●とある少年の苦悩 とある高校のサッカーグラウンドに少年達の威勢のいい掛け声が響く。 ゴールラインの内側から見守っている諏訪健太は、後輩たちに指示を出す。温厚で後輩達がっしりとした体格にも恵まれ、能力的にも申し分ない彼が主将でないのにはとある訳がある。 それは彼のひとつ下の学年に、天才がいるからだった。鮮やかにシュートを決めるフォワードで、彼のプレイには誰もが息を呑み、そして憧れた。そして彼が優れていたのは、何も敵から点をもぎとる能力だけではなかった。冷静に戦況を把握し、仲間を指揮する能力も、諏訪より西川の方が遥かに上だったのだ。諏訪が努力で手に入れた技術を、西川は才能で次々に会得していく。諏訪は何とも言えない気持ちで西川を見詰めていた。 しかし二人は不仲というわけではない。むしろその逆だった。ひとつ上で人がいい諏訪のことを、西川は尊敬していたし、諏訪も自分を慕う西川のことをよく可愛がっていた。 「諏訪先輩、残念ですね。西川がいなけりゃ先輩がキャプテンだったのに」 とある後輩がふざけてそう言っても、諏訪は黙って笑った。 「いや、俺より西川の方が才能あるし。あいつがキャプテンなのは当然だろう?」 サッカー部の平穏な日々はいつまでも続いて行くように見えた。 しかしある時事件が起こる。エースでキャプテンでもある西川が、何者かに階段を突き落とされたのだ。西川は大事には至らなかったものの骨折し、しばらく試合には出られそうにない。 しかし妙な点があった。突き落とされたのは人通りの多い昼休みだったのに、誰も西川の背中を押した犯人を目撃してはいなかった。西川が階段から転げ落ちたところを見た人間はいるにも関わらず。 しかもその女子生徒が妙なことをいう。 「私には、まるで西川君が勝手に階段から転げ落ちたように見えたのよ。いや、違うわね……。まるで幽霊か何かに押されたみたいに、西川君がいきなりバランスを崩したの」 とあるサッカー部員は首を傾げながら諏訪の顔を見た。 「おかしなこともあるもんですね……。あいつが階段を踏み外すようなドジな真似をするとは思えませんし。あれ、諏訪先輩? どうしたんですか?」 いつもの諏訪なら西川の身に何かあれば率先して見舞いの計画を立てるはずだ。しかし今日に限っては何も口にしない。 「……すまん。俺、今日は帰るな」 まるで何かに怯えているように蒼白な顔をしながら、自分の荷物をまとめて家に帰ってしまった。後輩達はそれを疑問に思いながらもその背中を見送るしかなかった。 ●無意識の葛藤 「みんなは生霊って知ってる?」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001はリベリスタ達にそう尋ねたあと、ある一例として源氏物語の話をし始めた。 光源氏の数多の愛人の一人、六条御息所は大層気位の高い貴婦人だった。ある日源氏の正妻葵の上が懐妊したとの知らせを受けた彼女は、嫉妬する。しかし生来の性格からか、それを抑え込み抑え込み、他にもいろいろと悔しい出来事が重なって遂には生霊となり、葵の上を殺してしまう。 いずれそのことに気付いた彼女は、深く悲しみ自ら都を去ってしまう。 イヴは大体そのようなことを語った。いまいち意図が読めないリベリスタの視線を感じ取ったのか、小さく咳払いする。 「何が言いたいかって、自分の感情を人は制御出来ないってこと。無意識のうちに重なった感情が、思わぬ悲劇を起こすことがある。今回は生きてる人間のそんな無意識が覚醒因子と結びついてしまった事故」 イヴはあらかじめ用意していた高校の写真をスライドに映した。そして手にはサッカー雑誌を持って説明する。 「この子知ってる? 高校サッカーが好きな人はこの顔に見覚えがあるかもしれないわね。彼はフォワードの西川大輔くん。二年生だけどキャプテンをしているわ。そして今回の被害者。そしてこっちがいちおう加害者になるのかしら? 同じ学校のサッカー部でキーパーをしている諏訪健太くんね。彼は三年生で、副キャプテン」 イヴは二人の少年の顔を映しながら、今回の事件を説明する。 「西川くんは何者かに階段から突き落とされたのだけど、ずばり犯人は諏訪くんなの。いや、諏訪くんの感情がエリューション化したという方が正しいかしら」 要約すると、キーパーの諏訪は西川が入学してくるまで有力な時期キャプテン候補だった。周りも彼を高く評価していたし、おそらく本人もその気でいたのだろう。しかし、そこに天才的な才能を持つ西川が現れ、彼からキャプテンの座を奪ってしまった。 「この嫉妬の感情は思いの外根が深くてね。今日昨日のものではないの。一年以上毎日毎日彼が無意識のうちに後輩に嫉妬し続けた感情。彼は西川に嫉妬し、次に天才に嫉妬する。今のまま放っておけば、自分より才能のある人間を無差別に襲うことになるでしょうね」 無意識のうちに。まるで生霊のように。 そうイヴは付け加えた。 「諏訪健太の無意識は西川くんが入院している病院に現れるわ。彼にまた危害を加えるために。そうならないうちに、あなたたちは手を打って」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月06日(日)22:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●少年の決意 諏訪はある手紙をしたためながら、ふと西川がサッカー部の門を叩いた時のことを思い出した。彼があらわれた日のことは、今でもよく覚えている。 その少年は、良くも悪くも平凡だったサッカー部にひと波乱もたらした。天才的な才能を持ち、万年地方大会どまりのサッカー部を全国に導くことになった。何故彼の様な選手が平凡な高校に進学してきたのか、それには訳がある。簡単に言えば、性格がけんかっぱやいのだ。 有名校に部活推薦が決まっていたにも関わらず校内で暴力沙汰を起こし、それが取り消された。そのために諏訪の通う高校にやってきたのだ。それはすぐさま諏訪の耳にもつたわった。そのせいかはじめは西川のことをサッカー部全体としては快く受け入れたわけではない。しかし、諏訪は彼の才能に気付いていた。そうして諏訪は西川がチームに馴染めるよう手伝いをしてやったのである。 すこしひねくれたところのある彼には手を焼いた。口も悪いし態度もでかい。後輩としてはとても褒められたものではなかったけれども、諏訪は根気よく西川が自分を受け入れてくれるのを待った。けれどある日を境に心を入れ替え、練習にもちゃんと出るようになって、その才能であっという間にサッカー部を内部から変えてしまった。 しかしその輝かしい功績を見ながら、胸にわずかなもやもやが芽生えたのも事実だ。 「まあ、それも明日で終わりだな」 書きあがった便箋を三折りにし、封筒に入れる。それに“退部届”と記入した。ためいきをついてベッドに潜り込む。 その夜はなかなか眠りにつけなかった。 なかなか寝付けなかったせいか珍しく寝坊してしまい部の朝練には顔を出せなかった。カバンの奥底には退部届けがある。授業も上の空で、とうとう放課後がやってきた。 「先生、ちょっといいですか」 チームメイトに檄を飛ばすジャージ姿の顧問に呼びかける。不審な顔をした顧問と教室に行き、そこで例の者を提出した。 精悍な顔は困惑した表情をするだけだった。 「どうした、諏訪。そういえば今日の朝も来ていなかったな。最近様子がおかしいと思っていたんだ。……もしかして西川の件と何か関係があるのか?」 びくりと肩を奮わせる諏訪に、顧問は難しい顔をして首を捻った。 「お前はチームに必要だ。考え直せ、分かったな」 顧問はそう言って背を向けた。 「そうですか、すみません。今日は帰ります」 諏訪はそう言って思わず駆けだしていた。 下校途中肩を落とす諏訪の前に、奇妙な三人組が現れる。柔和な笑みを浮かべた女性がと、涼しい顔で微笑む男性。その後ろからはひょこっと少女が笑顔をのぞかせていた。 「きみ、諏訪くんよね? ちょっといいかしら」 名前を呼ばれたことにたじろぎ顔色を窺うが、意図のない笑みに警戒が徐々に薄れて行く。 「ちょっとお話しない?」 諏訪は促されるがままに、公園のベンチへと座った。 ●接触 『おかしけいさぽーとにょてい!』テテロ ミーノ(BNE000011)は無邪気な笑顔で、諏訪に話しかける。 「おにいちゃん、げんきないのー」 見上げてくる視線に諏訪は苦笑した。そんな自嘲した笑みを浮かべる少年に『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)は穏やかな笑みで微笑む。 「諏訪君、私達はねあなたのファンなのよ」 彼の心に近寄るために、由利子は事前に『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)から得ていた情報を基に話をすすめる。 「娘といっしょにあなたが出ていた試合を見たことがあるのよ。素敵だったわ。大きなゴールの前に一人で立っているあなたはとっても頼りがいがあって。まさに守護神ね。この子にまかせていたら大丈夫。そう思えたわ」 諏訪の瞳が揺らぐ。悩める少年の心を救ってやりたい。由利子は一人の子供の母としてそう思う。 「……そうですか。みんな華やかなフォワードにどうしても目が行きがちで、そんなことを言われたのは久しぶりですよ。サッカーがお好きなら名前くらいは聞いたことがあるでしょう?うちの高校の西川は有名ですからね。あいつの才能にはみんなが惹きつけられるんです」 ようやく本音を見せ始めた諏訪を『自称アーク美少年』星神 タクト(BNE004203)が立ち話はなんだからと喫茶店に誘導した。 昼下がりの喫茶店は人もまばらで、落ち着いた雰囲気だった。四人は窓際の席に座った。 「甘いものは平気かい? それとも軽食の方がいいかな」 メニューを見せながら好きなものを注文するように言うと、諏訪は価格の安いコーヒーを一杯だけ注文した。年頃の高校生にしてはしっかりものだ。 「遠慮しなくていいんだよ? あ、お姉さんサンドウィッチもお願いします。年頃の男の子なんだ。食べられるよね」 「あー、ミーノもたべるの!」 注文したサンドウィッチが運ばれてくると、ミーノがまっさきに手を伸ばしかぶりつく。いそいで食べて喉につまらせた。 「うー!」 「大丈夫か? ほら」 諏訪が軽く背中を叩いてやり、飲み物を差しだした。 「ぷはっ、すわくんやさしいの!」 面と向かって優しいと言われて照れたのか、顔をそむける。 「諏訪くん、気がきくね。やっぱりキーパーだ。ゴールキーパーにはしっかりした人が多いそうだね。それに精神力が強くなければ務まらないポジションだ。けれども最近のきみは、感情が乱れてはいないかい?」 諏訪はその一言で自分の悩みをなぜか知られていると悟ったのかきまずそうに視線を落とした。 「君は西川君に嫉妬しているのではないかな」 タクトがそう指摘すると、諏訪は逃れようともせず弱々しく頷いた。 「そうです、俺は諏訪に嫉妬しています。あいつの才能がうらやましい。けれども、俺はこんな自分を許せなくて、誰にも言えなかった。そうやって押し殺して気付けば嫉妬でいっぱいなんです」 諏訪は渡せなかった退部届を取り出した。 「俺は退部届を出すつもりです。顧問は許してくれませんでしたが、受け取ってもらえるまで何回でも。俺がいなくても西川がいればサッカー部は成り立ちます」 タクトはイヴから聞いた貴婦人の物語を思い出す。嫉妬に駆られ生霊となり、ついには恋敵を殺してしまった女性。彼女は悲しみから恋人の元をさった。今の諏訪の姿と、その物語が重なる。 重苦しい空気の中、ミーノが声を上げた。 「それはちがうよ! おにいちゃんやさしいもん、おにいちゃんにしかできないこときっとあるよ!」 少女の柔らかい顔がほころぶ。 その光景を見守っていた由利子は、未だ苦々しい顔のままの諏訪の手を握り締める。そしてその大きな手に驚いた。年下の彼の手のひらは由利子のそれより遥かに大きい。固くなった指の皮は努力の証しだろう。迫りくるボールを何度も何度も受け止めた記憶だ。由利子は諏訪の大きな身体がいとわしく見えた。 「ミーノちゃんの言う通り。あなたにはあなたにしか出来ないことがきっとあるわ。こんなに辛い思いをしても、サッカーのことは嫌いになれないでしょう? それだけ思い入れがあるという裏返しよ。それに、あなたと西川くんの役割は違うもの。あなたはキーパーでしょう? どんなに優れた人でも背中に目はついていない。ならば彼の背を見守って支えてあげなさい。彼が十の事をこなしても、見落とした一つを貴方が見つけられたら それはとても価値のある事なのだから。ね?」 優しい母のような慰めは、諏訪の心に届いたのだろうか。 「今日の夜、西川君が入院している病院に行ってみない? きっと西川君も待っているわ」 そう告げると、彼は小さく頷いて去って行った。 「彼、来ますかね」 タクトが由利子に尋ねると、由利子はしっかりした声で言った。 「ええ、きっとくるわ」 ●葛藤 そろそろ夜も深くなるころ。雲が月を覆い隠し街灯があるとはいえあたりはうす暗い。 事前に少年と接触した者達とは別に、直接無意識と対話する一行はすでに病院の前に集合していた。接接触組は先ほどから言葉少なめだ。 「……上手くいった?」 『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022) は由利子に尋ねた。いまだあどけなさを残す少年は、諏訪の気持ちを考える。いまでこそ彼はアークでリベリスタを生業にしているが、数か月前までただの小学生だった。そして彼の祖母には神秘の話を聞き、なぜ自分にはその才がないのかと自問自答したこともある。だから陸駆には、諏訪の気持ちが分かるのだ。 由利子は陸駆の問いに頷く。 「そうね、あとは諏訪くんの気持ちね。あと一歩ってところかしら。きっと本当は自分でも分かっていると思うの。きっかけさえあれば、あとは上手くいくはずよ」 「でも俺もちょっと分かるな。スポーツやってるとそういうこともある。俺もキャプテンマークには無縁だったから」 『デイアフタートゥモロー』新田・DT・快(BNE000439)は自身の青春時代を思い出す。彼が夢中になったのはラグビーだったが、競技こそ違えどいろいろと分かることもあるのだ。 「やっぱりスポーツは楽しいもんだろ? それを思い出してほしいな」 リベリスタ一行は病院へと入り、諏訪の無意識の来訪を待った。 西川の部屋の前に陣取り、結界を張る。 しばらくしてどこからか靄のようなものが漂ってきた。そしてそれはやがて形を作り、に人の形になる。それはやがて徐々に鮮明になり、精悍な少年の姿になる。 その姿を認めてからいつの間にかバス停の小道具を設置していた『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)がそれに足を置きながら、不自然な角度をつけて言い放った。 「かなりマジでゼツボー的に待ちくたびれたぞ、小僧」 中二病のきらいのある彼女は、自分を演出してそう言った。 ためらうようにゆらぐ諏訪の無意識は、なぜか閉められた扉の前から動こうとしない。 西川を襲うことをためらっているのか。 「まず初めに言っておこう、貴方は絶対に西川には勝てない」 「しかしこの男にも欠点はある。私は密かにこの男を監視していたのだ。なんとこいつは看護師、それも男を妙な目で見ていて――」 「おい、どこに向かおうとしているんだ。ちょっとおかしな方向にすすんでないか?!」 快の鋭い突っ込みが生佐目に冴えわたる。彼は咳払いして、話を先にすすめた。 「西川を襲おうとしないのは、どうしてだ? 本当は自分でも分かっているんだろう、本当の自分の望みが天才の失墜じゃないからだ」 彼は笑って、ラグビーボールを諏訪にパスする。見事にキャッチした彼の目を見て、自分の昔話を始めた。 「俺の話も聞いてもらっていいか?俺は高校時代はラグビー部で、だれにも負けないくらい練習もした。でも、キャプテンマークなんて無縁で、最後の大会は都大会のベスト16止まりだった。 けど、な。後悔なんて、あるわけない。ラグビーが大好きだった。負ければ悔しいし、ライバルにも嫉妬した。けれど原点にある真実は、ラグビーが好きっていう揺るがない思いだった」 お前もサッカー好きなんだよな。そうやって問いかける。 「なあ諏訪、お前にしかゴールは守れないぞ」 『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は快に続いて、諏訪に語りかける。 「そうね、眩しいものに目を引かれるのも分かるわ。わたしは手芸を趣味としているけれど才能溢れる作品に嫉妬することはあるもの。努力して届かない高みというのも、確かに存在するわ」 淑子はそれでも、と続ける。 「けれども諦めてしまったら、何にもならないでしょう? 努力できるって素敵じゃない」 その言葉に陸駆も頷く。 「そうだ、努力できることも才能だ。そして諏訪、貴様にはそれが出来る。また自分を信じることから始めればいいじゃないか」 相次ぐ言葉に、諏訪の無意識は揺れる。すでに西川を襲おうと言う気持ちはなくなったのか、ただそこに立っている。しかし諏訪の意識は行き場をなくした煙のようにそこを動かない。 「諏訪君……」 由利子はそんな諏訪を案じるように見詰めていた。 その様子のじれったさに『死刑人』双樹 沙羅(BNE004205)は今回の被害者である西川の病室の扉を開けた。個室の中心には、白いベッドが据えられ、そこには目当ての少年がいる。 沙羅はその前に歩み寄る。 「やっほー、西川くんとお見受けするけど、あってるゥ?」 眠りが浅かったのかすぐに目を覚ましていた西川はおおいにうろたえた。 「だ、だれだあんた?」 西川は多いに狼狽した。鎌を持った少年が自分のすぐそばまで迫っていれば当然だろう。 「単刀直入に聞こう。君は自分を突き落とした犯人を知っているのかい?」 西川の視線が鋭くなった。 「なぜあんたにそんなことを言わなきゃならない」 「へえ、知ってるんだ? なら話は早い。しかもその様子だと口外していないみたいだね。…君は仲間を助けたいかい?」 沙羅の問いは病室の静寂を乱す。彼は自らの犯人を薄々悟っている。しかもそれが尊敬する先輩だという。以上から、彼は裏切られたことになるのだ。一度裏切られた彼はいったいどのような反応を示すのか。このごろアークという組織に所属して、仲間の存在をもてあましている沙羅には、その決断は興味深いものだ。 「もちろんだ」 一分のためらいもなく、西川は即答してみせる。沙羅は自らも笑みを深くしながら手を伸ばした。 「そうかい、じゃあ行こう。支えてあげるよ。天才を、そして君を勘違いしている諏訪君を怒りに行こう」 ベッドから立つよろめく西川を支えながら、沙羅は笑った。 足音がして、リベリスタ達は振り返る。沙羅が連れてきた西川は、松葉杖をつきながら進む。その決意に満ちた瞳はまっすぐに前を見据えていた。 無意識は後ずさる。その視線を受けきることが出来ないと言わんばかりに。 「待って、待って下さい。諏訪先輩。人の話をききやがれ」 西川は話しかける。どこまでも生意気な後輩の態度で接する。 「先輩、今日もしかして退部しようとしてたんじゃないんですか? 顧問とあんたが揉めてたとチームメイトにメールで聞きましたよ。勝手に責任を感じて結論を出すところはいかにもあんたらしいです。けれどね、誰もそんなこと望んじゃいませんよ」 逡巡しながら西川は諏訪の裏の顔をしっかりと見詰める。 「チームには、あんたが必要で。それになにより俺にはあんたが必要だ。勝手にやめるなんて許しませんよ、先輩」 生佐目は諏訪の瞳が見開いたのに気付く。 「――西川がいかに優れていても人間だ。いずれ壁にぶつかる時もあるだろう。その時、お前はどうするんだ?」 嫉妬に苦しんだ少年の瞳に涙がにじむ。 「うむ、どうやら西川と共にある未来を選ぶようだな」 生佐目は満足気に頷く。ミーノは笑った。 「やっぱりすわくんはたよりにされてるのっ」 彼は自らの未来を描けたのだろうか。気付いた時には諏訪の無意識はまるで日差しを受けたように霧散した。 ●そして未来へ 諏訪が病院を訪れたのは、すでに彼の無意識が消え去った後ではあった。しかし最期に何より一番大切なことが残っている。 「諏訪君、来てくれたのね。西川君とお話してごらんなさい」 由利子は諏訪の背中を押して病室に入れ、そして二人だけにするためにみんなと一緒に扉を出ようとした。そこで振り返った少し不安そうな背中にその背に祝福のクロスジハード をかける 由利子はそっと扉を閉めた。 諏訪が後ろを向いたままの西川をじっと窺う。沈黙が諏訪を襲い、拳を固く握りしめる。諏訪はその顔が振り返るのを待った。 「……諏訪先輩?」 西川の声色は諏訪を責める風ではなかった。次に諏訪が目にしたのは、いつもの後輩のどこか生意気な満面の笑顔だった。 「待ちくたびれましたよ、諏訪先輩。今度の試合の作戦でもいっしょに立てましょうか」 「西川、お前」 何かいいかけた諏訪の言葉を西川が遮る。 「退部なんて許しませんよ? 先輩は必要なんですから」 諏訪はその言葉にすべてを悟り、小さな声でありがとうと言った。 病室から聞こえる和やかな声を聞いて、リベリスタ達は二人の間には何も心配などない。リベリスタ達はそれを確認して静かに去っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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