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<裏野部>降り注ぐ愛<ダーツ>


 機内はまどろみと、小さなお喋りに支配されていた。
 高度が安定し、揺れも少なくなった飛行機は、外の風景さえ見慣れてしまえば地上の移動手段とそう差がある訳でもない。
「時間は?」
「そろそろです」
 雲に遮られ、光で煌く地上も見えなくなった外を見ながら黒髪の男が問うた。
 答えたのも、黒髪の女。揃ってスーツを着た二人は、誰からも気に留められない、何の変哲もない姿だ。
 上司と部下。そうも見えただろう。

 だが、女は肘掛の掌に自分の掌を重ねる。
「目標地点まであと十分。頃合です、燈篭」
「分かった」
「スーツもお似合いですよ、私惚れ直してしまいそうです。あ、ネクタイがちょっと曲がっていますね」
「……揚羽。遊ぶな」
「いやだ、本当の事ですのに。それに元から遊びじゃないですか、こんなの」
 くすくすと控えめに笑いながら、女――の姿をした揚羽は、燈篭のネクタイを正した。
 そのまま耳に囁く。
「黒鏡面ちゃんとか、うっかりそのまま通ろうとして金属探知機に引っ掛かっていたのですよ。誤魔化せばいいのに全く、素直なんだから。白鏡面ちゃん大笑いしてましたよ」
「――あれは素直とは違うだろう」
「じゃあ刀花ちゃんは? 乗る機体の乗務員が割と好み、って言っていましたけれど」
「あいつはどうせ落とす時にはそんなの忘れてる」
「血蛭ちゃんも似た様な事を言っていましたね。でも忘れっぽさでは彼だって相当でしょう?」
「興味のない事はすぐに忘れるんだろう。お前と一緒だ」
「ええー? あ、ミザールちゃんとアルコルちゃんは飛行機が久々らしくて、ちょっと楽しそうでした」
「……着陸までは乗らないがな」
 並べられる名前に溜息を吐いた燈篭の額に、揚羽は背伸びして口付けた。
 長い黒髪、白い肌。細めだがきつくはない目は穏やかで、これから彼らが行おうとしている事など微塵も感じさせない。
「それは私たちもそうですけれど、ね。それじゃあ燈篭。始めましょう? きっと『アーク』も遠からず来るでしょうし」

 更なる溜息。
 幻視で持ち込んだ得物を握り直し、燈篭はそのまま無造作に腕を振るった。
「お前が望むなら、それで」
 彼の前に座っていた乗客が、椅子の背もたれごと、上半身を滑らせ――血飛沫が、飛行機の天井を染めた。目を細めて、揚羽が笑う。
「良い子の重ちゃんにも、一人暇してる死葉ちゃんにも、クリスマスプレゼントといきましょうね、燈篭!」


「さて、楽団に六道にクリスマスに忙しいこの時に、いつも通り空気を読まない方々のお出ましです。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンが速やかに説明しますのでちょっと聞いて下さいね。……割と緊急です」
 溜息を吐いて、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はプリントアウトされた飛行機のフライト予定時刻や資料の束を机に投げた。
「とりあえず状況説明から。暫く前に裏野部所属のフィクサードによって街が一つ物理的に沈められました。当時から何やら神秘の絡んだ地だ、というのは判明していたのですが、調査の結果アザーバイドが封じられている事が判明しましてね」
 モニターに映し出された沼。一般人には普通の色に見えるらしいが、神秘に関わる者には分かるだろう。赤い沼。
「で、今回もまた裏野部です。つい先日、陽立さんがこの沼に旅客機を落とそうとするグループを視たばかりなのですが、……今回は同じ事を複数でやる気です。旅客機をダーツに、地上を得点板に見立ててね。悪趣味でしょう」
 何らかの刺激を与えれば、アザーバイドが目覚める可能性がある。
 それを狙っているのだろう、とギロチンは肩を竦めた。

「狙われている旅客機は四機。前回外部から落とすのに失敗したからか、今回は内部に潜り込んで落とす気です。『七つ武器』と呼ばれるフィクサード達が、それぞれに分乗しています。機体は全て離陸済み、チケット手配も緊急停止も間に合いませんでした」
 監視カメラのものと思われる映像。その内の一つ、スーツの男女姿をズームしてギロチンは続ける。
「『燈篭(どんろん)』と『揚羽』を名乗る二人組です。詳しい能力は資料を参考にして下さい。彼らは乗客全員を殺すような真似はしていませんが……良心や倫理観の問題ではありません。一般人を殺し尽くせば撃墜されると知っているからです」
 天井に床に飛び散った血。その周辺には、頭を抱えて姿勢を低くする大勢の人々。
 空中の密室では彼らを安全圏へと避難させる事はまず不可能。
 人質であると同時に盾。止めに来るであろうアークが、二百人を超える一般人を即時見捨てる決断ができないであろう事を見越しての安全策。

「ちなみに移動方法は、高速輸送機で旅客機に接近した上で後部にワイヤーを打ち込むので、そこから伝って降りて下さい。……ええまあ、すみません」
 笑顔で無茶を言ってから、溜息。
「フィクサード二人は何らかの脱出手段を持っている様子です。まあ無ければ自殺行為ですからね。皆さんにもパラシュートを配布しますので、空を飛べない方はそちらで、……地表付近になれば意味を成しませんので、もし撤退の場合は時期を見誤らない様にして下さい」
 撤退。そうなれば、恐らく乗客を逃がす余地はないだろう。
「いざという時には、己の命を一番に考えて下さい。……数でも質でも命を天秤に掛けるのは嫌いですが、アークには皆さんが必要だ。お願いします」
 目を閉じる。

 モニターの中。仏頂面のスーツの男が、彼の腕に絡んで楽しげに微笑んだスーツの女が、カメラに向かって唇を動かした。

『ゲーム、スタート』


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年01月08日(火)23:30
 親愛なる皆様へ、メリークリスマス! 黒歌鳥です。

●目標
 旅客機の墜落を防ぐ。

●状況
 時間帯は夜。
 ワイヤーは旅客機の後部に打ち込まれます。何とか内部に入り込んで下さい。
 300人乗りの旅客機、9割強が埋まっている状況でした。
 燈篭と揚羽は最も人の多い機体の中央部付近にいます。
 付近の座席と乗客は薙ぎ払われており、敵の近くに行けばある程度自由に動けるでしょう。
 後方に向かうと座席等により動きや射線が大きく阻害されます。

 また、範囲攻撃等に関しては、意図的に狙わない限り機体へのダメージは考えなくて構いません。
 武器等の大きさとかも考えなくて大丈夫です。細部より敵の撃破に気を配って下さい。
 ただし気をつけないと乗客は普通に巻き込まれます。
 この機体のパイロット等は生存していますが、魔眼により墜落させるよう催眠を受けています。

●敵
 ・燈篭(どんろん)
 ジーニアス×ナイトクリーク。黒髪短髪の青年。アーティファクト『離魂鎌』の所有者。
 ナイトクリーク中級までのスキルを全て使用可。得手はバッドムーンフォークロア。

 ・揚羽(あげは)
 ヴァンパイア×マグメイガス。黒髪ロングの女性姿。アーティファクト『影食い』を所持。
 マグメイガス中級までのスキルを全て使用可。高速詠唱は所持していない。

 ・E・フォース『ドッペルゲンガー』×多数
 クロスイージス、覇界闘士、デュランダル、インヤンマスターのドッペルゲンガーがそれぞれ一体。
 既に本人は殺されている為、スキルも使用する。個々の能力も高め。他は全て一般人ドッペル。
 一般人ドッペルは戦闘能力を持たず一撃で消えるが、燈篭や揚羽、他のドッペルを庇う。
 また、一般人ドッペルは座席にもいるので一度に全てを捕捉する事は不可能。
 ドッペルゲンガーと通常一般人の判別自体は容易であり、特別なスキルは不要。

 ・E・フォース『影食い』
 別のE・フォースを食らう事で自らを強化していく黒い影。初期位置は揚羽の隣。
 当初は他の革醒者ドッペルと同程度だが、別のE・フォースを『食らう』事で自身を強化する。
 ・影食い(ターン頭/攻撃行動とは別に行われる)
 他のE・フォースを食らい少量の体力回復と強化を行う。ブレイク不可。
 ・影無し(神遠単/凶運、Mアタック)
 ・影切り(神遠全/ショック、麻痺)

●アーティファクト
 ・『離魂鎌』
 嘗ての裏野部フィクサード『刃金』が残した武器の内、特に優れた『七つ武器』の一つ。
『切られた者と全く同じ能力の影』であるE・フォース『ドッペルゲンガー』を出現させる。
 一人一体のみ。出現した一体が消滅するまで、新たなドッペルゲンガーは出現しない。
 ドッペルゲンガー出現中に本人が死亡した場合、ドッペルが『成り代わる』。
 成り代わるまで、革醒者のドッペルであってもスキルは使用しない。

 ・『影法師』
 墨一色で塗り潰された巻物。E・フォース『影食い』を生み出せる。
 他のE・フォースが存在しない場所では発動せず、生み出せるのは1体のみ。
 また、生み出された影食いは使用者以上に強い存在にはなれない。

 ・『死よ二人を別つなかれ』
 二つで一つの指輪型アーティファクト。燈篭と揚羽が各々体内に埋め込み済。
 片方が死亡した場合は、即座にE・アンデッド化させこの世に留まらせ、
 片方のフェイトが全て尽きた場合は、もう片方と共有しノーフェイス化を防止。
 また、ターン頭に加えて相方の手番で2度目のWP判定を行う。
 代償は『このアーティファクトを所有した年数分、身体寿命が減る』事。

●注意
 このシナリオは、<裏野部><ダーツ>、とタグのついた他のシナリオと連動していますが、判定の共有等はありません。日程がハード状態ですが、今年最後の大仕事をされたい方はどうぞ。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
覇界闘士
鈴宮・慧架(BNE000666)
デュランダル
遠野 御龍(BNE000865)
スターサジタリー
桐月院・七海(BNE001250)
スターサジタリー
百舌鳥 九十九(BNE001407)
ホーリーメイガス
ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)
クロスイージス
ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
デュランダル
ノエル・ファイニング(BNE003301)


 風が吹き荒ぶ。
 高高度の高速度、受ける風が余りにも冷たく強く、『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611) は体の震えを止める事ができない。
 当然だ。
 真冬の高所、気温は氷点下。速度も高く、一瞬で風に攫われてもおかしくないこの状況。
 飛ぶ旅客機に、身一つで高速輸送機から乗り移るなどという芸当は常人には不可能だ。それを可能にするのが革醒者の体だが、彼らは『乗り移る事』そのものが目標ではない。
 乗り移るのは最低条件。その上で、内部のフィクサードを越え、この飛行機の墜落を防がねばならなかった。映画ならば、凡そ最終的にはギリギリの起死回生が起こるのだが、これからの展開は全てリベリスタの双肩に掛かっている。
 その体を震わせるのは、単純な寒さだけではないのかも知れないが――ルーメリアは、両頬を自分の手でぺちりと叩いて乾きそうになる目を瞬かせた。
「中の人は、もっと怖い思いをしてるの……助けてあげないと……!」
 約三百。それだけの人が、死を待つだけとなって機内にいる。
 彼らは墜落計画を知らないだろうが、密室空間で行われた虐殺に怯えているであろう事は疑いようもない。一人でも。一人でも多くに。リュミエール、名に持つ光を齎すべく。
「しかし、飛行機をダーツに見立てるとか派手ですなー」
 暢気にも聞こえる声で、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は旅客機を眺めた。
 本物のダーツの何千倍……いや、それ以上の大きさだろうか。スケールの大きい話だ。
 これが、ただ無駄なだけ、であれば、その無謀さと労力の無駄遣いにいっそ賞賛もできようが、人命が大量に犠牲になるとなれば温かく見守るという訳にはいかない。外見だけならば時にその辺のフィクサードよりも邪悪に見える彼ではあるが、無用な人死には嫌いである。
「ま、飛行機は嫌いじゃないしぃ。おもしろいじゃなぁぃ」
 同じくのんびりとした口調で『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)が眼下を覗き込むが、その目は笑ってはいない。彼女はトラック運転手、職種は違えど、乗り物を扱う仕事だ。
 運転手を生業とする者が、事故を招いてなるものか。
 く、と唇の端を曲げて、睥睨した。
「と、まぁ。戯言はここまで」
 後は構えた愛刀が、知っている。
「ただのハイジャック等であれば構いませんが」
 外気温にも特に反応を見せず一歩踏み進めた『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301) はそう呟く。推奨の意味での『構わない』ではなく、神秘が関わらなければ彼らの出番はない、という意味での『構わない』ではあるが――此度はフィクサードが関わり、何の影響を及ぼすか分からないアザーバイドを刺激する為の手段、となれば見過ごす訳にはいかない。
 見る見る、旅客機の背が近付いて来る。
 ワイヤーが、打ち込まれた。

 真一文字に唇を結び、降り立ったのは『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)だ。
 どのような場所でも、足が着いている限りは彼にとっては平坦な床と同じ。
 強風に黒髪を掻き回されながら、雲に遮られ見えない地上へと視線を落とす。
 燈篭と揚羽。七つ武器。『砂蛇』によって引き起こされた街の爆破崩落事件から、半年以上。
 多くの人命と仲間の一人を失う事となったその件に関し、誰も彼を責めない……尽力した彼らを誰も責める事はできなかったとしても、彼自身は届かなかった手を呪って止まなかった。
 掴み損ねたものは、余りにも多く。だから、今度こそ止めなくてはならないのだ。
 全てを救えはしないとしても。
 そんな彼の手を取って、優れたバランス感覚を持つ『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)が降り立った。
「……寒っ」
 吹き繰る風に、少しばかり目を細め首を竦める。
 防寒具も吹き散らかされる氷点下、彼の故郷にある極寒の地だと思えば何とか乗り切れるだろうか。
 とは言え、外で延々と寒風に当たっている余裕がないのも確かである。
 嘘にしてくれ、と願ったフォーチュナの言う通り、この墜落を嘘にせねばならないのだ。
「それでは、行って来ます」
 内部の様子を伺い、フィクサードの居場所を再確認した『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)が、その身を硬質な金属の中へと沈ませた。
 物質透過、無生物ならばどれだけ硬い金属であろうが通過を可能とするそれ。
 打ち込まれたワイヤーの跡からノエルと九十九が更にワイヤーを伸ばし、リベリスタは侵入を開始した。


 そんな様子を、内部の二人は手に取るように――とまでは行かないが、ある程度把握している。
 元よりアークが来る事は予見済み、遅いか早いかの差しかない。
 風によらない機体の揺れと、飛び去る輸送機。血液に彩られた禍々しい形状の大鎌を、燈篭は振るう。機内の天井に、幾度目かの模様が描かれた。
 紐解いた巻物を手にした揚羽は、自身の傍らに現れた、自身と同じシルエットの影に軽く笑う。
「ねえ燈篭。賭けません?」
「何をだ?」
「この飛行機が落ちるか落ちないか」
「…………」
 あまりと言えばあまりな提案にこめかみを押さえた燈篭は、影喰いと手を合わせる揚羽を振り返った。傍観者であるならばまだしも、落とそうと画策する側の台詞ではない。
「……落とすんだろう」
「うふふ。だってあの血蛭ちゃんが見直すくらいですもの、アークの伸長は目覚しいのですし」
「じゃあお前は落ちない方か」
「いいえ。落ちる方」
 落ちる、落ちない。二人の周囲の座席は薙ぎ払われていたが、それでも多少ならば声は聞こえない位置ではない。びくりと顔を上げた乗客の少年に微笑んで、揚羽は外の雲を眺める。
「それでお前に何の利が?」
「あら。落ちなくても燈篭の勝ちだから、機嫌が悪くならないかと思って!」
「……負けて機嫌が悪くなった事があったか?」
「いいえ」
 くすくす。血に塗れた機内で、余りにも和やかに。
「まだ負けた事がないから、用心に!」


 機内を走り抜けながら、『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は眉を寄せた。
 離魂鎌。それを持つ相手とは、恐山へと輸送される途中の賢者の石を取り合った事がある。
 名前は異なってはいたが――あの時は『正体不明』を装う為であったのだから、それも当然ではあろう。証拠がなくとも、特徴的なアーティファクトが確実にその正体を示している。
 ゲルトもまた、以前の戦闘では彼等に出し抜かれた。
 故に、次は不覚を取らない。
 願うのは、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)とて同じ。
 拓真と肩を並べ戦った彼も、『今度こそ』の『ゲーム』の勝利を願う。
「いらっしゃい!」
 戦場へと辿り着いたリベリスタを迎えたのは、明るい声。
 広くはない機内では、幾ら静かに動こうが見える体はどうしようもなかった。
 楽しげに笑う女の姿を、無表情で此方を見る青年を隠すのは、人と全く同じに見える三体。
 若い男女に、年配の男。どれがどれなのかは今は判別が付かないが、前へと出てきたという事は恐らくこれがクロスイージスと覇界闘士、デュランダルのドッペルゲンガーであろう。隙間を埋めるように、席に座っている人々と同じ様な、極普通の格好をしたドッペルゲンガーが立ち塞がる。
「警察だ! こいつらは俺達が逮捕する!」
「死にたくない者は、頭を下げろ! 巻き込まれるぞ!」
 極力、奪われる命は少なくありたかった。ゲルトと拓真が、各々注意喚起を行いながら通路を走る。
 ゲルトの言葉にどれだけの信頼が置かれたかは分からない。何しろここは空の上。
 ましてやなだれ込んできた彼らの中には、到底警官とは思えない年若い者もいる。
 それでも、わざわざ死に飛び込みたいと願う人間はいない。彼らの願い通り、多くは一瞬顔を上げたもののすぐに伏せ直した。
「すぐに助けるから……もう少しだけ待ってね」
 通路に屈んで紛れ込んだルーメリアが、怯えた様に見詰める少年の手にそっと掌を重ね、告げる。
「大丈夫。ただ本当に危ないので、きちんと伏せているようにお願いしますのう」
 隣に現れた影に震える男性に、九十九も語りかけた。彼の直感には、不意打ちの気配はない。
 それが余裕なのか、はたまた自らの布陣を整える為の時間だったのかは分からないが――ここまで来たら後は突破するのみである。
「飛行機ダーツ楽しそうだね☆」
 機内は狭い。その間を抜けていくのは不可能、と終は飛び出しかけた身を抑えた。人、人、人。見詰めてくる目は全く人と同じだが、それが『違うもの』である事くらいは、革醒者ならばすぐに分かる。
 隙間からちらりと見えたスーツの女が、笑う。
「こんばんは、鴉魔ちゃん。今回は此方にお招きはしませんので、私と遊んでくれるならどうぞ掻き分けていらして下さいね!」
 朗らかな揚羽の声に、終は内心小さく溜息を吐いた。
 誤解を招くかもしれないが、街一つを破壊に追い込む『ゲーム』をした彼らをも、終は憎み切れない。
 彼らは世界を恨んでいる訳でもなく、破滅を願っている訳でもない。それこそ『ゲーム』として躊躇無く奪うだけだ。
 もし。もし。終は考える。『死よ二人を別つなかれ』……ノーフェイス化を防ぎ、死してもアンデッドとして蘇らせるそれがなければ、彼らは『死が二人を別つまで』の世界に生きる人々の悲哀や苦痛を考える事があったのだろうか、と。
 無意味な仮定であるとは分かっている。彼らはもう、そこには生きていないのだから。
 だから、終は考えは表に出さず、笑ってナイフを構えた。
「んー、今日は先にそっちの黒い子と遊ばせて貰おうかな☆」
「まあ残念。じゃあ、それまで倒れないで下さいね?」
 会話をする間に、エレオノーラの刃が宙に踊る。速度故の残像を描きながら、彼はドッペルゲンガーの後ろにいる燈篭へと語り掛けた。一般人と思しきドッペルゲンガーは、残影が消えると同時に共に失せている。
「御機嫌よう、随分と大雑把なダーツゲームだこと」
「私が設定したのではないがな」
 眉一つ動かさず返す青年はにべもない。
「そちらはどんな姿をしても性根が丸見えだわね?」
「あら。可愛いお人形さん。貴方は服装で中身まで変わってしまうのです?」
 皮肉を告げるエレオノーラに、揚羽は首を傾いで問い一つ。
 顔も口調も、揚羽にとっては『服装』の一部。アイシャドーの色を変えるように、シャツからニットに変えるように、スカートからパンツに履き変えるように……その程度の意味しかないのだろう。
 一見無邪気にも思える問いだが、彼らは裏野部だ。数多交戦記録の残るエレオノーラの事も、知った上で問うているに違いない。
 外見はその者の一部だが、本質にはなりえないだろう、と。

「貴方達は、またこれをゲームだと、私達と戦う事もゲームだと言うのですか?」
 前へと飛び出した『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)が目前の燈篭に、問う。細い目を感慨もなく向けた青年は、何を当然の事を、と言わんばかりだ。
 そこには人命を奪うという良心の呵責も、引き起こす惨劇への後悔も、何一つない。
 人を恨んでいる訳でも、ないのだろう。そこにあるのは徹底的な無関心だけだ。
 けれど、だからこそ、そこに『交渉』の余地がある。
「ゲームならばルールが必要でしょう?」
「生憎、得点以上のルールはなくてな」
 自分達に少しでも有利な条件を設定しようと語る慧架に、燈篭は首を振った。
 沼なら百点、市街地なら高得点。『大雑把』なダーツゲームのルールは余りにも適当。
 会話を聞きつけた揚羽が、けたけた笑う。
「ご安心下さいませ。癇癪を起こしてエンジン狙って爆破、なんて真似はしませんから! ねぇ?」
「当たり前だ」
 彼らにとって、旅客機はあくまでダーツの矢。得点板を外れたらそれまでの存在。
 機内に存在する人命などは、良くも悪くも撃墜を防ぐ『保険』以上には考慮されてはいないのだ。
 その事実は、多少なりともリベリスタの不安を和らげたかも知れないが、それも墜落を回避せねば意味のない事。
「さーて、影の薄い皆さんこっちですぞ」
 撃たれた空砲、声の主はひらひらと服の袖を揺らす九十九。
 おどけるような仕草のそれに引き付けられて、デュランダルが剣を振り被った。大きな踏み込みと共に放たれた刃は、しかし九十九の服と腕を引っ掻くだけで致命傷には程遠い。
 群がる一般人のドッペルゲンガーは彼へ通す攻撃を持たず、ただその行く手を塞ぐのみ。
「邪魔だ、退けええぇぇっ!!」
 そこに放たれたのは、拓真のハニーコムガトリング。
 振り抜いた刃の煌きを無数の魔力の弾丸に変え、一斉に人々の群を薙ぎ払った。
 燈篭の鎌が、振り抜かれる。
 切り裂かれた時の灼熱が意味するところを、攻撃を一度受けた事のある慧架は知っていた。
 現れる顔、自分と同じ顔。ドッペルゲンガー、二重に歩く影。
 それに一度視線を送りながら、けれどゲルトは揚羽へと呼びかける。
「少々付き合って貰うぞ!」
 放たれたのは、十字の光。ひゅう、と息を吐きながらギリギリで直撃を避けた揚羽は、相変わらず笑みを崩さぬままに声を向けた。
「お誘いならばもう少し優しくお願いします」
「生憎、その余裕はなくてな」
 狙いを定め直しながら、ゲルトは返す。以前の相対の時に奪われた賢者の石。
 それによって起こされた騒動が導いたのは、一つの喪失。
 やはり、それを誰も責めはしないだろう。彼でなくとも、石は奪われていたのかも知れないのだから。けれど、仲間を守る、という事を信条に掲げるゲルトにとってそれは許しがたい『事実』であった。
「あの時と同じようにはさせんぞ!」
「ふふ。何の事かは分かりませんが、頑張って下さいませ!」
 黒と青の視線が一瞬かち合い――すぐに離れた。

 ゆらゆらと揺れる、黒い影。
 主と同じ外見であるドッペルゲンガーとは違い、『影喰い』は完全なる『影』であった。
 機内では、その攻撃範囲から逃れる事は叶わない。
 揚羽の『影』はゆらり揺らめいて指先で七海を指す。
 次に揺らめいたのは、七海の影。足元に落ちた自分の影が、特徴的なシルエットが渦を描くように歪み、同時に眩暈が七海を襲った。
「く……!」
 削られる精神力、齎されるのは凶運の星。射手である彼は命中よりも威力を重視するスタイルではあったが、それでも一般人のドッペルゲンガーを減ずるには大いに役立ったであろう。
 だが、空中で別たれ炎の雨として降り注ぐはずであった矢は、風の影響か大きく揺れた機体の天井に突き刺さりその効力を発揮しない。
「くだらん遊戯は早々に終わらせてやる」
 御龍の体に迸る闘気が、次からの一撃へと力を溜める。
 冷徹なその目が、ドッペルゲンガーを射抜いた。
「まあ、遊びはこれからじゃないですか」
 笑う揚羽が、自身の周囲に複数の魔法陣を展開させる。
 魔術師が操るそれが、内に秘めた魔力を増大させる為の陣だという事を知らぬ者はいない。
 楽しげに笑う揚羽に緊張感は見えねども――ふわりと浮かんだ髪の一筋一筋にまで溢れるそれは、『危険』を如実に示していた。
 ノエルは機内へと視線を走らせる。
 ここは、狭い。前衛を多く置いたリベリスタだが、その全員が前へ出る事は叶わない程に。まして、溢れるように間を埋めるのは一般人のドッペルゲンガー。拓真のハニーコムガトリングでも庇いあう事によって被弾数を減らした彼らは、まだ間を抜けるには邪魔なだけの数を備えていた。
 判断したノエルは、握った槍を逆手に構える。
「少々お覚悟を」
 告げた彼女が飛び込んだのは、体力の高いゲルトと御龍の傍。
 舞い踊るのは、白銀の煌き。
 仲間ごと、前方に残っていた座席ごと、そこに座っていた一般人ごと、白銀は全てを切り裂いた。
「さっすがノエルちゃん。聞いてるよりも容赦がなくて素敵ですね!」
 きゃたきゃた笑う揚羽の言葉にも、フィクサードの戯言に付き合う義理はない、とノエルは一瞥を送るのみ。銀の髪が血に濡れても、彼女は構わず"Convictio"を握り直した。
「さ、じゃあ妨害側で参加させて貰うよ!」
 そんなノエルに一つ手を振り、終が影喰いへ向け、開いた道を駆ける。
 終が駆けた後を、座席から立ち上がったドッペルゲンガーが埋めて行く。

 前方に掲げられたモニターの一つは、簡易地図と進路を示している。
 ちかちかと瞬く飛行機のマークが、進んでいた。


 みちみちと音がする。
 影喰いが、ドッペルゲンガーを己の中に取り込む音だ。
 終の目にも留まらぬナイフによる刺突でも、それを止める事は叶わなかった。
 揚羽は接近してきた終から少々距離を取り、様子を眺めている。
「この間と言い、皆さん私と遊ぶのは好きじゃないのかしら?」
「うーん、何なら前で遊んでくれてもいいんだよ☆」
 詠唱の合間に問いかける揚羽に、終は苦笑を返した。
 数多のドッペルゲンガーと燈篭という盾を前にした揚羽と直接向き合うのは、中々難しい。
 それを本人も知っているだろうに、わざわざ問うのは煽りか本気か。
「だから俺に付き合えと、先程から言っているはずだが」
 数を大幅に減じたドッペルゲンガー、既に揚羽の姿はゲルトからもよく見えるようになっていた。
 放たれたのはジャスティスキャノン。だが、それで目標を自身に絞ったとして、機内で仲間を巻き込まず済む位置というのはなかなか難しい。後方ならばまだ違ったのかも知れないが、前衛として立つ彼の傍にはスキルを保有するドッペルゲンガーを潰すべく立ち回る仲間がほぼ確実に存在するのだ。
 にい、と笑った揚羽は、先に詠唱していた呪文を解き放ち――血液の黒鎖で、一気に前衛を飲み込んだ。

 戦況は、決して悪くはない。
 拓真のハニーコムガトリングに、立ち直った七海のインドラの矢に、一般人のドッペルゲンガーはなす術もなかった。
 革醒者のドッペルゲンガー相手にはそうはいかない。実質、それなりの腕のフィクサードが燈篭と揚羽を含めて六人いるようなものなのだ。ブレイクフィアーの対策としてクロスイージスへの攻撃を真っ先に行ったリベリスタだが、同職の仲間と同じく防御は硬かった。
 だが、それも優れたダメージディーラーが揃えばそう長くは掛からない。
「邪魔です」
 ノエルの恐ろしい威力を秘めたデッドオアアライブが、クロスイージスを貫いた。
 攻撃へと特化したが故に少々狙いの誤差はあれども、減じたとして威力は並大抵のものではない。
 アタッカー達に弱点があるとするならば、その回避力。
 麻痺を受け付けない七海とは異なり、しばしばノエルが、御龍が、優先順位の後方にあったインヤンマスターの印により動きを妨げられる。
 しかしそれも、癒す術を持ったルーメリアとゲルトが健在であればそこまでの脅威にはならなかった。揚羽の攻撃を引き付けたゲルトは、食らった一撃が急所へと入り恩寵を使う羽目にはなったけれども、それも既にルーメリアによって立て直している。燈篭のバッドムーンフォークロアも、二人の癒しがある事によって、直接的な威力以上の脅威にはなかなかならなかった。
 だが、それを完全に見逃して貰える訳ではない。
「かくれんぼしてるのはどちら様?」
 ゲヘナ。滅びの谷、焼き尽くす炎。座席に隠れたルーメリアが回復手と見た揚羽は、その周辺に向けて一気に地獄の火炎を召喚する。
「あ……!」
 先程なだめた少年が、ルーメリアの目前で炎に巻かれた。悲鳴さえも焼き尽くし、人型の炭と化した彼に、ルーメリアは唇を噛み締める。
 その様子を横目で眺め、エレオノーラは首を振った。
 哀れではあるが、この状況で一般人を庇う余裕など誰にもない。
 いつもの様に顔には出さずに前を向く彼の目の前には、微笑む自分。
「ま、可哀想だけど。何をどうできるか位は自覚しなきゃね」
 そう嘯くのは、彼であって彼ではない。この状況を、『自分』のドッペルゲンガーはどう考えているかは知らないが――まあ、中身のない影に台詞を取られるのは面白くない。
「あたしの事を知ったみたいに話すのは、あたしだけで充分よ」
 小さな靴を捕らえるべく、エレオノーラは気糸の罠を床に張り巡らせた。
「まあ、御二人の関係自体は実に羨ましいのですが」
 焼かれた腕で炎を降らせる矢を番えながら、七海は呟く。行動自体は羨む訳にも賛成する訳にもいかないが、死でも別たれない関係と言うのは、実に羨ましい事だ。過去に一つ抱える七海であれば尚更にそう思う。死というのは、別たれてしまうものだから。先程の少年のように、終わりである。
 だがこの作戦上、出る犠牲は彼も了承済みだ。仕方ない事でしかない。
 もし、犠牲を厭ったが故に旅客機が落ちてしまえば本末転倒、更なる犠牲者が出る。
 だから、引き絞る弓を緩めたりはしない。
「朝日を拝む事無く死ね」

 燈篭のデッドリー・ギャロップにより意識を失った慧架を業火の収まった後方へと放り、九十九は倒れた彼女と同じ顔をしたドッペルゲンガーと向き合った。
「やれやれ、偽物とは言え、味方を相手にするのは複雑な気分ですのう」
 怒りで引き寄せたそれをヒットアンドアウェイでじわじわと燈篭の近接範囲から引き剥がした九十九は、溜息と共にその銃口から光弾を放つ。
 更に上空であれば、その技が冠する星の光も見えただろうか。だが、じわじわと高度を落としてきている飛行機が今いるのは、雲の中。
 戦況が有利であったとして、リベリスタが危惧を抱くのはその一点。
 例えフィクサードを撃破したとして、飛行機が墜落してしまえば元も子もないのだ。
 事前に脱出のリミットと告げられていた高度まではまだ多少間があったが――それはあくまでリベリスタが『脱出』するリミット。
 高速で飛行する巨大な旅客機を立て直す為のリミットは、それよりも短い。
 それを理解するリベリスタ達は、目配せをしあった。
 候補は御龍と、拓真。ルーメリアは最終手段。
 だが、御龍は先程食らった呪縛により手が塞がっている。にやっ、と笑った彼女は、拓真に唇だけで囁いた。

 ――女を扱うように優しく運転しないとダメなんだよぉ。

 本業運転手から託されたアドバイス、迷っている暇はもうない。
 息を吸った拓真は、今までの攻撃と同じように装いながら、タイミングを計る。
「行け!」
 ゲルトの声が、響いた。

(頼む、竜一。俺に力を貸してくれ)
 拓真がその手に握るのは、過去に共に苦い記憶を味わった戦友の愛刀。外見はアークの者であれば容易く手に入れられるものと同じではあるが、彼と共に数多の戦場を渡り歩いてきたそれが、思いと共に自分に力を与えてくれると信じ、拓真は一気に床を蹴る。
「……あらまあ」
 何処か間の抜けた、それでも感心したような揚羽の声を横に彼が走るのは機内の壁面。
 無数の味方を生み出す彼らの弱点を強いて言うならば、燈篭と揚羽以外は応用が利かない事であろう。ドッペルゲンガーは燈篭の意思に従えども、戦局を理解して動く程の知恵はない。
 正面から来る相手を防ぐ事は出来ても、『壁を走り抜ける』拓真を咄嗟に防ぐ事はできなかったのである。
 着地した彼に降り注ぐのは、揚羽の奏でる四色の魔曲。けれども、拓真の足を止める事は叶わない。
 逡巡が見えた。この場を燈篭に任せて拓真を追うべきか否か。
 影喰いが運命を消費しながらも踏み止まった終によって止められている以上、彼を止め得るフリーな存在は揚羽のみ。
 魔術師とは言え、拓真と真正面からやり合っても恐らくは勝てるだけの力量を持ってはいるが――回復手を有するアーク人員複数名と燈篭では、どちらが持久戦に向いているかなどは問うまでもない。拓真を潰すのにどれだけ掛かるかも不透明。
 序盤であれば、スキルを持ったドッペルゲンガーが複数残っている状態であれば、揚羽は間違いなく拓真を追ったであろう。だが数の有利が完全に失われている以上、ここで一人の為に揚羽が抜けるのは戦局を左右する。
 故に、揚羽は拓真を追えない。
 一人二人、抜けた所で何もできまい――。
 その考えが過ちである事を知っているのは、リベリスタのみ。
 だが、モニターが示す高度は刻々と下がっている。後は拓真が機体を立て直せるか否か。
 脱出までのリミットを図りながら、リベリスタはラストスパートと言わんばかりに刃を、弾丸を放つ。

 機体は、雲の森を抜ける所だった。
 

「すまんな」
 首筋に押し当てたのはスタンガン、大きく跳ねた操縦士と副操縦士を床に投げて、拓真は席へと着く。
 傾いた機体は、本来の着陸時よりもずっと鋭角に地面へと向いていた。
 だが、これが操縦士の手によるものであれば拓真にはまだ打つ手がある。操縦桿を握り、細かい計器の数値を確かめ腕を伸ばした。実践はなくとも、『乗り物』の範囲であれば拓真にとってはどれも同じ。それこそ床に伸びている操縦士と遜色ない程度にまで操れる。
 憂慮があるとすれば、専門職でも手に負えない状況の場合だが――状況を確認した拓真は息を吐いた。
 まだ。まだ行ける。立て直せる。
「動け」
 額に汗の玉が浮かぶのは、戦闘の名残だけではない。
 この腕に掛かっているのは、機内に残る人々の命。
 計器の示す数値が、大きく変わっていく。機体がバランスを保てる範囲で、エンジンの叶う限り。
 何がゲームだ。人の命を弄ぶ、こんなものが『ゲーム』であって堪るものか。
 救う過程で失われた命を嘆かない訳ではない。けれど、更に失われる命を見過ごす事はできない。
 一人でもいい。一人でも多く。この旅客機に乗る人々を、救う為に。
「動けえええええええ!」
 叫ぶ拓真に呼応するように、旅客機が進路変更の煽りで大きく揺れる。

 遥か眼下に、夜闇でも尚赤く見える沼が一瞬だけ覗き――飛行機は再び、雲の波間へと飛び込んだ。


 がくん。幾度目かの大きな揺れに、その場の全員が動きを止めた。
 下がり続けていたモニターの高度が、緩やかに上がって行く。
 それは即ち――この旅客機が、墜落を免れた事を意味していた。
 揚羽がわざとらしく、焦げた腕時計を覗く。
「あらあら。墜落予定時刻を過ぎてしまいましたわ」
 余裕の声音だが、その外見は声程の余裕はなかった。後ろにいようが必然的に攻撃を食らうこの狭い機内では、揚羽とて無傷ではいられない。
 いざと言う時にその身を庇ったであろう影喰いが、終によってしばしば動きを止められていたのでは尚更だ。
 とは言え、燈篭も揚羽も未だ倒れてはいない。
 ドッペルゲンガーもいる状態、フェイトを切り札に留まられた場合、数で押し切れるか否か。
 好機と見た終が、揚羽に問う。
「血染めのバージンロードを見せてくれるんだよね? ここじゃ雰囲気無いし、今度でも良くないかな?」
「んー……」
 いつかの台詞。問いの返答は分かり切っているのに考える仕草を見せる揚羽に、燈篭が歩み寄る。
「どうせ私達は操縦は出来ん」
 告げられたそれは、リベリスタの勝利を確定とするもの。彼らが再び旅客機の操縦権を握るには手間が必要で、その手間を許す程に甘くはない。
「物騒な遊びは止めて、普通のダーツで遊ぶ事をお勧めしますぞ」
「あら、教えてくれます?」
「さぁて、どうしましょうかねぇ」
 会話の間も銃を手から離さない九十九の態度が、それを如実に示していた。
 機内に残る緊張の糸を切ったのは、ひょい、と放り投げられたたわし。
 鎌の柄で叩き落した燈篭は、訝しげに目を眇めた。
 そんな彼をからかうように、エレオノーラが告げる。
「残念賞。ダーツが外れたらこれだってテレビで見たわよ?」
「……?」
 訝しげな視線を向ける燈篭は、名の読みが示す通りに元来この島国の人間ではないのだろう。
 くつくつと笑った揚羽がその背に抱き付いて、エレオノーラに向き直る。
「うふふ。残念残念。当たったら七人乗りよりもっと大きな楽しい『もの』が起きたかも知れないのに!」
「……何だか知らんが、投げるならナイフの方が効果的と思うが」
 溜息。たわしを律儀にエレオノーラに蹴り返した燈篭は、以降はもう話す気もない、とばかりに揚羽を下ろして背を向けた。
 ノエルが得物を構えなおすが、あくまで今回は『墜落阻止』が目的であれば以降のフィクサードの対処までは打ち合わせていない。
 追撃も可能であったかも知れないが、既に充分な成果は上げていた。更なる被害を巻き起こす必要性は薄い。
 その背と合わせて向き合った揚羽が痛んだ体で手を振り――揃って床に吸い込まれるように消えていく。

 リベリスタが窓から外を覗いても、そこには何も見えない。
 血臭が酷い室内に、漏れる啜り泣き。
 戦闘が収まったとはいえ、一般客にとっては正体不明のリベリスタ達を恐れる気配が伝わってきた。
 それは、きっと仕方のない事。

 けれどリベリスタは、この惨劇によって引き起こされたかもしれない更なる惨劇を防ぎ、更に今、彼らに怯える人々の命を確かに守り切ったのだ。
「……さぁってとぉ。お仕事換わってやんなきゃねぇ」
 慣れない運転で多大なる緊張を強いられたであろう青年を思い遣り、操るものは異なれど運転暦で遥かに先輩である御龍は笑った。

 倒れた仲間を抱え上げ、リベリスタは向かう。
 拓真の元へ、戦勝の報を齎しに。
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 敵の撃破による突破だけを狙っていた場合、恐らく間に合わなかったでしょう。
 非戦は直接戦闘の役には基本的に立ちませんが、有用な場所では大変重宝するなあと改めて。

 この旅客機は無事に、最寄の空港に到着できました。
 お疲れ様でした。