●落ちろ我が子よ、千尋の谷へ! 「りんご♪ りんご♪ のぅほぅふぇーん♪」 赤く瑞々しい林檎果樹園にて、るんるん気分の少女はスキップを刻んでいた。 “落ちる姫獅子”千尋ヶ谷 了子(ちひろがだに りおこ)は今年でじっさいのおんなのこ。今日は偉大なるお父様の命令でりんご狩りにひとりでやってきた。 レオポン(獅子と豹の混血)のビーストハーフである了子は、仔獅子に似てまるっこく人懐っこい顔つきをにこにこさせ、豹柄の尻尾をふりふりと上機嫌にも蝶と戯れさせていた。 「わぁ……!」 青森の某所にある林檎果樹園は、ちょうど最盛期を迎えてたわわに実りを結んでいた。 食卓の上に並ぶ林檎は見たことあっても、とっても了子ひとりでは食べきれそうにない何十本もの木々に実る何百という林檎は初めてだ。思わず、感動のため息が漏れる。赤と緑のコントラストに寒空の青が背景となって、とっても雄大で清々しい。 「はぁ、なんて素っ敵なのかしらかしらかしら! お父様はわたくしにこの光景を見せたかったのですね! ああ、なんて優しいお父様……」 じーんと感じ入った了子は、妄想力ゆたかにも父のまねっこをする。 「了子、どうだいこの光景は。はっはっはっ」 ひげを撫ぜる仕草を忘れない。了子はそれなりに獣の血が色濃く、親譲りの立派にちょんと突き出した口元や鼻先、猫ヒゲも自慢だ。獣面人身というほどでなく、顔立ちは三割ほど獣めいている。時どきコンプレックスにはなる。友達は作りづらいので、ひとりで過ごすことも多い。けれど了子は両親のことが大好きでしょうがなく、それでも不幸な生まれとは思ってなかった。 「さてと」 係員の人には、脚立さえあれば十分だと告げてきた。まだ実戦に立つのはずっと先のことだが、了子だっていずれは誉れ高き千尋ヶ谷一族の娘として百鬼夜行どもと戦うのだ。りんごいっこも狩れずして、どうして怪物が狩れようか。 ふんすと鼻息あらく意気込んで、うんせと脚立を立て、おそるおそるりんごに手を伸ばす。 と。 りんごと“目”が合った。 「……」 『……』 お父様、りんごに睨まれてしまいました。 いいえ、ここは千尋ヶ谷の姫獅子たるもの負けてはなりませんとも。 「うーーーー!」 了子は眼をつけ、バチバチと火花を散らして異形のりんごと威嚇合戦に応じた。 勝てる。勝たねばならぬ。了子がそう意気込んだ、その時――。 がんっ。脚立を、何かが蹴っ飛ばした。それは木の根っこだった。 「ふぇ? ぴ、ぴゅぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」 足場を失った了子はひゅーすとんと哀れにも転落、地面とごっつんこ。星とひよこのダンスを見るハメになった。ばったんきゅー。 拝啓、お父様。 青森のりんごは強かったです。 ●貴方はみかん派? りんご派? 愛媛みかん、と書かれたダンボール箱を積み上げてテーブルもどきが用意してある。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げている。 「すみません、今ちょっと作戦司令部の各部屋が使用中になってまして、今回の任務は“優先度が低い”ということで急遽こんな場所しか用意できなくって」 ここは第三会議室付属の給湯室である。せまい。以上。 貴方と貴方の仲間たちはせっかくなのでお茶を淹れつつ、まったり説明を聞くことにした。 「今回、みなさんには青森に行っていただきます。あと二時間後に」 お茶がスプラッシュした。 「ちょっと待ってよ!?」 「な、なんです」 和泉は眼鏡についたカテキン成分その他を拭き取りつつ、眉を八の字にする。 「いやいやいや、僕らにも私生活があるんですけど!」 「そこは今日ヒマそうな人だけ集めたのでご安心を。例のアニメの録画はアークが責任を以って行っておきますから」 貴方の仲間の少年は沈黙した。それでいいのか、少年よ。 「今回は少々、事件発生までの時間が短いのです。これから早速、新幹線に乗って青森へ向かってください。作戦相談についても新幹線の車中など移動の合間、ということにならざるをえません。その代わりといってはなんですけど、一泊二日の青森休暇旅行つきということで」 「おやつは?」 「もちろん、三百円まで」 アーク本部通達。おやつは三百円まで認める。バナナはおやつ扱いとする。 「あと青森のお土産を、イヴちゃんたちやわたしの分もおねがいします。自腹で」 アーク本部通達。おみやげは必ず確保せよ。 「そこは経費で落とせよ!」 「いやーうちも色々と予算の都合があって」 てへへ、と和泉は笑ってごまかした。 「さて本題です。 今回はフェーズ2の植物系エリューションとの戦いです。コード『ブルーフォレスト』は林檎の果樹でして、自らの実はフェーズ1『レッドアップル』と化しています。幸い、現地の果樹園は当日ちょうど貸切状態で一般人は居合わせないのですが……」 とん、と和泉はみかん箱にスケッチブックを立てる。 ぺらっとめくると、意外と上手でかえって反応に困る似顔絵が出てきた。 「千尋ヶ谷 レオポンちゃんです」 ハッとし。 「失礼、了子ちゃんですね。愛媛みかんに釣られちゃいまして。 千尋ヶ谷家は古いリベリスタの家系です。現当主は隠居の身で実戦を退いていますが、現役当時は大きな戦果を挙げています。その千尋ヶ谷の将来を背負うご令嬢が了子ちゃんなのです」 ずずずと貴方たちは茶をすすり。 「つまり今回のお荷物役?」 「ええと、元も子もないこというとご明察の通りですけど……」 和泉は巧みに視線をそらして。 「千尋ヶ谷の父君はその名のごとく、あえて我が子を逆境に立たせることで強く育つことを願うとききます。わざとおばけ林檎の噂を知りつつひとりで行かせ、度胸を鍛えてやるという魂胆なのでしょう。今回、事前に『娘のことは手助け無用』とお話しを頂いています。彼女もリベリスタのタマゴ、敵の危険度も高すぎるわけではありませんので、放っておいても大丈夫……かもしれません。この件については深く触れず、いつも通りにアークは敵エリューション殲滅を目指します」 「……えと、つまり」 「レオポンちゃんは放置プレイでおねがいします」 「ら、らじゃーっす」 ●いざ青森へ 新幹線に乗車した貴方たちは真剣な議論をかわしていた。 「なぁおい、お前どの弁当にする?」 「駅弁は旅の楽しみだからな、これは我々に課せられた深刻な命題≪テーゼ≫だ――」 選択の時、迫る。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月04日(金)21:51 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●アーク出張隊、北へ 1/2 『お客様へ。駆け込み乗車はおやめください』 「わたったったったぁー!?」 ずってん。 『囀ることり』 喜多川・旭(BNE004015)は盛大にずっこけながら発車ギリギリ滑り込む。大忙しで厳選したお菓子たちが床に散らばる。なお旭は小学生ではない。 「うー」 ぶちっ。 「大丈夫かい?」 優しく手を差し伸べるのは『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)だ。なお旭の父親ではない。旭はぺこりと他の乗客に頭を下げて愛想笑いする。 「え、えへへへへ……ぶち? てーっ!?」 指差した先へズームイン。 和人の靴の下には、見るも無残なチューブバターが。 「あーっ!」 「あー……」 青森への新幹線の車中、やはり弁当は欠かせない。 が、だ。 「駅弁? なにそれ食べもの?」 『守銭奴』――失礼『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)は、おやつも駅弁も用意せず、代わりに簡素なお弁当を食べていた。 夕飯の残りを流用してわずか三十分で質実剛健ともいえる弁当の出来上がり。白米に黒ごま梅干、鳥皮きんぴらに煮物少々。まだ十一歳と幼いのに、良妻賢母の資質アリだ。 「あー俺、幕の内ね」 「おねーさんありがとー♪」 車内販売のカートがやってきた。仲間たちはのーてんきに弁当を買い漁るが、ここで節制してこそとヘクスは気を引き締める。 「わっほい、ほたて舞茸弁当だって」 ――気になる。分厚い眼鏡の底でポーカーフェイスを装うが、五歳も目上のはずの旭がああはしゃいでると自分の努力を疑問視したくなってしまう。 「ね、おかず交換してみない?」 隣席の『上弦の月』高藤 奈々子(BNE003304)の不意の提案に、ヘクスはそっぽを向く。 「同情するなら金をくれ、というやつです」 奈々子の炭火牛タン弁当は一食千円、しかも加熱機能付タイプの有名な仙台名物だ。ありあわせの弁当とは、格が違う。 「同情だなんて。一品をがっつり食べるより、ひとつひとつは彩り豊かな方が嬉しいでしょう?」 「――まぁ、確かに」 渋々と鳥皮きんぴらや煮物と牛タンを少量とっかえこ。 「うん、おいし」 今度は後列席の旭のほたて舞茸とも交換している。妙な気遣いでなければ、いいのだけど。 「ねえ、ひとつたずねていい?」 「いいですけど」 「ピヨンさんが頑張ってお金を集めようとしてるのは、何か理由があるの?」 琴線に触れた。ヘクスにとって苗字呼びはタブーだ。奈々子のクセだと察しがついても、反射的なこの感情のやり場がない。 ヘクスは怒りを忍ばせて答える。 「呼ぶ時はヘクスでお願いします」 ●アーク出張隊、北へ 2/2 ぐぅ~。 『ネガティブ系アイドル候補生』氷室・竜胆(BNE004170)は空腹との死闘中だった。 引きこもるうちに資金が底を尽き、紆余曲折あって貧乏脱出のためにアークとアイドルの二足の草鞋をはじめて早一ヶ月。Pとの営業が失敗つづき、今回の報酬なくしては冬を越せない。 竜胆はお土産用にとPに頂いた五千円入りの封筒をぎゅっと握りしめた。 「私も見習おう、あの人の節制を」 ヘクスという新しい目標ができてもいまだ空腹は手強い。 牛タン! 幕の内! ほたて舞茸! なんて殺生な。 「一番豪華な弁当ひとつ!」 『ミサイルガール』 白石 明奈(BNE000717)は弁当売りのお姉さんをド派手に呼びとめた。 そして同じアイドル事務所の後輩たる竜胆へ、晴れやか先輩スマイル。 「いえ、ふたつ!」 ガタッ。 「せ、先輩!」 「いいってことよ、いいってことよ、はっはっはー」 涙ぐむ竜胆の頭をよしよしと撫でてやると、明奈は真新しい五千円札を突き出した。 「ふっ、釣りは要らないぜ」 キリッ。 正直、わりと見栄を張った。アークの稼ぎはともかく、アイドルとして明奈はまだまだ発展途上で稼ぎも少ない。が、ここで決めなきゃ女が廃る。 羨望のまなざしをむける、可愛い後輩のためならば五千円ごとき惜しくない。 「はい! 超絶極上松坂牛弁当ですね! おふたつで三万円です! まいどありー!」 「えっ」 「あ、まさか幻のウルトラスーパーデラックス松茸弁当おふたつですか?」 青ざめる先輩、後輩のきらり尊敬ビーム。 「ちょ、ちょ超絶ごごご極上松坂ぎう弁当ふ、ふたつで……」 諭吉三枚、昇天。 “後輩と食べるおやつ ¥300 後輩と食べるお弁当 ¥30,000 後輩との楽しい一時 プライスレス お金で買えないものがある。買えるものは、時村カードで” プシュッ。 「ごくごくごく……くぅーぁあっ」 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は白昼堂々ビールを呷る。 「りゅ、龍治!」 『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)の鹿耳が驚きのあまりピンと跳ねる。その可愛げな耳を、慣れた調子で龍治の無骨な指先がもてあそんだ。 「ちょ、龍治! 今は仕事中!」 「知ってるよ。こんな酔えない酒もどき、仕事中でもなきゃ御免こうむる」 木蓮は二重の意味で人目を気にして、肩にまわった龍治の腕をすりぬけ、他の席を確認する。 「うわ……」 旭と和人の父娘家庭コンビは普通に楽しげなのに、他の二組は不幸の匂いがそこはかとなく。 何があったか、ヘクスと奈々子は気まずいムードで黙々と弁当をつつくばかり。 アイドルコンビは後輩の竜胆が豪華なステーキを頬張り、先輩の明奈が「おいしいよぉ、おいしいよぉ~!」と歓喜とは異なる涙を流して松坂牛に喰らいついている。 この旅、どうなってしまうんだろう。 ●青森りんご日和 ――青森某山中、林檎果樹園へ。 園内に通された一同は、まずその絶景に感じ入るのだった。津軽海峡を一望でき、見渡す限りの青々とした果樹に真っ赤な林檎が生るさまは感嘆に値する。 ガコンッ。 脚立が倒れるや否や、レオポンちゃんこと千尋ヶ谷 了子(りおこ)は地面と激突した。 星とひよこの舞いおどり。 「はらほろひれはれ~」 古典的なピヨり台詞のまま、よたよたと了子は黒斑の尻尾でバランスを取ろうとする。 一行は『ま、いっか』と放置プレイをかまして標的の殲滅を開始するのであった。 雑賀衆の末裔を称する雑賀 龍治、その得物たる火縄銃はウィリアムテルの如く果実を射る。否、さしもの弓の名手とて、一射にして五つの的を貫くことはできまいて。 肩を並べて、もうひとりのスターサジタリーである草臥 木蓮はセミオートライフル『Muemosyune Break』の弾丸をばら撒き、林檎を次々と砕いていく。 両者とも歴戦の射手だ。重ねて、二人の息はぴったり合っている。まさに余裕だ。 「さーて、お仕事しますかねっと」 メキッ。和人は無骨な愛銃を手に、化けもの果樹を“ぶん殴っ”た。光り輝く一撃は、銃床で殴っただけとは思えぬほどに重く、大量のレッドアップルを枝から叩き落としてのけた。 「――これ、楽勝じゃねーの?」 しかし調子に乗って撃破すると、今度は果樹園中の林檎たちに逃げられてしまう。適度にイジメて生かさず殺さずだ。 「へぶっ!」 ミサイルのごとく果樹へ突撃した明奈はカキーンと根っこに弾き飛ばされる。が、めげない。白石 明奈は何度オーディションに落ち(推測)ても不死鳥のごとく再起するのだ。 「砕いて見せて下さい。ねじ伏せて見せて下さい。この絶対鉄壁を!」 決め台詞を宣言したヘクス目掛け、林檎たちが殺到する。 が、その絶対鉄壁ぶりに向かうところ敵なし。 「……くしっ」 訂正、寒さは大敵。 「さっむい! 防寒着までケチるべきではありませんでしたね」 不意にボウッと大きな火が灯り、あったかくなる。 「焔腕――点火! レッツ、クッキンターイッ!」 「いぇーい」 焔腕の異才を遺憾なく発揮する覇界闘士の旭と、見守る竜胆。 「なになに、面白そうっ!」 ごろごろと転がってきた明奈はバッと立ち上がり、興味深々だ。――全員、色気より食い気派か。 「わぁ、なんですのー?」 そこに、更に了子までひょっこり加わってきた。了子はぺこりと一礼する。 「はじめまして。わたくし、千尋ヶ谷了子と申しますです」 アーク、事情説明中。 「――わかりましたわ! わたくし、先輩方のお役に立てるよう不束ながら囮役を果たしてみせます! これは試練! きっとそれがお父様のご意志なのですから!」 戦闘中の奈々子のそばにぱたぱた駆けてゆき、了子は手刀を構えて気合を入れた。 ――手助け無用、とはいっても“手助けされる”のはまた別のことだ。 「いざ!」 その意志を汲み、奈々子は悪戯心をみせる。 「ああっ、あぶないっ」 ひらっ。事前に挑発しておいた敵の一群が、体当たりや葉っぱ手裏剣などを仕掛けてくる。これを紙一重でうまくよける。 「ぴぃぁぁぁああああ!?」 了子のそばをかすめる攻撃、雨嵐。ごんっ。一発おでこにりんごがぶつかり、ふらふらくるくると目をまわす。 「これも試練よ、頑張って……!」 「ふぁ、がんまりまふおねえたま~」 こうして林檎が密集し、落ち葉の溜まったところへ旭は盛大に烈火の拳を叩きつける。 「ほあったっ! 中華料理は火が命~っ!」 「え?」 「燃えよドラゴンっ! 甘く、もっと甘く!」 炎の演舞によって宙を舞い、絶妙にこんがり焼き上がった林檎たち。そのまま空中で鮮やかにシナモンシュガー&バターの十六連コンボを見舞う。 「よっ、ほっ、はっ」 明奈は日頃のダンスレッスンの成果を披露するかのように、ダブルシールドを皿代わりに次々と振ってくる焼きりんごを積み上げてゆく。 完成! 焼きりんごシュガバタ! 「す、すごい」 「わんだふる~!」 実戦がはじめての竜胆と了子にとって、先輩たちの華麗な(間違った)異能の使いこなしっぷりは感動に値した。絵面はコミカルでも、焔腕の火加減を自在にコントロールできる旭の技量は掛け値なしにすごいし、鈍重で取りまわしの悪い大盾をふたついっぺんに軽々と使いこなすのもまた明奈の膂力と技術に裏打ちされている。 ――かっこいい。 きらきらと目を輝かせ、一同の奮戦を通して了子は将来の自分を見つめるのであった。 ●お茶会 「はい、おしまい」 和人はブルーフォレスト目掛けて力強く踏み込みつつ、改造銃によって重き光撃をぶち込んだ。圧し折れて、ついに果樹は倒壊する。 どしーんっという盛大な音を背に、一仕事を終えた和人は煙草に火をつけ、暖を取る。 「ふーっ」 一息つき、改めて果樹園を見渡してみる。皆くつろぎモードだ。 「こういう時、なんだっけ。今風に言えば――、そう」 龍治と木蓮がりんごを小道具にイチャついている。 『へへー、美味しいだろ』 木蓮の小悪魔スマイル。龍治は無愛想を装うが、しっかり尻尾を左右に揺らしている。 「末永く爆発しろ」 果樹園隣接の食堂、その座敷を借りて奈々子はこたつのお茶会を開催した。 招待客は旭、竜胆、明奈、ヘクス、それに了子だ。 「素敵な焼きリンゴに、リンゴの生け作り、アップルティーにお菓子もあるわ。 了子ちゃんも一緒にどうかしら?」 「お、お言葉に甘えまして……」 丁重に三つ指折って頭を下げ、了子はこたつの輪に入った。果てなく遠い先輩たちを前に、緊張してしまっているらしい。 「いただきます」 一口焼きリンゴを口にした了子は、その芳醇な甘酸っぱさとバターの豊かな風味にとろんと頬をとろけさせ、尻尾をへにゃりとゆるませた。 「はぁ、素敵です。お姫様になったみたい」 素敵でしゃらんらな女子会。 ふたりだけの世界を満喫してるカップル。 斎藤・和人(41)は、ひとり喫煙室で一服する。 ヘクスと竜胆の節約コンビは気分悪そうにこたつでうなだれる。 食い過ぎだ。 「う……、もう土産は干し餅とこの林檎でいいですよね」 「先輩、プロデューサー、初陣はつらく厳しい戦いでした……」 旭や明奈も同じ調子だ。駅弁食べて戦闘中に食べてまた三時のおやつに食べたら当然だ。 あったかいお茶を啜り、奈々子と了子だけはゆるりと語らう。 『戦ってみてどうだった?』 『お父さんってどんな方かしら』 そうして話題を振ってあげると、了子は素直に答えてくれる。 「へぇ、今年から実戦なのに、まだ戦いのスタイルを決めかねてるのね? クロスイージス――怖くても泣かない、お父さんを守れる人になってみたいと思わない?」 こくり、と了子はうなずく。憧れや願望はあるようだ。 「あの、ところでヘクス様はどうしてお若くしてリベリスタに?」 「え?」 ヘクスは戸惑うが、ふと車内での出来事を思い返すと、静かに語った。 「ならざるを得なかったんです。気づいたら記憶がなく、両親は死んだと告げられて、自分の名前を返済すべき借用書で知りました。金10000kgと銀2500kgの債務を返すこと。そうしなければ、死後この目をある人に奪われる約束。つまり、金のために戦ってるんです。」 ヘクスは分厚い眼鏡を指差して。 「これで参考になりましたか?」 そう答えた。 困惑する了子をよそに、奈々子は力強く頷いた。 「――へクスさん、さっきはごめんなさい」 「いえ、気にしてませんけど」 「理不尽に思える請求を踏み倒そうともせず、今一時の遊興さえ慎み、ストイックに返済に努める貴方の姿勢――じつに筋が通っている。 私、貴方と仲良くなれたらいいな、て。改めてそう願うわ」 ヘクスは熱いアップルティーを呑み、わざと表情が読めないよう、眼鏡を湯気で曇らせた。 ●宿泊 夕刻からは各自、自由行動と相成った。 「それじゃ、私はここでさよならを。みんな、来年もよろしくね」 奈々子は女一人の年越し温泉旅行へ向かうべく、一路北上、北海道は登別へ。 「同じく。もったいないので直帰します。宿泊費は節約した分だけ請求しますが」 ヘクスも最小限の土産を買い、AFの亜空間まで活用して最大限に林檎を回収、三高平へ。 残る面々はアーク手配の温泉旅館へ。 「和人おじさまー、こんな時刻にどちらへ?」 こっそり夜の繁華街へ遊びに行こうとしていた和人は、了子の問いかけに困惑した。 「……パトロールだよ、お嬢ちゃん。 エリューションは夜、動く。それに知り合いと会う約束もあるんだ。今夜は帰らないかもしれないけど、みんなには心配しないように言っといてよ、ね」 「はいっ! いってらっしゃいませ、和人おじさま!」 純真な了子のきらきらとした尊敬のまなざしは、歓楽街のネオンよりも輝かしかった。 小宴会場。 「おふたりは、夫婦(めおと)なのですか?」 枝豆をつまみにビール(本物)を呷っていた龍治は思わず発泡した。 傍らでお酌していた木蓮は――お察しください。 「龍治、俺様さきに露天に入ってくる」 びしょぬれにかこつけ、赤面した木蓮はそそくさと場を後にした。龍治、孤立する。 「……」 背後では、アイドル氷室 竜胆の生カラオケライブが開催中だ。かしまし三人娘に気づかれたら、どんな質問責めに合うか分からない。早急に切り上げて脱出せねば。 龍治はあれこれ言い訳を考えるが、酒の勢いもあってシャラくさいとばかりにこう断言した。 「俺の嫁だ。」 どんっ。 正々堂々とした男らしい言い切りに、了子はなぜかパチパチと拍手する。 「お父様みたいで素敵です、龍治様!」 極度に顔面が赤熱した龍治は、無言で湯気立つ勢いのままに扉を開けて外へ出る。 が、そこには聞き耳を立てていた木蓮が。 にこにこと了子の見守る中、ふたりは真っ赤に凍りついていた。 その後、ふたりは露天風呂に入ったり同じ個室でいっしょに寝たりしたのだが、その仔細を語るのは野暮というものであろう。 なお、明奈と竜胆のふたりもまた露天風呂に入ったり同じ個室でいっしょに寝たり――以下略。 ●報告 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はお土産品を黙々とチェックする。 「……わ、わーい、林檎うれしいなぁー」 林檎、林檎、また林檎。林檎のパイなど加工品は嬉しいけど、じつは果樹園の経営者から退治のお礼にどっさりダンボール三つ分の林檎が届いていたりして。……色んな人に少しずつおすそ分けしよう。 「……地味ですね、干し餅」 よし、購買所のあの子にでも押しつけよう。 「これはイヴちゃん喜ぶかも」 旭の津軽こけし。しかもウサミミ、通好みだ。 「あ、これうちのおばあちゃん好きなんですよねー」 葉くるみ漬け。木蓮の用意した、大根を白菜の葉で包んだ青森土産の漬物だ。 「これは……ふふっ」 津軽こぎん刺しのペンケース。和人が、和泉に贈ってくれたものだ。こういう心憎い気配りが彼の憎めない、そしてモテる秘訣だろうか。 他にも明奈の汁せんべいに竜胆の海産物、年明けには奈々子の温泉饅頭も届いた。 お土産の品々は、アーク関係各所がおいしく頂きました。 ●オチ 「というわけでプロデューサー、ろんたんといっしょに地方営業がんばってきたのぜ」 「そーか」 「ろんたんの初陣ばっちり見守ったし、夜はがーるずとーくで親交深めまくりだぜ」 「よかったな」 テーブルの上には、領収書が一枚。 『超絶極上松坂牛弁当×2 三万円也』 白石 明奈、アイドルやってます。 「新年あけましておめでとうございます!」 「お年玉、もうあげたぞ」 ――最強の敵だ。冷たい汗が止まらない。しかし、絶対に負けられない戦いがここにある。 「頼む! 経費で、落としやがれぇぇぇぇっ!」 渾身の右ストレート。 が、しかしPのラリアットが炸裂する。 「却下に決まってんだろうがっ!」 ――完! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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