● それは、一言で言うならば大柄な馬であった。 胴までの高さだけで実に2メートル半超。見るものを威圧するかのような漆黒の鬣、乱杭歯が覗き腐臭の溢れる口、死者のようにどんよりと濁った瞳。 見る者を不快にさせるようなその体からあふれるのは、灰色の瘴気。 その巨体が、池の傍らの道をずんずんと進んでいく。 そこへ響くのはどこか間の抜けた声。 「ふぁーぁ。ひな、眠いな。寝ていい?」 その背の上にあつらえてあるのは鞍ではなく、何故か布団。 その布団にくるまってゆらゆらと馬の動きに合わせて揺られる幼げな容姿の少女は大あくびを一つ。 「ええ、陽奈様。まもなくアークが現れるかと思いますので、ごゆっくりおやすみください」 それに答えるのは馬の周囲に立つアイマスクや包帯で目隠しをした怪しげな二人組。その返答に、少女は満面の笑みを浮かべる。 「はーい。このお馬さんの傍だと、すっごくよく眠れるよね。ひな、この子大好き」 「えぇ。私達も大好きです。今回の作戦が成功すれば、より良い『キマイラ』が作れるはずですし、頑張りましょう」 「もっとよく眠れるお馬さんが作れるんだよね? 確か」 キラキラと瞳を輝かせる少女。そのあどけない言葉に目隠しした者達は頷きを返す。 「はい、その通りです。ただ、万全を期すなら倫敦の助けと共に来てもよかったかと思いますが……」 それに少女は唇を尖らせる。 「あの人たち、なんか感じ悪くてひな、嫌い。あんなのの横じゃ眠れないもん……それじゃひな、いっぱい寝るねー」 それだけを言って、少女は布団にくるまる。寝息を立てはじめるまでにかかった時間は、わずか十秒ほど。 「かみさまかみさま、ひなのなかのかみさま……」 寝言なのだろうか、少女は囁く。悪夢を見ながら。 「ひなが寝てるあいだに……」 それに呼応するかのように、馬の振りまく瘴気がまるで兵士のような形を取り始める。 「みんなを助けて……ねむらせてあげてください……」 次々に生まれるのは、少女の見た悪夢の中の登場人物たち。鋼のからくり、拷問好きの魔女、喰らい尽くす獣。それらが次々に周囲に現れる。 それを見て、目隠しをした者達は指先を向ける。公園の中心たる丘へと続く道へと。 そして、馬と、悪夢の軍勢が公園を駆けはじめる。 ● 「神奈川県三ッ池公園。ここに『六道の兇姫』の軍勢が現れます」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が配布したのは見慣れた公園の地図であった。 「この前の楽団の襲撃の教訓から、警戒を強化していた矢先だったのですが……その情報を知ったうえで、彼女はこの攻撃を仕掛けたようです」 キマイラの投入はもちろん、彼女はかのバロックナイトの一角たる『教授』からの援軍も味方につけているとオペレーターは告げる。 敵の防衛を知ったうえで、それを蹂躙するだけの戦力を整えて彼女はここへと現れるのだ。 自らの被害を顧みないその攻勢。あるいはそこには、『組曲』を紡ぐ他のバロックナイトの行動に対する焦りもあるのかもしれない。 「彼女の目的たる『閉じない穴の確保』と、その先に待つ『崩壊度の上昇』を防ぐために我々も全力で防御に徹します……が、おそらくただでは済まないと思います」 その理由は、敵の戦力が十分だからという理由だけではない。先日の襲撃で事実上の下見を済ませた『楽団』員たちもまた、この戦いの中で生まれる死者を目当てに公園に駆けつけているのだという。 大規模な混戦が起こることは想像に難くない。誰も死者を出さぬために、全力を尽くす必要があるだろう。 「今回皆様に撃退していただきたいのは、南門付近に現れる六道のキマイラ、シャドウメイカーナイトメアです」 画面に映し出されたのは、巨大な馬。悪夢の名を関するこのキマイラの特徴は周囲の人間に夢を見せる能力と、その悪夢を反映した数々の怪物を生み出す力である。 さらに敵は、状態異常を回復する光を弱める瘴気を放ち続けているのだという。厄介なことこの上ない。 「悪夢は麻痺などの行動不能になる状態異常を受けた場合に見てしまうようで、異常耐性スキルで状態異常の効果だけを無効化していてもおかまないしです。例え眠っていなくとも、白昼夢のような感じで見えるみたいですね」 そして数を増やし、圧倒的な数で敵を蹂躙していくのが敵の戦術なのだという。 「その護衛についているのは眠りの道を研究する六道のフィクサード達です」 眠りの道の研究、というその言葉の意味はよくわからないが、彼らにとって夢を容易に見せてくれるそのキマイラの存在は大きいらしい。彼らもまた、全力でキマイラの支援を行うであろう。 「幸いなのは、フィクサード達は相手に夢を見せるために意識を失わせるように動く事……要するに、殺しはしないで気絶させる事を目的としている事ですね。同様に、夢の中から現れた怪物も人を殺すことは出来ないようです」 そのため、彼女達の行軍には『楽団』の影は見えないと和泉は告げる。 だが、彼女達の周囲には無くとも、『楽団』の影は公園の内部に見え隠れしている。もしもこの悪夢の軍勢が他の戦いの場に現れて場をかき乱せば、そこで別のフィクサードの手によって死者が生まれ、そして『楽団』に奪い去られるかもしれない。 「他の地点の防衛の都合もあり、これだけしか戦力は割けません。ですが、どうか全力で止めて帰ってきてください。よろしくお願いします」 そう、和泉は締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月30日(日)23:37 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●悪夢の兵士達 駆ける。走る。現実にはいもしない悪夢達が。 「嫌な光景だな」 迫る敵を見据え、『てるてる坊主』焦燥院フツ(BNE001054)の呟いた言葉。それに頷くのは、『もぞもそ』荒苦那・まお(BNE003202)である。 「このまま進まれたら嫌な夢が増えそうです」 だからここで止めます。この悪夢を。 口元を隠した少女の見つめる先、馬の上で布団にくるまっていたフィクサードが目を覚ます。 「あれ、お坊……さん?」 「陽奈様、アークの者達です。数も少ないですし我々が食い止めますので、ご安心を」 寝ぼけまなこをこする少女に応える目隠しした従者、五木。 数自体はほぼ互角。いや、若干フィクサードの方が上回る。 「数が全部じゃないんだよ、しょーすーせいえーって奴だね!」 拳を掌に叩きつけて微笑むのは『ムエタイ獣が如く』滝沢美虎(BNE003973)である。 「自称少数精鋭、ね。残念ながら『生臭坊主』の焦燥院と『鬼腐人』の源平島くらいしか知りませんが」 その言葉に挑発を返すのは同じく目隠しをした男、保志。その言葉に不快そうに『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)は眉をしかめる。 「誰、それ。私はナナシの権子よ」 見ず知らずの人間に知られてるなんて気色悪い、と抗議の言葉を一瞬吐こうか迷い、こじりは無言で手にした斧を構える。 フィクサードとリベリスタ、対立した二つがぶつかり合う時、そこに最初に必要なのは言葉ではない。 戦いだ。 それを歴戦の彼女は知っている。いや、その場に集った者、ほぼ全員が。 「問答無用ですか、行きましょう。陽奈様」 悪夢の兵士たちがリベリスタ達との交戦可能な区域へと近づく。 「うん、みんなもひなといっしょに眠ろうね、おやすみな……」 そして、笑顔で告げるフィクサード。 だが、互いが互いの間合いへと足を踏み入れるその寸前。 「嫌ですよ」 まだ始まってもいない戦場に、血の花が咲く。 「えっ……」 驚愕に目を見開くフィクサードの眼前で、自らの手の甲に矢を突き刺した『親不知』秋月・仁身(BNE004092)はその血を流した手で改めて弓を構える。 「貴方の目の前で眠るなんてまっぴらごめんです」 互いに年は同じほど。自らにデメリットを課す事で己を強化する特異な戦術を持つ二人。 布団の中の少女と、眼鏡をかけた少年の視線が交差する。 「おいおい、生き急ぐなよ?」 「分かってますよ。ただの眠気覚ましです」 仁身の様子をチラリと見てから、フツは再び敵へと視線を移す。 「いっくぞぉぉっ!」 そして、一番に美虎が飛び出していく。悪夢の兵士達へと向けて。 「とらぁぁっ、あっぱぁぁぁー!」 巨大な機械は雄叫びと共に振り上げられた拳をまともに受け、まるで鐘のような音を響かせる。 この戦いの始まりを告げるゴングの音を。 ● 「僕は昔から眠りが浅くてさ。たまには夢をみる位ぐっすりと寝たいけれど……」 戦場に満ちるのは焔。その放ち手たる男は笑う。 「ここじゃちょっと寒いかなあ」 雷神の名を関する『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)の矢が敵を包み込む。されど、その焔を受けてなお、悪夢の軍勢は未だ一人しか倒れる気配を見せない。 当然だ。 リベリスタ達は狙いは悪夢ではなかったのだから。 まおの振るった黒い糸。その糸から伸びたやもりのような影が動きの鈍っていた五木の後頭部を直撃する。 大きく揺れる、男の身体。わずか30秒弱の時間で、目隠しをした男は倒れる寸前に追い込まれていた。 「五木、下がってください」 「うるさい!」 怒りに支配された男の耳に忠告は届かない。相手を縛り付ける呪いの術が狙うのは中衛に立つフツだ。 「ウム、それでいいさ」 縛りつけられ、動かなくなるその体。されど、相手を怒らせておびき寄せた男は余裕を崩さない。 「だ……め、いつき」 仲間を殺させてなるものか、とでもいうかのように眠りについた少女は寝言を漏らす。 生まれるのは癒しの風。さらに、フィクサードを庇うべく、ロボットが五木の前へと移動しようとする。 されど、三撃。それが全てを打ち砕く。 最初の一撃は美虎の物。 目の前から動いた機神へと、少女は回転して肘を叩きこむ。それは相手の動く力をそのまま破壊の力に変える少女の渾身の技。 「とらあっぱに砕けない物は、あんまりないっ!」 衝撃にわずかに浮き上がる機神の体、格闘ゲームも好む彼女にとって見慣れた隙が生まれる。 二度目の行動を運よくとれた少女は空を駆け拳を天へと振り上げる。『悪魔潰し』は悪夢すら打ち貫く。 「誰も殺せない夢の軍勢、まるで御伽噺のようですが」 大穴の空いた機械の体。五木の眼前に生まれたその洞から覗くのは一本の矢。 「僕は生憎、『生かさず殺さず』なんてヤクザな真似はする気はないですから」 二撃目、自らの傷を刃へと変える仁身の審判の矢は、一撃で五木の意識を刈り取る。寸前で陽奈からの癒しの風を受けていたにもかかわらず、である。 最初に自らを傷つけた事で、その彼の一撃は異様とも言っていい程の威力を誇る。その矢が無ければ、五木の最初の怒りが解けるまでのわずかな間に倒す事など出来なかったであろう。 「だから、眠ってください。永遠にね」 ガクリと膝をついた五木の首の上、そこには既に頭は無かった。無感動に見つめる仁身。 最後のさんげき。こじりの歩いた道には首すら残らない。 「この世は夢を見ているか、起きているかじゃないわ」 巨大な斧を手にした女は戦場の中心に立つ。鋭き瞳と言葉は、目隠しすらも貫いて敵の目を射抜く。 「生きるか、死ぬか、よ」 リベリスタの戦術、それは『悪夢の軍勢』を出来る限り呼ばぬように立ち回る事である。 フィクサード二人は例え倒してもその場で夢を見続ける。 そうなれば、例え状態異常が無くとも悪夢の軍勢は増え続けるに違いない。 ゆえに彼らは『殺害』を選び取った。 そして、それは功を奏する。 「これ以上夢を見られたら困るのです、ごめんなさい」 倒れた保志の後頭部がまおの一撃で砕ける。状態異常を与えてくるフィクサード達を早期に排除した事と、美虎の読み通り『悪夢の軍勢は夢を見ない』事が幸いし、リベリスタ達は悪夢の軍勢を彼らがなんとか相対出来る程度の数に抑えていた。 もし、フィクサードを殺さなければ、今頃は敵の波にのまれていたことは想像に難くない。 とはいえ、今でも決して、その戦いは楽な物ではない。 「全く、邪魔ね」 後衛に立つキマイラへと突撃したいこじりだが、それは未だ叶わない。それどころか、何時敵にこちらのブロックを突破されてもおかしくはない。 振るわれた刃はロボットにぶつかる。決して手ごたえは悪くない。が、硬い。 思わず歪む表情、生まれる隙。その隙を狙われ、四色の魔光を受けた女は動きを封じられる。 一方、機神への対抗策たる防御力を無視して攻撃できる少女は。 「かへおれ飲んできたから……眠らな……むにゃ」 こじりの真横で爆睡していた。 さらに、もう一人の魔女が放った光を受けて仁身の体が一度崩れる。 「こんな所で眠る気はないですから」 覚悟なら決めてきた、眠気覚ましも十分だ。運命の力を使うことなく、意識を繋ぎとめる仁身。 だが、その間にも二匹の獣達は後衛陣へと迫る。その前に立ちはだかるのは、フツ。 「おっと、悪いがここで一時停止だ」 彼は片方の動きを受け止め、もう片方へと怒りの式札を放って動きを食い止める。 その一瞬の動きの停止が逆転の好機。そこで微笑むのはリィン。彼は再び雷神の名を関する矢を放つ。 「それじゃ、もう一度躍らせてあげるよ、炎でね」 命中に優れるリィンの焔。それは回避に優れる獣達にとって最悪の相性となる一撃であった。 既に幾度か攻撃を受け止めていた獣と、仁身の矢を受けていた兵士が崩れ落ちる。 戦線は拮抗し続ける。 ● 公園の風景に重なって見えるのは、商店街の街並みであった。 (眠ってなくても夢を見るなんて……反則じゃないですか?) 絶対者たる彼に四色の魔光など、通用しない。夢を見ながらも気を散らすことなく矢を弓につがえる仁身。 彼女よりも僅かに前を歩むのは、見知らぬ一組の男女。 仲睦まじげに腕を組む二人、年の頃は30近くだろうか。 矢を放とうとしたまさにその瞬間、眼鏡をかけた女が振り向いて笑いかける。 『置いていくぞ、仁身。クリスマスプレゼントは無しでいいのか?』 「……っ」 資料でしか知らぬ母。その姿と言葉に、放たれた矢がわずかにぶれる。望んでいたはずなのに、心の何処かが強く痛む。 だが、高き精度で放たれた断罪の矢は僅かにぶれようとも獣の体へと突き立つ。 激高し、その牙を剥く獣。 それが、こじりには先ほど夢で見た昔の『知り合いたくなかった知り合い』と重なって見える。 「やっぱり、夢は嫌いだわ。でも……」 僅かに心の中に生まれたのは、安堵。自分は過去の悪夢を今、この手で打ち倒せるのだから。 いかなる困難があろうとも、『現実』を生き、壁を砕いて進むことこそがこじりの美学。 現実において過去の悪夢を打ち砕ける事など、まずありえない。ゆえに、このチャンスを得られた事に少女は呟く。 「有難う」 振り下ろした斧は、獣の体を両断する。 かつて自分を汚そうとした『本能のままに暴力を振るい己の欲を満たす存在』の象徴を。 「ふぎゃぁっ!? ごめんなさい今起き……あれ?」 ドン、という大地を砕く斧の音に飛び起きたのは美虎。 彼女が夢の中で見たのは、二人の影。うち片方は、獣なんかよりももっと恐ろしい、美虎を叩き起こす母の姿だった気がする。もう片方は……。 「って、考えてる暇ないよね。とらぁ……」 ディストラクション! 叫びと共に雷が弾ける。拳は敵を纏めて傷つけていく。 フツは一応、坊主の格好をしている。命は大切だと思っている。僅かでも可能性があるなら『救い』たい。 されど、彼は殺しを躊躇わない。 フィクサードだから、という理由で殺した相手だって何人もいる。そんな彼の見る夢は。 「あれ、くるしくないよいたくないよしんぷさまたすけてくれたの?」 言うなれば、混線であったのかもしれない。ナイトメアの瘴気と、その『公園』に残っていた死者の意識の残滓の。 死ぬ事はわかっていても救いたくて、救えなかった少女達の骸が、立ちあがる。 「神父じゃないが……まぁ、そういう事だな!」 フツの見た夢は、救う夢。楽団のように、理を歪めて救えなかった人達を救う夢。 少年少女たちの姿が、ゆらぐ。それは死地を求めていたのに泥を塗ってしまった武人の姿にも、怒りのままに殺してしまった少年の姿にも変わっていく。 それは、後悔の記憶。救えたはずなのに、出来なかった記憶。 そして歪な手段を使ってでも後悔を消してしまいたいという……自分勝手で救いがたい『救いたがり』の本性をさらけ出させる夢。 「……頼む、夢なら醒めてくれ」 己の呟きで、男は目を覚ます。眠っている間に現れたのは『己自信を律する心』の象徴たる兵士であった。 その横で麻痺の力を持つ爪を振るう獣の動きを止めるのはまお。 彼女は安定してリベリスタ達の手を増やし敵の手を減らすための着実な手を打っていく。 一方で、防御面で着実な手を打っていくのはリィンだ。 彼は拷問の魔女の射程内に入らぬ事で一度も夢を見ずにいた。 常人の射程外から敵を射抜く技で、ナイトメアに傷を負わせていく。 されど、それだけでは足りない。 仲間の前衛がナイトメアに接触できない限り、一人では回復を突破できない。 ゆえに彼は好機を狙う。雷神の矢は早々連発できるものではないが故に。 そして、そのチャンスは訪れる。フツの与えた怒りによってキマイラが前に出て、リベリスタ全員が眠りから覚めた、その瞬間に。 「今だ……とっとと片づけて、お家に帰ろうか」 前へと進み出て放たれたリィンの最後の雷神の矢は敵陣を打ち崩した。 ● 「行くわよ……夢は護ってくれない、と子供に分からせてあげないとね」 リィンの一撃の後に残された敵は、悪夢の兵士が2体と、拷問の魔女が2体。癒しの風が巻き起こるが、もう遅い。 リベリスタ達は一気にナイトメアへと向けて接近してゆく。 こじりが振り回した斧が、美虎の拳が、フツの式が、仁身の矢がその体を揺らす。 そして、その横から飛び出すのはまお。 相対するように突き出される鋼鉄の槍。それはまおの顔へと迫る。 紙一重。ギリギリで回避する少女。僅かにかすったその穂先で口布が破れ、悪夢で見た異形を連想させる口元が露わになる。 だが、気にすることなく少女は悪夢の兵士の背を蹴って飛ぶと、馬の身体を垂直に駆け上がる。 そして対峙する。 まおと同じ『どんな角度でも張り付く事ができる』異能で布団のまま馬に乗る少女と。 「ぁ……」 ちょうど、先ほどのリィンの雷から自らの傷を癒す事で偶然目覚めたのであろう陽奈。 二人の視線が、交差する。 「……綺麗、夢みたい」 ぽつり、と漏らした言葉。鮮やかな刺青とその口元を見ながら、今も付与の効果で意思の力が弱まっているのか、トロンとした表情で少女は呟く。 もしも、今、麻痺を与えれば、少女は眠る事も出来ずに動きを封じれるのではないか、そんな考えが一瞬脳裏をよぎる。されど、まおはその技を今は用意していない。 「なら、この夢で我慢してください。本物の夢を見てもらうと、まお達が困るのです。ごめんなさい」 様々な選択肢の中、まおは選び取る。 フィクサードの体をキマイラの背から叩き落とすという選択肢を。 ● そして、戦局は最後の局面を迎える。 魔女を残していたために、敵が僅かづつ増えていくものの、数人が接近し、フツの与える怒りで前衛に引きずり出され、ナイトメアへの傷が大きく蓄積し始める。 リベリスタ達の猛攻を防ぐ程度に悪夢の兵士が増えるか、キマイラが倒れるか。どちらが先か。もはや、それだけの勝負。 地面に叩き落とされて目覚める頻度は大幅に上がった上でなお、フィクサードの回復は止まらない。 こじりの与える致命的な傷がナイトメアやの回復を止める。 だが、庇いに回る機械にはその手段は通じない。 庇い手を崩し数を減らす事に注力する美虎。 馬だけに狙いを絞り、攻撃を続けるリィンとフツ、そしてこじり。 後衛へと無理に切り込み、魔女の動きを止めようとするまお。 そして、陣形を崩そうとする悪夢の兵士を狙い撃つ仁身。 そして、倒れたのは。 ぐらり、と揺らぐ体。己の傷を顧みることなく射撃を続けていた少年の体が崩れ落ちる。 『置いていくぞ、仁身』 声が遠く聞こえる。多分母の物だと思う声が。白昼夢だと理解していても、少年の心はその声を追いかける。 「待っ……て」 理由は単純。相手の数が増える方が、速かった。 ばらけた狙いは、相手の範囲回復に呑み込まれたのだ。 魔女を止めるか、馬を狙うか、その方向性が定まっていれば、或いは。 敵の猛攻を受け止めながら、フツは唇を噛む。 中衛として敵をブロックしているがゆえに、彼は後ろの仲間を癒しに行くことが難しかった。それが仁身を守れなかった原因。 そして、『最も優れた火力を持つ少年』が倒れた事で、リィンが範囲攻撃を撃ち尽くした事で。 戦局は一気に傾き……怒りを付与する攻撃手段を持つ彼もまた、呑み込まれてゆく。 「トラトラあっぱーっ!」 激流を押し返そうと、最後の範囲攻撃手たる美虎は雷の拳を周りの敵へと振るう。こじりの振るう斧が敵を打ち砕く。 だが、既に限界は見えていた。近接攻撃しか持たぬ彼女達は、キマイラへと近づけない。 そして、二人の仲間が倒れた事で敵が増えていく……敵を減らして近づく事は絶望的であった。 あと僅かの傷が、足りない。 「最後の的当てだ。これで決めるよ」 残された最後の希望、それはリィン。前線に出てきた彼の放つ弾丸は巨大な馬へと突き刺さり傷を与える。 ゆらぐナイトメアの体。 されど、そこへ巨大なロボットが姿を現す。後一撃が、届かない。 麻痺の効かぬその壁を打ち崩すには……圧倒的な力が必須であり。 その要たる美虎の体が崩れる。 「まま……ぱ……」 その瞼の裏に浮かぶのは、さっきの夢で見たのと同じ二人の人影。 どこか懐かしい、怒られる夢へと少女の意識は完全に沈む。 いつの間にか、陽奈は起き上り、立っていた。キマイラの横に。 「なんで、邪魔するの?」 その問いにこじりは答える。斧を構えて。 「眠りの中に救いなんてないからよ」 まおは答える。運命を歪めようとその意識を集中して。 「たくさんの嫌な夢が増えますから、殺してでも止めるんです」 されど、その言葉は、運命は、届かず。 フィクサードたる少女は、応える。 「夢の中に救いはあるって、ひなは信じてるよ。だから、このお馬さんを使ってもっともっと調べるの」 己の道を極めるためだけに動き、その探究のみに関心を持つ、六道らしい少女の言葉。 説得の余地のない。己の道しか見えていない者の言葉。 「だから、おやすみなさい」 そして、リベリスタ達は撤退する。 悪夢の軍勢の増える量よりも減る量の方が大きいために、戦うだけ不利になると判断して。 保護者を失った事で、陽奈は馬の上へと登れなくなりその場に残される。それだけは幸いだったかもしれない。 だが。 悪夢の進撃は、止まらない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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