●色違い どうして、違うのだろうと思った。 隣にいる事も許されないのだと思った。私には、人間と同じような目もなくて、手もなくて、足もなくて。 それでも、好きだと思ってしまったから。 見てるだけでよかったのに。 見てるだけでは良くなくなってきた。欲は大きくなるものだから。段々と、段々と、肥大化するものだから。 『だいすきなあのひと』と同じになれば傍に居れるのかしら。 あの人と同じ『せいぶつ』の手を、足を、全部全部取ってこれば『同じ』になれるのかしら。 集めて、集めて、くっつけて。 そうしたら、あなたに気持ちを伝えられるかしら。 ●『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は恋愛小説を嗜む 「何だって、恋はするのね。其れは別に悪い事ではない筈なのだけれど」 何時も通り詩的に紡ぎ、予見者は寂しげに睫を振るわせる。 「アザーバイドが恋をしたの。ありがちな話ね。でも、『彼女』は想いを伝えられないわ。 彼女の外見は人間とはかけ離れてる。毛むくじゃらの黒い生物。嗚呼、けれど想いは私達と変わらない。 けれど、私達だって神秘の因子をこの身に宿したわ。 私のこの翼も、貴方達の体の変化だって、きっと――普通ではないの」 それでも、自身達は『ヒト』であるから。想いを伝える事の難しさは同じであれど、別の種である事を悩ましく思う事はない。 「見ているだけでよかったの」 一言だけ、紡ぐ。 アザーバイドはそう思っていた。けれど、想いは段々と膨れ上がる。膨れて行って、欲は大きくなる。 「見てるだけでは我慢できなくなったの」 想いを伝えて、願わくば傍に居たいとそう思ってしまった。想いを伝えるにしては自分の姿は受け入れられるものでないことを同時に彼女が一番分かっていた。 「だから、彼女はね、彼と同じになりたかったの」 ――想いを、伝える為だけに。 「彼と同じになる為に彼と『同じ』人間の体のパースを盗んでるわ。 目の前に居る女の人の脚を、手を。其々別の人から一つずつ一つずつ拝借して、大好きな人と同じに……人間になろうとしてる」 ただ、想いを伝えて、傍に居れたらと――恋を叶えたいと願っただけでも。他の誰かを傷つけてまで自身の想いを優先してしまう事はあってはいけないと予見者は首を振る。 叶わぬままの恋の果て。大好きな人は『神秘』に触れた事のない人だから、きっと、届かない。 「……届く可能性は?」 「ないわ。アザーバイドの恋した男性には思い人が居る。優しい女性よ。 アザーバイドも気付いているわ。だから、彼の想い人のお顔が欲しいの」 そうしたら、愛してくれるかもしれないから―― 想いの端に縋りたい気持ちが大きいのだろう。怖いのだろう。届かない事が、響かない事が、拒絶されてしまう事が。 「その想い人の女性を守って欲しい。それから――想い人を」 現場に居るのかと問いかける視線から顔を逸らして、世恋は緩く笑った。 「彼、今日、告白するんですって」 だから、叶わない。二つの恋が其処にあって、入る隙すらないとして、其れに気付いても届かせたいと思ってしまった。想いは止め処なく溢れてしまうから。 「想いが雪の様に溶けてしまえたら、どれ位楽なのでしょうね」 さあ、目を開けて。悪い夢を醒まして頂戴、と予見者は静かに紡いだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月17日(月)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 運命は残酷で、彼女の物語にはハッピーエンドは望めなかった。 けれど、彼女が世界を超えて恋をしたというならば、それはきっと『奇跡』だろう。 ● 『それで、黒欠さんは元の世界に戻れるの?』 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は予見者に問うた言葉を思い出す。Dagger2000に跨ってただ一人だけ仲間たちとは別の方向へと向かう。 住宅街の路地。小さな公園の目の前を歩く男に、彼は「静哉さん」と声をかけた。 『黒欠さんは?』 思い出す。その言葉に予見者はただ、さみしげに首を振るだけだった。 届かぬ思いに迷って、惑って。道さえも見失ったのだ。言えないままの君への言葉を胸に抱きながら。 「――静哉さんだよね?」 名前を呼ばれ、警戒を示した青年に悠里は一言ずつ紡ぐ。自分が誰であるか、自分が何をしに来たのか、告げないままに『自分を知っている』男に静哉は一歩後ずさった。 「今日、君が何をしようとしてるか知ってる。はっきり迷惑だとわかってる上でお願いしたいことがあるんだ」 君が、何をしようとしているか――? 青年の目が悠里へと向けられる。ずっと想ってきた片思いの相手へ想いを告げる。誰にも言ってないはずの事を――友人であれば気づいてるかもしれないが、彼はどう考えたって友人じゃない――知っているという? 警戒が濃くなる。悠里の心中に浮かぶ困惑は青年の物と似たものだろう。誰だって行き成りこんなことを言われては困るだろうし、これからいうことだっていい返事を貰えるとも思わない。 「あのさ、君が好きで、でも自分の容姿を気にして姿を見せることができない子がいるんだ」 静哉の目が悠里へと向いた。何をしようと――告白しようとしてる自分への迷惑。静哉の頭の中では自分を知っている女の子が悠里へと頼んで『想いを伝えてください』という所だろうか。 嗚呼、けれど。 「答えられないことを、知ってて?」 「……其れでもいいんだ。その子の告白を聞いてもらえないかな?」 答えられないのに、聞けというのか。ごめんなさいと紡ぐ自分は兎も角として『どこかの女の子』に恋の終わりと告げなければならないのか。 「どこで、それを聞けば?」 「ごめん、理由があって君と直接会うことは出来ないんだ」 何故と問うた青年に悠里は首を振る。会わせることは出来ないし、その恋を実らせるつもりはない。ただ、伝えさせてあげたい。その想いだけだった。 何度だって願う。お願いします、と。聞いて貰えないなら額をアスファルトに擦り付けてだって願う。 「――お願い。彼女からの最初で最後の願いなんだ」 何度だって、彼女の想いのために。 青年の熱意に静哉は未だ強い警戒を浮かべたまま、小さく了承する。ポケットから取り出した携帯電話。悠里の用意した其れは何ともつながらない。 「後で、そこに電話をかけるから、待ってて。彼女に伝えてくる」 言い残しDagger2000に跨った。ちらつく雪が泣いているようにも見えて、悠里は橙の瞳を細めた。 『救う手立ては――……そっか。じゃあ、行ってきます』 嗚呼、ごめんね。黒欠。この世界には、僕には、愛する人と守りたい人が居るんだ。 ● 高鳴る鼓動を抑える。初めての戦場は冬の寒さを感じる12月であった。 「初の戦でまさか他人様の恋に口出しすることになるとはな……」 何処となく遣る瀬無さを感じながら『牙持つ者』ジノ・カランガ(BNE004142)は広い掌をじっと見つめる。 小さく息を吐いて、初めてだからと怠らない結界を巡らせた。此処は住宅街だ。一般人の女や静哉には強い意志がありその存在を阻害できなくとも他の一般人の存在がこの場所に紛れ込む可能性だってあるのだ。 万能でない技術はケースバイケース。この場合、ジノの判断は正しいと言えよう。念には念を、であるい。 そんなジノであれどリベリスタとして初めてでた戦場は、彼が今まで知ってきた戦場とは違うのだろう。此れがアークのため、そして世の安寧のためであるならば。 「恋を断たせて貰おうか……」 恋という言葉に『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が顔をあげた。 ――恋をする―― 人間としての命題だ。その感情は誰しも抱く。人間――それには善人も悪人も、種も違うアザーバイドでさえも関係はなかった。 もしも関係があるとすれば、ソレはただ一つ。その思いが誰かを傷つけることに限る。 「……恋物語は嫌いじゃないっすけど、儘ならないモノっすね」 はあ、と吐き出す息の白さに冬だということを再確認した。恋は『春』だという。それには未だ遠い、咲き誇らない思い。 はらり、雪が舞う。ブリーフィングルームではなく雪を眺められる場所で予知を告げた予見者の言葉を思い出しフラウは緑の瞳を伏せた。 嗚呼、嗚呼――本当に。淡きこの恋心が、雪のように消えてしまえば辛く、無いのに。 「恋、初恋かあ」 思い出に浸るように。『覇界闘士-アンブレイカブル-』御厨・夏栖斗(BNE000004)が思い出すのは三高平に初めて訪れた頃の自分だった。 『初恋』は余裕のなかった自分の中に生まれた尊いものだった。ゆっくりと――けれど体感では芽吹くように急ぎ足で――膨らんでいく好きの気持ち。今になってはきっかけすら覚えていない恋心。 『好きよ、御厨君』 さらりと告げる年上の恋人を思い出して、『恋心』というたった一つの『特別』が嬉しくて堪らない事が再確認できた。じんわりと胸に広がるその思いが、どれ程嬉しいのか。 痛い位、胸が張り裂けそうになる位に分かる。 「恋って、素晴らしいものよね」 鮮やかな赤茶色の瞳は何を映すのか。『上弦の月』高藤 奈々子(BNE003304)は胸に手をやり深く息をつく。 嗚呼、片思いだって乙なものだ。初恋など、更に良いではないか。 「……けれど、自分の恋路に他人を巻き込んではいけないわ」 「嗚呼、恋は盲目という格言もある。他人を踏み台にしてでも――なんてことも起こり得るんだろうさ」 しかし、な、と複雑そうに漏らす『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)に奈々子は緩やかに笑う。 恋は素晴らしい。誰だって、恋に落ちて、恋に苦しむのだから。 「被害者は苦しんだのよ。私には……許せない」 豺狼は笑顔を望む。ただの一匹であろうとも、筋を押し通すべく無邪気なる悪にも笑顔を添えるべく。 フィクサードに救われた彼女は『彼ら』の一員が如く侠客を気取って笑う。 「押して、参る」 ● 言葉を発することなく、『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)はただ一般人の保護にだけ意識を向けていた。 キレイゴトを発することも、説得を行うこともしようとは思わなかった。碧衣はある意味では『一番残酷』で『一番やさしかった』のだろう。 討つしかないこの状況で叶わぬと判っている願いを押し通すのはエゴだと考えていた。感情的な部位を普段から押さえ込んでいた彼女の目の前で花が舞う。 放たれる聖なる閃光はその花さえも焼き払おうと周囲をまばゆい光で包み込んでいた。 碧衣の姿を見つめながらも『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は魔力鉄甲で包まれた掌を見つめた。 「……いっこも、あきらめないよ?」 何だって諦めたくない、普通の家庭で育ち、ただ『憧れ』を探し求める旭には竦む事など必要なかった。花が彼女の頬を掠める。仲間たちの体から流れる色に目をやって、逸らす。 赤は好きだ。赤は嫌いだ。けれど、見なければならない、自分が見なければ何も、得られないから。 「こんなの、誰もしあわせになんてなれない……」 目の前の毛むくじゃらはただの黒い塊だった。走るフラウが女性の首筋に宛がったスタンガンを見つめて、『欲しいもの』が奪われることに気付いた黒欠の唸るような声から目をそらして。 「――お願い、待って!」 少しだけでいい、少しだけだから―― 話を聞いてと懇願する旭の背後では、フラウが小さく息を吐く。手荒な真似などしたくなかった。振り仰ぐ瞬間に――彼女の目に黒欠が映る前に首筋に宛がったスタンガンは一般人女性の意識を奪うには簡単だった。 神秘秘匿すべし。 「――んじゃ、チョイと安全なトコまで連れてってくすっすから、暫くの間、現場を任せるっすよ?」 「OK、フラウ。任せて!」 ひらひらと手を振って夏栖斗は目の前のアザーバイドへと目を向けた。舞う花弁の中で夏栖斗の頬を切り裂く花を彼は炎を纏った拳で燃やし尽くす。 花がフラウの元へ行かないようにと彼はその身を花と黒欠の前へと晒した。 「ご機嫌麗しゅう、言葉通じる? 綺麗な花だね」 「ぁ――あ」 頷く様な声だった。日本語を紡ぐことは難しいのだろうか。言葉にならない声が黒欠の開かれた口から響く。い、あ、あ。何とも言えない唸り声であった。鮮やかな花が咲いた体を引きずって黒欠が放ったのは焼き払うかのような聖なる光。 ふわりと舞う花弁が彼女の体から飛び出すかのごとく出現する。 「わたしね、あなたのこと聞いたよ。何がしたいのかも分かってる。でも、だからこそね、止めたいの」 人間も恋に溺れて、人を傷つけることを戸惑わない人間だって存在している。旭の周りにだって存在しているだろう。 「あなたは『人でなし』だよ」 誰かを傷つける事をそういうんだ、と旭は言う。いくら外見を繕っても心が離れては意味がないから。もしも彼の好きな人の顔を手に入れて彼に近寄ったとしても、彼女の姿で笑っても心は離れるだろう。 誰よりも、見てきたはずだから。旭の声に奈々子は視線を揺らした。 「貴女は、間違ってるの。人間ね、大事なのは顔じゃないの。私は知ってるわ」 狼の姿をした、美しい青い毛並みをした奈々子はまっすぐに黒欠を見つめる。路地裏に咲く花を散らしながら、彼女は黒欠の言いたいことを一つずつ仲間へと伝えていく。 ――じゃあ、どうすれば届くのよ! その言葉に、奈々子は切なげに眉を寄せた。嗚呼――彼女は知っているのだ。 「届かないと、分かってるのね。自分でも……。相手に好きな人が居るって知ってるのね。悔しくて辛いのね」 わかる、と頷いて奈々子は大輪を黒欠に向ける。手向けの花は厳しさを纏ったままに早撃ちを繰り出す。 「でも、それは誰かを傷つけて良いという免罪符になんてならない!」 増える花がジノと肌を咲き続ける。前衛として立ち振る舞う彼の体を傷つけるものは多かった。運命などいくらでも放った。 「私はカルンガの戦士。卑怯を疎んじ、誇りを守り、戦に死ぬ者だ」 バトルアックスを握りしめ、隙を突くように目の前に迫る花を散らす。 「なあ、お前が本当にその人のを思うならさ、選択肢はいくつもあるんだよ」 ――選択肢を選ぶ余裕のなさは分かる? 喜平の言葉に黒欠は分からないんだと言うように雨を降らす。雪に混じった雨は、冬の寒さを増させるようにも思えた。 「彼の幸せを思って、その身を引く選択肢だってある。わかるか?」 けれど、止まらない思いなのだから、どうしようもない。思いを示すように喜平へと花弁が襲い掛かる。打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」で受け流しながらも彼の言葉は黒欠の言葉へと突き刺さっていった。 「失恋したときは、直ぐに何もかんも忘れるか。 どうしようもない位に泣いて叫んで悪態をついてさ、全部吐き出してみるといいんだよ」 嗚呼、失恋するんだと、想いを伝える意味さえないのだと言う様な喜平の言葉に黒欠から花が生み出される。襲い掛かる其れは光の飛沫と共に切り裂く喜平の攻撃も間に合わず彼の体を包み込んだ。 「お前は、恋と愛、どちらがほしいのだ」 ジノの言葉に黒欠は答えない。恋は一人でできるけど、愛は二人じゃないと。 嗚呼、それは、分からないのだ。分からないから誰かを求める。 「ねえ、黒欠ちゃん。恋は素敵だね。叶わない恋だってある。叶ったらもっと素敵だ」 あ、と黒欠が夏栖斗の声に反応するように顔をあげた。 「僕たちヒトと君は違うものだね。だから、ヒトの物を奪ったんだね。……それって逸脱してるんだよ。 見せかけの自分で愛してもらえる? 本物じゃない自分を愛してもらって君は――嬉しい?」 「ぃ――あ……ッ」 その言葉に嬉しいだなんて答えられる訳が無かった。自分を見てほしくて誰かから奪っても、結局は自分の物にならないのだ。 辛くて堪らなくて、泣きたくなる。黒欠の想いが、夏栖斗には痛いほどに分かった。 駆ける音が聞こえる。フラウと悠里の姿を確認し、リベリスタはほっと胸を撫で下ろした。 「お待たせ……! 黒欠。君の想い、伝えてくれないか。静哉さんに告白を聞いてもらう承諾を貰ったんだ」 「おせーよ! 金髪メガネ!」 できたら、君から伝えてほしいと悠里は携帯電話を差し出した。黒欠の動きが止まる。傷つき運命を代償にしてでも耐え忍んでいた仲間たちはほっとしたように悠里を見つめた。 「君があの女の子の顔を奪うことは防ぐ。けれどね、君が人を好きなったということを僕は否定したくないんだ」 だから、お願いと。誰かを好きになれた奇跡を大切にしてほしいと悠里は紡ぐ。黒欠の前へと奈々子はゆっくりと歩み寄る。 「伝えましょう……?」 電話なら外見は気にならないと旭は笑った。何も気にすることなく、想いを伝えられるから。そういって、旭は傷だらけの体で黒欠の目の前に立つ。 「大丈夫だよ。わたしね、今初恋中で片思い中なの。だから、気持ちわかるよ。 恋ってねステキな気持ちなんだよ。これ以上、汚さないでいようよ。 今のあなたの気持ち伝えよう?――怖いなら、傍にいるから」 手を繋ぐから、声なら私の声を貸すから。旭は優しく笑いかける。だから、頑張ろうよ。 寒いからと気を使いコートを一般人の女性に掛けて来たことで薄着になった体を抱きしめながらフラウは心の中で黒欠へと言葉を贈る。 ――頑張れ、女の子。 届けばいいと思う。けれど、無理でも、伝えるだけでも十分凄いことだから。 コール音。旭の優しい声が伝えるのは黒欠の言葉であった。 あ、あ、と漏らす声を奈々子は一つ一つ旭へと伝えた。彼女達は優しかった。黒欠の想いだって、優しいものだった。 心配していたひどい言葉は何もなかった。奈々子はゆっくりとゆっくりと紡ぐ。旭の声を借りて、黒欠は愛しい人に一つずつ伝えるのだ。 好きにならせてくれて、有難う。 幸せな気持ちをくれて、有難う。 『――ええと、黒欠ちゃん?』 その声に、黒い生き物は蠢く。嬉しい様な悲しい様な、何とも言えない思いを表すように、うう、と小さく泣いた。 「わたし、あなたのことが好きでした」 『ああ、うん……ごめんね。好きになってくれて、有難う』 見たことがないから、君にこの言葉をかけていいのかはわからないけれど。 そういう静哉の言葉に黒欠は首を振る。 ぽたり、落ちたのは彼女に降り積もった雪だろうか。それとも、涙だろうか。 ぽたり、ぽたり。 もう花弁は周囲には舞ってはいなかった。ただ、雪がはらはらと舞う街角で夏栖斗は黒欠への首へと手を回す。咲いている花の香りが彼の鼻孔を擽った。 「頑張ったね。失恋の気持ちは悲しいけど、きっと君の気持ちは伝わったよ」 ぎゅ、と抱きしめて笑う。花を散らし続ける碧衣は安堵した様に胸を撫で下ろした。鮮やかな蒼い髪を靡かせて彼女は悲しげな表情を浮かべたまま武器を下さない。 帰り道が、分からないのなら。彼女はリベリスタだから。 この世界を守らないわけにはいかなかったのだ。 「遣る瀬無いな……」 ただ直向きな想いだった。彼女にってはそれが普通だったのかもしれなかった。彼女は悪いことをしたという自覚はなかったのだ。 「ごめんな、こうすることしか、もう君を救えない」 これがこの世界のルールだから。リベリスタとしての規律だから。そんなキレイゴトを捨ててしまいたいとも思う。決まりをすべて守れている優等生でないと思う。 けれど、『ヒト』の命を奪っているから、『ヒト』の残滓をその身に残しているから。悪気なくともこの世界にとっての害になってしまっているから。 「……黒欠ちゃん、ごめんね」 夏栖斗の拳が、黒欠の体へと飲み込まれる。悠里が告げていた。ハッピーエンドはこの物語には存在していないのだと。それでも、彼らは世界を守ることに懸命になれるから。 黒欠の目の前でフラウはとん、とアスファルトを蹴った。澱みなく放たれた攻撃が彼女のその体に咲く花を散らす。 「これはきっと悪い夢っすよ。大丈夫、もう一度夢を魅せよう」 現実で叶わないなら、せめて夢の中で。ただ溺れるように眠ればいい。 ● 「馬鹿、だな」 碧衣の呟きは、黒欠へとは届かない。涙が零れ落ちそうになる。 感情を吐露せぬようにと飲み込んで、鮮やかな蒼い瞳を彷徨わせた。 飲みこみきれない言葉は、ただ、降り出した雪に紛れるようにして消える。 吐き出した吐息は白く、空へと紛れた。 誰かを使って得た好意は自分に向けられたものでないのに。 ――馬鹿だなあ。 ああ、其れでも彼女は願ったのだろう。一度でもいい、愛しい人に微笑んで名前を呼んでほしいと。 『黒欠』 言葉が、欲しいと。それだけで満たされたのだろう。眼帯の奥でフラウは目を細める。 悪い夢から醒ましたのなら、もう一度だけでも夢を見せよう。恋に沈めばいい。 「――お休みなさい」 ――はらはらと散る雪が旭の掌へと落ちて、溶けた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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