● 其処に在るのは何なのか。 下らないほどに肥大化した妄執。恋情にも成りきれなかった劣情。 卑下し過ぎた傲慢。否定も肯定も出来ない不合理不条理不適合。 狂って踊って、まるで其れが兄の掌の上で踊る『狂気劇場』。 舞台の主演は只一人。長い黒髪を揺らして踊る1人の少女。 禍福は糾える縄の如し。其処に見据える物は何――? 「嗚呼、別にええんよ。『樂落奏者』たるあたしは、只、『あの子』の手伝いをするだけ」 銀の短い髪をなびかせてゆったりと口元に浮かべた笑み。 其処に在るのは嘲笑、孕んだ同情は恋情には膨れ上がらない。同性であるが故の分かり合えなさ。 樂落奏者。落烙掃者。笑い踊って気狂い奏者。泣き誘う気狂い掃者。 その痩身には似合わぬ艶やかな着物が翻る。覗く肩、焼け爛れた皮膚は生々しくも彼女がヒトである事を物語っていた。『樂落奏者』仇野・縁破は蒼い眸を細めて笑う。 「さぁさ、皆様、お待ちかねの舞台の幕は上がります! ご案内はワタクシ、『樂落奏者』仇野縁破。チョーお気軽にヨリハちゃんとお呼び下さい! 本日の演目は『"悪意"』でございます! ……さあ、ショータイムや。あたしを、楽しませてや?」 樂落奏者は夜に踊る。奏でる様に、踊りながら、歌いながら。 ● 静まり返った私鉄の車両基地。深夜は全ての車両が眠りにつく様に停車していた。 其処に薄ぼんやりと光る物がある。まるで季節外れの蛍のようにふわふわと。 「人は、恨まずには居られへん生き物なんよ」 ぺたりと張りついた光は車両を照らしている。彼女はただ『遊んでいる』だけだ。其処に悪意は無い、かといって善意でもなかった。遊戯にはそんな感情必要無いからだ。 「冷たいねえ。……死んでるみたい」 列車に触れてははあ、と息を吐く。邪魔は来るだろうか、ああ、きっとくる。 リウの時も、阿国ちゃんの時も来た。遥斗だって邪魔を受けていた。アーク。あの正義の味方。 「この舞台に来てくれるやろか。 分かり合えへんのも、美徳やし、ねぇ……」 ● 「全ての出来事は白紙から始まるわ。誰かが物語を綴り、案内するのよ」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタを見回して『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は常の通り、詩的に紡ぐ。 「一つお願いしたい事があるわ。黄泉ヶ辻のフィクサード……『樂落奏者』と呼ばれる少女への対応よ」 その言葉に続け、黄泉ヶ辻首領の妹、糾未関連の事件よ、と予見者は続ける。その言葉にブリーフィングルームに広まる緊張は、やはり『京介の妹』だと言う所が大きいのだろうか。 「糾未は『逸脱』したいのだと先に彼女や配下と接触した皆が情報を持って帰ってきてくれていたわ」 ――黄泉ヶ辻糾未は『兄』の様になりたい。憧れた『狂った兄』。彼女は生まれながらの黄泉ヶ辻にして、普通だったのだ。逸脱する事もなく、生まれが違えばリベリスタにもなれたであろう『普通』な少女。 「彼女は目指すものの為に狂おうとしてる。歯車を、少しずつずらしているのね」 自ら逸脱していくという事だ。其処に孕む狂気はやはり『黄泉ヶ辻』。模範解答は常に兄なのだろう。 「さて、本題よ。そんな糾未嬢を『友人』として手助けする少女が居る。 ……それがさっき言った黄泉ヶ辻のフィクサード、『樂落奏者』こと仇野縁破よ。 彼女はとある私鉄の車両基地で何かを行おうとしている。……何かの儀式の前準備かしら」 詳細は余り分からない、と世恋は首を振る。ただ、危険なアーティファクトを所持していることだけははっきりしているのだというのだ。 「彼女の所有しているアーティファクト『vanitas』は人の悪意の残滓を掻き集め、光の粉を噴出するわ」 まるで『季節外れの螢』が如くふわふわと漂うソレは彼女がいる車両基地の電車に付着するのだ。 「光の粉は起爆性。光の粉を噴出した際の『悪意の残滓量』よりもより多くの悪意に触れた時に、ドカン……ってわけね。 電車に残っていた人の悪意の残滓を無理やりに集める羅針盤。其れを壊さなければ粉は取れないのよ」 逆を言えば、壊してしまえばその粉は全て効力を失う事になるのだ。もしも、羅針盤を壊す事が叶わなかった場合、電車は朝方から運行され、其処に乗り込んだ乗客の持つ心の悪意を食い、爆発を起こしてしまうだろう。 「何だか、可笑しいの。彼女が一度アークを『誘い出したこと』があるのだけど、それと同じ」 「可笑しい……?」 「ええ、まるで『リベリスタ』を誘い出そうとしている様だわ。……何時ぞやのゲームのお誘いの様に、ね」 ――『何時ぞやのゲーム』。一般人を集め、甚振るというゲームの事だ。黄泉ヶ辻のフィクサードが散発的に起こしたその事件に縁破は関わっていた。その時も、アークを誘い出すのが目的だったのだ。 兄に為りたい妹の手伝いとして『彼女の兄が起こすゲームの真似事をする友人』が、彼女の存在を知らしめる様にまたもアークを誘っているのだ。 「このままでは他の誰かが犠牲になる。見過ごせないでしょう……? 誘いに乗る様で、嫌だけれど」 それでも、行かない訳には――。 予見者は一度瞬きを繰り返す。鮮やかな桃色の瞳を伏せて、息を吸いこんだ。 「舞台の案内人が持つ羅針盤を壊して頂戴。行く先なんて、示さない様に」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月13日(日)22:56 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●Y論 良くも悪くも『少女』は愛に殉じるものらしい。 一過性の愛情。一過性の劣情。全てが瞬間に訪れる欲望なのだ。 それは少女なれば誰だって感じる事があるのではなかろうか。 少なくとも、樂落奏者は舞台の幕が上がる時、そう感じたのだ。 ――これは一過性の感情でしかないんだ―― 其れこそが『分かり合え無さ』であろうとも。 ●演目紹介 深夜、シンと静まり返った車両基地は日中の騒がしさを一片たりとも残してはいなかった。 都市部を運航している私鉄は近隣住民たちのパイプだ。通学に通勤、出掛ける事等において地方と市街地を繋ぐ重要なパイプとして利用者達の支援を受けている事だろう。 彼らが日中利用し、馴染んでいるであろう車両は全てレールの上で静かに眠りについている。留置用のレールは10本程度混在していた。其れなりの広さであれど、レールの上を歩む事は足場の悪さを感じられずには居られないだろう。 冬の寒さが肌を突き刺す。その痛みは何処か『悪意』が己の肌を突き刺す様にも感じ『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)は演算を行うパーソナルコンピューターのモニターの発光の様に薄ぼんやりと緑色の光を灯す金の瞳を瞬かせた。 「……悪意か」 ぽつり、零す言葉は彼が祖母に憧れアークに入った時からその身に感じているものであった。IQ53万の頭脳に刻まれて行く戦略的でない『人間』的なもの。知識では言い表せられない物を人は感情と呼ぶのだ。 無論、悪意は感情だ。伊達眼鏡の奥で瞬かせた瞳は一つの演算を弾きだしていた。 「悪意は『ある事実』について『識っている』ということだ。善意はその逆になる」 それは天才の知識の一つだろう。其れが何かを識っている。だが、ソレをその身に降り注がせた事は無い。机上の空論。『書』は動より弱し。知と動は常に相反するものなのだろう。 「悪意か。尤もらしい人間の感情だねえ」 くつくつと喉を鳴らして笑った『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)の大きな掌が幼い少年の頭を撫でる。少年が書であれば、和人は動だろう。40年の月日を得て培った知識は人間の感情論をしっかりと理解していたのだろう。 茶の瞳を細め、紫煙を吐き出す。天才の金の瞳が一度、和人へと向けられてから、感情か、と逸らされる。 「善意が悪意に弱いというのもさもありなんだ」 「まあ、よっぽどぶっ壊れねー限りは人は感情なんて捨てらんねー訳で」 どの道、善意も悪意も他人を壊すには十分すぎる代物だろう。 恨み辛み悪意なんて誰だって――何ら特別な事じゃないのだから。人間らしいのだ、あくまで人間の普通の感情でしかないのだ。 「悪意なんざ何処にでもあるのにな、それを集める奴持ち出して何がしたいんだろーな」 伸ばしたままの髪を掻いて、耳朶に触れる。指に嵌めた指輪が髪に絡まることなく指先は其の侭首に落ちついた。 「確かにさ、人って人を恨まずには居られない生き物なのかもしれないね」 誰かの悪意が、誰かの幸せを塗りつぶすのを幾度見た事だろう。大も勝も全て救う。其れが『誰か』の意思だったから。其れは『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の心の中に深く刻まれていた。 「僕はさ、不器用なんだよ。だからこういうやり方しかしらないんだ」 知っていたとしても忘れてしまった。できない事は解らない方がきっといい。炎顎を握りしめる指先に力が入る。 ――死に物ぐるいでこの手を伸ばす。ここがボーダーラインだ! ――俺の力は、誰かの夢を守る力だ。 頭の中に浮かぶ声。マブタチが、相棒が、己全てを掛けて戦う戦場へと想いを馳せる。 「悪意には真っ向から達向かうのが僕――僕達だ」 自分のその両手は全てを救うには短すぎるのかもしれない。全てを包み込むにはまだ足りないのかもしれない。黄泉ヶ辻、純粋なまでの悪意。背徳的なその存在。己の背がふるりと震えた。 「黄泉ヶ辻、か」 一瞥する。靴の踵がレールとぶつかる。かつん、かつんと己の軌跡を残しながらゆっくりと歩み往く。 黄泉ヶ辻。そう聞いて『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の脳裏に過ぎるのはこの先に居る『樂落奏者』ではない、彼女が協力する事を惜しまないある意味での『主』たる少女だ。 少女と称するにはひとつ、大人びた黒髪の娘が居た。その姿を彼が見たことがあるという訳でもないのだが、報告書で見たり、時たま耳に入るのだ。 「兄に憧れ、狂気へと落ちようとする物、か」 彼女はリベリスタをみて怯えの色をその目に灯していた。皮肉にもそんな彼女を黄泉ヶ辻のフィクサード達は揃いも揃って彼女の事を『普通』だと呼んだ。 「普通、ですか。憬れて、そのようになりたくて故に『逸脱』しようと願い歩む……。 黄泉ヶ辻糾未――その姿こそ、まさに『逸脱』し得ぬ者の証」 『兄』になりたいと焦がれる姿はまるで少女が恋に焦がれるかのようだった。その果てに何を掴むのかは『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)には未だ分からない。解らないからこそ興味深く感じるのだ。 朔望の書をほっそりとした白い指先がなぞる。魔術師達の夢の址を閉じ込めたその書には刻まれていない終着点は魔術を追求する彼女の興味の矛先としては妥当なのだろう。 「まあ、キサはそんなの興味は無いんだけどね」 視線はただ暗闇を眺めるのみだ。アークで予め手にしたのは『糾未』関連の報告書は全て頭に叩き込んでいた、予見者が用意した資料もしっかりと把握している『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は首を傾げる。 「……あんまり、他とは関連性がないのかな」 「言ってしまえば遊びにご招待、ということでしょうけれどね」 吐き捨てる様に続けた『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)はオープンフィンガーグローブに包まれた掌に力を込める。一度でも出逢った少女の顔を浮かべては、桃色の瞳を伏せった。 「遊びの仕込みっぽいけどね。何がしたいんだろうね」 クリエイターが気になるのはそのストーリーラインだ。あくまで『ゲーム』の様に思えるその行為は少女の遊びでしかないのだろうか。かちかちと綺沙羅ボードに滑る指先は、プログラミングを組み立てる事を第一に考えている。 綺沙羅は情報収集や情報操作に長けた元フィクサードである。愉快犯的な犯行を繰り返していた彼女だからこそ解る所もあるのだろう。これは『遊戯』だ。きっとこれは彼女ら――綺沙羅とも年が近いだろう『樂落奏者』たち――の遊びなのだ。 「ゲーム。世恋が言っていた様に以前のゲームに酷似しているな。 以前と違うのは、ルールの提示がない事なのだが。……これは、ゲームでないと考えるのが妥当か?」 「それは、どうなんだろうね」 解らないや、と首を振る綺沙羅に『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は青い瞳を瞬かせ何れにせよ護る事が第一だという判断を下す。 じゃり、とレールの間に敷き詰められた砂を踏みしめて『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)はグレイヴディガー・カミレを握りしめてじっと目の前を見据える。冷気を放つかのようなブロードアックスは夜の闇を切り裂かんばかりに一度大きく振るわれた。 赤い瞳は戦意を湛えて、ぎらぎらと輝いている。一歩、進むたびに闘鬼の首飾りが揺れる。彼が見据える先には銀色の少女が存在していた。 「御機嫌よう、『樂落奏者』。――『貴女』の『遊び』にお付き合いできるのもあと少しでしょうか?」 『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)の言葉に、少女が顔を上げた。 「おいでませ、『箱舟』! 特務機関『アーク』! ご案内はワタクシ、『樂落奏者』仇野縁破。お呼び頂け大変結構。本日の演目は――」 ●『悪意』 「ご機嫌麗しゅう。舞台のお呼び出し有難う。僕ほんっとに黄泉ヶ辻には縁があるんだね」 前衛へと繰り出した夏栖斗の金の瞳が『樂落奏者』仇野・縁破の鮮やかな青い瞳と交わった。 「一度お会いしたねぇ、アークの御厨くん! いやー、有名人。お逢いできて光栄! ほほう、『誰が為の力』! それに、『墓掘』サンや『星の銀輪』、『K2』まで! いやー、ヨリハちゃんと遊んでくれるん? これは嬉しすぎるなあ」 薔薇と、蔦が絡んだ『沈鐘の終』を口元にやりながら少女はくすくすと笑った。鈍く光を反射する銀の髪を揺らし、彼女の瞳が捕えるのは真っ先に動いた陸駆だ。 ぼくのんがえたさいきょうのけん――魔剣ハイドライドアームストロングスーパージェット――を握りしめた少年は凍りつく最高の眼力を縁破の『お友達』たるフィクサードへと向ける。演目は『悪意』だと笑う縁破の視線が少年と真っ直ぐに交わった。リベリスタの中でも最年少クラスである陸駆はその胸の中に抱いた『迷子の羊』の記憶を揺らし、履きなれた密林靴でしっかりと踏み出す。 「知っているか、『樂落奏者』。 人を恨まずには居られない――と、同時に人を助けられずにはいられない人種もいるのだ」 「其れは例えば、君とか? それとも君のお友達の事?」 あたしに教えてよ、その『人種』ってやつを。にんまりと歪められた唇は悪意を湛えたままだ。レールを蹴り、高く飛ぶ。彼女のその背後からソードミラージュが剣を握りしめて飛び出した。 「さあ? キサたちかもしれないし、ある意味あんたらも同じなんじゃない?」 紫苑の冷めた瞳を向けて綺沙羅は笑う。投擲された閃光が周囲を包み込む。ソードミラージュの動きさえも止めてしまう其れは暗がりの車両基地を明るく照らす。 「理得、また会ったね。……寒いのに御苦労なこと」 「見て見てここにこんなに悪意があるよーって言いたいんだろ? ガキらしいっちゃガキらしいか」 綺沙羅の体を隠す様に、その前に立っている和人がくつくつと喉を鳴らして笑った。【colors】scarlet gloveに包まれた掌が何処か温かく、燃え上る様にも思える。 「ただの遊びだっけか。何か『悪いこと』をしてる訳じゃないならその方がマシだわ……いや、良くはねーけどな」 レールの上を踏みしめる足元。其処まで気を配って、和人はへらりと笑う。滑り止めの付いた靴はお洒落な物をセレクトした。ダサいものなんて選ぶ筈がない。なんたって折角のご招待なのだ。 演目だと言う、まるで舞台に誘うかのような演技がかった口調の少女。なれば、此方だってきっちりとキメて行くというのが礼儀だろう。 「うっす、お待ちかねのアークですよ。俺の事も覚えてくれれば嬉しいな。 可愛らしいお嬢ちゃんのご招待に与るなんて嬉しいねぇ、全く」 「可愛らしいお嬢ちゃん――良いねぇ、あたし、気に入ったわ」 ヨリハちゃんって呼んでね、と手をひらひらと振る様子等は緊張感の欠片などない。前衛位置に居る彼女の視界に赤がチラついた。 印象的な赤だ。燃え滾る様な赤い瞳が一直線に黄泉ヶ辻へと突っ込んでいくのだ。 一気に振り回されるグレイヴディガー・カミレ。旋回するそれから激しい烈風が起こる。縁破だけでは無い、周辺に居たフィクサードやハッピードールと名の付いたノーフェイスまでもを巻き込んでいく。 「ッ、さっすが噂に聞いてたけど戦闘がお好き?」 「一気に行かせてもらう、それに限るだろ?」 赤い瞳が暗がりの車両基地でぎらぎらと光を灯す。強烈な一撃に回復を施す事に専念していた黄泉ヶ辻のフィクサードへ氷の刃が勢いよく突き刺さる。フィクサードの技を模倣した悠月の術だ。 「……良いご趣味ですね。『樂落奏者』」 褒めている訳でもないのですが、と紡ぐ彼女の指先は頁を捲る。新たな一頁として刻まれていた白鷺結界は羽の様に華麗に舞い踊っていた。 癒し手の存在が判明した。穏やかな悠月の瞳が前衛に飛び込んだランディへと移される。彼女を狙え、とでもその目は語るかのようであった。 「余所見してる場合か?」 一歩、行く手を遮るものの居なかったソードミラージュの前へと拓真が滑り込む。ハイバランサーでレールの上を滑る様に移動した拓真は魔女から与えられたBroken Justiceから弾丸を打ち出す。 誰が為の正義か! 『壊れた正義』という名をつけられたガンブレードから弾き出される弾丸はハッピードールやホーリーメイガスを巻き込んでいく。誰が為の正義か――その『正義』は果たして正しいものなのか。魔女の笑みが脳裏をよぎる。 嗚呼、けれど己が理想と己が正義を打ち出しながら、彼の眼は余興の主催へと向けられたままだ。 「リベリスタ、新城拓真。……どうやら、お呼びだったらしいが?」 「『誰が為の力』! 新城拓真! どーぞいらっしゃいませ! なんで呼んだかはまだ秘密や!」 両手を広げ楽しそうに笑う縁破とて弾丸をその身に喰らう。いくらかは大振りのクローが弾いたが、頬を掠め、痩身の腕を掠めて行く。ずり落ちそうになった右肩の着物をきちんと羽織り直して、縁破は更に前へと踏み込んだ。 「ヨーリハちゃん。 それに理得ちゃん。やっぱり僕ら縁があるみたいだね」 「でも、あたし、縁を破るって名前なんよ?」 縁は奇妙な糸でつながっているのかもしれない。夏栖斗が京介にゲームのプレイヤーとして呼ばれた事。この場で糾未の『親愛なる友人』と二度目の邂逅を果たしていること。 「運命は不条理に満たされてんだよ。俺はその不条理を破壊して、踏み越える!」 「ふふ、うふふ、リベリスタは面白い。あたしらと同じ位にブッ壊れてて、捻くれてる!」 隣から聞こえた声に縁破は瞬きを繰り返して笑った。 戦闘が始まるとまるで鬼が如く勢いで敵陣へと突っ込み、全てを駆逐するランディは縁破にとって面白いのだろう。勿論、彼女の目の前でトンファーを構えた夏栖斗とて縁破にとっては『面白い』のだろう。 「リウちゃんは妹がお世話になったよ。ヨリハちゃん、僕はね、不器用なんだ」 「――ふうん」 「だから、最初に言っておこう。僕は悪意に真っ向からしか立ち向かえない。 始めようか。舞台の演目は『善意』だ。分かり合えないのは残念。美学であっても悪徳だね!」 踏み出したままに眼にもとまらぬ武技を繰り出す。咲き乱れるは鮮血の花だ。虚ロ仇花。縁破の体を引き裂く様に繰り出された其れは其の侭背後に存在しているホーリーメイガスをも巻き込んでいく。 「あたし、御厨君のそういう真っ直ぐな所、好きやわ。勿論、そちらの『墓掘』サンみたいな方もな。 けど――残念。分かり合えへんのも、理解しあえないのも、分からない振りをするのもある意味では美徳や」 だん、と地面を蹴った。魔力のダイスが周囲を舞う。瞬かせた瞳を逸らさないままに夏栖斗へと咲かせるのは火種の花だ。爆花の中に呑み込んで、楽しげに攻撃を行う姿などリベリスタとは何ら変わりない。 ――狂ってるんだ、それでも。 誰かを救う。それが正義だとしても、それがリベリスタだとしても。 アークは良い所だと、正義を振りかざし口にしたとしても、思う物が違うフィクサードには伝わらない。 フィクサードにとっての普通は別の物なのだろう。 夏栖斗が分かり合おうとしても、その『分かり合え無さ』が途端に心を抉る事もあるだろう。 「初めまして、だな。仇野縁破。今回はゲームをしよという訳でもないのか?」 「ゲーム。それの下準備、って言うたらどうやろ?」 くすくすと笑う縁破の隣をゲルトの放つナイフが十字の光を保ちながら理得を打ち抜いた。ぐらりとその体の方向が変わる。 ゲームだとすればフィクサード達の『狂った』勝利理由を知る事ができるはずだった。その下準備と言うなれば、何時か、ゲームを始める時が来るはずだ。 理得の行ったゲームを体感した事のあるゲルトは縁破ではなく、理得へと目を向ける。大きな桃色の瞳で真っ直ぐにゲルトを見つめた理得の脚が彼へと踏み出される。一歩、踊る様に鮮やかに間合いを詰めて、盲進する。刻みつけるそれはメルティーキス。彼女の唇が歪む。 「おにーさん、また会ったね?」 「篁理得。また会ったな。もう一度会いたいと思っていた」 その言葉に理得は笑顔を見せる。何かしら、と首を傾げる姿など普通その物だ。 以前出会った時に、黄泉ヶ辻を止められるなら辞めたいと『人間らしい』感情を発露させていた理得。聞いてみたかったのだ、黄泉ヶ辻をやめられるなら、と言ったその真意を。 銀糸が揺れる。瞬いて、瞬間動いたのはノエルだった。 Convictioを握りしめた騎士は紫の瞳を細めて艶やかに唇を歪めた。 「お久しぶりですね、『樂落奏者』」 縁破が遊んでいるという事を理解した上での行動だった。踏み込んで、一歩、二歩、ステップを踏む。舞う様に、踊る様に穿ちながら銀の軌跡を残すノエルの槍は真っ直ぐに敵の体を抉りこむ。 「うひゃあ、毎度強烈やね。あたし、知ってるよ。『銀騎士』さん。ミス全殺しやないですか!」 ふざける様に笑った縁破にノエルは其れでも凛とした姿勢を崩さぬままに微笑んだ。正義に対する執念は深い。けれど、それ以外は『敵』であるフィクサードを穿つ事を一番としている。 技量を磨き続けた結果。言葉にするのは『正義を貫くだけ』の唯その一言だ。 槍は貫くに向く。なれば目の前の少女諸共貫いてしまえばいい。 「貴女には大人しくしていて欲しかったんですが、これも親愛なる友の為ですか?」 「――そういう事に、しとこか」 ぴくりと縁破の細い肩が揺れる。傷を負ったフィクサード、ハッピードールを巻き込みながら攻撃を続ける銀の騎士はらんと輝く紫の瞳に正義の意思を込めて縁破を見つめる。 銀の髪が揺れる。同時に貫き穿つ銀の軌跡は真っ直ぐにハッピードールのその身を地へと伏せさせていく。 「ああ、それとも貴女自身のエゴですか? 一連の事件の仔細、糾未さんが考えたものでしょうか? それとも、水を向けた者が他にいるのでしょうかね」 ノエルの言葉に縁破は答えずに笑うのみだ。 ――糾未ちゃんはフツーだからねぇ。 何時か、彼女が言われていた言葉が縁破の脳裏にちらついた。 『普通』じゃなくなりたい彼女は憧れた人物から可愛がられていたのだろう。普通にしかなれない可愛い可愛い妹を甘やかしていた。何時までも自分と同じ土俵に登れないのだから。 「……さあ、どうやろね」 「人って人を恨まずには居られない生き物なんだってね」 瞬く。戦闘が続く中、和人の背に護られ、視線を逸らされていた縁破達からは一度、何処から聞こえた声か見当がつかなかった。 「……ねえ、人は恨まずには生きられないって確かに真理だね? じゃあ、キサの興味がてらに聞いてあげるよ。あんたも何かを恨んだ事はあるの?」 綺沙羅の言葉に、理得はそっと目を伏せる。縁破は瞬きを繰り返してから、皮肉そうに唇を歪めた。 「さあ、ね?」 返答を返し、その言葉の主を視界に収めた時にしまった、と縁破は眼を開く。 「バレタ? こういう腹芸は苦手だね。キサ、大丈夫?」 「大丈夫。もうコードは組めた。十分、準備は整ったよ」 カタタタタタタ―――楽器を打ち鳴らす様に、入力されて行くコード。 コマンド入力完了。ソースは準備できている。 其方を狙う攻撃を和人はその身で遮って手をひらひらと振る。正に用心棒だ。その行く手全てを阻んでいる。 「はいはーい、小雪ちゃんへの勝手なおさわり禁止ねー。触りてーなら、俺を潰してからにしな!」 緩やかに少女の唇が歪められていった。クリエイターの最高傑作――其れには届かずとも確かに彼女は完成させたのだろう。 陣地作成。己らの周囲を包み込む其れ。フィクサードが焦りの表情を浮かべようと彼女は昏い色の瞳を細めるのみ。 「ほら、キサはクリエイターとしての仕事果たすのみ。これが『K2』だよ。覚えておいて」 感じたのだろう。背筋がぞわりとする。外に出られないと。 ――これが、アークのリベリスタか! 「vanitas……空虚。道を示す羅針盤としては、洒落た名前ですね」 緩く笑った悠月の瞳は探る様に縁破へと向けられる。リーディング。人は想った事を頭に想起する。その全てを読み取れれば良い。 タイミングを見計らう。今じゃない、瞬間すら逃さない様にと優しげな色を灯した黒い瞳を細める。 「tabula rasa。白紙、ですか。……空虚が白紙の世界に指し示す先。 差し詰め、届かぬ闇の深みに落ち行く――晦冥の道、と言うところでしょうか」 暗い道、暗い場所、届かぬ深み。届いてはいけない場所。 糾未の兄だという黄泉の狂介の振る舞いが黄泉ヶ辻が何たるかをその身全てで表しているかのようにも思える。彼が居るからこそリベリスタは黄泉ヶ辻の本質に触れる事ができているのだろう。 そんな『彼』に憧れたという妹。其れを目指す、その暗く閉ざされた道。 ――其れこそが晦冥の道だ。 「黄泉ヶ辻京介を視て居れば解りますが、糾未が逸脱しようとする事を助ける等――本当に良いご趣味ですね」 樂落奏者、と告げた時、瞬間的に見開かれた青い瞳と真っ直ぐに悠月は目を合わす。 「京ちゃんには会ったよ。あれこそが狂気だ。あの悪意に比べたらヨリハちゃんのは甘い位だ」 夏栖斗の言葉に、開いた意識の合間。何かを掴み、そのまま意識を全て引きださそうと手を伸ばす。 「見えましたよ?」 ねえ、と小さく笑みを浮かべる。目の前のパートナーの耳に入ったのだろうか、拓真は《届き得ぬ理想》を握りしめ、ハッピードールと名前の付いたノーフェイスを粉砕した。 ●X論 ねえ、縁破。ねえ。 彼女は何処からどう見ても『普通』だった。羨ましかった。逸脱しかできない自分が、如何足掻いてもなれないものだった。出逢った頃の彼女は普通だった。大人しい、幼い少女だった。 黒く長い髪。鮮やかな紅の瞳。あたしとは正反対のおんなのこ。 嗚呼、止める事すら出来ないのだ。舞台は何時も血に染まる。今の自分は何と醜い顔をしたのだろうか。肩を撫でるほっそりとした指先にこれほど嫌悪することだってなかった。 羨望と、親愛と、劣情。 同性であるからこその分かり合え無さが、胸を過ぎる。少女の一過性の感情だった。 「ねえ、お願いよ。人でなくなるのは貴女の手が良いの」 なんて、残酷なのだろう。 ナイフが、指先に残る感覚が、己の胸を抉る様に彼女の『眼』を抉ったのだ。 ぐちゅり。ぶちゅ。ずりゅ。 一つ一つの音が鼓膜を揺さぶった。解っている、己は兄の代わりだ。己は彼女の鏡なのだ。 「なあ、糾未」 あたしは黄泉ヶ辻。生まれながらの黄泉ヶ辻。普通の彼女の鏡のあたし。 ――内緒やで? ×××××。 ●answer 悠月が瞬きを繰り返した。眼を抉る。其れがどのようなものであったのか。 ぞわりと背筋に伝ったのは何だろうか。 何処かで見た事のある『サイン』が彼女の瞳に埋め込まれ――嗚呼、其処からは読み取れない。 「……何をなさっているのですか」 見送る訳には行かないのに。解らない。死地に赴く両親を見送ることしかできなかったあの時の無力な自分のままなのかと錯覚する。 「悠月。相手の思惑が何処に在るとしても、止める必要がある。あいつ等の思い通りにはさせん」 「ええ……そうですね」 その通りだと悠月は拓真の背中を見据えて告げる。《届き得ぬ理想》を手にした拓真は斬る。邪魔する者等は斬るに限る。 「通らせぬというなら、強引に押し通るまでだ!」 踏み込む、その脚は止まる事は無い。 黄泉ヶ辻のフィクサードを、ハッピードールを、全てをその暴威に巻き込んでいく。 ――吹き荒れろ、暴威! その破壊は彼の力だ。誰が為の正義か、誰の為の力か、誰が為か。 拓真はその破壊の力を持ってその全てを打ち破る。目の前の障害等、何もない。 「お前らにとって、それがお友達の為だってなら、随分と真っ当な理由だな? 『黄泉ヶ辻』らしからぬ理由だ」 ランディの言葉は縁破を逃がす事は無い。理得と縁破の前に立ちはだかった巨体は攻撃の手を緩める事は無かった。 黄泉ヶ辻らしからぬ、そんな理由――友達の為、そんな子供染みた理由が一般人を巻き込んでいく。 だからこそ、其れを許す訳には行かなかった。 只管に攻撃を緩めぬ彼が繰り出した破壊力を得た巨大エネルギー弾が黄泉ヶ辻のフィクサードの体を抉りこむ。 「逸脱、逸脱がしたいんだってな、お前らの所の『お姫様』ってやつが。逸脱ね、本来儀式が必要なのか?」 ぴくりと縁破の手が揺れる。瞬いて、どういう意味だと聞こうとする彼女の瞳にランディの赤が交わる。嗚呼、この赤色は『お姫様』と良く似た色をしている。 けれど、ランディの赤はそれよりももっと戦いを知る色だ。血色、其処までは濁っていなくて、けれど何も知らない子供の眼でもない。 「あれは精神の本質的な部位で自分が世界となるんじゃないのか。 ある意味でこの世界から独立する事こそがその条件かもしれない。黄泉ヶ辻糾未はそれができるのか?」 お兄さま、お兄さまと愛を乞う。 其れこそが『独立』できないままの普通な少女を演出しているのではないのか。 嗚呼、そう言われてしまえば、たん、と背中を向けた縁破に対して放たれるエネルギー弾。避けきれず、腹を掠めた其れに右半身が抉りこまれる。咥内に溜まる血を吐き捨てた。 リベリスタ達も回復手が一人しかいない以上、傷は深い。樂落奏者と篁理得は勿論強力な戦力だが、其れに加えてもハッピードールというノーフェイスは強いのだ。 二人の少女が連れるハッピードール。嗚呼、六道の様にも思えるソレ。 前線に立っている拓真や夏栖斗、ランディは勿論のこと、後衛にも攻撃を行う事のできるフィクサード陣によって、互角の戦いを行っていたと言えよう。 理得の手に握られた羅針盤。それをリベリスタは見逃す事が無い。悪意を爆発させる事は避けたかった。だが、互角の戦いを行いこのままでは『陣地に囚われた』状態になるなれば――逃げる為には爆破させるしかないのではないか。その思考に至らせたのだろう。 「篁。俺の話を聞け」 理得の手が止まる。ゲルトの声が耳に入ったのだろう、そろそろと上げられた視線は男と交わる。 「お前たちは言ったな。黄泉ヶ辻を辞められるなら、と」 何もなれないから――どれにもなれないから黄泉ヶ辻なんだと。 「酷い矛盾じゃないか。『普通』の糾未を黄泉ヶ辻にしようとしてるお前達が、黄泉ヶ辻なのだから、他の何かにはなれないという」 「じゃあ、やめれるの? リウ、普通になれるの?」 唇を噛み締める。嗚呼、やはり精神的に脆い少女なのだろうか。『少女』という生物は異質だ。 何を思い、何を考えるかは彼女らしか分からない、一つの別の生き物なのだろう。 「俺から見ればお前たちは十分に『普通』の人間だ。辞められる、本気で辞めたいのなら」 けれど、と一言紡ぐ。赤い月が登り、その身を苛む全てを和人が撃ち払おうとする。庇われたままの綺沙羅が氷の雨を降らせながら目を伏せた。 「生きる意味は探すもんじゃない。自分で決めるものだ」 ぎり、と唇を噛んだ。樂落奏者は何も言わない。生きる意味を探す『リウ』という少女はゲルトを見つめ、前線へと飛び出す。ランディの横をすり抜け、彼の方へと真っ直ぐに。 「リウは――」 「篁さん、一つ、お聞きしても良いですか?」 生佐目の言葉に、大きな桃色の瞳を瞬かせた理得は深呼吸を一つ置いてから「なあに」と甘い声で問いかけた。戦場の似合わないまだ年若い少女。彼女は舞踏を踊る。ブラックコードがリベリスタの身体をまるで刃の様に裂き、赤い靴を履いているかの如く、一つ一つステップを踏む。 「『血濡れの薊』、でしたか……それが今の貴女の生きる意味ですか?」 彼女の言葉に、少女は目を丸くした後、壊れたラジオの様に笑い声を上げる。けらけらと少女らしからぬその笑い声は周囲へと響き渡る。 む、と眉を寄せる生佐目に理得は首を傾げてから、違うよと赤い唇を突き出した。 「ちがう、ちがうわ、おねーさん。『血濡れの薊』はリウじゃない。リウは『血濡れの薊』の為に生きているんじゃないわ」 だって、其れを咲かせる事は『リウの使命』。其れその物が生きる意味では無いのだから。 頬から流れる血に生佐目は唇を噛む。破滅を予知するカードでピエロが下品な笑いを浮かべていた。 暗闇を産み出して、少女を包み込んでしまう。黒き瘴気は理得の目の前をも暗くするかのような錯覚を与えるが、少女の瞳は真っ直ぐに生佐目を見つめていた。 「私も、貴女の生きる意味になれるでしょうか――選んでみませんか? 自分の手で」 「ごめんなさい、おねーさん。リウはね、狂ってるの。其れを貴女は否定するでしょう? だって、おねーさんはリベリスタだもの。おねーさんは『普通』なんですもんね?」 普通の家庭に生まれた普通の少女。生佐目の桃色の瞳が見開かれ、真っ直ぐに年若い少女を見つめている。篁さん、と呼ぶその声はもう理得には届かないのだろうか。けらけらと壊れた人形は笑い続ける。 だって、私は黄泉ヶ辻。 逆凪にも、裏野部にも、六道にも、恐山にも、三尋木にも、剣林にもなれない狂った人間。 「選び取りましょう――それもできないのですか」 生佐目が大業物を振るう。その切っ先を向けられた理得は生佐目と似た桃色の瞳を細めて、くすくすと笑った。嗚呼、分かり合えないのだ。きっと、きっと。 「薊の花ってね、葉に深い切れ込みがある物が多いのよ。知ってる? おねーさん。 棘が多くって触るととても痛いの。赤紫色の花を咲かして、その存在を知らしめようとするわ」 「……それが」 どうしたのですか、とそう告げる前に理得の桃色の瞳は真っ直ぐに生佐目を見据えていた。 「だからこそ、付けられた花言葉は『触れないで』――皮肉だよね! 本当は人に見て欲しくて堪らないのに! 嗚呼、リウたちの大好きな大好きな糾未ちゃん! 可哀想な『血濡れの薊』!」 告げられた言葉に、陸駆が目を瞬かせる。悪意を持たぬ少年の手は真っ直ぐに理得へと伸ばされる。近づく、彼女のブラックコードが陸駆に絡みつく。其れさえも厭わぬままに、魔剣ハイドライドアームストロングスーパージェットをつきたてるようにして気糸を放った。 モニターの光の様に、電子の光を纏った金の瞳が、自身の頭の中の演算を組み立てて行く。 天才だった。天才だ。天才っぽい伊達めがねの奥で目を細める。 「貴様らだって解っているだろう。それでも狂気には近づけないのだと」 狂い切った黄泉ヶ辻だからこそ解っているのだろう。何をしたって、どうしたって、その性質は変わらないのだと。無理に為しても到達できない事など、嫌でも解っているはずなのに。 「正にvanitasといったところか」 残念ながら、と少年は眼を伏せる。理得の桃色の瞳が揺れる。其れを逃さぬ様に陸駆はその中に深く深く入り込んだ。思考の沼を探る様に、思考を話さぬ様に深く掴みこんで、其れ全てをIQ53万の頭脳へと叩きこんでいく。 ――0.00001の確率だって逃さない―― 「僕の戦略演算にかかれば――53万? こうやって何かを読み解く度に僕は進化していくのだ」 浮かべた笑みは貪欲なる知識への執着。誰だって逃がさない、なんだって逃がさない。 掌を返す。眼鏡の奥で瞳を一度、瞬かせ。陸駆は笑った。 「知ってるか? 知識と言うのは沼の様なものなんだ。僕の沼から貴様はもう抜け出せない」 掴んだ其れは、靄が掛かっている様にも思える。リフレイン。幾度となく理得の脳内で繰り返される其れ。 『リウちゃん、これね、黄泉ヶ辻の玩具ってやつやで』 少女の思考の中、想いだされてるであろうその光景が、陸駆には読み取れる。感情的な少女。ここまでハッキリと読み取れる事などそうそうない。ぞわりと背筋に走る悪寒。 『糾未、狂う為って言うてもね、こんな玩具じゃ狂われへん』 『そんなことないわ。ヨリハ、ねえ。貴女のお陰で私はもう『人間』じゃないじゃない』 陸駆の目が見開かれる。振り仰ぐ女の顔。窪んだ眼窩に宛がわれた物がある。瞬きする様に血が流れ出る。 一つ、胸騒ぎがした。 『これでね、もっともっと大きな事をするわ。ヨリハ。これでお兄さまに近づけるから』 ヘテロクロミア。虹彩異色症。左右で異なる瞳色。一方の物とは別の物に変化させてしまう其れは糾未の掌にしっかりと握りしめられているのだ。 “血濡れの薊は黄泉ヶ辻の玩具を手に、もっと大規模な儀式を起こそうとしている” “カオマニーはヘテロクロミアの『劣化版』だ” 「ラブド……ハッピードールを操る事はヘテロクロミアもできる、のか」 「肉の人のとこの子? ああ、アレ趣味悪いよなあ」 舌を出した縁破に陸駆は天才として知っていただけだからな、とふふんと胸を張る。戦闘はそろそろ終いだろう。目的は一つのみ、深追いするつもりすらない。 情報は十分に手に入れた。 白い宝石を意味する其れは目の前の理得が握りしめたvanitasに嵌っている宝石だろう。 「ノーフェイスに変化させるんだったよなあ?」 和人が癒しを与えながら理得へと問うた。予見者の資料の中に含まれた一般人をノーフェイスにしてしまうと言う効果。其れを使って大規模な『儀式』を起こすのだとしたら。 「なあ、嬢ちゃん。ノーフェイスを一杯作ってどうするつもりだ?」 ぱきん、vanitasの中央に嵌められたカオマニーに亀裂が入る。針がぐるん、と回った。 「うちのお姫様の舞台が開かれるってだけや。それ以上は無いよ」 羅針盤は何も指さない。螢の様に輝いていた粉はふわり、と地面に落ちた。 ●終幕 「今日のお遊びはここでお終い。ねえ、ヨリハちゃん」 夏栖斗の瞳が真っ直ぐに縁破を射る。埃を被った黒い着物は所々が避けてしまっていた。 「君は善意が有って欲しいんじゃないのかな? ソレを信じたいから悪意を集めてるんじゃないの?」 「あたしは黄泉ヶ辻や。会ったんやろ? オニイサマに。あの悪意を見たら善意なんて何処にもない。 あるなら、それを見せてよ。あたしに、教えてよ」 その目は只、真っ直ぐに夏栖斗を見つめている。悪意に晒された世界だから、一握りの善意を感じる事すらできないのだ。 教えてよ。知らないものだから。 悪意無き正義。拓真を見つめ、逸らされた瞳は次に、目の前で斧を構えていたランディへと向けられる。 「不条理を破壊するんやってね――全てを壊したらその先にはなにがあるんやろ」 運命を自分で壊したら、其処にあるのは只の暗闇のみだった。 泣き笑い、女は一人でその身を投げ捨てる。 眉を寄せるランディに手をひらひらと振って素直に夏栖斗の撤退勧告を受け入れた樂落奏者は背を向ける。 「またお誘いいただけるのを待っております。その時、幕を引いて差し上げましょう」 ノエルの言葉に樂落奏者はくすくすと笑う。 ああ、次は『糾未の舞台』でお会いしよう、と。きっとその時は楽しい楽しいゲームが起こる。 準備段階じゃない、もっと盛大なパーティーだ。 「なあ、リベリスタ。あたしのこと『覚えておいて』。それから止めにおいで。 楽しい夜をあげるから、あたしを刻みつける為に皆を呼んだ」 今日は招待状。そう言って樂落奏者は楽しげに歩む。 デジカメで周囲の情報に為りそうなものを撮影し、その後に遺しておこうとする和人のカメラは使いものにならなくなったvanitasを撮影していた。 ヘテロクロミアの劣化版と言うなればきっと何時か情報に為るかもしれない。 vanitasの残り滓、其処から発された光の粉、樂落奏者の姿。 「もし、お前が俺達の仲間になりたいと望むなら、俺は必ずお前を助ける」 篁、とその背に掛けられた言葉にリウは振り仰いで小さく笑った。 唇は緩やかに紡ぐ。 ――じゃあ、とめてよ? アザミちゃんを。 ●Dum spiro, spero. あくまで案内人なのだ。 主演女優は未だ舞台に上がる事は無い、嗚呼、けれど、そろそろ衣装は調えた――? 抉り取られた右目に、宛がわれた『宝石』に、与えられた玩具に、使い古された『劣情』。 舞台の主演は只一人。彼女の手を引く事こそ『樂落奏者』の仕事であった。 彼女はあくまで案内人。主演女優の演技が終われば彼女の仕事も終ってしまう。 ああ、その日まで。 樂落奏者は夜に踊る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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