むように両手で捕まえた。 「捕まえたおー!」 弥千代は今度こそ、赤い首輪を手早く外した。 「はい、これで全員揃いましたね。疲れたでしょう?」 結衣が取り出したのは犬用缶詰。 美味しそうな匂いに飛びかかろうとする三匹のリードを弥千代は一生懸命踏ん張って留め続ける。 「牛乳は平気かい?」 「……どうだろ。少しお腹弱いからな。でもハヤブサは平気だ」 ハルに預けておいたペットフードと牛乳を受け取って、零二もまた袋を開く。 「わふー!」 「もう無理だ!」 弥千代の手からリードが離れ、結衣に、零二にわんこ三匹殺到する。 教えて貰った通り、零二はお腹の丈夫なハヤブサにだけ牛乳をあげて、一生懸命食べる犬の背をリベリスタ達は撫で続ける。 「それじゃ、お散歩終了だね。皆で帰ろう……っぷ!」 食べ終わって尻尾を振ってる犬達を抱き上げようとして、思いっきり舐められた綾兔。驚きながらも、腕の中で丸まろうとする犬達をもふっと抱き締める。 もふもふ、わんこは可愛いけれど、素直には言えない綾兔の心。 しかしふとちりちり感じる視線をウサギの耳が敏感に感じ取った。それはハル。 「何……? 耳、触りたいの?」 「蠱惑的だよ」 「せめて魅力的って言って」 浩太達に隠れてこそっと、綾兔はハルにそのウサギ耳をふもふさせてあげるのだった。 ●お疲れ、お休み、また明日 おぶって帰ろうかと提案した義衛郎に、雷慈働が4WDをAFから取り出した。その車体にリベリスタ全員と犬三匹、飼い主二人が乗り込んでいく。勿論、義衛郎が優しくおぶって乗せてやり、運転席は零二。 無理した反動の筋肉痛にぐったりしている二人と一緒に、犬三匹もどこかお疲れモード。 雷慈働はそっと二人の兄妹に触れ、力を分け与える事でその疲労を癒してあげる。犬にもと手を伸ばすが、犬達は沢山の人に囲まれて、わっふわふと尻尾を振っていた。 車の中でもリベリスタ達は順番に犬三兄妹を抱っこする。むしろそうしていないと運転席の零二にまではしゃいで飛びついてしまう。 車で兄妹の家まで届けに行けば、丁度警察と家族が話している所だった。 「理由が如何あれ、無断外泊はよろしくないよ」と義衛郎に言われていた兄妹は、素直にごめんなさいと頭を下げる。その様子を見て、義衛郎は優しく微笑み家族へと引き渡した。 「あ。ここはハル、お前も手伝え」 「え?」 未だ綾兔の耳に釘付けだったハルも、翔太の言葉で我に返る。 「あのね、捜索願が出てたから、あたしたちも探しに行って、見つけたんだお!」 「そうそう、捜索願の出ている子達に似ていたので声を掛けたんですよ」 カバルチャーの誤魔化しに義衛郎も頷いて、その隣でハルも神妙に頷いておく。 「それじゃあな」 お別れを言う弥千代が手を伸ばせば、ヒエンがもう一度頭を撫でろと押しつけてくる。ぐりぐり撫でてやれば、ぺろっと舐めて返し、さよならの挨拶、「わん」の一声。 先に玄関に座っている兄妹へ飛びついて、暖かいおうちの中へ。 「お互いを思いやって、日々を一緒に……ゆっくり、健やかに、ね。……フ、懐かしいな」 零二は眼鏡を指で押した。 笑い合う犬の声。応える人の声。尻尾を振って擦り寄る犬の温もりを。 「それじゃ、私達も帰りましょう!」 くるくると瞳を輝かし、結衣は笑う。人も動物も救えてハッピーエンド。 「また な」 雷慈働が言えば、再びリベリスタ達は車に乗り込んだ。 リベリスタ達もまた、それぞれの帰る場所へ、還る為に。 「わん!」 犬達の声はきっと、こう。 『ありがと、またね! さよーなら!』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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