●華道 「七草先生」 何てことない道端で、華道教室の生徒に呼び止められてしまった。花盛りの女子高生、名は……思い出せない。きっとどうでもいい人間なのだろう。 七草 六花は常識がある。昼間っから着物姿なのだって、個人宅に華道を教えに尋ねていたせいだ。歩みを止めて、愛想よくおじぎした。 「先生、お久しぶりです。榊原ですよ」 人懐っこい犬みたいに小走りで駆けてきて、はしゃいでる。黒のポニーテールが躍動的だ。 「すみません。あんまり貴方が見違えて綺麗になってるものだから、つい」 そうお世辞を言ってあげると、水をやれば芽吹いてくれる種のように微笑んでくれた。 悪い気はしないけれど、これから待ち合わせだ。早々に切り上げて、あの人に会いにいかないと。表社会に溶け込んで暮らすのは楽しいけど、時どきこういうのが厄介だ。 ――待て。 牙だ。眼鏡を正して、もう一度つぶさに確かめてみる。 やっぱり、榊原という少女にはちいさな牙が生えている。なるほど、別人だと思うのも無理はない。どうも寝ぼけていたみたいだ。我ながら“香水”が利きすぎてたらしい。 革醒者だ。 そして向こうは六花のことを革醒者だと気づいていない。どこの会派かは、まぁいいや。 ちょっと面白い。 「久しぶりにお会いしたんです。行きつけの喫茶店でハーブティーでもご馳走しましょう」 「え、いいんですか! それじゃお言葉に甘えて!」 ポケットの中を探る。香水の小瓶は確かにあった。今日はツイてる。 「アタクシを待たせるとは、新参のクセにどういう了見ですの!」 鞭が唸る。 六道の兇姫――六道紫杏はハッキリと怒りを露にしている。鞭を“盾”で受けとめ、怖気づくこともなく七草はガーデンテラスのイスに着席した。大きな荷物を降ろして。 「すみません。貴方に素晴らしいものをお見せしようと張り切りすぎたものだから、つい」 「研究成果は、まさかこの蝶が舞い花が歌う凡俗じみたお花畑のことかしら?」 「いえいえ、まさかそんな」 香水の小瓶をテーブルに置き、七草はのんきにハーブティーを煎れはじめた。 「これは……?」 「嗅いだりしてはなりませんよ、力の弱いの革醒者は薫りだけで昏睡します」 「で、その実験にソレを捕まえてきたというの?」 横たる少女――榊原を軽く紫杏は足蹴にしてやる。さきほど鞭で打たれても目覚めないほどの深い眠りだ。これしきで起きるはずもない。 「これは新しい実験材料です。今日“偶然”昔の教え子に出会って、“たまたま”革醒者で、“ちょうど”ヴァンパイアだったので、“ついさっき”新しい実験を閃きました」 のほほんとした調子で堂々と言ってのける。七草の言動は行き当たりばったりを通り越して、なにかもっと超然とした素質のようなものを感じさせる。 狂気を欲す六道紫杏にとって、このほんわかとした女の狂い方には期待すべき価値があった。 「さしあたって、そうですね。 活けるとしたら、まず片目に薔薇を――というのはいかがでしょう?」 六花の手にしたハサミはすっと何気ない手つきで少女の左目を抉った。華道家や庭師が、枝葉を切り落とすようにさしたる深い感慨もなく。 悲鳴はない。この空間すべてが淡々としている。 六花は庭園の薔薇を一輪ちょきんと切って、花瓶のように眼孔へ活けた。 「うん、よし」 「マイペースね」 何事もなく椅子に座ってハーブティーをすする六花に、紫杏はいたく上機嫌となっていた。 ●畦道に咲く 品評会の日がやってきた。 否、正しくは三ツ池公園の“閉じない穴”を巡る紫杏一派の一大攻勢の決行日だ。 しかし七草 六花にとって、あるいは他のキマイラ研究者にとっても今夜はじまる一大決戦はこれまでの成果を発表する、晴れの舞台だ。六道は目的と手段の差が時どき曖昧だ。 南端、正門を入ってすぐの左側にある田んぼを七草は展示の場に選んだ。 先行する仲間らにやや遅れて進み、七草は田んぼに陣取った。正門を一望でき、アークのリベリスタや『楽団』の増援を食い止め、また進軍する味方の背後を守りつつ後方支援を行うことができる。なかなか良い場所を得られた。 四羽、水鳥は夜空を舞った。 植物と鳥類の融合したキマイラ『カモミール』は一見して温和な見かけによらず、強力な睡眠作用のある自らの薫りを飛びまわりながら蔓延させることができる。 そして本命――。 振袖着に白衣を重ねた七草は、茨の棺を畦道のぬかるみに突きたてた。念じ、命ずる。すると茨の棺はぞわぞわと蔦を広げてゆき、水田に巣食いはじめていった。瞬く間に、茨の庭園が出来上がる。その中心に、棺は安置されていた。 ● 貴方たちの役割は、正門の安全を確保しつつ紫杏一派の後方支援部隊を叩きつぶすことだ。 待ち構えているキマイラ群の情報は、万華鏡を以ってしても万全とは言いがたい。火急の事体だ、やむをえまい。 行く手に待ちうけるのは、茨の城と化した田んぼ。奥底には眠り姫。空を舞うのは、白い花を至るところに乱れ咲かせた悪趣味な水鳥だ。 ここを叩いておかねば、前線の仲間が一層の劣勢を強いられる。 薙ぎ払え、芳しき異形の花々を――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月30日(日)23:34 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●白い薔薇 夜闇を抉り、鉄馬のテールライトは紅の三日月を描く。キィィとけたたましい音をあげ、ブレーキング痕をアスファルトに刻みつけ。 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)は颯爽とバイクより降り立ち、前照灯を水田の暗闇へと向けた。 ここは公園だけあって、水田に隣接する並木道には心許ないが街灯も点いている。 「こうも悪趣味な庭園に見物料を払ってくれるのは黄泉ヶ辻くらいよね、きっと」 しゅるり、しゅるり。茨の城は絶えず蔦が流動し、獲物を待ちわびている。緑樹の楼閣の奥底には、少女の棺は眠っている。 ところどころに慎ましく咲く薔薇は、名に反して淡い白を帯びて気品があった。血染めの赤という安直な色彩美ではない。白い花弁は夜に映え、かえって深紅よりも美しかった。 茨も無秩序に広がっているわけではなく、どこか庭園めいていて、正面には来訪者を歓迎するようにアーチ状の門さえ築かれていた。踏み込めば、そこは迷宮であろうが。 「美しく咲き誇ろうとする在り様は、亡き眠り姫の儚き願い――」 『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)の澄んだ横顔が、彩歌のビードロじみた眼球にうっすらと鏡面反射している。 「フィアーっとく?」 「この所感は、あるいは私の内に眠る狂気の芽生えでしょうか。これが七草六花の求める美――」 オッドアイの吸血鬼はおだやかに、されとて妖しく微笑んだ。 「綺麗な花には、棘があるといいますから。きっと、茨と薔薇の棺に捕らわれた榊原さんは、美しい表情で眠っているのでしょうね?」 ●橋頭堡 少年は颯爽と躍り出る。 『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)はAFを巧みに打鍵した。 「リロード!」 次々と“布団六点セット”が水田にどぼんと沈んだ。吸水性が高い布団を安定した足場にしようという策だ。密林靴も忘れない。他の面々も各自、布団と足まわりの工夫を欠かさなかった。 水鳥とハーブのキマイラは、敵襲にあわてて一斉に飛び上がった。 すかさず陸駆はナイフを手にして弾道演算を元に最適解を実行に移す。 「死して地獄で誇れるよう、僕のサインを刻んでやろう! りっくんレイザー!」 陸駆のナイフは夜闇に不可視の白刃を幾重も描く。まさに指揮者の如く。 パチンッ。指を鳴らすと共に軌跡は転移、四羽の花鳥を切り裂いた。 「ちっ、不確定要素がまだ多いか」 カモミールは未だ優雅に飛翔している。命中の寸前、紙一重で直撃をかすり傷にまで軽減されてしまった。見事な編隊飛行は七草の指揮のせいだろう。 超直観で観察眼を強化した面々は、“睡魔の薫風”の滞留と濃淡を見極めんとする。しかし手がかりは掴めず、迂闊な前進はできかねた。 『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)はとんがり耳を立て、集音の異才を頼りに観察し。 「……微風、九時方向へ。風下にまわりつつ進みましょう」 そう提案し、さらに微細な音に基づいて七草 六花の居場所までをも指差した。 「七草さん、そこに居るのはまるっとすりっとお見通しです!」 茨の城の棺、その背面の影より七草はゆっくりと姿をみせた。和服に白衣を羽織る奇異ないでたちに、優しげでたおやかな佇まい、理知を示す眼鏡、優美な顔立ちは美人華道家と称して異論もあるまい。存外、毒のある花とて美しいものだ。 剪定バサミを手にしていた七草は、今度は手帳にペンを滑らせた。 「羊。綿花。たんぽぽ。――ふむ、新しいアイディアに感謝せねばなりませんね。 ……それで、みなさんはどちらさまで?」 どこかのどやかな七草の一礼に、温和な光介も怒声が喉から溢れてきそうになった。しかし沈着冷静に務め、ブラッディローズの情報解析を最優先した。 「術式、おののく羊の閃き――!」 解析に成功する。一挙に、光介の中へと情報の濁流が注ぎ込まれてゆく。 「皆さん、敵の情報です!」 AFに解析データが転送、全員に共有される。 「わたくしも!」 黒衣の埋葬者『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)は続けざま、黒いベール越しに七草六花を見定め、解析しようとする。しかし失敗だ。自ら戦う姿勢を見せない七草は、解析するには得られる情報が限られていた。 茨の園の向こう側、七草 六花は涼やかに佇むのみ。 黒猫と赤猫は茨の園をあざやかに斬り捨ててゆく。 『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)と『刹那たる護人』ラシャ・セシリア・アーノルド(BNE000576)は二人揃ってデュランダルのビーストハーフ、かつ猫だ。お互い前衛に陣取って戦うために自然と画になっている。 「花は自然に咲くからこそ美しい。だというのに」 五月は刀を一閃させる。紫花石はアメジストの残光によって七草の美を否定する。 「同感!」 ラシャは裂帛の闘気を込め、一気にブロードソードを振り下ろす。剣気の爆裂と共に、茨を根こそぎ消し去った。その剣撃は敵の再生力さえも断ってみせる。 「うん、気合は十分みたいだな」 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は両者に負けじと中衛につき、至高の堅守によって後衛である光介へ迫る茨を遮り、薙ぎ払う。 「助かります!」 「礼には及びません。それに光介殿を欠けば睡魔の脅威は一挙に増します。貴方を守り抜くことが我々の完全勝利へ繋がる。私は、何としても七草を討つ覚悟です」 騎士然としたアラストールは義憤に燃えていた。 『愛の反対は憎悪ではない、無関心である』誰かの名言だ。 七草という女は、何の感慨も無く他を食いつぶす。その在り様こそ純粋な邪悪そのものだ。誰にも増して、アラストールは七草を断罪せんと気炎を上げていた。 ●赤い薔薇 「えーと……」 七草は手帳のメモを手に、ド忘れしたキマイラの材料名を思い出す。 「そう、春奈さん」 茨の棺が、するすると解けてゆく。 一糸纏わぬ美しい少女の素肌に、濃艶に絡みつく茨。左の眼孔に咲く薔薇は、白い。背徳的絵画を想起させる光景だ。七草はそっと耳元でささやく。 「貴方は美しい。 赤き月明かりを浴びることで、ブラッディローズの白薔薇は完成します。――ね?」 左目の白薔薇が、雫を一滴こぼした。 夜空に広がる波紋。波打つ星の昏き海。 ブラックキャンパスは一点、ちいさな“赤”に彩られる。 ぼんやりと、暗闇の水底より紅の月が浮かび上がった。赤い月。バッドムーンフォークロア。呪力によって形作られる赤い月の幻像は、呪力の波動によって全てに不吉を告げるといわれている。 呪いの月は赤い薔薇となり、雅にも咲き誇る。 ローゼスムーン。紅の波動が全てを染めあげてゆく。 ブラッディローズの咲き乱れる白薔薇の園が、この時はじめて己の名の意味を体言した。 陸駆は三度目のファントムレイザーを空間に刻みつけ、敵座標へ転移させようとした。 しかしだ。 「ぐっ」 一瞬、意識が遠のいた。ハッと我に返り、愕然とする。今まさに切り刻んだのは敵ではない。味方だ。赤い月の忌々しき幻惑に陸駆はギリリと歯噛みする。 「怪我はないか!? くっ、僕としたことが!」 「なに、案ずるな」 アラストールは祈りの鞘を楯に凛々しく微笑する。その背後には、光介が。 「術式、迷える羊の博愛!」 聖神の息吹を行使する。全体攻撃と全体回復。紅の呪詛と白の祝福は鬩ぎ合い、拮抗する。しかし長時間の継続は不可能、先に光介の余力が尽きることは明白である。 一進一退。文字通り、泥沼の中、ローゼスムーンの悪夢はつづく。 ●花鳥風月 悪戦苦闘はつづく。 カモミールは巨大な茨の園の上空を舞う。五月やラシャの斬撃の間合いを避けているのだ。 さらに睡魔の薫風が吹きつける。 超直観での滞留把握も、直接の薫風攻撃には無意味だ。逆に挙動で着弾ポイントが読めるため、回避力が物を言う。しかし、四羽の波状攻撃すべてを回避するのは困難だ。 ロマネが、ラシャが、五月が。先んじて攻撃を仕掛ける間もなく、次々と睡魔に意識を奪われてゆく。そこへローゼスムーンの波動が降り注ぐことで激痛と共に目を覚ます。光介の息吹の癒しがなければ、戦線崩壊は必至だ。 まさしく花鳥風月の悪夢である。 かくて攻め手に欠く中、ふたりの少女が逆転の兆しを見せる。 スペードと彩歌だ。 「まだ、倒れるわけにはいきませんから……ッ!」 Manqueの青い刃に、血の赤が這う。己の足に剣を突きつけ、自傷の痛みによってスペードは意識を無理やり覚醒させ続ける。生半可な痛みでは事足りない。スペードは躊躇なく太ももに刃を抉り込み、筋肉の糸がねじ切られる音を耳にした。 彩歌は万全だった。 三種の無効化の異能に拠るものだ。今の彩歌には呪詛も魅了も睡魔さえも通用しない。殺傷力の低い薫風など、彩歌にとっては花畑に薫る涼風でしかない。 「……いっしょに仕掛けたいんだけど、ね、動ける?」 「無論です」 つぷりと青刃を抜くと、スペードは力強くうなずく。 「せーのっ!」 一挙一動、息を重ねてユニゾンする。 彩歌のガントレット、論理演算機甲「オルガノン」が微細な変形を重ねてゆく。メタルフレームである彩歌の神経系とリンクすることで瞬時に演算処理を行い、最適解を導き出し、実行に相応しい形へと移行するのだ。 スペードが先んじる。己の血に塗れた青刃が、漆黒の色を帯びてゆく。呪詛が逆流する。白魚のような指先を、腕を、黒い紋様が蝕み、根を張ってゆく。湛える闇が深みを増すにつれて、スペードの表情は更なる苦痛に歪んだ。 夜空を舞う花鳥の一群をねめつけ、スペードは彩歌と共に深遠の闇を解き放つ。 「演算終了、ここに解法を述す。ピンポイント――」 「“常闇”」 「スペシャリティ!」 疾走する。青き闇の一閃をデコレートするように、幾重もの銀の気糸が追走した。 射抜く気糸。二分する常闇。 翼を、首を、花弁を、眼を、気糸が慈悲もなく貫く。そうして怯んだ瞬間を、漆黒を纏った剣気によって一刀両断する。花が散り、羽根が地上へ降りそそぐ。 そしてハイタッチの軽快な音が夜空に響いた。 ●執着なき華道 「ああ、素敵な花火ですね。たまや、たまや」 カモミールの最後を見届けた七草は、剣呑な感想を述べると白衣を翻して背を向けた。 「じゃ、箱舟のみなさん、よいお年を」 「待ちなさい!」 「何です?」 立ち去ろうとする七草を呼び止めたのは、烈火の怒りを示すアラストールだ。両者の間は、分厚い茨の園で隔てられている。距離も遠い。迅速な突破は不可能だ。 「なぜそうまで無関心に振舞えるのです!」 「……さぁ?」 小首を傾げて。 「花火といっしょです。しゅー、ぽっかーん。盛大に打ち上げて、感動して、はい、おしまい。 この心の夜空に大輪の花を咲かせたならば、もう、それでいいかな、と」 七草は白衣を脱ぎ捨て、隠していた白い翼を広げた。 逃走される――! 激昂したアラストールは追いすがろうとするが、それを五月とラシャが二人で制止する。 「離せ! 元凶を討たねばこの不幸の連鎖は終わらない!」 「元凶は紫杏と六道だろう?」 ラシェの鋭い眼光に、アラストールは息を呑む。 「――罠だよ、アレは。直感だけどさ」 茨の園を薙ぎ払いつつ、五月は戦いの手を休めずに語る。 「幾度あいつが花を咲かせてもオレが散らす。いや、オレ達が手折る。 ――六道紫杏にあいつは遠く及ばない。紫杏を断てば、あいつも枯れる」 「今は確実に勝つ。それっきゃないんだ」 ふわりと夜空へ飛び去る七草。去り際さえ、そっけない。 「私は、私はぁ……ッ!!」 騎士は己が無力さを呪い、紅の月夜に慟哭する。 ●眠り姫 ブラッディローズは暴走をはじめた。 七草六花の逃走後、キマイラは本能のままに暴れまわる。ローゼスムーンの脅威は依然として続く。否、むしろ悪化していた。 撃滅するには核を奪う他にない。 光介の解析によって、ブラッディローズの性質は明らかになっている。中核となる榊原 春奈は、キマイラと化しつつ自我を保っている。茨の園と榊原は意志が分離しつつ連動している。 棺を壊して少女を奪回せねば、最大の脅威たるローゼスムーンは止まらない。どれほど破壊してもありえざる勢いで再生する以上、この手しかない。 神葬 陸駆は提言する。 「覆水不返だ。ミルクティから紅茶とミルクは分かつことはできない。 だがそれを為してみせるのが天才だ! 榊原 春奈の生還はあるまいが、ならばせめて人として死なせてやる!」 まず光介の回復を礎に、その守衛をアラストールが務めることで回復・防御を担う。突入は、陸駆を中心としてラシャ、五月、スペードは茨の園を薙ぎ払ってゆく。プロアデプトの彩歌とロマネは気糸によって蔦を狙い、茨の園の外より援護する。 一致団結した連携なくして成功は成し得ない。一同は、想いをひとつに棺奪還作戦を決行した。 「些か、華と呼ぶには醜悪に過ぎ、棺と呼ぶには静謐に欠けるというものです。 墓ならば、わたくしめにお任せを。穏やかなる永久の眠りのあらんことを」 第一手。巧みな気糸裁きによって、ロマネは蔦を切断する。 「さぁ参りましょう」 スペードが先陣を切り、茨を薙ぎ払って道を作る。まだ足りない。 阻止せんと迫る新たな蔦を、すぱんと彩歌の気糸が断つ。 ローゼスムーンの波紋が降り注ぐ。大なり小なり手傷を負うが、アラストールが最後尾を完全に守り抜く。すかさず光介が聖なる吐息の祝福を与えた。 後方より迫る茨の蔦を排除すべく、スペードは足を止めた。先に進む三者は、棺に辿り着く。 「オレの番だな」 颯爽と躍り出た黒猫は棺に蔓延る蔦をものの見事に切り捨ててみせる。 が、榊原 春奈の遺体の内側よりしゅるしゅると蔦が湧き出して癒着する。これではキリが無い。 「やはりな! 僕に時間をくれ、三十秒で蹴りをつけよう」 「承知!」 ハイテレパスに集中する陸駆の背を死守すべく、ラシェの剣は邪魔するものを皆ぶった斬る。 『聴こえるか』 『……あ、なたは?』 『榊原春奈、いつまで寝ているつもりだ。 貴様にまだヒトとしての意識があるなら抗え! 目を覚ませ!』 長かった。 敵の懐中にて、四方八方より迫る茨の蔦をいつまで切り伏せつづけるのは不可能だ。 誰もが傷つき、疲弊してゆく。 「わたしは……」 茨の棺が解け、榊原 春奈は茨を纏った裸身のまま解放される。 「よし! 脱出だ!」 ラシェは榊原を背負うと全速力で駆け出した。再び、全員一丸となっての一斉攻撃によって脱出の光明を切り開く。そして見事に脱出を遂げたのだった。 そして最後の仕上げだ。 「動き回る花など、華道の世界で許されるものではないでしょう? さぁ……告別の時間です」 ロマネの気糸が白薔薇を散らす。やがて八名の手によって壮絶なる鎮魂曲が奏でられた。 ●手折れ、儚き命の花を 「――わたくしの準備ならば、整いましてございます」 四匙スペエドと錆薔薇シャムロック、二つを一つにして埋葬者たるロマネは佇む。 公園にありがちな、桜並木の一角に深い墓穴が掘ってある。冬の桜は繁りもなく、いずれ春に咲き誇るさまを想起するのも難題だ。 「ここに、わたしは葬られるんだね」 榊原 春奈は浅き墓穴の深き闇を覗いた。声が、震えていた。 一糸纏わぬ姿に茨の蔦が絡みつく。そんな幻想めいた妖しい裸身は皮肉なまでに美しい。それでいて、悲壮なまでに心は普通の少女そのまま。 ぽろぽろと涙が出るのは、やむをえまい。 「これから、どうなるの?」 俯いたまま、面を見せずに陸駆は淡々と答える。 「結論を言おう。君は、死ぬ。 ――僕らが殺すんだ。キマイラと化した人間を救う術は無い。フェイト無きエリューションと化した今、泣こうが叫ぼうが君はアークにとって討伐対象でしかない。 死体さえ満足に遺すことはできない。楽団の手に渡る余地のないよう、完全に分解する。原形は遺せない。解体し、焼却し、埋葬する。 ヒトとして潔く死ね。僕らにできる君への救済は、それだけだ」 誰もが悔やみきれない想いを、沈黙に託すしかなかった。 「――紙とペンと、時間をちょうだい」 綴る。少女は最後の手紙を綴る。華道を嗜んでいた春奈の筆跡は丁寧で軽やか。どことなく、その人となりを感じることができた。 三通の手紙は、彼女の家族と友達へ。そして一通は、貴方たちへ。 「……さっ! どうやって死のうかな! こんなカラダだもん。楽に死ねる方法なんて、あるのかな? ……なーんて」 ポケットを探る。七草アロマの小瓶に、一枚のメモ。 『花は散り際こそが美しい。どうぞお使いください。――先生より』 「だってさ」 春奈は、最期に笑おうとした。涙を拭って、とびっきり笑おうとした。 けれど、できなかった。 「わたしの最期の望み、わかる? 貴方の心へ、どれだけ深い爪痕を遺せるんだろう。どうやって劇的に美しく死ねば、忘れられずに済むんだろう。――そんな考え、おみとおしだったみたい。 こんなの全然、美しくも何とも無いのにね」 小瓶のコルクを外す。薫りに、瞼が閉じる。 「――ねえ、春になったら、いつか――」 眠る。 永久に眠る。 血と刃の子守唄によって夢の彼方へ屠られる。 三ツ池公園正門の並木道――。 桜の下にて、乙女はとこしえに次なる春を待ちわびる。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|