●すみよいまちづくりを! 生長田村住宅街。 バリアフリー住宅街のモデルケースとして生まれたこのこの地区は後期高齢者社会にマッチした理想都市計画の先駆けになるとして注目を集めていたが、住居者の相次ぐ死亡によりよからぬ噂が立ちのぼり、いつの間にやら『終末都市』などと呼ばれるようになった。 もともと住宅や近辺の道路整備はバリアフリーをうたうにふさわしいつくりになってはいるが、作られた場所が切り崩した山の上であることや、近隣に建てられていたスーパーがつぶれたことをうけ、住民は次々と離脱。 住宅街は陸の孤島となったのだった。 ……だがそれも、一ヶ月前までの話。 「もうその話は聞き飽きたわ!」 ワイングラスが床に叩き付けられ、粉々になって飛び散る。 細かい破片の一つが少女の頬に当たり、つうっと一筋の血を流させた。 それでも少女は目を開けたまま、地面だけを見つめている。 格好は執事のような服装をした、うら若い少女である。 深く頭を垂れたまま、自らの言を継ぐ。 「何度でも申し上げますアドブレッサさま。ここを出ればアークの人間たちに見つかる恐れがあります。Dホール跡の監視を行っていたフランチェティイさまも、聞けばアークに殺されたとか。彼らはあなたさまのような外来種を許容しません。ですから……」 「うるさい!」 ワインの瓶が少女の頭に叩き付けられる。 今度は頬どころでは済まない。だくだくと血を流し、ガラス片だらけになった床へとしたたり落ちていく。 痛みに耐えて口を結ぶ少女。 その顎を強引に掴み上げて、女は顔を近づけた。 ウェーブのかかった虹色の髪。そして虹色の眼。 少女はそんな状況にありながらも、うっとりと眼を細める。 「アドプレッサさま……」 「私はこの世界でフェイトを得たのよ。この世界に居ることを許された存在なの。だからアークが私を殺す筈無いわ。フランだって、フェイトを持っていなかったから『駆除』されてしまったんでしょう?」 「いいえアドプレッサさま。彼らに歩み寄り等という精神はありません。あなたさまがあなたさまである限り、彼らは駆除にかかるでしょう。聞けば、家に押しかけ無理難題を押しつけた挙げ句、拒否した途端に皆殺しにしたとされています。察するに、家ごと焼き払わなかったのは戯れゆえだとも……」 「…………」 女、アドプレッサは少女の顎を掴んだまま大きくゆすりをかけると、勢いをつけて地面に引き倒した。 ガラス片だらけの床に顔をたたき付けられる少女。 それでも、悲鳴一つあげなかった。 どころか、小さく呼吸をして起き上がった頃には、顔中の傷はすっかり癒えていた。彼女もまた神秘に属する者。フィクサードなのだ。 アドプレッサは神経質そうに爪をこすり合わせて言った。 「だから、もっと人を寄越しなさいって言ってるの。一般人をそそのかしてここに住まわせるくらい簡単なんでしょう?」 「それも限界です。もうじき……いえ、もうアークに感づかれているかもしれません。できるだけ行動を起こさずに」 「うるさいわねえ、もう!」 少女の頬を平手で叩く。 力が強すぎたのか、少女の口から血が零れ出る。 「どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ。静かに暮らしてただけなのに、もう、もう、もう……!」 唇の皮に爪を立てながら、アボプレッサはぶつぶつと呟き続ける。 その様子を、少女はじっと見つめていた。 ●危険外来種エディコウン 「今から一ヶ月半前の話になるわね。アークはあるアザーバイドとの接触を試みたの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は分厚いファイルのページをめくりながら語った。 「外来種『エディコウン』。長期にわたる接触を行うことで他者の倫理観を狂わせるアザーバイド。当時手探り状態だったリベリスタたちは『帰還の手段があるなら自主的に帰ってほしい』と要求して、そもそも帰る手段のなかった彼らと衝突。戦闘になったわ。武器やイニシアチブを預けていたことがネックになって、エディコウン一名の逃走を許し、結果として任務は失敗に終わったの。そして今回の事件が……」 とん、とファイルのページを指さす。 「同種のアザーバイド、エディコウン絡みの事件よ」 ほぼ陸の孤島となった住宅街を、ひとりのアザーバイド『アドプレッサ』が支配していた。 それまで規則正しく生活していた住民たちの倫理観を狂わせ、およそ文化人とは思えぬような狂気の生活を送らせているという。 「これが、悪気があってやっているならこちらとしてもヤりやすいんだけど……そもそも彼女は普通に生活していただけなのよね。閉鎖的な地域だから周囲の人々が自主的に交流をもちにきて、深く理解を示したために倫理の崩壊を起こしてしまったの。およそ半年間の出来事だったそうよ。そろそろ看過できない状態に陥っているの」 このまま放っておけば街は狂気の町となるだけでなく、山を下りて人々の暮らしに直接的な介入を図るおそれもある。 「この状態をとめるのが、今回私たちの役目。いい? 『何者の生死も問わない』『いかなる損害と破壊も問わない』。この条件で、アドプレッサがこれ以上倫理破壊を起こさないようにして。やり方は任せるわ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月03日(水)22:28 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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●倫理の消えた街 かたことと揺れるワゴン車の中で、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)はパラパラと紙束をめくっていた。 いつも通りの仏頂面だが、眉間に寄った皺はどこか不機嫌そうでもあった。 横から覗き込む『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)。 「なあにそれ。カンペ?」 「ネゴシエーションシートだ。提案内容と要求事項、その他対応案が書いてある」 「うわ、細かいな……」 「必要な用意だ」 『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)は円環状の武器を布でぬぐいつつ、サングラスの脇から彼らを見やった。 「つぶしに行くだけなら必要ないが、コトが交渉となれば細心を要する。失言が命取りとなり、隙が致命傷になる。そこは肉体的な殺し合いと変わらん」 「そういうものかな」 「まあ、俺としては倫理の壊れた連中に約束事や脅しが通用するとは思えんがな」 「どうでしょうね。物分かりのいい人だと助かりますけど、少なくとも高尚には応じる能力はあるんじゃないでしょうか」 きちんと揃えた膝に手を置いていた『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)が、まぶたを開けた。 「倫理を一言で表わすなら『べき』です。人はこうあるべき、集団はこうあるべき、男は、女は、子供はこうあるべき。全人類が必ず持っている概念ですが、一致しているわけではない。だから『私たちの倫理』を教える必要は出るかも知れませんが、だからといって獣のように対話を突っぱねる相手ではないでしょう」 半眼にして首を傾ける『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)。 「んー? 後半からチョット分からなかったんだけど、別に人間だから倫理がしっかりしてるってわけじゃないよね? 正直、虎美の倫理なんてかけらも残ってない自信があるもん。そもそもエディコウンって、相手の倫理を壊すんであって本人の倫理観はどうなってるの?」 「考え出すときりがないっていうか、興味深い種族だよね」 カタカタとキーボードを叩く『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)。 「連中の住居、調べてみたけど正式に住民登録が成されてるっぽい。合法的な労働もしてるっぽい。大人は大体働いてて、子供もアルバイト……ま、書類上のデータだから本当のとこは分からないけどね」 「いまいちハッキリしないな。ま、私たちは倫理崩壊をとめたい。でも元凶を殺すのは最後の手段にしたい。そこはハッキリしたわけだよね」 車の助手席でシートに首を預ける『0』氏名 姓(BNE002967)。 『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)が小さく足を投げ出した。 「お互いがわかり合える方法が、見つかるといいのだけど」 「わかり合える……か」 生ぬるい窓ガラスに、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は額をつけた。 「わかっているのだ。彼女たちに悪気がないってことくらい」 車はやがて、崩壊の街へたどり着く。 ●アドプレッサA 綺麗に区画された道路を進み、ひときわ大きい建物の前へと車を停車させる。 すると、運転席と助手席を挟むように二人の男が近寄ってきた。 見て分かった。フィクサードである。 「リベリスタだな? 用件は?」 ちらりと相手の腰を見る。 拳銃と棍棒が一対。警備用の装備だろう。 雷音は窓から顔を出し、アークの勲章を突きだした。 「お察しの通りアークだ。ボクたちはフェイトを得たアドプレッサに敵対せず、彼女が平和に暮らせる提案を持ってきたのだ。歩み寄りをしたい」 「…………」 『アーク』の単語が出た時点で彼らの緊張はピークにあったが、歩み寄りを提案した所でわずかながら場の空気は落ち着いた。 「車から降りろ。フランチェティイ様の件もあるから信用をするわけにはいかない。武器はあずかる」 「応じられんな。ただ、現在武器は持っていない」 伊吹はそうとだけ言って両手を挙げた。男が探知機とタッチを含めた簡単なボディチェックをかける。 そして、彼のポケットからアクセスファンタズムを見つけた。 「これはなんだ?」 「……」 「通信機か?」 「……」 「応えないのか。まあいい、警戒のために預からせて貰う」 AFを引き抜こうとした直後、伊吹は武器を顕現。男へと向けた。 同時に額に突きつけられる銃口。 「仲間と自分を守るためと理解して欲しい」 「同じ言葉を返そう。笑顔で懐に入り込みアドプレッサ様を殺害する可能性を、完全に否定できるのか?」 「無防備な俺たちを招き入れて袋叩きにする可能性はどうだ?」 お互いの間に沈黙だけがはしり、汗がこめかみを伝う。 その時である。 「そこまでにしなさい」 館の二階にある窓が開き、虹色髪の女が姿を見せた。 目を細めるスピカ。 「アドプレッサ……」 「私と交渉がしたいとみていいのよね?」 「ええ」 小さく頷き、ケーキの入った箱を掲げた。 「折角でしょう、ティータイムにいかが?」 アドプレッサは口角だけで笑い、手を翳した。 「全員の来訪を許可します。その不思議な機械の持ち込みも許可するわ。お互いに手が届かず目に見える場所に安置することとしましょう。異論は?」 「……いいだろう」 「私は屋外で待機したいんだけど」 小さく手を上げる虎美。 アドプレッサは首を振った。 「それは許可できないわ。噂程度ではあるけど、あなたたちに警備や監視の意味が無いのは承知してるつもりなの。全員を一室に集めて、目の届く場所に座らせなさい。あと、残念だけど安全確認のためにテーブルは置けないわ。ケーキはあとにしてね。では、集会室で待ってるわ」 そこまで言って、アドプレッサは窓の奥へと引っ込んでしまった。 「まずは第一関門突破……か」 「そのようですね」 小さく息を吐く悠理と嶺。 皆は別のフィクサードに導かれるようにして、建物の中へ入っていった。 そんな中で綺沙羅はひとり振り返る。 「変、この街……人口の割に静かすぎる」 ●アドプレッサA 建物は元々この住宅街を機能させるにあたって用意された多目的集会場として存在しており、それなりの人数を収容することができた。 部屋はいくつか存在しており、そのうち畳敷きの和室へと一同は通された。 差布団が人数分置かれ、部屋の中央を分かつように幅2m程度の二本線がビニールテープで引かれている。 そして肝心のアドプレッサは、線の向こう側に正座していた。 「その機械を部屋の中央に置いて……そう。その線からこちら側に出てきた場合、攻撃的な行動と見なすわ。それはこちらも同じ。私たちの対話形式としては、最も適切だと思うんだけれど、どうかしら」 「……イギリス貴族形式なんて、よく知ってるわね」 「私は遊び人のフランとは違うのよ。交渉のテーブルについたからには、徹底的に議論させてもらうわ」 「まあ、テーブルはないんだけどね」 そう言って、悠理はその場にあぐらをかいた。 皆もそれぞれ一列に座り、アドプレッサと対面する。 ……それにしてもアドプレッサ。部下相手にかんしゃくを起こしていた人間とは思えない落ち着きぶりである。 いわゆる外交用の姿勢なのだろうか。 なんであれ、まずは話を進めなくては。 悠理は顎を上げた。 「僕たちは平和的な解決を望んでいる。君が静かに暮らしたいなら、それに協力したい」 アドプレッサは黙ってそれを聞いていた。 続きを言う。 「君の仲間を殺したことは、ごめんなさい」 「今の『ごめんなさい』は……」 口を開くアドプレッサ。 「殺害による責任の免除を要求するという意味かしら?」 「……?」 「いいや、こちらに謝罪の意志があるという意味だ。免除をさす言葉ではない」 鷲祐が瞬時に助け船を出した。 既に交渉は始まっている。ここで頷けば相手に有利な条件を突きつけられることになったろう。 「我々の提案はこの通りだ」 ラインの上にコピー用紙を置く鷲祐。 提案 1:倫理観の理解 2:情報提供と帰還方法の研究・協力 3:要求項を受領する場合、衣食住と生存の保護、またフェイトを得た同胞を案内する。 「……」 アドプレッサは目を細めた。 「マトモな提案を持ってくるのね。てっきり『言うことを聞かなければ殺す』っていうチンギスハン形式かと思ったのに」 「……」 鷲祐は沈黙を返した。ただの挑発だ。乗ったら負ける。 「次に要求事項だ」 要求 X:倫理破壊の拡大全般(一般人との接触に類する内容)について自粛を求める Y:提案2項の遵守 Z:要求X項に反した場合、提案3項を特務機関アークの判断にて破棄する 「意見は?」 ちらりとフィクサードたちの方を見るアドプレッサ。 「要求項Xについての不公平性が認められるわ。我々エディコウンは他者との交流によって倫理を破壊する性質を持つ。つまり、誰かと対話、もしくは通信を行なうことが破壊の拡大ととることができる。そして『自粛の程度』を判断する権限をアークが持っている以上、私からのあらゆる自主的行動を制限できることになる」 「分かっている。だからこその提案第2項だ」 伊吹が鷲祐の置いた紙と並べるようにして別の紙を置いた。 「帰還方法の研究協力について」 帰還方法の研究協力内容 イ:アドプレッサ(以下乙)の帰還方法はアーク(以下甲)の責任において見つける。 ロ:乙は甲の調査に協力する義務を負う。 ハ:甲は帰還方法発見まで乙の身の安全を保証する。 ニ:ただし乙が甲の隔離方法に従わない場合は協力関係を破棄する。 「意味は分かるな?」 「……」 沈黙するアドプレッサを前に、虎美は嶺の脇をこづいた。 小声で問いかける。 「どういう意味なの」 「『こちらの言ったとおり頑張って帰ろうとする限り自由』という意味です」 「それってフランチェティイの時とどう違うの?」 「『帰れるなら帰ってくれ』から『帰る方法を一緒に見つけましょう』に変わっていますね。こちらの主張自体は同じですが、相手の印象が大きく違います」 「ふうん……」 納得したのかどうなのか、肩を落とす虎美。 一方で、鷲祐と伊吹は静かに背筋を伸ばしていた。 「俺たちからは以上だ」 「理解したわ。他に言いたいことはある?」 「質問があるが……いいか?」 小さく手を上げる雷音。伊吹も同じように手を上げていたが、彼は先を譲った。 目配せをする。 「どうぞ」 「君は元の世界に帰りたいと思うか? それともボトムの生活んでいるのか?」 「『どちらでもない』わ。私の生活が立ち行くのであれば、環境を選ばないつもりよ」 丁度良いタイミングだと見て、息吹がサングラスを光らせた。 「フランチェティイは帰りたいと言っていた。ラクテアも彼女を『家族のようなもの』と言っていた。その『家族』とは、我らのとらえているものと違うのか?」 「共同で生活する小集団という意味では共通しているんじゃないかしら。そもそも私のいた世界では日常的に使われない言葉だから、ここの文化を気取って言ったのかもしれないわね。ところで……」 一瞬、アドプレッサの目が怪しく光った。 「あなた、ラクテアを知っているの?」 「……」 ここへ来て虚偽はできない。 雷音が落ち着いた声で述べた。 「アークをもって殺害した。フェイトを得ておらず世界の崩壊になるとしての処置だ。……できるなら殺したくなかった」 「……理解したわ。あなたたちが殺害したエディコウンはフランチェティイとラクテアの二名のみ?」 頷きかけて、雷音はふと止まった。 「そう……あ、いや、アスターもだ」 「…………は?」 その時、アドプレッサの顔が左右非対称に歪んだ。 「誰、それ? そんな同族がこっちに来てるなんて知らないわよ? 穴はふさがってるんじゃなかったの?」 「他にもいるのか?」 「それより、知らないってどういうこと?」 思わず身を乗り出しかけた一同を、腕で制するアドプレッサ。 「今出たフラン、ラクテア、そして私アドプレッサを含め六人のエディコウンがこの世界に転がり落ちたわ。それはほぼ同時で、穴のふさがりも確認した。私の知ってる情報はこれだけよ。この詳細と、そちらの情報については、また今度聞きましょう」 「そうね。キサたちにはあまり長い時間は与えられてない。進めましょう。こちらの提示した待遇以外に希望は?」 「そうして頂戴。こちらから要求する事項は三つ」 アドプレッサ要求事項 壱:アークによるゲート跡の監視 弐:精神的退廃者の受け入れと救済 参:受け入れた退廃者の労働環境の構築 「これはそれぞれフラン、ラクテア、そして私の担っていた役割よ。つまり、二人を殺害した責任にも関わるわ。そして私が帰還の方法を研究するにあたって、必要になることでもあるの。説明は?」 「して」 会話をキーボードに叩き込みながら、綺沙羅は小さく頷いた。 「そちらも気づいていると思うけど、私たちエディコウンの性質はここの立場から見て……種族名は『人間』でいいわね? 私たちは、人間が本来持っている『倫理観の衝突と破壊』をより極端にしたものなの」 「人間とエディコウンには類似した性質があると? まさか……」 「いいえ、一理あります」 それまで静かにしていた嶺が、場を割るように声を上げた。 「倫理とは一般的な社会に依拠すべき規範です。しかしこれは生活するフィールドによって変容、場合によっては破壊されることが、往々にしてありえます。私はエディコウンの倫理破壊は電磁波のように常時発動する毒のようなものだと理解していましたが、話を聞くに『交流によって生じる必然的衝突』の結果だと、理解を改めました。あなたは……『ここのルール』に従って生きていたんですね?」 一気に語り終え、そして再び沈黙する嶺。 アドプレッサは目をそらした。 「フランほどではないけどね。交流はおもしろいものだけれど、巨人が小人と暮らすようなものよ。日常的な動作ですぐに相手が潰れてしまう。だから、あえて『潰れきった人間』を破壊し直すことで立ち直らせ、この世界の最も根源的な倫理観を獲得しようというのが、私たちの目的よ。更に言うなら、ここは人間社会に帰還することを拒んだ人間がそれまでの倫理観を捨てて肉体の限り労働を続ける施設になっているの。ありていに言えば、死ぬまで自主的に働く場所ね」 「労働者……なの?」 ぽつりと言葉を漏らすスピカ。 「お友達でも、お手伝いさんでもなくて?」 「この世界って、働かなくても生きていける仕組みがあるの?」 「ないと思う。文化人とは思えないような暮らしをさせているって聞いたわ」 「働くだけの人間に文化性はないわよ。もっとも、こうして獲得した資金が私たちの活動資金になるんだから、持ちつ持たれつではあるんだけれど……話を戻すわ。ホール監視と廃退者の受け入れ、そして私の接触下による労働の確保はできるかしら? 財政的な提供が約束されるなら、労働の度合いもかなり下げられると思うんだけど」 「……それは、この世界の人間への接触を避けて生活するって内容に反するんじゃない?」 ぽつりと漏らす悠理。 姓が首を振った。 「帰還のための研究協力にあたるね。既に崩壊している人間を治療・救済する目的であれば感染拡大には抵触しない。あるていど回復した人に常識教育を施せば立派に厚生施設として機能するから……こちらとしては願ったり叶ったりじゃないかな? 結局、人は助け合いでなきゃ生きていかないんだよ。そうだよね?」 「だからこそ、私たちが脅威になるんでしょうけどね」 アドプレッサはそうとだけ言って、鷲祐たちからの提案書に判を押した。 帰り際まで時間を進める。 AFは滞りなく返却され、姓たちはワゴン車へと乗り込んだ。 「うちのサポーターたちが設備を整えるための装備を持ってくると思う。それまで模様替えの準備でもしておいてくれ」 一度は街の閉鎖が提案されたが、ここが既に陸の孤島であり、住人の厚生施設として機能するため移住は見送られた。倫理が既に崩壊した人間を対処するには、病院にぶち込むよりずっと健全だと判断されたためである。 「そうだ、あとこれ」 手料理のレシピを手渡す姓。 「一人暮らしには料理だからね」 「ありがとう。たぶんやらないわ」 苦笑いしてワゴンに乗り込む姓。 最後に残った虎美が、握手を求めて手を出した。 「あのね、ほんとは倫理なんていらないって思うことはあるの。でも倫理で守られる命もある。そういう倫理(しょうがい)があるから、燃える恋もあるんだよ。じゃあ、またね」 車は街を離れていく。 静かな静かな街を、離れていく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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