● 離れない様にと握りしめた掌を覚えてる。絡めた左の小指を覚えている。 約束だよ、と笑った事を覚えている。 ――大丈夫、強くなるよ。 だって、オレはヒーローだから。そう言って笑えば彼女は楽しそうに笑っていた。 全てを護り切れるだなんて思ってなくて、全てに勝てるだなんて思ってなくて。 唯、其処に『彼女』を護り切れるだけの力があれば其れでよかったんだ。 「こんにちは、えーと、梓サン? あたし、誰花と申します。悪い勧誘じゃないんですけどネ!」 へらりと笑った女は赤いネイルを塗った指先を動かして少年を指差した。少年と女は知り合いではなく、初対面であるというのに馴れ馴れしい口調の女に『そんな気』がしなくなるのはなぜだろう。 「悪い宗教とかそんなのだと思って大丈夫ですヨ。ね? うちの『プリンス』も大体そんな感じなので」 何かを簸た隠しにしたかのような口調で女は少年――梓の手に触れる。 「こんにちは、『直刃』の誰花サンでっすヨ! ウチらの仲間に為りません? 福利厚生バッチリ! 残業代だってでますヨー! 優良企業『逆凪』の――イイエ、それ以上に素晴らしい『直刃』。どうですかね?」 ● 「ゆーびきーりげーんまーん」 唐突に小指を突き出した『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)にブリーフィングルームに集まったリベリスタ達はぽかんと口を開いた。 「え、ええと、お願いがあるの。さっきのも前振りってやつね!」 時折、その外見とイコールされそうな程に幼い言動を繰り広げる予見者は慌てたように、言葉を紡ぐ。 「お願いは、一人の少年を救いだしてほしいの。彼を何故か執拗に勧誘するフィクサードの姿が見られるの」 「フィクサードに彼を取られない様にしろって?」 その言葉に予見者は小さく頷く。彼女はお願いの前に幾つかシチュエーションクイズの様なものをするのが常だった。大方『一人の少年』が何らかの影響を与えているのだろうが―― 「その少年の名前は梓。彼ね、世界一強くなりたいらしいの」 突拍子もない物だった。英雄願望は常にだれにでもあるだろう。其れにしては巨大すぎる夢でないだろうか。何処か困惑の色を浮かべたリベリスタに予見者は資料を一つ手渡した。 「まあ、そんな彼を『逆凪』のフィクサードから護って頂くのが今回のお願い」 「逆凪……?」 逆凪。全てを含む伏魔殿たる其処は国内のフィクサード組織でも最大手であり、何が合ってもおかしくは無い。特に、その逆凪に関する情報をよく口にする世恋は目線を揺らめかせて、もう一度「逆凪よ」と紡いだ。 「どういう訳か、最近『フリーのフィクサード』や『革醒仕立ての子』をスカウトして回ってる。私が得ている情報は逆凪に関連する組織――というか、連合である『直刃』がスカウトを続けてる様なのだけど……。 何かを仕出かそうとでも言うのかしら、例えば――新組織の設立、とか?」 冗談めかして笑う。それでも『事実』を知りえない予見者は詳しくは解らないわ、と首を振った。 『直刃』と言われてもイマイチピンと来ないリベリスタに予見者も苦笑い。何にせよ情報が少なすぎるのだ。 「解ってる事だけ教えておくわね。 一つ目は彼らが『逆凪』であることと『直刃』と名乗っているという事。 二つ目はフリーのフィクサードや革醒仕立ての子をスカウトしているという事実。……それから、誘いに乗らない場合は殺しちゃうってパターンが多いみたい。 ――梓は革醒仕立て。世界で一番強くなりたいから誰かと慣れ合う事も考えてないわ。だから……」 「殺されるっていうのか」 その言葉に予見者は頷く。言う事を聞かないのであれば殺してしまうしかないとでも言うのか。逆凪は何をしでかすか分からない。だからこその『最大手』だ。其れはアークと似たり寄ったりで在るとも言えるのだが。 「お願いは、梓を護って欲しい。逆凪の『直刃』と呼ばれる組織に彼を渡さないでほしいの」 「その理由は?」 「――何か、嫌な予感がするから」 悪い夢の途中で、目覚めたかのような、青白い顔をして予見者はお願いね、と呟いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月29日(土)22:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――ギィン。 刹那、撃ち合う音が聞こえた。真打・鬼影兼久を手にした『ただ【家族】の為に』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)の靴底が公園の砂利を蹴った。 「拙者は……まぁ、名乗る程の者でもないでござるよ」 橙の右目は真っ直ぐに『女』を見据えた。トンファーを握りしめ、ゆったりと笑う女――誰花トオコは虎鐡の言葉に楽しげに答えるのみだ。 まるで、『そう名乗るのを楽しみにしていた』様に、アークのリベリスタへ対して、笑ったのだった。 「ドウモドウモ! アークのリベリスタさん? 『直刃』の誰花と申します。よしなにね!」 へらへらと笑う彼女の目線は『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)や『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)へと注がれている。 虎鐡の視線が、す、と鋭くなった。向けられたのは橙だけではなく蒼だ。愛娘やフツがその名を神秘界隈で知られている事など百も承知だった。特に、大手逆凪のフィクサードたるトオコや久慈クロムにとっては当たり前の様に知る情報なのだろう。 尤も、情報収集を主に行動していると思われるクロムは『足らずの』晦 烏(BNE002858)の顔にも見おぼえがあるのか、じ、と見据えている。 ――しかしながら、『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)等のフィクサードに対する執念、正義へ対する思いについては彼も驚くべきものがあった。虎鐡もそうだが、ノエルなども少しずつでアークでも知られる存在となってきたのだろう。 フツの広げた強結界が周囲を包み込んだ。突然の乱入者に驚き、腰を抜かしそうになっている少年の傍により、雷音はゆるく笑う。 嗚呼、英雄に成りたいと願う覇界闘士。まるで兄の様ではないだろうか。 抜き身の刃を持ったまま、真っ直ぐにフィクサードを見据える養父の背に目線を遣った。怯えの色を灯した少年は、年が近く其れこそ『武装』の無い雷音の姿には何処か安心を覚えるのか手を伸ばす。 「もう、大丈夫。ボクらはアーク。簡単に言えば、君に宗教勧誘をしている『逆凪』という組織と敵対している組織の者だ」 少年が目を丸くする。敵対する、組織。 何処かの学生服を纏い、分厚い本を抱きしめた少女が何処かの組織に属すると言うのか。 「どうも、オレはフツ、焦燥院フツだ。その子は朱鷺島雷音。 お前さんをあいつらに渡す訳には行かない。――一緒に戦おうか」 袈裟を纏ったフツの姿に梓少年は更にぽかんと口を開いた。一見、徳の高い坊主にしか見えないフツが魔槍深緋という名のついた槍を手にし、自身に戦う事を求めているのだ。 勿論、『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)の様な幼さを残すかんばせに敵意を剥き出しLoDを手に踊る様子というのも梓からすると不思議な展開なのだ。 嗚呼、何処か映画の中に入った様だ。幼い頃、初恋の人が笑って言っていた 『梓ちゃんは映画のヒーローだよ。世界一強くて格好良くなってね?』 自分は無力なのだろうか――? 何故だかそう思えた。『ジェットガール』鎹・枢(BNE003508)がナイフを握りしめ、梓を見やる。 「世界最強っていうのがどれだけ強いのか分からないけど……。 もっと身近な誰かが、きっと誰かのヒーローになれるんだろうなって思うんです」 きっと梓は『初恋の人』のヒーローだから。前衛に走る枢の背中を梓はぼんやりと見つめた。執事服を纏った『忠義の瞳』アルバート・ディーツェル(BNE003460)はスローイングダガーを握りしめ、梓へとその背中を晒すのみ。 先ずは彼の援護から。この舞台の主役はリベリスタでは無いとでもいう様にアルバートは背を向ける。 「参りましょうか」 考えるより前に進め。其れこそが何かを掴む糸口だ――! ● この世界は神秘で満たされている。勿論それは背に翼を持つ雷音も解っていた。生憎、身体的変化は梓には訪れなかったようで、行き成り発露した力に驚くままの梓へと彼女はゆっくりと諭していく。 「君の不思議な力を悪用されるのを止めに来た。ボク達も正義ではないかもしれない」 「じゃあ、悪者なの?」 「いや、ボク達は世界を愛してるんだ。英雄に成りたい? 強くなりたい?」 彼女の問いに少年は頷く。まだ少女と言える年齢の雷音の言葉はハッキリとし力強い。戦場に少女の身ながら命を懸けて来た成果だろうか。翡翠の瞳を真っ直ぐに少年へと向けて手を伸ばす。 「だから、彼女ら――悪意を手にとってはいけない。誰かの約束の為に世界を守るのだろう? その子ごと」 雷音の小さな掌は少年がその手を掴む事を待っていた。指先は真っ直ぐに少年へと向けられる。翼が、ばさりと開いた。 「さあ、悪意と戦え! 手を伸ばして、お願いだ!」 脳裏にちらつくのは何であろうか。傷つき、その身全てを投じてでも英雄を目指した『兄』か。それとも――。 力の源は、常に誰かだった。誰かの力に為る事で、強くなれると言うなれば。 「梓、オレたち、アークは全員護りたいもの、護りたい人の為に戦ってるんだ。 例えばオレは、彼女の為に戦ってる。後で写真見るかい? すげえかわいいぜ、ウヒヒ」 「――護りたい、もの?」 「そう。お前さんにもその力があるんだ。誰かを守る力が」 フツの言葉に続く様にたん、とリルがステップを踏んだ。氷を纏った武器がブロックを優先する逆凪の――直刃のフィクサードの行動を阻害していく。鮮やかな紺の瞳は真っ直ぐに梓を見据える。 「リルも護りたい人、いるッスから。強くなりたいの解るッスよ。だから、強くなりたいなら」 自分を見て、その技術全てを盗むのだとリルは告げる。氷の拳は梓でも扱える術だろう。トオコは梓の目指す物に近いのかもしれない。なれば、強くなりたいならばそれ以上になればいい。 少年はゆっくりと雷音の手を取る。正義は解らないけれど、世界を守る事も解らないけれど、けれど、『誰かの為』に戦うと言うならば。 「……僕でも、いいの?」 「君が、いいんだ」 少女らは、リベリスタは少年のその身を護る。 「あ、あの、ボクのヒーローはアークにもいっぱいいて、皆かっこいんですよ! だから、きっと世界最強とか完璧超人じゃなくったって、ヒーローにはなれるんです」 慌てた様に枢は梓先輩、と声をかけた。力だけだときっと寂しいから。でも、自分は何も言う事はできないから、せめて応援だけでもしたい。 枢の声は確かに梓に届いたのだろう。誰かの為に頑張る彼はきっと自分のヒーローでもあるのだろうとそう信じるから。 ――僕は戦える? 不安が、胸をよぎる。枢のヒーローかと言われれば梓は首を振るしかできなかった。戦場で戦う彼女は紛れもなく『リベリスタ』だったからだ。 けれど、その言葉は彼の気持ちを強くしたのだろう。震える足で彼が踏み出す。雷音が唱える印がフィクサードの動きを止めた。拳を、固めて、少年はそのフィクサードへと走り出す。初めて戦場に出る、鼓動がやけにうるさかった。 どくん、一つ音を立てる。 「大丈夫、君は覇界闘士だ。五行の力を感じて! 大地の、太陽の、水の、植物の、金属の加護が君にはある!」 どくん、二つ胸が高鳴る。 「思う様に身体の奥底に在る自分の力を信じて!」 インヤンマスターである雷音は、自分もその力を感じると、白い掌を真っ直ぐに向ける。少年が怖いと思ったら何時だって助ける。それがリベリスタだから。少年の拳が、真っ直ぐにフィクサードへと突き立てられた。 援護しましょう、とアルバートがダガーを投擲する。接いで、烏の放つ閃光が周囲へと広まった。 「な? 一緒に戦おう」 もう一度、フツが声をかける。彼の槍が穿つその先、動きを止められたフィクサードへと少年は真っ直ぐに拳を突き立てたのだ。 ――たった一つの約束を叶えること、ボクはその願いを、祈りを叶えたいんだ―― ● 「やれやれ、全く……正直なのは美徳なんだが、悪い宗教勧誘って時点でアウトじゃねぇか」 誰花君、と紡がれた言葉にトオコはにんまりと笑う。彼女が梓に掛けた言葉は『正しい意味』であったのだろう。 虎鐡の刃を受け流しながら、トンファーを握りしめた女は改めて染めた様に黒い髪を揺らす。 「イッヤー! 誰花サンは正直なのでっ!」 「逆凪を凪ぐ直たる刃か。随分と野心的な名前じゃあるわな」 その言葉にトオコの眉がピクリと動く。その身全てを賭けて踏み出したノエルがフィクサードの体をConvictioで抉る。靡く銀が、クロムの視界の端で揺れた。 逆凪とは名乗らない彼ら。名乗りあげるそれは『直刃』と言う物だった。直刃――一直線の波紋を描く其れは「凪ぐ」事さえもしないと言うのか。日本刀の名を持った其れにノエルは眼を伏せる。 「良いお名前ですね。その切っ先が何処を向いているかはわたくしからは敢えて問いませんが。 ――刀の鍛造は順調でしょうか?」 「さあ、どうおもいます?」 にしし、と笑みを漏らす女に、さも興味なさげにノエルは穿つのみだった。嗚呼、其れが不調であれば喜ばしいとの願いを込める。トオコは比較的満足していたのだろうか。虎鐡の放つ疾風居合い斬りがその身を断つ。 唇の端が持ちあがる。誰花トオコは好戦的であった。それ故に、強さを求める。ある意味では逆凪では無く剣林と似通った部分が強いのだろう。彼女はお喋りだ。無論、それでも組織の人間であるなれば、必要以上は語らない。 「さて、おぬしには色々と聞きたい事があるでござるよ」 「アタクシに応えられる範囲でしたらー!」 なんだって、と茶化す様に言う彼女には何処か不思議なカラーがある。逆凪と言うには戦いを求め、剣林と言うには力に依存せず、黄泉ヶ辻と言うには開放的で、六道と言うには探求意欲を持たない、三尋木や恐山が如く益を求める訳ではなく、裏野部ほど暴力的ではない。 ――新しい、何らかの色。 虎鐡の視線が真っ直ぐに新しい色たるエキセントリックな女へと向けられた。 「さてと、熱心な勧誘、大いに結構だがね。お姫様の実験素材に梓君を提供とかは勘弁してくれな?」 お姫様――六道の兇姫の事を指す其れにクロムの肩が揺れる。烏の目は其れを逃す事は無い。 悩む様に頭を抱えた枢に至っては、ふわふわと浮かびあがりながら「すぐは、すぐは」と呟いている。誰だって先輩だと認識する彼女は「トオコ先輩」と可愛らしい声で敵に声をかけたのだ。 瞬間、その視線が彼女へと集まる。殺伐とした雰囲気が途切れたのだろう。あ、と声を漏らし慌てた様に両手を振る。 「あ、あの! 直刃ってお弁当おいしいですか?」 「そーですネ。美味しいかもしれませんけど、食べに来ます?」 くすくすと笑みを漏らす。枢の混乱は深いのだろうか。情報収集と言われても難しくて分からない。首を傾げる様子に多少余裕ができたのだろうか、トオコは猫の様に目を細めて、虎鐡に向き直る。 「誰花様、逆凪よりも素晴らしい……と聞き及んでいるのですが」 アルバートの声がトオコの耳に入る。優良企業逆凪よりも素晴らしいという『直刃』。理論を組み立てるプロアデプトである青年は興味深いのか、トオコから目を逸らす事は無い。 その動きや自然ではないのだ。フリーのフィクサードや革醒仕立ての者を勧誘する。アルバートが予想できる限りでも戦力の増強や、間接的に他勢力の構成員増加の防止。それ以外の思惑だってあるのではないか。 余りに『先の見えない』其れにはトオコは口を閉じて話そうとはしない。視線は逆凪陣営の最後列で、その身を庇う様に立っていたクロムへと向けられた。 「非常に良い所、とでも」 一言、付け加えられる。在り来たりな返事にアルバートはもう一歩踏み出した。 「では、どの様な人材が最適と考えていますか?」 独立し新たな一派を作ろうとでも考えているのか――その読みに気付いてか気付かなくてか、トオコは虎鐡との戦いの合間、視線を一度動かした。彼女の手の動きが、瞬間に変わる。見逃すまいとじっと見つめる。 アレは、彼女の生み出した技だろうか、覇界闘士たる女の指先が何らかの印を結ぶ。 「何か来ますよ――!」 「うむ、梓! 一度下がれ!」 危険だと告げる雷音の声。烏が瞬間で前に飛び出した。「おじさんの後ろに」と掛けられた声に梓は小さく頷く。二四式・改の銃口をトオコに向けたまま烏は梓のその身を背に隠す。 「やれやれ、『優良企業』よりも素晴らしい。逆凪の若大将が将来を見据えた人材勧誘でも始めたかい?」 「ヤー、若大将って何方? 大将と言えば黒覇サマ! その弟と言えば邪鬼サマで、末で言えば聖四郎サマですけども!」 「そこのレイザータクト。見た事あるでござるよ? 聖四郎の側近のクロムでござろう?」 トオコの目が代わる。だん、と踏み込んで彼女の手が虎鐡の体を地面へと付させる。笑みを浮かべていた表情も瞬間に凍っていた。リルと相対したクロムの表情も瞬時に変わる。 逃げ出そうとするのが明確に見えていたのだ。 「――行かせないッスよ?」 「うむ、何でこの組織を立てたのか、そして革醒者を狙うのか、教えて頂こう!」 だん、と踏み込んだ。一閃するそれがトオコの腹を引き裂く。笑みを浮かべてトオコの繰り出す大雪崩落が虎鐡の体を地面へと放る。フツの投げる符が虎鐡の傷を癒していく。戦闘としてはリベリスタが勝っていた。 数の問題もあるが、何より梓への徹底的なサポートが良心的な結果を生みだしていたのだろう。 「アンタ、こんな所に駆り出されるだなんて凪の人の使い走りだったんスか?」 「使い走りだなんてとんでもない、重要なお仕事だ」 弱点をつく様な衝撃を与える戦闘術にリルは怯まず、踊る様に攻撃を続けた。クロムの目が揺れ動く。逸らされまいとしっかりと見据えた其れは「イナミ」という名前にぴくりと反応した。 「直刃って元剣林見たいな武人が多いみたいッスけど。アンタもそのクチだと思ったんッスけどね」 「逆凪は全てを含むからね」 ね、と笑みを浮かべたトオコが撤退を告げる様にフィクサード達へと視線を移す。瞬間逃がすまいと広がる神秘の光は周囲を焼き払う。 「さて、黒覇の手垢の付いてない独自の私兵を集めるか。あの若大将は黒覇を越える器になりそうかい?」 「ノーコメントで如何です」 「今はまだ届かねぇだろうよな、だが野心は人を大きく育む。同時に破滅も齎すもんだがな」 ちらり、視線を寄せられる。烏の唇が緩やかに歪められた。魅せられる、その才に。――嗚呼、その賭けにでも乗ったのだろうか。トオコが口にする言葉は「ノーコメント」のみだ。 凪聖四郎が関わっている事は確かなのだろう。刃の名を冠する其れにノエルは「直刃」と口にした。 「何を薙ぎ、何を斬り分けるものであっても、急拵えの付け焼刃では断てるものも限られましょう」 「果たして、急拵えだろうかね」 「何らかの鍛造法をお持ちで? かの魔術結社に、或いは六道の姫に、そもそも最大手逆凪に。 其々に関わりを持っている時点で、何を用意していても不思議ではありませんが」 じ、と見据える女の視線から逃れる様にトオコが一歩引いた。同時にクロムも撤退の色を表した。ノーコメントと大きな声でトオコは告げた後に虎鐡へと視線を寄越す。 「おじさま、戦うなら名前位頂戴な。其れが武人と言う者でしょ? お兄さん、直刃はどんな方だって採用しますよ。例えば、貴方も、そこの可愛い弁当のお嬢さんでもね。 それから、お姉さん。我々、直刃は秘密裏に等動いておりませんよ。新興企業、これで如何」 さらさらと応える女は髪を揺らす。誰花トオコは何食わぬ顔をして走り出すのだ。 その背に向かって放たれる攻撃は女のトンファーに受け止められて相殺された。 何かを読み取る様に、リルは手を伸ばす。指揮官であろうクロムの心は謎に包まれる。ごちゃごちゃとした中に『聖四郎様に報告』という物を読み取り、リルは息を呑んだ。 「またお逢いしましょう。我々は『直刃』。覚えてくださいな。 我等が切っ先は何れは皆様にも向くでしょう! 特務機関『アーク』!」 ● 「梓、お疲れ様。もし一人で戦うのがつらくなればいつでも連絡してほしい」 そっと雷音が手渡したのは自身のメールアドレスだった。常なれば虎鐡に連絡のメールを送る彼女だが、共に戦場に居る今その必要は無いのだろう。 しっかりと手渡された其れに、もう一枚の紙が渡される。フツが用意した表向きのアークの連絡先。つまりはセンタービルへの案内だ。手の空いているリベリスタやフォーチュナ達がその呼びだしには応じるだろう。 「興味があったら訪ねて来てくれよ。歓迎するぜ」 二枚の紙を目を丸くして見つめる梓に大きな茶色の瞳を細めて枢は笑う。 「ボク、応援してます。ファイトです!」 小指を立てて指切りをしよう。何時か彼がした約束の様に。――嗚呼、ボクは何も言えなかったかな? それでも、きっと誰かの役には立てたから。 「……彼はこの先傷つくかもしれません、ボクがやったことは正しいのでしょうか?」 小さな呟きに虎鐡はぽん、と雷音の頭に手を遣った。嗚呼、その答えは未だ何処にも無いのだ。 少年は真っ直ぐに歩きだす。その背を見送って、リベリスタは小さく呟いた。 「――直刃」 逆凪ではない新しい集合体。何処か、虹色の瞳をした男が裏で糸を引くであろう何らかの組織。 凪ぐ事は許さず其れを刃で断ち切る。 己が道を真っ直ぐに示すが為に。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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