●空洞になった瞳の奥 テレビでは連日雪を映しているが、この地域には中々粉雪一つ降ってこない。 「有難いのやら、羨ましいやらだね」 それでも寒い事には変わりない。倒木に腰掛けてシャベルを手に、青年は息を吐いた。その色は白く消えていく。 目の前には開墾途中の畑が広がっていた。整地の途中なのか、所々木の根がまだ顔を出している。 青年は苦笑した。 そしてすぐ傍へ視線を落とす。そこに居たのは、犬と、猿と、インコ。しかしそれは普通では無かった。 青年は手を伸ばす。 犬が牙を剥いたので一瞬にして手を引っ込めたが、それでも牙が掠めて手に幾筋の線が残り、血が落ちる。 「…………」 青年は何も言わない。 犬は息をしていなかった。猿も、インコも。 青年は小さく呟いた。何でお前達はそうなってしもうたん――と。 その犬は死んでいた。昨年、春を前にして命を停止させていた筈だった。猿も、インコも。 いつから蘇ったのか、肉は腐り骨が見える。青年を咬もうとしたのも、まるで生者を貪る死者そのもの。 青年は知っていた。 この者達は在ってはならない存在だと。それでも討てなかった。 「僕は……」 青年に力が無い訳では無い。むしろ、力なら僅かにあった。あるが、それを振るうには迷いがあった。 青年の名は――『桃田』。 ここ岡山県で有名所の『桃太郎』から、祖父が付けてくれた名前。 青年は少しずつ大人になっていっても、この物語が大好きで、そしてこの名前が大好きだった。 ある時、大好きな祖父の命を『非現実』に奪われて、自分の心にも名前にもぽっかりと穴が空いて名乗れなくなった。けれど後にある者達と祖父の仇の一端を討ち、ぎこちなくでも笑えた気がした。 なのに、青年は再び直面する事になる。 せめて祖父と暮らしたこの街で生きようとした矢先、彼を迎えたのはたちの悪すぎる運命であった。 自分の未練なのか。彼等に未練があるのか。 それとも晴れ切らない心に燻り続けたもやがいつの間にか暗く濁っていたのか、兎に角――彼の失った者達が、ある日死から蘇ってきて桃田の前に現れた。 桃田は迷った。 迷いながらでは彼らを地に還せなかった。居ても良いのでは無いかと思ってしまった。 自分にとって失ったはずの大切な者達だったから、再び見てしまった姿を断ち切るには、覚悟が足りない。 しかしその脳裏に過ぎる者達が居る。――アークのリベリスタ達。 肉を腐らせ蘇り現世に留まる彼らを、あの者達はきっと討ちに来ると青年は確信していた。彼らがこうしたモノと戦っている事、傷ついて尚人を護ろうとする者達だと知っていたから。 祖父を、街を襲った『非現実』を討とうと駆けつけたのも彼等で、一人無謀に仇に立ち向かっていた時駆けつけてきたのも彼等、アークのリベリスタ達だった。 桃田は彼らに恨みを抱いている訳では無かった。自分だけが不幸だと思い込むほど子供でもない。 けれど抜け出せなかった。 彼らも絶望した事があるのだろう。報われない事も、どうしようもならない事も。歴戦を思わせる彼らはそういう戦いも続けてきたのだろう。彼らにはそういう――意志の強さが剣に在った。 桃田は瞳を閉じた。 リベリスタ達の言葉を、剣を、想いを思い出す。苦笑の様な息を吐いて。 「問おう。アークの人達は何故、剣を持ち続けるのか。その覚悟は何なのか、剣を交えてでも。そうしたらきっと――僕もこの迷いに答えを出そうな気がする。そしたら」 桃田は蘇った死者達を見つめた。 「もう一度お前達を眠らせる事になるかもしれんね……」 桃田は日本刀を握りしめる。 すっと立ち上がると、ゆっくりと上段に構えた真剣を、一気に下段に振り下ろした。 迷いのあるぶれた剣先が夜空の星を反射する。細く息を吐いた。 これを彼等に振り下ろせない。迷ったままの剣を下ろしたら、後悔する。きっと誰かを逆恨んでしまう。方法があったはずだと誰かを憎む。そうなれば自分はこの世界ごとを恨まずに居られなくなると、恐らくそれが最後の彼の歯止め。 (爺さん……爺さんが居のうて、良かった――) 春前に命を落とした彼の家族、彼の祖父。彼まで蘇ってしまっていたら、自分の心は砕けていただろう。 死骸となって動き続ける空洞の瞳は、まるで自分を責めている様に見えていたから。 蘇ったのも若しかしたら、自分の迷いの所為なのではないかと―――。 ●君の理由 「今、貴方達がリベリスタである理由は何?」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に、『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)は正面から問い掛けた。 「そしてその力を使い続ける理由」 続けるイヴの言葉の意図が読み取れず、困惑するリベリスタ達にイヴは言う。 「今回の依頼。フィクサードの対処とエリューション・アンデットの討伐。けど、」 その答えを持って行って欲しい。イヴは静かに続けた。 モニターに資料が映し出される。 フィクサードの名は『吉備・桃田』。彼はリベリスタを、アークを知っている。 平凡な人生を歩んでいた筈の彼は知らずリベリスタの資格を得、神秘に襲われた。その時にアークのリベリスタ達が駆け付けたのだが、力及ばず彼の家族は亡くなってしまった。彼はそれから単独、復讐を成し遂げようと仇に刃を振るうも、余りに無謀な戦いにアークのリベリスタ達は再び駆けつけて、彼の憎しい仇を討ち倒した。 けれど、人の心は単純には出来ていない。 それだけでアークと彼が和解する事は出来なかった。 ただ、それでも、フィクサードと呼ばれる彼は自らの力を振るい、世界を壊そうとはしなかった。 ただ迷いながら前を向こうとした、その時に、世界の運命が彼を試した。 「エリューションが居る。エリューションが居るなら、私達は討たなければならないわ。ただ、彼もそれを解ってる。解ってるけど、それは失った筈の彼の大切な者達だから――剣に迷いがあるまま、振り下ろせる相手じゃ、ない」 彼はリベリスタになりきれなかった。 ――大切な者を失った哀しみは如何すればいいのか。 ――大切な者を失った世界で、力を持つ意味はあるのだろうか。 ――そしてその力を振るう意味はあるのか。 ――なにより、失ったはずの大切な者を、自らの手で再び屠る。その覚悟と、その意味と、その先を。 彼は如何しても持つに至れない。 「彼はアークが来るとも確信してる。彼はその時、貴方達にその問いを向けるわ。 純粋な敵意はないから可能な限りエリューション達を襲わせないようにして。……彼に、答えを示してあげて」 彼が求めるのは意思の真実。 例え世間から定義する『正義』とは違っても、ただ私欲のままアークに居るのだとしても、その想いを正直にぶつけて欲しいと彼は願う。 「ただそれは彼の都合。力尽くでねじ伏せるならそれでも良い。答えを示さず撃ち合っても良い。貴方達なりの答えを出してみて」 イヴは静かに告げてリベリスタ達を見遣った。出来るならその問いに答えて、そして改めて自分の中の決意を見直す機会にして欲しいけれど、イヴは強要しない。 そしてふと顔を上げた。 「そう。もし良い結果が出せた場合のアークへの勧誘は……難しいかもしれない。以前断ってるのもあるし、彼は彼で出来る事を探しているみたいだから。それから、」 イヴはポケットから一つお菓子を取り出して口に含んだ。きなこのかかった串に刺したお団子。 「もしかしたら貰えるかもしれないわね。彼の作るきび団子」 そんな未来が訪れるのか、それとも彼とアークは解り合う事は無いのか。 結末は誰にも解らない。 雪の降らない岡山で、彼は異端と共に待ち続ける。 答えを求めて一人、アークのリベリスタ達を。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月15日(火)22:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 彼は知っていた。信じていた。 リベリスタは――彼らは必ず、来る。 「お久しぶりです、アークの皆さん」 彼は一人待っていた。迎えた声は穏やかに、しかしその手には真剣を、背後に朽ちた身のアンデッドを従えて。 対するリベリスタは、彼と関わってきた者、彼に言葉を告げに来た者。 それぞれが、それぞれの想いを携える。 「お久しぶりです、今日はお話をしに参りました」 金の髪に金の瞳。『イージスの盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)は桃田に告げる。苦々しい思いを抱えるのは『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)も同じ。口を開きかける彼らを遮って、『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)と『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が一歩踏み出した。 落ち着き払った彼らは、ラインハルトと惟を宥めるように手を掲げる。 今、必要なのは過去ではない。 現在に向き合う事。 「リベリスタ? フィクサード? 君はそんなものに迷っているのではなく、自分が進むべき道に迷っているのではないかね?」 ウラジミールは帽子を正した。その様子に、桃田も知る。 自分が何に迷っているか、何を求めているか。アークの者達はそれを持ってきてくれたのだと。 「否定の言葉もありません。……しかし、僕が答える前に、聞かせてください」 桃田は、ウラジミールに完全には答えず、改めて問うた。 『貴方がリベリスタである理由は何か』、と。 ● 「自分はウラジミール・ヴォロシロフ。お初にお目に掛かる」 ウラジミールは言った。 「自分はこの世界を守るために戦っている」 これ以上になくシンプルで簡潔な答えの中に、ウラジミールの重ねた年月が重きを導く。 友人の為、子供達の未来の為、この世界を崩壊させない事。その想いには『覚悟』がある。45年。ウラジミールが背負った年月の中、大切な者を事件で亡くしたとウラジミールは淡々と告げた。 ぴくりと桃田の腕がぶれる。 「だが、亡くした者達や若者たちに対して、自分が今まで行ってきた事を胸を張って誇れるようにと思っている。解るか、リベリスタだフィクサードだ等は些末だ」 これから行う事は誰にでも胸を張って言える事であるか如何か。ウラジミールは逆に問い掛けた。 若く見えながら、その身に自信を持ち威風堂々とオーウェンは言う。 「戦う理由……決まっているであろう。我が大切な者を守るため。その一点のみ」 オーウェンの声は澱まない。 「――俺は世界を敵に回し、悪鬼となろう。我が親愛なる者達が、それを望むのならば」 目標を達するためならば、関係のない一般人を犠牲にしても構わない。 数々の人の死を目の当たりにしたオーウェン、その「奇術教授」に取っては、守るべき人以外の者は実際どうでもいい事だと迷い無く。 それはどういう事かと桃田の視線が問うも、オーウェンは一蹴する。 「自らが守るべき者たちが、一般人の生存を望むがその為に。その手段を考案し、打算するだけだ」 桃田が探るような瞳を向ける。その心中、オーウェンはまだ秘めている。それを疑念と変える様に。 「わしの考えも、聞きたいっちゅうんなら聞くといいぜよ」 キツネの顔を向けたのは『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)。ゆるりと頭を掻いて、一呼吸。 「大雑把に言うと自分の為かな」 その一言で要約するには大きい理由。 大切な人が傷ついたら自分が悲しくなるから、助ける。 崩界が進んだりエリューションが増えて、自分の身がより危険に晒されるのが嫌だから、先にエリューションを倒す。 それだけの事では無い。仁太は少し苦々しく笑みを曇らせる。 「……わしは、好きやった奴を殺したことがあるよ」 ノーフェイスになって、どうしようもなかった。 自分の意識がないままただ暴れさせるなんてさせたくなかった。 そう思ったから殺した、それは自分の考えの押し付け。 「けどな、桃田。わしはそれでよかったとは思っとるよ。だってなぁ、」 ――嫌いにならんで済んだから。 お前は如何だと、キツネのリベリスタは問い返す。 ラインハルトと惟が顔を見合わせたのを見て、『シュガートリガーハッピー』アルトゥル・ティー・ルーヴェンドルフ(BNE003569)が前に飛び出した。 「桃田さんお久しぶりです、お元気ですか! あ、それより何より覚えてます? 雪が降らずといえど寒いですから風邪引かないようにです!」 「………変わりませんね、アルトゥルさん」 その言葉にアルトゥルはほっとする。そして、緩みそうな気持ちを首を振って押し留めた。 「アル、小難しい理由なんて、ひとっつもないですよ!」 傷つくことも痛いこともたくさんあるし、恨まれる事も勿論ある。それでも、アルトゥルは前を向く。 「でもでも、それでも! 誰かが笑ってくれたら、ハッピーになってくれたらすっごくすっごく、素敵じゃないですか! 失った事のないアルの言葉は、きっときっと理想論の夢見事。でも!」 ありがとうの言葉も、よかったの涙も、全部宝物にして、誰かを笑顔に出来たなら。誰かの夢を叶えられたなら。 「アルは、それでけですよ。アルの思いはあの時から、ずっとずっとおなじ。すこしでもハッピーエンドにするのがアルトゥルの役目。桃田さんにもしあわせを届けます、ぜったい!」 アルトゥルの言葉は真っ直ぐ駆ける。 失った者、叶わなかった者。 「皆さんが命を落としたのも、桃田さんの御爺さんが命を落とされたのも、全ては力無きが故」 事実を受け止め、ラインハルトは前に立つ。 喪失感、胸の痛み。自己満足でも謝らずにはいられない悔しさを――ごめんなさい、と。 「けれどそれでも、私はリベリスタです。リベリスタで有り続けます」 「何故」 桃田の問いに、ラインハルトは言葉を押し出した。 辛かった。 哀しかった。 苦しかった。 「あんな気持ち、もう二度と感じたくありません。遺された桃田さんの事より自分が痛いのが嫌なだけ。それが醜い私の本音です。 でも、それを誰かに背負って欲しくは有りません。誰かに背負わせたくも有りません」 それ位なら、自分が背負う。担う。その方がずっと自分が救われる。 「………」 「理屈ではないのです」 誰かが誰かを失い、哀しみ、それを押しつけたくは無い。だって自分が誰より辛いから。涙が出る程辛いから。 「皆が笑ってくれる世界で誰より自分が笑っていたい。 だから私は、リベリスタなんです」 惟は足下へ剣を置いた。 一瞬惟は逡巡する。騎士はみだりに人を傷つけるものではない。この答えは桃田を傷つけるかも知れない。それでも、口を開いた。 「これにある後悔は騎士としての役割を果たせなかった事であって、他者も、あるいは世界すら心底どうでもいいと思っている」 ――だって、誰かを助けても、誰も我(わたし)を助けてくれなかった。 惟は独り言の様に呟いて、ぽつりぽつりと話し始めた。 夢を見た。 リベリスタを、本物の人を守る誓いを見た。 純粋な闘争の意志を持つ者と出会い揺れる事もあったが、騎士を続ける理由は初めから変わらない。 「我を傷つけたとしても、我の夢を守ってください、と。自己愛から生まれたこれに、他者を救う事を求めた」 ならば矛盾さえ飲み干して、心安らかに夢を見られるように。 「これは、いつか誰かが見た理想――ゆめ――を全うする為に、騎士で居続ける」 「良いですか? 特段御縁が無かったわたしですが、お役に立てれば」 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)の言葉に桃田は頷く。 「わたしはエリューションです。ですから人類の敵です」 真っ向から放ったあばたの言葉。無表情でつっけんどんで、しかしその心の底から聞こえる声。 「わたしはわたしと同じ人類の敵風情が人間の社会で大手を振ってのさばるのは我慢ならない。 人類の作ったインフラにべったり世話になっておいて、「わたしたちは人間より強いのだー!」なんて言いながら人を殺すフィクサードは業腹モンでしょ? ですから、わたしは人類の敵の敵であります」 饒舌に言葉を流すあばたに嘘は無い。神秘の廃絶を、心から望む。 フンと煽るようにも似て桃田の持つ真剣を見遣る。その意味を知っているかと問う視線に桃田も気付いている。 知っている。振るえば如何なるか位、子供でも解る単純計算。 ――人間は強いのです。それを侮る超人気取りのチンピラが、わたしは殺したいくらい大嫌いなんだ。 言い切ってからその切っ先を見ずにあばたが言った。 「剣の振りどころに迷ってるみたいですけど、「何かを殺さなくちゃいけない」なんてクソみたいな判断しなくていいんですよ。……ゴミ処理は、ゴミ処理に誇りを持てる業者に任せてしまえばいいんです」 桃田は答えなかった。 『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)は悩んでいない。あっけらと見えるその瞳。 「分かり易く言うと、悩んでる時間が勿体無いと気づいたからだよ。 お前、フォールダウンした世界で、一般人が生きていけると思うか?」 その存在。桃田が庇う屍が生き続ければ、やがて辿り着く世界。桃田は真剣を握りしめる。解っているのだろうと分かって、アウラールは一歩足を踏み出した。 「俺はこれまで、自分なりにノーフェイスや迷い込んだ友好的なアザーバイドが、生きる道を探してきたつもりだが、見つからないんだよ、どこにも。ないんだよ」 アウラールは繰り返す。 その先に見つけた結論。 「俺達は誰かを哀れんで、人類を心中させるわけにはいかない」 自分の命も、他と同じ天秤に載せている。だから。 「お前の友達も倒させてもらうよ、邪魔するなら、お前も容赦しない」 その言葉の中には苛烈なまでの意思があった。理を知った上で利己的な理由で崩界を進める者は殺す。それは自分の都合で、皆に死ねと言ってるのと同じだからと、アウラールはライフルを構えて決意と見せる。 僅かたじろいだのは桃田ではなくオーウェン。 これを言えば戦いとなるかもしれないと秘めていた言葉を、アウラールはいとも簡単に口にした。 ならば、オーウェンも躊躇わない。仕方無しと肩を竦めて。 「俺も同じだ。お前さんがその者たちを守るため我らと敵対するとしても、俺は否定はしない。 そして、知るがいい。正義は一つではない事を。願いは一つではない事を。 ……お前さんが我が道を阻むならば、俺は『凶策』を以ってそれを打ち破ろう」 びりびりと互いを走る気迫に、屍の犬が声無き喉を持って低く唸り始めた。 桃田の手は諫めない。 それを見てラインハルトは踏み出して一歩、その手を取った。 「―――殺しなさい」 ラインハルトは決意している。覚悟している。自分は盾だから武器は向けない。ただ、向けられるなら受けるのみ。 其れがラインハルト・フォン・クリストフと言う、『イージスの盾』。 「それが出来ないならこんな事、もう止めて下さい」 「ま、待って!」 慌てたのはアルトゥル。その髪を揺らして、祈る様に両手を重ねる。 「アルは、アルトゥルは、最後まで諦めないですよ、ぜったい!!」 ―――静寂。 「強いですね、流石」 静かな言葉が寒空に舞った。 その手から刃は棄てねども、左手がそっとアルトゥルに触れる。ラインハルトに触れる。 そしてその瞳が力強くリベリスタ達を見る。 自分を殺すとまでの意思を持った、アウラールとオーウェンへ。 「僕は、貴方がたが僕を気遣って“嘘”をつくなら、フィクサードで居るなと“説得しよう”とするのなら、――そんな人達にこれ以上護られていたくも、生きていたくないと思っていました。 けれど、貴方達は晒した。 解らなくても、藻掻いてでも、命を、辛さを背負ってでも進むその道の決意。僕は、人の敵になるなら、人であったモノをも殺してしまう程の貴方達の覚悟を、……見てみたかったのかも知れません。僕の我侭でした」 そしてリベリスタ達は真正面から自分に答えを示した。仁太がもう一度問い掛ける。 「さて、じゃあ、お前さんはそいつらに何を望む?」 「僕は、」 リベリスタ達へ一歩、死霊へ別れを。 家族であった者へ、もう一度、――さよならを。 ● ―――ばう、ばうばう! 海の音と鬼の咆哮に掻き消けされた筈の犬の声が聞こえた気がした。 「桃田!」 アウラールがタケへ光の十字を撃ちながら、声を張った。 「お前、タケに自分でけじめをつける気があるか? 嫌ならいい、でも考えてるだけじゃ出ない答えもあるぞ?」 どんな姿になっても一緒に居て欲しいか、それとも安らかに眠って欲しいか。 「助けたいと願うなら、何が助けになるかを考えるとええで。 殺すんやったら餞別くらい贈ってやるとええよ」 仁太が構える禍々しい巨銃、『パンツァーテュラン』。 息を吸って一歩、息を吐いて二歩。 「地に返します。僕も、皆を、―――嫌いになりたくないから」 「―――!」 桃田の声に、タケの声無き悲鳴が重なった。オーウェンが後方から放った呪印が幾重にも絡みつく。 ぐらぐらと首を揺らす屍の名を呼びそうになって、桃田は口を噤む。 「結論が出たか。ならば、任務を開始する」 ウラジミールがКАРАТЕЛЬの名を持つコンバットナイフで、サルダート・ラドーニの名を持つハンドグローブで、猿へ叩き付けるのは輝きを纏った破邪の一撃。其れは余りに重く、強い。 対するヒコが口を開けるのを見て、ウラジミールは身を庇う。直後の音の無い声に巻き込まれながら、問題無いとヒコを抑える。 その身を闇に纏わせる惟の隣で、桃田は闘気を滾らせ、こう言った。 「街の時と、公園での時と、……そのどれとも違う気持ちで、僕もこの剣を振るわせてください。貴方の、隣で」 惟はこくりと頷いた。 「アルもいますよ! 桃田さん、守ります! 任せてください!」 纏う漆黒は同じなれど、アルトゥルはしあわせの魔法を唱える様に、「ね」と笑顔を携えて。桃田が気恥ずかしくなる位、眩しいきんいろ。 「―――加護を!」 直後地から皆を包むのはラインハルトの十字の加護。包み込んでこう告げる。 いざ、出陣と。 「そんならわしらも行くぜよ」 「言われるまでもなく。ちゃっちゃか片付けますよ」 タケ、ヒコ、トメに降りかかる仁太の射撃に合わせ、あばたが正確にトメを撃ち抜いていく。頭の無いインコがごぼりと血を零す、グロテスクな様相。 これを望んじゃいないだろうと、無粋な問いはもう此処に無い。 桃田の剣が身動きの取れないタケに振り下ろされ、飛び散るのは腐った肉。 トメが羽ばたいた。零れた血を雨と降らせて、桃田にすら毒を放つ。ソレはもう、そういう存在だと示される。 「だが、そううまくもいかないものだ」 トメの後ろに歩みを進めていたオーウェンは静かに銀色の脚甲で地を鳴らした。そして放つ、思考の奔流という物理的な圧力。 「―――!」 吹き飛ばされたトメが勢いのままリベリスタ達の輪に入れば、即ち。 「今だ。袋叩きにしたまえ」 逃げる場所など隙間も無い。 禍々しく黒光を纏った『冥界の女王』、惟の剣が薙ぎ、あばたが唯一胸に残っているだろう心臓を撃ち抜いて滅する。動かなくなるまで、正確に。 その末路は残った片腕を振り上げようとするヒコも同じ事。 ウラジミールが今一度破邪を叩き付け、ヒコが抗う前に仁太の早撃ちがその動きを停止させる。 対しアウラールの光も、ラインハルトの光も決してタケにトドメを刺さない。殺されない最後の体力でがくがくと立ち続けるタケを屠るべきは自分では無い。 「……桃田」 「解っています。タケ、ヒコ、トメ。―――おやすみ」 剣先が月を描いて、鈍い音を二つ。奏でて落ちた。 ● 振り下ろした剣の重みにはぁっと息を吐いた桃田へ、ちゃぷんと揺れる水の音が届く。 あばたがその手にビールを持って空けていた。 「人間卒業のお祝いに、乾杯」 桃田が他のリベリスタ達に視線を向ける。身長の低いあばたを未成年かと、大丈夫かと気を揉んだらしい。 「我々に姿が如何とは関係ないものだ。なあ」 「なんでわしを見るんか!」 オーウェンのからかい半分の視線に仁太はヒゲを張って耳を立てる。 全てを聞き届けたとウラジミールは制服を正す。そして、一つの終止符を。 「任務完了だ」 「あ、待って、最後に! 桃田さんの夢、アル達にも教えてくれるとうれしいな」 その言葉に、覚醒者として在るだけならと背を向けたアウラールを止めて、アルトゥルは手を叩く。 桃田は少し恥ずかしそうに、しかし、確りと笑って見せた。 「団子屋を、―――いつか、機会があればいらしてください。 きっとお招きします。人に知られず突き進む貴方がたのひとときとなれる様な場所を岡山にも。 その時はまた、貴方がたの“物語”をきっと聞かせてください」 そして、眉を下げてくすりと笑う。惟へ、ラインハルトへ。全員へ。 「惟さん。貴方の騎士道がいつか貴方の夢になりますように。 ラインハルトさん。いつか僕も、その世界で笑える様に――― そして、アークの皆さん、有難う御座いました。……いつか、また」 海に陽が踊る。 正しいばかりでは無い世の中も、神秘の中でも、前に進むリベリスタ達を波の音はただ送り続けていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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