●嗚咽 -To Ark- ふたば、はづき。 あと少しだけ、彼女たちに時間があったのなら。 あさがお。恵那。 目前にして、死んでしまった皆の、その無念はどれほどのものだったのだろう。 親しかった皆は、死んでしまった。 あと少しだけ、時間が欲しかった。 あと少しだけ。…… ●補填活動 -Fill a Deficit- 『リベリスタの星』唐梨 志保は、手放した意識を手繰り寄せた。 志保は、小規模なリベリスタ組織に所属するホーリーメイガスだった。 アークという巨大リベリスタ組織が、大の為に小を殺す組織であるならば、その僅かばかりの小を一人でも多く助けたいという願い。一種の酔狂ではあったが、地域という狭い範囲で、草の根活動に勤しむ小さな組織だった。 無数に規則正しい穴が空いた天井が、志保の眼前に広がる。 蛍光灯の光が眩しくて、たまらず首を横に動かすと、組織のリーダー――屈強なクロスイージスの大男が、細身のパンツスーツの女に砕かれ、バラバラにされる瞬間が目に飛び込んできた。 リーダーは石と化していた。 砕かれて石片がばらりと音を立てながら、タイルに散り、顔にいくらかの破片が振りかかる。やがて石が元の形に戻っていけば、途端に中身の異臭が志保の鼻孔を突き刺した。 「……っぐえ」 志保は、胃にあったパーティ料理をタイルに吐き出した。 リーダー達と今年は何を目標とするか語らっていた場面が脳裏に蘇り、涙腺を震わせる。意識を手放す寸前に「おねえちゃん」と慕ってくれた弟分が、腕を千切られ、足を引き千切られ、泣き叫ぶ場面が瞼に蘇る。耳に悲鳴が蘇って反響する。 「10人。まずまずですね。女はW00の所へ。死体は巡様の所へ運びなさい」 リーダーを砕いたパンツスーツの女。その女の声が飛んで、配下と思われる者達が、生きているメンバーを。死んでいるメンバーを。次々と運び出す。 女は悠々と椅子に腰掛け、テーブルの上にあった――臓物の付着した――パーティ料理の残りを口に運ぶと、携帯電話を取り出して何処かへとかけた。 「10……いえ、9人ですね。如月博士」 志保は混乱していた頭を整理した。 思えば、この一人に、殆どのメンバーがやられたのである。 石に変えて砕く。何の能力かは見当がつかなかった。感情の起伏が無い女の声が室内に響き渡る。 「身内に革醒者がいる可能性は低くありませんから、親類に知人。洗わせています」 「……いいえ。ここばかりは撤退しません」 「借りを返さずにはいられないのです。義理堅いので」 「如月博士の"良い考え"には、私ではなく、是非――を」 女は電話を切って、手近にあったリーダーの"胸から上"を手繰り寄せた。 亡骸引き裂いて、肋骨を砕いたかと思えば、それを口に運ぶ。 肋骨の次は、肋骨に守られていた奥の臓物を、啜るように口へと運び、咀嚼し、嚥下する。 この女は一体なんなのか。 「……さて」 女の頭がぐるりと志保に向く。 目を隠すような長い前髪に、整った鼻と輪郭と。 「一人減りますが、まあ良いでしょう」 淡々と喋りながら、ヒールの音を響かせて志保へと近づく。 志保は恐怖に支配され。しかし傷ついた身体は指一本動かせない。 「これから、あなた方の親類知人。悉くこの様に変えようと思います。なに、女性は殺しません。攫うだけです。例外として、貴女を除き」 女の顔が間近。 「……ひっ!」 長い前髪の間から覗く目には、眼球が無かった。 底なしの黒い眼孔が、ただただ闇のように広がっていた。 ●六道崩れの執念 -O.W.C- 「化物め」 『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は、映像に対して吐き捨てるように言った。 亡骸を嚥下しながら微笑む黒い眼孔の、その女はまさに化物という表現が的確であった。明らかにマトモではないのである。 「黄泉ヶ辻派フィクサード『斑雲』を撃破する。戦場は廃ビル。事は済んだ筈だが、どういう訳か撤退せずにリベリスタを待っている様にも見える」 映像の統括として、斑雲というフィクサードが小規模のリベリスタ組織を襲撃した様子であった。女は生かしたまま何処かへ運び、死体も何処かへ持ち帰っている。 日本国内の主流七派の一角である黄泉ヶ辻は、何を考えているか分からない一派とされていた。それらしく、死体すら持ち帰る事の意味は何とも理解できないが、黄泉ヶ辻である以上は、ロクでもない事だけは確かである。 「敵は先日の『三ツ池公園の迎撃戦』にも姿を現していた。『秘密兵器請負人』という六道崩れのフィクサードに付き従い、倫敦側に与していた様子がある。どういう関係かは不明だ」 デス子が告げた任務は、端的に明瞭に、ただ粛々と倒せというものである。 「見ての通り、襲撃されたリベリスタ組織の生き残りは連れ去られた。まだ一人いるようだが、生き残りの安否は問わない」 ここで、リベリスタの一人が疑問を口にする。 「六道と黄泉ヶ辻が手を組んだのか?」 黄泉ヶ辻に続き、六道という名が生じた事に違和感を覚える。 六道という組織は、日本国内の主流七派の一角であり、研究や探求を第一とする一派である。先日の三ツ池公園大迎撃が記憶に新しい。 「『秘密兵器請負人』は、元々六道に所属していた。上との意見違いで六道と距離を置き、その後は黄泉ヶ辻に通じていたらしい。セリエバというアザーバイドの事件にも関わり、キマイラにも顔を出し、成果のお零れを掠めとるという活動が見られる。所謂『小物のコウモリ野郎』だ」 リベリスタは視線を映像の斑雲にやって、次にデス子に戻す。 「その『小物のコウモリ野郎』とやらの成果か? こいつは」 「確信はできんが、遠からずだろう。この女を倒しても、まだ何かカラクリがあるかもしれん」 せいぜい生きて帰れ。 と、参考人は短く言って退室した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月19日(土)00:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●「人でなし」とリベリスタは云った -Said- リベリスタ達が扉を開け放つと、オフィスカーペットが敷き詰められた白い壁紙の一室が目に飛び込んできた。 壁から壁へと折り紙の輪つなぎが飾り付けられて、大きなテーブルの上には、おせち料理にオードブル。バラバラと細かな肉片に、まだ新しい真っ赤な液体のシミが落ちている。 来客を快く迎える様にして、黒い眼孔の女が頬を釣り上げて、足を組み、座っていた。 「お待ちしておりましたよ」 女の足元には、眠るように少女が一人。 女の傍らには立て掛ける様に筒状の異様なアーティファクトが。筒からガンベルトの様に帯が生えていて、螺旋状の細かい溝が入った円錐がいくつも繋がっている。…… 「斑雲。目的の一つ、聞いてもいいかしら? 真面目な答えは期待してないけれど」 来栖・小夜香(BNE000038)は、つま先から腰、額にかけて輪のようにマナを広げながら問う。 小夜香は、彼女が待っているような雰囲気を出していた事が何とも釈然としなかった。 女――斑雲は、くつくつ、と含み笑いをしながら、異様なアーティファクトを掴みながら。 「"Wシリーズ"と"箱"の材料集めですよ。人を兵器化したもの。人から作られる呪物」 小夜香の脳裏に、斑雲が扱う『七人ノ箱詰死体』の名が浮かぶ。だが―― 「聞きたい事は、そんな事ではないわ」 「では、なんだというのです?」 黒い眼孔を歪ませながら、斑雲は不気味に微笑んだ。 『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)は、加護を施しながら斑雲の微笑みに対して言葉を繋ぐ。 「敵が何者なのか見極めたい。そう思っているだけよ」 空気も悪意も質が違う。とレイチェルも小夜香同様の想いだった。敵はフィクサード。斑雲。 しかし、まるで何か得体のしれないものがいるような。そんな不気味さを禁じえなかった。 「そんな事が気になると? おかしな人達ですねえ? 黄泉ヶ辻に人質を取られている。助けたければ煽って戦って死ねと、言われている。――と、したらどうします? 手加減してくれるのですか? 見逃してくれるのですか? 違うでしょう? 勿論、嘘ですけれど」 楽しそうに講釈をする斑雲に、『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)は奥歯を強く噛んだ。 「アークから一歩出ればこれが現実か」 伊吹は、視線を斑雲の側で倒れている少女へと運び、そして斑雲に戻す。 「生き残りは救出し、仲間の仇を討つ」 拳の腕輪に意識を送り、腿から踝に力を込め―― 「――行くぞ」 伊吹の足元のオフィスカーペットが爆ぜる様にめくれた。 眼前に斑雲の黒い眼孔。束の間の時間が長く長く感じられる空白に、伊吹は斑雲の鼻先へ言葉をぶつける。 「俺も黄泉が辻には遺恨があるのだ。奴らに身内を殺されているのでな」 「私もアークには遺恨があるのです。身内を殺されているのですから」 伊吹は目を見開く。足元にいる少女の襟を掴み、引き摺って確保する。 「仇討ちとでもいうのか?」 「そうです。戦いましょう。 待ちわびた二人が、丁度ここの、この場に居るので、我慢も限界なのですよ。 ねえ、――『ヴァイオレット・クラウン』 ――『運命狂』?」 斑雲の頬肉が一層釣り上がり、つんざくようなモーター音が、斑雲のアーティファクトから生じた。 床に散らばった血のシミから、湯気のように赤い霧が4つ。霧は、糸の様に斑雲へと伸びて、供給する様な動きを見せる。 「――こうやって材料を集めていたのね。攫った女はWシリーズに、死体は箱詰に」 『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)が静かに呟き、黒き葬送の曲を奏でる。黒が赤い霧の内の3つを飲み込んで黒一色へと変える。 「チェロスキー大先生と一緒に居ただけじゃなくて、その繋がりもだなんて」 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は、斑雲へと一直線。 「でも判決は死刑! 憎いのよ貴方が!! そこは私の場所なのに……ユルセナイ!!」 ――復讐 奇しくも小夜香とレイチェル。伊吹の胸裏が一致して、『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)の声が震え、パチリと電光が散る。 「そんな事に! こんなに沢山の人を殺したのです!?」 「一人生かしておいたほうがやる気が出るでしょう?」 光は剣を青眼に構え、次に担ぐ様に左肩の上へと運ぶ。左から右へと水平に薙ぎ払えば、電光が迸って斑雲と赤き霧を焼く。 「志保さんを助けてみんなで帰還するですよ! 守れる可能性があるのなら全力で護って見せるのです!」 「できると良いですねえ……?」 電撃をマトモにあびて、しかし不気味な微笑みは崩さない。 「復讐――とはいえ、俺達を迎え撃つ理由はなんだろうな」 『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)の声が、駆ける音に混濁する。 全身に赤い揺らぎを携えて、剣と思わしき塊を携えて。 「――まだ何か理由があるんじゃないか? さっきの人質云々の言葉。何処までが真実だ?」 「ふふふ?」 零児は粉砕するかの如く、剣と思わしき塊を乱舞させる。打ち下ろす。 斑雲は、異様なアーティファクトを盾に。しかし零児はこれを弾き、束の間の空白が生ずる。 「他の被験者のためか?」 「"皆の仇を取りたい"。"あの子の為"なら、私は何でもやる。――勿論、嘘ですけれど」 零児の攻撃は止まらず。無呼吸の内に弾幕の様に。雨糸の様に叩きこめば、盾の様に使ってきた異様なアーティファクトの装甲が拉げて砕ける。 「くくっ、では、今度は私の番。行きますよ?」 斑雲の手より、赤い霧が生ずる。赤い霧は即座に動きを見せて、零児を包む。 状況としては、リベリスタの全ての攻撃が終わるまで、"待機"された事にほかならない。 金切り声の様なモーター音が更に高鳴り、黒い眼孔が見開かれ、黒い砲口が小夜香へ向いた。 ――『秘密兵器請負人』の変態兵器。 『秘密兵器請負人』は、その二つ名の通りに、変態的な兵器を創造するフィクサードである。 そして、その創造した発明品の中でも、究極なまでにシンプルで、究極なまでに汎用性の高い異形。 名を『88mm大陸弾道ドリルバンカー』。ドリルがパイルバンカーの如くに射出され、弾丸の如く飛び、全てを穿つのである。 飛来するドリル。 瞬息の内に、『親不知』秋月・仁身(BNE004092)が小夜香を庇う。 「――ッ!」 構えた魔力盾に、少しだけ火花が散って、穴が空いていく図がスロウに眼前に映った。 穿ぬかれた。と思った刹那に、脇腹が攫われる。 「僕にとっては、ただ痛いだけの攻撃で、すよ」 仁身は、左膝をつきかけて、埋め合わせをするように、右半身でバランスを取り、改めて左足をつく。 この上、脇腹からピキピキと固まる感触が生じる。 「何もかも胸糞が悪いですね。楽団の様に死体の再利用。外見が母さんに似てるってのがまた腹立ちますね!」 固まっていく感触が生じて、しかしそれ以上全身を侵す景色はない。無いが、一撃で体力の大半を持っていかれたと感じる。 冗談じゃない。 「この痛みは纏めて返す! 熨斗をつけてね!」 「……くっく、そうですか。母さんと言って。親の愛情が足りてなかった子ですか? 抱きしめてあげましょうか?」 愚弄するような仁身は拳を強く握る。 "唐梨 志保"を救出した伊吹が、氷璃に視線を投げた。 視線を受けた氷璃が、超直観と魔術知識を駆使して、"志保"の状態を確認し、光がその様子を尻目に息を飲む。 願わくば、と光が胸裏に願った刹那に――氷璃は冷たく首を横に振った。 「た、助ける方法……元に戻す方法はないのですか!?」 光が声を震わせながら斑雲に問いかける。 「……石化の病を小細工で抑えても"人でなし"までは治らぬか!」 伊吹は怒りを露わにする。 「……貴女は立派な"人でなし"よ」 氷璃は冷たく、斑雲に呟いた。 ●『俳座』と最後のW -Hito ni Arazu- 「これを第三者の目線で見るから面白い」 ししおどしの音色が響き渡り、韻が揺蕩う、鴬張りの。 和室に畳。敷いた座布団に腰掛けながら、長着に羽織の男が呟いて、講釈を述べる。 「当事者となれば、利害に撒かれて、立ち位置を容易に把握できなくなる。興も消えてしまう。人情は面白い。面白い人情も、町の勧工場や歌舞伎で用を弁じているから、積もれば月賦が出る」 一部始終の映像を頬杖をつきながら見る男の後ろには、和服の少女が一人。抹茶粉を溶いて、男の横に「お茶です」と置く。 「これを非人情という」 「分かりかねます……。あの、巡様。カグヤは、カグヤは」 「彼女の最後の頼みだ。君はW00から開放してあげよう。Wの力の源は、愚生が一番得意な分野だからね、君」 巡と呼ばれた男は、静かに茶を啜り、羊羹を口に運ぶ。 少女は、沈鬱な顔でただただ映像を見ていた。 「人でなしか。ひとでなしかあ。俳――ヒトニアラズ。愉快な心持ちだねえ。 呼ばれたとあっては出撃したくなりますよ。妹様のお手伝い。楽団狩り。セリエバ。如月とよりどり。 君はどうします? 如月と一緒に六道へ行くのも。倫敦の蜘蛛でもアークでも。神秘世界から逃げるのもいい」 ――Wシリーズ。 と呼ばれる黄泉ヶ辻のフィクサード集団がある。 彼女たちは、W00(ダブルダブルオー)と呼ばれるフィクサードによって作られた存在である。 革醒者の肉体を欠損させ、そこに様々な因子を埋め込むことで破滅的な力を得るというものだった。 代償も大きいが、短時間の戦闘において圧倒的な戦力を誇る。 Woman(女性)、Waltz(二人一組)、Waste(廃棄物)。 その頭文字をとってのシリーズ。W99までナンバリングされた『兵器』である。 ナンバリング。――では、そのナンバリング。 W00は、一桁ナンバーを『栄光』と称し、W01においては『究極の形』とさえ謳いあげたという。 ならば『栄光』から"最も遠い位置にあるナンバー"は何処か。 廃棄物中の廃棄物とされた『最弱』のWは。 最後のWは「カグヤ」と呟いて、黒い眼孔から涙を流した。 ●フィクサード・W98・カグヤ -W98 Death Prophet- 「志保さんを助けてみんなで帰還する? やってごらんなさい?」 「――――ッッッッッ!!!!!」 モーター音とは異なる、悲鳴が響き渡った。 唐梨 志保の身体が隆起して、そして皮膚は硬質化していた。 下唇の中央から顎にかけて線が入る。志保の身体がスーパーボールの様に弾け、次に四足獣の様に動く。 悲鳴が部屋を揺るがし、そして一進一退と呼ぶには言葉が足りない程の激戦へと昇華する。 斑雲から石化ドリルが発射され、キマイラ砲が発射され、前衛を侵食する刹那に、小夜香とレイチェルの回復が飛ぶ。これを解除する。 回復を止めんとする斑雲の、小夜香を狙った攻撃は、仁身が庇う。 レイチェルは仁身と同様に、石化が効力を及ぼさないから、状態異常による影響は考えられる最小限と言えた。 問題は威力である。 あっという間に仁身に運命を燃やさせるに至り、一方斑雲の傷は、"箱"と呼ばれる特殊な力で、大幅に傷を癒してくるのだから、敵は斑雲が一人であるのに、まるで7人と戦っているかの錯覚を覚える。 「――志保さん! 正気に戻って!」 光が、志保の攻撃を剣で受け止めて呼びかける。 獣じみた宙返りをした志保は、続きレイチェルへと飛びかかり、小夜香すら巻き込む悲鳴を発する。 「うっ……癒しよ、あれ!」 小夜香は弾き飛ばされ、全身にびりびりとした感覚が生じながらも、得物の十字架を握りなおし、光を放つ。 「人質にする気はない、では『何にする』。やはり……ね」 全員に少しずつ、浄化の鎧を施して、最後の一人である自身へと付与する。 斑雲から転じた伊吹が、ホーリーメイガスの二人を守る様に入り。志保のその細腕からは想像もつかない程の剛力で伊吹を押す。眼前。志保の目からは体液が、止めどなく生じている。 ころして。と志保の声が耳に入る。 「人として死にたいならそれでもいい。だがお前が仲間と共にした正義はその程度のものか!?」 伊吹が言った刹那に、志保の顎にかけて線が入った線から左右に、顎が割れる。 まるで昆虫の様な風貌。そして昆虫のようにギチギチと音が鳴る。 「そんなもののために仲間は死んだのか? ここで終わればお前の縁者が悉く仲間と同じ目にあうぞ!」 伊吹の呼びかけに対して、静かに志保は、ころして。と繰り返した。 仁身のギルティドライブと、斑雲のドリルが交差して斑雲の胸部に大きく穴が空く。 ほぼ同時に、仁身の身体が貫かれ、ここに膝を着く。 「本当に、胸糞わるいですね……さん」 「お休み、坊や」 一方で、斑雲の胸部はみるみると塞がっていく。これで何度目の箱の使用か。 「その減らず口も箱の使用も。それで最後よ、斑雲」 エーデルワイスが、斑雲から射線を逸らし、88mm大陸弾道ドリルバンカーを撃ちぬいた。 零児のラッシュで装甲板が砕かれ、精密に狙い撃った一撃が、決定的な所を砕く。 "箱の在り処"。 思えば、"最初から"変態兵器と相対していたエーデルワイスにとって、当然といえば当然とも言える場所にあった。箱は変態兵器の中。 「さあ、ここから。エレは付き合ってくれましたよ、斑雲。貴方も付き合ってもらいますよぉ、死ぬまでね! あはははHAhahahhh」 W72エレ――と呼ばれた少女は、ただただ力を求め、誰も恨む事なく戦い、そして死んだ。 エーデルワイスは斑雲への憎悪と共に、かの少女との高速の鍔迫り合いを思い浮かべながらに。 「箱を砕いたくらいで、勝ったつもりです? 私は――」 氷璃は、斑雲の言葉を遮り、黒き曲を奏でながら問う。 「貴方達は"ペア"よね。その相手を、今度は六道崩れに縛られる運命を強いる心算?」 かつて、あさがお――W88セレと呼ばれた少女の最期を胸に浮かべながら。 「あの子達の願いは1人1人違うものなのに自分勝手ね。独り善がりも大概になさい!」 最期まで人の心を捨てなかった少女。運命に抗おうとしたあさがおに比べ、なんて浅ましい―― 「――人でなし」 「おや? 殺しておいて『彼女を救ったんだ』と欺瞞を口にして満足する貴方達アークも、十分人でなしだと思いますがね」 「ええ、貴女も救って上げるわ」 氷璃が放った黒き曲が直撃し、斑雲は全身から出血する。 「救う? なら自分の身を救ってからおっしゃいなさい」 88mm大陸弾道ドリルバンカーの、"箱"部位が爆ぜて。絞りだすかのように、赤い霧が砲口へと凝縮していく。 「本当に、志保さんは、どうにもならないのですか?」 光が志保に接敵しながら斑雲に声を投げる。 「改造されてこの後も生き地獄を味わうよりは、と今此処で『彼女を救ってあげた』。氷璃さんと同じ理屈が通りますよね」 「ボクは……ボクは! ――そうですね。何を言っても自分への誤魔化しにしかならないから! 覚悟を決めました!」 勇者。であらんとする光にとって、犠牲者が敵である事が、何より耐え難かった。 志保を見き、粛々と剣を振り上げて。 「ペアであると氷璃は言った。もう一人何処かにいるの? ――もう一度聞くわ。貴女は一体何?」 レイチェルの声に、斑雲は唇をきゅっと噛む。 「脅されて、こういう事をしているっていうなら、誰が黒幕か言ってよ! 六道崩れとかいう人?」 小夜香の声に、再び斑雲は頬肉を歪め。 「リベリスタがどんな顔をするだろうか見たかった。ついでに復讐。小難しい事もなく、それだけです」 「……尤も、今やるべきことは単純だな。行くぞ」 零児が斑雲に肉薄し、再び連続攻撃を叩きこむ。 大きく斑雲の胴を袈裟に斬れば、最期の灯火とばかりに、変態兵器からモーター音が高鳴り。斑雲のその傷口から糸が無数に伸びて、接合しようと蠢く。 「ふ、ふふ。箱が無くなった時点で、既に、勝負はついているのですよ……」 斑雲は口角から血を滴らせ、黒い眼孔を見開く。斑雲の手が零児の眼前。その手は石になっていた。 「――では、さようなら。『デスプロフェット』」 斑雲の身体が爆ぜて、その体液が部屋一面に散り、石化の呪詛がばら撒かれる。 気化するように、ストーンクラウドめいたものが全員の身体の内側から、強烈に侵食した。 常人ではのたうつ様な吐き気とめまい。指先から痛みを伴う石化に。内臓に硫酸でも注がれたかのような熱き痛みが。 ――赤き血の霧が晴れる。 運命をくべて立ち上がったレイチェルと小夜香の、神聖な光が赤き霧を消し去り、精魂尽き果てたかのように、腰を下ろす。 「石となって砕け散ったか」 伊吹と光は、唐梨 志保の亡骸の横に膝をつく。 「……唐梨 志保。黄泉ヶ辻との遺恨は、俺が持って行ってやろう」 光は、志保の亡骸の瞼を撫でるように下ろす。 「――デスプロフェット。貴方の運命は終わってたのよ。斑雲」 エーデルワイスは静かに言った。 箱を砕く事。 それが、これまでの戦いで、アーティファクト由来の補助効果を断ち切る事に繋がっている事を、エーデルワイスは知っていた。石病。石病を無効化しているものが、箱である。 『つ、づら……』 首から上だけになった斑雲は、辛うじて石化していない唇を動かして。 エーデルワイスの銃弾が、斑雲の頭部を粉々に砕いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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