● 六趣に於いて蠢く者達は闇の中で声をひそめる事を止めた。 『六道の兇姫』の用意したコース料理はメインディッシュに差し掛かる。キマイラ達はその力を示す時を心待ちにしている気がしていた。 ずるり、ぐちゅり。気色悪い音を響かせながらキマイラは歩む。 「自信過剰ってある意味羨ましい、ね」 自分にはないものだからと夏生は池を眺める。視線を落とした先には何もない。 「敬愛する教授に、恋人。其れが力になるなんて、羨ましい」 自分にはないものね、そう呟いて、彼女が目を向けるのは『キマイラ』だった。アークに恨みはないけれど、お友達が――キマイラが遊びたいと言うから。 「頑張ろう、ね」 へらり、笑う。姫が狙うは閉じない穴らしい。嗚呼、アレがあればもっとお友達は完璧になれるんでしょう。 ● 響くヴィヴァーチェは混沌。ヴァイオリニストの女は潤む瞳で前を見据える。 女はケイオス率いる楽団員であった。 愛しの恋人(チェリスト)との逢瀬の時間はもう少しに迫ってくる。彼との二重奏をもっと過激にもっと清廉にもっと――もっと劣情と恋情を混ぜ込んだ物にしなければならない。彼の音色と自身の音色が混ざり合うことこそが至高。 この場所では今から戦いが起こるのだろう。楽譜(スコア)を綴る為には音符が――材料が必要だ。 彼と自身の二重奏を彩る楽譜の可愛い音符達。欲しい、欲しい。動き出す音色に酔いしれて、奏であうのは唯一つ。 「ああ、ヴィオ、わたくしね、必ず貴方に会いに行く」 池の畔。あちらとこちら。嗚呼、これはまるでロミオとジュリエットみたいではないか。 ● 「聖夜を前に大仕事をお願いしたいの。六道紫杏率いるキマイラの軍勢の動きを止めて欲しい」 はっきりと本題を告げた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は視線を揺らがせた。 「――何の因果かしら。去年と同じく聖夜を血色に染める可能性があるだなんて」 激戦を、少数での戦いでは耐えられないという事を表す様に予見者はハッキリとした声音で言った。 三ツ池公園は楽団員である『モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン』の攻撃を受けていた為に現在、警戒は強くなっている。だがしかし、その警戒だけでは六道紫杏の『本気』は止められないだろう。 「彼女は本気よ。大将である彼女本人が今回は攻めてきているの。 まあ、そうなるだけ理由があった。アシュレイさんの言葉なんだけど――」 『バロックナイツのモリアーティ教授は六道紫杏の恩師』であった。彼女の中では彼の存在は強大だ。彼の存在に後押しされ、援軍が出ているという。それでけではない。楽団員による先の強襲で焦れた心の導火線へと火をつけたのだろう。 「まあ、単純と言ってしまえばそうだけれど、危険な事に変わりはないわ。 紫杏の狙いは『閉じない穴』。簡単に崩壊度を上げてしまう事が狙いね。キマイラの安定にも繋がっていくの」 妥協を許さない姿は如何にも『六道』だ。其れだけの攻防であれば危険性は少ないままで終わったのだろう。予見者は緊張を解かない。 「それと、もう一つ――『楽団』のフィクサードが今回は戦いに紛れている。 その目的は戦力の増強かしら? ……彼らの『戦力』って何か分かる?」 「……死体か」 こくん、と予見者は頷いた。楽団員は所謂ネクロマンシーの技術を使う。その技術を使用した上で『楽に戦力』の増強を図るのだろう。紛れこみ、戦場を混乱させるにはうってつけであるからだ。 「皆に対応してほしい夏生という女の子。彼女の連れているお友達こと『キマイラ』よ。 其処に紛れこむ楽団員は『アリオーソ』というヴァイオリニスト。何れも一筋縄ではいかないと思うわ。 キマイラの撃退をお願いしたいの。楽団員が居るうちに倒してしまうとキマイラさえも――」 『ネクロマンシー』の餌食になる可能性は有る。其れも狙いの内なのだろう。 だが、『楽団』も本気ではないだろう。或る程度此方が主導権を握れば楽団の対応はできる筈だ。 浮かない表情をし胸によぎった不安に予見者は、胸元に手を当ててぎゅ、っと拳を固めた。弱音の様な懇願を呑み込む様に咽喉を押さえ、たどたどしく言葉を紡ぐ。 「一つ、約束して欲しいの」 は、と息を吸い込んで桃色の瞳は決意を込めて真っ直ぐにリベリスタを視る。 「――死なないで。どうぞ、ご武運を……!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月30日(日)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「命等消耗品だが、使い潰す場所は選ばないとな?」 黒い瞳がじっと見つめる。人形の様な幼いかんばせをした少女は逢川・夏生に笑ったのだった。 「此処で誰かが死ぬのは勿体ない」 少年が如き物言いで『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は六道と楽団を見つめる。三ツ池公園の上の池。丁度対岸に自身の特別な存在たる少女が剣を握りしめ戦っている事を『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)は知っているのだろうか。 「――帰りを待ってる奴が居るんだ、絶対に死ぬわけにはいかないんでな!」 ぎゅ、とバスタードソードを握りしめた。宗一は足掻く。笑顔を浮かべて『宗一君』と呼んでくれる特別な存在が居るから。 この場に愛する人がいる『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)はその身を張って『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)を庇い続けた。二人の攻撃が交わり射る。木蓮の目が見つめるのはアリオーソだった。愛する彼しかこの世界に居ないとでも云う様に演奏を続けるヴァイオリニスト。 愛故に。愛しか見えない女は自分が堕ちた姿と酷く類似している――そんな気がするのだ。木蓮の視線が龍治と交わった。 水面が揺れる。静かに戦場を舞う砂埃の中で、キマイラがけたたましく啼いた。 ――夏生ちゃん。人魚姫から声を奪った魔女さん。 ――所詮影にしかなれない可哀想な魔女さん。 ● 何処からか、気色悪い鳴き声が聞こえてきた気がした。鳥だろうか――否、獣の唸り声が耳につく。周囲を見回しながら『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は嘆息する。 「六道に楽団、全く……奴等何処から湧いてくるんだか。裏でコソコソされるよか幾らかやり易いけどな……」 巷を騒がせる甦りの術を使う者達と、この公園の『ある物』を手に入れたい主流七派の一つ。六道。どちらも彼らの平和な生活を脅かすには十分の代物だった。 溜め息と共に自身の体内のギアを加速させた喜平は打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」を握りなおす。大ぶりの其れは撃ち破る為の物だった。五式荊棘を装着した『棘纏侍女』三島・五月(BNE002662)だって同じだ。 一度、視線を揺れ動かす。視界に入る物は一言で表現するなら『酷い』物だった。六道も楽団も厄介でしかないのだ。整った顔を歪め、ユーヌの隣に立った彼女は拳を打ちならす。 「さっさと叩き潰すにしましょう。どっちも気にくわない相手ですから」 「ああ、千客万来だ。客なら歓迎したんだが、ゴミを撒き散らす輩とゴミ漁りではな」 歓迎しようがないと顔に似合わず毒舌なユーヌは周辺に動力を纏わせた剣を浮遊させる。展開した陣によって自身を鼓舞しする。海月澄無影に包まれた体で恐れも無く、迷いもなく、じっと見据える。 「一発ガツンといわしたらなあかんね……こんにちは、六道さん?」 へらりと笑い『他力本願』御厨 麻奈(BNE003642)は前を見据える。戦場を見通す指揮者たる麻奈の赤い瞳にはぼんやりとした死を孕むかのような魚類の目を持った少女が存在していた。 彼女の手首で水色のブレスレットが揺れる。体内で循環させた魔力を感じながら『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)はゆっくりと少女の名前を呼んだ。 「逢川夏生――?」 「リベリスタ……」 ぎょろりと鮫の瞳が遥紀を射る。友達を倒しに来たのだと認識した。彼女の耳に聞こえる楽団員の演奏は一言で言い表すなら優雅だ。その姿を探す様にユーヌは耳を澄ませる。些細な音でも聞き逃さないその聴覚が捕えるヴァイオリンの音色は次第に近づいてくる。六道のフィクサードを挟撃する形を望んでいた喜平からすると思いもよらぬ状況になってしまう。 常に戦場とは混乱を呼ぶのだ。三角形の形に布陣しているフィクサードとリベリスタ達。やや視線を動かしながらも喜平は打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」を持ったまま夏生を見据える。 「まぁ大将への云々もあるだろうが、目的達成の邪魔になるならね? ……最終的には奴等だけが得をする状況ってのも酷く面白くないよ」 「興味、ないの」 この子たちと一緒なら良いとでもいう様に視線を逸らす。ひゅん、と人――否、蝶の羽を生やしたキマイラが飛んだ。羽ばたきと共に放たれる攻撃が前衛位置に存在していた喜平の肌を裂く。 「――ふむ、さて、遊ぼうか?」 羽ばたく影蝶の合間を縫って、ユーヌは前進し、敵へと飛び込んだ。小柄である彼女は身軽だ。長い黒髪を揺らし、口元に皮肉を浮かべる。 「無意味に暴れて死んで散りゆく前に」 相手にしてやろうと荒げた其れに影蝶が彼女を襲う。避けきれなかった攻撃が少しばかり掠める。三体の攻撃を避けるユーヌに目をやって麻衣はハイテレパスを通し、夏生や研究員に問いかける。 『なあ、フィクサードやキマイラであってもあの女は操る事ができるんよ。放っといたら怨霊だって増え続ける』 その声に瞬間的なざわめきを上げるフィクサード。この場で対象たる夏生は興味もなさそうに視線を逸らす。 『そんな厄介な奴等放置してええの? 奪われたらお姫さんえらい怒るで? ほら……うちらの相手してる場合やないんやない?』 何処となく関西訛りの麻奈の言葉に夏生はくすくすと笑い、彼女の脳に直接語りかける。一言だけ、麻奈の口癖と同じような言葉を。 『無駄、じゃないかな』 ――どちらが死んでも最後は使ってくれるなら、自分は其れでいい。生に執着を覚えない。『操る』事が誰かの為に為ると言うなれば。「無駄無駄……」と口の中で麻奈は呟く、ぎり、と唇を噛んだ。 続く様に声を駆ける宗一は「逢川!」と話を聞いてくれと声を荒げる。彼の行動がアリオーソという女全てに見えるという事は其れは相応のリスクがある。 麻奈が説明した内容を口にしてしまうという事はアリオーソからリベリスタが完全に敵であるという事を示してしまっている。攻撃を返さない様に、と彼は仲間に叫ぶがそうはいかないだろう。 「あいつら楽団は死体を手駒にして自らの戦力の強化を図っているんだ! お前の大切な友人だって手駒にされるっ! なあ、其れは嫌だろ? 先にあいつ等を叩くのに協力してくれないか! こちらに手を出さないだけで構わない。 恋人との逢瀬を楽しみながらお前の大切な友人を奪おうとしているヤツを野放しにして良いのか!?」 ヴァイオリンの音色がぴたり、と止まる。アリオーソの表情が険しくなった。自身が完全に敵だと言い放ったリベリスタの少年。困惑を浮かべた夏生の答えの前にアリオーソはへらりと笑う。 「――貴方?」 『お嬢さん、公園には日本の主流七派の時代を担う大物、片や『教授』のお気に入りが来てるんよ。 ほら、ウチらの相手してる暇があったら恋人の所へ言った方がええんとちゃうの――?』 フォローする様に麻奈はアリオーソへとハイテレパスを送る。まともな交渉をするつもりではない。此れが交渉であるとアリオーソも理解している。彼女は其れほど『馬鹿な女』ではないのだろう。 その音色は激しい物だった。彼女ら『楽団』にとって日本の主流七派は余り過大評価しているものではない。寧ろそんなに大きな的があるならばリベリスタが倒してくれた方が寧ろ幸運なのだから。 「わたくしの愛の演奏を聴いて下さる? ヴィオ。貴方へ響きますよう――!!」 奏でられるは混沌の組曲。されど序曲でしかない其れは遥紀の意識を乱す様に鼓膜を揺さぶる。唇を噛み、放つ閃光が全てを焼き払わんとする。その攻撃に気付いたのか彼に向けて放たれる氷の杭。危ない、と麻奈は遥紀を危険から守る。対策をと適度に分散していた為に其れを受けるのは麻奈だけで済んでいるがその動きを彼女は完全に封じられている。 「……悪い人なの? あの女の人」 影杭は全てを攻撃していた。無論、怨霊やアリオーソ、リベリスタ全てを分け隔てなくだ。蒼い瞳に湛えた困惑を決定的に憤怒に変えたのは喜平だったのだろう。無数の符が飛び立つ。鳥葬が如き襲撃はアリオーソの体を包み込む。それは彼にとっては簡単な嫌がらせだったのだろう。 「自己満足と傲慢、醜悪なだけの演奏だな……黒板引っかいた方がまだ聞けるよ」 「リベリスタ――わたくしの演奏はお気に召さなくて?」 ● 混戦状態になっていた。言葉と言うのは諸刃の剣だ。その言葉が的確で有れば上手く言ったのだろう。芸術家にとって自分の作品は我が子だ。彼女にとっての演奏は彼女の心なのだ。それその物を否定するかのような物言いに激昂してしまうのも致し方あるまい。 「わたくしの音、聞いて下さるかしら!」 嗚呼、それでも、彼女ら『楽団』には喜平は死の尊厳まで弄ぶのであれば是非ともくたばって欲しいと、そう思わずには居られなかったのだ。最高で無様な死を与えてやろう。六道のフィクサードは確かに楽団を危険だと判断したのだろう。だが、同時にリベリスタの存在が敵であるとも認識している。 光の飛沫を上げながら打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」を影杭へと向ける。三角形に布陣した其処では怨霊達はアリオーソの指示に従いリベリスタに向かい一直線であった。 「さあ、雑賀と草臥が相手になってやるぜ。こいよ!」 前に躍り出て、アリオーソへと繰り出すのは硬貨さえも撃ち抜く精密射撃。木蓮は眼鏡の奥で新緑の瞳を細めて笑う。Muemosyune Breakから繰り出される弾丸が彼女を庇う怨霊を削っていく。一歩、下がる。入れ替わる様に彼女の元居た位置を全て撃ち抜くが如く勢いで火縄銃から飛び出すのは龍治の弾丸だ。流星の如き其れは怨霊達を絶えず撃ち抜くだけだった。 「……いけるか、龍治!」 「ああ、大丈夫だ。あの女の頭に一発喰らわせてやるとしよう」 其れが彼らの牽制だ。龍治が繰り出した『牽制』はアリオーソの動きを見切り、瞬時に射抜く。怯んだ女の演奏が止まる。浴びせられた一撃でアリオーソの頭が冷めたのか生み出される怨霊の数が少なくなった。 「木蓮、何時も通りやればいい」 「ああ、大丈夫。龍治が居るから出来るぜ」 「思う存分薙ぎ払ってやればいい!」 撃ちだされた弾丸が怨霊達を抉り続ける、彼女らの弾丸はアリオーソを庇う怨霊のその力を失わせた。だん、と地面を踏みしめる。鮮やかな紺の瞳に浮かんでいるのは苛烈な戦意のみだ。負けるのは嫌いだ。だからこそ、五月は五式荊棘を手に前進する。 「――この場で死ねば奪われるのは貴女も友人も、私達も一緒」 此方の都合がよい様に思われる事など重々承知だった。ユーヌの言葉に影響され集まるキマイラを彼女の炎は焼き払う。少女の空洞の様な瞳を真っ直ぐに視線が交わった。四本の手が彼女へ向けて伸ばされる。だが、五月は其れに怯む事などしない。 「まったく、気に食わない」 一歩、踏み出したままに業火を帯びた聞き腕が周囲を薙ぎ払う。赤々とあたりを照らす其れは上の池の水面に反射し、ゆらりと燃える。 「一気に焼き尽くす――!」 五月の視線が影杭へ向けられる。小さく舌打ちし、バスタードソードを握りしめたまま宗一は踏み込んだ。全ての力を込める。跳ねあがり、浮き上がっている鮫へと繰り出すデッドオアアライブ。 死か生か。 その判断すらも惜しい位の一撃は影杭の大きな体をべこりとへこませた。前衛で立ち回るには宗一は少しばかり傷を負いやすかった。彼を癒す遥紀はじっと夏生を見据えている。 「君の親愛なる友人が亡くなれば、その魂は蹂躙され、意思なきただのモノになるんだ。 アリオーソが恋人と奏でる為の歯車。代替の効く音符。事故刑事と恋情が為の歯車。――それでもいいのかい?」 アークの万華鏡の結果だと告げる其れに、友人に託された大事な存在を汚されても良いと思うならとそう遥紀は真っ直ぐに告げる。 仲間を救うために繋がるなら、大切な人の元へと仲間達が帰れるなら躊躇しなかった。大事な子供達の顔が浮かぶ。夏生にとっての親愛なる友人は、傷を負いながらもリベリスタと怨霊を巻き込み攻撃を続ける。手の空いている六道の研究員は共にリベリスタへと攻撃を放ち続けていた。 ● 曰く、彼女と『友達』は同じなのだ。アレは、生き映しだったから。 楽団員たる女は頭に血が上っていた為に撤退が大きく遅れてしまっていた。木蓮と龍治の攻撃に浮かべた焦りによりアリオーソは背を向ける。嗚呼、時間だ、時間だと走る様にして。 その背に一発仕向けたい衝動を押さえて龍治は銃をキマイラへと向ける。影蝶は回復を施し続けている。喜平と宗一が影杭に与える攻撃も少しずつ癒されて行っているのだ。 「気持ちだけだが、此れが俺ができるお持て成しだ。精々味わえよッ!」 光の飛沫を上げて振るわれる其れに嫌々をする影杭。その動きを押さえながらもユーヌの元へと集まる影蝶は次第にその力が衰えて行っている様だった。影蝶を一心に相手にする五月の体も傷ついて行っている。彼女を癒す遥紀を庇う麻衣の脚がふるりと震えた。 「キマイラが友達……。それを潰すのは罪悪感が湧くな」 影杭と共に影蝶をも巻き込んで木蓮が放つ弾丸は影蝶にひらりと避けられる。だが、其れでも少しずつは削れていく感覚に、彼女は集中を挟み再度、弾丸の雨を降らすのだ。 「なあ、夏生。俺様を恨んでいい。その覚悟はしておくぜ。……覚悟なしで居る奴なんて、ここには居ないだろうけどな」 「恨みはしない」 小さな声だった。木蓮の決意に対し、真っ直ぐに夏生は返答を返す。失ったら、もう『無かった』だけだからと首を振った。少女は空虚だったから。 「……そう、か」 龍治へと放たれそうになる影蝶の攻撃を身を挺して庇う。彼女の体は頑丈にできている。それ故に、龍治も後衛から安心してスナイパーを出来ているのだろう。 「俺の火器の威力。その身を以って知れ」 放たれた弾丸が影蝶をも巻き込んで、狙う。宗一が与えた致命により回復が不能になっている影杭へと一斉に攻撃を始めたリベリスタ。だが、其れと同時に六道のフィクサードと、説得により多少動きが鈍くなっていた夏生が動き出した。 接戦状態だ。――どちらかと言えば楽団に手間取ってしまった事が痛手だったのだろう。鳴き声を上げるキマイラの――影杭の体を一閃する様に宗一は剣を振るう。 「ねえ、貴方だって殺すんじゃない。操るも殺すも、一緒でしょ」 ちらりと夏生がその視線を送る。光の飛沫を纏う攻撃が宗一の剣とぶつかった。キマイラが大きく鳴く。宗一は何度だってキマイラの回復を阻害した。五月は踏み出す。ここぞという隙に彼女が繰り出すのは全てをも貫通させてしまいそうな拳。キマイラの動きを止めてしまったその隙を縫って喜平が切り裂いた。 運命を支払った仲間達を見つめながら麻衣は回復を行う影蝶の怒りをその身に降り注がせた。真っ直ぐに向けられる怒りに、遥紀を庇いながらの其れでは彼女のその身も持たない。運命を投げ捨ててだって彼女は立っている。 「無駄無駄……っ」 負ける訳にはいかないと自身を鼓舞する。大幅な戦力を楽団の怨霊によって削られたリベリスタ達はその傷を癒すだけでも手いっぱいだった。――拮抗しているのであれば、押し切るのみだ。 「足掻くんだ。足掻けるのが俺らの特権だろ?」 決死の力を込める。運命だって支払った。何だって良い――けれど、死ぬわけにはいかないのだ。宗一の放つ攻撃に影杭が大きく疼いた。その隙を付く様に龍治と木蓮が放つ。躍り出た喜平のアル・シャンパーニュは光の飛沫を当て、杭の行動を完全に止めてしまった。 「一つ教えてやろう。命は消耗品だ。使い潰す場所は選ばなければならない」 じぃ、とユーヌの瞳が夏生を見据える。互いに消耗は激しかった。唯、六道のフィクサード達は未だに戦闘の意欲を捨ててはいない。 ――夏生ちゃんは悪い魔女だ。 ――人魚姫の悪い魔女 奪うのみ。ただ、その心にそう刻んだ。アリオーソが遺して行った傷に重ねる様に夏生とフィクサード達は影蝶を放った。癒しの力を広範囲に行使する影蝶の存在は驚異だったのだろう。傷を与える為に癒されて行く。 「俺様は絶対に負けられないんだ。この戦場には大切な奴が居る……!」 木蓮が銃から放つ其れが影蝶やフィクサード全てを巻き込んでいく。だが、其れも間に合わない。前衛陣に放たれる其れはじりじりと残り少ない体力を削り取っていくの身だった。 前衛で戦い続けていた宗一と喜平、庇い手であった麻奈が意識を手放す。まずい、と遥紀は癒しを続けるが、彼が癒すのと同じように影蝶も癒し手なのだ。回復手は狙われるが定石――癒し手である事を気付かれた遥紀へ向けて影は伸びて行く。 負けず嫌いな五月は戦場を維持すべく炎を纏った手で影蝶達を落としていく。まずは一つ、二つ――離れた位置にいる蝶には届かない。遥紀は耐える様にその場で癒しを謳い続けた。均衡する中、遥紀が運命を燃やす。 其れが合図だろう。半数以上が戦闘不能になった場合は撤退するしかない。前を向けば未だまだ戦える夏生やフィクサードが存在しているのだ。数は互角だろう。だが、癒し手を失った状況ではこれ以上の戦闘は危険でしかない。 「……止むを得ん」 ユーヌがぽそり、と呟いた。これ以上の未来は暗いだろう。暗い瞳でぼんやりとリベリスタを見つめる夏生に視線を遣ってから、木蓮達はその場に背を向ける。 嗚呼、何処からかヴァイオリンの音色が響くではないか。 静かに――そして、愛を請う様な音が。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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