●虚像の世界 旧校舎の四階に続く階段は違う世界に通じている。 そんな噂を信じた少年達は今、懐中電灯を片手に旧校舎に忍び込んでいた。 深夜零時に近い時間帯。吐く息は白く、冷たい空気が肌を刺すかのようだ。使われていない旧校舎は古びており、歩く度に軋んだ音が響いた。 しかし、わくわくとした様子の少年はそれすら気にせずに意気揚々と古びた廊下を進んでいく。 「確か、夜に踊り場に置いてある鏡を覗けば良いんだったよな」 「そうだけど……やめようよ。あ、待って! 置いていかないでよー」 その後を怖々と付いていくのは気弱そうな別の少年だ。だが、主導権を握っているのは先行する少年だ。一人で帰ることも出来ず、結局は二人で踊り場に行くことになってしまう。 そうして、辿り着いた踊り場には古びた姿見があった。 銀の縁取りで飾られたその鏡は、いつの間にか其処に置かれていたらしい。 誰かが運んで来たのか、それとも元からあったのにそんな噂になっているだけなのか。真偽は分からないが、興味津々の少年にはそんな事は関係ない。 「でも別に普通の鏡だよな。なぁ、ちょっと覗いてみようぜ!」 「やっぱり噂は噂なんだって。うう、鏡を見たらもう僕は帰るからね」 少年達はそれぞれの思いを抱きながら、二人同時に鏡を覗き込む。 すると突然、鏡の中の少年達の姿がぐにゃりと歪み――少年達の視界が一瞬にして闇に包まれた。 ●鏡の中の己自身 とある学校の旧校舎には、実しやかに噂される話があった。 「名付けて『踊り場の鏡の怪』。学校の怪談としてはスタンダード過ぎて欠伸が出るほどだよ」 ふぁ、と実際に欠伸をしたフォーチュナの少年、『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)はブリーフィングルームに集ったリベリスタ達に事件のあらましを語る。 昨晩から、二人の小学生が行方不明になっている。 その事を受けて万華鏡からタスクが視出したのは、冬の肝試しに出掛けた生徒たちが鏡に飲み込まれる光景。そして、消え去ったはずの彼らがひょっこりとその場に戻ってくるというものだ。 「へ? 戻ってきてるなら行方不明じゃないんじゃねーの?」 話を聞いていた『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)は首を傾げる。 吸い込まれるという事象は確かに放っては置けないが、無事に帰還できているのならば事件にはなっていないではないか。 そう言いたげな耕太郎に首を振り、タスクは溜息を吐く。 「違うんだ。……戻ってきた人間は彼ら本人じゃなく、“鏡人間”なのさ」 曰く、それは少年達の偽物。 鏡に映ったかのように利き手や服装も左右反対であり、本物のように言葉を発するもない。 「例の鏡はどうやらアーティファクトみたいだね。鏡に映った人間を吸い込んでコピーを作る力を持っているらしい。そして……本物の少年達は今、鏡の中に閉じ込められているんだ」 鏡人間は旧校舎を彷徨っているので、見つけ次第倒してしまえば良い。 それには感覚が優れている者が同行していた方が良いと告げ、タスクは告げる。 「というわけで、耕太郎。行っておいで」 「えっ、俺かよ! でも、少年たちが囚われてるなら行かない理由はないよな……!」 一度は驚いた耕太郎だったが、任せておけとばかりに胸を張った。 しかし、問題は鏡人間を倒した後にある。 アーティファクトの内部に閉じ込められた少年達を助け出すには、リベリスタ達が実際に鏡の中に入って連れて来なければならない。その内部に入るには、普通に鏡の前に立つだけで良い。 けれど、とタスクは説明する。 「内部空間に入ると、問答無用で侵入した人間のコピーが現れるんだ。一般人の映し身相手なら一撃で伸せる。だけど、鏡人間は君達と同じ力と能力を持った状態で作成されるのさ」 つまりは左右が反転した自分と戦う羽目になる。 鏡人間を倒さなければ、アーティファクトの内部から出ることは叶わない。それゆえに完全に自分の映し身を倒し、少年二人を助けて脱出しなければならないのだ。 無論、その後は鏡のアーティファクトを破壊することも忘れてはいけない。 「お、おう……何だか大変そうだな」 概要を聞いた耕太郎の尻尾は、何処か不安げに揺れていた。 「それでも君達なら出来るだろ? 此処での答えは要らないからさ、いつも通りに行動で示してよ」 問いかけてはいても、タスクは緩く首を振った。 言葉にしないでも、差し向けられた瞳には信頼が宿っている。眼差しを受けた耕太郎はすぐにぴんと尾を立て、掌を握り締めた。 「もちろんだ。己に打ち克って、無事に戻ってきてやるぜ!」 そして、少年は元気良く拳を振りあげる。 自分自身との戦いは拮抗を極めるだろう。その様はまさにクロスゲームのよう。 たとえ己の映し身との戦いが険しくなろうとも、必ず乗り越えなければならない。何故なら、鏡の中に囚われた少年たちの命運はすべて、自分達が握っているのだから――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月27日(木)23:17 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●夜の校舎 鏡の向こうの世界。 もし、これが不思議な物語の幕開けなのだとしたら、鏡の向こうにはめくるめく世界が広がっていたのだろう。だが、それは物語を紡いでなどくれない。 暗闇に包まれた学校内、ハイディ・アレンス(BNE000603)は自分達の足元に倒れた少年達を見下ろした。その隣では『┌(┌^o^)┐の同類』セレア・アレイン(BNE003170)が満足気な笑みを湛えている。 「一般人相手に吸血、一度やってみたかったのよねぇ」 冗談めいた言葉と共に、セレアは自分の口許をそっと拭った。 伏した少年達は行方不明だった一般人――ではなく、例の鏡によって作り出された映し身。つまりは偽物の影だ。『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)の研ぎ澄まされた感覚によって彼らを見つけ出したリベリスタ達は、速攻で映し身を倒したのだ。 形を保てなくなり、霞のように消えた映し身から視線を逸らし、ハイディは階段の方を示す。 「では、本命の元に行くか。先ずは少年達の安全を確保しなくてはな」 「何だか怖いけど……よし! 頑張って早く倒して、やな事は終わらせようね!」 拳を握り、『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)が意気込む。そして、一行は四階に続く階段の踊り場へと辿り着く。すぐに視界に入ったのは銀の縁取りの姿見だ。 それがアーティファクトなのだと確信し、アーリィは仲間達と視線を交わしあう。 「こちらを覗けば良いのですね。参りましょう」 『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)が一歩、前に踏み出した。其処に続いた『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)は、傍にいた耕太郎へとわずかに視線を向ける。 (こう、お姉さんとして弟分に格好悪いところは見せられへんな……) 気合入れていかんとな、と己を律した椿に対し、耕太郎も「大丈夫!」とばかりに明るい笑みを返した。そして、すぐに表情を引き締めた二人をはじめとして、リベリスタ達はアーティファクトの真正面へと立つ。 ――その瞬間。 目の前に闇が広がったと思った刹那、リベリスタ達は鏡を背にして立っていた。 此処が鏡の中なのだと感じた『Line of dance』リル・リトル・リトル(BNE001146)が辺りを見渡す。すると、階段の隅で震えあがっている少年達の姿を見つけた。 「誰!? おばけの仲間……?」 「やめろ、こっちに来るな! うわああ!」 自分達以外の存在に驚いた彼等は怯えた眼差しを向けて来る。だが、リルは動じずに彼らを護るようにして背を向け、この空間の奥に広がる闇の向こう側を睨みつけた。 「心配ないッス。お化けなのは寧ろ……あっちの方ッスね」 そういったリルの視線の先には、リベリスタ達の映し身である偽物が現れはじめている。 姿形、装備品、すべてが全く同じ様相で現れた鏡の化身。それらが唯一、本物と違うのは左右が正反対だという部分だけ。 ハイディは自分達の区別の為に白のハンカチを右手に巻き、にじり寄ってくる偽物達を見据える。 「……鏡、か」 此方が戦闘態勢を整えるのと同じように、偽物も身構えていた。 「さて……鏡の中に入るんは、これで二度目やな」 過去の経験を思い返しながら、椿は現れた映し身を瞳に映す。煙草に火を点け、式符から鬼人を呼び出した彼女はそれを撫でるとゆっくりと紫煙を吐き出した。鬼人の守護がその身に力を宿らせると同時に、椿は少年達を護るように布陣する。 リルも背後の少年二人に離れて居て欲しいと告げると、軽い調子で尻尾をぴこぴこと動かした。 「ま、折角ッスし、映画の撮影だとでも思って見ておくといいッスよ」 自分そのままの敵と対峙し、命のやりとりをする。 そんな機会など早々訪れるものではないのだ。だからこそ全力を賭そうと心に決め、リベリスタ達は戦いへの意思をあらたにした。 ●鏡の内部 一触即発の雰囲気の中、最初に動いたのは鏡のリルだった。 しかし、本物のリルも一瞬後、即座に反応する。己を狙うという特性そのままに、リル目掛けて突っ込んで来た偽物は死の刻印を刻もうと肉薄した。その一撃を受け止めたリルは映し身から与えられた痛みをぐっと堪える。 「これが自分の一撃ッスか。なかなか悪くないッスね!」 そしてリルは狙いを自分の映し身ではなく鏡のアーリィへと向けた。自分とすぐに戦いたくもあったが、狙うのは集中撃破。床を蹴りあげたリルは偽アーリィとの距離を一気に詰め、刻印を刻むべく一撃を繰り出した。 その光景を見た本物のアーリィは思わず身を震わせる。 「うぅ……コピーとはいえ、自分がやられるのってあんまりいい気しないよね」 しかし、これも作戦。気持ちを切り替えていかなくちゃ、とアーリィは意気込む。気糸を張り巡らせた彼女は偽物に自分が狙われぬようにと敵周囲へと展開した。 その間、スペードが自分の映し身を引き付けて暗闇の近くへと誘導する。 「みなさんもどうか、ご武運を」 彼女は自分と一対一の勝負を行う心算らしい。仲間から離れていくその姿を横目で見送り、セレアも己の偽物を改めて見遣った。 「あたしの写し身とか面白いじゃない。美女をぶちのめすのは楽しいし!」 自分で美女と言ってしまうのはご愛敬。セレアはそのまま掌から雷の魔力を紡ぎ、敵一帯へと解き放つ。自分の写し身をも巻き込む一撃には容赦などない。敵が声を出せないにしても、自分の姿をしているものが苦しむところを見たい。そんな思いが自分の中にあることに気付き、セレアはふと首を傾げる。 (……これってあたしはドSか、それともドMということになるのか。ま、どっちでもいいか) 己の中での答えを放棄し、セレアは次手に向けての魔力を構築した。 集中攻撃は次々と偽アーリィに向けて放たれ、徐々に敵の体力を削っていく。だが、その間にも他の映し身たちが前衛としてブロックを担っているハイディや耕太郎を狙って襲い掛かってきた。 「わ、っと! 危ねっ!」 偽椿と偽セレアからの一撃を受け、耕太郎が態勢を崩しそうになる。だが、すぐに弓を引き絞った彼は光弾を撃ち放ち返した。それと同じくして自分を相手取るハイディも呪刻剣をその身でまともに受けてしまう。 「流石は自分だとでも言えば良いのか。此処まで互角とはな」 それでも、ハイディは未だ屈していない。 周囲に展開させた無数の符を鳥に変化させ、反撃として放つ。それは鏡のハイディに確実に衝撃を与え、態勢を揺らがせ返してゆく。其処へ、空間内に更なる符鳥が現れた。 「悪いけど、一気に終わらせてしまわんとな!」 それは椿が解き放ったものであり、狙いは弱りきった鏡のアーリィへと定められる。 群がる烏は偽物を啄み、瞬く間にその力を奪い取った。へたりと床に座り込んだ偽アーリィは泣きそうな表情を湛えたが、何も言うことはなくその場で消え去った。 複雑な思いを抱いてしまったアーリィ本人だったが、すぐに次の標的である鏡のセレアとハイディへと視線を映す。その瞳は真剣に、自分達の勝利を目指して向けられていた。 その頃、空間内の隅――。 其処で繰り広げられるのはスペード対スペード。他の邪魔が入らぬ真っ向勝負であった。 「こんばんは。あなたも、スペードさん?」 呼び掛け、問うてみても答えは返ってこない。自身の映し身が持つのはスペードと同じ、切っ先の欠けた青い刀身の剣。その刃から繰り出される呪いの力が真っ向から衝突し、互いの身を禍々しい黒光で包み込んだ。 告死の呪いを与え、向こうからも与えられながら、スペードは唯々語りかける。 「きっと、あなたは戦士に向いてない。想いを乗せない剣なんかじゃ、此の剣を砕くことさえできない」 その半分は、本当の自分に告げる言の葉なのだろう。 剣に想いを重ねたスペードは戦い続ける。この身が傷付いても、決して退かないと決めた。 何故なら、今こそ弱虫だった自分を超えてみせると決めたのだから――。 ●拮抗戦線 セレアが魔雷を放ち続けるように、映し身も似た動きを繰り返す。 広がった雷撃は鏡敵にも衝撃を与えていったが、それはリベリスタ達にとっても同じ。 「もう、本当に厄介よねぇ」 感電によって奪われていく体力をどうにかするため、セレアは邪気を退ける光を遣わせた。ふわりと身を包む癒しにより仲間を苛む危険が除外される。どうもッス、と礼を返したリルは此処が反撃のチャンスだと読み、凶爪を構えた。 踊るように、魅せるようにステップを刻み、自分を狙う偽リルの一撃を躱す。 「鏡は真実を映す、とか言うッスよね。アンタはどうなんスか?」 自分の全てを映してくれなければ、倒し甲斐がない。そう告げたリルの言葉に応えるようにして鏡のリルも華麗なステップで襲い来た。しかし、今狙うべきは別の標的なのだ。 再び鏡のセレアから放たれた雷撃が仲間達の身を打つ。 鋭い衝撃が身体を駆け巡った。しかし、ハイディは痛みを押し込める。大丈夫かな、とアーリィが問い掛けるが、彼女は平気だと頷いた。その間にも鏡のハイディが本物を倒そうと迫り来た。 薙がれた一撃がハイディの身を穿ち、体力をすべて奪い取る。 だが、運命を手繰り寄せ、立ち上がった彼女は足元を強く踏み締めた。 「ボク自身が――己を倒す」 目の前の己を打ち倒すべく、ハイディは渾身の力を込めて呪刻の一撃を振り上げる。 刹那。二つの眼差しが重なり、硝子の割れたような音と共に鏡の偽物が崩れ落ち、跡形もなく消えた。その様子を見たリルはお見事ッス、と称賛を送り自分も敵へと向き直る。 「それじゃこっちも行くッスよ!」 くるりと回ったリルが狙うのはセレアの偽物。 セレア自身も己の映し身が弱っている事を感じ取り、好奇の視線を差し向けた。その瞬間、リルによって刻まれた死の印が発動し、鏡セレアがその場に倒れ込んだ。 苦しげな表情を浮かべ、消えていくその姿を嬉しげに見つめたセレアはくすりと笑む。 「おやすみなさい、あたしの偽物さん」 映し身に別れを告げた本人は髪をかきあげ、何事もなかったかのように新たな敵を狙いはじめる。 残る虚像の化身は椿とリル、耕太郎。そしてスペードのみ。 スペード達の様子を気にしながらも、アーリィは傷付いた仲間を癒すべく天使の歌を紡ぐ。息を切らせていた耕太郎はアーリィに明るい笑みを向け、再び力を振り絞った。 「この調子なら勝てるよね!」 「もちろんだぜっ! でも、偽物とはいえアネキに矢を向けるのはやっぱりなぁ……」 アーリィの呼び掛けに答えた耕太郎の前方には鏡の椿が立っている。その尻尾がしょんぼりと下がっていたが、これは戦いなのだ。ぴんと耳を立てた耕太郎は意を決し、矢を一気に打ち放った。 偽椿の薄い胸を矢が貫く。 やはり胸が狙いやすかったのか、「ごめん、アネキ……」とバツが悪そうに耕太郎が呟いたのが聞こえたが、椿本人は複雑な心境を押し込めて自分の映し身へと符を飛ばした。 「偽物は偽物や。本物に敵うなんてあらへんやん?」 言葉通り、映し身を圧倒するほどの符鳥が標的を襲ってゆく。そこに生まれた隙を狙い、ハイディやアーリィも狙いを鏡椿へと絞った。その間にもセレアは敵全体を包む一条の雷を生み出し、偽耕太郎達にも衝撃を与えていく。 星儀に射撃、死刻印。 敵側からも容赦ない攻撃が浴びせかけられるが、それは連携をまったく意識していないものだ。それゆえにリベリスタ達は未だ誰も倒れておらず、果敢に耐えている。 「攻撃は厳しいが、無論、負けるつもりなどない」 ハイディが符を舞わせると、同じように好機を感じ取っていた椿も動いた。 「それなら遠慮なく、やってしまおか!」 椿は息を深く吸うと、弱りはじめた自分の映し身へと指先を向ける。 陣を展開させ、占うのは己の――否、偽者の不運。次の瞬間、生み出された不吉な影が鏡の存在を覆い尽くし、偽椿を地に伏せさせる。そして虚像は霞のように散り、その姿は最初から何も無かったかのように消滅した。 ●自分と己 相対するのは自分。立ち向かうのも自分。 スペードは傷だらけになりながら、呼吸を整える。目の前には自分と同程度の傷を受け、剣の切先を向けている映し身が居た。まったく同じ力を持っているのならば、一対一で拮抗するのは当然。 振り上げた剣同士が衝突し、甲高い音を響かせる。 「私は、『Manque』――」 鍔迫り合う中、スペードは不意に呟いた。 自分は人として、普通の幸せを掴むことが出来なかったなりそこない。戦士として、護り抜くことも出来ない、なりそこないに過ぎない。 それならば、目の前の虚像もそんな自分でしかないのだろう。 「それでも、」 スペードは左右反対、鏡映しの己を真っ直ぐに見つめて言の葉を紡ぎ続ける。 この自分から『変わりたい』と願う。そう思った刹那、鏡人が剣を逸らし、スペードの胸を狙って刃を差し向けた。その間は一瞬。切り伏せられたスペードの身が傾ぎ、倒れそうな程に揺れた。 だが、彼女は己の運命をその手で掴むかのように、痛みを凌駕した。 「私は、私の弱さこそを超えていく――」 そして決死の思いで振り上げた剣は虚像を貫き、偽の存在を打ち倒す。鏡が割れるが如き音が響き渡り、スペードはその場に膝をつく。誰の目にも映らなかったが、その口元には幽かな笑みが浮かんでいるように見えた。 そのとき、彼女を常に気に掛けていたアーリィが即座に回復の福音を響かせた。 「スペードさん! 今、癒すよ……っ!」 きっと彼女はやり遂げたのだ。称賛を送りたくなったアーリィは癒しの力を揮いながら、良く頑張ったねと告げた。それならば、後は残る偽物を倒すだけ。アーリィは顔を上げると、立ち回る映し身二体の様子を窺う。 よくよく見れば、鏡の耕太郎の方が体力を失っているようだ。 アーリィが仲間達にその旨を報せると、椿も偽耕太郎へと式符を向けた。 「なら、さっきのお返しと行こか」 「そんな、アネキってばひでー!」 椿の言葉に耕太郎本人がショックめいた表情を浮かべるが、これが冗談だということはお互いに分かっている。それほどの余裕が持てるくらいに戦局はリベリスタの有利に向いていた。 だが、気を抜いたというわけではない。椿の符が舞い、耕太郎の矢が空気を裂く。 セレアは己の最大限の力を発揮しようと、幾度目かの鎖雷を発動させる。その一撃によって鏡の耕太郎が消え、残る鏡のリルの体力が奪い取られた。今よ、と向けられたセレアの視線を受けたハイディが虚像に肉薄し、鉄甲での一撃をくらわせる。 其処へ、リル本人がその傍らに回り込んだ。 揺らぐ鏡の敵をしっかりと捉え、彼女が狙うのはとっておきの必殺拳――ハイ・バー・チュン。分身を生み出したリルの様子に気付いたのか、鏡も同じ構えを取った。一度やってみたかった、と薄く笑んだリルが拳を振りあげる。 「偽物ッスけど、同じリルなら死ぬまで舞い踊りたいッスよね。さぁ、全力で踊ろうッスッ!」 その瞬間。死角零の完全なる攻撃が互いに衝突しあった。 拳の連打は踊るような華麗な舞となり、そうして――衝撃音が止んだ後、その場に立っていたのはリル。勿論、それは偽物ではなく本物の彼だ。 「楽しかったッスよ。お疲れ様ッス」 傷の痛みを堪えながら、消えゆく鏡の虚像を見下ろしたリルは満面の笑みを浮かべた。 ●不可思議の鏡 リベリスタは少年達を連れ、外の世界へと戻る。 鏡の呪縛を解き放った今、自分達が再び鏡に吸い込まれるようなことはない。 「あー、映し身ってのもなかなか新鮮で面白かったかも?」 先程の戦いを思い返し、セレアは鏡を突く。その傍に立ったハイディも改めて鏡を見遣った後、アーティファクトであるそれを壊そうと鉄甲を構えた。 「では、破壊するぞ。公共の場である学校にこのような物を放置する訳にはいかないからな」 仲間の同意の元、鏡は粉々に砕かれる。 これでもう誰の身にも危険が降り掛かることはない。だが、ふと椿はこの鏡について思う。 「コレって学校の七不思議とかやんなぁ……勿体無いなぁ」 オカルト好きな椿にとっては七不思議が消えるのは残念なことだ。しかし、それは心配ないとリルが胸を張る。なんと、リルはアーティファクトと似た物を手配しており、元の場所に普通の鏡を設置したのだ。 「都市伝説は、そのまま都市伝説として。浪漫ッスね!」 これで、この鏡は危険のない不思議として残ることになるだろう。 耕太郎も事の顛末に満足気な笑みを湛えた。そして、保護された少年達も怖々とはしていたが、先程よりは落ち付きを取り戻しており、スペードは二人をやさしく宥めてやった。 「もう大丈夫です。怖い中、よく頑張りましたね」 「でも、危ないことはもうしちゃ駄目だよ?」 スペードに続き、アーリィも注意を呼び掛ける。自分達と同年代の少女に言われたからか、少年二人も素直に頷いて反省した。そして、リベリスタ達は少年達を連れて真夜中の校舎を後にする。 これで彼女達は無事に事件を解決したことになるのだが、未だ謎は残っている。 どうしてこのような普通の学校にアーティファクトが置かれていたのだろう。もしかすれば、それこそが――今回最大の不思議で不可解な出来事だったのかもしれない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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