●休暇 広大な銀世界にて、二匹の子狐が戯れている。二匹の捕まえた野鼠をくわえて、くるくると奪ったり取り返されたりと愉快に踊っている。 「じつに楽しげですネ」 防寒具に身を固めた異国の若者は、エメラルドじみた新緑色の瞳でおだやかに見守った。 くるくる、くるくる。 じったんばったん、子狐はイタチごっこを続けている。 母狐がやってきて、ひょいと野鼠を取り上げ、雪面に前足で押さえつけながら真っ二つに千切ってやった。二匹に分け与えると、ちらりと不服そうな素振りを見せた後、慌しげに食みはじめた。 母狐と青年の視線が重なった。 「ごめんね、その愛くるしさがいけないんダ」 銃声。 母狐の血が、ほんのすこしだけ北の大地に彩りを添えた。 ●狐狩りと犬銃 英国よりやってきた『倫敦の蜘蛛の巣』の構成員とは、一体どんな人物か。 紫杏一派の研究員の女、杜若(かきつばた)女史は不安と好奇どちらも抱いていた。それだけに拍子抜けしてしまった。 ハンチング帽にチョッキを着た青年の身なりは、まるで休日に狐狩りへ出かける貴族のボンボンだ。はんなりとした面構えは余裕とも、何も考えていないとも受け取れる。 「日本は良いところですネ、とくに北海道はサイコーです」 やや英国訛りの残る日本語で、流暢に青年は微笑んでいる。その首には高級そうな狐の襟巻き。どこで買ったのだろうか。頭の剥製までついているのは趣味がよろしくない。 「ボクはレイナードです。よろしくネ」 「杜若です」 気づけば自然と握手を交わしていた。格上の革醒者を相手に握手できるほどの距離に近づくのは、研究者である杜若にとって本来すべきでない愚行だ。もし相手に悪意があれば、瞬時に右腕一本をもぎ取られても不思議でない。 だというのに、ごく自然と握手できてしまった。それだけレイナードのペースに呑まれている。杜若はレイナードを恐ろしく思った。表に出ない異常性が、裏に秘めた禁忌を予期させる。 『倫敦の蜘蛛の巣』は一体どれほど強大な組織なのか。このレイナードという構成員もまた、広大なる蜘蛛の巣より伸びる一本の糸に過ぎないのだとすれば、紫杏ら六道は蜘蛛の糸にすがる咎人のごとく心もとない存在に思えてきた。 否、断じて否だ。 キマイラの研究は素晴らしい。天然の原石を磨き上げた輝石とて、我々の研究成果たる人造の結晶によって凌駕できる。そのために『閉じない穴』は必要不可欠だと、六道 紫杏はおっしゃっている。同意だ。多少の犠牲を払っても、研究を次のステップに進めねばならない。 六道とは、探求だ。 「レイナードさん、猟犬はお好きですか?」 「イエスです。愛犬には本国の留守を守らせてありますガ、いつも一緒に狩りを楽しんでます」 「ならば、これはお気に召すことでしょう」 五つのケージに眠るのは、五匹の猟犬だ。 犬種は全て異なるが、いずれも猟犬だ。柴、ダックス、テリア、レトリバー、ビーグル。血統書はついていないだろう。 レイナードは興味深そうに注意深く観察すると、やがて一般人みたいに素直に嫌悪を示した。 「ユニークな、研究……ですネ」 「お褒めに預かり、光栄です」 「ボクは愛くるしいものを手に入れることに手段を選びませんが、これはそう……三月うさぎ」 三月うさぎ。要するに狂ってる、と言いたいわけだ。六道の人間にとっては褒め言葉に等しい。 猟犬と小銃のキマイラ。 骨格レベルで神秘による光弾射出機構を埋め込み、俊敏さと高火力によって速やかに敵陣へ集中砲火を浴びせることができる。背骨に強力なガトリング砲を仕込んだ結果、背部の肉が割れて脊椎が飛び出すギミックは作った杜若自身、乾いた笑いが湧く。 それにしても恐るべきはレイナードの洞察力だ。三月ウサギには角がある、といわれている。 「ふふ、よく見抜きましたね、頭骨格に不意打ち用のリボルバーカノンが仕掛けてあるだなんて」 「……え?」 レイナードの怪訝な表情が、素の驚きに転じた。そしてすぐに眉根を苦々しげに歪める。 「日本は不思議なところですネ」 ●三ツ池公園大迎撃 ~遊びの森~ 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は資料を片手に説明をつづける。 「六道紫杏のキマイラ部隊の脅威も然ることながら、危惧すべきは来日した『倫敦の蜘蛛の巣』の面々です。いずれも六道のフィクサードより実力者であると予測されます」 プロファイリング資料が映る。金髪緑眼の貴公子然とした青年だ。 「“狐狩り”のレイナードは、皆さんの担当する遊びの森周辺に布陣するようです。 過去の資料に拠れば、彼は銃剣使いでして、格闘戦に適応させたショットガンやリボルバーなど小銃系の射撃武器を愛用します。ビーストハーフのソードミラージュのため、回避力も群を抜いて高いかと。反面、殲滅力は低く、凶悪な範囲攻撃などは用いないようです。ひとりずつ確実に仕留めていくのでしょう。 対レイナードはリベリスタ単独では極めて危険です。必ず、最低でも三名以上で交戦してください。 そして情報は不明瞭ですが、砲撃戦に長けた猟犬と小銃のキマイラが遊びの森に潜んでいるようです。数が多く、こちらを撃破することが先決でしょう。詳しくは詳細資料をご覧ください」 一連の「閉じない穴」を巡る攻防は、熾烈を極めるだろう。 リベリスタ達を総動員してでもアークは三ツ池公園における大迎撃を成功させるつもりだ。その意気込みを各自が共有している。 「遊びの森は、西門そばの一帯です。敵の侵攻ルートのひとつであり、前線ラインといえます。必ず迎撃を成功させ、西門ルートの安全を確保してください!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月28日(金)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『親愛なる同志諸君よ! 我々は今宵“戦争”に臨むのだ! 各区の一勝一敗が全軍を左右する! 敗北は断じて否だ! 心せよ!』 司令塔たる『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)はAF越しに仲間を鼓舞する。 『同志タカトゥオ! 音的索敵の報告を!』 『ふふっ、テンション高すぎません?』 『上弦の月』高藤 奈々子(BNE003304)はAF越しにくすくす笑う。 『アォォォォォォォォォォォォン!!!』 西門の方角より猛々しい遠吠えが響く。集音の異能を活性化していた奈々子は面食らった。 『クリムゾンクロー。凶暴強靭なる狼と鴉とノーフェイスのキマイラと聞き及ぶ。――激戦だな』 豪火の滾る音。遠方では、猛り狂う人狼や他のフィクサードたちとの交戦がはじまっている。 『同志諸君! 犬銃キマイラ隊は、激戦区である西門通路の攻防をよそに迂回して遊びの森へ到達する。ここで我々が敵の殲滅・無力化に失敗すれば、彼奴らは紫杏ら本隊に合流するか、さもなくば西門通路を背面より強襲し挟み打ちを狙うやもしれん!』 敵陣到着の一報アリ。語気はさらに強まった。 『猟犬たちに非道な改造を施し尖兵とする所業、誰もが許せぬはずだ! 我が身に流れる革命の赤き血潮で、断固粉砕してくれよう! 時は来たれり! いざや行かん!』 空砲が夜空を叩いた。 “狐狩り”レイナードは悠然とショットガンを手に夜の森を闊歩する。童謡『メリーさんの羊』を歌いながら歩くさまは有閑貴族ピクニックといった趣きだ。背後をついてまわる犬銃が一匹。異形に他ならず、牧歌的雰囲気は皆無だ。 さて、残る四匹は――? ●死なない覚悟 対犬銃チームは相互にAF通信を行い、ベルカの指揮を中心に各自、索敵にあたっている。 『巻き戻りし残像』レイライン・エレアニック(BNE002137)は闇夜に爛々と光る猫の目を活かして、暗中の敵影を探す。還暦を迎えても未だ視力は衰え知らずだ。 レイラインは闇夜に乗じて林間を静かに、それでいて鋭敏に駆ける。還暦を迎え――以下削除。 『む、ダルメシアン風の白黒い猟犬を見つけたぞ』 あちらも猟犬、五感は鋭い。無闇に近づけば気づかれる。やるなら一気にだ。 『把握しました、合流します!』 『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)、次いで『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)は同地点に合流し、攻撃の機会を待つ。 今回アークの手配した面々はいずれも場数を踏んでいるだけの風格がある。強面にガスマスクという異様な風体の藤倉など良い例だ。特有のくぐもった呼吸音ひとつにせよ重々しい。 例外は佐里だ。 三高平の地に越して約一ヶ月、まだ新米の佐里は“これから”だ。お祭りでベルカに林檎飴をおごってもらったり、山芋事件ではレイラインに守られたり、自他ともに認めるアーク一年生である。 この任務、荷が重いとアークは危惧するが、猫の手も借りたいのが実情だった。不安視する意見もある中、藤倉はある質問を投げかけた。 “死ぬ覚悟はあるのか?” そう問われて、こう返した。 “いいえ。私には死なない覚悟があります” かくて、藤倉の推挙もあり佐里の編入が確定した。 今宵の戦い、死ねば楽団の戦力と成り果てかねない。死ぬことさえ許されない。撃てば帰ってこない“鉄砲玉”は不要なのだ。知力なくしてプロアデプトは名乗れない。机上や問答において、佐里は正しい答えを示した。今度は実戦にて実証する番だ。 そう意気込む佐里をよそに、当の藤倉はレイラインの六十肩を揉みほぐしつつ、にまりと笑う。 「ずいぶん肩凝ってるなぁお嬢さん、(見た目は)まだ若いのに」 ごふっ、腹パン直撃。そこへベルカが合流する。 「同志藤倉! 傷は浅いぞ! 応えろ、誰にやられた!?」 ●流星夜 ――まさしく瞬殺劇であった。 朦朧とする意識の中、奈々子の瞳には流星夜の光が焼きついていた。 思考が定まらない。なぜ今に至るのか。奈々子は必死に遡った。 奈々子は颯爽と躍り出、名乗り口上を決める。喧嘩上等。言霊によって自らを昂ぶらせる異能だ。 「遠路遥々千里万里海越え山越え日ノ本へ、英国倫敦よりようこそおいでくださいました。 大和の豺狼が一匹、高藤奈々子。全力でおもてなしさせて頂きませう」 ――直後だ。 美しき流星夜の白刃が、奈々子の心身を切り刻んでいたのだ。 アル・シャンパーニュ。光の飛沫が散るとさえ称される流麗美技なる連撃は、まさに夜を切り裂く幾千万の流星群であった。貴公子レイナードの巧みな銃剣裁きは見るものの心さえも奪い去る。 それはレイナード自身にとっても幸運というべき会心の一合だと彼の表情は淡く物語っていた。 連撃。 バックステップを刻んだ奈々子を、レイナードは光速と見紛い錯覚させるほどのスピードで追撃、光刃のシャワーを流麗に淀みなく浴びせた。 飛散する己が血肉さえ白刃の演舞を飾りたてる彩りと化して目に映る――。 想起は一瞬、奈々子は胡乱な意識で前を見やる。 犬銃のガトリング光弾が降り注ぐ。手遅れだ。 「やらせない!」 再び目を開いた時、眼前に在るのは緋色のドレスと大胆に露出した艶やかな色白の背中であった。 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は、奈々子を庇うべく仁王立ちしていた。 魅了のリスクは予測済み。仲間に背中を預け、例え癒えきらぬ傷を受けたとしても本望だ。少女の無防備でちいさな背中は雄弁であった。 なのに。 ふわり。不意に奈々子の意識が軽くなり、酩酊感を帯びた。溺れるほどシャンパンを呑まされたように心地がよい。何故だろう。 何故といえば、なぜ旭のうなじはこう“美味しそう”なんだろう。一口くらい確かめてもいいのではないか? ――ああ、躊躇う理由って、なにかあったっけ? ぞぶり。 美しき悲鳴が、酒血肉躙の夜を彩った。 「ブレイクフィアー!(物理」 「きゃんっ」 スパンッ。カレールーの箱が奈々子の額をひっぱたき、神々しい光によって浄化した。 「生肉はおなかを壊しちゃうよ」 説明しよう。『もう本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)はカレーが好きだ。よって、いついかなる時でもカレールーを持ち歩く。もし銃弾で心臓を撃たれてしまった時だって、胸ポケットのルーのおかげで命拾いする運命にあるのだ。そうあえて断言する。 「うー、痛いってばっ! かみつくのは反則技!」 旭もゆるっと騒ぐ。“えぐい”背中の傷跡を、平気だよと強がって。 「ふふっ、ありがとうね、ふたりとも」 「ふむ、仲良きことは素晴らしきカナ、ですネ」 レイナードは犬銃の頭を撫でさすりつつ、一礼した。 「先ほどは失礼を。ボクは英国より参りましたレイナードと申します。自己紹介はさておき、今のでご理解いただけましたことカト。 ――早く“逃げて”ください。Or do you desire death?」 明るげに、さらりと告げる。 これは悪魔の提案だ。獲物を追い立て、一方的に狩るのが彼の流儀であり趣味なのだろう。なればこその狐狩りの異名だ。 「ここは譲らないよ、絶対にくたばったりもしないっ! ここで貴方を食い止める!」 「果報とカレーは寝て待てといいますし、じっくりことこと付き合ってください」 大きな二対の銀食器を携えて、春津見はほんわり冗談めかす。 「英国の旧領インドにさ、チキンバターカレーってドライ系の美味しいのがあるんだよね。 ごちそうしたげる。そのナイフくれたらね」 傷ついた奈々子を守るように旭と春津見は布陣する。 「――喜ばしい。みなさんは子狐ではないようですネ」 狐の襟巻を夜風に棚引かせ、レイナードは疾駆した。 ラ・ミラージュ。連なる幻影は実体を織り成して虚を突き、奈々子を狙う。 「させない!」 斬撃を防ごうと旭が楯になった瞬間、銃剣の刃ではなく散弾が火花した。不意のことにガードがゆるむ。激痛。それでも旭は毅然と立ち続ける。仲間を信じて、ひたむきに。 ●罠 当初、犬銃との戦闘は優位に推移した。 ベルカはフラッシュバンを投げ込み、レイラインの音速剣撃と藤倉の鉄拳によってものの見事に一匹目のキマイラを解体することに成功した。 しかし敵の統率力は優れていた。犬銃たちは俊敏さを活かしてひたすらに後方移動をつづけ、お互いの攻撃が届きづらい距離をキープする。背部の光弾機関砲は射程が長く、並みの遠距離攻撃では届かない。相互に木々が壁となり、お互い決定打のないまま交戦は長引く。 問題は、移動速度だ。統一規格のキマイラに比べて、こちらの個性は千差万別だ。ベルカやレイラインの全速力は、木々という障害物もあって後続との差が生じやすい。画一的行軍はできないのだ。遅い方に合わせると、今度は悪路をものともせぬ猟犬たちに追いつけない。 いたずらに時間は過ぎ去ってゆく。 「敵は駒を思うがままに操り、統率している! 連携・指揮を阻止せねば一網打尽できかねる!」 「焦るでない。しかし回復手もおらぬ以上、長期戦は避けたい。春津見や奈々子が毛皮にされておらねばよいが」 カチリッ。 『こないだね、作戦、読み間違えちゃって。 敵の小物を追っかけてたら、野放しの親玉を大暴れさせちゃって。 ……さくらカレーまた食べたいな』 中華街大火災。春津見が語ってくれた過去の事件が、現状と符号した。 「同志、お待ちを」 ベルカは制止の合図を出して、後退のフェイントを披露した。すると犬銃たちは足を止め、こちらの出方を伺ったではないか。 「おのれ帝国主義者の旧支配層め!」 ベルカは確信を得、蒼ざめる。 「失策です! 敵の狙いは我々の防御の要たる三者! 犬どもは囮です!」 「何……じゃと……?」 「こちらが“敵戦力を削り、優位を得たい”と考えるのならば、敵もまた然り。足止めとて同じこと。犬銃が我々を引きつけているうちに本命の×××(某国語で罵倒)貴族めはあえて堅牢な護り手を仕留めて数的優位を得、犬銃との集中砲火によって我々を殲滅せんとしているのです!」 「ならば転進か!?」 ベルカは犬歯を剥き出して首肯する。 『報告! 犬銃は陽動だ! 急ぎ合流し体勢を建て直すのだ!』 ●起死回生 紙一重で遅かった。 アル・シャンパーニュの流星夜が燦然と輝く。鮮血の箒星と共に、旭は無防備に倒れ伏す。佐里は戦慄の余りに声を失い、藤倉はマスクの下の口元を引き攣らせた。 「なんだよ……こりゃ」 奈々子が、春津見が、旭が。銃創と斬り傷の痛ましさ。血まみれで横たわる仲間達の惨状――。 涼しげに佇む、狩人。 「てめぇ、死に晒せェェェえやッ!」 「ダメです、藤倉さん!」 力強い佐里の制止とまなざしに、藤倉は踏み止まった。それにだ。クールダウンした藤倉の超直感はある二つの“違和感”を告げていた。 「聴け、一条」 「えっ、てことは」 佐里の演算は迅速に勝利の方程式を導き出した。起死回生の一手を全員に通達する。 「“狐狩り”さん、お相手していただけますか?」 剣を手に、一歩前へ。 「ボクは仔狐を狩る趣味は無いのですガ」 「いいえ。狩るのは――私たちです」 ベルカとレイライン、その更に後方より三匹の犬銃が駆けつける。 「待たせたのう!…さて、自分勝手な貴族様にはおしおきの時間じゃ!」 全速力のソニックエッジ。 「キミは……!」 反応が遅い。レイナードの肩口を初撃が浅く抉り抜く。防御が甘い。紙一重でかわしきれず高速の剣戟が全身を掠め斬った。 「貴族気取りの若造め、正体――見破ったり」 ぱたりと落ちる帽子。狐の耳が暴き出される。が、レイナードの驚きはズレていた。 「……キミは、かつての同級生の顔を忘れてしまったのかい?」 「は?」 虚を突かれた。その刹那、流星夜の剣閃がレイラインを逆襲する。まさしく倍返しだ。壮絶な連撃に一瞬で全身をズタズタに切り刻まれる。 「かはっ」 「ボクは悲しいよ」 しかし光の洪水による魅了により、意識がままならない。レイラインは必死に歯噛みし、我を保とうとした。その時だ。 閃光。 流星夜の残光をかき消すように、ベルカの閃光手榴弾の瞬きが二人のビーストハーフを漂白した。 夜の森。闇は失せ、影さえも光に洗い流される。 唯一、レイナードの影を除いて。 瞬ッ。 「――影よ」 『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)は忽然と閃光の中に躍り出るや否や、貴公子の影に狙いを定め、掌に宿した漆黒の光を開放する。 生命奪略の箒星は尾を引いて、影の向こう側を射抜いた。 「闇に還れ」 流血する影。白衣の女――杜若が胴を刺し貫かれた哀れな姿を暴き出される。 「なぜ……!?」 驚愕する杜若。即座に手足のごとく四匹の犬銃たちが守りに割り入ろうとした。 が、だ。 奈々子、春津見、旭の三者が道を塞ぐ。 「そんな、貴方たちは彼が!」 「こんなこともあろうかと」 春津見は懐より長方形の箱を取り出す。銃弾が、ひしゃげて止まっていた。 「防弾カレールーです」 「あ、ありえない!」 三者は時間稼ぎに死んだフリをしていたのだ。否、実際は一度力尽き、運命力を代償に奇跡めいた復活を遂げたに過ぎない。奈々子に至っては二度も力尽きては不死身のごとく蘇り、運命に消耗せずに生還を果たしていた。 「狐を化かすにはタヌキ寝入りってね」 旭は犬銃を牽制しつつ、不敵に笑う。 「連携プレイが得意なのは――」 「貴方たちだけではない」 「ということじゃ!」 我に返ったレイラインも犬銃に一太刀を浴びせ、杜若を孤立無援にする。 そこへ佐里と藤倉が疾風怒濤、猛攻を仕掛ける。 「刻印します!」 とっさに弓を構えた杜若の右腕を、正確な予測に基づいて斬って捨てる。 「へっ、上出来だぜ」 乾坤一擲。蒼穹の拳に理屈は無用。藤倉はただ全力でぶん殴るのみ。 「なっ」 「見つけたぁああああ! 死ねやオラァアアア!」 問答無用。ガードした両腕を血霧になるまで壊し尽くして、余剰した衝撃は胸骨をも砕いた。 「げぼ、がふ」 白衣を鮮血に染めてふらつく杜若は言もなしに犬銃らに命じて、光弾の一斉射撃を命じる。敵の弾雨に晒されてリベリスタ達は大小手傷を負う。 「はぁはぁ」 逃げ遂せようと必死の杜若は後ずさろうとして――。 「beHind You」 死神のごとく、生佐目は妖しく笑った。 月夜へ掲げる黒槍、奪命の刃は漆黒の三日月を描いた。 ●化かし合い ゆらりと白衣の幽鬼は立ち上がる。運命が、杜若という女に救いの手を差し伸べたのだ。 「撤退です、レイナード」 杜若の言が、戦闘を中断させた。 リベリスタ達は回復手段に乏しく、長期戦は不可能だ。負傷者も多い。戦闘継続はハイリスクだ。 「ボクは、まだ狩りに興じたいのですがネ」 「――騙されませんよ、狐狩りさん」 佐里の言に、藤倉がつづく。 「気づいちまったんだよなぁ、テメェがもう“限界”だってな」 「これほど大技を繰り返せば消耗は必然です。冷静に計算すれば、貴方は刃毀れ弾尽き後がないはず。我々の護り手たちは、貴方の猛攻を凌ぎ切ったのです。 宣言します。貴方の勝率は27%です」 完全なるハッタリだ。根拠も数式もない。自らの断言ぶりに佐里はついつい不敵に笑ってしまう。 ねめつめる緑眼。紙一重の化かし合い。きっと――勝てる。 「さて、ボクは賭け事は嫌いではないのですが」 「なるほど、心躍る狩りです。つづけるのも一興、ですが――」 黒槍を背負い、生佐目は言葉巧みに嘯く。その一挙一動に杜若は恐れ慄く。 「如何ですか、またの機会にお互い楽しみにするというのは。貴方の得物とて、相応しき場でこそ真の輝きを示すというものです」 「レ、レイナード! 退却するのです!」 杜若は白衣を翻すと、四匹の犬銃たちと逃げ帰ろうとした。 観念したレイナードは溜息をつく。 「仔狐たちにしてやられましたネ。この遊戯、栄光の杯は貴方たちへ。――サヨナラ」 狩人は、夜の森に向こう側へと消えていった。 ●狐狩り 三ツ池公園大迎撃、その結末はまた別の物語で綴られる。 とかく、一行は立派に使命を果たした。 これよりは彼らの預かり知らぬ、結末である。 森の闇に杜若は身を潜め、白衣を捨てて治療に徹した。切断された右手を犬銃に口で運ばせ、口先で針と糸を操り、無理やり右腕と接合し治癒の神秘を行使する。 「死ねない。この子たちはまだ未完成なのだから」 すべては執念だ。 杜若の咲き様は探求者たる六道の模範生ともいえる。 「美しい」 「レイナード」 傍らに佇む青年は、恐怖心に蝕まれた杜若という女にとって最後の拠り所だ。もし、今また不意にあの死神めいた女に襲われたならば――。自慢の愛犬さえ今では心もとない。 「価値あるモノを、我が手にしたい。ボクは無闇に無価値なものを虐げない。彼らは貴方のペットより高い価値を示しました。ですが、貴方もまた貴ぶべき花といえます」 北海道の子狐たち。 二匹は今なお雪上を駆け、強く生きていることだろう。 「次は、より高みへ」 「次はありますよ。教授の威光に貴方の執念が打ち勝てば」 レイナードはショットガンの銃剣を杜若の喉元へ突きつける。 犬銃が、己が主人の敵へと吠え立てる。 「――早く“逃げて”ください。Or do you desire death?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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