●生と死の渡し守 目を開けた少女に、驚愕とも感嘆とも付かぬ声が漏れた。 二度、三度、瞬きをして上半身を起こした少女を母親が抱き締める。 「かな、かな……!」 「ほ、本当に……!」 涙で濡れた父母の顔を順に眺め、少女は三番目の男に目を向けた。 喪服の如き黒いスーツを身に纏い、笑みを浮かべる老年の男。 年齢的には少女の祖父のようにも見えたであろうが、振り返った父母が向けたのは崇拝にも似た尊敬の目。 「ありがとうございます、ありがとうございます……!」 「まさか、本当に、こんな」 「おや、疑われておりましたか」 嫌味さはなくも笑って告げられた言葉に、夫婦揃ってバツの悪そうな顔をする。 男は軽く手を振ってそれを切った。 「ああ、いえ、慣れておりますのでね。実際に見なければ理解出来ないのも無理はない」 「……しかし、本当にありがとうございます、お礼はすぐに振り込みますので……!」 「速やかに他の方へこの『儀式』を行う為にも、是非お願いします」 優雅な一礼。 少女は涙を拭う母の肩に手を乗せる。 それにまた、泣き出す母。 目元を押さえ続ける父に向けて、男はそっと囁いた。 「此方に『戻って』きたばかりのお嬢さんは肉体と魂が大変不安定な状態です。しばらくの間は言動が落ち着かないと思いますが、愛情を注いで世話をすれば、すぐに以前のようになりますよ」 「ええ、それは、それは、もちろん!」 「なあ可奈子、お父さんだぞ!」 ぼんやりと男に瞳を向けた、少女の形をした『物』に対して――彼は薄く、微笑んだ。 閑静な住宅街にある広い家。 そこから出た男は、着信音に気付いて携帯を開く。 彼の好きなクラシックは頭で演奏を止め、『取引相手』の声を流す。 「――はい、『カロン』です。……ああ、田沼様」 「ああ、はい、そちらには明日の朝向かいますよ」 「え? ああ、多少の傷や腐敗はどうとでもなりますが、状態は良い方が好ましいですね」 「ええ。ええ。それはありがとうございます。手間が省けます」 「はい。それは勿論。互いに良い仕事となる事を祈っておりますよ」 「午前三時ですね、了解致しました。では、また――」 ●偽りの救世主 『貴方の大事な人、生き返らせます』 ぴらり。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が差し出したチラシに書いてあったのは、そんな文言。 白黒の一枚は広告としては地味すぎる気配さえしていた。 カルト集団の勧誘かと見まごうようなそのキャッチコピーにリベリスタが眉を寄せれば、イヴは口を開く。 「これ。行って来て」 告げられた言葉は簡潔。 「この広告主がフィクサードだ、って言えば意味は通じる? 生き返らせるなんて嘘。 『カロン』と名乗る男は、死体をエリューション化させて生き返ったように見せている」 チラシを見ても住所等はなく、携帯電話の番号が記載されているのみだ。 引っ繰り返して真っ白な裏を見たリベリスタに、イヴは指を向ける。 「残念だけど、手がかりが少なすぎてアークと言えども彼の行方を追うのは難しい。 だけど、別のフィクサードが彼と取引をするのを『万華鏡』は捉えた。そこを突いて」 モニターに現れたのは三高平市の地図。 イヴが示したのは、湾岸近くの倉庫街だ。 「どうやら『カロン』に取引を持ち掛けるフィクサードは、殺した相手を生きていたように見せかけたいだけみたい。だから、『本当に生き返る訳じゃない』という事は知ってる。説得とか、その辺はきっと無駄。あっちも脛に傷を持つ身だから、逃亡するか、目撃者は消せの精神で応戦してくると思う」 人目を避けての取引というのは、こちらにとっても好都合。 周囲の目を気にせず戦える、という事だ。 「詳細な情報は先の通り分からない。彼は『助手』と称して護衛用のアンデッドを二体いつも従えているわ。こちらの攻撃方法は単調みたいだけど、打たれ強い。 カロン自身も弱い訳じゃない。けれど状況が明らかに不利になったら逃げるかも知れないから、注意して」 他に、と少女は少し考え、そして口を開く。 「死んだ人は生き返らない。みんな知ってること。知ってるけど願うこと。 ――会いたい、喋りたい、目を開けて、返事をして、一緒にいて。 その心を利用して金儲けをして、故人も遺族も踏み躙るこのフィクサードを叩きのめして」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月22日(水)23:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●此岸 微かな潮の香りが鼻腔に届く。 時刻は午前三時、少し前。 シャッターの開けられた倉庫の片隅で、リベリスタ達は息を殺していた。 大人が片手を横に広げた程度の幅の箱を横に、壁に寄りかかっている柄の悪い中年の男が田沼であろう。 そもそもこの取引に異能を持つ他者が介入してくる事は考えていない様子で、警戒も一般人に対する必要最低限に留まっていた。 すぐにでも殴り倒したい気持ちを抑えて、『フィーリングベル』鈴宮・慧架(BNE000666)が拳を握る。 仮初の命は更なる不幸を導くだけ。 新たな不幸を導こうとしているのが、自らと似通った能力の持ち主であればその怒りも増した。 明け前の倉庫は暗く、田沼の傍にも豆電球のような乏しいオレンジ色の光が一つ光るのみ。 用意してきたランタンを指先で確認し、『シルバーストーム』楠神 風斗(BNE001434)もまた、男を睨みつける。 何らかの悪事に手を染めているこの男も憎むべき相手ではあるが、真の敵はまだ現れない。 大切な人を失うこと、それは彼自身も経験した事であり、それにつけ込んだカロンは唾棄すべき存在であった。『ミス・パーフェクト』立花・英美(BNE002207)とて同じだ。死は免れないものであり、それを受け入れなければならないのは生きる者の宿命。 重いそれをすぐには受け取れない事は罪ではない。罪があるとすれば、その荷物を取り去ったかの様に見せかける者に。年も近い彼らは、偽りの生を謳うフィクサードに素直に憤っている。 同様の感覚を『深闇を歩む者』鷹司・魁斗(BNE001460)も抱いている。ただ彼は、それを素直には表さない。口の端を少し上げて、狩るべき獲物を待っている。好きな煙草は、これが終わるまではお預けだ。 普段は消えぬ煙草の香りを纏う『八咫烏』長谷川 又一(BNE001799)の手にも、小さな光は灯っていない。彼と『悪夢の忘れ物』ランディ・益母(BNE001403)の感情は、少し温度が低く深い。死を受け入れられない者が存在するのは責められない。それを軽くする者がいるのも在り得る事であろう。ただ、今回のこれはこの世界に在り得ない手段。最終的に誰もが不幸になる手段。故に許されるべきではない。 十六、いや、魁斗の隠された一つを引いて十五の目が、手持ち無沙汰に立つ田沼の先に向けられた。影が一つ。二つ。三つ。仕立ての良い黒いスーツ、喪服に似たそれ。 重い荷物を、見えない爆弾へと摩り替えて此岸へ返す渡し守が、漕ぎ手を二人携えて現れた。 「――お待たせしました、田沼様」 「おお。アンタか」 丁寧な一礼を捧ぐカロンに頷いて、田沼が壁から背を離す。 田沼は箱をその場に置いたまま、現れた男へと近寄っていった。 「行くぞ」 タイミングを見計らった『月刃』架凪 殊子(BNE002468)のすらりとした白い肢体が、己の限界を引き上げながら闇へ跳んだ。 ●曖昧な明け 「邪魔しにきたよ、狩りにきたよ、角笛はなしで」 飛び込んだ『原罪の羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)の前に男が立つ。血の気のない顔、能面の如き顔。通常の人間ならば違和感を覚えるだけのその表情だが、ルカルカは知っている。彼らが既に人間ではない、この世界に取っては不条理の物だという事を。逆に嘗ては人であった事を。 だが、まだ幼いの範疇にも入るだろう若さの故か、生来の性質か、彼女はそれを意に介さない。現の人のまやかしを狩る。思い描くはそれ一つ。 人の如き滑らかさで、しかし意志のない女の一撃がピンクの髪を切り取るのに、ルカルカは薄く笑った。 突然の気配に目を見開いた田沼を、魁斗の糸が絡め取る。 「てめーもな。逃がさねーぞ、下衆野郎」 「さあ、お仕置きの時間です」 動きを封じられた田沼に、慧架の鋭い蹴りから繰り出された刃が襲い掛かった。身を裂くそれに舌打ちをして、男は少女を睨み付ける。 「んだと、誰だか知らねぇけどザケた事してんじゃねぇぞ!」 糸を振り切り、炎を纏った拳が慧架を容赦なく打った。マトモに入った拳に、纏わりつく炎に肌を焼かれながらも少女は澄んだ怒りに燃えた瞳を逸らさない。 注意を彼らが引いた隙に、気配を絶ったまま又一は箱の傍らに滑り込んだ。積み重ねられたダンボールが彼の影を紛らわせる。起こされる危険性を考えれば、すぐにでも安全な場所に移行させたいがカロンの足止めとして使えるならばまだそれは叶わなかった。箱の中に在るだろうものへ、心中で我慢してくれよと呟きながら又一は続き息を殺す。 「カロン! 冥府の川への片道切符を届けに来たぞ!」 又一の動きを視界に捉えた風斗が前に飛び出し、ランタンを転がすと共に闘気を迸らせ己へ更なる注意を退き付けた。 渡し守の名を叫ぶ彼に、カロンの目が眇められる。 「チッ……何だよコイツら。アンタつけられてたのかよ」 「ご冗談を。彼らはどう見ても『ここ』で待っていたではありませんか……おや?」 ランディの拳を男が受け止めるのを見ていたカロンの灰の目が、何かを確認するかのように僅かに寄せられた。 一瞬視線をランディの全身に走らせ、薄い唇が笑みを描いた。 「ほう。貴方の事は存じております、益母様、ですね?」 「へぇ、だったらどうする?」 ランディは打ち合わせた拳を引き、カロンへ不敵な笑みを向ける。 それには答えず、渡し守はぐるりとリベリスタを見回した。 「なるほどなるほど、という事は『アーク』の方々ですか、噂に違わぬ地獄耳。いえ、この場合は目でしょうか」 「――余裕を装えるのも今の内ですよ」 英美の放った一撃が、老紳士のスーツを裂いて太股を掠る。が、彼は怯まない。 仕事の際の演技なのか、それが素であるのか、芝居がかった仕草で両手を広げ朗々と。 「そちらに文字通り目を付けられたとなると面倒な事。以後この仕事はしない。見逃してくれ、と言っても……無駄でしょうね?」 「そうだな。もう充分に荒稼ぎしただろう。幕引きは任せておけ」 簡潔な答えを殊子は返し、些かの濁りを見せる瞳を向ける男の死体へナイフの刃先をねじ込んだ。彼らとて元は命ある人間だった。自称の渡し守はそれを無理やり引き戻し、意志なき人形として己を守護する傀儡と化している。 それに哀れは覚えれど、カロンを終わらせなければ新たな死体が『生き返る』だけ。それは即ち、彼らに続く冒涜を許すという事。ならば今、打ち倒さねばならない。 殊子の隣でルカルカも己の爪を躍らせた。 「羊に爪はないとおもった?」 能ある鷹は爪を隠す、ならば羊とて隠していても不思議はない。ないと言えばない。ルカルカの言葉に女は答えない。そもそも理解していないのかも知れない。男の方はカロンの前から動かない。 「アークね……はん、正義の味方ごっこなら余所でやれよ」 「ごっこ、と思うならその身で受けて下さい、そして償って貰います」 「楽に死ねると思うなよ?」 田沼の動きを止めるは魁斗の糸。舌打ちをしながら、男は慧架の拳を真っ向から受け止めた。 左右色の違う瞳と、裏を生きる暗さと澱みを秘めた男の瞳が交差する。 「貴様は絶対に許さん、この場で斬り伏せてやる!」 「おやおや物騒な事。私は誰も害していないのに、貴方に害されるので?」 風斗の刃が渾身の気合で立ち塞がる男の助手を壁際まで弾き飛ばしたというのに、カロンの顔から笑みは消えない。血気に逸る少年を見て、老紳士はおどけるように嗤っている。 カロンの前が開いた瞬間、風斗は友の名を呼んだ。応え飛び込んだランディが真正面から己の獲物を叩き込む。斧が肉を裂く感触を掌で受けながら、彼は唇を開く。 「アンタの仕事は素晴らしいぜ、敬意を抱く程に」 「――お褒め頂き、至極光栄」 ギラつく瞳が伝える言葉に、牙の先で彼の肩口を引き裂き血と力を得たカロンが笑った。歩く死体を従えるカロンは、さながら怪奇の伝承の如く生者から血を啜り糧とできる異能であった。 ランディの言葉がそのままの褒め言葉でない事など分かっている。 だからこそ気に入らない、と呟くランディに、カロンは面白げにほう? と問い返した。 「誰かが笑えるなら、手段なんぞどうだって良いが――それが自分を騙して笑ってんなら別ってこった。人様の死体だけじゃなく、思い出まで穢す道理なんざてめぇにはねぇんだよ!」 「知りなさい。世界はあなたのような外道を……絶対に許さない!」 ランディの咆哮に続いた、凛とした英美の言葉と共に、眩い光が女とカロンを貫いた。 ●彼岸 死体が戻る。 死体に戻る。 吹き飛ばされても、まるでレールの上を走り続ける玩具の様に同じ動きでカロンの傍らに立ち庇い続ける男が風斗の刃に膝をついた。ランディが邪魔だとばかりにそれを吹き飛ばし、倉庫の壁に打ち付けられた男は首を在り得ない向きへ曲げ、動かなくなる。 女の体もそろそろ酷い有様となる頃合であった。時に魁斗に動きを止められ、慧架の一撃を加えられる田沼もまだ倒れはしないが劣勢だ。この場で最も健常に見えるのは、敵の気を削ぎ自身の力と変えられるカロンであった。とはいえ、人数差もあり決して優勢でない事を彼は悟っている。であれば、取るであろう手段は――。 皆の動きが次の挙動へと入れ替わる隙を待ち、動き出したカロンの目的を殊子は悟る。 殊子とルカルカの注意が女へ向き、風斗とランディがカロンへの道を開ける為に男を打ち倒した間隙。そこに滑り込むように、カロンは走り出した。目的は分かっている。『箱』だ。 英美の矢が脹脛を貫き、カロンの速度が落ちる。だが止まらない。己の身が箱の防壁ともなれる事を知りながら、殊子は敢えて動かなかった。 箱の傍には守護たる烏が止まっている。 ――さあ。我らが誇るロマンスグレーのお手並み拝見だ。 殊子の唇の端が微かに上がった事を、渡し守は知らない。それは死体と、利害関係でしか結ばれていないフィクサード達には在り得ない信頼から来るものである事も。 「さて、宴も酣でありますが、そろそろお暇の準備をせねばなりませんで」 薄く笑ったカロンは、箱に手を掛けながらそう嘯く。 これで新たな肉壁を増やせると確信した彼が、僅かに油断したその瞬間。 ひたすら静かに待ち続けた蜘蛛の糸が、絡んだ。それはカロンを傷付ける威力こそ殆ど持ち得なかったが、動きを止めるには充分な強さで締め付ける。 ゆらりと立った。影が一つ。白と黒の間を彷徨う彼の色は灰。 死者を呼び戻す男と同じ色をした瞳を向け、此岸の摂理を守る烏は鳴く。 「骸攫うは火車の業――だが、攫うなら、罪人である己の骸をつれていけ」 「……手の内までお見通しとは。やれ『神の目』は誇張ではないという事か」 箱を飛び越える様にして前に降り立った又一に、溜息の様なものを零しながらカロンは見えぬ天を仰いだ。彼の眼下では、血飛沫と共に女が倒れる所であった。女よりも更に傷が深く見えたルカルカが、折れかけた身をバネの様に戻して喉を裂いたのだ。 「……死活打崩候」 一気に局がリベリスタに傾いたのを見て、活き石を増やした男は微かに笑った。 「言っただろう。ここで貴様を冥府に送ると!」 「みみっちい小細工してんじゃねぇよ!」 風斗の剣と、ランディの斧。 この場で最も力強い戦士のそれが、タイミングをずらしながらカロンの痩躯に叩き込まる。 溢れる血、骨の折れる音。傷口から見え隠れする白にぬらりと光る赤。 仰向けに倒れこんだカロンに、戦闘継続の余力がないのは見た目にも明らかであった。 「……クソッ」 幾度目かの糸を振り払った田沼が、それを見て悪態を吐く。 彼の攻撃を受け続けた慧架は、既に地に伏していた。想定以上に硬い二人の『助手』と逐一回復をするカロンに手を取られ援護が薄かった状況において、ここまで持ったのはむしろ彼女の精神力の賜物と言えよう。逃亡阻止の為に糸を張りながら、合間に彼女を庇った魁斗も良い状態とは言えない。 だからこそ、箱と傍らのカロンに多くの注意が向いた隙に身を翻した田沼に追い付くのは難しかった。 「逃がさねーって言ってんだろ……!」 駆けて魁斗が糸を張るも、田沼は止まらない。弱った自身が一人で追って返り討ちは避けたいが、カロンはまだ息があり捕縛完了とは言えない。逡巡が更に距離を広げた。 結果としてその背を見送る事になり、魁斗は苛立たしげに頭を掻く。 一瞬沈黙の落ちた倉庫に響いたのは、カロンの笑い声。 充分致命傷と言える傷を負いながらも、彼はまだ生きていた。 「ああ。偽りの命を厭い唾棄しながら、真実の命を奪うのが貴方がたのやり口か。いや結構。欺瞞と独善に満ちたそれは実に愛おしく愚かしい」 渡し守は笑っている。嗤っている。そこに嘘はない。真実もない。幼子を見るような慈しみの目を向けながら、心の底から嘲っている。風前の灯の命で、生ける者を嗤っている。 「……黙りなさい」 冷めた声と共に放たれた英美の一撃が、カロンの頭を貫いた。 既に戦闘能力を失っていた男にそれを防ぐ力はなく、耐え切る余力もなく。 血と脳漿を散らし、唇に笑みを描いたまま、渡し守は旅立った。 ●死んだ人間と生きるヒト カロンの死体を前に、英美は両手を合わせていた。 祈りにも見える仕草は、彼の紳士への赦しではない。 掌の間にあるのは懐中時計。打ち倒して尚、余りあった憎悪は男の命を止めた。 憎しみに引き摺られてしまう自身はまだ、パーフェクトには届かぬと遠き父の幻影に頭を垂れる。 一方、軽く打ちつけられた箱を確認の為に開いたリベリスタが見たのは、予想通りのもの。 自分と然程変わらぬ、十代半ばであろう少年が物言わず眠っているのを見て風斗は息を吐く。 田沼自身が何らかの失態で殺してしまったのか、家族を騙して運び込んだのかは分からない。 だが、彼は二度目の目覚めを迎えずに済んだ。 「……さ、帰ろうぜ」 「……ああ」 風斗は首肯を返し、煙草を咥えた魁斗から火を貰った又一と共に箱を担ぎ上げる。 アークへ運搬すれば、身元の特定と返還は可能だろう。これも誰かに取っての大切な人。ならば彼らの思いが更なる未練を呼ばぬ内に、返さねばならない。 「逃げたのも、きっとどこかで会えるかもね」 「そうだな。その時はあちらにも閉幕して貰おう」 終わったばかりで次の狩りを思うルカルカに殊子は頷き、互いに慧架に肩を貸した。 見知らぬ少年だが、彼も生きて、その記憶は誰かの中で生きている。 ――『命』の記憶は軽くない。 誰かの中で、その思い出が穢される事なく輝き続ける事を信じ――ランディは目を閉じた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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