●神産みの罪と罰 六道の研究者、ツッカーノの表情は優れなかった。 本来ならば、もうしばらく研究を重ねた末に生み出されるべきだった『キマイラ』を戦いに駆り出さねばならなかったからである。 同時に、ツッカーノは安堵してもいた。リベリスタ達の感情を逆撫ですることでその真価を引き出し、限界を高めていく自らの研究にとって、これほどおあつらえ向きのケースはそうそう無いからだ。 彼らに対し怒りを煽り、より高い次元のデータを打ち出せれば次へ向かうことなど容易であるし、そこに至ることで自分の研究は最終型に向かうのだから。 ……故に、最後の薄皮一枚隔てて自らの狂気を晒すことで、最悪の結末へと笑いながら進んでいけるのだ。 生み出される悪意を連れて、死の雨が今、闊歩する。 ●罪産みが神を食む話 「『キマイラ』。六道紫杏により考案され、現時点までにおいて無数の出現例――というか実験例ですね、それが確認されて、概ね半年以上経ちます。これらと交戦したことのある方は、あれらの完成度が日増しに高まっていることを理解しておいででしょうが……仕掛けてきます。三ツ池公園に」 一年前に見た者も多いであろう、三ツ池公園全図。それが今再び、ブリーフィングルームに表示されていた。 複数の点が戦場として表示され、ひときわ輝きが強い位置へ指示棒を向け、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は口を開いた。 「木管パートリーダー『モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン』……『楽団』の一部、彼が率いる集団の襲撃で、アークはこの地への警戒を強めました。よりにもよってこのタイミングで仕掛けてくる辺りが度し難いですが、アシュレイの言葉が正しければバロックナイツのモリアーティ教授……彼が一枚噛んでいるのも、紫杏が自身をつけている理由でしょう。奇襲としては一切効果が無いとしても、アークとて現状厳しい。都合の良し悪しで物事は語れません」 「三ツ池公園を狙った理由は? タイミングはともかく、そこは割れてんだろ」 「ええ。当然といえば当然ですが……『閉じない穴』の活性化により、崩界度を一気に上げてキマイラ完成にこぎつけたい。それだけの理由でしょう。妥協しないのは六道の血でしょうか……問題は、『楽団』の存在です」 「やっぱりか。第一バイオリンのバレットと歌姫シアー……だったか? あいつらが頭に動いてるってことは、まだケイオスは」 「『序曲』でしかない、と。そういうことです。つまりはまだ全力を出すつもりではなく、手駒を増やすことが目的です。今回の状況、『強力な死者』を回収できる最高にして最悪のタイミングです。見逃すはずがない」 つまりは、モリアーティ教授の助力を得た紫杏一派、アーク、そして『楽団』の三つ巴の様相を呈すということになる。 モリアーティ教授麾下『倫敦の蜘蛛の巣』を交えた現在、バロックナイツの舞台を二つ同時に相手にすることとなるアークの悪運は如何ばかりか。 期せずして――聖夜を前に、三ツ池公園は再び血の海に浸るということか。 「君達に担当してもらうのは、北門近くのプールエリアです。キマイラ『死泥の母標』――『雨業の龍神』と呼ばれるアーティファクトの増殖特性を利用したこの手合いの撃破。それが、今回の目標です。 お気をつけて。何が起きても、ここでは現実足りえます」 ●単音変調即興曲 腰に挿したビーターに指を這わせ、音が響かぬ様『その楽器』を握り締め、アタラメント・カトレリエは歩を進める。 戦いの空気を頬に受け、死者の気配に頬を上気させ、少女のように深い、不快な笑みを浮かべる。 絶叫したくなるほどに笑える夜は、まだ始まったばかりだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月28日(金)23:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●圧倒戦線アジタート その身を捩る動きはどこまでもおどろおどろしく。 その姿から想起されるのはどこまでも不快で深い闇の底。 存在自体が悪意であるというならば、『彼女』は正しく世界にとっての最悪の異物であると言わざるを得ない。 ずるずる、ずしゃり。 どろどろ、ぐしゃり。 増殖は止まらず、その姿を保てないままどこまでも膨れ上がっていくその存在は、やはり自らを制御できない哀れな末路に至った世界の終わりに等しくもある。 本来は意思により制御されていた増殖部を切り離してしまえば、それがどんな結果を齎すかなどツッカーノは知っていたのだろう。だから、ここに居ない。 「面倒なことだな」 その意図を知ってか知らずか、『玄兎』不動峰 杏樹(BNE000062)の表情は険しかった。 その『本体』との接触から随分と長く、その影を追ってきた。そして、その末路を知って尚の事、それを破壊することに意識を砕いた。 だから、目の前に居るそれも倒し、残されたものをも完全に粉砕する。そしてもちろん、それだけではない。 『楽団』、と呼ばれる死者の操り手の張り巡らせた謀略の網をかいくぐり、全員で生きて帰らなければならないのだ。深く広くと張り巡らされた十重二十重の状況は、決して容易ならざる事態を呼び起こす。 「このタイミングで六道紫杏が動き出しましたか」 そう遠くない位置にキマイラ『死泥の母標』を捉え、源 カイ(BNE000446)はアームガンを構える。 おそらく接触までは寸暇無い。ここで迎え撃ち、加えて自らの足場を整えたまま『楽団』から生き延びる。決して、簡単なことではないのは確かである。 四周に鋭く視線を飛ばす彼は、既にそう遠くない位置から何者かが近づいてくるであろうことは気付いていた。だから、腰を据えても足を止めてはいけない。考えを止めてはいけないのだ。 「楽団の次は六道のお姫様ね……忙しいねほんとに」 呆れたように空を仰ぐ『黒き風車を継ぎし者』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)にとって、正面からの戦いではない六道のキマイラ、ひいては『楽団』の面々など考えるに値しない敵ですらあった。 身を焦がし意識をぶつけあい戦い続ける戦士としてのそれを望んでも、今目の前で繰り広げられるのはただただ誇りを汚す戦いの繰り返しである。 握りしめた誇りの結晶が軋む。目の前に佇む冒涜を滅さなければならない、と。 「死の雨だろうが何だろうが、知ったことじゃないっすけどね」 耳の奥に残る音の残滓は、単純な言葉で表せぬえげつなさを思い出させる。知ったことではない。『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)はそんな状況を押して尚、全員で生き残ることを目的にして戦場に立っている。 軽いステップから間合いを測り、敵の出方を見るその姿に油断は一切感じられない。寧ろ、例外が何時発生してもおかしくない状況で気を抜くことなどできるものか。 「フラウ、大丈夫、任せてくれ。皆もお前もオレが護るよ」 「これじゃどっちがお姫様か分かんないっすね……」 『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)の言葉は、幾度聞いても危うさがあり頼もしさがある、とフラウは感じていた。 護ることに貪欲な戦闘者。全てに全力であることを疑いもしない彼女の危うさは、『誰か』に向けられ続ける己の感情にこそある。 自らが生き残ることや誰かに貢献するためではなく、ただ護りたいものを護るだけの戦闘機械といって遜色ない。目の前だけをただ、切り開く。それは一種の危うさすら内包しているのではないだろうか。 「死なんてうちが認めない。生きて帰るっすよ?」 「勿論」 故に、確認しておかねばならないのだ。根本的な決意を。 「死を冒涜させない。それだけだ」 呼応するように口を開いたのは、『猛る熱風』土器 朋彦(BNE002029)だった。ただ淡々と死を撒き散らし冒涜する彼の奏者を前にして、戦慄を覚えたのはそう遠い日の話ではない。底が見えない相手に抗うには、目の前の敵を確実に処理し、或いはクレバーに動く事を選択せねばならない。それを念頭に置いて、彼は冷静に指示を飛ばす。これから始まるであろう戦いで、手は抜けないのだ。 「状況はあまり良くないですが、最悪にしないためにも、皆で生還しましょう。必ず」 刃に込めた想いと決意を、新たな力に込めている。眼前に蟠る悪徳を切り裂くに足る正義感を、その手に携え歩みを進めた。 『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)は何より生き残ることを優先する。巡り巡って、自分が護るべき世界の敵になるなど真っ平御免だからだ。 同時に、勝利を目指すことは当然と言える論理でもある。彼女とて戦士を名乗る以上、逃げることは許されないし、自身に許しはしないだろう。 杏樹の背に隠れ、怯えながらも『いつか出会う、大切な人の為に』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は覚悟を決める。 怯えても、恐れても、震えても逃げたくても、何時かの為に逃げはしない。生き残り誇り最後まで立ち続ける為に、今はただ、戦う以外の選択肢などないのだから。 ●運命に浸す、宛らにアッカレッツェーヴォレ 前進から闘気を噴出させ、それすらも機動力に変換して佳恋が前進する。それよりやや早くフラウが跳びかかり、母標に初撃を見舞うが、その身から次々と死泥が生み出されることを止められるわけではない。 まずは、その巨体の前進を止め、確実に戦力を削ることが二人の役割であることは明らかだった。 フラウが薙いだ刃の跡を追うようにカイの気糸が巡り、縛り上げ、拘束していく様は圧倒的な攻め手でもある。 生み出されて間もない落とし子達は、動き出すよりも早く母体を損ねられ不機嫌そうに収縮と膨張を繰り返しているが、彼らからすれば知ったことか、とも感じよう。 尤も、最前線で戦う彼らを襲うのは別の意味での落とし子、悪夢の余波とも言える毒液だ。不愉快なほど明確に降り注ぐそれを好きに受ける道理はなく、確実ではなくとも避ける必要性はあろうが……やはり、身を侵す毒の感触は生半可なものではない。 ずるずると這い回る落とし子達も、己の役割を知ってか知らずか。ブロッカー二人へ積極的に襲いかかり、打ち崩すことを意識し始めてもいる。 だが、それをやすやすと許すリベリスタではない、というのもまた事実である。 「誰かを傷つける研究なんて、要らないだろ?」 フラウの傍らを行き過ぎた泥を、五月の刃が切り払う。感触は確かだが、軟体にして硬質なそれが敗北を拒んでいるのは感じられた。 「『雨業の龍神』だっけ?それを壊せば増殖は止まるんじゃないかな?」 「狙えれば、の話だろうな。何しろ、私は『本体』の姿しか知らない」 フランシスカを始めとして、多くのメンバーは『雨業の龍神』から発生したその『本体』の破壊ないし回収をひとつの目標として定めている部分はあった。 だが、結局のところ泥に塗れた死の穢れを前に、それを探し出し一点集中の攻撃を加えるというのは並大抵の事ではない。 砂場の砂粒ひとつに価値を見出すよりも困難な局地的行為は、決して容易ではない憶測である。つまるところ、地道に、しかし迅速に撃破を狙うしか無いのは仕様のないことであろう。 悔しさは無いが面倒だという感覚はある。杏樹は声に出さず、しかし吐き出される銃弾の勢いでそれを伝えながら次々と死泥に弾丸を打ち込み、襲い来る泥を袖口で弾き飛ばす。 護ると断言した以上、護らねば嘘になる。背負った命の重みに押されるように、目前の醜悪たる敵を撃って撃って撃ちまくる。 「フラウくん」 手甲に赤いものをちらつかせ、朋彦がフラウに声をかける。背中を向けたまま肯定の意を示す相手に、少なからずの感謝を覚えながら、彼は手を前に突き出し、その炎を開放した。 「――済まない」 「当たらなきゃどうってことないっすよ」 迫る炎をすんでで躱し、フラウに追従しようとした死泥が一瞬にして蒸発する。 既に集団戦を見据えた集中砲火が幾度と無くヒットしている上で、朋彦の炎を耐え切る能力がそれらにあるかといえば、全くないといって遜色ないのは確かだった。 それだけ、リベリスタ達は本気だった、ということでもある。真正面から、全てを制圧せんとする勢いを向ける彼らに気の迷いはこれっぽっちも感じられない。 ただただ前進と殲滅を兼ね合わせ、一歩も退かぬ攻防を狙うのは当然であった――が。 一瞬の隙を疑いもせず狙い澄ますのは、泥に包まれた『悪意』の発露だったか。 動きを封じられながら、寸暇を縫って戒めを解く母標が狙うのはアリステア。 護る、と声を荒げた杏樹ですらも主目的は攻撃である。どれだけ目立つように動こうとも、背後で小さく蟠った影が御すに容易いと判断すればそれを狙わぬ道理など、キマイラには有り得ぬのである。 「――あぐ……ッ!」 逃れて避けても食らいつく。振りほどいてもすがりつく。 悪意であるがゆえに純粋に、異形であるがゆえにまっすぐに、母標から放たれた矢はアリステアの喉口を噛み千切る。肉を腐らせ歌を奪う厄災の毒が身を侵すのを、自ら以って理解する。 それが物理的な『歌』であれば、その一撃で概ね全ての決着は付いたろう。唾棄すべき単調な終焉だったことだろう。 だが、革醒者の扱う恩寵や加護はそう単純ではない。確かに容易ではないダメージ量だが、彼女は未だ戦うに足る力がある。地に足を刻み戦い続けるだけの気力がある。何ら問題なく、ここに居ることが許されるだけの力が。 地面を死泥の残骸が覆う。 混沌は次第に混迷を極め、戦局は一進一退を続け、僅かな油断も許してはくれないまま。 ……どこからか流れる澄んだ音色は、既にリベリスタ達の耳に届いていた。既に繰り返しカイが四周を警戒しても、それでもその姿は巧妙に隠され姿を見せない。 害意ではない。敵意でもない。これはただの示威行為だ。『そこにいるぞ』と言わしめて、殊更に警戒を促す、嫌がらせに等しいそれだ。 (おかしい。死を冒涜するあの手合いが牽制だけに留める訳がない。これは――?) 朋彦が、構えを正す。一足で前に踏み込めるよう、前傾姿勢を取ってタイミングを図る。 「私にできることは、ただこれを正面から斬り伏せることだけ、ですから……!」 佳恋の全力が叩きこまれる。撃滅には未だ時間が要るが、その驚異を示すには十分過ぎる破壊力を見せつけている。 「いい音だ、オレは好きだよトライアングル」 聞き惚れる暇は無いが、と続け、軽やかに五月が刃を振るう。 戦況の傾きと、揺れ動く気配。 それらを縫って現れる影は、確かに人の姿をした闇でしかないようにも、見えた。 ●厄災を奏でよ、ヴィオレンタメンテに 「楽シイ匂イダ。ココマデ濃密ニ死ヲ漂ワセルナヨ、愉快ニナル」 狂おしい表情を隠しもしないその姿は、以前と何ら変わらない。一つ異なるとすれば、彼女を取り巻くのは死者の大群ではなく霧のように揺らめく何かである、ということ。 「自己紹介がまだだったね。焙煎師、土器朋彦。よろしく」 「『楽団』、カトレリエ。覚エ置ケ」 母標より更に後方に姿を表し、余裕の表情で佇むそれに朋彦は言葉を投げかけ、同時に母標の間合いへと踏み込んでいた。 ただ佇むだけで押し付けられるプレッシャーは、このまま延々と戦うことを許さない。早急に目標を撃破し退かなければ、最悪の事態に至るだろう。 「ヤレヤレ、思ったとおりハイエナ宜しく現れたっすね」 「獣風情ニ喩エルトハ、イイ度胸ダ。死ヌカ」 鋭く腰元から白いビーターを引き抜き、居合いよろしく一閃させた動きは『見えない』一撃だった。素早いとか、そういう次元とはまた違う競い合いを必要とする一閃。 だが、狙いはフラウではない。その背後……杏樹と、その背後に隠れるアリステア。音階の刃が、諸共を貫いて抜けていく。 ……その時点で、杏樹は気付くべきだったのかもしれない。死を嗅ぎ分けられるのは、飽くまで限定的な感覚であるに過ぎないということを。 そして、『必ず護る』という想いと、己の行動が如何に乖離した、取るに足らぬちぐはぐな行動だったのか、ということを。 結果として、アリステアはその場に膝をつき、意識を失った。虚ろな目は光を移さない。命はある、息もある。それでも、気力は残されていない。 「仕事熱心ですね……出来れば、空気を呼んで出番を控えてほしかったものです」 「安イ挑発デモ、サレルト苛立ツモノダナ。佳イ勉強ニナッタ。様子見ニ来タダケナノニナ」 呆れたように肩をすくめるその姿に、カイは底の見えない闇を見た思いがした。戯れにしては最悪だ。彼らを全力で狙わず、中途半端ながら手出しするその姿から、何を目的にしているのかは想像がつく。 嫌がらせ、なのだろう。死体を得ることも考えながら、この女は何より人の嫌な顔を見ることに恍惚を感じているフシがある。 死の泥が、徐々に崩れ始めている。頃合いを図るに足るタイミングであることは、分かっている。 「笑えばいい、泣けばいい、叫べばいい。君が望むならオレは何度だって君の前に立つよ」 母標に大きく刃を振り上げながら、五月が語りかける。顔を覚えろ、力を目にして刻み込め。そう言っているような、安くはあるが軽くはない挑発。 諦めないから諦めろ。そう言っているようにも思える言葉に、僅かに眉根を寄せるのが見えた。 拳を戦闘の暴風に叩きこみ、朋彦が荒れ狂う。 合間に、本当に忘れそうなタイミングで放たれる死霊の弾丸を避ける。寸毫の隙も許されないタイミングと速度。母標の姿が大きく傾いだのを、視界の端に納めて、構え直す。 タイミングを測りかね、フランシスカの胴を死霊が貫いた。抜ける力に、声もなく。 (罠がある可能性がある。何処に在るかよりは、あるかないかを確実に嗅ぎ分けなければ――!) 傾いだ影に銃口を突きつけ、杏樹は心中を跳ねまわる危機感に、魂の底で悲鳴を上げる。 僅かなりとも、自分が招き寄せた危機だ。甘い考えは許されない。一瞬でも無駄があれば危機が目の前の道を崩す。だから、ならない。 杏樹の弾丸が、母標を貫く。元の形を残せずずるりと崩れる中に残る、小さい『何か』を、佳恋の刃がダメ押しとばかりに叩き潰す。 ぶくぶくと泡立つキマイラの残滓は、それきり増殖をやめて動かなくなった。 「殺――」 殺すぞ、と改めて威を向けようとフラウが視線を上げた時、その姿はどこにもなかった。影も、形も。 だが、確実に。その姿と演奏と死霊を操る技倆を目の当たりにしたのは確かであったのだ。 倒せないとは思うまい。殊更強敵とも感じはしない者も居ただろう。だが、本当に恐ろしいのはそこではない、と全員が全員、確実に理解していた。 「飽きない理由、か――そうか、これは」 朋彦は、姿なき影を前に一人ごちた。 一瞬でも気を抜けば、あれは容赦なく牙を剥いただろう。『タイミングよく』、自分達を切り崩しただろう。 それをしなかったのは、単純に割に合わないからだとしても――絶望的な状況を切り崩すことが、どれだけ尊く芯のある行為なのか、心の何処かで腑に落ちた気が、確かにしたのだ。 「オレは君の演奏に応えたい。誇りを込めて、奏でておくれ」 何処へとも無く呟く五月の囁きは、応じる声などないままに、戦場は更に混迷を増して迫る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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