● 「なあ、杏子よ」 男の囁きは億劫さをひけらかすようだった。彼は別段この戦いに引け目を感じていたり、やる気が無いわけでは決して無い。彼は六道紫杏に忠誠を誓っている。彼女の意向に従うのは当然のことだろう。その上で、キマイラの性能には未だ疑念を抱いているし、時期尚早であるという感も拭いきれていない。 「こいつら、役に立つのか?」 「信用できないの、京平。あたしが作ったんだよ?」 大した声を返さない杏子を、京平と呼ばれた男はもの言いた気に見つめ、やがて深く息を吐いた。彼は決して信用していないわけではなかった。キマイラのことではなく、杏子のことを。 「……信用はしてるさ。心配なだけでよ」 懸案事項は幾らでもある。彼ら紫杏派のフィクサードやアークだけでなく、様々な派閥が鬩ぎ合うこの戦場は混沌に満ちている。紫杏派の研究家たちが作り上げてきたキマイラが幾ら強力とはいえ、それが悉くを蹂躙できるような代物かと言えば、不十分に違いない。不安要素は当初の想定よりもはるかに増大していた。 「心配したって、その分何かが楽になるわけでもないでしょ」 杏子は至って冷静だ。それは自身への信用の表れだろう。京平はそれもそうだと笑い、目的となるその場所をふと見つめた。 かつてこの三ツ池公園に開いた『閉じない穴』。それを紫杏派の支配下に置くことが彼らの目的だ。研究の成果たるキマイラ。崩界度の上昇は、それの状態をより高みに押し上げるために重要な要素となる。キマイラの完成度を手っ取り早く上げるには最適な方法だろう。同時に困難な方法でもあるのだが。 彼らの大将たる紫杏と、その恋人を先陣とし、『丘の上広場』へと攻め上がる。恐らくは、彼らの前に立ち塞がるものが幾つかあるだろうが、全て打ち倒して進む以外に道はない。他ならぬ彼らの大将が、その道を行くことを決めたのだから。 「ま、『倫敦の蜘蛛の巣』もいるしな。少しは何とかなんだろ」 紫杏が敬愛する『教授』の送り込んだ援軍。杏子は胡散臭そうに見ながら、そうね、と一言呟いた。 「奴らがなんかする前に、あたしの子たちが全部やっちゃうかもね。あの子たちは『進化』するからさ」 得意げに鼻を鳴らす杏子に、京平は思わず笑みを零した。 ● 遠くからその行軍を見つめると、最初に目に入ったのは女だ。子供のような容姿と立ち振る舞いだが、その奥にあるものは計り知れないように彼は感じた。男女数人が女を守るように取り囲み、その寸分後ろに雰囲気の異なる男たちの姿が見えた。若干まとまりは欠いているが、同様の目的を持っている間は、きっと脅威になりうるのだろう。 彼らの連れているのは数体の化け物だ。一体は屈強な風体をしているトカゲのような生物だ。鋭い爪と強靭さが目立ち、時折口から溢れる火の粉から炎を吐く生物だろうと推測される。最もよくそれを呼称するならばドラゴンだろう。それの周囲にはスライムのような軟体生物が三体程見受けられる。それらは人型をしていて、別段強力には見えない。だが場合によってはドラゴンよりも厄介になるだろうと男の勘が囁いた。それは言うならば生地のようなものだ。それを扱う方法次第で、あらゆる方向へと向かう可能性がある。 けれども彼は決してそれらの生物に興味など無い。あるのは人、それも『命の入っていない』者だ。この公園に攻め込む彼ら、そして彼らの前に立ち塞がる箱船の存在。それらが激しくぶつかり合い、時には死せる者もいるだろう。嗚呼、それは格好の得物だ。こんなクリスマス・プレゼントともいえる状況を、見逃すのはあまりに惜しい。 「主よ、感謝します。今、この機会をお与えくださったことに」 胸に手を当てた彼はただ優しく、顔に微笑みを称えた。 ● ここ最近の日本を取り巻く状況は混沌と言うに値するだろう。ケイオス率いる『楽団』なる死体繰りの集団の度重なる襲撃。余談も許さぬこの状況で、また新たに動きを見せる一つの組織がある。六道紫杏の一派、そして彼らの作り上げた『キマイラ』なるエリューションである。 「彼らの目的は三ツ池公園にある『閉じない穴』だと思われる。これを使って崩界度を上げて、キマイラの完成度をより高みに押し上げるつもりなんでしょう。彼らの野望は決して看過していいものじゃない」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がやや強めの口調で言う。三ツ池公園には先日楽団が訪れたばかりで、アークも警戒を強めている。その最中に突撃を強行する彼女、『六道の兇姫』六道紫杏の胸中にあるのは僅かな焦燥感だろうか。 だがこちらが迎え撃てるからといって別段物事が有利に動くものでもない。彼らの用いるキマイラの存在は強力だ。紫杏派のフィクサードも侮ることは決して出来ない。目的を達することに大きく注力している彼らを、少数精鋭で防ぎきるのは不可能に近い。故にこちらも大きな動きをせざるを得ないのだ。 「キマイラを従える紫杏派の研究員が一人、研究員を守る戦闘専門のフィクサードが四人が確認されている。 キマイラは計四体。一体は戦闘に特化した非常に強力な個体。ドラゴンを想像してもらえば、形は大体把握できると思う。必要以上に体力を奪われすぎないように注意してね。 他三体は人の形をしたスライムみたいなもの。それ単体では大して脅威ではないみたいだけど、彼らは自分に降りかかったものを取り込むことが出来る。例えばある個体を飲み込めばその個体の性質を自身に反映できるだろうし、攻撃を受けたならその攻撃を使うことが出来るようになるでしょう。逆に言えば、放っておけば脅威足り得ないかもしれない。扱いの難しい所ね」 でもね、と一呼吸置いて、イヴは言葉を続ける。 「懸案事項はそれだけじゃない。六道とキマイラ。それに加えて紫杏一派を援護する強力なフィクサードが存在する。それに『楽団員』の介入も示唆されている」 紫杏の一派を援護するのは『倫敦の蜘蛛の巣』の小部隊五名だ。能力は未知数だが、非常に強力であることが予想される。加えて懸念すべきが『楽団員』の存在だ。数は一人だが、それの操る死者は脅威だ。積極的に戦線に加わる心算も無いようだが、彼らの目的が『死体』だということを鑑みると、この状況で手を出さぬこともまた考えにくいことだ。 「ともかくはキマイラを倒し、紫杏派の目的を阻止することを一番に考えて欲しい。今一番止めるべきはそれだからね。お願い」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月29日(土)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● それは一年前、リベリスタが体験した聖夜の戦によく似ていた。 あの日、三ツ池公園に存在する『穴』は今なお、その脅威を見せつけるかのごとく空いている。その脅威のために、今宵またこの場所は戦場になろうとしている。 あの日守り抜いたこの場所に立ち、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)は自然と神妙な面持ちになる。 あの頃より自分は成長しているのだろうか。大事な人や皆を守れるように、正しく、強く。 リベリスタが対峙した敵、すなわち紫杏派とキマイラ、そして『倫敦の蜘蛛の巣』はまるでリベリスタの到着を待っていたかのように、冷静に戦闘態勢に入った。 「ここまで混沌とした様相は今までにない経験かもしれませんね」 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は思わず口から零す。恐らくどこかからこの様子を見ているだろう『楽団』を交えた戦況はまさに混沌。むしろリベリスタである自分たちの方が場違いなのではないか──そんな考えすら、『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)の頭をよぎる光景だ。だがリベリスタの目的は、その空気をぶち壊すことにある。 「やあ、リベリスタ諸君」 張りつめた空気の中、京平と呼ばれていた紫杏派のフィクサードが、おもむろにリベリスタに声をかけた。口調、表情、読み取れるどれをとっても友好的な感情ではない。彼と紫杏派の戦闘部門と思われるフィクサードが、杏子と呼ばれていた研究者を守るように囲んでいる。 「我々はちょっとここに用事があるだけだ。しかるに、手を出さなければこちらも危害は加えないが……どうかね?」 「それは挑発と受け取って構わないな?」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は刺のある口調でその言葉を蹴飛ばした。 「大勢でピクニックとは迷惑な。ゴミを散らかしに来るのは頂けないな?」 「あら、進んでゴミになってくれるなんて、手間が省けていいね」 杏子の言葉に透けて見えた苛立ちに、ユーヌはフッと笑みを零す。 「フィクサード同士の喧嘩なら彼らの間だけでやっていて欲しいのですが……場所が場所だけに、仕方ありませんね」 彩花が呟くように言う。言葉と合わせたかのように『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)がスッと前へ出た。 「奪わせやしない。この場所も、仲間もだ」 「俺は俺を超え、次の俺へと向かう。てめえらはそのための踏み台だ!」 相手を模倣するというキマイラ、その姿を見据えながら、竜一は快に続く。紫杏派、倫敦の蜘蛛の巣もまた、それぞれに行動を開始する。 ああ、なんて頼もしい面々だろう。離宮院 三郎太(BNE003381)はふとそう思った。こんなに心強い仲間と、一緒に戦っている。革醒してすぐのひとりぼっちだった自分ではない。 この戦いが終わった時色々なことを学んでいるだろう。そんな気持ちを覚えながら、三郎太は地を蹴った。 「だからボクは前の向いて歩ける! 戦えますっ!!」 ● 日本一危険な恋人たちが聖夜の逢瀬が、日本一危険な特異点。 洒落になったもんじゃないと『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)はしかめ面をしつつ、念を込めた。道力が作り出した剣を展開し陣を為す。ただのデートじゃ済まされない。 なれば、止めよう。ただそれだけだ。周囲の剣が一掃鋭く光る。 「そあら、ボクたちはボクたちのできることをなしとげよう」 「はい、こんな問題を起こすとか本気でやめてほしいのです」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の表情に分かりやすく怒りの感情が浮かぶ。聖夜の悩み事も今は脇に置かねばならない。 雷音とそあらは戦線の要たる回復役としてリベリスタの後衛に位置した。そあらはジッと目を凝らしてキマイラ、そしてフィクサードを観察する。 『足らずの』晦 烏(BNE002858)がまず放った眩い光線が、イレギュラーを除くすべてを覆い尽くした。自身を焦がす炎に彼らが悶える中、イレギュラーは構わずスッと前へ出た。 やがて最前衛で快や竜一、彩花がイレギュラーと接触する。竜一がやや大振りに二本の得物を打下ろすのを横目に、ユーヌが少し抜け出した。 「いやはや、ゴミ処理場にあったほうが輝きそうだな?」 『作品』の数々を嘲笑うように悪態を吐きつつ、ユーヌはキマイラを援護する紫杏派のフィクサードと対峙する。 「バカみたいな話だ。あんな前衛芸術の虜になるなんてな」 「紫杏様を愚弄するのはよした方がいいな」 京介を先頭に、紫杏派のフィクサードが得物を振り上げつつユーヌに接近する。その背後では倫敦の蜘蛛の巣が様子をうかがっている。『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は素早くユーヌとフィクサードの間に入り、彼女を守る盾となった。ユーヌは優雅に髪を掻き揚げながら、ゆったりと言った。 「さて、踊ろうか?」 着地した足下から大きく砂埃が上がる。快は歯を食いしばりながら、ドラゴンを見上げる。数々の神話で取りざたされる程巨大ではないが、快と比べれば数段大きくはある。気を抜けば戦意ごと削がれてしまいそうな強力さを、快は数度の攻撃から理解しつつあった。だが抑えきれると、快は自身の感覚で確信していた。 「この化物を作るのに、どれほどの人の夢を踏み躙ったんだ!」 研究者を叱責するように叫びつつ放った眩い光を放つ斬撃が、ドラゴンの腹に斜めの傷をつける。間髪無く咆哮をあげたドラゴンは、快を睨みつけて思いきり爪を振り下ろした。ヒヤリとした恐怖が一瞬で体中を巡るのを感じるが、快はドラゴンと適度な距離を保つ。背後からは、決して気持ちのよいものを切り刻んではいないだろう、グチュグチュと掻き混ぜる音が聞こえる。そしてそれが徐々に形を為していくのが、快には見ずとも理解できた。 イレギュラーは一度形を失くすと彩花を包み込むように身体を展開させ、彼女を飲み込んだ。数瞬の後、抜け出した彼女が振り返り見たのは、徐々に自身の形を為していくイレギュラーであった。やがて彩花と瓜二つの姿となったそれは、無表情で彩花を見る。 気持ちの悪さを吹き飛ばそうと彩花が動き出すよりも先に銃声が鳴り、イレギュラーの頭を吹き飛ばした。イレギュラーを構成しているであろう緑色の物体が断面に現れる。イレギュラーはそっと、視線をモニカの方へと変えた。 「あら、中身は違うんですね、残念」 面白くなさそうに鼻を鳴らして、モニカは再び虎殺しを構える。銃弾を装塡するのとほぼ同時、飛び上がった彩花の姿をしたイレギュラーが真っすぐ自分に拳を突き出した。モニカはすかさず引き金を引く。幾つも放った銃弾の一つにより左肩の一部が吹き飛ぶが、その勢いは止まらない。 雪崩のごとき拳圧が、モニカに激しい衝撃を与える。モニカは無感情に受け身を取り、体勢を整えつつイレギュラーを見る。欠けた部分が、徐々に彩花のそれに戻りつつあった。 「ああグロテスク。粉々にしてやりたいものですね」 モニカは皮肉っぽく言った。竜一が得物に力を込めながら、叫ぶ。 「俺が、この研究成果を評価試験してやるよ。まずは、耐久テストだ!」 イレギュラーは最初の無個性な人型から、姿を変えつつあった。彩花、『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)の形をしたイレギュラーは、動きさえも彼らに似せて、行動していた。まだ元の姿のままのイレギュラーは竜一を狙っていたが、間一髪で吸収を逃れている。 ドラゴンの咆哮が、そこにいたあらゆる生物の鼓膜を震わせた。それは苛立ちにも似た叫び。キマイラに僅かばかり与えられた思考が、思うように動くことの出来ぬことを嘆いていた。悲壮のまま、あらん限りの力を以て振るわれた拳を、快は冷や汗の感覚を覚えながらも避けた。 「らいよんちゃんも一緒だから、安心なのです」 そあらが雷音と共に癒しの息吹を、福音を、リベリスタに届ける。その音色は心地よく、彼らを癒す。雷音が一時も戦場から目を離すこと無く、呟いた。 「誰ひとり死なせない。死の人形劇なんぞまっぴらごめんだ」 ● 『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)は回復を行いながら、視線を遥か遠くに向ける。もう何度も確認した楽団員の顔は、笑っている。楽しそうかといえばそうではない。それが彼の無表情であるかのように、常に笑んでいる。何度見ても、そうだ。 彼がまだ動く様子は無い。フィクサードに対して手出しをしていない現状、彼が狙うとしたらリベリスタであろうが、まだそれが無いということは、彼がハイエナとして動くにはまだ『足りない』ということを意味しているのだろう。カイは安堵を覚えながら、ある種の恐怖を感じていた。見定められているというのは、なんとも気持ちの悪いことであった。 鋭く突き出された拳を受け、シビリズの膝が僅かに震える。シビリズが溜め息のように深く息を吐き、視線を飛ばすとすぐさま彩花がそれに気付く。シビリズの前に彩花が立つと、彼は上がる息を抑えながら言った。 「すまない、頼む」 「任せてください」 一つ大きく息を吸うと、シビリズは戦線から外れた。彩花は微かも視線は飛ばさず、降りかかる攻撃に対して合わせた。 「危ないぜ嬢ちゃん、死にたくねえなら退きな!」 「そっくりそのまま、あなたに返しますよ」 降りかかる数多の攻撃をうまく受け流しつつ、彼女は強かに言った。 「ミイラになりたくなければ、お帰りはお早めにお願いしますわ」 ユーヌの挑発につられること無く、戦線を上げてきた『倫敦の蜘蛛の巣』の一部が、キマイラの間を抜けて竜一に斬り掛かる。竜一はその刃を受けながらもイレギュラーから標的は外さず、全力でイレギュラーを叩き斬る。イレギュラーの一部が弾けるのも見ず、彼は言う。 「丁度いいな、これから倒すべき『倫敦』に『楽団』の力も計らせてもらうさ。そして俺は高みを目指す!」 それにはまず、異物が多すぎる。キマイラを潰し、紫杏派の目的を断った後でなければ、それもままならない。 『倫敦の蜘蛛の巣』は口を動かすことも無く竜一に迫る。だが、耳に届いた言葉に、彼は気を取られた。 「取り巻きのてめえらに何が出来るのかねえ、腰抜けが」 彼はふと快を見る。ドラゴンと相対した彼は、回復の厚さもあり未だピンピンしている。その顔は挑発的に、『倫敦の蜘蛛の巣』を睨んでいた。彼はフッと笑うと、快に向けて急速に接近した。 『倫敦の蜘蛛の巣』から距離を置いた竜一は、虎鐵と共にイレギュラーに斬り掛かった。弾けたイレギュラーの身体は、再構成が間に合わぬ程にボロボロだ。 「無様で、しぶといですね」 呆れた調子でモニカは言う。飛ばされた酸の雲を巧みに避けつつ、三郎太はイレギュラーの動きを観察しながら、やがて一気に距離を詰める。 「ボクの攻撃を覚えたとしても、キミは混乱状態。模倣したとして、どれだけ活用できますかね?」 イレギュラーが対応しようとして突き出した腕を御し、三郎太はがら空きになった顔に左手を押し付けると、地面に向けて一気に叩き付けた。頭に極大の衝撃を受けたイレギュラーは、やがて立ち上がるとクラクラと辺りを見回して、やがて対象を見極めて攻撃をする。その対象はリベリスタではなく、それと同じイレギュラー。イレギュラーは三郎太がしたのと全く同じ攻撃を、僅かの隙もなく繰り出した。 「イレギュラー……攻略完了です」 三郎太は呟き、リベリスタは総攻撃を仕掛ける。混乱の渦の中にあるイレギュラーは、彩花や虎鐵の攻撃を繰り出すも、なす術が無い。 「真似するだけの木偶の坊なんて、こんなもんですよね」 弾け、蒸発するイレギュラーを見遣りながら、モニカは呟いた。だが僅かの間も置かず、ドラゴンに照準を合わせて行く。 「ま、ドラゴンってその強大な力そのものが死亡フラグですよね。そもそも昔話で正義の味方にやられる為に作られたような存在ですし」 恐らくかの研究者が熱望したのであろうその怪物を皮肉りながら、モニカは淡々と引き金を引いた。 漸く訪れた救援に、快は僅かながら安堵した。ドラゴンとフィクサードに板挟みになりながらも、彼は決して屈すること無くそこに立ち続けていた。 「來來氷雨!」 ドラゴンに降り注ぐ氷の雨は、快を元気付ける恵みの雨だ。 「大丈夫ですか!?」 「倒れるわけねえだろうが、こんな所で」 三郎太の心配に、快は身体をグイと持ち上げる。 「さあ、竜の討伐だ。気合いいれてくぞ」 快の決死の攻撃や、中衛の攻撃に晒され続けていたドラゴンは決して傷一つない真っ新な状態ではない。むしろ身体のあちこちに障害が出てきているのだろうか、動きがギスギスしている感じを快は覚えていた。 三郎太が生み出した爆発が、ドラゴンの腹部に炸裂した。吹き飛んだ一部から、紫の肉質が見える。先ほどまでの攻撃や、今の自身の攻撃から、三郎太はこの竜は強靭ではあるが、決して頑丈ではないことを察する。どちらに弱いというわけではなく、どちらにも、弱い。 一方で、三郎太は味方の疲弊も感じていた。イレギュラーやドラゴン、そしてこれからフィクサードを対処するのに、足りないと。 「ボクはここからはチャージに回ります、正念場ですっ!! ありったけを攻撃につぎ込んでくださいっ!!」 「おっしゃあ、ぶっ放すぜ!」 竜一が突っ込み、二刀の剣を同時叩き込んだ。ドラゴンの鱗が破裂したように弾けとんだ。嘆くように吐き出した炎がリベリスタを焼くが、そあらは炎が吹き止むと同時に、福音を響かせた。 「倒れるわけには、いかないのです!」 その癒しは、与えた活力は、異形の命を削る刃となる。弾丸が、斬撃が、魔力が、あらん限りの攻撃が、ドラゴンを包み込む。その圧倒的な光景に、『倫敦の蜘蛛の巣』も思わず身を引いた。フィクサードにまで及ぶ攻撃の嵐は、激しい。 鼓膜を打ち鳴らす叫び声が上がったかと思うと、雪のように火の粉が舞い落ちた。それは身を焦がすには十分な熱を持っていたが、痛みは雑作も無いほどであった。徐々に空気の震えが弱くなり、ドラゴンは天に助けを求めるように、伸び上がった。だがその願いは決して、届かない。 鈍い衝撃と共に、ドラゴンは地に伏した。傷に塗れたその身体は、もはや動いていないのが当然のごとく現実味を帯びている。それはきっと、作り物として正しい姿であったのだろう。 「やっと、動いたようダ」 カイは憂鬱そうに告げた。キマイラを殲滅し、フィクサードの突破に向かおうとしていた彼らには、悲壮的な悪報。耳を澄ませば、足音が聞こえてくる。 目的は決まっている。標的は、リベリスタ。 ● 庇われているユーヌが思わず前に出たくなる程だった。彩花は傷だらけで、フィクサードの相手をしている。シビリズから役目を受け渡された彩花だったが、シビリズにしろ彩花にしろ、一人で全てを受け持つのはやはり厳しいものがあっただろう。 キマイラが倒れ、フィクサードは一時的に攻撃の手を止めた。彩花が息を吐くと、リベリスタが彼女を取り囲むように集結した。キマイラの周囲にいた『倫敦の蜘蛛の巣』は、フィクサードの中に戻っている。 「ようやくゴミがあるべき姿に戻ったようだな」 ユーヌが言うと、杏子は分かりやすく怒りを顔に出す。杏子が前に出たがるのを制して、京平は斬り掛かる。紫杏派、『倫敦の蜘蛛の巣』も同様だ。冷静に対処しつつ、雷音が口にする。 「楽団が君達が倒れるのを狙っている。死ねば、操られ、人形になるだけだ」 それは忠告だ。『楽団員』に殺され、操られるのは、誰にとっても本望ではない。 「だから何だって言うの?」 雷音を狙った四色の魔光が、彼女の脇を抜けていく。 「さっさと逃げた方がいいですよ。此処に居ても死んで楽団に操られるか、我々に粉微塵にされるかの二択ですから」 モニカが無感情に言った言葉は、彼女の得物の悲鳴に掻き消される。 「貴方がたも、死んだ後は墓ぐらい入りたいでしょう?」 「楽団とやらが、何処にいるってんだよ?」 京平が竜一に斬撃を加えるが、竜一はその首を掴み、耳元で呟いた。 「もう、そこまで来てるぜ」 そこにいた誰もが行進の音を聞いた。足並みの揃わぬ雑多な集団が、自分たちに向かってきているのを、紫杏派のフィクサードは漸く自覚した。 「おっと、無粋だな? 輪に加わりたいのは良いが協調性がないな」 ユーヌが嫌味ったらしく言うのと裏腹に、紫杏派のフィクサードは徐々に後退していた。彼らを支配し始めていたのは紛うことなき恐怖である。彼らとて決して介入を予想していなかったわけではない。だがいざ相対すれば、感情は容易に覆る。頼りにしていたキマイラも、既にその力を失ってしまっているのだから。 「六道ここは引け! 楽団とアークに邪魔をされたとあれば、面目も立つだろう!」 雷音の言葉が決め手となった。まず杏子が逃げ出し、それに続いて、紫杏派のフィクサードは戦場を後にした。『倫敦の蜘蛛の巣』は様子を見ながら、徐々に戦場から離れていく。 「ほら、俺らも早く逃げるぞ!」 迫り来る死体の群れの前に立ち、快が言った。あれだけの戦力を相手にした後だ、リベリスタの傷が浅いはずが無い。快を殿に徐々に後退し、戦場を後にする。 『楽団員』の目的はもう叶わない。しばらく徘徊した後、マクシミリアンは死体と共に消えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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