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<三ツ池公園大迎撃>Nightmare in the Night

●『万華鏡』
「正直に言うと、この時期に攻めてくる意図が判らない。判らないけど、放置するわけにはいかないから」
 やや歯切れが悪い『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の物言いは、混迷を深める状況をそのまま映しているかのようだった。
「六道紫杏。『六道の兇姫』の名を奉られている彼女が、自慢の生物兵器『キマイラ』と六道派のフィクサードを引き連れて、三ッ池公園に攻めてくる」
 モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン、『楽団』の木管パートリーダーたる彼が僅か五人で公園を陥落の危機に追い込んでから、まだ時間は経っていない。
 当然のようにアークの警戒はその度合いを増しており、守備に配された戦力もより厚くなっているのだ。何故この時期に強行を仕掛けるのか、その理由は判然としないが――。
「『倫敦の蜘蛛の巣』――バロックナイツのモリアーティ『教授』の配下が、援軍を派遣したらしいの。もしかしたら、先に公園を攻撃されて焦った彼女が、その援軍に背中を押されたのかもしれないね」
 そんな裏情報を齎したのがお馴染みのアシュレイであることは言うまでもない。そしてその目的が、『閉じない穴』を使って崩壊を加速させ、自身の研究を完成に近づけるためであるということも。
「ファクターはそれだけじゃないよ。もちろん『楽団』の存在を忘れるわけにはいかない。六道派とアークが総力でぶつかれば、絶対に顔を出してくる」
 彼らがフィクサードやリベリスタを襲撃して手駒に加えていたのは記憶に新しい。ならば、両陣営が激突するこの戦場は、彼らには宝の山に見えるに違いないのだ。
「厳しい戦いだよ。でも、勝たなきゃならないの。それで、皆に向かって欲しいのは――」

●『Nightmare in the Night』
「おー、こっちもおっ始めたな」
 三ッ池公園正門近く、冒険の森。
 リベリスタの一群が巨大な二足歩行の狼を先頭に押し立てたフィクサード部隊と激突するのを、一際高い巨木の上から数人の人影が見下ろしていた。
 緊張の色を微塵も感じさせない様子で暢気に声を上げたのは、黒ずくめの衣装に丸サングラス、という胡散臭い男である。
「アークの連中、例によって気合入ってんなぁ。助けてやんないと負けちゃうんじゃないの」
「……ソウシ。我らの目的を忘れるな」
 ローブに身を包んだ術士らしき男が背後から咎めるのを聞き流し、サングラスの男は肩を竦めた。
「へいへい、判ってますよ。すべては俺達の『教授』のために、ってな」
 白々しさすら感じさせるその口調は、あの『塔の魔女』にも通じるところがある。背後から突き刺さる視線は熱量すら伴ってソウシの臓腑を穿たんとしていたが、彼は飄々とした調子を崩しはしない。
「……ま、この程度でやられて貰っちゃ困るんだけどな、『俺』は」
「何か言ったか?」
 いいや、何にも。一年ぶりだって言っただけさ。
 呟きを聞き咎めた問いにそう答え、サングラスの男は腰に下げた曲刀を抜き放ち、樹上の枝からふわりと飛び降りた。
 黒いコートが風を抱き、翼のように広がってはためく。
「これも『教授』の指示だ。行くぜっ!」
 舌打ちと共に後に続く『仲間』達の視線が殺意に近くなるのを感じながら、その男――『午前二時の黒兎』土御門・ソウシは唇を吊り上げる。
(さあ、どう転ぶかね、大将?)
 因縁渦巻く三ッ池公園。鬱蒼とした森は、黒々とした闇を孕んでいた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月可染  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年12月30日(日)23:52
 弓月可染です。
 あらゆる可能性を考えよ。以下詳細。

●成功条件
 全てのキマイラとフィクサードを撃破あるいは撤退に追い込むこと。

●状況
 正門近くの『冒険の森』でリベリスタと六道派が交戦を始めてから三ターン後、リベリスタの背後二十メートルに『倫敦の蜘蛛の巣』の四人が出現します。皆さんには第一ターンの行動からプレイングをかけて頂きますが、この増援を『警戒していた』ことにして構いません。

●六道派フィクサード
 四名。紫杏の配下でそこそこの手練です。
 デュランダル・クロスイージス・ホーリーメイガス・レイザータクト。

●キマイラ『ペイオウルフ』
 二足歩行した巨大狼――に見えますが、実際はごつごつとした岩のような肌に全身を覆われた大男の背と巨大な狼の腹が癒着しており、四本の脚で立っています。
 その全高は三メートル近くあり、見かけ通りの膂力と、見かけよりもなお素早い身のこなしで獲物を追い詰めるでしょう。

【攻撃詳細】
 ・引き裂く鉤爪(A:物近範・ノックB)
 ・ウルブズバイト(A:物近単・流血)
 ・狩人の咆哮(A:神近全・???)
 ・ペイオウルフ(P)
 ・EX 捕食者の牙

●『倫敦の蜘蛛の巣』
 ジェームズ・モリアーティ配下のフィクサード。ソウシを除き三名。
 ジョブは不明ですがローブ姿の術士が混じっています。六道派よりも強敵と考えていいでしょう。

●『午前二時の黒兎』土御門・ソウシ
 「Anything but Love」「<強襲バロック>Ripper's Edge - Everything on the Edge -」に登場。かつて後宮・シンヤの配下として一隊を率いていました。一年の月日が流れていますから、おそらくは当時よりも力を増しているでしょう。
 黒いコートを着込んだグラサンの男で、曲刀『マレファル』を所持しています。

【攻撃詳細】
 ・プロアデプトのスキル
 ・EXP Nightmare in the Night
 ・EX Doomsday Trick

●重要な備考
『<三ツ池公園大迎撃>』はその全てのシナリオの状況により『総合的な結果』が判定されます。
 個々のシナリオの難易度、成功数、成功度によって『総合的な勝敗』が決定されます。
 予め御了承の上、ご参加下さるようにお願いします。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。

 オープニングはシンプルですが、割と考えることの多い依頼だと思います。でも台詞も山盛り推奨です。ご武運を。
 それでは、皆さんの気合の入ったプレイングをお待ちしています。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
デュランダル
雪白 桐(BNE000185)
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
プロアデプト
イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)
クリミナルスタア
★MVP
神城・涼(BNE001343)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ホーリーメイガス
大石・きなこ(BNE001812)
ソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)
プロアデプト
廬原 碧衣(BNE002820)
レイザータクト
神葬 陸駆(BNE004022)


 狼であった。
 月光の下でなお艶やかな銀毛。獣という形容が相応しい雄大なる体躯。それは見事なる雄狼であった。山野にあって全てを支配する、強大なる戦士であった。
 だが、それが『唯の』狼ではない事は、一目見ただけで察せられる。
 すっくと立つその姿。その曝した腹に貼りついた、でこぼこと、ごつごつとしたもの。それは男の身体である。男の身体を象った何かである。
 キマイラ。
 六道紫杏の開発した兵器にして玩具。
 四本の脚で大地を踏み締めるそれは、目の前に現れた『獲物』を前に、歓喜に震えた。
『Grrrrrrr!』
 咆哮。そして跳躍。
 ペイオウルフ――異形の人狼が振るう鉤爪が、肉を引き裂き血を啜らんと『獲物』、リベリスタへ振るわれる。
「う……おっ!」
 その爪をまともに受けた『ダブルエッジマスター』神城・涼(BNE001343) が、思わずといった風情で声を上げた。
 狼の銀毛よりも透き通った短刀は辛うじて襲い来る左手をいなしたが、続く右手は彼の肩を抉り、漆黒のコートごと肉を引き裂いたのだ。
「まずは私が相手です!」
 その側面から身体ごと突っ込むように攻撃を仕掛ける、『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511) 。ポニーテールの剣士が放つ斬撃は、蒼の軌跡を残しながら、人の身体に見える何かへと喰らいついた。
「長い間は持ちませんが、この大きさなら一人でも止められます。皆さんは早く!」
 懐に飛び込んだリセリア。キマイラを抑えるという最も危険な役目を買って出た彼女は、しかし僅かな癒しを除けば、仲間達の援護を受けることはない。
 中途半端な情で救援に入るより先にやるべき事があると、誰もが理解しているからだ。援護を受けている暇はないのだと、彼女が覚悟したのと同様に。
「僕は天才だから、言われなくても今が急ぐべきときだと判っている」
 自信満々に言ってのけた『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022) が投げ入れた、小瓶状の物体。土を叩いて跳ね上がったそれは、短い持ち手をくるくると回転させて。
「これが天才の演算だ。下がれ、二流の秀才ども」
 眩い閃光が夜の三ッ池公園を照らした。思わず目を覆うリベリスタ達。だが、人狼の後ろからリベリスタへと踊りかからんとしていた六道のフィクサードは、それだけでは済まされなかった。
「なんだ、と……!」
 陸駆が投じた閃光弾が、彼らの視界を灼く。そして、一時的にせよ視力を奪われた彼らが回復するのを待つほど、リベリスタは甘くはない。
「攻め込んできたからには覚悟はしてるんだろうな、てめぇら」
 緋色の髪を逆立てて、『墓掘』ランディ・益母(BNE001403) が諸刃のブロード・アックスと共に棒立ちの敵陣へと踊り込んだ。
「道は作ってやる、後はしっかり頼むぜ!」
 敵の術士を護るように立っていた重装の戦士が盾を構えるのに構わず、赤き戦鬼は力任せに巨大なる凶器を叩き付ける。
 耳障りな衝突音。
 力と力とのぶつかり合いは、だが、全身の闘気を諸刃に宿らせて叩き付けたランディに軍配が上がる。
 ぐ、と浮き上がる大盾。次の瞬間、ドン、と圧縮されたエネルギーが爆ぜるのと同時に、フィクサードは大きく後方へと弾き飛ばされた。
「貴様らぁっ!」
「行かせませんよ。貴方の相手は私です」
 唯一先の閃光から目を庇っていたらしい大剣のフィクサードが、救援に入ろうと走り寄り、しかし小柄な人影にその行く手を阻まれる。
「邪魔するな小娘っ!」
 華奢で背の低い姿を侮ったか、フィクサードは無造作に厚刃の大剣を振り下ろす。一瞬の後にはこの子供を両断しているだろう――そう考えた彼の楽観は、しかし刃と刃がぶつかる音であっけなく打ち払われた。
「スカートのときならそう言われてもしょうがないですが……」
 掲げられた得物は、フィクサードのそれよりも尚大きい。プラナリアにも似たフォルムの大剣を見かけに依らぬ力で押し込みながら、雪白 桐(BNE000185) は小さく笑った。
「人を見かけで判断すると、痛い目に遭いますよ?」
 単純な腕力ならば、『判りやすい力自慢』のランディにすら引けを取らないのだ。この細腕の何処にそんな筋力を隠しているのか、たたらを踏んで後ずさったフィクサードが驚愕の表情を浮かべた。
「オッケー、道は開いたよ!」
 続いて『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)がペイオウルフの後方へと突入する。彼の前には、後方の術士への経路がくっきりと姿を現していた。
 キマイラが、そして二人の戦士が抑え込まれている今、援護役らしき後衛を護る戦力は存在しないのだ。
「この前は情けない姿を見せちゃったけど――見ててよ、花子さん」
 双の拳に稲妻が走る。勇気と境界線、二つの刻印が刻まれた手甲をかつんとぶつけ合わせれば、火花が爆ぜてフラッシュを発した。
「この一年で成長した、僕達の姿を!」
 ぐん、と加速する。回復役とジャマーと思しき二人の後衛が逃げる間もなく、電撃を纏った悠里の拳が叩き込まれ、彼らに容赦のない打撃を見舞う。
 その頭上に突如現れた、血の赤を湛える仮初の月。
「――ボクは許さない」
 常は可憐な歌を紡ぐ『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759) の声が、今は冷たい怒りに染まっていた。
『Grraohhhhh――!』
 紅月の呪いに身を蝕まれながら、狼は吠える。赤光が影を落とすそのシルエットは酷く優美で、だから腹にもう一つの命を縫い付けたその様は、一層哀れであった。
「命を実験道具としか思っていない、君達を」
 不吉の光よ、降り注げ。フィクサードもろともに滅びを齎さんとする凶つ月は、血の色に染まりし戦場に呪力の風を吹きつける。
「絶対に、絶対に負けない!」
「……それだけの思いがあれば、本当に負けはしないのかもしれないな」
 小さく笑い、『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820) は両の掌に意識を集中する。球を為して渦巻く魔力が、白い輝きを帯びていく。
 神気の色を帯びたそれは、厳然たる意志の象徴だ。断罪の。守護の。勝利の。だからこそ、聖なる光を解き放たんとする彼女は、自らの内にある迷いを消し去らねばならなかった。
「ここ一番で負けっぱなしだからな――だが今回ばかりはそうもいかないが」
 シニカルな口調に隠した覚悟。この三ッ池公園を六道紫杏に明け渡すという事がどれだけ恐ろしい自体を招くか、説明する必要さえありはしないのだ。
「すみませんでした、では終われないよ」
 しっかり働かないとな。そう呟いて、碧衣は掌に包んだ光球を掲げるように差し出した。制御を外れた神気が、堰を切ったように迸りフィクサードへと殺到する。
 その光の中を駆け抜ける、漆黒の翼。
「さっさと倒さないと面倒な事になるんでな。最速で終わらせてやる」
 右手には刃を、左手には銃を。二つながらに得物を手にした涼が、怒涛の攻勢に耐えるのが精一杯といった風情の術士を間合いに捉えていた。
「さあ、死のダンスを踊ろうぜ――!」
 涼の姿が消える。いや、背後だ。術士の追いつけない高みまで加速を重ね、その背後を奪った彼の刃が首筋を斬りつける。そして。
「じゃあな。先に行って仲間を待っていろ」
 透き通った刀身が、開いた傷口を貫いて喉を食い破る。ひゅう、と呼吸音。そして、噴出す鮮血と共に、癒し手らしき術士は崩れ落ちた。

 それは見事なる速攻であった。
 いいようにあしらわれるフィクサードは、初手の混乱から脱しきれず、悪戯に被害を増すばかりであった。
 あるいは一線級の部隊ではなかったのかもしれない。個々の実力はリベリスタ達を上回っていたが、連携も意思疎通もなくバラバラに戦う彼らは、ただ撃破されるのを待つばかりである。その意志がリベリスタにあれば、だが。
 キマイラの苛烈なる攻撃は、フィクサードの不甲斐なさを埋め合わせて余りあるものだった。だからこそ、彼らは残りのフィクサードよりも、まずこの人狼へと矛先を向けたのだ。
『Goohhhhhhhhhh!』
 魂すら凍りつかせる咆哮。大きく開いた顎には、ただ肉を引き裂き喰らうためだけに存在する鋭い牙が獲物を待ち受けている。
 狙われたのは、数度に渡り幻惑の剣技を浴びせ、ペイオウルフの注意を惹き続けたリセリアだ。しかしその大振りの動作は、十分に回避可能なモーションであった。
 ――それを妨げるアクシデントさえ無かったならば。
「舐めるなよ、アークのリベリスタども!」
 聞こえた声。同時に、視界を眩い光が包む。それは陸駆が使ってみせたのと同じ閃光弾。キマイラに集中する余りに対処が漏れていた敵のレイザータクトだと、一瞬遅れて気づく。
 しまった、と悔やむ。それも一瞬。続いて襲う、全身を震わせる痛み。
「リセリアさん……!」
 夜闇を裂くような『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812) の悲鳴。彼女が見たのは、キマイラの牙がリセリアの肩を噛み砕き、白い羽織を瞬く間にどす黒く染めていく光景だった。早口で詠唱を紡ぐも、間に合うものではなく――。
「――まだ、まだ倒れはしません――」
 だが、閉ざされていく意識をこじ開けるように保ち、少女剣士は立ち上がる。それを信じていたかのように詠唱を止めはしなかったきなこ。鎧姿の聖女が齎した柔らかな風が、リセリアの傷を癒していった。
「時間との勝負です、みんなで力を合わせて頑張りましょう!」
 時間との勝負。
 きなこが口にした励ましは、彼女らがキマイラ以上の脅威を予測していることを示している。乱戦極まる三ッ池公園。これだけ派手に戦っているならば、銃火を交える敵部隊が一つとは限らないのだから。
「――そろそろ、ご挨拶の時間ですか」
 一人後方にて悠然と振舞っていた『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224) が、約束の時間になった、と言わんばかりの口ぶりで呟いた。
 白い手袋で肌を隠した手を大きく広げれば、轟、と突風が吹き荒れる。
「はじめまして、遠路はるばるようこそ極東へ」
 冷たいだけだった冬の嵐が、その台詞と同時に熱を帯びた。『誰も居ない』森の一点を中心にして渦巻く熱気が、大地から水分を奪い、乾いた砂を巻き上げて。
「私はイスカリオテ。この地に根を張る蛇、『愚者』イスカリオテ・ディ・カリオストロと申します」
 瞬間。
 突風が捲く砂礫が赤熱し、熱砂となって周囲を灼いた。現出する灼熱地獄。フィクサードが、キマイラが苦悶の声を上げる。
 焦熱の影響を受けないリベリスタ達すら、目を覆わざるを得ない砂嵐。
 そして、それが爆ぜるように四方に拡散し、嵐が消えたとき。
「や、歓迎ようこそ。一年ぶりだが変わってねぇなァおい」
 逆立てた金髪に丸いサングラス。涼のコートやイスカリオテのカソックよりもなお冥く、碧衣のそれよりもごてごてとした衣装。
「そして待たせたな、六道の諸君。『倫敦の蜘蛛の巣』が助太刀に来てやったぜ?」
 黒衣の青年を先頭にした、四人の男達がその姿を現していた。


 ぶん、とかすかな音がした。
 前方のキマイラ、後方のフィクサード。耳をつんざく爆音と咆哮、途切れることなく奏で続けられた戦場音楽が、突然その主張を止める。
 次いで。
 斬、と幹の細い木々が、両断され滑り落ちるようにその身を横たえた。
「天才的伐採作業に巻き込んだようだな、失礼」
 ふ、と鼻を鳴らす陸駆。度の入っていない眼鏡に映る月光と爆炎、しかしグラスの奥の金がかった輝きは、そんなささやかな光で打ち消されるものではない。
「こんなつまらない攻撃でどうこうできるとは思っていない。もっとも、この天才のIQ全ては不要だろうがな」
 双方が展開する間、彼は新手の四人の装備、そして僅かな身のこなしから少しでも情報を得るべく、自慢の頭脳をフルに回転させていた。
 理解できたのは、前衛二人がパワー型の戦士と遊撃を主務としたトリックスターであること、術士と共に背後に残った東洋系の剣士は陰陽の力を用いるらしいこと、そして。
「僕の戦略演算にかかれば、この程度の力の差は誤差の範囲だ」
 四人が四人、恐ろしいほどの手練であるということだ。
 肩から血を流す戦士、そして軽やかに不可視の刃をかわしたサングラスの男。その二人とも、陸駆の迎撃等なかったかのようにその歩を緩めることはない。
「あぁ、知ってるぞ、お前――」
 雷纏うガントレットはその熱を失わず。けれど、悠里の声にはひやりとしたものが混じっていた。
(――本当に、嫌な事を思い出させてくれる――)
 前衛の一人、黒衣にサングラスの男。
 ニヤニヤ笑いを浮かべる曲刀の遣い手。
 一年前、この公園を巡る戦いで唯一生き残った、後宮・シンヤ直属の高級幹部。
「――『午前二時の黒兎(ナイトメア・イン・ザ・ナイト)』!」
 轟、と。
 迸る稲妻が戦場を駆け抜ける。
 身を包むのは防衛機構の真白き制服。身に宿すのは決して退かぬという勇気。その誇りと決意とを胸に、かつての臆病者が駆け抜けるのだ。
「会うのは初めてだよな? けどお前の事は知ってるぜ、設楽悠里」
 輝く小手をシミターでいなし、その男――土御門・ソウシはニィ、と笑みを深くした。
「緑のお嬢さんは元気かよ、ええ?」
「黙れっ!」
 静かに膨れ上がる殺気が、挑発に反応して爆ぜる。だが、思考を赤く染めた悠里がもう一撃を加えようとしたその時、先の閃光弾とは違う眩い光が彼らを押し流す様に氾濫した。
「あちらでは早速の因縁勝負のようですが」
 清浄で、苛烈で、そして何処かしら『濁った』雰囲気を湛えた断罪の白光。
 イスカリオテは神父の格好をしているからして、神気を操る事は何ら不思議ではないように見えた。だが、その禍々しさは何だ。その眼鏡が映す世界の空ろさは何だ。
「貴方の相手は私です――お名前を伺っても構いませんか?」
 世の殆ど全てに博愛を抱くパスクァーレ・アルベルジェッティのそれとは違った意味での不遜に身を浸し、原罪の蛇は三日月の形に唇を吊り上げた。
 視線の先には、ローブに身を包んだ術士らしき男。フードは既に千切れ飛んでいる。
「下らんな」
 返答はノータイム。ただ一言の詠唱と共に、男から溢れ出た黒き血の鎖が奔流となってリベリスタを呑み込んだ。
「おーおー、そんなにカリカリしなくてもいいんじゃねーの、アラステア」
「……ソウシ」
 その横からからかうように口を挟むソウシ。たちまち火花を散らす危険な空気に、く、とイスカリオテは喉を鳴らす。
「なるほど。ええ、アラステア氏、私の獲物は最初から貴方一人だけだ」
 かのアーネンエルベにて編まれたという書物が、魔力を帯びて青白く輝く。神など居ないと言ってのける男が、ちろりとした視線をその獲物へと這わせて。
「――さあ、神秘探求を始めよう」

「その程度か、よっ!」
 一度ならずメイスの直撃を受け、それでも一歩も退かない打撃戦を演じるランディ。決して無視できるような攻撃ではなかったが、しかし彼は余裕すら見せていた。
「じゃあ、俺の番だな」
 呻き声のような音を立てて冷たい空気を切り裂くのは、傷と血錆に塗れた両刃の巨斧。並みの者では持ち上げるのが精一杯の凶器を軽々と振り回し、赤き鬼神は力比べを挑む。
「俺の相棒は凶暴だぜ?」
 大きく後方へと反らした大斧。ぶちぶちと筋の千切れる音。弓を引き絞るが如くばねを利かせた腕が、番えた矢を放つかのように解き放たれた。
 ランディの身体を軸に、大質量の刃が高速で弧を描く。ドン、と大盾に斧頭が叩きつけられた音は、まるで車同士が衝突したかのように派手に響いた。
「もっとも、あいつが怒ったときよりかは幾らかましだろうけどな」
 にい、と厳つい顔に笑みを刻んだ。一拍遅れて、フィクサードの盾が四散する。過剰な衝撃を受け流し損ねたか、あるいはあまりのことに呆然となったのか、棒立ちになる重装戦士。その彼を、間を置くことなく横合いから一条の細い糸が穿つ。
「おっと、そんな隙を見せられたら、ついつい狙ってしまうじゃないか」
「か、は……」
 冗談めかして呟いた碧衣。彼女が魔力を練り上げる媒体とした小さなナイフ、その先から細く細く紙縒りのように伸びた闘気のストリングは、精密な狙いをもってフィクサードの胸を貫いた。
 ランディの強打で既にノックダウン寸前だった戦士には、それで十分だった。ぐらり、と揺れた身体が、そのまま地面へと倒れこみ土埃を立てる。
「これで二人、か。しかし――」
「ランディさん!」
 碧衣の思考を遮るかのように叫んだきなこが、バイブルを開き何事か早口に詠唱する。たちどころに戦場を吹き抜ける、寒さを感じさせない柔らかい風。
 太く編んだ三つ編みが、ふわりと浮き上がった。
「皆さんの傷は私が癒します。だから、思いっきりやっちゃっていいんですけれど」
 彼女の喚んだ癒しの風がランディを中心に渦を為し、驚異的なスピードでその傷を癒していく。ありがとよ、と礼を言う彼に、きなこはでも、と口を尖らせた。
「無茶をしてもいい訳じゃないのですよ~?」
 とはいえ、彼女も理解している。倫敦の蜘蛛の巣に背後を取られている以上、多少のダメージは気にせずに目の前の敵を叩き潰す以外に道はないのだ。傷を癒しに下がるという贅沢は、今この戦場では許されない。
 それは、碧衣にも共通する認識ではあるのだが。
(――しかし、これは……)
 ちらりと後方に視線を投げれば、陸駆までが敵前衛を惹き付け、時間を稼いでいるのが見えた。
 今のところ、最小限の人数で強力なフィクサードを足止めし、六道のキマイラを叩き潰す、という戦術は、功を奏しているようだ。
 まるで、そうなることが決まっていたかのように。
「……いや、考えすぎだろう」
 だが、そんな違和感を碧衣は無理やりに思考から追い出した。いずれにせよ、キマイラはまだ沈んでおらず、そしてそう簡単に倒せる相手でもないのだから。

「残念ですが、私はゆっくりしていられないんです。どこかの鮫さんが、ぎゃあぎゃあと五月蝿いんですよ」
 スカートでなくパンツルックである事が残念に思えるほどのステップ。軽やかな身のこなしで人狼の爪を回避した桐が、お返しとばかりに巨大なる得物をペイオウルフへと叩きつけた。
 銀毛を突き破って食い込んだ刃から流れ込む闘気が爆ぜるように荒れ狂い、その美しい毛皮を朱に染めていった。
「前ボコられた、とか、仕返しお願い、とか。そんなに気になるなら自分でやれば良いでしょうに」
 そう嘯いた桐の口ぶりは、どこか呆れたような、あるいはやるせないような、そんなマーブルの風情を帯びてはいたけれど。
「ま、感傷は抜きにしてもだ。正直、楽観は全く出来ないな、今の状況は」
 見かけほどに軟弱ではないはずの涼が、苦い口調でぼやいてみせる。
 三手。
 結局のところ、それだけがリベリスタに与えられた僅かな余裕だった。伏兵は最初から警戒していたが、現れた敵増援はこのキマイラに劣らぬ強大な相手。
 数の差を活かし、速攻でホーリーメイガスを落とした手際こそ見事だったが、キマイラと倫敦の蜘蛛の巣を同時に相手取るというのは、やはり危険に過ぎるのだ。
「んだが、やるだけはやらせてもらうよ」
 人狼が振り回した爪は、涼の胸にもべっとりと流血を強いていた。彼一流の伊達でその痛みを押し隠し、背後に回り込んで短刀を突き立てる。
「暗殺の技を連打すれば、普通は有難みが薄れるがな……!」
 強靭な脚力が生み出す速度を誇る狩人であっても、周囲を囲まれている以上は、そうそう全てをかわし切れるものではない。
 だが、予想以上のタフさには、涼も舌を巻かざるを得なかった。これだけやれば普通死んでるだろう、というぼやきには、周囲から苦い笑いの賛同が起こる。
「公園を奪われる事態になれば、あの時の戦いが無駄になる」
 悠里とモチーフを同じくしたリセリアの白いコートは、まだらに赤く汚れていた。その大半は彼女自身の血だ。
 致命的な攻撃こそ紙一重で直撃を避けている彼女だったが、初手からペイオウルフの攻撃を惹き付けていただけあり、きなこの援護がなければとうに戦線離脱に追い込まれていただろう。
「『倫敦の蜘蛛の巣』が実在していたのも驚きですが……」
 背後で僚友が対峙しているであろう、土御門・ソウシ。ちらりと見た風体は、一年前の決戦で彼女が戦った、あの曲刀遣いに他ならなかった。
「後宮派の水上部隊に居た筈。……今は、モリアーティの手下ですか」
 壊滅した組織の生き残りが他の組織に身を寄せるのは、珍しくも何ともない。ましてや、彼ほどの実力者であれば引く手は数多だろう。
 だが今は、彼の来歴に思いを馳せるのは贅沢な時間の使い方だ。
 六道に楽団に倫敦の蜘蛛の巣。状況は混沌、周囲は敵だらけ。この難局を、限られた戦力で乗り切らねばならないのだから。
「――護り切ってみせましょう」
 気高き覚悟は凛とした剣筋となって、邪気に塗れた夜闇を断つ。月光を宿した蒼銀の一閃は、幻惑すら喚ぶほどの疾さで人狼へと吸い込まれた。
『Grrooaaahhh!』
 苦痛に満ちた咆哮が彼らの耳朶を打つ。
「痛い? 苦しい?」
 そう問いかけるアンジェリカの赤みが差した頬を、熱い雫が濡らしていた。我知らず双眸より溢れ出る感情。それもまた、彼女が恩人から与えられたものだ。
 二つの命が捻じ曲げられた存在――キマイラ。
 ペイオウルフが自身の運命をどう思っているのかは判らない。そんな事を考える知性が残っているのか、それさえも。
「ボク達は君を倒す。それが君の、君達の魂を救う事だと信じてるから」
 華奢な手の中には、魔力で編まれた小さなカード。ジョーカーの絵柄が描かれたそれをそっと宙に押し出せば、ふわりと舞って人狼の背へと貼りついて。
「ボクは、君の魂を救いたい」
 それは旋律なき祈り、無音のレクイエム。予告された破滅はペイオウルフに耐え難い苦痛を齎した。

 ――倒せる。

 フィクサードを押さえ込み、キマイラの猛攻を凌ぎながら集中攻撃を浴びせる彼らに芽生えた希望と楽観。確かにこの瞬間、リベリスタ達は優位に立っていたと言えるかもしれない。
 だが。

『――GAAARRRHHH!』

 魂を削る絶叫が、凄まじい衝撃となって彼らの精神を撃ち砕く。
 そして彼らは思い知るのだ。盤面を一手で覆すことが出来るからこそ、それを強敵と呼ぶのだと。


 咆哮が齎したプレッシャーに圧倒されるリベリスタ達。さらに、大きな傷もなく残っていたレイザータクトらしき六道派が、不可視の刃でキマイラもろとも前衛達を斬り裂いたことで、混乱は極地へと達していた。
「正念場だろ? 人並みの意地はあるんでな!」
 男の子だしね、と冗談交じりに付け加える涼も、最早疲労の色が濃い。
「へばってばかりもいられないのですよ」
 そんな中で、桐だけは多少ふらついていたものの、かの咆哮にも姿勢を崩されては居なかった。端正なかんばせ、その頬を斬り裂いた傷から滴る赤いものが、戦化粧のように彼の戦意を表している。
「こういう状況でもやりあえるように、鍛えているのですから」
 一歩前に出る。防御という考えは捨てていた。
 戦場に在る以上、決着はいつでもDead or Aliveの二通りしかない。それは、継戦能力を重視する桐には珍しい選択だったが――。
「鮫さんからの遺言で、恨みの肩代わりをお願いされましたので。こちらにばかりは構っていられませんね」
 独特の形状をした大剣を、一息に振り抜いた。肉を抉り骨に達する一撃が、ペイオウルフに深刻なダメージを与え、その動きを鈍らせる。
「ハ、綺麗な顔して言いやがるな、相変わらず」
 咆哮に思考を揺さぶられながらも、気力一つで身体を動かし、大剣のフィクサードを斬り捨てたランディが後に続く。その手には、握り慣れた超重の戦斧。
「いい加減好き放題してんじゃねぇ!」
 子供の身体ほどもある大斧をぶん、と叩きつけた。キマイラの速度を支える脚力の源、狼の脚に食い込んだ、重い厚刃。
 苦痛に悶える狼の牙を避けながら、ちらり、後方の戦いを流し見る。
「そんなに小説は読まない方だがな……」
 胸には鉄斧のエンブレム、懐には銀の匙。二つながらの祝福を身に宿し、バイデンさながらの死闘を繰り広げながら、赤い戦鬼は殊更に叫んでみせるのだ。
「お前らのボスの名前くらいは知ってるんでな、挨拶くらいはしねぇとな!」

「黒翼の暗渠抗うこと可わず。朽ちよ果てよ式の鳥葬!」
 蜘蛛の巣の一人、導師服に防具を付けた様な独特の衣装に身を包んだ剣士が、細剣を複雑に舞わせ印を描く。左手に掴んだ式符の束を宙にばさりとばら撒けば、無数の鴉に変化して戦場を斬り裂いた。
「きゃああっ!」
 群体の闇に飲み込まれたのは、守備の要たるきなこ。絹を裂く悲鳴に、幾人かが血相を変える。如何に堅い守りを誇る彼女とて、今は他を癒すことに集中している。
 既に少なからぬダメージを負った彼女が、直撃を受ければただでは済まない――。
 だが。
「負けませんよ」
 奔流のように殺到した翼が飛び去り呪符へと戻った後、そこには見慣れた甲冑姿が尚もしっかと立ち続けていた。
 流石に両腕を顔の前で交差させ、魔力制御の盾を一杯に展開させてはいたが、優しげな面立ちに強い意志を与える瞳は、その輝きを失ってはいない。
「鉄壁のきなこさんは――」
 ああ、それは運命の力を引き寄せ、燃やすことで得た時間。
 唯一の癒し手としての、絶対に倒れないという矜持が齎したもの。
「――不撓不屈のホリメなのです!」
 恩寵よ在れ。高位存在が現世に分け与えた強大なる力の一端が、吹き抜ける風となって三ッ池公園を駆け抜け、リベリスタを蝕む呪縛や瘴気を祓った。
「ちぃ……っ」
 思うに任せぬ戦況に苛立ったか、舌打ちを漏らしたローブの男、アラステアが複雑な手振りと共に詠唱を開始する。圧縮された高速呪でさえ一息に言い切るには長い呪文。急激に膨れ上がっていく魔力が、彼の周囲に青白い燐光を招く。
「そうです。やはり、貴方は素晴らしい」
 迎え撃つイスカリオテの表情は、美酒に酔った様にも似て。この激戦すら神秘探究と言い切った無神論者の神父は、一挙一動を見逃さんと伊達眼鏡を光らせる。
 だが、今の彼の目的は、『その全てを観ることではない』。
「英国の魔術結社には縁がありませんからね。如何なる神秘を埋蔵しているか、実に興味深い。ですが――」
 手袋越しに書物を強く掴んだ。密やかに意識を集中し、体内の魔力を一点に凝縮する。ちらり、陸駆へと視線を走らせれば、気づかれぬように小さく頷く少年の姿が見えた。
「――ですが、良いのですか? こんな前座でそんなモノを繰り出しても」
「…………」
 それは、ほんの少しの逡巡。しかし、この時アラステアは『何か』を見ていた。
 見ているが故に――彼はその詠唱を止めたのだ。瞬時に発散する魔力の光。
 あるいは、それは驚くべきことなのかもしれない。このクラスの使い手が、口八丁でその動きを止められるような柔な意志を持っているはずがないのだから。
 だが、彼は詠唱を止めた。ならば、その理由は知らずとも、イスカリオテにその機を逃す理由があろうか。
「そして、我々は其処まで甘くない」
 再び熱砂が舞う。空間全てを灼滅せんとする嵐が吹き荒れる中で、天才少年の少し甲高い声が響いた。
「設楽悠里は滅びるのだ!」
「何を……っ!」
 反応して横っ飛びに転がる悠里。唖然としたソウシ、そしてアラステアの視界を、強烈な閃光が灼いた。
「蜘蛛の巣なんぞは邪魔で仕方ない、わざわざこのタイミングで来るとは天才的だ」
 それはイスカリオテに呼応し、陸駆が投じた閃光弾。
「忙殺というのはこういうことをいうのだな」
 一年前、少年はまだただの小学生に過ぎなかった。
 けれど、彼は今、散っていったリベリスタの意志を受け継いでこの地に立っている。
 ならば。ならば。
「タクトを振るい蜘蛛の巣など破ってやる――小学生はいとも残酷なものなのだ」
「そうだ、この場所に眠る人達の為に!」
 勢いよく立ち上がり、体勢を整える悠里。あえて言えば、彼は怒っていた。惨劇の起きたこの地が、再び激戦の舞台へと選ばれたことに。
 そして、目の前の敵のせいだけではないにせよ、魂の安息が破られようとしていることに。
「この世界に生きる人達の為に! これ以上この場所で、好き勝手させるもんか!」
 一息に足を振り抜いた。生まれた鎌鼬が、熱砂の嵐を斬り裂いて一直線にソウシへと駆け、その肩を食い破る。
 腑に落ちぬ事は多い。
 例えば、何故今になって、この男がアークへと攻撃を仕掛けてきたのか。
 仇討ちではないだろう。ならば、本当に『教授』の指示だけなのか――。
 だが。
「絆の強さってものを見せてやる! 僕達が、この世界を護る『境界線』だ!」
「――やるじゃないの、まったく」
 決して浅くはない傷を与えていた。苛烈なる連携、そのダメージがソウシに与えた影響は明らかだ。
 しかし、倒しきるにはまだ遠い。足止めにすら足りない。閃光も砂嵐もものともせず、『午前二時の黒兎』はほろ苦く笑んで。

「今回は使わないつもりだったんだがなぁ――『ナイトメア・イン・ザ・ナイトの名の下に』」
 来るぞ、という声は既に遅く、ソウシはその聖句を紡ぐ。
「『灰は灰に、塵は塵に、全ては在るべき処に還れ』」

 次の瞬間、彼の胸に大きな裂傷が走った。
 それは紛れもなく、彼の曲刀マレファルが齎したもの。つい先ほど、悠里の胸、寸分違わぬ同じ箇所を斬り裂いた斬撃。
 だが、苦痛を耐えるのは無論彼一人ではない。イスカリオテは呼気すら灼きつくす砂嵐に呑まれ、陸駆は全てを塗り潰す光に視界を奪われた。
 そして、鎌鼬に肩を喰いちぎられた悠里は。
「いやあ、あんたらの動きが読めたところで、簡単に勝てるわけでもないんだがな」
 追い討つ一撃、瞬時に組み上げられた『最善手』の斬撃が、彼を追い詰め、屠る。しかし、即死してもおかしくないような深い斬撃を運命を盾に立ち上がる悠里に、ソウシは舌打ちを隠せないのだ。
「なんともまぁ、しぶといこと……そろそろ退き時かねぇ」

 激戦は続く。
 それでも、六道派はレイザータクト一人にまで討ち減らされ、頼みのキマイラも長くはない事は誰の目にも明らかだった。
 しかし彼らは肝に銘じている。このキマイラが動きを止めるその時まで、決して油断は許されないのだと。
 そして、再び思い知るのだ。強敵という意味を。
「く、ああああっ……!」
 リセリアが、その上半身を狼の牙に抉られていた。
 それは突然のことだった。ペイオウルフの口がばくりと――そう、エイリアンの映画のようにばっくりと開き、ここまで注意を惹き続けてきた彼女を瞬時に飲み込んだのだ。
「貴様、離せっ!」
 即座に碧衣が気の糸を放ち、人狼の精神をくすぐってその怒気を自分へと向ける。
 紙装甲と自嘲する防御の薄さに不安はあったが、今はそんなリスクを取ってでも行動するときだ。
「っ! ……はあ……っ」
 吐き捨てられたリセリアの腹部は、鋭い牙によって大きく抉られていた。荒い息をつく彼女は、もはや起き上がることもできずに悶えるのみである。
 だが、誰が彼女を責められるだろう? 恐怖と重圧とを感じなかったわけがない。だが、彼女はその細い愛剣一振りで、ここまでキマイラと渡り合い、戦線を支えたのだから。
「狙い通りか……しかし、このままでは二の舞になるな」
 そして碧衣もまた、背筋に冷たいものを感じていた。ランディが割って入るようにしてその大斧を叩きつけていたが、怒りに狂った人狼が先の大技を繰り出せば、いずれ彼女の身も危ういだろう。
 やるか、やられるかのタイム・トライアル。得物を振りかぶった桐の一撃をはじめとして、リベリスタ達の捨て身の一撃が叩き込まれていく。
 そして。
「もう……終わりにしようよ」
 アンジェリカの頬は、未だ乾くことも凍りつくこともない。
 道化のカードを生み出しながら、彼女は胸の痛みに押し潰されそうになっていた。こんなことを、ボク達も、狼や合成された人間も、きっと望んでいるわけがない――。
「ボク達は君を倒す。それが君の……君達の魂を救う事だと信じてるから」
 そう、繰り返す。手を離れた不吉のカードが貼り付いたのは、人狼と岩人間の結節点。
 小さく震えたカードが爆ぜるように光を放って消えると同時に、狼は最後の咆哮を放つ。
『Grooooaaaaahhhh――』
 崩れ落ち、動かなくなる人狼を見つめるアンジェリカが、知らず口ずさんでいたもの。それは、旅立つ者を送るレクイエムの調べだった。
「あ、あ……ああああっ!」
 ついに勝機無しと悟り、背を向けて逃げ出そうとする六道のフィクサードの生き残り。だがそれを、黒鳥の翼(レイブンウィング)が追いかける。
「……死ぬ覚悟もなく、殺しに来たわけじゃないよな?」
 弱い者、敗れた者を狩るという意識は彼にはない。ここで六道の手を逃がすわけには行かなかった。逃がせば、再び力を備え、キマイラを連れて攻めてくる。
「泡影の刃は――確実にお前の急所を絶つぜ」
 一度、二度。
 延髄へと突き入れられた透明の刃は、広範囲攻撃の巻き添えを食い、しかし癒し手を失った彼のなけなしの体力を奪い去り、あっけなく刈り取った。
「さて、残るは……」
 涼が振り向こうとした、その時。

『アークの連中もやるじゃねぇの。正直驚いたぜ』

 脳裏に直接響く声。それはあのいけ好かない男、土御門・ソウシのものだ。
 視線の遠い先で、森の中に消えていく人影。悠里達が撤退する彼らをあえて追わなかったのは、リベリスタの側にも重傷者が続出していたからだろう。
 厳しい顔でその行く手を見つめる彼らに、今一度の『祝電』が送られる。それは、アークにとっては決して吉報ではなかったのだが。
『見くびっていた謝罪といっちゃ何だが、一つ教えてやるよ。楽団や教授も厄介だが』
 その思念に含まれていたのは、言葉通りの感嘆か、それともまだ知らぬ謎を弄ぶ嘲笑か。

『うちの大将(グレゴリー・ラスプーチン)にも気をつけな――』

 この極東の地を覆う闇は、未だ、深い。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れ様でした。
 Hard EXの及第点を超えた健闘であったと思います。皆さんが辿り着いた通り、最初の三手で何をするか、それで最大のターニングポイントでした。
 もし、自己強化に時間を費やしたり、数の優位があるうちにホーリーメイガスを倒しきれて居なければ、もっと戦況は混沌としていたでしょう。
 増援の出現後も、キマイラ組と蜘蛛の巣組、そしてその結節点たるきなこさんが、十分に力を発揮できていました。ただ、強いて言うならば、レイザータクトが放置されすぎていたかもしれません。

 なお、ラスプーチンの情報は、皆さんの奮闘へのささやかな追加褒賞です。いずれ、その名前を再び聞くこともあるでしょう。
 MVPは神城・涼さんに。十分に成功を掴み取れる作戦を組んだうえで、真にバランスがいいプレイングとは『自分がどんなキャラクターか』を主張できているプレイングだと思います。戴いたボールを投げ返せていれば良いのですが。

 ご参加ありがとうございました。また、次の戦場でお会いしましょう。
 良いお年を。