● それは何処までも怜悧で。けれど優しい世界だった。 見渡す限り、白。落ちかかる影は薄く灰色にも、水色にも見える。真っ白い雪だけで作られた、その日だけの夢のお城。 触れれば柔らかな感触を残して溶け消えるそれに、冷たさはない。 天井を見上げれば、時折舞い落ちるのは綿菓子のように淡い粉雪。 望めばどんなものでも出てきた。どんな場所へも続いていた。全てが白いお城の中は、一夜だけの夢に溢れている。 どこか遠くで、聖夜を讃えるうたが聞こえた。 特別な日の、特別な場所は、その日ひどく静かに来訪者を待っていた。 ● 「……皆さん、クリスマスのご予定は既にお決まりですか?」 椅子に腰かけ足を組んで、一言。常のように優雅に口角をあげた『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)は緩やかに首を傾けた。 何とも言えない顔や、しあわせそうな顔。その全てを見まわしてから、シンデレラはお好きですか、と告げた。 「硝子の靴が無くても、一夜限りの夢を見る事が出来るんです。……全てが白い、雪の城で」 良かったらご一緒しませんか。常より少しだけ楽しげに。そして、御伽噺を見つめる様に。細められた銀月。 どういう事だ、と尋ねる声に差し出されるのは一枚の絵葉書にも似た、薄氷だった。その表面に浮かび上がる様に綴られた、可愛らしい此方の世界の言葉。 「先日、皆さんにもお手伝い頂き、我々は一人と一匹のアザーバイドを助けました。……霙君と、風花君、と言う、この世界にも愛された来訪者です。 この手紙は、その時の御礼、と彼女から響希君に届いたものでして。……何でも、聖夜だけ、皆さんを自分の世界に招待したいとか。 まぁ、実際には『簡易的に』招待してくれる形になるのですが……折角です、皆さんもご一緒に如何ですか」 彼女から手紙と共に送られてきた硝子球を割る事で、その一夜の異世界は此処に顕現するのだそうだ。白い白い、雪のお城。玄関を開ければ広いホールと螺旋階段。奥に行けば大広間。中庭では、雪降り頻る空と、白い花が見えた。 その城に『終わり』は無い。扉を開ければ次の部屋に続き、階段を昇れば違う階。二人だけを望むなら、その部屋はそっと他の人から扉を隠す。 壁も、床も、天井も、家具も。全てが白で作られた、そこは真白い世界なのだと、青年はそっと呟く。 「勿論、霙君が作ったものです。この世界への悪影響は一切ありません。……場所は、私の私有地で。使っていない広い土地があるので、そこでなら一般人の心配も無いでしょう。 ……如何ですか。もし興味があるのなら……此方に、地図をご用意してあります」 差し出される、淡い水色の紙。一通りのの飲物や料理、ワルツを望むなら音楽も。用意してある、と告げて、青年はゆっくり立ち上がる。 「嗚呼、当日は私と響希君が、皆さんをお待ちしています。……それでは」 皆さんと素敵な聖夜が過ごせる事を。ひらり、手を振って。その姿はブリーフィングルームの外へ消えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月02日(水)23:37 |
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● きらきら。吊り下げられたシャンデリアが、楽しげに踊る妖精が、淡い光にきらきらと煌めく。まるで童話の世界の様なそれに、楽しげに笑ったのは終だった。 「小人さん達かわいい(>▽<) あ、これ向こうのお菓子かな??」 恐らく、多くは此方で用意されたものなのかもしれないけれど。明らかに見慣れぬ、やはり真っ白くて丸いものに瞳を輝かせる。もぐもぐ。口に入れれば広がる優しい甘さ。 そう言えば、流れる音楽も耳障りでは無いものの不思議な音律を持っていて。世界の相違を見つける度に、終の表情は楽しげにくるくる変わる。 対立してしまう事が多い存在と、こうして繋がれるなら世の中もまだ捨てたものじゃない。お土産に、と焼いてきたシュトレンとケーキを渡してみれば、くるくる踊っていた妖精がわっと寄ってきた。 「あ、音楽もどう? 気に入ってくれるとうれしいな☆」 携帯を取り出して。友好的な対話を行う彼の横では葛葉がきょろきょろと、焔の姿を探していた。難なく見つけた彼女の手には、到底食べ切れる筈も無いほどの料理の皿。 「随分と量が多いが……これは、一体」 「あ、その……ね」 呆気にとられた顔に、自分自身困った様な、申し訳無い様な。途方に暮れた顔をして、焔は視線を彷徨わせる。この間の依頼。大変な役目を任せてしまった事を思った。 その上、残ったのに負けたなんて。悔しくて申し訳なくて。思わず手を握り締めた。微かに震えるそれに、葛葉は少しだけ笑みを浮かべる。そういう事か、と納得して、皿を受け取った。 「気にするな。適材適所だ」 次は自分が彼女の力を借りるかもしれないのだ。そんな言葉を紡ぐ最中、耳に届いたのはダンスの為の優しいメロディ。交わった視線に、花よりも団子か、なんて冗談交じりに尋ねてやれば、振られる首と困った顔。 嗚呼、食事も良いけれど。折角可愛らしい女性が、目の前に居るのだから。 「片霧。俺と一曲、踊ってくれないか」 差し出される手。それを、きょとん、と見つめる焔の瞳が幾度か瞬いて。けれどすぐに、その表情は花咲く様な笑顔に変わる。 「私でよければ、喜んで!」 繋いだ手。ダンスホールで軽やかに踊る、何て時間も、悪くは無いかもしれないと思った。軽やかに鳴る、異界の音楽は可愛らしくて。リズムに合わせてエスコート。何時もの執事服とは違った、少しだけ大人のタキシードを纏う三千は、目の前のお姫様を幸せそうに見つめた。 「その青いドレス、とってもよくお似合いですよっ」 「ありがとう……三千さんも、すごく素敵」 きらきら、氷のシャンデリアが零す灯りに照らされる姿はまさに夢のように綺麗で。ミュゼーヌのドレスと同じ色の瞳を細める彼に、彼女は高鳴る胸の音を誤魔化す様に笑みを浮かべた。 じっと、見つめ合って。ゆったりとしたステップ。時間は夢の様で、けれど繋ぐ手は温かくて。優しく結んだそれに力を込めた。 「……ミュゼーヌさんが確かにいらっしゃるんだなってことがわかって……ほっとしちゃいました」 叶うなら。ずっと離したくない。其処まで告げて、気恥ずかしげに笑った。そんな彼に優しく、目を細めて。ミュゼーヌもそっと手に力を込める。 「もう、ロマンチストなんだから。……でも、嬉しいわ」 何処にも行かない。ずっとずっと。結んだ手は解かない。だから、どうか貴方も。漏れる笑顔は、幸せ故に。交わる視線に滲むのは確かな愛情と信頼。ダンスの合間にそっと身を寄せて。間近の瞳を見上げた。そのまま、重ねる唇。 「だから、今は暫し……一夜限りの魔法に酔いしれましょう」 からん、と、溶けた氷とグラスのぶつかる音。酒も料理も素晴らしくて。ティアリアは羨ましいわ、なんてグラスを揺らした。 「いつもこんな感じなのかしらね。……わたくしもこんな場所がほしいわ」 嗚呼でも、引き籠ってしまうからたまに来る位が良いのだろうか。楽しげに笑う声に、隣で同じ様にシャンパンを口にしていた響希が目を細める。 普通のクリスマスも良いけれど、こんな幻想的なものも素敵だ。からから、揺らすグラスもまるで氷の様で。興味深げに眺めていたティアリアは不意に、そういえば、と呟いた。 「小部屋とかあるのね。……望めば、扉が消えて二人きりになれるというけど」 「みたいね、今頃お楽しみなんじゃない? クリスマスだし」 青春ねぇ、なんて呟く響希に目をやって。何だかいかがわしいわね、くすくすと笑うティアリアは、笑みを崩さぬままに隣の顔を見遣った。不思議そうに傾けられる首。交わる同じ色の瞳にもう一度笑みを漏らして。 「ねぇ、響希。二人で小部屋に行ってみる? 悪いようにはしないわよ?」 「悪い冗談ね。そういうのは好きな人と行くものよ」 愛らしい笑みはそのままに。放たれた言葉に瞬く赤銅。その表情を満足げに見つめて、冗談だと笑ってみせる。半分本気だったけど、と加えられた言葉に響希は曖昧にもう一度笑った。 あの日貰ったカレンダーの最後の日。入っていたのは、銀色の煌めきと、未来を約束する言葉。驚きと喜びとが綯交ぜになって言葉に出来なくて。薬指に嵌めた指輪と一緒に、リリはダンスホールに立っていた。 「サイズがあっていて良かったでござる。この指輪だけは失敗できないでござるからな」 手を取って、優しいリード。不慣れなリリのステップも可愛らしくて、けれどやはり躓いてしまったその身体をしっかり受け止めた。寄り添う温もりは温かくて。其の儘身を委ねたリリはそっと、息を吐き出した。 返事を、しなくては。早まる心臓の音。そっと胸に手を添えて、深呼吸。 「あ、あの……少し目を、瞑って下さい」 囁く程の声。即座に伏せられた瞼と、高まるばかりの心音。言わなくちゃ、と。背伸びをした。そっと、触れ合うだけの優しいくちづけを、彼に。驚いた様に開いた瞳と、目が合った。 「……憧れていました。こんな風に、貴方にもっと触れたくて」 もっともっと。触れ合って、伝えたくて。けれどうまく出てこない言葉の代わりに瞳はその気持ちを雄弁に語ってくれる様で。腕鍛は、初めて感じる気持ちに気恥ずかしさと、どうしようも無い幸福感を覚えて目を伏せる。 そっと、手を取った。これからもずっと。傍に居たい。出来るなら誰より近い、この隣で。 「……貴方のお嫁さんにして下さい」 「こちらからもお願いするでござる。……どうか」 自分のお嫁さんに。優しい優しい願いに微笑み合った。灯りを弾く銀色はまだ真新しい。繋いだ手は、もうきっと解けない。 そんな幸福そうな光景を、壁に身を預けて眺めていたのは竜一。耳に優しい音楽と、口当たり優しい飲み物。勘違いされがちだが、竜一はひとりが嫌いではなかった。 こんな幸せそうな雰囲気を見てるだけで満足できたりして。だから今日くらいは大人しく、リア充を祝福しよう。今日だけは。大事なことなので(ry)。 ついでに今後のお勉強でも、何て眺めていた彼の視線の先。広間で料理を運んでいた狩生が、誰かに呼ばれたのか歩き出すのが見えた。そう言えば。彼の浮いた話、なんて奴はあるのだろうか。 「……よし、邪魔しない程度に……」 こそこそ。折角だし、なんてそのあとについていく。甘ったるい空気を堪能しよう。勿論、空気は読んで。 ● 「メリークリスマス、なの」 遠目に泉を眺めていた彼女の肩に触れる手。お待たせしましたと笑う狩生に挨拶して、那雪が取り出したのは手編みのスヌード。きょとん、と瞬く銀月の前で、背伸びしてみたけれど。 「……身長、たりない」 その手は、首には届かなくて。しゅん、と眉が下がる。来年はサンタさんに身長をください、とでもお願いするべきだろうか、とか。驚かせようと包まなかった事は失敗だっただろうか、とか。 色々考える彼女の前で。狩生は少しだけ笑ってその背を屈めた。首に掛かる、柔らかな温もり。普段の格好にも似合う様に、なんて気遣いに、銀月が細められる。 「有難う。……大事にします、今年の冬は、冷えますから」 少しだけ。嬉しそうな表情に安堵した。間に合ってよかった。小さく呟けば、お忙しかったんですか? と傾げられた首。睡眠時間を削った甲斐があった、なんて呟いたのは心中のはずだったのだけれど。 髪に乗る、少しだけ冷たい手。見上げれば、珍しく微かに寄せられた眉。 「無理は、してはいけませんよ。……気持ちはとても嬉しいですが」 身体は大事に、と。撫でる手に籠るのは心配だろうか。そんな彼らが立つ中庭には、他にも幾つもの影が言葉を交わしていた。コートに、マフラー。少しだけ寒いけれど、雪の花が見たくて。 嬉しそうに景色を見渡す美月を微笑ましげに見守る咲夜の視線は今日も優しい。愛らしい恰好も様子も良く似合う、何て目を細めて。 「……雪って、こんなに綺麗なんですね」 漏れる言葉。知らないものだった。白くてきれいで。けれど触れればこんなに一瞬で溶けてしまうものだなんて。そっと、掌に残った水滴を撫でる。冷たくなっていく手はけれど、すぐにそっと咲夜の手が包み込む。 すぐに空に帰ってしまうつれないレディだけれど。雪は儚く美しい。初めて見るならば、尚の事そうだろう。冷えた手を優しく温めながら、咲夜は笑む。 「可憐な手を奪ってしまうとは、いけない子じゃのぅ」 手袋を忘れてはいけないよ、なんて。温めていた手は、そっと自分のポケットに滑り込ませた。気恥ずかしげに笑う少女の顔に、目を細める。雪も、こんな温かさから感じる気持ちも。美月が知らないものはとても多くて。 けれどこの先。たくさんたくさん、知っていけるのだろう。世界は広くて、希望に満ちていた。 「きっとそのうち、咲夜さんがびっくりするくらい凄いレディになって見せるのです♪」 「ふふ……美月嬢が素敵なレディーなるのを楽しみにしておるのじゃ」 幸せそうに笑い合う。時折舞い降りる雪は綺麗で。普通では見られない程に美しいまま積もるそれに、プレインフェザーはそっと感嘆の息をついた。 「寒い所に居た事ってなかったから、そんなに得意じゃないんだよな」 微かに身震い。そんな彼女と共に城を探索して中庭に辿り着いていた喜平もまた、寒い寒いと肩を竦めた。大事な人に風邪を引かせる訳には、とその手が肩を抱けば、コートの内側に潜り込む様にしがみつく華奢な体。 寄り添う身体。いい口実を見つけた、何て喜平が微かに笑う。風光明媚な光景に、隣には大切な相手。嗚呼、実にいい気分だ。 「……時間の在る限り、此の侭でいようか」 この景観も、傍にある温もりのお蔭でより一層美しさを増す。だから、離さない。肩を抱く腕の力を感じて、プレインフェザーも少し表情を緩めた。好きではない季節も、こうして一緒に居られるなら悪くはない。 だから、これからもずっと。出来るだけ長く、共に居られたら、と願わずにはいられない。どんなクリスマスプレゼントよりも、それだけが欲しいもので。 「なあ、笑ったりすんなよ」 人の気配が無くなったことを確認して。少しだけ背伸びした。触れる唇は冷たくて。やっぱり寒い、と顔を隠す様にコートに顔を埋めた。 幻想的。ロマンチック。どんな言葉を尽くせばこの美しさを表せるのだろうか。手と手を繋いで。中庭を歩く霧香と宗一は何時も通り、幸せそうだった。 雪なのに触れても冷たくなくて。その手触りは優しい。寒さも言うほどではなくて。そっと2人身を寄せた。氷の硝子扉も、真白い花も、凍った泉も。 異世界に触れるのは初めてではないのに、美しすぎるそれに、自然と胸が高鳴った。 「あたし、ね。もっともっと、宗一君と色んな景色、色んな世界を見ていきたい」 異世界だけではなくて。この世界にだって未知のものが溢れている。綺麗なものも、儚いものも。だから、この先は二人で。たくさんそういうものを見ていきたい。 そんな声に、宗一もそっと頷く。一緒に、世界をたくさん回りたい。他の誰でもない、彼女と。だって。彼女と見る景色は何時だって特別なものに見えるから。 「……ずっと、一緒に居たいな」 囁く様な声に、頷いた。それは儚い夢かもしれなくて。けれど、夢は、見なくなったらおしまいだ。だからこそ霧香は夢見続ける。願い続ける。 大好きな彼との、その先を。繋いだ指に力が籠る。宗一の顔が、不意に耳元に寄って。小部屋に、行ってみないかなんて。囁いたそれへの答えは、2人だけの秘密だった。 吐き出す息は、白い。手袋越し、そっと結んだ指先を引かれる最中。付き合わせて済まないな、とマフラー越しに口を開いたのは優希だった。 そんな彼に問題無い、と笑う大和の防寒はばっちり過ぎる程の重装備。白い花の間を抜けて、辿り着いた先の光景にそっと、息を漏らした。 「外界の喧騒から離れて見たかった。想像通り、此処はやはり美しい場所だな」 静寂。否、聞こえるのは微かなみずのおと。戦場も血の匂いも忘れさせてくれるようなその世界に、沈み込む。それは大和も同じで。 永遠ではないからこその。美しい、以外の言葉が出てこない程の世界。我を忘れて、見入った。何処までも静かで優しい白の世界。此処は、俗世の穢れとは無縁なのだろう。 そんな彼女の様子を伺って。不意に優希が差し出したのはリボンで飾られた箱。メリークリスマス。定番の言葉に我に返った彼女がそっとそれを開けば、鎮座するのは硝子のオルゴール。 「……オルゴール?」 不思議そうに首を傾げる。傷付いてほしくない。けれど、それが叶わない事も優希は知っていて。ならばせめて、少しでも癒しを。込められた願いを、大和は知らない。知らないけれど。 優しく、微笑んだ。手の中で巻いたオルゴールが優しく歌う。柔らかくて、心を撫でる様な音。そっと目を細める。 「貴方が居てくれることで、私はとても救われている。……そのこと、どうか覚えていてくださいね」 優しい声。嬉しそうに手の中の硝子細工を見つめる横顔に、自分がしてやれることは多くは無くて。だから、せめて。 「……幸せで、いて欲しい」 そんな願いをかける事くらいは、許されて欲しかった。 ● さらさら。凍っている筈なのに立つせせらぎの音に、フツとあひるは興味津々といった様子でそれをのぞき込んでいた。こぽこぽ、湧き上がるそれはやはり凍っている。 不思議、と思って指先を入れれば凍てつく冷たさと流れる感覚。驚いて手を引いて、顔を見合わせて笑い合った。普段はこんな風に不思議なものを不思議だと楽しむ時間なんてないからどれもひどく新鮮で。 「フツの手、ちょっと冷えてるね。あひるの手袋、片方貸したげる……!」 少しだけ寒いそこで、手袋を片方ずつ。もう片方はしっかりと結んで、あひるのコートのポケットに。ふわり、感じる温もりは、幸せだけれどちょっと恥ずかしい。 「もちろん嫌なわけじゃないぜ。あひるが喜んでくれるのは嬉しいし、あったかいしな、ウム」 こういう風にしてみたかった、と幸せそうに笑うあひるに、微笑み返すフツもやはり幸せそうで。ふわふわ、柔らかな雪を踏んでゆっくりのんびり。今年も、こんなに素敵なクリスマスを一緒に過ごせるなんて。 幸せだ、と、あひるはそっと胸を押さえた。去年も、今年も。こんな風に幸せを重ねて。今、こうして一緒に居られる事さえも幸せの一つだ。 「今日も、フツが隣に居てくれる事が本当に嬉しい。……また、来年も、こうして過ごしましょ?」 「オウ、もちろんだ。……来年もこうして手をつないで、雪の上を歩こう」 指切りをしよう。ポケットの中で、しっかりと絡み合う互いの指。小指だけ、なんて細い約束ではなくて。5本の指でしっかりと。途切れない約束を結んだ指先は、気付けば同じ温度になっていた。 「少し寒いね……けれど落ち着いていて素敵だ」 冷えた空気さえ楽しむように。瞳を細めるよもぎの隣で、狩生もまた静かに雪を眺めていた。忙しいのに時間を取らせた事を謝れば、緩やかに振られる首。 誘いは何時でも嬉しいものだ、なんて笑う彼を見ながら、振り返るのはこの一年。気持ちや居たい場所、在り方。それらを知ることが出来た。けれど始まりから迷ってしまった気持ちは、まだきちんと言葉にはしていなくて。 「私はきみのことが好きで、大好きで、愛しているよ」 隣で色んなものを見て、楽しめるのがとても嬉しくて。こんな気持ちをくれた彼に、よもぎは心から感謝していた。 「……此方こそ。その様な感情を向けて頂ける事は、非常に光栄だ」 蜘蛛の帽子ごと。何時かの様に頭を撫でる手。戻りましょう、そんな言葉と共に歩き出す背に、小さく声をかけた。 「……戻るまでの短い間だけ、手を繋いでくれないかい?」 もし繋いでくれるなら。今度、ずっとずっと隠した本当の、よもぎの性別を教える。告げた声に、銀月は幾度か瞬いて。 「代わりなんて無くても構いませんよ、……手を」 結ばれる指先。足下に気をつけて、なんて声と共に、その足は室内へと向かっていく。 一緒に行こう、と差し出した手に重なった手は少しだけ冷たくて。ミカサは静かに目を細めた。 霙達元気そうだね、なんて呟けばそうね、と少し笑う声。沈黙が落ちて。少しだけ絡めた指先に力を込めた。こうして、遥か遠い世界の欠片に触れたなら。 少しは素直に出てくるのだろうか。どうしても馴染まない好意や愛情。隣の存在に伝えたい事。少しだけ、瞳を伏せた。 「……俺はね、その赤い瞳に恋をしたよ」 大胆と思えばすぐ照れる所も。辛い事を呑み込み、堪える強さも。淡々と言葉を繋いだ。他人より少しだけ近い所で、見ていた姿を思い返した。 向かい合わせ。驚いた様に此方を見上げる赤銅が見えて。繋いだ手を引き寄せた。腕の中に収まる自分と違う体温を確りと抱きしめる。吐き出す息は白かった。 「ねえ、俺の、」 ――「大事なもの」になってよ、と。囁く様な声で告げれば、微かに力の入る肩。ぎこちなく背に回った手に覚えた感情も、それ以外も。表すのはやはり難しい事に思えて。 彼女が負うものに、自分から深くは触れないと決めているけれど。それでもせめて。甘えても良いのだと、彼女に伝わる様に。少しだけ腕の力を緩めれば、此方を見上げる紅。口を開きかけて、けれど何も出て来なくて。揺らぐ瞳を見つめて微かに笑った。 「答えは今じゃなくて良いよ。……でも」 痕を付けさせて貰う、なんて。其処に含まれる何時も通りの軽さに少しだけ笑った。冷えた指先がそっと、淡い色の唇を辿って。其の儘、己のそれを重ねた。 緩々。伏せられた瞼が上がった。吐息が交わる程の距離で、幸せそうに笑った赤銅から涙が零れる。今言わせて、と囁く声は少しだけ震えていた。 「貴方のにして。……で、あたしのにもなってよ」 背に回った指が、スーツを緩く握る。気恥ずかしげに彷徨った瞳がミカサを見上げた。もう一回。声と共に少しだけ背伸びして。重ねられた唇は、温かかった。 ふわふわ、舞う雪はあの日の少女と兎を思い出させてくれる。聖夜を祝う気なんてないエレオノーラだけれど、貰った好意を無碍にする気なんてこれっぽっちもなかった。 それに、目の前の青年の誘いなら断る理由も無い。共にぼんやりと雪を眺める狩生を見遣って、微かに首を捻った。そう言えば誘いをかける時も楽しそうだったけれど。 「……シンデレラでもいるのかしらね?」 ぽつり、呟く。深く聞くのは野暮だろう、そう思って、白いそれを掬い上げる。銀月が此方を向くのを感じた。エレーナ、と呼ぶ声に顔を上げる。 「シンデレラより可憐ですが、お姫様ではありませんね。……誘えば来て下さると思ったので」 ご一緒出来て何よりだ。綻ぶ表情を見上げた。ここの所時折見る顔は、どれも新しい一面の様で。知らない事があるのは当然か、と頷いた。長く生きれば生きただけ。誰にも言えない事があって。見せづらい顔もある。 掌でじんわり溶けていく雪に、そっと息をついた。好きだった。この白が。もう半ば本能の様に。大変な事も多いけれど、遥か北国でずっとずっと、この白と生きてきたから。 「綺麗な雪ね……いいなあ。でも、寒いものは寒いわ」 冷え始めた手に、そっと雪を離した。仄かに紅い指先は、きっと冷えているだろう。あまり厚着を好まないらしい青年の手も、その白さを増しているようで。 「戻りましょうか、はい、手貸して」 差し出す片手。きょとん、と此方を見つめる銀月に、冷たくないの? と首を傾げた。自分は冷たいからついそうしたけれど、嫌ならいい。引こうとした手はその前に素早く握られる。 やっぱり冷たい指先に、少し笑った。お酒でも飲んで温まろう。手を引けば、ゆっくりと歩き出す長身。力を入れかねる様にぎこちなく、結んだ指先をちらりと見た。 「……やっぱり貴方には叶いませんね」 ぽつり、漏れた言葉は少し悔しそうで。やっぱり笑ってしまった。 一面、真っ白。すごい、以外の言葉を見つけるのはとても難しくて。辜月と真は心の底からすごい、ともう一度呟いた。 自然と、気分も高揚する。込み上げてくる気持ちに自然と笑みが零れて、ついついはしゃぎたくて堪らなくなってしまった。楽しげに空を見上げて、くるくる。回って見るのは楽しくて。けれどすぐに足を取られて躓いた。 すとん、と尻餅ついても、舞い上がる粉雪の美しさのお陰で悪い気はしない。まぁ、少しだけ周りの視線が恥ずかしい気もするのだけど。 「ゆきー! 大丈夫か!? あっはっはっはっは!」 楽しいのは勿論、真も同じ。大笑いしながら手を差し出して、立ち上がらせた。其の儘二人で向かうのは、奥で湧き出す凍った泉。 「……異世界のものって不思議ですね?」 つんつん、と。控えめに突けば凍てつく様な冷たさと水の気配。感心しきった辜月の背を、そっと押すのはついつい擽られてしまった悪戯心のせいだろう。危なく落ちかけて、笑い合った。 嗚呼でも、はしゃぎ過ぎたかも知れない。少しだけ感じた疲れに大人しくなれば、感じるのは少しの寒さ。小さなくしゃみも出てしまったけれど、周りの景色は見ているだけでその心を癒してくれた。 「また大切な思い出が1つ増えたよ、ゆき、ありがとう」 こんな体験はきっと、殆ど出来ないだろうから。嬉しそうに笑った真に、辜月もまた頷いた。時間はまだまだ長い。遊べるだけ、遊ぼうじゃないか。 きっと、彼女はこういう場所が好きだろうから。旭を誘って中庭に来たロアンは、その予想が外れて居なかった事に少しだけ安堵した。 「ロアンさんもすき? すきだよね、だって綺麗だもん」 淡雪。雪の花。綺麗すぎる世界と浮かれる気持ち。一緒に居る事。こうやって誘ってくれること。みんなみんな幸せ。嬉しそうに笑う旭は幸せそうで、愛らしくて。ロアンの視線はどうしても、旭へと流れてしまう。 ふらふら、一周して。立ち止まったのは雪の花の只中。きょとん、と此方を見上げるキャンパスグリーンに、少しだけ震えた息をついた。話があるんだ、と、何とか言葉にした。 交わる視線。そっと、触れ合う手。何処までも真剣なロアンの雰囲気に、旭は目が逸らせない。だいすきな手は穏やかな温もりを与えてくれるのに。この胸は、高鳴って。苦しいくらいで。 「――旭ちゃん、君が、好きなんだ」 きっと初めて会ったあの日から。一生懸命で放っておけない姿に目を奪われて。護りたいという気持ちは恋へと形を変えていった。だからどうか。誰より近くに居させて欲しい。ぎゅう、と握る手。旭の大きな瞳が、幾度か瞬いた。 言葉が、出てこなかった。すき、とか。あいしてる、とか。こい、だとか。知らなかったけど、知っていた。ついこの間、知ったばかりだった。胸が苦しくて、上手く息が出来なくて。頬は熱かったけれど、でも、しあわせで。 ゆるゆると、目を伏せた。出て来ない言葉よりも先に、握られた指先が答えを告げる。そっと、結び直される指先。 「……わたしも、すき。ロアンさんが、……だいすき」 零れ落ちる言葉。真剣だったロアンの瞳が、少しだけ揺れた。ありがとう、と囁く程の声しか出なくて。そっと、用意していた花を差し出す。時を止めた、色鮮やかなそれは永遠に枯れない。そう、一夜の夢のこの世界とは違って。 「……この気持ちは夢じゃない、残り続けるよ。だから、……その証に」 差し出されたそれを、旭の手が取って。そうっと、抱き締めた。大切に、大切に。今抱くこの想いと同じ様に優しく、抱き締めておきたかった。夢の様な世界で2人。交わした想いは、枯れずに咲き続けるのだろう。 ● 部屋に満ちるのは、香ばしい珈琲の香り。フィルターを通して滴るそれから立ち上る湯気にも、氷の部屋は微動だにしなくて。 偶にはこんな風に、一人でのんびりするのも悪くはない。ゆったりと身体を預けて、虎鐵は香りを楽しむように珈琲のカップを傾けた。喫茶店仕込みの腕はなかなかのもので、満足げに息をつく。 鍵はかけた。それなら、素が出てしまっても問題無いだろう。取り出したのは、推理小説。こんな風にゆっくりと、文字を眺める機会なんて中々なくて。 ぺらぺら、捲る度に流れ込む活字。穏やかな時の流れの合間に、外を眺めるのもまた乙だった。 「……はぁ、やっぱ寒ぃな」 思わず漏れた声に、応える様に。少しだけ温かくなる部屋。心地良いそこで、のんびりと。過ごす時間は長いようで早いのだろうか。 鍵をかけられた小部屋は幾つも並んでいる。その内のひとつ。真白い暖炉の前で身を寄せ合って、未明は楽しげに眼を細めた。 静かな空気と、綺麗な雪。けれど寒いのは嫌いで。そんな冬の寒さだけが無いこの催しは未明にとって何より嬉しいものだった。 ラグに座って、爆ぜる火まで蒼。前も下も背中も温かくて心地よくて。緩々、その温もりに浸る彼女のポケットへ。そっと、自分で作ったコインを滑り込ませたオーウェンは優しく、耳元に唇を寄せた。 「全ての、祝福を込めて。……メリークリスマス、ミメイ」 「ん、仏教徒だけども、今晩だけはメリークリスマス」 包み込むような腕。このコインの持つ意味は、後できちんと聞かないと、なんて思いながら、己にかけられたコートと、それを脱いだオーウェンを見遣る。 寒くはないかと気遣う声は優しいけれど、寧ろ寒そうなのは彼の方だ。今年のプレゼント。取り出したマフラーを首にかけて、ぐるぐる巻きにしてやった。 少しだけ笑い合って、落ちる沈黙。それを破ったのは、オーウェンだった。 「この一年間……済まないことをした」 危険に晒し、心配をかけた事の謝罪。その心労を思って、微かに眉を寄せた。そんな自分にも、彼女はついてきてくれるのだろうか。囁くように尋ねれば、此方を見上げる彼女の瞳。 「やるだけやって後から許しを乞う様な真似はしないなら、今回は許してあげる」 ついて行くかどうかは、『次』の時に考える。だから来年も、なんて囁く彼女の唇に、唇を重ねた。甘く優しく。溶け合うのはホワイトチョコレート。 「甘く、苦い……恋のようであると思わんかね?」 くすり。笑う彼の表情は何時も通り、自信と余裕に彩られていた。 水筒を開ければふわり、広がる優しい湯気。いそいそとお茶の用意をしながら、リンシードは少しだけ嬉しそうに表情を緩めていた。大好きな糾華と2人きり。勿論邪魔は入らない。だって鍵かけたもん。 こっそり邪悪な笑みを浮かべる彼女の真意には気付かずに。糾華は糾華で、妹分の変化に表情を緩めていた。こうやって、出かけたいと言ってくれる事は珍しくて。もっと言ってくれると良い、と目を細める。 「お姉様……今日はたくさんお話しましょうね……」 「そうね、せっかくの機会ですもの。ゆっくり、過ごしましょう」 温かなお茶を口にして。流れる時間はひどく穏やかだ。はらはらと、外を舞う雪。そして、この世界を作る雪。それは綺麗でけれど儚くて。どこか、命に似ていた。壊れやすくて、時に、誰かに痛みを与えるそれ。 「……この雪はお姉様のようなのです……、お姉様は、」 触れたら溶けてしまう様に。どこかに消えてなくなったりは、しないのか。此方を見つめる目は酷く真剣で。少しだけ微笑んだ糾華は緩やかに首を振る。死なない。彼女に痛みを遺さない為に。消えない。彼女に、安らぎを与える為に。 「大丈夫よ。世界は、そこまで残酷ではないわ」 言葉にしても、あまりに脆い口約束。けれど、言わずにはいられないのは戦う者であるからこそなのか。唐突に、リンシードの頭が糾華の膝の上へと乗る。離さない、とでも言うかのように。 それに優しく微笑んで。糾華の手は水色の髪をそうっと撫でる。優しい温度は、幸福であり安らぎだった。緩やかに、意識は溶けていく。 「私……失わないように、がんばります……日常を……」 護れるように。切な願いは、微睡の中に沈んで。その髪を優しく撫でながら、糾華は緩く瞳を細めた。自分だけが、彼女の日常ではないのだ。全てが、彼女を祝福している。その幸せを願っている。 だから、もう大丈夫なのだ。もう、この子は、一人ではない。 「おやすみなさい、私の――」 その先は、声にならなかった。 「櫻霞様、雪の城なんて凄くロマンティックですね」 「ほう、これはなかなか……」 酷く楽しげに。雪とよく似た色の髪を揺らして室内を見まわす櫻子と、先に中に入って椅子に腰を下ろす櫻霞。折角の誘いなら参加しようと連れ立った二人は今日も幸せそうだった。 こっそりと、鍵をかけた櫻子の様子には気付かないまま。二人でテーブルを囲んだ。乗せるのは、手作りのサンドイッチとこの日の為に選んだワイン。いそいそと用意を整えた其処に添えられたのは、櫻霞手製のクッキーだった。 「久しぶりに暇があったんでな、デザート代わりになるかは解らんが……」 「はぅっ! 櫻霞様お手製クッキーっ!」 嬉しい。本当に幸せそうに表情を緩めて、櫻子はワインを注ぐ。12月はクリスマスでもあるけれど、大好きな彼の誕生日でもあるのだ。お祝いをしよう、とグラスを差し出せば、淡く苦笑を浮かべた櫻霞がそっとグラスを合わせてくれる。 誕生日、何て忘れていたけれど。こうして彼女に祝って貰えるのならそれも悪くはない。尻尾を揺らしながら此方を見つめる恋人に、少しだけ表情を緩めた。そんな中、不意に。食い、と引かれる服の袖。 紅く染まった顔はアルコールのせいではないのだろう。じ、と見上げる瞳。 「櫻霞様~……ぎゅうってして欲しいですぅ……」 愛らしい要望に、少しだけ笑う。願いを叶える様に抱き寄せて、耳元に唇を寄せた。それだけでいいのか、と甘く意地悪な声音に、一気に真っ赤になる愛らしい顔。 それだけでいい、と抱き締め返して来る姿にやはり、もう一度笑って。その銀髪を撫でてやる。 「冗談だ、本気にするな」 こんな反応が見られるから。つい、からかってしまう気持ちはきっと誰もが分からなくはない。 ゆらゆら、キャンドルライトの灯り。その傍には小さなホールケーキと、中身の揺らめくシャンパングラス。 柔らかなソファで隣り合わせ。そっと抱き寄せられるままに快に身を預けて。レナーテはそっと息をついた。煌びやかなパーティも、素敵だけれど。自分と二人きりで過ごしたかったなんて大真面目に告げる彼に、感じたのは気恥ずかしさ。 二人よりみんなでわいわいする方も楽しいのに、なんて告げてやれば僅かに固まった手にくすりと笑った。 「冗談よ。……小さな部屋で、2人きりなんて少なからず緊張するから」 紛らわす様に告げただけ。そんな言葉に少し笑って、快は腕に収めた温もりを感じる。何時もは普通に、何て互いに言い合っているけれど。今日は特別な日だから。普通じゃなくてもいいだろう。そう、例えばこんな風に 「……温かいね」 告げたかった言葉を、告げてみたりしたって。 寄り添い合う事が、こんなにも温かいなんて思っても見なくて。何時だって人に囲まれけれど寄り添い合う相手はいなかったから。今、此処にある熱を、感情を、どう告げればいいか、分からなかった。 言葉にならない。そんな彼と同じ様に、レナーテもそっと温もりに目を伏せる。誰かを想い、想われる暖かさを知ってしまえばもう独りには戻れない。戻りたくない。 「レナーテ、大好きだ。愛してる。……何度でも言うよ」 上手く出てこない言葉の代わりに。切なる感情を伝える声に、手の温度に、レナーテもまた寄り添い、緩やかに頷く。口に出せば出す程嘘の様に思えてしまうから、一度しか言わないけれど。 「快、愛してるわ。私も……大好きよ」 もう、言葉にはならなかった。代わりに目を伏せて、唇を重ねる。優しくて甘くて。触れ合う時間は少しでも長く。ずっとずっと、こうして居たいけれどそれが叶わない事を二人は誰より知っている。 だから、せめて今を心に刻む様に。2人きり、重なった影は、離れない。 ● 「綺麗だな、こうも白一色とは」 呟くような声。周囲を見渡す拓真と共に部屋に入った悠月もまた、感嘆の息をついた。寄り添って眺める外の幻影もまた、美しくて。胸に去来するのは、この一年の記憶。 倫敦の伝説との決戦から、もうちょうど一年。たくさんの事があった。けれど、まだ二人は変わらず、寄り添っている。 「一年……色々とあったが、俺は幸せだ」 視線を合わせて。終着点は見えないけれど、それでもそれだけは胸を張って言える事だった。見果てぬ夢は穢れず白く、美しい儘で。自分はそうではなくて。零れたものも、嘆きも、もう幾つになるかわからない。 けれど。この手に確かに掴めたものも存在した。以前とは違う、強くも優しい表情に悠月がおぼえるのは安堵。初めて会った頃なら決して言ってはくれなかった事も、今の彼は言ってくれる。 「……あなたがそう言ってくださるのは、とても嬉しいです」 幸せそうに。微笑む彼女の手を取った。こんなにも得難いものを沢山得たのに。その上彼女を望むのは欲張りだろうか。抱き寄せた身体は温かい。見上げて微笑む顔は、何時もと同じく優しく自分を受け入れてくれる。 「愛してる……悠月」 伏せた瞼。愛しています、と言う言葉ごとそっと重ねられた唇は触れ合わせたまま。優しく抱きしめて、離れた。愛おしい髪に指を通して。そっと、顔を寄せる。 「……俺は、君を離さない、ずっと」 優しい声。願う事は一緒だった。どうか、どうか。来年もこの先もずっと、目の前の相手との幸せが、続きますように。小さな願いは、聖夜の空に届いただろうか。 「これ、壁も床も天井も全部雪なんやなぁ……」 「綺麗な氷の空間っていいですね、一面銀世界といった感じです」 硝子の様な部分も全部氷。クリスマスは一緒に食事をしようと約束していた慧架と椿だったけれど、その約束を果たすのがこんな素敵な場所になるとは思ってもみなかった。 折角だから、と広間から持ってきた料理と一緒に広げる自分の手料理。クリスマスらしい洋食と、椿の好きそうな和食の二段構えは大変素晴らしい出来だった。 勿論、ケーキもある。楽しげに談笑しながら、椿が傾けるのは酒。用意されたものも、持ってきた日本酒も美味しい。偶には、こんな風にゆったり酒と共に談笑も悪くない。 眼を細める椿とちがって、まだ未成年の慧架にとってはそれは未知の世界だけれど。段々と、とろんとしてきた瞳を心配そうにのぞき込んだ。 「私に出来る事があれば何でもいたしますよ」 甘えてくれるなら膝の上で撫で撫でするし、もう何でも拒まず。そんな彼女の気遣いを知っているのかいないのか。段々と悪酔いし始めた椿はぼんやりとその顔を見上げた。 自分の方がお姉さんだ。だから、変な事をしないように。言い聞かせるけれど、彼女の方がお姉さんっぽくて。嗚呼、此の侭甘えてしまおうか。酔った頭はうまく回らない。 鍵をかけた部屋の中で、2人がどうなってしまったのかはやっぱり、2人だけの秘密である。 本当はいろんなところを見て回りたかったけれど。その気持ちはぐっと抑えて、木蓮は龍治を連れ、小部屋の扉を開けていた。そっと、鍵をかければ、驚いた隻眼が此方を見遣る。 「色んな所を見るのもいいと思うんだ。けどその前にやりたい事があってな……」 ずい、と近寄る。やっぱ人気のない所の方が良いかと思って、なんて言葉に驚きを深め後退る龍治を追い詰めて、肩を掴む。其の儘力いっぱい押し倒して、抱き締めた。 待て、何て静止の言葉もなんのその。其の儘如何するのか、と思いきや。 「……メリークリスマス!」 目の前に差し出される、可愛らしい箱。目を丸くする龍治の前で、木蓮は嬉しそうに笑う。彼の為に、と選んだ新しい眼帯。紐の長さもばっちりだろう、嬉しそうに差し出して、瞳を輝かせる。 似合うと思ったんだ、とか。どうかな、とか。言いたい事は沢山で。そんな彼女の顔を見つめていた龍治は微かに表情を緩めてひとつ、頷いた。 多分きっと、今は決心すべき時だ。目の前の愛しい少女とのこの先を、これからも願い続けるのなら。 「……ずっと悩んでいたのだ。今、手渡すべきなのかと」 きっと、普通なら早過ぎる。まだ若い木蓮の未来は開けていて、沢山の出来事が彼女を待っているだろう。そして。何より彼らは互いに戦い続ける者だ。何時途切れるかもわからない。未来は、必ずあるなんて言えないのだ。 けれど。だからこそ。 「予約しておきたいのだ、……未来を」 そっと、手渡す小箱。その中で煌めく、細やかに飾られた銀色に、木蓮の瞳が揺れる。震えた手で、そっと。指先を通した。繊細で、けれど華やかなそれは、約束だ。 互いの未来を、結び合う為の。良く似合っている。告げてやれば、大きな瞳から転がり落ちる透明な涙。力いっぱい抱き付いた。もう離さないと、全身で伝える様に。 「愛している、木蓮」 「俺様も愛してるっ……!」 嬉しい、と。喜びを伝える声は震えていた。銀色の煌めきは、儚いけれど確かな未来を繋ぐいろだ。見つめ合って、少し笑った。きっと、この約束は途切れない。 しゃらり。包みから出したシルバーのドッグタグ。きらきらと煌めくそれは可愛らしさには欠けるかもしれないけれど。それがお互いらしいか、と猛は少しだけ笑う。 それをそっと握って。リセリアもまた、微笑みを返した。あるのは感謝ばかり。此処に込められた気持ちだけでもう十分な程に嬉しくて。2人きりの部屋の中を見回した。 「良い景色だな……一度と言わずもう一度来たいくらいだ」 「外の光景、幻影らしいですけど……すごいですね、本当」 部屋も外も真っ白で、美しい世界。二人並んで窓の外を眺めていれば、不意に。猛の唇がリセリアの名を呼んだ。彼女が振り向くのとほぼ同時。伸びた手が、華奢な体を引き寄せる。 一気に硬くなる背を、そっと撫でて。祈る様な気持ちで目を伏せる。激戦に激戦を重ねる箱舟に居る限り。危険は何時だって隣りあわせだけれど。 「ちゃんと、帰って来いよ。俺も帰って来るからさ、約束な」 「ええ、約束です。私も死ねないですし……貴方も、死なないで」 抜けた肩の力。真っ直ぐに此方を見上げる瞳に、猛は安堵した様に笑みを浮かべた。――嗚呼、もう一つ。伝えておかなくてはいけない事があった。視線を合わせたまま。そっと、抱き締める腕に力を込める。 「……リセリア、好きだ。君の事が」 素直に吐き出された言葉と共に。そっと。近付いた距離と重なる唇。驚きの表情を浮かべたリセリアはしかし、其の儘緩やかに、瞼を伏せた。少しだけ離れて。交わる視線に頬が熱い。 ――私も、貴方が好きです。 囁く程の声と共に、微かに笑った。もう一度。確りと背に回る腕の温もりに身体を預ける様に目を伏せた。 ● 二人きり。誘ったのは、祈の方で。それに応じる形でこの城に足を踏み入れる事になった廻斗は、どうしても感じる場違い感に、少しだけ眉を寄せた。 折角の誘いだから、そんな事言いはしないけれど。それに気づいて居るのだろう、祈はきっと一人じゃ来なかったでしょう、と小さく笑う。 「今日はお誘いに乗ってくれてありがとう、廻斗」 「構わん。どうせ予定も無かった」 案内されるまま。入った小部屋の机に広げた料理と飲み物。きっと、大勢で騒ぐよりは此方の方が好みだろうから、なんて祈の気遣いは、何処までも廻斗を見透かして居る様で。 小さな祝いの言葉と共に、席に着いた。白い世界は静かで美しくて。少しだけ、落ちた沈黙を破ったのは、やはり祈の声だった。 「ねぇ、廻斗。約束を、覚えている?」 「……約束、か。覚えているとも」 返された言葉に、覚えていてくれたのか、と小さく息をついた。死にたがりの彼を護る為に。生かす為に。祈は何時だって力を尽くすのだけれど。その手は本当に届いているのだろうか。 自分は、本当に彼の翼になれているのか。不安は拭えなくて、その瞳が微かに翳る。そんな彼女の前で、廻斗もまた微かに視線を下げた。この心に巣食う虚は消えなくて。 彼女の心が、彼女の守りがあろうとも。まだ、死ぬ為に戦う事は止められそうもなかった。 「貴方は……手を放すと一人で歩みを進めて、消えてしまいそうで」 消えたりなんて、しないわよね。震える手。どうしようもなくなって、目の前の背にしがみついた。消えないで欲しい。居なくならないでほしい。今すぐ此処で消える訳なんてないのに。怖くて怖くて、声が震えた。 そんな彼女の、白い手の上。そっと、自分の手を重ねて。廻斗は深く、息をつく。嗚呼本当に、心の底まで見透かされているけれど。 「……そうそう消えはしない。お前が居る限り」 どれだけ死にたいと願ったとしても。今の廻斗は、この温もりを手放したくはなかった。虚に流れ込む、小さな煌めき。叶うなら。もう少しだけ、彼女と時間を過ごしていたかった。 外でも、が降っていた。ふわふわと音も無く舞い落ちるそれが、モノマを、壱也を、撫でる様に触れて溶けていく。真っ白な、雪の城は外から見ても美しくて。 軽々と壱也を抱え上げたモノマは満足げに目を細めた。今日の仕事は、可愛い可愛いお姫様のエスコート。踏み出した足が壁に触れる。そのまま、一気に駆け上がった。 しっかりと抱き締めてくれる腕は何時だって壱也を安心させてくれて、何より、その胸を高鳴らせてくれる。苦しいくらいに音を立てるそれは、彼に聞こえてしまっていないだろうか。 どれだけ一緒に居ても、この腕の中で覚えるときめきは収まらない。それはきっと今までも、これからもずっと同じで。 気付けばついていた城の頂上で、目を開けた。少しだけ寒いけれど、見える世界は格別だった。美しい白。遠くに見える、町の灯り。どれもきらきら煌めいて。 そっと、寄り添った。触れ合えば暖かくて、感じるのは幸せばかり。戯れに下をのぞき込んで、モノマは少しだけ、意地悪気に笑みを浮かべる。 「結構、高いなぁ。これ、壱也離したら落っこちるな」 「わ、だ、だめです、離したら落ちちゃいますっ」 慌ててぎゅうっと腕を握って。視線を上げれば、薄く笑う大好きな顔。意地悪だったんだ、なんて思ったけれど怒る事も出来なかった。だって、あんまりにも、恰好良くて。 「馬鹿だな、離すわけ無いだろ」 見つめ合う瞳。幸せそうに笑う壱也の唇に、そっと己のそれを寄せた。紅くなった彼女の頭を優しく撫でてやれば、寄り添ってくる小さな身体。 「……はい、離さないで、くださいね」 この膝の上と、腕の中はやっぱり特別だった。この場所が好きだった。自分だけの、特別な場所。幸せを噛み締める様に笑みを浮かべて、そっと身を寄せる。 夜明けはまだ随分先の様に見えた。白い世界は美しくて静かで、誰にも等しく優しかった。 雪は止まない。囁き合う声と声の様に。その夜は酷く優しく、更けていく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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