● 私にとって、一番の後悔というのは何時のことだったでしょうか。 ――ごめんなさい―― 助けられなくて、ごめんなさい、そう思ったのは何時のことだったでしょうか。 手繰り寄せる糸は何時も結ぶ事が出来ないまま毀れ落ちて行くのでした。 一つ、縁が繋がるたびに不安になるのでしょう。 二つ、耳朶を滑る声が何時か聞こえなくなる事に不安になるのでしょう。 三つ、どうして、あの時―― 「……済んでしまったら、もう取り戻せないの」 後悔先に立たず。正にその通りだった。こびり付いた想い出は心をただ、蝕むだけだ。 御免なさいと誰にも届かぬ謝罪をぽつりと零す。 私だけの場所だった。私は其処に居られればよかった。 いつだって、私は何かを喪う事を恐れるだけなのだから。 ――これ以上は、もう―― ● 「お願いしたい事が一つあるわ。ノーフェイスの撃退を、お願いしたいの」 声を絞り出した『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はぎゅ、と自身の服を握りしめていた。 机の上に広げられた資料はリベリスタの個人的な名簿か何かだろうか。世恋が纏めた資料にしては何処か乱雑な部位が見受けられた。 「ノーフェイスとE・フォース。それから、リベリスタ」 一つ一つ、『お願い事』の要素をぽつりぽつりと零していく世恋の言葉にリベリスタは「リベリスタ?」と問い返す。桃色の瞳を瞬かせ、観念したように予見者は小さく頷く。 「任務に失敗したリベリスタが居るわ。ノーフェイスになった子、あとはまだ息はあるリベリスタが一人。……彼女が呼んだ『亡くなった友達』のE・フォース。これが私の今回したい『お願い』の役者。 唯一つだけよ、倒してきてほしい。それから、リベリスタは――」 「救えば、良いんだよな?」 その言葉に予見者は視線を一度揺れ動かす。 「ええ、救えるならば救って欲しい。けれど、彼女が生きてる事は奇蹟だとも言えるわ。……彼女の命を繋ぎとめるのは友人への後悔と、E・フォースの奇蹟」 「エリューションの奇蹟……?」 きょとんとするリベリスタに一つ、頷く。緩く桃色がかる羽を揺らし、奇蹟よ、と呟いた。 「安芸さん――この中に、彼女の知り合いも居るのかしら? 彼女は普通なら『死んでいる』程の傷を負っていた。其処に彼女の想いが生み出したであろう『友人に酷似した』E・フォースがいたの」 「それが、奇蹟を?」 「ええ、E・フォースは彼女に何らかの『延命処置』を施している。 彼女は彼らを、友人らを助けられなかった事に酷く後悔している。まだ動いているノーフェイスの友人を守ろうとしているわ」 『アーク』の『リベリスタ』である以上、倒さなくてはいけない事は解っている。 それでも、倒す事はできないのだ。大切な友人だから。自分が護れなかった、友人だから。 「……延命処置を施したE・フォースを倒せば彼女は一気に瀕死状態になる。助かるかどうかは皆次第。 私ね、思うの。彼女は『生きる』事が本当に救いになるのかしら――?」 生きていればなんだって救いになる。 そういう訳でもないのかもしれない。彼女はひどく悔やんでいる。自分は友人を護り切れなかった。護り切れなかった友人を、フェイトを喪った友人とE・フォースを倒される。其れが『彼女の今後』にどの様な影響を与えるか等解り切っている。 「私のお願いはエリューションの撃退よ。安芸さんへの対応はお任せするわ。 ここでこうやって送り出す私より、戦場を共にした皆にお任せした方が、きっといいわよね?」 ちらり、伺う様なフォーチュナの視線は、正解が解らないと惑ったままであった。 生きる事が救いだと言うならば、生きれば良い。 そうじゃないというならば、死ぬしかないのだろうか。 何が正解で、何が間違いなのか。彼女に『正義』を振りかざすか。彼女を救う『ヒーロー』とはなにか。 人によって違うその定義。彼女の心に響かせる事ができるのだろうか。 「自分の心のその一部分って、きっとその人にしか与えられない場所があるのね」 どうぞ、よろしく、そう言って予見者は俯いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月16日(水)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 握りしめた銃が鳴る。唇を噛み締めたまま、名前を呼んだ。 「松島、様」 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の瞳は潤む。今日初めて、近しい人間をその手に掛けるのだ。失う痛み。他人では無い、自分の知っている友人をその手に掛ける。 がくがくと膝が震える。はあ、と小さく息を吐いた。 「……さあ、『お祈り』を始めましょう?」 両の手には教義を、この胸に信仰を。自身が成すべきは何か。努めて、冷静に。 振り仰ぐ、その顔はやはり何時も見てきた顔だった。いつも三人一緒。笑顔も、泣き顔も全て見た。時々喧嘩だってした。拗ねた様に「雷音ちゃんったら」というその顔を覚えている。 「……どう、して……どうして、世界は優しくないのだろう……」 その両手をすり抜ける。『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の短い両手では抱え切れないかもしれないソレ。 「雷音ちゃん、リリちゃん」 「やっぱり、安芸達だったんだ……聞き間違えであれば、と思ってたんだ」 ぐ、と拳を固める。掌の肉に爪が食い込もうとも『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は気に留めなかった。喫茶店にたまに遊びに来る優しい友人たち。 「遥紀さん……」 ごめんね、とハイ・グリモアールに安芸の指先が掛かる。彼女の後ろに居る『アリス』と『サイン』もその眸を瞬かせてから、武器を構え出す。 この場のリベリスタにとっては顔見知り――それ以上に友人であった彼女らの討伐要請は心的にも抉られる要素がある。けれど、それでも救えるのならば。 兎の耳が震える。『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)は震える掌でズボンを掴む。 「リベリスタがさ、ノーフェイスになる……ンなこと珍しくも無ェ。けどよ……信じられねェ、信じたくねェんだ」 「ヘキサちゃん」 真っ直ぐ、ただ己が前を向くだけ。直情的な少年は『アリス』に冬子、と呼び掛けた。 アリス――松島冬子はヘキサにとって大切な友達だ。日本に踏み入れた時、親身になって教えてくれた同じ兎のビーストハーフ。勿論、リリにとっても転入先で手を差し伸べ、笑ってくれた優しい友人であったのだ。 「冬子ちゃん、こんにちは」 へらりと笑う『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)の鮮やかな瞳の色は今は翳って見える。有り触れた家庭の少女である旭にとって学校の友達と言うのは大切な人に値するのだ。失った親友の姿は記憶の奥底に仕舞ったままだ。けれど、目の前の冬子は『今の旭』が覚えている。 「――アークから討伐命令でも、出たの?」 「はい。そう、なりますね……」 震える声で紡いで、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は冬子と、安芸の顔を見つめる。視線を逸らし、エリューションフォースである『サイン』に――彼女の優しい友人である丹後陽を見据えた。 安芸と出逢うきっかけをくれた陽。いつも一人であったミリィに手を差し伸べたレイザータクトの先輩。 『お前さ、新米なの? 俺と一緒に来る?』 大丈夫だよ、直ぐに慣れるからと背中をぽんと叩いてくれた優しい人。彼が其処に居るのだ。その姿を変えて、彼の様なものがふわふわと漂っているのだ。 「……救えない、な」 一つ。零せば『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)の胸中を簡単に表せるのだ。フェイトを失くしてノーフェイスとなった能力者、死してなお、その姿をとどめる様にエリューションになった亡者。過去に囚われ亡霊が如き存在となっている瀕死のリベリスタ。そして、結唯と共に居るリベリスタはその友人だという。 「救えない……あまりにも救いようがない」 フィンガーバレッドを握りしめたまま前を見据えた。同じくフィンガーバレットを手にした『下っ端リベリスタ』三下 次郎(BNE003585)はサングラスの向こうで目を細める。 顔を見たことある程度で、会話なんてした事無い。名前もフルネーム知ってる訳じゃない。けれど、それでも失いたくない友達はいる。次郎とて、周囲の仲間達の気持ちが解らない訳ではない。 「まァ、オレくらいの距離感の奴も必要だろうさ……」 助けられるなら助けるに限る。ヘッドショットスキルは陽の額目掛け撃ちだされていた。 ● 「こんにちは。安芸さんとは初めましてだね。わたし、冬子ちゃんのお友達なの」 へらりと笑う。けれど、安芸たちはこの状況が『殺しに来た』のだと分かっているのだろう。旭の瞳は残念な色が灯る。怖がることなんてなかった。竦む事だってなかった。 どうしてだろうか。安芸の気持ちを知ってる気がするのだ。 「わたしも――……?」 何かを喪った。嗚呼、知っているけれど、でも。暗い髪に野暮ったい眼鏡をかけた屈みあわせの自分が嗤っている。 ふるりと頭を振り、蹴りを繰り出した。 その両手からすり抜けるのは何時だって大切なものだった。 あきと呼べば優しく笑う友人は今は昏い顔をして雷音を見つめている。生きている心地がしない――それが表情から伝わってくるのだ。 死んだ方がマシだとでもわめくのだろうか。それでも。 「安芸、君は奇蹟まで起こして助けてくれた彼を、陽の気持ちを、無駄にするのか?」 刀儀陣の展開に身構えていた冬子が踏み出した。暗黒の瘴気にも打ち勝つようにヘキサは前へと飛び出す。揺れる兎の耳は大事な友人とお揃いの物だ。 『ヘキサちゃん』 呼び声を覚えている、小さい可愛いヘキサとからかう声を覚えている。 一緒に遊んだ。会うたびに先輩だと胸を張る冬子を何時か追い抜かすと決めていた。 「オレさ、メチャ強くなって、見返して、いつか身長も追い抜かしてやる予定だったんだよ。それなのに……それなのにさ……ッ」 「ごめんね、ヘキサちゃん」 謝って欲しい訳じゃなかった。 そんなに泣きそうな笑顔が見たい訳じゃなくて、ただ何気ない毎日を何気なく過ごせたら良かったのに。 「畜生ォ……ちっくしょォッ! こんなのってねぇよ!! オレだってお前を守りてェ、助けてェよ! けどオレはリベリスタだから、安芸だけを救わなきゃならねーンだよ!」 救えない。それがどれほどその胸を突き刺すのか。速さを纏い、冬子の目の前で両手を広げる。 小さな、可愛い『私の後輩』。 死にたいのだとその表情で旭は感じとる。分かるけれど、でも―― 「ねえ、もうやめよ? 冬子ちゃんは優しい子だよ。貴女に痕を追って欲しいなんて絶対思って無い」 アークとかリベリスタとかそんなの関係ない。冬子がどれだけ優しい子か分かっているから。 「冬子ちゃんが悲しむことはやめてほしいの……ねえ、冬子ちゃんは安芸さんに一緒に死んでほしい?」 「いじわるだね、旭ちゃん」 困った様に笑う顔に、旭はぐ、っと言葉を堪える。知っていた。彼女は優しいから。 ――優しいから、答えを出せないんだと。 リリちゃん、と明るい声が呼ぶのだ。振り仰げば、其処には冬子が微笑み、ひらひらと手を振っている。三高平学園の高等部に入って以来、仲良くしていた冬子が紹介してくれた安芸と陽の姿もある。 『リリちゃん、今日は何処に行こう』 新しい場所に来て、繋がりが増えてとても楽しかった。とても嬉しかった。 ――彼女が居てくれてよかった。 そう思ったのだ。だからこそ、「十戒」が撃ち出す祈りなど、「Dies irae」の繰り出す審判など。そんなもの、無ければいいと思ったのに。魔力と、揺らぐ意思が繰り出す蒼い軌跡は何時もより歪んで見えるのは何故だろうか。 失った人を取り戻す術なんて何処にもないから。これ以上失いたくは無いから。 震える指先は何度も何度も神の魔弾を繰り出した。 「安芸様は決して死なせない――ごめんなさい、ごめんなさい。松島様」 嗚呼、瞬きを幾度も繰り返す。目が熱い。声にならないと思った。 「皆さんともっと……もっと、お話ししたかった」 私もだよ、と笑いかける声は聞こえない。体内に廻る魔力に、溢れだす涙を堪えた遥紀は陽へと魔力の矢を放つ。抉る様に、嗚呼、けれど攻撃するたびに抉られるのは己の胸か。 「畜生、畜生……ッ! 何が運命に愛されただ!」 心が、荒れ狂う。噛み締めた唇からは血が出そうだ。爪を立てた掌が裂けてしまいそうだ。どうなったって良い、自分よりも痛いのはきっと彼らだから。 『遥紀さん、何時も言ってるじゃんか。冷たいのがいいってば』 笑う顔を覚えている。如何してだろう、大切なのに、どうして己はハイ・グリモアールを手にしているんだろう。充填した魔力を打ち出す様に幾度も幾度も矢を陽の体へを放ち続ける。 「陽さん……ッ」 光が投擲される。瞬く陽の目の前では涙を浮かべた後輩が居た。嗚呼、そんな顔をさせない為に声を掛けたのに。 『ミリィは偉いなあ』 『そ、そんなこと、無いですよ?』 浮かびあがり、弾ける。泡の様に、ぷくりと浮かんでは過去になる。 分かっていたのだ。縁が繋がり増えるたびに人は確かに踏みとどまれる。頑張ろうと思えるのと同時にその関係がぷつりと途切れる事が怖くなるのだ。 どうしようもなく不安になる。心が悲鳴をあげている。やめてよ、もう、いやだと。 正しいかだなんてどうしようもなく疑問になるけれど、これはきっと我儘だ。ミリィの我儘だから。 「ねえ、きっと……きっと言ったのでしょう。あきさんに、生きてくれって……」 『ミリィ、絶対帰ってこいよ。待ってるから』 そう言ってくれた貴方が。 かぶりを振る。意思を真っ直ぐに向ける。透明な殺意は陽を真っ直ぐに射抜いた。涙が頬を伝う。けれど、その涙を拭いて、ミリィは緩く笑みを浮かべるのみだ。 「泣いちゃ、泣き虫ミリィって笑うんでしょう」 「やーい、泣き虫ミリィ」 意地悪く陽は笑った。 ● 攻撃を繰り出すたびに結唯はどうしようもなく苦戦を強いられている事に気付いた。無論ダメージを受けているのはサインの方であったが攻撃の方法もハッキリと仲間との相互確認を行えていない。 救うつもりもない、と見据えた先には安芸が立っている。どうしようもなく涙にぬれた顔。繰り出される地獄の炎は彼女や遥紀たちを巻き込んで燃え盛る。 此れから彼女がどうなるのか。生きる事は痛みを感じる事だ。己を確立させること。嗚呼、けれど、痛みは必要不可欠だから。 「痛みが無ければ何も学ぶことはできないし、痛みがあっても己がいなければ得る事はできない」 「痛いよ? どうしようもないじゃない」 友を殺せと言われたって、できないと安芸の悲痛な声が結唯の鼓膜を揺さぶった。生きてるなら、心が痛い筈だと、其処に己があるのだから勝手に生き続けられる筈だ、と。 炎は幾度も彼女の身を抉る。サインの不可視の刃は幾度となく後衛を斬り刻む。癒しを送る遥紀の手も真に合わず彼女の体がぐらりと揺れる。 雷音の視線が陽へと向けられる。攻撃を受けながらも彼を補佐する冬子の瞳は沈痛な色を灯している。 「冬子、分かって欲しい。陽は安芸の為に奇蹟になったんだ。だから、今は……今は陽を神秘攻撃で『討伐』しなくちゃならない。そうしたら、安芸は助かるかもしれない」 「討伐、って言ったって」 「ボクだって……ッ! でも、絶対に助けるから! だから、だから」 お願い。と悲鳴に近い叫びが漏れる。深い闇を繰り出す彼女の手が止まる。 ――これ以上、ボクの友達を連れて行かないで。 逃げて、とそう言いたかった。それはどれほど甘美な響きか。己の我儘だろう。大切な友達が、優しかったあの子たちが、三人で笑い合うならば。 震える手で不運を占った。安芸、と小さく絞りだす。両手を広げ、前衛へと走り出す安芸の体を抱きしめた。らいよんちゃん、と小さく呼ぶ声がする。 「一緒に死んだ方がいいなんて、言うな」 涙が伝う。抱きしめた身体は震えていた。何時もより細く感じる肢体に力を込める。友達だった、大事な優しい友達。 「友達がいなくなる辛さは知ってるだろ? ボクらにも友人を護らせてくれ……」 瞬く次郎はサインの頭を撃ち抜きながらも安芸を見つめる。説得なんてガラじゃない。だから勝手に助けるに限る、だが、言葉はその唇から洩れるのだ。 「テメェらの事をあんま知らない俺から見てもテメェには生きてて欲しいっつーのが見てわかるぜ。 だってよ、ノーフェイスやE・フォースになってもオメェを守ってんだかんな。なあ、その言葉に、想いに答える気ねぇのかよ」 ダチの想いまで捨てたら本当に失う事になるだろう。 撃ちだすヘッドショットスキル。顔見知りであった次郎の言葉に安芸は瞬きを繰り返す。何処からどう見たってチンピラに見える彼の顔に安芸も見覚えがあるのだろう。 「さんしたくん」 「みつしただっつってんだろ。オレはテメェらの事良く分からねーし、頭悪いから難しい事わかんねぇ」 だからよ、と次郎は振り仰ぐ。勝手に助けらさせてもらうと繰り出すヘッドショットスキルに続きミリィの瞳が陽と克ち合う。 その身がとさり、と落ちる。安芸の目が見開かれ、嫌だと首を振る。強く強く抱きしめたまま雷音が歌う癒しは彼女の瀕死の身を少しずつ回復させていく。遥紀とて顔をそらし、癒しを呼ぶ。 「あきさん、貴女は、生きて下さい」 ぽつり、ミリィが背を向けたままに零す。 「陽さん、きっとあきさんに言いましたよね。生きてくれ……って。本当に、無責任ですよね」 涙をこらえて、振り仰ぎ、安芸の顔を見つめれば、嗚呼、陽だものと困った顔をしている。 言いたい事だっていっぱいある。大事な、ずっとそばに居ると思った人の死に様を見る事が辛い事だって分かる。 「置いてかないでください。一人にしないで! 我儘だって、分かってます。卑怯だって事も! それでも、それでも……貴女に生きて欲しいんです」 笑顔が浮かぶ。何処までも無邪気に手を伸ばし、優しく微笑むその顔が。 「もうこれ以上、私の目の前からいなくならないでッ!」 失うのは、怖いから。 「あなたに生きて欲しい。冬子ちゃんの大切なお友達だから。そうしてあなたを生かすのが、わたしが冬子ちゃんに唯一できる事なの」 哀しいし、怖いし、潰れそうなのは痛いほど解った。自分のその想いが、『朱』に依存する想いが胸に渦巻いている。 「それでも歯を食い縛って一緒に叶えて欲しいの。あなたの、じゃない。冬子ちゃん達の救いとして。 ねえ、生きて何するか、何ができるかは此れから一緒に探そ? 先ず一歩、生きる覚悟を決めて……?」 繰り出す蹴りが冬子を抉る。旭の大きな瞳は段々と歪む。恐怖では無い、喪う哀しさが胸を劈くのだ。 攻撃を続ける冬子にヘキサは延々と澱み無く兎の牙を立て続けた。護りたい、助けたい。そんなの痛いほどわかる。自分だって一緒なのだ。 「安芸、残されるのは辛いな……、守れるのなら、今度こそ護りたいな……っ、殺したく、無いな…」 言葉が、震えた。回復を行い続ける遥紀の言葉に安芸は頷く。そんなの、誰だって一緒だから。 「でもさ、安芸。冬子も陽も傷つけたがる子じゃなかったよ。俺の娘や息子を大事にしてくれる優しい子。 安芸だって、そうだった。君が一番知ってるよね。あの二人の事は」 涙が、溢れだそうとする。遥紀さん、やめてよ、と安芸の震える声が聞こえた。 けれど、言葉は止まらない。言葉は水嵩を増した様に段々と溢れだす。涙交じり鳴りながら、嫌だと首を振った。 「他の誰かに終わらされるなら、せめて俺達が送ってあげよう。 安芸、一人じゃ抱えられないなら、俺が一緒に背負うから。寂しい時は傍に居るから」 だから、生きて、と伸ばされる遥紀の指先に安芸の体から力が抜ける。嗚呼、優しい言葉が何故こんなにも胸に突き刺さるのか。 失う痛みと、望まれる戸惑いと、己の無力さが、どうしてこんなに痛いのか。 「なあ、冬子。お前ももう止まれよ……ノーフェイスになっても、心はオレたちと同じリベリスタだろーが!」 ぴたり、と冬子の動きが止まり、安芸が嫌だと雷音の腕から抜けだそうとする。嫌だ、嫌だと暴れる安芸を強く強く雷音は抱きしめた。 「ばいばい、冬子ちゃん。ごめんね。助けられなくて、ごめんね……っ!」 旭の蹴りが、まっすぐに飛び込む。 「松島様……丹後様。貴方達とであえて、幸せでした」 蒼い魔弾は真っ直ぐに、冬子の胸を抉る。脳内で浮かぶはレクイエム。 嗚呼、主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光でお照らしください。 「――amen。有難う」 「さよなら、冬子センパイ」 繰り出すのは煌めくものだった。最後の最期、成長した兎の牙を立てる。先輩面した優しい彼女に、自分の強さを見せる様に。笑って、見送った。 神の使徒にして人殺し。想い出と罪は胸中に消えずに刻みつけられる。 「安芸さん……傍に置いて下さい。おこがましいでしょうか。お友達だと思って欲しいのです」 震える声が、小さく紡ぐ。 安芸、安芸と癒しを何度も何度も繰り返す雷音の白い指先が安芸の手をぎゅ、と掴む。 「後悔してるなら生きて償うんだ、世界を優しくしよう、一緒に」 絶対に死なせないし約束は守る。嗚呼、世界を優しくするために必要なのだ。ぽつりと、安芸の唇から洩れた謝罪に雷音はぎゅ、と彼女を抱きしめた。 嗚呼、主よ、この罪を――どうか、この罪は赦さないでいて。 我儘だとしても、彼の子羊を救えたなれば、赦しで無くて良い、憎まれていい、我儘で神の赦しを得れなくて良いから。 今だけは私の救いになっていて―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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