● 『いつかこの色彩のうちのどれかに、生まれ変わることができればいい』 そう願ったのは誰の想いだっただろうか。 『貴方は喪失を知ってしまった』と言ったのは誰だったか。 あの子は居なくなってしまったのだろうか。 言われるままに目を閉じたというのに。上を見上げても君が言った『青空』は無くて。 ただ、色あせたペール・サローの天井だけがそこにあった。 「あはは~、先輩! 見てくださいよぉ! 起きやがりましたよぉ!」 「うっせ、見りゃ分かるだろうが」 耳障りな声が2つ、頭の中に響いていた。白い服をきていた。あの子と同じ白い服をきていた。 そうだ、一緒に眠ったはずなのに、どこに行ってしまったのだろう。 ぼくを『ベル』と呼んでくれた『すみれ』は、どこにいってしまったのだろう。 「あはは~、それにしてもぉ! 私のペットは最高ですねぇ~! ねぇ!先輩!」 「はぁ? 毎回思うんだけどさ、お前のセンスはクソだな」 「えー、そんなことないですよぉ! この真っ黒で寸胴なフォルム! そこに生える極彩色の花! それを縛る鎖! あとは、スパイスを少々! 最高じゃないですかぁ~!」 「どっから見つけてきたんだよ。そんなもん」 「えへへ~、知りたいです~? 知りたいのですかぁ~? くふふー、お花畑に埋まってたんですよぉ!」 「掘り返したってか? 趣味わりぃ」 二月ほど前に事件があった。新聞の片隅に小さく記事になる程度の、私設病院での殺人事件。 犯人はまだ捕まっておらず、専ら患者同士で殺しあったとの噂だった。『そういう病院』であったから。 近くには色とりどりの花が咲き誇る草原があった。今は少しだけ雪が地面を覆っている。 その草原から掘り起こしてきた真っ黒の怪獣を、ペットに仕立て上げた。 そんなことより「最後の仕上げですよぉ~」と声がした瞬間、ペットと呼ばれたものに激痛と眩暈が襲う。 「はぁ~い。次に目を開けた時は何もかも真っ白ぉ! きらめく世界が待ってるよん……ばいばいちゃん★」 くすくすと笑い声が聞こえる。頭が記憶が視界がグラファイトの黒に塗りつぶされていった。 ただ、真っ黒の世界で見えない『色』を夢見ていた。もう、手にすることはできないけれど。 そんなもの、考える事すらも、もう記憶の彼方。 ● 花の広場で黒い獣が踊っている。暴れている。色とりどりの花を嫌うように、執拗に踏みつけながら。 寒さの中懸命に生きている花達を大きな黒い獣が踏みにじって行く。 その上に乗るようにしてシュネーの白い翼を羽ばたかせ座っているのも、黒い獣と同じく六道のキマイラであった。他にも数体同じように蠢く人工生物たち。 「あはは~! もっと、あばれちゃえー! 私の可愛いペットちゃぁん♪」 「あー、ウゼェ。ほんと、やってらんねぇな」 能天気な少女『ユラ』とタバコを吸いながら悪態をつく男『門司』。どちらも己の求める道を突き進む「六道」の研究員。 普段は少女に任せてサボっている男も今回ばかりは、重い腰を上げ自前のキマイラを戦場に繰り出していた。 お互いのキマイラは連携を取って攻撃する様に調整されている。 「あんまり~、サボっちゃうとぉ、紫杏様に怒られますよぉ~?」 「はぁ?狩り出された事に怒ってんじゃねぇよ。ここ抑えりゃキマイラもより完成に近づくらしいしな」 「そうですよぉ! 私のペットがもっと、も~っと!強くなるんですよぉ!」 大げさに小さな体で大きく腕を振り回しながら隣にいる門司に話しかけるユラ。 「……でもよ、何なんだよ、あのウゼェやつら」 顎で指しながら自分達の後方に陣取る連中を一瞥する。 少女はきょとん?とパラキート・グリーンの大きな瞳で首をかしげた。 二人組みの後方に居るのはバロックナイツ、ジェームズ・モリアーティ率いる『倫敦の蜘蛛の巣』の構成員4人。 何故、こいつらがここにいるのか。六道の研究員、門司には理解できなかった。 「私に聞かれましてもぉ~? 紫杏様のお師匠様の部下ですしぃ? 援軍として来てくれている以上、下手に無下に出来ないじゃないですかぁ~」 「あー、ウゼェ。あいつら何考えてるか分かりゃしねぇし、何かいい雰囲気しねぇんだよ」 その言葉にユラは長すぎる白衣の袖に仕舞われた手で口元を押さえる。 「ぷふ~っ! あはは~! 先輩も細かい事気にする様になったんですねぇ~?」 けらけらと男を指差して笑う少女。この時ばかりは見た目相応の笑顔でメガネの奥の瞳が笑う。 容赦の無いデコピンに「ぷぎゃぁ!」と奇声を発しつつ。 「でもぉ、私もあいつら嫌いですよぉ~。邪魔したらぁ、即殺すですぅ! むしろ巻き込まれて死んじゃえ~♪ って感じですぅ!」 少女の甲高い声は大きく。もちろん、『倫敦の蜘蛛の巣』にも聞こえていた。 それでも、戦場は動き出す。 空に浮かぶ月は上弦から満月に満ちていく最中でシルヴァの冷たさを帯びていた。 去年の同じ頃にはエンバー・ラストの赤にその身を染め上げていたというのに。 ● アーク全体が騒がしい音に包まれていた。足早にブリーフィングルームへと駆け込んで行く人々。 フィクサード主流七派『六道』首領六道羅刹の異母兄妹・六道紫杏率いる研究員とキマイラが動き始めて二季。 完成に近づいて来ていたキマイラを引き連れて。とうとう、『六道の兇姫』が動き出したのだ。 緊張感が漂う中で『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が小さな口を開く。 「三ッ池公園に大量のキマイラが押し寄せてきてる」 緑紅の瞳は無表情のままに。放たれた言葉は端的であった。 けれど、そこに込められた事の重大さはとてつもない質量を誇っていた。 「三ッ池公園に……!?」 イブの次の言葉を待てず、リベリスタが思わず聞き返す。 アークにとって三ッ池公園『閉じない穴』は最も敵に渡してはならない重要拠点。 ちょうど一年前のこの時期に壮絶な戦いの中で勝ち取った崩壊の停止。 「閉じない穴が奪われれば、キマイラが強くなる。もっと、大きな被害がでるわ」 崩壊度を推し進め、キマイラをより完成に近づけたい六道紫杏にとって『閉じない穴』を手に入れる事はこれ以上無い『おいしい近道』だった。 自分の突き進む道の為に何としても手に入れたい代物。 脅威は紫杏やキマイラだけではない。バロックナイツの気配も漂っている。 その中での『閉じない穴』の陥落は絶望的に世界が崩壊に堕ちて行くということだった。 それを阻止するためにアークも大規模な編成で三ッ池公園に布陣する。迎撃するのだ。 手渡されたMAPと資料に目を通せば、キマイラ、六道のフィクサード。 それに紫杏の呼びかけに応じたジェームズ・モリアーティ一派『倫敦の蜘蛛の巣』の援軍の文字。 厳しい戦いになる事は容易に知れた。それでも、時間は止まってはくれない。 前に進むしかない。守り抜くしかない。 「頑張って」 アークの白き姫がリベリスタをそっと力強く送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月27日(木)23:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●何で天国は青空の向こうなんだろう? 「青空の下で大切な人達が笑っていて欲しいからなのかな?」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)はネイヴィブルーの空を見上げぽつりと言葉を漏らした。 色とりどりの花畑に浮かぶ真っ黒のキマイラはかつて『ベル』と呼ばれた獣であった。 その見えない獣に向かいレイヴンブラックを纏った終が二刀のナイフで斬りかかる。 「初めまして、ベル。君がすみれちゃんの元へ今度こそ行けるよう頑張るよ」 風の刃が二閃。巨獣の身体を縛り付けた。 黒鳥が舞い踊るのと相反する様に白鳥が羽を広げる。 リベリスタに飛来するのは雪の様な白い羽。それが幾百、音速で飛んでくるのだ。 一番近くに居た終と『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が傷を負う。 「……なんだ、随分とお守りがついているんだな。六道は、所詮それだけは何も出来ない集団か。これなら、余所の七派の方が手応えがありそうだ」 「貴方達にプライドと言うものは無いのかしら?」 六道のフィクサードに対して、挑発を行う拓真と『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)。 門司とユラ2人に任せておいてもキマイラは完成せず、力不足であり、『蜘蛛』の方が頼りになる。 六道紫杏はそう言っているのだと、無下に扱われまだ従うのかと。 「はぁ? ゴチャゴチャうるせーな、知るかよそんなこと」 門司が苛立ちながら自身の手札を仲間へと瞬時に共有させる。 やばいのが揃ってるじゃん。軽く捻れる相手なら苦労しないんだけど、そうもいかないし。 『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)は仲間に翼を授けながら思う。 どうしてこの時期、この場所なんだ。ジャック・ザ・リッパーという脅威を討ち果たしてから1年。 それで、同じ場所でこれだけの動きだ。何が起きようとしてる……? 冷たい風に乗って流れる緊張感が三ツ池公園全体を包み込んでいるのだ。 「今は、目の前の事を片付けなくちゃ」 それでも、ミヨゾティ・ブルーの大きな瞳が思考を切り替える様に瞬く。 『深紅の眷狼』災原・闇紅(BNE003436)が立ちはだかるより一瞬先に23号が闇紅の横をすり抜け、後衛に居た『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)に攻撃を仕掛けた。 「―――!?」 カテドラルの黒を宿した瞳が見開かれる。地面の花達に赤色が散った。 闇紅は自身を加速させながら、馬キマイラと悠月の間に立ちふさがる。 悠月が攻撃を受けてもなお恋人である拓真は、そちらを振り向きもせず目の前の獣に対峙した。 心配していない訳ではない。絶対的な信頼を置いているからこそ、前を向いていられるのだ。 迪拓者である拓真が後ろを向いて歩いて行かない理由は、悠月の存在が大きいのであろう。 だから、この場を退くと言う選択肢は無い。 「どれだけ強固であろうと……我が一撃、容易く止められる物では無いと知れ!」 敵の思惑を断ち切る激烈な一撃が見えない獣を襲う。痛打であった。 しかし、敵の体力は幾分も減っていない。拓真には長い戦いになる事が手に取るように解った。 氷璃は悠月と示し合わせ『蜘蛛』に向け多重魔法陣を展開させる。 探求に近道を求めるなんて呆れた話ね。一言端的に氷璃は言ったのだ。 『蜘蛛』のメンバーを全員巻き込む形で、ノクターンの閃光が解き放たれる。 それに続いて展開するのはフロスティ・ホワイトの白鷺結界。 悠月のルーナ・クレスケンスから現界する白い羽刃は『蜘蛛』目掛けて郡舞する。 しかし、氷璃、悠月を持ってしてでもダメージを与える事はできても動きを止めることが出来ない。 氷璃のアイス・ヴェネツィアの瞳が細められた。 『蜘蛛』の回復役が後ろに下がっていく。リベリスタの後衛攻撃が届かない位置へと。 49号は後衛リベリスタに毒をばら撒いて行く。漂う毒の粒子が悠月と氷璃を襲う。 こちら側の回復役を守っていたのは『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)だ。 「ちーっす!あなたの心のお邪魔虫、アークでーす」 軽いノリで笑顔を見せ戦場に、アークの頂きに立ち続ける男。 お姫様の遊びで眠っていたワンコを利用とか、ふざけんなよ! 崩界が進んでこれ以上誰かが傷つくのは許さない 燃える闘志は誰よりも高く、熱く。その拳を前に出しアークを率いて邁進する。 デュランダルが終に連撃を、ソードミラージュが幻影を纏った刃を拓真へと放った。 2人の身体からアガットの赤が舞い散る。 ダークナイトはレイチェルに向けて暗黒のオーラを収束した閃光を仕掛けた。 しかし、彼女は無傷である。なぜなら、ダンディライアン・ゴールドの瞳を持った夏栖斗がそこに居るからである。 六道の末端研究員である門司とユラでさえその名前を知っている。 ユラは頬を膨らませ、長すぎて手の見えない白衣の袖口をリベリスタに向けた。 「もぉ~、面倒な人が居るですねぇ~、でもぉ、私も負けないのでぇす! それいけ~★」 メガネの奥の瞳が笑う。袖口から繰り出されるのは巨大な結界。 花の広場上空をアザリアの繊細な光が、結界魔法陣が覆い尽くす。 途端にリベリスタを相当な重圧が襲った。 身体が重くなった様な感覚。素早い動きを封じられたのだ。唯一それを避けた闇紅以外は。 ゆらりと暗黒奈落からグラファイトの黒、『残念な』山田・珍粘(BNE002078)が現れる。 「今日は色んな味を楽しめそうですねー」 あは。と漆黒の瘴気を纏いながら、見えない獣の前に珍粘……那由他は立ちはだかった。 「あらあら、死に損ないましたねベル」 かつてこの花畑と同じ様な場所で戦った。 やっぱり二度と迷わないよう念入りにけしさらないと駄目なんですねー あかいろを求めた怪獣に那由他は話しかける。 「私の匂い、覚えていますか? あなたを眠らせた者の一人ですよ」 くすくす……。君の精神を切り裂いて食べたのを覚えてますか? また、すみれさんの所に送ってあげるね、ベル 「―――!」 声にならない雄叫びを上げて見えない獣は那由他に襲いかかろうとした。 しかし、終によってその身体は身動きが取れなかったのだ。雁字搦めの鎖がギシギシと音を鳴らす。 37号はリベリスタ後衛へと撓る枝を叩き入れた。また、氷璃と悠月の体力が削れて行く。 ● 白美鳥は旋回しそのシュネーの羽を折りたたんだ。そして、猛烈な急降下で終を地に沈める。 地面に咲く花はぶち撒けられた終の血によって椿の花の如く鮮やかな色をしていた。 終は失いそうになる意識を掴みとる。ここで自分が倒れればベルをすみれの元へ送る事も、仲間を守ることも出来なくなるのだ。 見えない獣を抑えこむには終の二刀が不可欠だったのだから。 エンバー・ラストの瞳が強い意志を解き放つ。己が目的の為。 ここに来ることが出来なかった紫の瞳を持った黒猫の為にも。倒れる訳にはいかないのだ。 ―――だから、もしこの声が届くなら 終のナイフが煌めきを放つ。風を纏って真空を伴って『ベル』へと。 「君も一緒に戦って」 流れる風は縦一閃、横一閃。 一撃でも多く! 終は、止まらない! まだ、それだけでは終わらない。 「すみれちゃんと過ごしたきらめく様な日々の想いを取り戻す為に」 ―――――二刀を逆手に斜めに二閃。 見えない獣が明らかな痛手を負った事が解った瞬間だった。 門司が放った真っ白の閃光弾の中、目が眩んだ一瞬の隙を突いてユラの袖口から大雪霰が吹き荒れる。閃光による麻痺すらも合わさって足元からどんどん凍りついて行くのだ。 氷璃、悠月の身動きは完全に封じられ、レイチェルを庇い続けた夏栖斗でさえも氷の牢獄に閉じ込められる。 しかし、本当の狙いは回復役のレイチェルである。そこには庇い続ける夏栖斗が居る。 「チッ……、ウゼェ奴だな」 「むふふ~、そりゃ、アーク筆頭、御厨夏栖斗ですしねぇ~。油断大敵なのですぅ~」 夏栖斗が居る限りレイチェルを崩す事が出来ないのだ。 レイチェルの“キュベレ・改”がスノウ・ホワイトの光を放ちながら上位神へと祈りを伝える。 その壮大なる音色は花達の色を鮮やかにさせた。そこから立ち上がる生命の息吹は、エルヴの光を伴いリベリスタの傷を優しく癒していく。 仲間を縛り付ける氷は跡形もなく蒸発していった。 闇紅に襲いかかる23号の蹄。猛烈な勢いでアクバールの瞳に向かってのしかかっていく。 その足が頭を穿つより早く、夜空と同じネイヴィブルーの髪を散らして闇紅は避けた。 手に持つ小太刀を構え身を翻し。 宿した羽で暗黒を纏った深紅の狼が跳ぶ。―――反撃のソニックエッジ。 闇紅は馬の足を見事に切り落としたのだ。 『蜘蛛』が蠢く。不気味に面妖に。 この場に来てなお、幻影剣士はその身を加速させ、暗黒騎士はより多くの黒を纏う。 「どういう思惑がある……?」 前に出てこない彼らを見て、レイチェルは疑問を持ったのだ。 「こいつら、何考えてんだよ!? バカじゃねーのか!」 「自分達だけ生き残る事を考えてるんですかぁ? 援軍としてしっかり働いてくださいよぉ~?」 門司とユラは『蜘蛛』に向かって悪態をつく。門司の苛立ちはリベリスタにも伝わって来た。 これは、こちら側にとってはチャンスでもあった。 氷璃が身体から流れでた血を使い黒橡の鎖を花の広場にばら撒いていく。 かつて『ベル』が駆けた草原と同じ様な光景が広がっていた。今度はキマイラ達を絡めとり濁流によって溺れさせる。 空を自適に舞う白美鳥以外のキマイラは鎖で繋ぎ止められた。 拓真のオブシディアンの瞳が強く輝きを放つ。 後ろに見えるのはパートナーである月の魔術師。 全てを壊し、この手で再生の花を植えた『庭』で共に在ることを誓い合ったのは昨日の事の様に鮮明に思い出せる。あの時も沢山の花に包まれていたのだ。 それから一年と少し。変わらぬ歩みでお互いを支えあって来た2人が重ね合わせる連撃。 二式天舞、ルーナ・クレスケンスの二重奏。 ――――黒の剣と白の弓の螺旋回廊が織りなすモノクロームの幻想世界。 拓真の黒砕を伴った豪撃は見えない獣の“自己回復”を停止させる。傷が治っていかない。 悠月の白銀を伴った電撃は見えない獣を巻き込んで敵全体を震撼させた。 神秘探求同盟第二位・女教皇の座、神秘探求同盟第八位・正義の座が戦場に占住する。 そして、この戦場にもう1人。 2人を祝福するように微笑む、神秘探求同盟第六位・恋人の座だ。 「黒く染まった私は、あなたの命も奪い生き続けます」 だから、今度はちゃんと死んでくださいよー。 自らも血を吐きながら、獣の魂を食らう。喰らう。貪食らう。 三日月の笑みを浮かべながら、混沌奈落の底から這出るグラファイトの黒。 その那由他の真横を夏栖斗の蹴撃がぶちぬいた。ウィスタリアの紫髪がハラリと舞う。 「残念……後で少しお話がありますね?」 薄笑いを浮かべながら顔を傾けた那由他。 目が合う。―――逸らした。 夏栖斗は後衛の守りへと猛ダッシュした。 シリアスシリアスシリアス……。 ● 「―――っ!?」 目の前で悠月、氷璃が倒れフェイトを燃やしていた。 その身に白美鳥の攻撃を受けたレイチェルもかろうじて立っていられる程度の体力しか残っていなかった。 レイチェルの盾にならんと攻撃行動から戻りつつあった夏栖斗をも巻き込んで降り注いだ白美舞。 夏栖斗は麻痺を負い、レイチェルは瀕死。 そこへ門司のアーティファクトから紫の煙が立ち上がる。ドロドロとした煙がリベリスタ後衛にまとわりついた。夏栖斗の守りが間に合わない。 レイチェルの周りを囲む紫の炎轟音を伴い苛烈する。 「―――レイチェル!!」 地面に倒れる回復役。 しかし、彼女が倒れれば戦線を維持することは不可能。 「あたしの……」 レイチェルの身体から白いフェイトが滲みだす。 「あたしの動きは止めさせない!!!」 倒れる訳にはいかないから。スノウ・ホワイトの運命の色がレイチェルの周りを覆う。 「みんなをやらせたりしない!!!」 ミヨゾティ・ブルーの瞳が宿す強い意志と共に、白き魔法杖を天高く掲げレイチェルは歌う。 祈りを天に。願いを神に。レイチェル・ウィン・スノウフィールドが奉ずる癒しの調べ。 リベリスタに降り注ぐのは花々を通して送られてくる生命の息吹。赤が修復されていく。 長い戦いは続いていた。 終と氷璃の麻痺と呪縛によって、ナンバーズキマイラと見えない獣の動きが封じられている状況で、削り合いのままジリジリと時間だけが過ぎていく。 「すみれちゃん、ベルの為に力を貸して!」 見たことも無いはずの少女が一瞬だけ『ベル』の極彩色の花の間に見えた気がした。 終の風の刃が見えない獣を穿つ。 巨体が明らかに緩慢な動きへと変化した。明確な“瀕死状態”だった。 ―――戦況が動く。 白美鳥が腹の口を大きく開けて、見えない獣目掛けて迫り来る。 とうとう仲間であるはずのキマイラを捕食しに来たのだ。 「来ます!!!」 悠月の言葉にいち早く反応出来たのは、闇紅だった。 その身を前に前に。闇に紛れてゆるりと生きて来た狼の眷属が。 今、その力を、全身全霊を持って、白美鳥と見えない獣の間に入り込む。 一瞬のミスも許されない絶妙なタイミングで、闇を纏った紅狼が凶鳥に飛びかかった。 腹の牙に貫かれて闇紅の血が舞う。 仲間が決死の覚悟で生み出した僅かな時間を無駄に出来ない。 迪拓者が身動きの取れない見えない獣に向かい生死の一撃を叩き落とす。 ―――必殺の致命傷だった。 『ベル』がドロドロに溶けていく。跡形もなく。もう、掘り起こされる事もなく。 今度こそ、無に返すことができた。 「私はベルに思い入れなんて無いけれど、生まれ変わる事を願っている子達が居る」 氷璃が誰かの気持ちを思っている。これ以上穢れる事の無いようにと。 「だから今度こそ、安心しておやすみなさい」 花々が咲き乱れる場所で『ベル』だったものは消滅した。 それでも、まだ戦場は止まらない。 氷璃はベルへの冥福を祈ったその瞳で、黒の楔を解き放つ。 降りてきていた白美鳥を鎖の鳥籠に閉じ込める事に成功したのだ。 続けざまに放たれる白美鳥への集中砲火。 夜空に輝く星の銀輪を冠する魔術師は、月の光を集めたような矢の先から放たれるシルヴァの電撃を的確に命中させる。 同じ“白鳥”が相対した時、勝利を得るのはより美しく意志が強い方である。 悠月の意志の強さはパートナーである拓真がよく知っていた。 風の様に柔軟で。しかし、決して折れることのない美しい強さ。月を名に持つ者に相応しい堅牢さであった。 ――――白き凶鳥がその中身を盛大にブチまけた。 ぶるぶると手を震わせて、ユラが怒っている。 「もぉー! 何なんですかぁ! 先輩のキマイラまで壊してぇ!」 自分のペットが倒される事よりも門司の白鳥が倒された事に怒っていた。 夏栖斗が前に出る。 「ユラちゃんだっけ? そろそろ引いてくれてもいい頃合じゃない? 門司くんも面倒ならもうサボっちゃいなよ」 「う、うるさいぃ~! 許さないのですぅ!」 ユラの周りに魔法陣が出現する。それは、増大し肥大し。地面に消えた。 途端に巻き起こる地震と岩の隆起。 地面が揺れる事は翼を宿し回避する事が出来た。しかし、迫り来る岩柱を交わすことができない。 否、闇紅と那由他はその身を器用に捻らせ直撃を免れていた。 「ユラさんはちいさくて可愛いなー」 くすくす……。薄笑いを浮かべながらフィクサードの前へ踊りだす那由他。 「私と好みも合いそうだし、仲良くしたいけど駄目なのかなー」 「ひぃ! こっち来るなですぅ!」 「じゃあ、斬らないと……ふふふ」 至極楽しげにユラを切り刻んで行く那由他が、混沌奈落のグラファイトの黒がそこに居た。 リベリスタが岩の隆起から戦場に戻ると『蜘蛛』が消え失せていた。 残るのは瀕死のユラとナンバーズキマイラ。未だ健在の門司であった。 「ここで退くなら、それも良し。……この件が終われば、また七派も楽団対策に動くだろう。必要以上の消耗はナンセンスだと思うがな」 拓真が顔色一つ変えず、冷静に叩きつけた現状。撤退勧告だった。 しかし、門司はナンバーズに攻撃命令を掛ける。それは、足止めに過ぎなかった。 ―――ユラを抱え木々の奥に消えて行く門司。 この瞬間、リベリスタが勝利を得たのだ。 終はネイヴィブルーの空を見上げ。 「ベル。天国の空は青いですか? きらめく色彩の中ですみれちゃんは笑っていますか?」 そう、解き放たれた『ベル』に優しく語りかけた。 ● 「チッ……お前ら、途中で消えやがって」 ユラを抱えながら森の中を走っていた門司は『蜘蛛』のメンバーと再び合流した。 「ぁ、先輩、逃げ、て……」 「はぁ? 何言って」 ユラの言葉に気を取られていた瞬間に突き刺さった『蜘蛛』の毒針。 “援軍”のはずの『蜘蛛』が六道のフィクサードに剣を突き立てた。 門司はその場に膝を付く。 「だから、いい雰囲気しねぇ、て言ったんだよ……」 煙草型のアーティファクトを取り出し、発動させた。 「乖離」 「先ぱ……」 紫の煙が魔法陣となって“ユラ”を包み込み、その姿が掻き消える。 「バカか、俺は」 けれど、これが門司にできる唯一の“償い”であったから。 ―――六道の門司大輔は三ツ池公園で死亡した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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