●とある和菓子店 「なにがクリスマス、だ!」 調理台がゆれている。ゆらん、ゆらんとゆれている。 一年前に会社を辞めた。和菓子店を経営する父が脳梗塞でたおれ、時を同じくして店で唯一の職人が左手に大けがをしてしまったのがきっかけだ。体の弱い母が父につきっきりで看病している。 もともと父のあとを継ぐつもりだった。製菓学校で和菓子づくりを学び、調理師免許も取った。それなのに気が変わって建設会社に就職したのは、大学在学中に知り合った美樹と離れたくなかったから。 美樹を愛していた。いや、いまだって愛している。なのに……。 「なにがクリスマス、だ!」 一升瓶をどんと台に置いた。トナカイたちが飛び上がった。雪だるまが転んで赤いバケツがもげた。ヒトガタがむくりと起き上がった。 (あー、こいつ、なんてったけかな。クッキー人形?) ねりきり餡(あん)だからクッキーじゃないけれど。餡だからやわらかい。ああ、だからむくりと体を起こせるのか。 妙なことに感心していると、ヒトガタがトナカイたちを追いたてて、ゆれる調理台の上から飛び降りた。あとを雪だるまが追う。おいおい、バケツを忘れているぞ。 赤いバケツをつぶさないように指でつまみあげると、オレも波打つ地面を泳ぐようにして餡たちのあとを追いかけた。 ●ブリーフィングルーム 「ねりきり餡とマジパンの戦い。止めて」 ポシェットのひもの位置を直しながら、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が言った。それっきり口をつぐんだまま、ポシェット――どや顔うさぎの耳をいじっている。 リベスタたちは続きを待った。待った。待った。待ち続けた。 ブリーフィングルームじゅうから集まった視線に気づき、イヴがようやく顔をあげた。 「なに?」 無邪気な一言に、どう、と雪崩を打ったがごとくリベスタたちの肩と頭がさがる。 説明を、と誰かが力のない声で言った。 およそ小学生らしからぬ、おとなびたため息をもらすと、イヴはようやく事件の概要を語りはじめた。 ホテルの厨房をE・ゴーレムたちが占拠。クリスマスイベント用に作られたケーキの飾りを攻撃、破壊。代わりにケーキの上に居座っているらしい。それだけなら戦いにならない。一方的に暴力がふるわれているだけである。 「増殖性革醒現象。餡ゴーレムたちに影響されたマジパンもエリューション化。反撃にでた。キッチンはもうぐっちゃぐちゃ」 幼顔に合わぬしわを眉間に刻んで、イヴがまたため息をつく。 「すべての元凶はこれ。佐田健一(さだ けんいち)、28歳。まだ人間」 モニターに映し出された男は、どこにでもいるような、これといって特徴のないごく普通の青年だった。不細工でもないし、ハンサムでもない。 「彼女にクリスマスのプランを話したら、いきなりゴメンナサイされた可哀相な人」 実は、と切り出された話が、クリスマスは新しい彼氏とホテルのしゃれたレストランでディナーする、だったらしい。 だから別れて、という彼女。いやだ、とすがる健一。 わたし、ほんとは和菓子好きじゃないのよね。それにクリスマスに和菓子って……ダサいじゃない? 「本音はちがう。結婚して義理の親の面倒を見るのがいや。これが本音」 淡々とした口調でイヴは言い放った。 ふられた健一は、泣きながら店に戻った。家の台所から一升瓶を持ち出して、店の厨房にこもるとしこたま飲んだ。ふと、健一は白玉粉と白こし餡、それに砂糖を棚から取り出してねりきり餡を作り始めた。 見てろ、和菓子でもクリスマスケーキぐらい作れるんだ。 ふられた悲しみと恨みつらみ、鼻水をたっぷりとねりこんでできた餡。それで健一は、クリスマスケーキの飾りを作った。ぐびり、ぐびりと一升瓶を煽りながら。 「健一は餡ゴーレムたちが数で押し負け始めると、キッチンの奥で餡ゴーレムたちを作り始めた。いまも作り続けている。ほっとけば朝にはノーフェース化して、出勤してきたパテシェたちを襲う」 イヴが指を折りながら指令を出す。 「E・ゴーレム化した餡とマジパンの全回収と処分がひとつ。佐田健一のノーフェース化阻止がひとつ。キッチンの清掃および……まあ、これは出来ればでいいけれど、ダメになった分だけのクリスマスデコレーションケーキ製造」 ホテル到着から夜明けまで4時間。 がんばってね、とイヴが小さな手をふった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月25日(火)23:01 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●02:30:00 エレベーターを降りると、『葦ふくむ雁』ルーナ・ムゲット (BNE004115)は深呼吸した。 戦いに参加するのはこれが初めてのことだ。相手が体長5センチにも満たない小さな敵であってもやはり緊張する。 胸に手をあてて鼓動を静め、となりの妹『小さき梟』ステラ・ムゲット(BNE004112)の横顔をそっと盗み見た。 自分と違って不安はないようだ。 すぐ前にあった背がすっと動き、ルーナの目の前に夜景が広がった。 「おー、いいながめ。うん、ロケーションは合格」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が景色を評価した。 ガラスの壁の向こう、漆黒に沈む海とクリスマスイルミネーションにきらめく街の対比が面白い、とこれはステラの評。 「雪が降って、遠くに見えてる山が白くなれば、もっといい感じになるよね」 四条・理央(BNE000319)も戦いを前に表情を和ませる。 いまのところ店内に乱れはない。被害はここにはおよんでいないようだ。 「ちょっと寒くないか?」 キツネ耳を寝かした『双刃飛閃』喜連川 秋火(BNE003597)が小さく零した。 店を閉めてからまだ2時間もたっていないはず。それなのに店内は冷えきっている。 「そうね。言われてみれば……ちょっと寒むいかも」 理央が秋火に同調した。 「原因はあそこだな」 『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)が指をさす先で、ガラス戸が薄く開いていた。 みなで連れ立って暗い店内を横切った。 開いた戸に近寄る。 足元に目を落とすと、戸が閉じないようにコルク栓でつっかいがされていた。 「餡(あん)のほうかな~? マジパンのほうかな~?」 終は屈みこむとコルク栓を摘み上げた。 「さあな。どっちにしても何体かは庭に出ているな」 「やれやれ、面倒くさい」 二手に別れるかい、という秋火に達哉は首を横にふった。 「いや、戸は閉めて外に追い出しておこう。あとでゆっくり倒せばいい」 「だね。じゃ、まずはキッチンを片しますか」 終はコルク栓をぼんぼんと手のひらのうえで弾ませた。 それを達哉が空で奪った。 鼻の下でふって匂いをかぐ。 「フェレール ボベ?」 「それって、高いんですか、如月さん?」 ステラの後ろからルーナがおずおずとたずねた。 「そうだな。ホテルのレストランならグラス2,500円前後か」 値段を聞いて、秋火が寝ていた耳をピンとたてた。 にやりと笑って達哉の手からコルク栓を取る。 「栓が抜けてるってことは、後始末に飲んでもいいんだな?」 ざーんねん。未成年は飲んじゃだめ、と最後に終がコルク栓を奪い戻した。 ●02:45:30 ちょっとぐらいいいじゃないか、とむくれる秋火をしんがりに、一行はレストランの厨房へ向かった。 入り口から漏れる光に達哉が足を踏みこませたとたん、食器の割れる音が厨房の奥で響いた。何か重いものが床に落ちた音が続く。 リベスタたちの登場を本能で察し、敵味方なく一斉に息を潜めていたE・ゴーレムたちだったが、どうやら長く続かなかったらしい。 「あ~あ、ほんとぐっちゃぐちゃ」 終は飛んできたホイップクリームをひょいとよけた。 ホイップクリームは後ろにいたステラの頭のすぐ上をかすめ、カーペットに落下した。 ステラは指でめがねを押し上げると、音もなく翼を動かして床から浮かび上がった。 「まず無事なケーキを確保し、こっちに移動させる」 「ボクもケーキを確保するよ」 厨房に飛び込もうとした秋火を、理央が袖を引いてとめた。 「まって。ムゲット姉妹以外はこのまま踏み込むと危険だよ。いま、みんなに翼の加護をかけるから」 「あ、じゃあ私、先に中に入って健一さんを探しておきますね」 「オレもいいよ。簡易飛行あるから」 「わかった。ルーナくんは気をつけて。彼、ずいぶんお酒がはいているみたいだし」 はい、とうなずいてルーナが厨房の中へ消え、続いて終もあとを追った。 「僕たちは頼むよ、四条」 理央の頭ひとつ下に視線を固定させて、日伊ハーフのシェフはつぶやいた。 うむ、でかい。 何が、とは突きつめないほうがいいだろう。 理央は達哉のつぶやきに気づくことなく、【翼の加護】を発動させた。 「お? 浮いた」 背に生えた小さな羽をぱたぱた、耳をぴこぴこと動かして、秋火は至極ご満悦だ。 「よっしゃ、行くぜ!」 舞い飛ぶスライスオレンジの下をかいくぐりつつ、ステラと秋火は原型をとどめているデコレーションケーキをせっせと厨房の外へ運び出した。 デコレーションケーキは意外と重い。5号サイズのクリスマスものなら飾りつけにもよるが840グラム前後になる。 形を崩さないように気をつけながら、突撃を仕掛けてくるねりきり餡たちを蹴散らしつつの運び出しは、思いのほか肩がこった。 秋火は手にしていたケーキをテーブルの上に降ろした。 こぶしを固めて、ぽんぽんと肩をたたく。 「ステラ、何個運んだ?」 「ええっと……。まだ45個」 「いくつあったけ?」 「ちょうど100あった。箱に入っているのはあと5つだ。残りの50個は箱に詰められていない」 つまりは難度があがるということだ。 しかも、ステラはケーキを運びながら目撃していた。 ねじきり餡のジンジャー・クッキーもどきが棚の上めざして支柱を登っているのを。 「ボクも気づいてた。あいつら……上からデコレーションダイブする気だな?」 ふたりそろってため息をつく。 飛行によって生クリームシャンパンまみれの恐怖は排除したが、頭上から飛び降りてくる不良和菓子はそのつど対処するしかなさそうだ。 せめて増産がとまってくれれば。 ルーナはなにをしているのだろう、とステラは思った。 厨房の奥、壁を背にした佐田健一は、パレットナイフを素早く取り上げると首に当てた。 真夜中の、それもホテルの厨房に若い女の子がいる。ふたりとも背中に羽を生やしている。黒髪をお下げにした女の子のほうが、ちょっと翼が小さい。 天国からお迎えか? ああ、だからふたりとも、自分が美樹にふられたことを知って―― ゆらゆらとゆれながら、お下げの天使が一歩前に出てきた。 「近づくな!」 健一はパレットナイフを強く首に押しつけた。 死んでいたなら意味のない行為だが、健一は矛盾に気づいていない。 そもそもパレットナイフでは首は切れない。よほど素早く切りつけないかぎり無理だ。 ふたりの天使、ルーナと理央はとうに気づいていたがあえて指摘しなかった。 「頼む。まだ餡が残っている。最後まで作らせてくれ。あいつらを勝たせてやってくれ。美樹に見返しさせてくれ!」 健一はパレットナイフを置くとボールの中の餡に手を伸ばした。 あれよあれよと言う間に真っ赤な服を着たサンタが増えていく。 「ねえ、ちょっと手を止めて、私たちとお話しませんか?」 ルーナはとっておきの優しい声を出した。 大切に想っていた相手に裏切られるのは、とても悲しい事だとルーナは思う。身を切るような深い悲しみがねりきり餡の飾りたちをE・ゴーレムにしてしまった。わかる。わかる、けど……。 餡たちに罪はないのだけれど、これ以上数を作らせるわけにはいかない。 「悔しい気持ちを押し流す方法は何かを作るだけじゃないわ。気持ちを吐きだして。 健一さんの悲しみと悔しさを私たちが受け止めてあげますから」 ルーナの言葉に健一の手が一瞬とまった。 理央がテンプテーションで健一の気を引いた。 「愛した人に振られた心の傷、お察しします。ですが、今、自棄にならずともいつか きっと、貴方の事を理解し、愛してくれる人と出会いますよ」 健一がボールから目を上げたところをすかさず魔眼でとらえ、睡眠にかける。 我ながら、何でその事知ってるんだよ的な説得のしかただ。 理央は苦笑いした。 「そ、そうかな?」 健一の腕がだらりと下がったのをみて、ルーナと理央はさっと台をまわりこんだ。 鼻水をすすり上げて泣く男の身柄をおさえ、両脇を抱えて厨房の外へ連れ出した。 「よし、餡ゴーレムの生産が止まったぞ。時間が惜しい。一気に片づけてしまおう」 達哉は女の子に挟まれてうらやましい状態で厨房を出る和菓子職人を見送った。 絡ませた腕の巨乳への密着具合がじつにうらやまけしからん。 しらふに戻ったら、というか強制的に酔いをさましてケーキ作りを手伝わせてやる。 それにしても同じ28歳だというのに、僕は来春に中学に上がる双子の子持ち、片やクリスマスイブに彼女なし。 この差は何だ? 視界の隅を横切ろうとしたマジパントナカイをトラップネストでからめて砕くと、達哉は首をかしげた。 終は、とりゃー、と声をあげて残影剣で特攻を仕掛けてきたマジパン雪だるま1個分隊を殲滅した。 「マジパン12個撃破! 各方面、報告求む!」 「いまのを入れて僕はトナカイ5個、雪だるま2個、ジンジャーマン24個を倒した。いずれもマジパンだ」 「オレはいまのマジパン雪だるま12とサンタが3、ねりきり餡のサンタを5とトナカイを5、倒したよー。そっちは?」 ケーキの運び出しを中断して、ジンジャー・クッキーもどきの降下部隊と対戦していたステラと秋火に声をかける。 みっつ向こうの台のからステラが10、やや遅れて秋火がこっちも10、と声を返してきた。 ふたりとも粉だらけ、頭からつま先まで真っ白だ。 ベーキングパウダーの煙幕を棚の最上段からまかれたらしい。 「餡のほうはジンジャー・クッキーが全滅、と」、と終。 「残りは健一がここで作ったサンタ……10個ぐらい作っていたか? それとトナカイと雪だるまが10個ずつ」 達哉が指を折って確認する。 「マジパンはトナカイと雪だるまがほとんど残っているな」 「よーし、てきぱき行くよー。まとめてかかってきなさい!」 終の挑発にのって、マジパンのトナカイたちが四方から終めがけて突進してきた。 その数30個。 「痛い痛い」 集音装置でE・ゴーレムたちの位置と数を大まかに把握していた終だったが、まさか一斉に集まってくるとは。 「思ったよりいっぱい集まって来た!」 ちくちくと足首に角が突き刺さる。 たまらず、魔氷拳を素早く繰り出して前方のトナカイ2個を砕いた。続けてもう一発、今度は左手の2個に魔氷拳。 圧倒的な力の差を見せつけられて敗走するトナカイを、達哉がJ・エクスプロージョンでまとめて粉々に吹き飛ばす。 「マジパントナカイ全滅。次は雪だるまだな」 達也はふっと笑みをもらすと、台の上であわてふためき混乱している雪だるま15個をまとめて吹き飛ばした。 健一のフォローを終えて戦いに加わった理央が、達哉が打ち漏らした雪だるま6個をマジックミサイルで追尾、破壊していく。 「あと何個だ!?」 ねりきり餡のトナカイ5個と雪だるまを3個残影剣でしとめた秋火が、残るE・ゴーレムの数を終に問うた。 「ねじきり餡サンタ、4個追加! たぶん、これは佐田さんが奥でつくっていたやつだ」 ステラがハンカチでめがねについたベーキングパウダーをぬぐいながら報告した。 「じゃ、あとは……」と終が続ける。 ねりきり餡のトナカイが5。 ねりきり餡の雪だるまが7。 マジパンの雪だるまが5。 ジンジャー・クッキーが6。 マジパンのサンタクロースが12。 追加生産されたねりきり餡のサンタクロースが6。 「うわぁ、またそんなにいるのか」 うんざりとしたようすで秋火がぼやいた。 「なにせちっちゃいうえに、あっちこっちに散らばっているから……って、痛てっ!」 終が頭のうしろに手をあてて振りかえった。 台の上にはジンジャー・クッキー3個とシャンパン砲。 「こら」、といってジンジャー・クッキーたちからシャンパンボトル――ドン・ペリニヨンを取り上げたのは達哉だ。 その達哉の横からステラが興味深げにジンジャー・クッキーたちを見下ろした。 「おまえたち、どうやってこれの針金をはずした?」 普通のジンジャー・クッキーには出来ないが、エリューション化したジンジャー・ クッキーならば針金を外せるのか? このE・ゴーレムたちはどの時点で、知性と器用さを手に入れたのだろう。 エリューション化現象を研究する学徒としてはぜひとも突きとめてみたいナゾだが、いまはそんな場合ではないことを思い出してため息をついた。 多少の未練を心の中に残しつつ、ステラは一個ずつトラップネストでジンジャーゴーレムをしとめていった。 その後、ねりきり餡のトナカイ5個と雪だるま7個を秋火と理央が倒し、マジパンとねりきり餡のサンタクロース混成部隊を終と達哉が片づけた。 ●03:40:05 巡回の警備員を理央が魔眼で追い払ったあと、リベスタたちは庭で健一を慰めているルーナを除く5人で厨房の大掃除にかかった。 「うーん、どこにもいないな」 モップを片手に調理台の隙間をのぞきこみながら、秋火がつぶやいた。 すぐ近くで壁の汚れをふき取っていたステラが手を止めてうなずく。 まだマジパンの雪だるま5個とジンジャー・クッキー3個が退治されずに残っていた。 いまだに見つからないところを見ると、やはりそれらE・ゴーレムたちは庭へ出たらしい。 「残りは姉に……ルーナに任せておけばいい」 ステラはちらりと庭のほうへ目を向けた。 ふだん戦闘に積極的ではない姉でも、臆病な敵を8個ぐらいなら倒せるだろう。 「そうだな。早くここをキレイにしてボクたちもケーキを食べに行くか」 あっちのふたり相当つらそうだもんな、と言って秋火は立ち上がった。 ひと足早くきれいに片づけ終わった調理台では、終と理央がせっせと型の崩れたケーキを口に入れていた。 ゆっくりと味わっている暇はない。ただひたすらホークでスポンジをすくっては食べ、すくっては食べを繰り返していた。お世辞でなく美味しいのと種類があったのは救いだが、こうも量が多くてはさすがに飽きがくる。 ぶへっ、と生クリームとスポンジを口から噴出したのは終だった。 「も、もうダメら」 全身みっちり生クリームでおぼれ死ぬ。 死を切望し、理想の最後を求める終だが、こんな死にかたはイヤだとうめいた。 横に座った理央も目にうっすらと涙をためている。 甘いものはベツバラの女の子も、5号ケーキを10個も腹に収めれば体に細かな震えが走り出す。 「がんばれ。こっちはあともうちょっとで全種類のレシピが書きあがる」 見本がまったく残っていないチョコレートケーキの味見を終えると、達哉は立ち上がって天使の歌を歌った。 天使の歌がケーキの消化に役立つかどうか、まったくもって不明だが、何もしないよりはマシだろう。たぶん。 そこへルーナがしおれた佐田を連れてひょっこりと庭から戻ってきた。 妹ステラに小さく手をふる。 「庭に出ていた雪だるまとクッキーを8個、倒しました」 ちょっぴりはにかみながら、それでいて誇らしげにルーナは言った。 ●04:05:12 「よし、ケーキを作り始めるぞ。四条、すまないが作り置きのスポンジが幾つかあるはずだ。乾燥させないようにどこかで寝かしている。それを探して持ってきてくれ」 スポンジは寝かせて翌日以降がおいしい、というのは、お菓子調理の勉強をした人なら常識だ。いまから新しくスポンジを作っている時間はない。だから探して持ってきてくれ、と達哉は頼んだ。 「喜連川とムゲット姉妹は鴉魔と変わってくれ。食べ終わったらマジパン飾りと巻きチョコレート作りを頼む。鴉魔、イチゴのデコレーションケーキを頼めるか? ボクはチョコレートと抹茶を佐田にも手伝わせて作る」 どっちかというとオレは抹茶のほうがいいな、と終が口を押さえながらもそもそと言った。 「わかった。ボクがイチゴとチョコを担当しよう。佐田はそっちのヘルプに回す」 つややかなチョコレートの聖夜に、達哉は金粉で星を流した。終曰く、時村室長そっくり~な二枚目サンタクロースをのせたソリとトナカイを天の川の端に置き、その下に巻きチョコレートで森を作った。 定番のイチゴを使ったケーキは、凝った生クリームの飾りつけでクリスマスにふさわしい華やかさを演出した。上にのせたイチゴはもちろんナパージュでコーティングしてある。 さすが本職。 女性陣がそろってため息をつく出来上がりだった。 終の抹茶ケーキも負けてない。 ふあふあの抹茶芝のうえに粉砂糖の雪をまき、みんなの意見を取り入れて佐田がこしらえたねりきり餡の雪だるまと甘く炊いた金時まめをあしらった。台無しになったケーキの作り直しまでは正式に依頼されていない。本物とちょっとレシピが変わるが、まあ許してもらおう、ということになった。 ●06:19:10 「あぶないあぶない」 すれ違いにエレベーターに乗り込んだホテルのパティシエを見送って、終はあくびを漏らした。 つられて口を開けた健一に、 「そうそう、健一さん。これは夢☆全部夢☆」 忘れてしまえと背中をたたく。 ホテルの外でリベスタたちに向かってぺこりと頭を下げる健一に、秋火が言った。 「機会があったら君の作った和菓子と言うのも頂いてみたいものだ。さぞ美味しいのだろうなぁ」 ぜひ、店にお越しください。 サッパリとした顔でそういうと、健一はリベスタたちに背を向けて明るさの増しはじめた空の下を歩き出した。 天気予報では今夜は雪が降り積もるという。 メリー・ホワイトクリスマス |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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