●Ice Queen 「す、くりいむ」 停車したアメリカ製の大型バンから転げ落ちるように現れた少女から零れ落ちた言葉がそれだった。 息は 続いてバンから降りた黒服達は少女の腕を取り、散歩を嫌がる犬を連れるように引いて行く。 「あいすくりいむ……」 虚ろな瞳の少女は、アスファルトを這うように四足で遅々と歩む。 鎖で繋がれ、身の丈に合わぬ重火器と、翼のようなものさえ背負わされ。 「ようやくの御到着ですな」 無貌としか表現しようのない白衣の男――等喚受苦処(とうかんしゅくじょ)が己の顎を撫で付ける。 取り囲むのは多数の部下、そして皆ドレス姿の少女達。 「申し訳御座いません」 「いや、いいよ」 頭をたれる黒服を等喚受苦処は禍々と哂い飛ばす。 地獄一派と呼ばれる六道のグループの中で、キマイラの研究をしている者達であるようだ。 「ぁ……ぁ…………」 呻き。 よく見れば片翼だけの少女に、黒ドレスの少女は微笑みかける。 「くすっ。いい姿ね。プリムローズ……」 プリムローズの翼は片側だけ。背負う機械は、その実、体に融合しているのではないか。 「結果はどうなの? 等喚受苦処さん」 「アブソリュートの実装はずいぶん中途半端に終わったが、戦闘能力は十分かと」 それから黒服に連れられて次々に現れる異形の群れを華やかなドレス姿の少女達が取り囲む。 「あはっ! ねえ見て」 だが少女達の関心はそこにはないらしい。彼女等はプリムローズのみすぼらしい貫頭衣に興味津々だ。 「汚い!」「あはっ! ドレスじゃない!」「よごれてる!」「馬鹿みたい!」 「こんな風にはなりたくない!」「やだやだ! 私も!」 「ねえ、でも。いいにおいしない?」 「するするー!」 ドレスの少女達がよってたかってプリムローズの貫頭衣をめくり上げると、その腹には大きな空洞が空いていた。 漂うヴァニラの香りはそこから漏れ出している。 「お腹ない!」「指についちゃった!」「やだ、汚い!」 華やかで姦しい罵声。 胸の内部を下り、べたべたと空洞を濡らすヴァニラクリームを指差し、少女達ころころと笑う。 おそらくキマイラの素体となったのは彼女等の同僚だったはずなのに。 だが―― 「この」 突如早足で歩み寄る等喚受苦処はプリムローズを足蹴にした。 「ぽんこつが!」 「あい、す……」 唐突な激昂に崩れ落ちるプリムローズは、それでも氷菓子を求めるばかり。 「腹腔の洗浄を急げ!」 等喚受苦処は金切り声をあげ、試験体の洗浄を指示する。試験環境の構築にはうるさいタイプであるようだ。 「言っても聞かず、暴れるものですから」 「何人死のうがデータを汚すんじゃないよ!!」 彼は試験体の飲食がデータを汚すと考えている。だから腹の中もとってしまった。 そんなものは、今のプリムローズには不要になったようだから―― 黒服の釈明にも耳を貸さず、ひとしきり少女を蹴りつけた後、等喚受苦処が姿勢を正す。 「と、すみませんな……貴重な献体を」 「言わないで。等喚受苦処さん。いい気味だもの」 キマイラに改造される前のプリムローズは、冷たい板の上でこね回されるタイプの氷菓子が特に好きだったらしい。アイスがあんなに大好きだった子が、二度と満たされないなんて―― 黒ドレスの少女――ネームレス・ソーンの言葉に等喚受苦処が嗤う。 「いい性格をしていらっしゃる」 「ところで、見物人がいるようですな」 「いいんじゃないかしら」 ネームレス・ソーンは少女の姿に似合わぬ艶やかな笑顔で微笑んだ。 「見せてあげましょう?」 こんな素敵な月だもの―― ●FFF-LLL 「それでそれで?」 そんな現場から遠く離れた街灯の上で、二人の少女が首をかしげる。 「わかんない」 共に燕尾服。小さなシルクハットを揺らして。 「でもね……すごく楽しそうじゃない?」 手に持つ楽器をかき鳴らし、その姿を誇示するように晒している。 「いいものが手に入りそうね」 「ね、本当」 こんな素敵な夜だもの―― ●ブリーフィング 「六道紫杏とキマイラの軍勢。だな」 「はい」 暖かな風が髪を撫で付けるブリーフィングルームの中で、桃色の髪の少女は頷いた。 『六道の兇姫』こと六道紫杏が創り上げた生体兵器『キマイラ』が神秘界隈で蠢きだしてから、半年以上が経過している。アークのリベリスタの多くもたびたびそれらと交戦を重ねているが、厄介なことに敵の成果は順調極まりないようである。 「それにこっちは、ケイオスの楽団か?」 「はい。その。そちらは、少しまって下さい。え、と」 携帯型の加湿器から零れ落ちる湯気に指をあてながら、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は必死に状況を説明する。 ずいぶん複雑な事態のようだ。 六道紫杏が研究員とキマイラの軍勢を引き連れて、三ツ池公園に攻めてくるという情報はアーク本部を震撼させていた。 当然捨て置ける話ではない。 奇しくも去年の今頃つくられた『閉じない穴』の阻止はアークの至上命題の一つになっている以上、絶対に阻止しなければならない事態には違いないのだ。 とはいえ疑問はある。ケイオス一派『楽団』の木管パートリーダー『モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン』の攻撃を受け、アークが警戒を強化したこのタイミングに仕掛けてきたのには、どんな思惑、意図があるのだろうか。 そんなこと知れたものではないが、少なくとも『それでも落とすつもり』で攻めてきている事だけは確かだろう。 さらに、今回そこに絡むのは、ケイオス率いる楽団――ネクロマンサー達の挙動である。 戦場を視界におさめた彼女等は何をしでかしてくれるのだろうか。 「狙いは?」 尋ねたリベリスタにとっても、そんなことは明白極まりない。 「死体の強奪と思われます」 考えるだに憂鬱な事象であったというだけだ。つまり――戦闘中に死体が出来てしまった場合を狙っているのだろう。もしかすると、よりひどいこともあるのかもしれない。 「そりゃあ、どっちの意味でも遠慮願いたいな」 「……はい」 ケイオスの楽団は積極的に手を出してくる様子はなさそうだが、力の天秤が崩れればどうなるかわからない。 やろうと思えば、彼女等の成果物をより積極的に作り出す事とて、不可能ではないのだ。 だからその存在は、極めて危険な要素と言える訳だが―― 「とにかく、やるしかない訳だな」 少女は頷き、静謐を湛えるエメラルドの視線をリベリスタ一人一人に注いだ。 「絶対に、死なないで下さい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月28日(金)23:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「だれ?」 叫ぶ少女の声が良く響く。 「「だれなの?」」 学芸会のように続く唱和は芝居染みている。 「そこにいるのは」 色とりどりにドレスを翻し、少女達はくるくると舞い踊る。 「ごきげんよう。箱舟の皆さん」 唯一人、輪の中心で。黒ドレスのネームレス・ソーンがスカートの裾を持ち上げ柔らかく腰を折る。 「「「ごきげんよう。アーク!!」」」 再び続く唱和。少女達の手に握られているのは刀剣、銃火器。それがこの上もなく似合わないから、それら集団の先陣を駆ける合成獣達の異質さも夜の公園に一際良く目立つ。 その上。 「プリムさん」 そんな冬枯れの木々を揺さぶる風の中、雲の切れ端が度々月を隠す夜空にアメリカブランドのアイスクリームが突如舞う。 「貴女の大好物を上げますぞ」 「ぁ……あい、す!」 どこか勘違い甚だしいテレビコマーシャルの様にも見える。どうにも滑稽で、どうにも垢抜けない。 呼ばれた少女――プリムローズはよろめきながら、氷菓を眼前に押し戴く。 「やれやれ、上手く行きますかのう」 放った主『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は仮面の下、飄々と言の葉を紡ぐ。 九十九は以前彼女等との交戦記録を持つが、その際に不覚を取った。攻め切れなかったのである。だがそんなこと二度は許さない。 彼が隠れていたのは公園の物陰。リベリスタ側には地の利がある。さりとて襲撃者というのは誰しも調査、警戒しているものでもある。 より一層の備えが出来れば尚良かったのかもしれないとリベリスタ達は考えて居たが、述べるには詮無き事でもある。 故に、直ちに飛び交い始める銃弾は、この作戦の成否を未だ告げていない。 「――無様ね」 瞳を輝かせながらフタを開けにかかるプリムローズに、ネームレス・ソーンが口の端を吊り上げる。 リベリスタ達の不意打ちはならずも、哀れなキマイラ一体は行動に明らかに異常を来たしている以上、悪くはないのだろうが―― 「お久しぶりね、カレー屋さん」 黒ドレスの少女はおもむろに五指を払い、中空を滲む何者かの間を縫うように気糸の雨がリベリスタに降り注ぐが。「ラナンシーはここだ――」 だがそれより刹那速く。 「――鎖で縛ってるところにぶちこめ!」 黒鎖の濁流が両者を隔てる中空にたゆとう影を打つ。 ラナンシーは見えぬ筈の敵だった。だが『スーパーマグメイガス』ラヴィアン・リファール(BNE002787)には、その不可視の影――滲む肢体を持つ『キマイラ』ラナンシーが発する熱量が確かに知覚出来ている。 ラヴィアンの絶大な技量に裏打ちされた黒鎖を覆うように、更なる漆黒の奔流がキマイラの軍勢、ラナンシーとラミアに叩きつけられる。交差するようにリベリスタの前衛を正確無比な気糸が次々と貫くが、傷は浅い。 更に。 「そこね」 トーンを落としたささやきが僅かに含有するのは凍てつく冷笑。『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は唇一つ歪めずに真夜中の日傘を翻す。 特異な能力のつもりなのだろうけれど。 ――残念ね。 どこまでも怜悧に透き通る毒。 冴え渡る氷璃の頭脳は一度認識した物事、その特徴を瞬時に捉えて放さない。そして矢張り卓越した技量の持ち主ならば、軸さえ捉えられれば当てる自信とて十二分にあって然る。 リベリスタ達の狙いは単純明快だ。二重に放たれた黒鎖は軛となり、楔となり、そこに何が存在しているのかさえ浮き彫りにしていた。 ――気に入らないわね、あの子達。 氷璃が傘を翻す。 おそらくフィクサードの少女達は六道紫杏の部下でもなければ、楽団とも関係ないのだろう。果たして何者か。 仲間も、その死も、なんとも思わぬ様子に、それどころか望んですらいる様な行動に、大きな嫌悪感すら感じる。 それに影主と同様の技を使うのは盗んだのだろうか。よもや血縁なのか。 疑問は尽きないがが知識欲を満たすのは後。やるべき事があるならば、邪魔者は全て消し去るのが先決だ。 だって。 こんな素敵な星空だもの―― これもほぼ同時。呪縛された上半身をぶらさげるように、蛇の半身のみをくねらせてラミアが這い寄る。速い。 長大な尾が、九十九、『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)、『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)を強かに打ちつける。二人の踵が大地を抉るが、まだまだ倒れる程ではない。 「やるじゃないか、リベリスタ。実に解析し甲斐がある」 等喚受苦処が顎を撫で付ける。出来損ない(プリムローズ)は兎も角、ラナンシーがこうも容易く破られるとは思っていなかったらしい。 「元来、手は汚さぬ主義なのだがね」 その性は邪見、偸盗。六道地獄の一。黒縄小地獄が等喚受苦処は白衣を翻す。 「マグメイガス諸君。君達は脅威そのものだ」 歪な鈍色の閃光がラヴィアンの胸を貫いた。 「どうか地獄というものを味わうといい」 ラヴィアンは後衛と言えど立ち回りが不得手とは言えないのだが、まるで身動きがとれない。 「あんたら……」 言いたいことは山程あるが、口が回らない。体中が軋んで悲鳴をあげている。 だが。 「キマイラなんてもののために何人殺したんだ」 身体中を包む石の層がひび割れて行く。 「ぜってー許さねえ!」 殺人も、非道も、悪意も。自分で強くなろうとせず、他人を改造する行為も。 ラヴィアンが立ち上がるのは、遠く彼女の背の向こうにある大穴を守る為だけではない。 「最高に気に入らないから、てめーらをぶっ倒す!」 だから黒縄の秘技はラヴィアンを打ち倒すことが出来ない。 ● 戦況は開始早々に乱戦の様相を呈してしまっている。 「厳しい戦いですね……」 黒服の攻撃をいなし『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・マルター(BNE002558)は唇を噛む。赤く生臭い、錆びた鉄の味がした。 想定ではどうにかラミアの足止めがしたかったのだが、敵の数が多ければ、どうにも羽振り良くは行かぬのが常である。 だが、だからどうしたというのか。厳しいからなんだというのか。だからこそ、ここで勝たねば後がないのだ。 この戦場をフィクサードに奪われる訳にはいかない。ここで力を出し切らずに次はない。 シズルの長大な剣が暴風を伴い佳恋を横殴りに襲う。さすがにかわしきれない。 「きゃははっ! 咲いた!!」 シズルの嘲笑。肩から溢れる鮮血に、それでも佳恋が意思を曲げることはない。 「もはや言葉を交わすことすら不快な敵、ですね」 佳恋は純白の長剣を握り締める。いかにしてこの場を突破するか。相手との技量は拮抗――否、佳恋が頭一つは上回っているはずだ。ここでひたすらに斬り合えばまず間違いなく勝てるだろう。だがそも、彼女には為すべき使命がある。それはリサリサと共にラミアを抑えることだ。こんな所で貼り付けにされている訳にはいかない。 「……焔獄、舞いなさい!」 凛と張る鈴の声。『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)が放つのは炎輝くカムロミの矢。戦場に降り注ぐ圧倒的な熱量そのものが彼女の目には見えている。当然、不可視であるはずのラナンシーの姿さえも。 「逃げられるとは思わぬ事です」 煉獄の様な戦場に、二重三重と張り巡らされたリベリスタ達の対策は完璧だった。そうであるはずだ。 六道のフィクサード達に加え、未だ傍観に徹している楽団員の姿も感じ取ることが出来る。ずいぶん豪勢な布陣であり、数も多い。彼女の姉が押し切れなかった相手を紫月は下すことが出来るだろうか。 だが紫月達リベリスタに退く心算等は毛頭ない。当然フィクサード達にもないのだろうが、その気になるまで痛めつけてやるまでだ。 なぜならば――ここはアークが伝説を打ち破った地。英霊が眠る地。是が否でも守り抜かねばならぬ地。 やすやすと踏みにじらせて良い場所ではないのだから。 「ふいふい。ぼちぼち頃合ですな」 一度敗れた相手だが、もうあの時とは違う。先手の奇襲こそ崩れたが、そこはそんなものだろう。まだまだ取り返しは付く。 「鬼さんこちら、手の鳴る方へってやつですな」 黒服、少女達が一斉に九十九を振り返る。これでいい。夕刻に漂うスパイスのように、九十九はフィクサードの心をかき乱す。そのままカレーのように煮立てばいい。ルーの総てを受けきる白米のように、攻撃の総てを防ぎ切る心算だ。 「あいす!!」 プリムローズが九十九に大剣を振りかぶる。振動する刃が外套に覆われた身体を深く切り裂く。 血花を咲かせても、仮面の下に表情を隠したまま、九十九は次々に襲い来る数多の刃、銃弾の雨をかわしきった。 「やれやれ――小ざかしい」 等喚受苦処が放つ鈍色の閃光が九十九の身を貫く。九十九に到達したのは僅かニ撃。なのに―― 「なかなかきついですな」 奇策にこれ以上頼るのは無理なのかもしれないが、それでも倒れる訳には行かない。震える足を叱咤して、彼は運命を燃やす。 リベリスタ達が予定した布陣を完成させるまでには、それから実に十余秒を要した。 それでも漸くチャンスが切り開かれようとしている。 佳恋が駆ける。届かないならば、届かせてみせるまで。 戦場の時間を刻むいびつな歯車は、その身を削りながらゆっくりと、しかし着実に噛み合い、廻り始めている。 「キャッシュに見合わないパニッシュってあるよね」 戦場を見据える僅かな高台は見晴らしがいい。 交差させた両手三本ずつの指を立て、既に己が力を極限まで引き出す術を身に纏った『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)はちゃらちゃらと嘯く。 「ま、そんな感じ」 ままならぬ戦況にはさしものSHOGOとてマジ、ブルー入って来る訳だが、そうも言ってはいられない。 「キャッシュからの――」 激戦フィーチャリングSHOGO。 「――――パニッシュ☆」 とりま。敵の数を減らさねばガチで話にならない。銃弾の雨が少女、黒服達を次々と穿つ。 「キマイラの研究も佳境、といった所なのでしょうが――」 銀槍が閃く。研究の完成も、データの収集も、襲撃も、総て赦すわけにはいかない。 故に。 「ここで止めます」 僅か二振りが達成する一網打尽。 ノエルは。Convictioは。実存の遍くを貫き通す。 既に黒鎖でがんじがらめの相手など、銀騎士の敵ではない。 ラナンシーの全滅によってフィクサードの予定は狂っている筈だ。リベリスタとて完全に目標が達成できている訳ではない部分もあるが、想定以上の戦果もあるならば、そこにアドバンテージはある。 ● いくらかの時間が流れた。 九十九の挑発、ラヴィアンと氷璃の葬操の調べは力量に劣る黒服、ドレス少女達を完全に封じている。 それでも未だ残された課題は四つ。等喚受苦処、ネームレス・ソーン、プリムローズ、そしてラミアの排除だ。 リサリサに向けられたラミアの視線から雷光が爆ぜる。 閃光がリサリサを貫き―― 「ワタシは心配いりません……」 全身を包み込む紫電に身じろぎ一つせず、リサリサは小さく呟く。 ラミアが伸ばす呪いの指先をそっと掴み取る。あふれ出す瘴気が瞬く間に掻き消える。 「ここは佳恋様とワタシで押さえますっ!」 簡単な相手ではない。だが彼女は絶対者。雷陣も、石化を伴うラミアの指も、彼女には通じない。 微塵にも揺るがない。防御を固めれば致命傷を受けることさえも皆無。 紛い物(アブソリューター)には『絶対者』リサリサ・J・マルターを倒せない。 ラミアの眼前に到達した佳恋が静かに頷く。もはや彼女の前に障壁はない。 正眼に構えた白鳥乃羽々を掲げ、生死を別つ裂帛を見舞う。 気迫一閃。 額が割れ、あふれ出す軟体がラミアの肩を蠢き這い回る。ラミアの動きは止まらない。 だが。佳恋の一撃は確実に相手の命を削り取っている。 「それで終わったつもり?」 このまま押し切ることが出来れば良いが、なかなかどうして楽には行かないのが常である。 再び気糸の束がリベリスタ達を切り裂く。 「お嬢さんは、そんな所に引っ込んだまま、出てこないんですかのう」 「ごめんあそばせ。余り近寄りたい相手じゃないでしょう」 身もふたもない。リベリスタの驚異的な成長速度を思えば無理もない。かつて彼女と交戦した九十九は十分に強力なリベリスタと言えたが、今やそれすら見違える程強くなっている。 ともすれば、上回っている可能性すらあるのだから。 「ネームレスソーン、中々に良い性格をしていらっしゃる様で」 紫月が神なる矢を放つ。フィクサード達には後がない。とはいえ、戦いが続いているのだからリベリスタも同様だ。紫月は継戦能力の補助を考慮しているから、連続ではあと一度しかこの技を放つことが出来ない。 より強固に守りを固めるか、癒すか。それとも敵をひきつけるか。 最前線に立つリサリサには難問が立ちはだかっている。 「前の方は……全身全霊を持って攻撃を!」 清浄なる光が戦場を優しく包み込む。 「後ろはワタシが……この身を持って護りきります」 だが、彼女は一歩先を行く癒しを意識して立ち回っている。誰一人欠けさせない為に。 リベリスタ達は、この十秒までに敵のモブフィクサード達を総て打ち倒すことに成功した。 出来ればキマイラから倒すのが良かった。背後に控える楽団員達の狙いが死体の強奪ならば、フィクサードの死体を量産するのは望ましいことではない。第一、そうでなくとも楽団員自らが乗り込んで死者の生産を始める可能性とてある。フィクサード同士と言えども、味方同士とは限らないのだから。 鍵はネームレス・ソーンが持つカラヴェラス・ブロッサムと呼ばれるアーティファクトである。死者をEアンデッドとして蘇生するという禍々しい代物らしい。 それは死体が消えてしまうことを意味するのだから、楽団フィクサードにとっても喜ばしい話ではないはずだ。 そんな状況は利用出来るのか、出来ないのか。 リベリスタ達の悩みは未だ尽きない訳だが、それでもこの戦場に限れば、最早後一押しの段階である筈だ。 佳恋の長剣がラミア上部の胸を切り裂き、ノエルの裂帛の一撃が蛇の心臓を貫いたことで、戦闘が佳境を迎えることとなったというのに、アマリリスの銃弾は業炎を帯びリベリスタのみならず、倒れ伏すフィクサード達の背をも穿つ。それは彼女等の味方の背である―― 「我々にも遠慮はないのだね」 「ええ、そういう契約ですから」 等喚受苦処の皮肉に視線を送ることもなく、ネームレス・ソーンは胸元を手の平で包み込む。 ● その代償、何を失うの――? 教えて頂戴。名も無き棘。 氷璃の脳裏に疑問が過ぎるその時―― 「これだけ揃えば十分ね」 燕尾服の少女が木の枝から飛び降りる。 「邪魔はさせないよ――六道、そして箱舟」 闖入者の到来だ。狙いが築き上げられた死体の山である事は明白だ。 「名も無き棘が居る限り、死体は彼女のものよ」 氷璃の言葉に楽団員達の動きが止まる。その意味する所は何か。 互いに互いの意図はどこまで読まれているのか。戦力はどこまで把握されているのか。心理戦は常のこと。 互いの最も譲れない所は何か。 楽団員達は、どうせこれまでショーでも見物するかのように楽しんでいただけだったのだろう。あわただしく回転を始める彼女等の頭脳は、俄かに答えをはじき出すことが出来ない。 さりとて、リベリスタ達は敵の総てを撃滅することも厳しい状況だ。またそれはキマイラの多くを失った六道にとっても同じでもある。 じりじりとした三つ巴。 だが唯一人だけ、止まらない。 名も無き棘は胸元のペンダントを握り締めるように胸に爪を立て―― ノエルの推測通り、その代償は重いのだろう。だからきっと、こんな時でなければ使うことが出来ない。 「ネームレス・ソーン──その性根、叩き伏せて御覧に入れましょう」 夜風を切り裂く神速の矢が、狙い違わずネームレス・ソーンの手の平を貫いた。胸に縫いとめられ、鎖が千切れる。 口元から血が溢れる。こうして阻止すれば楽団員には死体が残ることになる。 だが阻止しなければ六道は止まらない。それはリベリスタ達の敗北を意味する。 ギリギリの状況でのギリギリの選択。 「紫月――さん」 名もなき棘は腕に血花を咲かせ、ペンダントを取り落とす。 「そんなに急いで作らなくたって、もうゾンビはお腹一杯だよ」 名もなき棘は膝を付き、転げたペンダントに腕を伸ばす。 キャッシュからの―― 「パニッシュ☆」 SHOGOが放つ銃弾にペンダントは禍々しい光を振りまきながら砕け散る。 名もなき棘は瞳を見開き、漆黒の波動がSHOGOに炸裂する。膝が笑う。意識が遠のく。 「ごめんねオレ、年金もらうまでマジ死ねないんだけど」 倒れる訳にはいかない。 「この後、女の子と合コンなんで」 笑う。笑う他ない。 六道の死体なら好きなだけ持って帰ればいい。継戦はもう限界だ。 三つ巴の膠着。リベリスタ達は仲間を。フィクサード達は己を。誰しも、死なせたくはない。 無傷の楽団員とて、アークと六道の戦力が完全に潰えているわけではない以上、うかつに手が出せるものでもない。 故に、誰かが一歩退いた。 アークのリベリスタも、六道のフィクサードも、もう戦えない。 だが、それでよかった。 キマイラを率いる黒縄小地獄が一つ。等喚受苦処は三ツ池公園を攻めきることが出来なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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