● 心臓を貰ったら、自分の中にその人が生き続けると言う。 この肺は私の物で、この咽喉は私の物で、この脳は私の物であるけれど。 それでも、誰かが私の中に生きているというのだ。 なら、きっと私の中には他の誰かが生きているのではないだろうか。 私は生きている。生きていたい。生きたい。生きさせてください。 苦しい、と思った。息が出来ないと、そう感じた。つまりは寂しかったのだろう。孤独を感じたのだ。 ――人は一人じゃ、生きていけないから―― それなら誰かの中心を私の中に埋め込めばいい。宛がえばいい。 そうすれば私の中で『誰か』が――『彼』らが生きてられるのでしょう? ――私はうそつきだから、寂しがりの振りをして誰かを求めた。 そうすれば、私は一人じゃないままで居られるから、それしか知らないから―― ● 「生きてる?」 単刀直入、何を聞くと言うのだ。『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の至って真面目な表情を眺めながらリベリスタは肩の力がすっかりと抜けてしまった。 「ちょ、ちょっとしたジョーク! ほら、笑いも大事よ? ねー?」 頬に指を当てて唇の端を釣りあげて予見者は笑う。イマイチ、要点を話さない芸人の様な行動をとる彼女にリベリスタは呆れながらも先を促した。 「心臓移植をすると他人の心が己に宿る――ってのはよく言われている事よね?」 其れが真かは置いておいても、耳にする事はある話である。 資料を捲くる予見者の目があちらこちらへと揺れ動いた。言い辛そうにええと、と吐き出して意を決したように真っ直ぐにリベリスタを見つめる。 「彼女は、求めてたのね。愛しい人と一つになると言う事を。 ――自分の中にその人の中心を埋め込めばいい。聞こえはいいでしょうけど、中心って『心臓』よ?」 誰かの心臓をその手で抉る。抉り取って自分の中に埋め込もうと言うのだ。どくん、と脈打つ其れを手にするだけで幸せに思えるのだろう。それが『その人』の中心だから。 「耽美な言葉ね? 一つに、なりましょう、って」 紡ぐ世恋の瞳は笑わない。呆れを宿したかのような瞳は一度伏せられる。 「まあ、其れを行ってるのがアザーバイドならどれほど幸せだったかしら」 「それじゃあ……」 「ええ、其れは『ヒト』よ。紛れもなく、私達と同じ、人」 ヤンデレとでもいうのかしら、と首を傾げた。そんな生易しい物じゃないのかもしれない。 その人が生きてなくちゃいけない。手口は残忍だ。動けない様に壁にはりつけにして、その手を一気に心臓へと向けて突き立てる。掌は柔らかい臓器を掴み、引き摺り出すのだ。 その行いは無論、『一つ』に為りたいと言う意識から生まれるのだろう。 「さて、其れを行っているのはフィクサード。黄泉ヶ辻という閉鎖的な組織の、ね? 物集ユギ。この子が心臓窃盗犯ね。ちなみに、奪った者は食べちゃうの」 一口では入り切らないから、泣きながら私の中にいれてあげる、と噛み締めて行く。自分の血肉になって、其れが自分と一体化するなれば――。 勿論、一般的に食物では無い以上、嘔吐感に襲われる。彼女は泣きながら全てを飲み込むのだ。 「『だって、折角一つになれるんだから』――ね?」 其処まで紡いでから、『邪魔』も多いと思う、と予見者は紡ぐ。けれど、よろしくね、と予見者は頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月15日(火)22:45 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 其れしか知らないとそう泣き笑う彼女を別の誰かを被せて考える事は『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)には容易い事であった。 黄泉ヶ辻。同じ日本に在りながら尤も閉鎖的で、気味の悪い集団だ。 「愛するが故の殺人、人喰い。相変わらずか」 その嗜好こそが全てなのか、脳裏に過ぎるのは何時か自身の前の前に現れた『人喰い』のこと。 「フィクサードって殺すもんだって認識してるの」 殺しの現場へと向かっているのに心が躍る。また会いましょうねと約束した少年が其処に居るのだと言うから。『紅玉魔女』桐生 千歳(BNE000090)は色違いの瞳を細め、へにゃりと笑う。 「……リベリスタになってから、色々な愛の形に出逢いますけれど、世間一般の認識からは随分離れた物ばかりです」 例えば、ブリーフィングで見せられた資料。それが彼女の所属する黄泉ヶ辻故であるのか。それとも彼女が『彼女』であるからか。 その愛の形は勿論、彼女らの知る世間では認められるものではないだろう。紫の瞳を細め『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は何れにせよ、と手にしたカムロミの弓に指先を這わせる。 「敵は彼女だけではない様子ですからね……」 ――殺しちゃおっか? それが『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の常套手段だ。愛ゆえに人を殺すという事は確かに世間一般とはずれているのかもしれない。けれど、それは葬識にとっては『当たり前の概念』なのだ。神の目に許された場所で愛を伝える。だからこそ彼は咎人だとは言われない。 「俺様ちゃんは飼犬だけどね。其れであれど賢くあるのが殺人鬼の作法ってやつだよね」 首輪がなければ、飼い主さえもちょん切ってしまいそう。逸脱者ノススメの刃先がぎらりと光る。 「首輪……人は一人では生きられず、孤独は耐え難く。愛は難しくも尊いもの」 何時かの日、兄がいなければ自分がどうなっていたのだろうか。『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の記憶にちらつくのは、何時か『人形』であった頃の自分だ。其れを是とするには余りに酷な現実だったから。 「けれどな、嘘吐きなんだとよ。大いに結構だけどな。自分に嘘吐き続けるって高等技術だよな。 人は一人じゃ生きてけない? けど寂しがりのフリ? どっちなんだか」 どっちでも、いいけれどと『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)は炎を宿す。愛が無ければ、人は独りでは生きていけないのかもしれないけれど、彼女が自分を欺くと言うなれば『答え』はまた別の所にあるのだろう。 愛は度し難い。彼女がその愛し方すら知らぬなら。 「寂しがりのフリをして独りじゃ生きていけないと言うのじゃろう。孤独でしかないのじゃ」 それならば自分が彼女の流儀に倣えばいい。逸脱した愛し方。逸脱した愛の伝え方をその身その心を持って受け止め、『食べつくせば』良い。其れに限るのだ。 「――ユギ」 名を呼んだ。路地裏で男を張り付けにし、じっと見つめている少女が居る。『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)の唇が緩やかに歪んだ。 ● ビルとビルの谷間に女は存在していた。 ――そう語れば小説のワンシーンのようではないか。瑠琵は天元・七星公主を手に、地面を蹴る。牙を出してにやりと彼女は笑う。幼い少女のかんばせに浮かべるは八十年培ったものだろう。 「一方的に愛を囁くだけでは寂しいじゃろう? んな甲斐性なしより、わらわと遊ばぬかぇ?」 赤い瞳が細められる。放たれる鴉は物集ユギの視線を奪ってしまう。 「――これが肉食系女子と言う奴かな」 ちょっとしたジョークだと小さく喉の奥で笑いながら、笑いは大事なんだろうと送り出した予見者の顔を浮かべた『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)の指先がハイ・グリモアールの上を滑る。 浮かべた笑みが段々と乾いていく。人の心臓を食う女が目の前で食事の用意をしているのだ。かちかちと脳内で音を立てながら情報が組み立てられていく。目の前で見送るはユギという女が瑠琵の方へとその速度を生かし飛びかかっていく場面だ。 「お楽しみの所申し訳ありませんが……そこまでにして頂きますよ。アークのリベリスタです」 ご理解頂けますね、とカムロミの弓を構えたままの紫月はゆっくりと言葉を紡ぐ。ちらりと逸らす視線の先には黄泉ヶ辻の双子がへらへらと笑っていた。纏と鉄。その姿を視界に入れ、注意深く観察する。 「……そちらの一般人の方を引き渡して貰えません? 勿論、命がある状態で」 「命がある」「状態かあ」 二人で息を合わせ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。面白がっているという事を理解しても紫月は落ちつき払った視線を向けるのみだ。 とん、と千歳は地面を蹴る。黒い羽を揺らし、色違いの瞳を細めては唇をゆっくりと開いた。 「鉄君、みーぃつけた。また会えて嬉しいよ。ちぃの事、覚えてくれてるかしら」 甘ったるい、恋する少女の声音で千歳は紫月の視線の向こうの『黄泉ヶ辻の双子』へと視線を向けた。双子の片割れ――鉄の表情が和らぐ。あの赤い髪も、色違いの瞳も鉄の記憶に存在していたのだ。 「おねえさん。覚えてるよ」 「ふふ、いつか触れたいなあ、君の心。でも今日は駄目なのでしょう?」 今日は貴方の出番じゃないものね、と物欲しそうに千歳は紡ぐ。その様子は正に恋人との遠距離恋愛にでも苦しむかのようだ。近くに居るのに触れる事すらかなわない、嗚呼、なんと恋は辛い物なのだろうか! 「内緒話はよしましょ?」 ちぃにも教えてよ。唇は紡ぐ。愛しい双子への妨害電波。纏は睨みつける様に彼女を見つめている、が、直ぐに視線を奪われる。青い軌跡の様に聖女は走る。 「大丈夫です、落ちついて下さい。悪い夢です。さあ、日常にお戻りくださいませ」 祈る様に、ロザリオを握りしめ、直ぐに青年の手を引いた。ちらりとユギの目がリリへと向く。背に男を隠しながらも「十戒」と「Dies irae」を構え、じりじりとビルの外へと後退する。 長い髪を揺らし、リリは青い瞳で真っ直ぐにユギを見つめる。 ――神の魔弾は何かを守るために。私は都合の良い道具。 けれど、愛に殉するというなれば、愛を知ったリリは心ない道具では無い。人間として相手するのみだ。 「参りましょう。――少し、お任せ致します」 「ああ、任せてくれ」 漆黒の闇を纏いながら黄泉路は戦場を離脱し、一般人の保護を行うリリの背中を見つめる。 信頼する友の妹なのだ、そうそう手を出させる訳には行かない。彼女を護る様に背を向けて斬射刃弓「輪廻」を変形させる。 ユギ一人を撃退すればいい。脳裏に浮かぶ恋愛美食家。彼女の様に人を喰らうユギ。――その教育者がいるのかと思わず勘繰ってしまうのも仕方がない事なのだろう。 視線は纏と鉄から逸らさないままの黄泉路の前にへらりと笑いながら逸脱者ノススメを手に葬識は前線へと繰り出す。ユギを目掛けて歩み寄りながらその身から生み出すのは漆黒の闇だ。闇は彼の心を映し出す様に無数の武具としてその身を包み込む。 「ほら、一つになろうよ? 君は気付いてないだけだ。君のやってることは只の人殺しだよ?」 自分が愛の為に殺す様に、彼女も殺しているのならそれでいい。 嗚呼、けれど。 ――寂しがりのフリをしてた。 「人の命は大事なのはわかるでしょ? だから欲し、愛した。違う?」 へらりと浮かべた笑みに、怒りを宿したままのユギは唇を噛む。解っていた、人は一人では生きていけないから寂しがった。一人で生きていけないのが怖かっただけだった、愛されたかったから寂しがりの振りをしたのだ。 嘯くは受容者。己のその身に埋め込むものだ。心臓を――ココロを求めた。 「人を愛してるなら、愛される事もあっていんじゃない? 俺様ちゃんなら君を愛せるよ?」 さあ、ここで一つ、愛を語りあおう。 双子が目を合わせる。此方を警戒してるその目が楽しい。一般人を連れて逃げたあの娘と追いかけっこしても良いだろう。 「よぉ、一体どこ見てんだぁ!?」 瑠琵の方を向いていたユギの体へと炎が散る。纏の視線が上げられる。火車の鬼暴に包まれた拳が生み出す炎は己の信念を表すかの如く燃え滾る。 「なあ、愛されたい? 人は一人で生きてけない? 言ってる割には何で一人で全部決めて独りで全部殺ってんだ?」 「――それは」 「愛だよ、ユギちゃん」「大丈夫だよ」 火車の言葉に揺らぐユギの視線を戻す様に、まるで睡眠でもかけるように纏と鉄は告げる。火車の視線が一度彼らに向けられてから、唇を噛む。 邪魔をするなら彼らだって容赦しない。けれど、まだ遊んでいる状態なのだ。あちらから手を出すまではリベリスタ達も相手にしないつもりなのだろう。警戒する紫月の視線に纏は楽しげにひらひらと手を振る。 「愛とか友情とか命とか」 「面白いなあ」 「そんなに面白いのなら、ちぃが今度それを教えてあげるよ?」 鉄君と千歳は笑う。奏でられる葬送曲はユギのアーティファクトが生み出した彼女の殺してきた男たちのエリューションフォースを巻き込む。まだ彼女はアーティファクトの使い方を良くは解っていないのだろうか、それとも代償が強いのか――眉を寄せ、呼びだす其れは血の鎖が濁流の様に呑み込んでいく。 「寂しがり屋さんなのね。寂しいから誰か傍に居て、ってことなのね。その気持ちは痛いほど解るわ」 一人は怖いし、一人は辛い。それは千歳だってそうだ。 「素直にいったらどう……? この人殺し」 はっきりと、言葉を紡いだ。人殺し、嗚呼、なんて残酷な言葉だ。皆同じなのだ、千歳も世界の為に人を殺すことだってある。お似合いでしょうと皮肉そうに笑った。 残酷だ。ド下手なマザー・グース。殺して食べて、結局一人。逃がしはしない、死ねと言っているのよ、と彼女は真っ直ぐに告げた。 恋情も何も孕まぬ無の瞳はぎらり、と光るのみだ。 「人殺し……?」 「中心を奪われたものは死ぬんじゃ。直ぐには信じられないじゃろうがのぅ」 正しい埋め込み方ではない、喰らうてしまうなど、それは只の食事でしかないのだ。瑠琵は切なげに眉を寄せる。中心は中心に入れ込むしかない。中に居れるだけでは意味がないのだから。 リピシエント。ドナーなどの受容者。けれど、それは『真の意味』で一つになるには程遠いのだろう。満たされぬままに求め続けるユギに瑠琵は眼を細めながらも鳥葬の濁流へと飲み込む。全てを飲み干してしまえ。啄めばいい。 満たされぬままの彼女を全て飲み込む。一人ぼっちも此処までだ。その孤独を貰い受けるのみなのだから。 「心臓を喰らう事で、人は一体となり一人ではなくなる……か」 心臓を移植すればその人の気持ちが宿る。其れを歪曲した考えのもと信じ込んだのだろうか。歪んだ考えに黄泉路はかぶりを振る。 「声もせず、姿も見えず、それはただの『食事』と何が違う」 「私が殺した人を、私が食べる。其れが愛ではないというの?」 伸ばしたままのユギの髪が揺れる。嘯くのだ、彼女はあくまで嘘吐きだ。彼女の視界に炎が舞う。生み出されたエリューション諸共、火を降らせる紫月の視界はビルの谷間でへらへらと笑う双子から離れないままだ。 一般人の保護を完了したリリは前線へと復帰する。黄泉路のサポートを受けながら彼女は常の言葉を口にするのだ。 「さぁ、お祈りを始めましょう? 両の手に教義を、この胸に信仰を」 そして、その眸には慈愛を湛えて流星を流し込む。愛は優しいものだから、それすらをも信じさせてくれないなれば、許す事ができない。 双子の方を向いては、六道のフィクサードにさえもあまり向けない下らなくも、混乱する様な感情を露わにする。嗚呼、これをなんというのか。 そうだ。これは―― 「極めて、不愉快です……」 銃に込めた祈りが蒼い軌跡となって打ち込まれる。神の威光は此処に在る。有れと願うたびにそこに宿るのだ。 「逃がしゃしねぇぞ? 食って一緒に為るとかゴチャゴチャ言うかぁ? なんスかねぇ、ソレェ? 全部自分で思いこんでるフリの話しスかねぇ!?」 「違うっ、違うの――ッ」 「ハッキリいってやる。喰ったものは栄養んなって数カ月体をめぐる。後は老廃物だ。 解るか? 只の垢だ! 汚れだ! 全部追いだしてスッキリだ! 喜べよ、テメェは最初から最後までずぅっと一人っきりなんだよ!」 炎の拳が語る。野犬よりも野蛮な愛の語り手に、火車は様者などしない。 知らぬ存ぜぬで通しきれぬ殺し続ける真実を、それでも理解できるはずはない。一つになるなら自分のものをとって入れ替えるまですればいい。其れすら出来ぬと言うなれば、其れは只の甘えなのだ。 「一つになりたい相手は誰でも良いんだな。それは愛とは言わないだろう」 ユギを巻き込みながら周囲を閃光で包み込む碧衣は鮮やかな青い瞳を細める。まだ年若い彼女の感情がはっきりと表れていた。何処か落ち着いた容姿ではあるもののやはり彼女は未だ年若いのだ。 「やれやれ、儘ならないものだな……」 ぽそりと紡がれた言葉にユギは顔を上げる。碧衣と視線が交わる、そして、逸らされ、再度光が広がった。燃える様に、視界を覆う白。ゆっくりと唇は紡ぐ。 「――お前は、気持ち悪いよ」 ユギの動きが止まる。え、と口を開いた所へと火車が飛び込む。様者はしない。一緒になるフリをして、相手は何も語らずなのだ。 「気持ち悪ぃよ。テメェの好意は略奪行為!」 詰まるところそれだ、と硬化した肉体を動かし、炎を叩きつける。赤々と燃えるその拳がユギの頬へと喰い込み、彼女は地面に転がった。 「……そこですね?」 放たれた矢はユギが手にしていた躯禽を的確にうち抜いた。彼女の手から離れたそれに火車の燃える拳が叩きつけられる。 一歩、踏み出してそのままの勢いで地面へと叩きつけられたアーティファクトは薄いペンダントの形をしている。中心の石にぴしり、と罅が入り其の侭砕け散った。 ● 「ねえ、殺す場面、好きでしょ? 鉄君」 愛を告げる様に千歳は紡ぐ。プレゼントだよ、と笑いユギに近寄った。此処で血の濁流を生み出してしまえば彼女の命を奪う事ができるのだ。 愛のない殺人に怯えの色を灯したユギを見つめてから、視線を下ろす。 「ユギちゃんを私が殺せばあなたは私を気に入ってくれる? ねえ、あなたを殺したいの鉄君」 「そんなことしなくても気に入ってるよ、可笑しなおねえさん」 ちぃちゃんとでもお呼びしようかと茶化す鉄に赤い唇を歪めて嬉しそうに千歳は笑う。その横をすり抜けてしゃがみ込んだユギの首筋に瑠琵は牙を立てる。 ぷつり、膚を貫いて牙は少女の血管を探り当てる。味わう様に、吸いこんで咥内に含むのは独特の生臭さだ。死んでいたならば心臓を抉り喰らうつもりだった。『愛の流儀に合わせる』とする瑠琵らしい発想だ。血を吸われ、座り込んだユギは瞬きを繰り返す。 「なんで……」 「コレしか方法を知らず、ソレ以外を信じぬならお主の流儀でわらわと共に生き続けるが良い。 ――永遠に、のぅ?」 赤い瞳は血色に濁った様に笑う。蠱惑的な笑みはユギを掴んでは離さないとでも言う様であった。 リリは視線を揺らす。ロザリオをぎゅ、と握りしめながら記憶を探る。彼女は『あの頃』の自分と似ていたのだ。大事な所が欠けている愛を知らない彼女。 「貴女が行っているのは紛れもない殺しです。寄り添う事も、心を通わす事もないのならそれは生きていたとて孤独と同じ。 違う存在同士が共に在る事は難しく、だからこそ素晴らしいのだと私は思います」 「ねえ、ユギちゃん、人のココロって何処に在るんだろうね? 心臓? それとも電気信号を送る脳? この哲学はいつになっても解けない。 君は解けたの? 命と魂は心臓にあった?」 その呑み込んでしまった心臓に。嗚呼、そんなの解る訳がない。解けない方程式にユギは混乱したようにリリへと視線を向ける。 へらへらと笑う葬識は手を降ろさぬままだ。握りしめた逸脱者ノススメは血に濡れて鈍い光を放つ。 優しい言葉を掛けたリリはアークへとユギを連れて帰り再教育を望んでいたのだろうか。だからこそ優しく、『聖女』の笑顔を浮かべてユギの傍へと歩み寄る。 「一緒に参りましょう」 そうすれば、本当の意味で一人じゃないから。リリの言葉にユギは首を振る。 其れしか分からないのだもの、と瑠琵の体の中で廻る自分の血を想い、俯く。共に行けるならどれほど幸せなのだろうか、嗚呼けれど、自分は黄泉ヶ辻なのだ。 どうなることかと見守っていた紫月が視線を逸らす。いつの間にか走り去った纏と鉄を想いながら嗚呼、と小さく息を吐いた。 「大丈夫、私が教えて差し上げます。私もまだ学んでいる途中で、失敗ばかりして……共に生きる術を知らないなら、試行錯誤して学んでいけば良いのです」 だから、一緒に、と。今も昔も沢山の人に支えられてきたから、貴女も支えたいのだとリリは手を伸ばす。そのほっそりとした指先を見つめ、ユギは笑った。 いけないと、そう感じていた。葬識の方を向き、唇は四文字を紡ぐ。 「大丈夫だよ、ユギちゃん」 愛してるよ、と囁いた。 大袈裟な音を立て、ユギの首が落とされる。殺人鬼と殺人鬼。とても刺激的で愛しい戦い。魂が燃え尽きるまで殺して殺して殺し尽くす。 殺しは愛だから。その愛を伝える様に葬識は唇を歪めた。 「やっと、一つになれたね?」 ――ばちん。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|