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<六道>憎悪と狂気のスカルペル

●tick tock
 これで良し、万事良し、何一つ狂いはない。まるで良く良く整備された時計の様に。

●後日譚
『大丈夫ですわ、アタクシに相応しい『懐刀』に――造り直してあげますね』
 あの日。聴いたのは兇姫の嗤い声。見たのは電気が灯る天井。引き攣った笑みが己の咽から零れた気がした。
 スタンリー。スタンリー。混濁した意識の中、甘えた少女の声であの女が嗤っている。
 道具であれ。道具であれ。暗い意識の中、誰も彼もが言っている。
 意識は、視界は、暗い。暗い。何も見えない。

『アザーバイド『混沌』のエネルギーパターンを――定着させる――』
『狂気を――精神を破壊――』

 道具であれ。道具であれ。
 激痛の中で。削れていく精神の中で。
 壊れていく。折れてしまえ、簡単に。
 諦めてしまえばこの苦痛からも解放される。
(……諦める?)

『言うこと聞くってことを選択して、諦めることを選んでる。それってすっごく人間ですよ』

 狂った様な雑音ばかり聞こえる中で、脳の中で、浮かび上がった声が聞こえる。
 あれはいつの記憶だったか。
 誰の言葉だったか。

『人間って、選んだ答えをずっと背負ってる生き物なんですよ。
 自分が人間じゃないなんて言えない。だってそれって、ひどい言いわけだ!』

「……__さん、……」
 うわ言の様に呟いた。繰り返した。あの声を思い出せば、その名前を繰り返せば、全てを失わずに済む気がして、
 敬語ではない、『余所行き』ではない、そのままの物言いで。『人間は道具になんかなれる訳ないのに』。
 嫌だ。自分は人間だ。失うものか。失いたくない。死にたくない。キマイラになんてなりたくない。

『おかしい――脳波パターンに乱れ――』
『もう一度だ――』
『何故――『混沌の狂気』が定着しない――』

 生きたい。生きたい。生きたい。
 私は、人間だ。

●後々日譚
 六道研究所。その奥で。
「紫杏様の『三ッ池公園強襲作戦』、上手くいくと良いなぁ」
「馬鹿、あの紫杏様だぞ。失敗など、有り得ない」
「そうだが……あぁ、紫杏様のご帰還の前に、『スタンリー』を完成させないと」
「まだ駄目なのか?」
「あぁ。あとちょっとなんだがな……」
 溜息を吐いた。デスク上にある書類の束に何となく目を遣りながら。
 と――けたたましく鳴り響いた警報音。赤い光と驚きがラボに満ちる。
 驚きながらも会話に興じていた研究員の一人が通信機を奪う様に掴み取り、怒鳴り声を張り上げた。
「何事だ!!」
「キマイラが――暴れ出した!」
「!? 馬鹿な、『テレジア』は使用しているのか!?」
「使用している! だが上手く作用しな――」
 ぐぢゃり、という音で強制終了。急いで起動させたモニターで研究員達が見たそこには、複数の人間をより集めて造ったキマイラが破壊を撒き散らしていて――


 ばき。ばき。ばき。
 ぶつん。
「スタンリー」
 生温かい手が体に触れた。複数人の声が己の名を呼んだ。
「……う、」
 目を、開ける。ぐにゃぐにゃで、暗い視界。
「スタンリーさん」
 もう一度、呼ばれた。顔を向ける。
 そこに在ったのは――数多の顔だった。そして名の主、スタンリーはその顔を知っていた。彼の、一族の者。『懐刀』と呼ばれていた者達。
「お逃げ下さい。早く」
「これ、貴方の武器です」
「早く、早く」
「逃げて下さい」
「生きて下さい」
「生き延びて下さい」
「生き残って下さい」
 私達の分まで。微笑んだ。哀しい顔で。ズタズタの彼の身体を優しく抱きしめて、武器を手渡して。
「あ、あ――」
 スタンリーが彼等に腕を回す前に。彼等は離れ、彼の背を押した。
 最後まで微笑んでいた。
 言葉が出なくって。スタンリーは何と言ったら良いのかも分からなくって。
 ただ、一族の皆の言う事に従って、武器を握り締めて、走り出した。

 ――モニターに映っていたのは、『悍ましい化物が被検体を逃がした』という事実。
 化物はただ暴れ回っているだけの様にも見えた。偶然、スタンリーの収容されている部屋を破壊しただけの様にも見えた。
 それが『優しく微笑む一族』に見えたのはスタンリーだけ。

 狂気と復讐心に意識を犯された狂人だけ。

●切開
「……さて、なんとも、謎が謎を呼ぶ状況ですな」
 と、事務椅子を回し皆へ振り返った『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)が一番に放ったのはそんな言葉だった。
「六道紫杏様の事を御存知で無い方はいらっしゃいませんね?
 彼女には『兇姫の懐刀』と呼ばれる側近にして腹心である、スタンリー・マツダ様という方がおられまして――彼が現在六道勢力から逃亡中である事と、その居場所が『リークされました』」
 リークされた、とは。しかしリベリスタの問いにメルクリィは眉根を寄せて顎に機械の手を添える。
「それが……、密告者は不明なんですよね。ですが今はその正体を暴く事は置いておきましょう。
 密告者X様曰く、スタンリー様はあわやキマイラに改造されかけていたそうです。
 ですが先日の『大迎撃戦』で研究所が手薄になった時に――何故か一帯のキマイラが暴走、結果としてスタンリー様が研究所から逃走したそうで。
 更にX様は仰いました。『スタンリー様が紫杏様や六道派に並々ならぬ復讐心を抱いている』と。『なにせ、一族を全てキマイラにされた上、自身までも狂気的な実験に身も心も壊されたのだから』と」
 つまり。つまり、だ。メルクリィが人差し指を立てる。
「スタンリー様を『保護』すれば。知る事が出来ます」
 例えば、キマイラの情報。
 例えば、六道の情報。
 例えば、六道紫杏の情報。
 例えば、凪聖四郎の情報。
 例えば、ジェームス・モリアーティの情報。

 例えば――『六道紫杏の本拠地の場所』。

「紫杏様の研究所の位置や内情が特定出来ていない今の状況で、六道紫杏を死ぬほど殺したい男が逃げていて、他ならぬ彼女の情報を何よりも知っている……えぇ、もう、『そうしろ』と言わんばかりの状況ですな。
 スタンリー様の保護に成功すれば、紫杏様が態勢を整える前に攻撃する事が可能となります」
 言下、メルクリィの背後モニターが切り替わった。映し出されたのは廃墟の街。
「スタンリー様はこの場所の何処かに潜伏しているそうです、が、……何と申しましょうか。嗚呼、端的に言いましょう。
 彼、『狂って』ます。気性がクレイジーとかそういう比喩じゃなくって、精神的に『キて』しまっています。
 アザーバイド『混沌』――紫杏様が聖四郎様から受け取ったデータを使用してスタンリー様をキマイラ化させようとしたようなのですが、よりその力を馴染ませる為に彼を狂気に陥れさせようと『改造』してた訳ですな、研究所で。
 ……だが彼は抗った。狂いながらも『狂い切って』はいないのです。極度の恐慌状態で、幻聴や幻覚に苛まれながらも。最後の糸一本は切れていない。失っていないのです、『最後の自分』を」
 アークであれば彼の精神を治療できる。治療できれば、『情報』を得る事が出来る。
 その為には何としてでも『保護』を成功させねばならない訳で。
「このゴーストタウンには六道勢力とキマイラもやってくる事でしょう。彼等の狙いは一つ、スタンリー様の殺害。
 ……それでは、皆々様」
 メルクリィの目が、一同を見澄ました。
 そして放つ言葉はいつもの通り、鼓舞する様な笑顔と共に。
「お気を付けて行ってらっしゃいませ。私はいつもリベリスタの皆々様の味方ですぞ!」

●復讐鬼
「何処に居る……?」
 フィクサードは暗視の視界で路地裏をぐるりと見渡した。慎重な足取りで一歩、『逃げた男』を探す。
 そしてもう一歩、進んだ、所で、ぬっ。と。後ろから伸ばされた手。が、そのフィクサードを掴んで。
「!?」
 一瞬だった。そして終わっていた。吸血鬼の鋭い牙が、その喉笛に喰らい付いていて。
「ッ、」
 じゅるじゅるじゅるずずずずず。血を貪られる感覚。何度も何度も喰らい付かれ。
「ッ~~~!」
 ぶちり。食い千切られて、血潮が何処までも吹き上がって――意識は永遠に暗転する。

 憎しみの余りオーバーキル。
「……はァ、はあ、はぁ゛っ……」
 血溜りの中で大きなメスを持った吸血鬼は荒い息を吐いていた。路地裏の闇の中。濃密な血の臭い。真っ赤に染まった口元を手の甲で拭う。血。血。何ヶ月ぶりの経口食事だろうか。血。甘い。鉄臭い。
「ッぐ、」
 血。血。フラッシュバックにせり上がる。脳味噌が爆発すそうな感覚。噎せ返る。
「っげ、ほ」
 耐え切れずに吐き出した。胃酸交じりの他人の血。苦しい。気持ち悪い。だが、ざまぁみろだ。六道め。悍ましい科学者共め。あの女の手先め。
 歪んだ視界にあるのは、手。手。手。手が、見える。『彼にしか見えない手』が。掴みかかって捕まえて八つ裂きにするつもりなのだ。「改造してやるぞ」「お前もキマイラにしてやるぞ」と。嗤う。ケラケラケラ。
「ひ、うあ、あぁ、来るな、来るな来るな来るな来るなぁあぁあああうわぁああ゛あぁ゛あ゛!!」
 得物を滅茶苦茶に振り回して走り出した。逃げる。心と呼べるボロボロの塵を染めているのは恐怖と、狂気と、憎悪。
 あいつらが、あの女が、赦せない。赦せない。殺してやる。殺してやる。初めての殺意。自分はもう道具なんかじゃない。
 泣き、笑い、怯えながら、彼は唯言葉を繰り返した。呪文のように。妄言の様に。
「私は、私は、私は、人間だよな、人間ですよね、私は、私は、わたし、は――」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ガンマ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年01月11日(金)23:03
●目標
 『兇姫の懐刀』スタンリー・マツダの保護

●登場
『兇姫の懐刀』スタンリー・マツダ
 紫杏の元側近でヴァンパイア×ナイトクリークの男。
 やつれた顔、正気を失った相貌、ボロボロの身体。
 恐慌状態でまとも遣り取りは非常に困難と思われる。
 ナイトクリーク中級スキルまで使用。
・EXサイコダウナー:神近範、ショック、無力、隙、鈍化、無
・アーティファクト『サドクターⅡ』:呪いを齎す巨大メスのアーティファクト。通常攻撃に呪いを付与する。
登場:拙作
『<六趣に於いて蠢くモノ>ヒトデナシDeadEnd』
『<六道紫杏>ヒトデナシTragedy』
『<六道紫杏>絶対零度と氷点下――六趣に於いて蠢く者共』
(読んでいなくても大丈夫です)

キマイラ『ウォッチキャッチャー』
 眼玉だらけの腕が寄り集まって出来た蛇めいた外見。
 面接着的能力を持つ。ブロックに2名必要。
・麻痺耐性:P。麻痺、呪縛に関しては、その付与攻撃が150%以上ヒットしないと付与されない。
・鷲掴み:遠複、麻痺
・ストレートパンチ:遠複、ノックB
・百の視線:遠2単、虚脱、無力、Mアタック大、ダメージ0

キマイラ『アラートヘッド』×3
 生体装甲でできたプロペラが生えた眼玉だらけの生首。口は首の断面に在る。
 敵を発見するとけたたましい金切り声を張り上げて仲間を呼ぶ。
 飛行可能。
・吐酸:遠単、ショック、麻痺
・超音波刃:遠2、出血

六道フィクサード×5
 研究員兼戦闘員。種族雑多。
 覇界闘士、クロスイージス、インヤンマスター、クリミナルスタア、スターサジタリー。中級スキルまで使用。

●場所
 ゴーストタウンとなった広い街。廃墟と瓦礫だらけ。
 時間帯は夜。霧が発生しており、見通しは悪く暗い。

 ウォッチウォッチャーには覇界闘士、インヤンマスター、クロスイージスが付き、フィールド中を巡回しています。
 アラートヘッドはそれぞれバラけてフィールド中を巡回しています。
 クリミナルスタア、スターサジタリーはペアになって廃墟の屋上にいます。
 スタンリーはフィールドの何処かに潜んでいます。六道勢力に発見された際は、逃亡よりも戦闘を試みます。

●STより
 こんにちはガンマです。
 ある意味、三ッ池公園大迎撃戦・裏。懐刀再び。
 宜しくお願い致します。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ナイトクリーク
ウーニャ・タランテラ(BNE000010)
覇界闘士
ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
クロスイージス
カイ・ル・リース(BNE002059)
クロスイージス
ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)
覇界闘士
クルト・ノイン(BNE003299)
ダークナイト
高橋 禅次郎(BNE003527)
レイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)
ホーリーメイガス
平等 愛(BNE003951)

●reminiscenceⅠ
 ――兇姫の懐刀。
 いつ誰が呼び始めたかは知らない二つ名。
 あの女の道具らしい、悪趣味で気味の悪い奴だ、と。
 そんな自分に彼女はいつも笑顔を向ける。幼い声で名前を呼ぶ。
 だがその目は人間を見るそれではなく――そう、お人形遊びをする少女のそれ。
 思えば彼女から叱られた事はない。きっと彼女は自分を甚く気に入っていたのだろう。便利な道具として。

●暗い白い
 夜の廃墟は死体の様に静まり返り、漂う霧が景色に死化粧を施していた。
 暗い、暗い、陰気な世界。
 来る者に陰口を叩く様な気配。
「側近中の側近でさえ、理由があれば容易くキマイラの材料にしてのける……出来てしまう。
 救い難くも――哀しいものですね、六道紫杏」
 用心深く一歩、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は柳眉を寄せた。兇姫。何処までも人間的で非人間的なお姫様。捻じれて歪んで生まれた因果。
「六道自体は解らんが、これまで後手後手だったんだ。攻めに回る為にも成功させるぜ、この任務」
 気配を殺し、霧と闇に閉ざされた彼方を真紅の目で見据える『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)が応える。照明は消し、今彼の目となっているのは仲間達の暗視能力だ。
 任務。そう、この任務は次への足がかりの為の重要な任務だ――だが『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)はそこに違和感を感じていた。
「どーでもいいけどリーク元どこなのかしら」
 何か企んでそうだけど、と続けた『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)の言葉通り。謎の人物Xからの密告。そのXが誰なのかは分からない。何の為なのかも分からない。
「誰かの掌の上で踊らされている気分だが、考え過ぎも問題だな」
「そーねー。まあ今回は借りにしてやってもいっか」
 禅次郎の言葉にウーニャが頷く。気にならないと言えば嘘になるが、今はそれを追及している暇はない様だ。
「皆、準備は良いか」
 と、振り返る『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の言葉に「ちょっとだけ待って」と手で制止の仕草を見せたのは『ナルシス天使』平等 愛(BNE003951)、少女の様なソプラノボイスで詠唱を紡いで大いなる祝福を呼び出だし、『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)を清らかに激励した。
「これで良し、っと」
「ありがとうなのダ」
「いいのいいのー。気を付けてね」
「そっちこソお気を付けてなのダ~」
「まーかせて! ボクはこの世に居るだけでどんな生物の視線でも釘づけに出来るレベルの可愛さを誇ってるから!」
 カイの言葉にふふんと胸を張る。
「それじゃあ、そろそろ作戦を始めよう」
「了解です。皆様、御武運を」
 仲間を促す様に『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)が一歩を踏み出し、頷いた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)もまた一歩。されどその方向は別、リベリスタは3つに分かれて行動を開始する。
 この先に、この何処かに、『彼』は居るのだろうか。薄ら寒いほど閉ざされた景色に気配に震えを押さえ、『意思を持つ記憶』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)はウーニャ、フツ、カイ、ミリィと共に霧の中を歩き始めた。
(戦場じゃない場所であなたとお話できるって、信じてますから)
 きっと、まだ、運命の糸は切れていない。
 ならばそれを、端切れだろうと掴み取らねばならぬ。

「――さぁ、戦場を奏でましょう」

 戦奏者は静かに、闇を見澄ました。

●ナイトインナイト1
 息を、気配を、足音を潜め、夜霧の行軍。
 ランディ、ユーディス、禅次郎、愛は『囮・陽動班』として廃墟の大通りを進んでいた。
 それにしても視界が悪い、とランディは思う。暗視の力があったとしてもこの霧だ、ここで目以上に目となるのは禅次郎の集音装置か。
 と、最中。立ち止った禅次郎が仲間達にサインを送る。何か、聞こえた。そうまるで風切り音。指を差す。アラートヘッドだ、と。
「……!」
 ユーディスが目を凝らすと、確かに。ぼんやり、浮かび上がる影。明らかに人間ではない。キマイラ。武器を握り直す。
 刹那、こちらの影を発見したキマイラがけたたましい警報音をがなり立てる!
「ったく、頭に響く嫌な音だな」
 金切り声の様な断末魔の様な。不快そうに目を眇めるランディに、同意だとユーディスが頷く。
「全くです。……さて、これ位で宜しいでしょうか?」
「そうだな、もう十分だろう。それにこれ以上喧しいと、あれだ、苛々する」
 彼等は『囮』である故、発見を騒がれた所で何ら問題はない。寧ろ敵を呼び寄せてくれて好都合なのだから。
 言下に墓掘りは左腕に装着しているスターズライトアームのライト機能をONに、創痍の大戦斧グレイヴディガー・カミレを構えて地を蹴った。
「用済みだ、潰れろ!」
 吽、と刃が呻き声を上げる。刻まれた傷から夜より冷たい冷気を漏らし、振るわれたグレイヴィディガーは鋼鉄の疾風を生み出してキマイラを引き裂いた。荒々しい爪で薙いだかの様な傷を刻み付ける。
 一層の悲鳴と、血を流しながらもアラートヘッドは音波を刃に攻撃を試みる。鋭く飛んだ刃は、されど、ユーディスが構えた大盾に逸らされ彼女の身体をほんの浅く切っただけ。
 その程度か、と盾の奥で女騎士は鋭く敵を見据える。攻撃の余波に純金の髪を靡かせて、ぐん、と踏み込むや刃を一薙ぎ。そのタイミングに合わせて禅次郎がペインキラーを放ちキマイラを追い詰める。
 それでも鳴き止まぬアラートヘッドを、言葉通りに『粉砕』したのは叩き下ろされたランディりの斧。暴風を纏う冷たい刃が八つ裂きにする。
 グレイヴィディガーが啼いた後に響く音は無い。
「うんっ、お疲れ様ー」
 愛はぱちぱちと軽い拍手を仲間に送り、報酬代わりに聖神の息吹。勿体無い? そんな事ない。彼の魔力は無尽蔵故、例え掠り傷程度でも出し惜しみなく施行する事が可能なのだ。
「さて」
 どん、と『兄弟』を地に突き、頬に突いた返り血を親指で拭いながらライトを消したランディは彼方を見遣る。
「何秒で来る事やら」
 アラートヘッドがあれだけ喚き散らしたのだ。幾許も経たぬ内に『増援』が来るだろう――自分達の作戦通りに。
 ユーディは愛を護る様にしながらランディとは反対側を警戒し、仲間への連絡を終えた禅次郎は耳に意識を集中させる。
 深呼吸、一つ。
 冬の夜、冷え切った湿度が肺に満ちる。
 じっ、と。
 リベリスタ達は石像の様に気配を殺し、『その時』を待ち続ける。

 ――そして。

●reminiscenceⅡ
 10年。その時の彼女は10を越えたばかりの子供で、自分は20を越えて少し。
 10年。傍らでいつも彼女を見てきた。一切の情が湧かなかったと言えば嘘になる。
 だが決して好きではなかった。『何とも思わない』という嫌い方。1%の情と99%の無関心。
 それでも、『自分にとって好都合な事』しか見えない彼女は、盲目的に好意しか見ないのだ。見えないのだ。

 ――哀れな女。

●ナイトインナイト2
 クルトは歩いていた。
 道なき道を歩いていた。
 即ち、面接着の能力を用いて廃墟ビルの壁を重力に逆らって歩いていた。
 彼が探すのは、屋上にて見張りをしているのだろう2人の六道フィクサード――闇雲に探しても徒労なだけだ。霧より高い建物を探すと同時に熱感知の力を使う。
 息を潜め、暗い霧の世界――そうして、程なく。
「……!」
 ふと、彼方から音が聞こえた。それは警報音。仲間からの連絡。戦闘開始の旨。
 霧の中に身を潜める彼が次いで察知したのは、遠くを飛んで行くアラートヘッドの熱。警報が鳴った方へ向かっているのだろうか――その事も連絡しておこう。別行動をとっている以上、仲間との連携は重要である。
 キマイラ対応も、スタンリーも、仲間を信じ託そう。見遣る景色。この霧の何処かに六道に離反した男、スタンリーも居るのだろう。彼は今何をしているのか、恐怖に息を潜めているのか、獲物を探して彷徨っているのか。
 彼については良く知らない。だが、身も心もボロボロにされても、それでも尚自分を残せてる彼を思う――例え残ったのが復讐だろうが、その様は充分過ぎる程に人間らしい。
(さて――)
 クルトは神経を研ぎ澄ませ、細心の注意を払って壁を歩く。霧の向こうに見付けた『2つの熱源』を目指して。
 仲間とアラートヘッドが接触したのはむしろ好都合か。屋上にて周囲を見張る2人は『音がした方』へ意識を向けたのだから……
 とん、としなやかな動作で廃墟の中に侵入する。暗くて周囲の様子までは分からないが、『何処に熱を持った生き物がいるのか』は分かる。静かに見上げた。一枚のコンクリートを隔てた先。居る。2人。身構える。瞬間、声もなく鞭の様に足を振るった。
「――うおあッ!?」
 それは『飛翔し貫通する蹴撃』となって天井を切り裂き、その先に居た六道のフィクサード――クリミナルスタアだった――の背中を不意打ち強襲した。
「いってぇ……おい、下に何か居やがる!」
「クソッ、箱舟か!?」
 スターサジタリーの研究員が翼を広げて降下する。窓から飛び込み見遣った先に居たのは、闇の中で手をヒラリと振る男。
「Guten Abend.良い夜だね」
 こんばんは、と丁寧に挨拶を述べたクルトは窓の外を目指し走る。待ちやがれ、という声に待つ阿呆が居るか。放たれた弾丸に肩を穿たれながらも、窓の外へ――
「往かせるかよ!」
 面接着。奇しくも同じ能力。背を切られたクリミナルスタアが窓を覗き込むと同時に不可視の殺意で狙撃した。穿たれたクルトの額から鮮血が奔る。
「っ……あぁ、それでも往かせて貰うよ」
 金髪の闘士は不敵に笑った。魔力鉄甲-Type:Hagalaz-で武装した脚に力を込めて、そして、跳躍――躊躇をせずにクリミナルスタアの男が顔を覗かせる窓へと。
「っ!?」
 一瞬のスローモーション。分かり易く言えば頭突き。力尽くでクリミナルスタアを押しのけたクルトが外界へと飛び出した――避けられぬ障害だろうと何だろうと、全てを踏み越えその先へ。
 落下。落ちる。足を伸ばす。靴の裏が廃墟の壁面を激しく擦る。あぁ脚が長くて良かった、なんて脳の裏で冗句を一つ。減速、重力を無視した立ち位置。
「相手は一人だ、何だろうと邪魔な奴ァ殺っちまえ!」
 スターサジタリーは翼を広げ、クリミナルスタアは面接着の能力で。銃火が奔る。クルトが走る。元居た場所が蜂の巣になる。追い縋る弾丸が体を掠める。逃げる様に走る。最中にも蹴撃を繰り出し応戦。
「生憎、今日は良い勝負をしに来たんじゃなくってね……狡くやらせて貰うさ」
 ビルからビルへ。壁を、看板を足場にして。繰り広げられる追走劇。
 クルトの目的は彼等2人の『妨害』であり、『撃破』ではない。一人だからこそ、無理をしない。
「あぁ、本当、良い夜だ」
 なんて。

 空を切る。

●reminiscenceⅢ
「スタンリー! スタンリー! スタンリィーー!」
「ここに。如何なされましたか、紫杏お嬢様」
「あのね。あのね。クッキー。また作って欲しいの」
「承知致しました」
「あ、プロフェッサーの分もよ。カレッジで一緒に食べますの」
「仰せの儘に」
「プレーンとココア味とメープル味とお抹茶味! チョコチップクッキーもよ!」
「Yes, My Load」

 ――そんな子供じみた命令に従いながら、ふと思った事がある。
 もしも彼女が革醒もしていない『ただのお嬢様』で、自分が一般人な『ただの執事』だったら。
 ひょっとしたら、それなりに、楽しい人生だったんじゃないか、と。

●ナイトインナイト3
 けたたましい音。心臓が跳ねた。
 ――彼奴等だ。
 ころしてやる。

「……――」
 冷えた霧が肌に沁みる。ウーニャはカンを研ぎ澄ませ警戒しながらも周囲を用心深く見渡していた。
 会話はカイによるハイテレパスで行う為に彼女らの班においては『聴覚的な』会話は無い。故に死人の行軍が如く静寂で、張りつめた糸の様に集中と緊張で満ち満ちていた。
 しん、と静かな一体。廃墟と霧と夜も相まって、別世界に迷い込んだ様な錯覚すら覚える。
 ウーニャは目を閉じ神経を研ぎ澄ませた。皮膚で遍く感じ取る。ビリビリ、冷え詰めた空気――その彼方からやって来るのは果たして、殺気か狂気か。
 一方でしゃがみ込んだフツは石に触れ、そこに刻まれた記憶を読み取らんと試みる。
 流れ込んで来た光景は――行軍するキマイラ達。苛立つ声。
『アークより、蜘蛛の巣だ。俺ァあの組織が気に食わねぇ』
『知ってるか。あいつ等、なんでも三ッ池公園で六道の研究員共をこっそり殺してたんだとよ。尤も、紫杏様は「そんな事は無い」と仰るが――』
『あいつら何なの? リベリスタなの? 腹が立つ……』
『腹が立つと言えば、逆凪の……』
『楽団が……』
『……』
 あとは砂嵐。残念ながらスタンリーの足取りを、この石は知らなかったようだ。
(我輩がスタンリーだったラ……)
 カイはスタンリーの気持ちになり、自分なら何処に逃げるかを思考し周囲を見渡していた。その近くでミリィは目を閉じ、感情探査の力で周囲をサーチしている。ヘルマンも自分にも何かできる事は無いか、と霧の世界へ目を凝らしていた。

 ――と、彼方から聞こえてきた警報音。音の具合から近くは無い様だが、確かに。

『――聞こえた?』
 振り返ったウーニャに一同が頷く。
 仲間と連絡を取ってみれば、どうやらアラートヘッドと遭遇し――間も無く撃破したという。
『あの音で、六道勢力が集まって来るでしょうね……』
 感情を感じ取るミリィには針で刺す様な『警戒』の感情が伝わっていた。仲間のものであり、敵のものであり。
 その、中で。
「……!」
 ビクリ、少女は肩を跳ねさせる。
『どうしたのダ?』
 フツの案ずる様な声にミリィは浅く呼吸を一つ行い、仲間へテレパシーを伝えた。
『何と、言いましょうか……。酷い憎しみと、怒りの感情と、恐怖が、あちらから』
 言いながら、霧の向こうを指で差す。リベリスタ達の表情に緊張が走る。
 憎悪。憤怒。恐怖。そんな感情を抱くだろう者は、この場に於いてたった一人しか考えられない。
『スタンリーさん……!』
『そのようだな』
 息を飲むヘルマンに、頷くフツ。「そうね」と応えたウーニャが、
『うん、ミリィちゃんが言った方向、ちょっと遠いけどいっぱい熱源がある。皆とキマイラだと思うわ』
 と言いながら指差したのは、ミリィと同じ方向だった。
 つまり――
『騒ぎを聞き付けて、出て来たのカ……!』
 カイの言葉通り。恐らく、先の警報音や気配を察知した懐刀はそちらへと向かったらしい。
『行きましょう!』
 ヘルマンの言葉に頷いた一同が走り出す。霧の中。見通しの悪い世界の中。急がねば。

(来たな)
 身を屈め息を潜めたたランディは、霧の向こうに浮かび上がった巨影を確認する。そして、その付近に居るのだろう人影も。
『準備はいいな?』
 振り返ってアイコンタクト。頷く一同。
 ――良し。紅い男は好戦的に片方の口角を吊り上げ視線を戻した。ゆっくりと握り直す大戦斧。
(不意打ちが初披露なのは締まらねぇが……)
 グレイヴディガーに込めるのは持てる全てのエネルギー。荒々しい紅蓮のオーラ。緩やかに、徐に、振り被る。
 その気配にキマイラ:ウォッチキャッチャーが気付いたが、もう遅い。
「……往くぜ!!」
 轟、と振り抜いた。破壊力に満ちた巨大なエネルギー弾が空気すらも薙ぎ払い、一直線にキマイラの傍にいた六道フィクサードに襲い掛かる。
「――!!?」
 ただでさえ怖ろしいまでの火力。そして防御態勢も取らせぬ不意打ち。インヤンマスターが断末魔すら上げる暇なく派手に吹き飛ばされた。
「スタンリーか!? いや、違う――」
「アークだ。悪ぃな、ウチらも攻めに回らせて貰いたくってな!」
 呻き声を上げる斧を一振るい、照明を点けたランディが六道勢力の前に立ちはだかった。
「!! お前、『墓掘』か……!」
「敵襲だ、戦闘用意!」
 覇界闘士とクロスイージスが地面を蹴り、キマイラがリベリスタ達へ腕を伸ばして襲い掛かった。
 その一撃を、ユーディスは不落のオーラを纏い防ぎ。躍り出たのは奇しくも同じクロスイージスの前。そして全く同時に刃を振り上げ、全く同じ光を纏い、強烈に叩き下ろす剣。交差する刃。拮抗する力。至近距離で睨み合う。
「お前等アークはいつもいつも邪魔ばっかり!」
「当然です、我々はリベリスタなのですから」
 振り払い、剣戟が何閃も搗ち合う音。
 一方で禅次郎は怒りの言霊を放ち、キマイラを引き付ける。襲い来るキマイラの視線が彼を貫けば、体からどっと力が抜けた。歯を食い縛る。
 そんな彼等を励ます為に愛は惜しみなく『愛』を注ぐ。愛が平等だなんて嘘っぱちだけど、聖神の慈愛は仲間達を分け隔てなく包むのだ。

 最中、陽動班の幻想纏いに捜索班より緊急連絡が入る。
 それは、陽動班の方へとスタンリーが向かっているかもしれない事と――捜索班が直ちにスタンリーへと向かっている事。
 こりゃ何がどうなろうとこいつらをここで引き止めないといけなくなっちまった訳だ。ランディは覇界闘士が繰り出した虚空に肩口を裂かれながら思う。だが、元よりそのつもり。逃げたりまどろっこしくやるのは性に合わない。
「箱舟め、何が狙いだ?」
「あ? そうだな……まぁ伏せておく。最高機密(トップシークレット)だ」
 月並みだがな、と冗句を一つ。グレイヴディガー・カミレを振るい、埋めたい暴風を巻き起こす。
 さて、先の連絡は勿論愛の通信機にも入っていて。上位存在への呼びかけを行う彼――の背後から、ふと、ぞくり、殺意……
「!」
 振り返った後方。遠方。人影。あれは――
「スタンリー……!?」
 殆どの正気を失った赤い髪の男。手に持った巨大メス。あれは、間違いない。こっちへ来る……!
 その、刹那である。

「ーーー~~~~!!」

 スタンリーの横合いから。飛び出したのはヘルマンだった。六道勢力にバレないようにと怖ろしいのに悲鳴も漏らさず半ば捨て身の体当たり。衝撃。掴む。ぐらり。倒れる。勢い余って地面を転がる。
「ぐっ、離せキマイラがァッ!!」
「うあっ!?」
 悲鳴めいた声と共に大メスの柄で強かに殴られて引き剥がされる。素早く立ち上がり間合いを取ったスタンリーの視界に映ったのは、往く手を阻む様に立ちはだかった捜索班のリベリスタ達。
「スタンリー、アークの焦燥院フツだ! ヘルマンもいる。お前を助けにきた!」
「こちらに交戦意志はありません。貴方を救いに来たのです!」
 フツとミリィが声を張り上げる。それに続き、ユーディスが背を向けたまま決然と語りかけた。
「スタンリー・マツダ。貴方の名です、そうでしょう。しっかりなさい、生きて何かを為す為に此処まで逃げてきたのでしょう!」
 どれほど狂気に陥ろうと、欠片でも正気が残っているなら。自分が自分である事を、生きる目的を、強く意識できればまだ間に合う筈――されど、残された正気を蝕む狂気は余りにも大きく。彼女らの言葉は狂気に精神を汚濁されたスタンリーにとって――名状し難い化け物共が気味の悪い声を上げて自分を取り囲んでいる様に見えていて。
「ひ、っあ、」
 構えた刃の切っ先が震えている。開いた瞳孔。整わぬ息。
『落ち着くのだスタンリー、ワレワレは六道ではなイ。戦意もなイ。大丈夫ダ』
 脳内で響くカイの声にスタンリーは頭を抱える。止めろと言わんばかりに頭を振る。
「……スタンリー・マツダ」
 最中、静かな声で彼の名を呼び、ウーニャが一歩前に出る。
「紫杏の片棒担いだ責任はとってもらうわよ――『人間』としてね」
「あ、あ……?」
「狂気に逃れるなんて許さない。私はあんたを化物扱いなんてしてやらない。嫌だって言ったってどこまでも人間扱いしてやるから、覚悟しなさい」
「ああ、うああああああああ!!」
 そう簡単に話を聞ける様な状態ではない。否、ひょっとしたら聞いているのかもしれない。正気と狂気が葛藤しているのかもしれない。されど、言葉だけで恐慌が収まる状態でもなく――振り回されたメスがウーニャを裂き、鮮やかな血が白い肌に垂れ滴った。
「痛ッ――このバカ! いいから黙ってそいつの話を聴きなさい!」
 反撃はせず、一歩も退かず。ウーニャが指差した先に居たのは、震える拳をぎゅっと握りしめて立つヘルマンが。
「 っ、」
 言わなきゃ。呼ばなきゃ。落ち着け。空気を吸い込む。鼻血も垂れて、唇も切れて、足も震えて、未だ言葉も発していないのにベソをかきそうで、みっともない姿だけれど。それでもやらなくちゃいけないと、そう思ったから。
 もう一度会いたいと、何度も思ったから。
「スタンリーさん!! ヘルマンです! 覚えてますか!!」
「――!?」
「大丈夫です、今日は蹴ったりしないです。ほら……武器も、着けてません」
 ゆっくり、一歩一歩。
「覚えてますか? わたくしです。研究所で、わたくしの名前、呼んでたんでしょう?」
「……う、」
 スタンリーが顔を顰める。歪み切った視界で。ぐるぐる。頭が痛い。誰だ。人か。六道か。キマイラか。『違う』。じゃあ何だ? いいや嘘だ。違う。誰だ。嘘。キマイラ。化物。誰だ。殺す。殺される。違う。嫌だ。怖い。死にたくない。
「――ッ!!」
 混乱と恐慌のままに得物を振るった。目の前の『なにか』に死の刻印を刻み付けるが、それは倒れず至近距離。
 全力で防御しても尚鋭い痛みに蹌踉めきそうになりながらも、それは、彼は、ヘルマンは、仲間と共に声をかける事を止めはしない。
 思い出せ、と。
 大丈夫だ、と。
 言葉は時に無力だ。されど、諦めない。
「く、このっ……!」
 叫びながら大メスを振り回すスタンリーに話を聞かせる為、ウーニャはヘルマンを庇う様にスタンリーへとしがみ付く。この身を切り裂かれても構わない。話を聴いて。ぎゅっと抱き締める。零の距離から死の印を刻まれ鮮血に塗れようとも。ほら、とヘルマンへ視線を遣った。
「言いたいことは最後まで言って。後悔なんてしたくないでしょ」
 悩んで。叫んで。喚いて。人間らしく。
 頷いて、切れた唇が痛むのも構わずヘルマンは声を張り上げた。
「道具? 思い上がるなって前にも言いましたよね!
 あなた今なんでここにいるんです? 人間としての意思でしょうが!
 信じろ! 不安ならわたくしが肯定してやる! あんたには自分の意思がある! ここにいることを選んでる!」
 言い終わったのと、ウーニャを振り解いたスタンリーがヘルマンへと踏み込んだのは、同時。
 鋭い牙が見開いた紫眼に映る。あ、確か前にも噛まれたっけ――なんて、脳の裏に過ぎった記憶。瞬間。機械の咽に突き立てられる牙。
「いっ、」
 痛みが走る。噛み付かれて咽が絞まる。倒れそうになる。苦しい。痛い。
 それでも、彼の傍に居よう。
 拙いながらも力一杯、安心させようと痩せた体躯を抱き締めて。
「……怖かったでしょ、憎かったでしょ、大丈夫。それが人間ってことです。
 それに飲み込まれないように足掻くのも、あなたが人間だから」
 零の距離に居るからこそ分かる。血の臭い。ボロボロの姿。皮膚に刻まれた何かの手術痕。
 何故彼が殺傷力の高いサドクターⅡではなく己が力で攻撃をしてきたのかは分からない。
 噛み付いたその牙がより深く突き刺そうと力を込められない理由も分からない。
 いつの間にか荒れ狂う中から『殺意』が感じ取れなくなった理由も分からない。
「スタンリーさん。『人間って、選んだ答えをずっと背負ってる生き物なんですよ』って、前に言いましたよね。
 でもね。人間は選択肢の責任を取ると同時に、『選び直す』ことだってできるんです」
 分からない。けれど、こうして抱き締めて、言葉をかける事なら出来る。ゆっくりゆっくり、一つずつ。
 ――思えばあの日から随分経ったような、あっという間だった様な。
 最初に遭った時に、まさか彼にこんな言葉を言う事になろうとは、一体誰が想定しただろう?
「わたくしはあなたと帰りたい。一緒に来るかは、あなたの意思で、決めてください」
「――……」
『紫杏の元から逃ゲ、今ここにいる事を選んだのハ、君の意思だろウ?
 道具は物事を選択しなイ。道具であれと教えらレ、最後まで道具で終わる事もできたはずダ。
 だガ、君は人である事を選んだのダ。これが最後の選択ダ。……もう間違えるナ』
「……」
「スタンリーさん、貴方には目的があるんですよね? ――だったら、生き延びてください」
「……」
 続けられたカイの言葉、ミリィの言葉。
 スタンリーは黙している。
 そして――からん。返答は、その手から凶器が落ちる音だった。
「……」
 相変わらず、何も言わず、ただゆるゆるとヘルマンの首筋に突き立てた牙を離して。そのまま。彼の首元に顔を埋めて凭れたまま。表情は誰からも見えない。
 それは正気が狂気に勝ち取った僅かな間隙なのだろうか。
「……――、」
 その状態で、放った一言。
「……ヘルマン様?」
「はい、スタンリーさん。……わたくしです。ヘルマンです」
「ヘルマン様」
「ちゃんと、ここにいますよ」
「……私は、人間ですか」
「はい、もう貴方を道具なんて呼ぶ人はいませんよ」
「……」
「ね、もう怖いことなんてなんにもありません。大丈夫。本当に、あぁ、お久しぶりですスタンリーさん。相変わらずきちんと人間やってるじゃないですか」
「人間……」
「そうです、貴方は人間です」
「……なぁ、おい」
「はい?」
「……あんたには感謝してるよ」
 素っ気無い物言いと、ヘルマンの背をぽんと叩く手。おそらく、それが彼本来の人となりなのだろう。
 直後――寄りかかるスタンリーの重みが増した。がっくりと力無い。慌てて様子を見てみたが、どうやら気を失っているだけらしい。極度の緊張状態だった糸が切れたからか、恐慌状態故に気付かなかった疲労がどっと来たのか。
「――こちら捜索班。スタンリーの確保に成功したぜ。今から撤退する」
 連絡を終えたフツが仲間へと振り向いた。が、ウーニャが仲間へ戦闘用意を促す。熱感知。その力で――アラートヘッドの襲来を知ったのだ。
 直後にけたたましい警報音。
 それに返すのは皮肉の冷笑。
「はっ、こんな所で私に見つかるなんて運の悪い奴ね!」
 ウーニャの言葉の直後、ミリィが放つフラッシュバンが炸裂した。顔中に目があるんだから、それはもう眩い事だろう。蹌踉めくそれを狙う事は容易い。見据えるウーニャの目。指先には告死の道化。
 放った。それはフツの放つ術符の烏と同時。黒い嘴が肉を啄み、不吉なカードがせせら笑う。次いで放つのはカイの十字光、怒涛の勢いで仕掛けられた攻撃にアラートヘッドの体から血が噴き出した。
 鼓膜を劈く悲鳴。されど、それをキマイラの命ごと凍り付かせたのは――ミリィの眼差し。冷徹極まる透明な殺意。
「往きましょう」
「はい!」
 気を失ったスタンリーを負ぶい直し、ヘルマンは仲間と共に走り出す。

 捜索班撤退。その連絡の直後。
 やった、とユーディスは思う。激しい戦いに誰もが傷付き、フェイトを対価にした者もいる。だがまだ誰も倒れては居ない。
 了解だと応えたランディは首を刎ねられ立った姿勢のまま血を撒き散らす覇界闘士の死体を蹴り飛ばすと『兄弟』を振り被る。次はお前だ、と振り抜いたアルティメットキャノンが唸りを上げてキマイラへと喰らい付いた。
 悲鳴を上げた生物兵器へ、次いで放たれるのは禅次郎のペインキラー。
「逆に狩られる気分はどうだ?」
 痛みを糧とした呪いが深く深く突き刺される。血潮を垂らして呻くキマイラが腕を使って暴力を振り回す。
 その手を斧で往なし、同時にランディは『とっておき』の為に力強く振り被った。
「このデカブツだけはここで始末だ!」
 もう一発、と振り抜いた大砲。破壊力の塊がキマイラに喰らい付き、噛み潰し、吹き飛ばし、徹底的に破壊する。
「くっ……!」
 残されたクロスイージスはキマイラも仲間もやられた事を知るや、顔を歪めて逃げ出した。リベリスタがそれを追う事はしない。
 俺達も行くぞ、と愛による回復の風に包まれながらランディは一歩を踏み出しかけて――「おーい」と。声が。
「ちょっと助けてくれると嬉しいな」
 それはビルの壁面で2人のフィクサードに追われるクルトだった。連絡を受け、撤退しようにも彼等がしつこくて。
 やれやれ。ランディは再び斧を振り被る。
「クルト、飛べ!」
「了解!」
 言下にクルトは壁を蹴った。足が離れる。重力加速、落下。
 その背後のビルにランディがアルティメットキャノンを撃ち放ち――轟音。脆い廃墟が粉砕される音。フィクサードの驚愕の声。濛々と土煙。飛び散る瓦礫。
「む、無茶苦茶するなぁ……!」
 背後からの土煙と石礫を浴びながら。落下してきたクルトを受け止めたのは、翼を広げた愛だった。
「お姫様キャーッチ! お疲れ様だよー」
 ご褒美は王子様のキス……ではなく、大天使の吐息。
 何はともあれ。ユーディスは幻想纏いを手に取った。

「――こちら囮班。撤退を開始します」

●六趣の深淵
「――何ですって? スタンリーが?」
 振り返った兇姫の目は驚愕に見開かれていた。
「そんなの嘘よ、スタンリーがアタクシから逃げる筈がありませんわ。きっとキマイラになる事を喜んで望んでいたもの」
 嘘、嘘。駄々を捏ねる様に紫杏は繰り返す。
 それから、唇を噛み締めて。八つ当たる様に卓上の資料を手で薙ぎ払った。

●next
 現在、スタンリーの精神はアークの技術を以て治療中。
 状態は良好、とまでは言えないが、悪くはないという。時折不定の狂気に苛まれ、幻覚や幻聴や妄想に取り憑かれる事もあるものの、おそらく数日もすれば、なんとか他者と会話ができるレベルにまで回復できるであろう。

 そうすれば、彼はきっと言うのであろう。
 復讐の為。救ってくれた箱舟に恩を返す為。
 兇姫が身を隠す、その牙城の在処を――


『了』

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
メルクリィ:
「お疲れ様です皆々様、ご無事で何よりですぞ!
 ……思えば奇妙な因果ですな。兎角、今はゆっくりと休んで下さいませ」

 だそうです。お疲れ様でした。
 これからどうなるかは、乞うご期待。
 ご参加ありがとうございました