● フィクサード主流七派『六道』首領六道羅刹の異母兄妹、『六道の兇姫』こと六道紫杏。そして彼女が造り上げた生物兵器、『キマイラ』。 それらが神秘の裏側で動き始めてから半年以上が経過した現在。紫杏率いるキマイラ達が三ツ池公園へと大挙襲来したという情報が入り込んで来た。 三ツ池公園といえば、ケイオス一派である『楽団』の木管パートリーダー、『モーゼス・"インスティゲーター"・マカライネン』の攻撃を受けてから然程日は浅くない。アークとしても警戒を固めている現在、何故このタイミングに押し寄せて来た理由は不明であるが、おそらく『閉じない穴』が目的なのだろう。彼女は自身の研究の向上を目指す為、穴を用いて崩壊度を上げる事を目論んでいると思われる。アシュレイによると、バロックナイツのモリアーティ教授の組織が援軍を派遣しており強化された勢力との闘いになるらしい。 彼女達を好き勝手に放っておいてはいられない。だが大規模な部隊を率いる紫杏派に少数で対応するのはアークにとっても大きな動きを強いられる為に、いささか困難な作戦になる。 しかし大規模な作戦を決行するとなると、『楽団員』の目を惹く事も有り得ない事ではない。「強力な死者が生まれる状況」としては、うってつけの漁り場なのだから! 今回、アーク所属のリベリスタ達は紫杏派と教授による連合軍に先んじて三ツ池公園に布陣する事に成功する。 聖夜を前にした迎撃戦。 奇しくもそれは、かつて繰り広げられたジャック・ザ・リッパー達との闘いにおける状況と似ているものだった。 ●池の畔にて どろり、どろり。べちゃ、ぬる、ぐちゃり。 三ツ池公園、中の池付近。閑静な夜の公園内で明らかに不釣り合いな粘着音が地面をつたう。 その後方からは人間のまばらな足音。地面を這い回る異形の物体からは然程離れていないが、彼等は特に気に留めていない様だった。 先頭を歩くは五人の年端も行かないであろう少年少女。其処から後方のやや離れた位置を20代程のビジネススーツを纏った男女が歩く。前述の少年少女と違い、彼等は何処か日本人離れした容姿だ。 「ああ、とても素敵な夜になりそうだ。……そうは思いませんか、沙凪"君"?」 眼鏡を掛けたスーツの男が、一番前を歩く人物に話し掛けた。それは禁句だったのか、否か。呼称を強調され、振り向いた「彼女」——沙凪ハツはギロリと発言の主を睨みつける。わかってはいたが、相手の様子が特に変化した様子が無い事が尚更苛立ちを増す一因となった。 「……あたし、やっぱりこいつら信用出来ない」 「まあ、ビジネスなので個人の感情は割り切っていただかないと。私はそのつもりですし」 それは遠回しにお前も信用出来ないと言ってるも同然で。ハツは苛立をぶつける様に小石を足蹴にした。しかしこの程度では収まり切らず、燻る感情は次第に募り積もって行く。 確かに自分達は構成員の一部でしかない。手駒として使い捨てられる覚悟は出来ている。しかし、少なくともグループを率いる自分だけでもそれなりに実力を付けているつもりだった。 だから、得体の知れない外国人をいきなり援助に加えられた事が気に入らない。 (あたし達、そこまで弱かったって言うの) ふと頭に過った不安をねじ切る様に唇を噛み締める。 こいつらの助けなんか要らない。全部皆でやり遂げてみせる。下っ端であろうと、使い捨ての手駒であろうと。弱くないって証明してみせる。 そんなハツの心中を察してか、察せずか。後方を歩く男は己のペースを崩さず話し続ける。 「私共が支援いたしますので、お仕事の方に集中していて下さい。頑張って下さいね、何せあなたはリーダーなのだから!」 「……ざけんな」 あなたはリーダーなのだから。あなたはリーダーなのだから。 その言葉は何度も何度も、ハツの頭に重く響いて。 ざわりと風が立ち、水面に少しずつ波紋が広がっていく。 僅かに残る静寂も、終わろうとしていた。 ● 「六道紫杏一派が動き出したみたい。場所は三ツ池公園。今なら先回り出来るから、急いで」 何時になく慌てた様子の『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)から伝えられた言葉に、リベリスタ内で僅かに動揺が起こる。 つい先日、ケイオス率いる『楽団』から襲撃を受けたばかりだ。 六道紫杏。彼女が動き出すには、いささか早過ぎるのではないか。 「バロックナイツのモリアーティ教授が協力している。何時もより更に大規模で押し寄せているから、分担しての対応をお願いしたいの」 畳み掛ける様に、イヴは早口で情報を述べる。モニターからは不機嫌そうな少女の顔、続いて同い年位の少年少女、西洋人の男女の顔が次々と映し出された。 「敵は紫杏派の構成員が五人、それからモリアーティ教授の組織による援軍が二人。エリューション・キマイラを使役している。紫杏派はプロアデプトとホーリーメイガスとクロスイージスとソードミラージュ、あとデュランダル。前者の四人はみんなと同じくらいの強さ。……だけどデュランダルの沙凪ハツ、彼はかなりの実力者だから気をつけて。援軍の二人は、スターサジタリーとクリミナルスタアのスキルを使ってる。今回は支援に徹するみたいだけど、実力は未知数だから用心するに越した事はないかも」 ぱ、ぱと画面が切り替わり。そして元の黒い姿へと戻る。 「エリューション・キマイラは十体。フェーズは1。大きい虫が粘液を纏って這いずり回ってるの。種類はカブトムシとか、コオロギとか、蝉とか色々あるけど攻撃手段は同じ。粘液で纏わりついて相手を溶かしたり、体力を吸い取って回復したり」 「それ、どれ位大きいんだ?」 「私くらい」 「うわあ」 聞くんじゃなかった。キマイラのみ口頭で述べたのは彼女なりの優しさかもしれない。 閑話休題。イヴはホワイトボードに貼り出した地図の一部にぐるぐるとペンで丸印をつける。 「今回みんなが向かう所は中の池付近。キマイラは全部倒して来て。フィクサードの生死は問わないよ。……けど、これ以上の進軍は許しちゃ駄目。喰い止めて」 ● 様々な人間の思惑が絡み合う中。 形無き蟲達はどろり、どろりと地を這い続ける。 彼等は自らを使役する者達の思惑なんてどうでも良く、ただ助けて欲しかった。 しかし発せられる声は僅かな呻きにしかならず、直ぐに薄れ消え去るばかりで。 ……その叫びは誰にも聞こえなく、届かない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:裃うさ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月29日(土)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●蜘蛛と虫と 水と森林で彩られた、美しい空間を汚すかの如く。半ば融解しかかった外見の虫達が、軍隊の様に歩く。 「……先回りされてたとか」 その後方で、思い通りにならない状況に舌打ち。彼の居る場所から人影はまだ見えないが、沙凪ハツの嗅覚は尋常でなく鋭い。未だ見えぬ箱舟の方角を睨むと、歩くスピードを強める。後方に纏わり付く異国からの援軍が合流しなければもっと早くに到着していたかも知れない。そう考えると余計に苛立ちは増すばかりで。 「せいぜい、駒になって貰うわよ」 コイツは仲間達とは違う。援助されるならその分利用して真っ先に捨てればいいだろう。 そう、この目の前の虫達の様に。 ハツの言葉に男は無言で微笑んだ。その姿がまるで嘲笑っている様で尚更に忌々しい。 己の苛立ちをまだ相見えぬリベリスタへとぶつけるが如く、ハツは地面を蹴る。 ――――ざわり。 同時に一層強く吹いた風が、穏やかな池の真上を波立たせた。 ● 「遠方に人影が見える。現れた様だな」 三ツ池公園、中の池が見える付近。 人並み外れた観察眼を持つ『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)が敵の来襲を告げる。 「やっとー? あんまり遅いから待ち草臥れちゃったかもー」 十の異物を引き連れ姿を現した6人の男女に気付くや否や。無邪気な容貌で『深青』マルグリット・コルベー(BNE001151)が緩やかなペースを崩さず語りかける。これ見よがしに放たれたその言葉は挑発と言っても差し支えは無い様で。ハツが露骨に顔をしかめるのを、彼女は見逃さない。 「どうしたんだいお嬢さん、そんなに大勢引き連れて。何か良い事があったとか!」 「それにしても何でキマイラって気持ち悪いのばっかなんかねー。こんなんじゃキマイラの研究も完成には程遠いんじゃない?」 あくまでもにこやかに。しかし見開かれた瞳は笑っておらず。『彼岸の華』阿羅守・蓮(BNE003207)による沙凪ハツの性質を考えての挑発から更に『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)が続く。当人は今にも食って掛かりそうな勢いで睨みつける一方でぐぐ、と堪えている模様で。効果は半分成功といった所だろうか。 「少しでいい。教えてくれないか、君達がこの道に進む理由を」 フィクサードと言えども年端の行かぬ少年少女。『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)は、彼らと武器を交し合う現状に心を痛める。故に、問い掛けた。彼等の心を知りたいと思ったが為に。 「別に。あった所で、あんたらと関係ない」 不機嫌そうな顔を緩めず返された言葉に、セッツァーは悲しいと思わない事はなかったが。せめて、この子達の“声”を聴いてみたいと思い。僅かな瞬間瞑目すると、自身の杖を構えた。 「よ―よーてめーら。ここがどんな場所かってわかっての行動かい」 ずいずいずい。ポケットに両手を突っ込む要素で腰に手を当て『デイブレイカー』閑古鳥・比翼子(BNE000587)がガンを飛ばす。対するハツは不機嫌そうな顔を更に強め。 「……馬鹿にしてんの? さっきから」 「ここは皆が命を懸けて護ったとこが二箇所もあるって事だよ」 喋りながらも、スピードは加速していく。この戦いにおいても、目の前の敵をこれ以上進ませてはいけないのだ。 「命掛かってんのは、こっちも同じだっつーの」 その様子を見たハツもかちゃり、と手にした剣を構える。じわり、じわりと二つの勢力が距離を縮めていった。 「……おや、私の顔に何かついてでも?」 「否、な。同じ“教授”の名を持つバロックナイツ。……興味を持たぬ理由もあるまい?」 少年少女とリベリスタがぶつかり合おうとする位置からやや離れた後方。 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は背後の目立たない場所に布陣する男女へと目を向ける。 「買い被りですよ、私達は所詮最下層の一構成員でしかない。ご期待に沿えないとは思いますが」 目の合った男は肩を竦め苦笑する。一見してビジネスマンの領域を出ない言動からは、その思考を読み取る事は難しい。ならば、その実力を以て試してみる事としようではないか。笑みを漏らすオーウェンと同時に、男もにこやかに笑顔を返す。その意図は、やはり読めない。 揺れる、揺れる。波打つ水面の如く。 大勢の人間の思惑の元、闘いの火蓋は切って落とされた。 ●闇夜に踊れ 「……よくもまあ、こんな色々混ざった哀れなモン作りやがって」 キマイラの材料は人間。彼らの悲鳴も嘆きも無視して出来上がった物体に『破邪の魔術師』霧島・俊介(BNE000082)は憐れみと怒りの籠った瞳を落とす。そして次に対峙するフィクサードを見据え、強く思った。アイツ等に憐憫だとか思いやる心がない事は知っている。……ならば、捩じ伏せてやる。己の力で。 「さあ! 気持ち悪い虫共にはさっさと退散して貰うわよっ」 手に握る銃には魔力装填完了。雅はモイスト状態の虫達に銃口を向ける。 「平和を守る! 変身ッ!」 叫び声と同時に幻想が疾風の全身を纏う。一瞬でフォームチェンジを行うと、次に攻撃を繰り出すべく構えをとった。 「それじゃ、邪魔させてもらうよ……っと!」 派手に地面を蹴り飛ばし、先頭を飛び出たのは比翼子。猛烈なスピードで繰り出される双つの剣戟を、キマイラ達は全て避けられる事は出来ず。一体、また一体を混乱へと巻き込んでいく。 続いてオーウェンの多重にわたる気糸が、畳み掛ける様に虫達へと襲い掛かる。高度な命中力が付与された気糸に捕らえられたキマイラは逃げようともがくが、混乱したままである事も重なり上手く離れられない。 その状況を見かねてか、もしくは元からそのつもりだったのか。仲間と目配せし合った後、六道フィクサード勢の中で最も速度に優れるソードミラージュの少年が先頭を這いずり回るキマイラ達の中から飛び出した。そしてそのまま、先頭に立つ疾風と比翼子にレイピアを叩きつける。 「わ! ……あぶ、な!」 「…………ッ!?」 持ち前の素早さでさらりと避けられた比翼子だが、反対に疾風はまともに喰らってしまい。混乱には混乱を。比翼子と同じ攻撃により判断力が低下してしまったが為に、目の前の体力を擦り減らしていたものとは違う昆虫の群れに突進してしまう。彼の大振りなコンバットナイフから繰り出される武舞は強力なものではあったが、体力の減りが少なかったキマイラを一撃で葬り去るには至らない。続いてセッツァーにより虫達の周囲に炎の海が広がるが、一体一体を確実に仕留めるにはもう少しだけ足りなかった。 リベリスタが共通して優先するはキマイラ達。その分、六道フィクサードに関しては手放しになっている状況が少なからず存在しており。リーダーを務める沙凪ハツは勿論の事ながら、配下の少年少女も決して弱くはない。そして状態異常に陥っていたキマイラやフィクサードにはクロスイージスの少女による癒しの風が、リベリスタの範囲攻撃に巻き込みを喰らったフィクサードにはホーリーメイガスの少女による聖なる息吹がフィクサード勢を癒していく。俊介の聖なる息吹により、疾風の混乱が回復し幾ばくの状況が元に戻ったが命中率の高いプロアデプトの少年による無数の気糸や、火力に優れるハツの剣戟によってリベリスタ達には少なからずのダメージが更に蓄積された。 「やー! なにこれ、気持ちわる―!」 「……うわっ、こっち来んなって!」 そして混乱状態から回復した10体のキマイラがマグリットや雅といった前衛達を襲う。体力を削がれていくのは勿論の事だが、どろりぬめりと蕩けかかった粘液の感覚は年頃の少女や女性には堪らなく気持ち悪い。 「……うわ」 半溶体の蝉による、ストロー状の器官から己の力が吸収されていく。体力を吸い取られていく行為も、纏わり付かれる事と同じ位に気持ちが悪い。この状態から抜け出すには、武器を振るうしかなくて。 「…………しっかりしろっ、あたし!」 比翼子は己の剣を握り、振り払う様に目の前にいる蝉にカウンターを叩きつける。ねちょりとした嫌な感覚など、もう何も感じないと思う事にした。 (…………) キマイラにリベリスタ、六道フィクサードが入り乱れる混戦の中、オーウェンは静かに六道の後衛から後方で援護を行う二人の男女を見張る。彼等はきちんと攻撃に徹してはいるものの、如何にもおかしい部分がある。例えば蓮や比翼子、雅の三人は特に傷が深い。増援の二人が一人に集中して攻撃するならば、確実に一人は倒せる程のダメージを喰らう可能性もある。……だが、彼等が攻撃したのはこの三人ではない。だが様子を察するに、攻撃相手を見誤ったという訳ではないだろう。よって、オーウェンはある一つの仮定を下す。 「沙凪ハツ、少し良いか」 「……何」 「君達の援護者。彼等は本当に信じるに値する人物かね?」 だから何、といった印象でハツは眉を顰めた。だが、オーウェンの言葉は未だ続く。 「例えばこの位置……後ろから君達を刺すには丁度良いんじゃないか?」 「…………!」 ハツは小さく身を固めさせた。一瞬ではある、が。 「ああ、それ俺も気になっていたんだよね」 オーウェンに次いで、何かを思い出した様な仕草で蓮が続ける。 「蜘蛛とかいう組織。色んな所に混在しているみたいだけれど、それに合わせて『楽団』って組織も動いているらしいし」 如何考えてもおかしいよね。これは奇襲である筈なのに、三つの勢力が集まっているだなんて。己が金剛杖を目の前の少女に向けたまま、冷たく開眼し見据える。 高まる不信。ハツは唇を噛む、が簡単に挑発に乗って易々とリベリスタ側へ背中を向けるほど愚かではない。後方の異国人は例え怪しくとも“援軍”と名乗っている以上、この場で戦闘中の決壊は六道側にとって悪い意味で場を混乱させる切っ掛けであるが故。即敗北を意味する行動は取るべきでないと、この場におけるリーダーは考えた。 「……そんな手には、乗らないんだから」 再び剣を握り締め、リベリスタへと向かい突撃。それも良いだろう。ならば此方側は、それを全力で喰い止めるまでだ。 オーウェンの気糸によりキマイラ達が一斉に捕らえられる。耐えられる限界を越えた三匹の虫達は形を失い、液状へと崩れていく。その姿は見ていてあまり気持ちの良い状態ではなかったが、兎に角も撃破成功だ。 セッツァーが残るキマイラに杖を向けると、一体の蟻が炎の海に融ける。命は残ったものの、炎から逃れなかった虫達が熱さのあまりにのたうち回る。俊介はその様子を見て、仄かに想う。このキマイラにも、救いを望む心があるのかと。もしもこの力を使うことが彼等にとって救いになるのならば、せめて。 「いいよ、助けてやんよ」 握りる杖から生み出されるは魔力の矢。炎撃により消耗しきっていた蜈蚣を貫き、その姿を無に帰す。全身を悲しみで固められた異形は、その苦しみからは確実に解放されただろう。そう、思いたい。 「……まだ、まだぁ!」 消失するキマイラを一見、ハツは舌打つと比翼子に向かい闘気を籠めた一撃を見舞う。それは比翼子の残力を全て奪うに等しいが、歯を食い縛り地面に両足を置き。運命の加護を削り立ち上がった。 ソードミラージュの少年により繰り出された剣戟により、ダメージの蓄積が深かった蓮と雅もまたその場に崩れ落ちる。が、彼等も運命を持ち得ている者だ。痛みを抑え、体に付着した土を払い。己の闘志を燃やす。 「……倒れてなんか、いられないんだから」 「そうだよ。俺達はまだ、闘える」 まだ欠けた人員はいない。勝機は未だ、其処にある。 蓮による雷撃と大蛇の如くうねる雅の一撃が重なり、二体の昆虫が地面に融ける。残るキマイラはあと三体。しかも立て続けに重ねられた範囲攻撃の影響で、ホーリーメイガスの援護があれど体力の消耗が激しい。 オーウェンの糸縛で一体、マグリットの斬撃でまた一体が葬り去られ、残る一体とハツを含め六道フィクサードの前衛達も、キマイラが一体となった今範囲攻撃に巻き込まれる回数が増え、受ける傷が深くなっていった。 「……これで、終わりだ!!」 そして疾風による雷撃武舞が決め手となり体力の一番少ないソードミラージュの少年と、最期に残ったキマイラが地面に沈む。 「……!?」 その時俊介は遥か向こうに逃げるビジネススーツ姿の男女を見た。彼等に向かい魔力で錬成された矢を投じるも、さらりと避けられる。遠距離での攻撃が届くギリギリの場所に居た所為か、次の攻撃にはもう届かない。茂みの奥へ消えていく影は、一体何を思っているのだろうか。そう考えながら、未だ戦闘姿勢であるハツ達に向かい口を開く。 「おい、六道。お前らにもう勝機はねえよ。とっとと撤退しな」 「……どういう事よ」 「後ろ見てみな。援軍って言ってた奴等、消えてんぞ」 「…………はあああああああ!?」 半切れ状態の叫び声が其処ら中に響いた。後衛であるプロアデプトの少年とホーリーメイガスの少女が状態を確認し、ハツの方を見遣る。すぐさまにハツが納得した所を見るに、頭の中で情報の遣り取りを行ったのだろう。 既に援軍である二人が消えソードミラージュの少年が戦闘不能に陥った以上、4対8の状況だ。しかも、ハツとクロスイージスの前衛二人も残る体力はあと僅か。例え運命を削り回復が間に合ったとしても、8人からの攻撃では十分に補い切れない事は目に見えている。 「いい加減にしないか。……楽団に利用されても、構わないと言うのか」 「どうか、退いてくれないだろうか。君達を不快なハーモニーを奏でる楽団達の餌食には、したくない」 疾風とセッツァーが口を開く。その様子は挑発というにはあまりにも真摯で、重い。楽団。そのキーワードで、ハツの目に僅かだが迷いが生じる。 「そーだよ、いつまで続けんだよこれ。このままだとテメエの我儘で全員死ぬぜ。……テメエはそれで、良いんかよ」 雅は明るい普段の姿とは明らかに違う、怒気を孕んだ声を向ける。そこに、蓮の一言が覆い被さった。 「一度、よく考えてみると良いよ。……此処は本当に、君達の死に場所かい?」 ハツは眉間を限界ギリギリに皺寄せ、渋い表情を作る。が、足は止まり手にした剣を下げ。倒れているソードミラージュの少年の腕を取り担ぎ上げた。 「……あたし自身はどうでも良かったけど。こいつら死なせんのとクソ忌々しい楽団の奴等とかに利用されるのはもっと嫌だから」 「うん、それが最善だ」 沙凪ハツ。この場における六道グループのリーダーは、戦場からの撤退を選択した。 ● 「はー。なんか思ったよりもあっさり終わったよーな」 「まあ、ずるずる引き伸ばされるよりマシってモンだろ」 いまいちすっきりしない様子のマルグリットに俊介はそう応えてはっと表情を固める。 蜘蛛の奴等が消耗した前衛に止めを刺さなかった。その上オーウェンの他に自分も彼等の攻撃を喰らったが、幾ら彼等が自称最下層とはいえバロックナイツの配下にしてはあまりにも威力が無い物だった。彼等が単に弱かったのか、それとも何か企んでいたからなのか。現にさっさと逃走を選んだ以上、六道派フィクサードをその場で始末するといったつもりではないのだろうか。 どちらにしろ、だ。 彼等がいなかったらより苦戦を強いられていた可能性が少なからず存在する。 「何考えてんだ、あいつら」 「……それはおいおいわかる事になるんかねえ……」 蜘蛛と雲。両者は未だ晴れず。其処にはもやもやとした感情が渦巻くのみ。 この三ツ池公園に於ける大追撃の勝敗結果は、未だ判別がついていない。現時点でも全ての戦いは終わっておらずあちらこちらで戦闘音が聞こえている。 だがしかし、この場所は護れた。それは誇るべき事だ。 「さて、急ぐぞ。沙織殿に戦果を報告せねば」 オーウェンの発した言葉を合図にリベリスタ達は戦闘状況を報告すべく、速やかにその場を後にした。 ●まつりのあと リベリスタ達から遠く離れた森の奥。 五人の少年少女が、互いに肩を貸しあい出口の方角へと歩いていた。 その行く手を遮ったのはスーツ姿の男女。先程逃げた男女二人を中心に据え置いて述べ10人。 「……あんたら、逃げたんじゃ……てか何で増えて」 そこまで言ってハツは口を噤む。男の手には拳銃が握られ、銃口は自分達に向けられているからだ。 対応しようにも10対5。更に此方には手負いがいる。……如何甘めに言っても状況は不利だ。 そして此処はリベリスタの目に付き難い。 隠れて始末するならば、なんて打ってつけの場所だろうか! 「最初から、それを狙って……っ」 「まあ個人的感情では貴方の事、然程嫌ってはいなかったのですが。……これもビジネスですから、仕方ありませんね」 嗚呼、こんな時にもこいつは何時もの調子で。 蜘蛛が一員、グレゴリー・スペンサーは全く悪びれない様子で拳銃のトリガーを手にかける。同時に、他の九人も一斉に武器を少年少女に向かい突き出した。 ハツの頭に袈裟を着た青年の姿が浮かぶ。 ……莫迦。どっちにしろ、同じ事だったじゃないか。 「逃げて、皆だけでも――――」 ぱん。 ぱん、ぱん。 木の葉を隠すなら森の中で。 半ば悲鳴の仲間を案じる声は、乾いた音の銃声と周囲の戦闘音に紛れ埋もれた。 そして嵐の過ぎ去った後の如く。 水面はもう、波立たない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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