● 理不尽の中で、救いを求めた。 この世界の力では救えないのなら、他の世界に頼れば良い。それはそれは、とても安易な考え方だった。 やっと見つけた、大きな代償を供物に癒しを与える存在。 ――その願い、叶えましょう。私をそちらへ誘ってくれたのなら。 ああ、良かった。 「例え何があっても、妹が生きてくれるなら」 男の手前には、車椅子に乗って眠った少女。他の世界の毒に侵され、日に日に天国へと足を近づける彼女をなんとしてでも繋ぎ止めようと、男が頼ったのは腐れた女神。 もしかしたら、もっと気前の良い女神は居たかもしれない。 もしかしたら、もっと良い解決方法はあったかもしれない。だが、少女の命が尽きるまでの時間がそれを許してはくれなかった。 女神の口は嘲笑いながらこう言う。 ――私を其方へ誘うためには、貴方の命が必要ですが良いのですか? 一瞬だけ、男の身体が微動する。 もし、自分がいなくなっても妹はやっているだろうか。死んだらどうなるのか。 不安は、烈々と心で膨れ上がる。けれど、それでも、たった十年しか生きていない彼女を生かすにはそれしか無くて。溜まった唾液を、力いっぱい飲んでからこう言った。 「僕は全てを捧げても良いから」 頼んだよ。 ● 「お兄ちゃん?」 「起こしてごめん。夜だけど、神秘に気づいて邪魔が入るかもしれない。 もう少しで完成するんだ。体が軋むのは解るけど、妃那しか頼れないから」 この女神の召喚には、大きな影響が出るのだ。能力者にしか解らない視点で見れば、月明かりが消える程の闇が覆う。一般人からも解る視点では、周囲の木々が枯れ果てるのだ。 身体が揺れて、夢から覚める。少女はまず兄の音を探した。 というのも、少女は顔をほぼ包帯で隠していた。これは病により、紫色に変わっていく肌と、使い物にならなくなった目を隠すためのもの。 今は、集音装置で兄の音だけを頼りに生きているのだ。 「……解ってる。お兄ちゃんの努力を無駄にしないためにも、治るためにも……妃那、やる」 「ごめんね。もう少し……なんだ」 「ううん、いいの。今日までありがとう」 妹は兄の体温を探り、その身体に腕を回した。此処はなんて落ち着く場所か。妹の、妹だけの、特等席。 「お兄ちゃん、いいにおいするね。お兄ちゃんのにおい大好き」 妹は自身の命が少ない事は解っていた。しかし、彼女は気づかない。 兄の命のタイムリミットが、速度を増して動き出していた事を。 その後ろに、嗤う女神の存在を――。 ――嗚呼、なんと憐れな兄妹。邪魔されるのは嫌でしょう……私も力を貸しましょう。 全ての準備は整った。兄は血で陣を書き上げる。 願わば、妹が無事に生きていける事を願って。六十の自分を作り上げた。 けれど、けして守れない約束が胸に突き刺さる。 「お兄ちゃん。妃那が治ったら、妃那と沢山遊んでね」 頷く事は、できなかった。 ● 「集まったね。それじゃあ……説明を始めるよ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は資料を捲って話を始めた。 「今回の依頼は人手が欲しいから、二班に分かれてやってもらうよ。もう一班の方は既に杏里が説明中。こっちも同じ説明をして、でも担当は別ってこと」 イヴは小さな手でモニターを操作する。映し出されたのは一組の男女。 「兄と、妹。通称『二鬼夜行』と呼ばれているリベリスタ。兄の壱鬼、妹の妃那だね。 でもね、とあるアザーバイドと交戦した時に妹の妃那が呪いを受けたの」 見れば、妃那の身体はアチラコチラに包帯を巻いている。その微かな隙間から見える肌色は紫色へと変わっていた。 「生きながら腐っていく呪いなの。既に彼女の目は腐り落ちて見えていない程に重傷のね? 治す術はこの世界には無いと悟った兄は、あらゆる知識を探って、一つの女神の召喚に行き着いた」 その識別名は――堕ち女神。所謂、邪神に分類される上位の存在だ。 「神様の成り損ないだね。 堕ち女神自体の実力はフェーズ3前後だけど、未だ召喚されていなくて、儀式だけだから実際に戦闘はまだしないよ。 でも、この女神……この世界に召喚する儀式だけで周囲の木々が枯れたりと……影響が出始めているから召喚させるのは危険と判断した。 だからね、リベリスタ二名による儀式をどうにかして止めて欲しいの。 彼女は命を吸い、奇跡を与えるけれど救いはしないわ。だから、この兄妹もきっと救われないから――」 此処から説明は別れる。 召喚のための魔法陣は教会の中にあるという。これも壊すには八人以上の力が必要だとイヴは言う。 しかし、まずは中に入らなければいけない。 この教会には、入り口と裏口がある。入り口は兄が守っていて、裏口は妹が守っているらしい。そして此方の担当は『裏口』。 「妃那が居る。それと、開きかけの穴からアザーバイドがねじ込んだ自身の分身も一緒。これは十体居るけど、倒せば倒した数だけ即補充されるの」 つまり此方は能力者+数の変わらないアザーバイドを相手にしながら、どうにかして内部へ侵入しなければならないという訳だ。 イヴはため息混じりに言う。二人を一緒に生かす道は無いと。 「妃那は放っておけば死ぬし、儀式が完成しなかったら死ぬ。どう足掻いても死ぬの。 でもね、儀式は中断させないと、大変なものが召喚される。もっと犠牲が出るかもしれない。召喚されたら妹は生きるけれど、兄は死ぬ」 さあ、どっちを救うか。どっちも救わないか。世界だけ救うのか、リベリスタ。 「生かすだけが救いでは無いかもね。それじゃあ、皆……頑張ってね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月28日(金)22:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● キィ、キィ、車椅子の車輪が高音を出しながら回る。回れば、回る程、少女の命も削れていく――。 「やっぱり……お兄ちゃんの言っている事は正しかったんだ」 目は見えぬから想像するしかない少女。見えぬ先を見通すように、足音だけを頼りに、彼女は八つの音を感知した。 普通一般的に生きているなら足音なんて聞かないものだが、人によって個性があるとかは聞いた事があるだろうか。それだろう。 「もう少しで、もう少しでお兄ちゃんと……遊べるんだ……」 やらなくては。 少女は幻想(ゆめ)を見る。けして叶わぬであろう、幸福の形を。 『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)を始め、八人のリベリスタが教会裏手に揃った。 「いい? ノルマは四人の突入だよ。やれるなら、その人数多いに越した事は無いけどね」 アーリィは小声で声をかけ、その言葉にリベリスタは一度だけ頷いた。 辺りは暗く、寒く、静かだ。風の音が耳のすぐ横で通り過ぎていく。その奥で、少女は一人、待っていた。いや、待ち構えていた。 「ごめんなさい、もう少しで完成するから……此処から先には行かせられないんです……」 光を失った少女――妃那の顔はきちんと此方を向いていた。目があったのなら、まっすぐに此方を見据えていただろう。 その周りには、黒く光る女性の姿をした物体が浮いている。それこそ、今回の事件の元凶の分身共。それらは話し合いの時間なんて待ってくれない様だ。 「違うのです、僕たちは……!」 「うるさいですっっ!!」 源 カイ(BNE000446)の言葉は簡単に遮られる。未だ無知たる彼女は兄の優しさのみを信じている。だからこそ、憤った。彼女の中の絶対の存在の命令を、どうして彼女は守らないでいられるだろうか。カイは話し合いたいだけと言いかけて、そして。 「もう少しなんです! もう少しで兄の苦労も終わるのです!! だから、だから、だからあああああ!!!」 お願いだから、邪魔しないで――。 叫ばれて、カイは唇を噛んだ。 ズキリ。『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の胸の奥底から、そう音が鳴った。兄を慕う、妹に重ねて思い浮かぶのは反対側に居る弟の存在。 「死なせないよ……」 悠里は小さな声で、そう言った。集音装置でも聞こえない程、小さな小さな音で。 「ここから先へは、行かせませんからね!?」 妃那が紫に染まった腕で車椅子の手もたれを叩けば、肉がぐちゃりと拉げて血が垂れていく。 その瞬間に堕ち神たちは本格的に『邪魔ものは殺す』という方向にシフトした。 ● 「流石、落ちこぼれの神のそのまた落ちこぼれだな。見た目はどうした? 崩れているぞ」 滑稽か。これから少女を助けるだろう神が、楽しそうに攻撃をしてくるとは何事か。 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が堕ち神が繰り出した爪を寸前でかわす。だが二体目の堕ち神が振り上げた爪には当たり、頬には爪痕から血が流れ出した。 「ふむ……数いりゃ当たるか」 如何せん、数居る堕ち神が邪魔だ。 倒しても即補充されるのだとフォーチュナが言っているのなら。倒さないでなんとかするしかない。そして、今はまだその時ではない。 「待て、話を聞け」 「嫌よ、嫌……!!」 『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の言葉は跳ね返される。まるで玩具が欲しいと愚図る子供を相手にしている様だ。 「君が助かる対価はお兄さんの命。それでも生きたいかい、妹さん」 「そんな嘘までついて、妃那を騙すのね!?」 妃那は炎を生み出す。その炎は地獄の業火であり、広範囲に及ぶ。勿論堕ち神も巻き込むが、変えの利く駒に遠慮はいらない。 ズキリ。痛んだ腕。紫の侵食が広がる。 「動揺を誘う為の嘘と思うのならそれでも構いません、だがもし本当だったら……?」 そう、これが本当に悪い嘘ならどれほど良いか。胸が痛む、その胸のあたりの服をぎゅっと掴み、カイは言葉を紡ぐ事を止めない。例え、堕ち神に刺されようが、致命の射線を当てられようが。 「壱鬼さんの犠牲の上で救われるあなたをあなた自身は受け入れられますか?」 「さっきから……何を……っ!」 もう一度、彼女は負けぬと炎を生み出した。目が見えぬからこそ、音の多い場所に範囲攻撃を当てるしかない、賭けの勝負。 だが攻撃を重ねても重ねても、リベリスタから反撃らしい反撃が返ってこない。これは一体どういう事なのかと、妃那が疑問に思うのはそう時間が経っていない時だった。 「ミリーはあんたとお兄ちゃんを助けたくてきたの!」 少女らしい高い声が妃那の耳に入った。同時に近づいてくる一つの足音。 「ひっ」 敵が近づいてきた。そう思った妃那が小さく悲鳴をあげれば、すかさず堕ち神が『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)の行く手を阻む。堕ち神から見て妃那は大事な存在。『守ってあげる』という言葉の裏には『死なれては困る』という文字が頭隠して尻隠さずだが……。 邪魔よ!!と、ミリーは堕ち神をぐいぐい退けようとしながら、その奥に居る彼女へ声をかける事を諦めなかった。何度も声をかけ、どれか一つにでも興味を持ってもらえればそれでいいのだ。 「多少の不利益が生じても、妃那は呪いを解きたい?」 「……」 ミリーは返答を待った。その間にも、堕ち神の攻撃は容赦なくリベリスタの肌を、肉を傷つけては抉っていく。振り上げられた刃に、身体を捧げ、黙った少女は未だに心を開かない。 瞬間、地面が抉れる鈍い音と共に、一体の堕ち神が地面に叩きつけられた。 それを行ったのは『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)だ。あえて、堕ち神の存在を妃那の耳に伝えるように、強く、強く。 「お前の周囲にいる存在がわかるか? 戦闘音が聞こえるだろう? オレが今、地面に叩きつけた奴もそうだ」 風斗は叩きつけたそれを、片足で押さえながら妃那を見た。彼女も音のした此方へ顔を向けている。 「それは……妃那たちを……救ってくださるかみさ「違う!!!!!」 悠里が吼えた。それに脅え、妃那は「ひっ」と身体を捻じる。 堕ち神の振り下ろした刃を寸前で掴んで止めながら、悠里は一呼吸おいてから妃那に言った。今度はできるだけ優しく、諭すように。 「それは……勘違いだよ妃那ちゃん。あれは対価と引き換えなんだ」 どうか、真実が彼女に届きますように。 大きな音の後の静寂は、本当に静かに感じる。だからこそ、この言葉が妃那に直撃した。 「君が助かる対価はお兄さんの命。それでも生きたいかい、妹さん」 義衛郎の言葉は、とてもとても重く、そして――悲しく。 「そ、そん、なの……嘘ですよ……だ、だって貴方達は……あ、あれ?」 妃那は頭を抑える。妃那から見て敵の私達が、神秘の力の密集に気付いたとして何をしに来たのだろうか。 その力を奪うなら、攻撃してきてもいい。しかし、そうでは無い。 「嘘、ですよね?」 では、一体……。そう考えきった時、少女は大きな惑いと恐怖が胸に膨れ上がってオーバーヒート。 「嘘、嘘だよ……ね? ねぇ……ねえってばあ!!!」 その事実が、事実である事を理解しかけたその脳で。 ねえと言われて、風斗は首を横に振った。更に続けた。いつか知らなければいけないのならば、言ってしまえ。真実は優しくないから。 心は痛むけれど。 「こいつらの親玉が、お前の兄と取引をしたんだ。『命を差し出すなら、妹を助ける』ってな」 「――嘘って言ってよおおおおおおおおおおおおお!!!!!」 ● 妃那が出したのは葬送曲だ。だが彼女の目では目標に向かって鎖を伸ばす事は、叶わず。精々、その近辺に鎖を手当たり次第にぶつける程度になってしまった。 「そろそろ、時間ですね……」 『ブラックアッシュ』鳳 黎子(BNE003921)の頬のすぐ横を、鎖は通過していく。妃那を見れば、大きく咳き込み顔色が非常に悪い。 (もう、彼女の命も危ないのかもしれないですね……) その命のバッテリーは、リベリスタが来た時点で既に限り無く少量しか残されていなかったのだろう。かつ、戦闘で無理をすればするほど大きくすり減る自身の命。 生かしてあげる方法は……? 首を振り、黎子は前を見据えた。それでも、やるべき事はひとつ、儀式の中断。 「今こうしている内にも命が尽きようとしている筈です。感じ取れませんか?」 「……っ」 返事は無くとも、返事しているのと同じことだろう。妃那の中の非戦スキルがざわつき、蠢き、死の予感を囀るのだから。 それまで回復役として動いていたアーリィが、歌うのを止めた。これまで歌を奏で、それに妃那を巻き込んだが、呪いが妃那に与えているダメージはびっくりするほど回復しなかった。それは無駄な延命治療を行っているようで、歯がゆくて。 「教会、行かないとね……」 アーリィは言う。時は戦闘開始からほんの少しの時。 「……だめぇ」 紫に染まった腕で、妃那は再び詠唱を行った。その一発が命取りとはつゆ知らず。 数々のリベリスタの説得は、彼女の無知を完全に取り払っていた。攻撃をほぼ仕掛けなかった事も良い傾向に運んでいただろう。 だが、それでもだ。 「……うう」 妃那はリベリスタを止めようと必死になった。 「教えてください。あなたはどっちがいいですか?」 兄が生きるか、妹が生きるか。 「私には本当にわからないんです」 黎子の目が鋭くなる。理解してまで、此方に手を出すのは一人だけでも生き残りたい――そういう意思表示なのならば、今この場で首を狩った方が楽だ。 彼女の外見に重なるのは、己の姿。ひどく同族嫌悪な話だ。 「妃那さん、どちらです……!!?」 「妃那は、妃那は――……!」 ● リベリスタは仕掛ける。我慢の限界だ。とでも言うように、これまで貯めた力を爆発させながら。 「此処は任せて先にいけ、とか死亡フラグっぽいな?」 ユーヌのアッパーユアハートが発動する。その攻撃の対象に妃那が入っていないのは、せめてもの慈悲か。 回避の高い敵だが、ユーヌの命中をもってして、四体が本当にギリギリの所で怒り付与に成功した。ギシャァと声をあげ、元気よくユーヌに向かう堕ち神を見て失笑。 「こんなのが助けてくれる訳が無いというのにな」 「同感ですよ。ひどい神様です」 カイは気糸を編み込んで、一体のユーヌの取りこぼしを雁字搦めに縛り上げようとする……がやはりそんな甘くは無いらしい。すり抜け、呪縛は通らないものの、せめて一体だけでも敵をブロックせねばとその身体を堕ち神を掴み、取り押さえる。 「身体はるねぇ」 「このくらいしないと、駄目です」 カイの言葉に、義衛郎はそうだなと。一振りの刃に幻影を乗せて。義衛郎はそれを振り切る。 狙うは怒りを浴びていない堕ち神をメインに飲み込み、それらに幻影を与える。何が見えているのか、堕ち神は手当たり次第に攻撃を始めた。だが、その対象には勿論、妃那も入る。 気づいた悠里。だが、彼をブロックしている堕ち神はまだBSの呪いを受けていない。つまり、彼女の下へ行ってやれない。 「やめろおおおおおおお!!!!!!」 振りかぶられた刃は、無残にも妃那の胸を一閃した。流れ出るのは血というよりかは、腐った液体。それがほぼ、決め手だったかもしれない。車椅子に座りながら、微動だにしないほど妃那は衰弱している。もはや目で見て解るまでに妃那の死は近づいているのだ。 その姿を視て、どの口で『生き抜いて欲しい』なんて言えるものか。悠里は牙で、己の唇を穿った。AFからは弟が心配そうな声色をしているのだけは聞こえる。 「僕とレンはこの儀式を防ぐ……」 その先は、言えなかった。ただ、怒り混じりに驚異的なスピードで繰り出した拳は、目の前の神の胴を貫通するほどだった。この最後の一体が止まって、壁は消えたと言えるだろう。 「……一緒に行く?」 ミリーはやっと、妃那に近づく事ができた。服から見える肌はもう、肌らしい色を全く残していないまでに紫。 返事もとても小さな声だった。絞り出したと言っても間違いでは無いのだろう。よく言えたねと、ミリーは妃那の頭を優しく撫でた。 腐りゆく彼女を背負い、ミリーは駆けだす。目指すは教会内の、魔法陣。仲間が開いた道を沿って。 黎子にアーリィ、風斗がそれに続いた。最後尾を走る風斗は地面を見れば、紫の物体が落ちているのを見つけた。それがなんなのか予想するまでもなく。死というものを痛いほど実感する。生かしてやれる方法は無いものか。これまでに出会ったアザーバイドやらを考えてみたものの、癒すだの言うものは稀の中の稀。ふと、横を見れば。 「ん? どうしたんだ?」 「いえ、同類ではなかったのでうれしいのですよぉー」 そんな中、教会の裏手の扉に差し掛かるとき、黎子は口角をあげて笑っていた。彼女が待ち望んだ妃那の答え。 『どうか、兄を、召喚を、止めて下さい』 それは命を放棄する決断か。否。愛しい兄を守るための、妹の決断である。 ● それからしばらくしてだった。正面の門が開いたと思ったらアチラは八人と兄である壱鬼が一緒に入ってきたのだ。 その姿光景を見れば、一応戦闘は終わったのだと思える。 「おっそーいの、ミリーたち、超待ったのだわ!」 「すまない……」 ぶーっ、と口を尖らせながら言ったミリーに、金髪の少年が腰引く気に謝った。黎子はすかさず淡く光る魔法陣を指さし、言う。 「此方の四人はまだ堕ち神の相手中なので、取り急ぎ破壊しちゃいましょう」 「アイヤー綺麗ねー。リョーかいヨ!」 裏門、正門、健闘の結果一二人のリベリスタが魔法陣を囲む様に円と成る。 「妃那あああああ!!!??」 「お……にぃち?」 すぐ近くで壱鬼が叫びながら、ミリーの連れてきた妃那に駆け寄った。妃那は仰向けに寝かされていたが、その息は切れ切れ。 「じゃあ、せーので、いいよね? こんなの初めてかもしれない!」 兄妹を気遣う前に、ちゃっちゃと破壊しちゃいましょう。アーリィは右腕を前に出し、手のひらを下に向ける。それに続き、ミリーが、黎子が、風斗が、あちらの八人が同じく手をかざす――。 場所は少し変わって、教会裏戦場。 「ほんとに、何度も何度も殺っても湧いて出てくるな」 残されたユーヌを始め、四人は思い思いに堕ち神をサンドバックにしていた。抜けようとしても二回目同じ手は通用しないようで、どうにもこうにも進むことができていなかったのだ。 「あはは……こういうゲームあるよね、なんだっけな、無限に敵が沸いて出てくるやつだよ」 「良い、レベル上げポイントですね……」 悠里とカイが背中の合わせ、また背中が離れて堕ち神に攻撃する。 「実際にやるとキツいから、そろそろ終わりが欲しいものだ」 義衛郎は苦笑いを決めながらも、幻影を乗せて一閃――――した所で、敵が消えてなくなった。 「お……終わったか」 「ふむ、そのようだな」 場所と時間は少し戻る。 『やめてええええ、やめて頂戴いいいいいい私はあああ私はあああ!!』 「上の世界で膝抱えて落ちぶれとして生きてろ、堕ち女神ちゃん!」 女神の叫びが聞こえる希少な教会は此方です。もはや女神に打つ手は無い。やめてといって、止めるリベリスタが何処にいよう。 「いくぞ」 風斗が右腕に力を込める。閉じろと念じ、それが八人分。 ――せーのっ!!! ● 「妃那、妃那、なんでそんな無茶……悪かった、約束も守れなくて、本当の事を言わなくて」 「も、い……よ、ひな、おこ、てない」 抱きしめた身体はふつう以上に柔らかく、腐り果てて、激痛だろうに妹は笑顔を絶やさない。 死ぬその瞬間、最期まで貴方の腕に守られていられるなら、それ以上に素晴らしい死はあるものか。 リベリスタはその二人をただ見守っていた。もはやこちらがやれる事は、無い。 「あの、ね、あーくのみな、ん。いたいことし、ごめんな、い、でも、ありが、う」 小さな声で、切れ切れな声で、妃那はリベリスタに礼を言い、謝った。きっとアークが来なかったらもっと最悪な現実が待っていただろうから。 胸が苦しい。悠里の腕に、弟の手が触れた。 「おやすみ、妃那ちゃん」 そう、誰かが言った。その瞬間、目を閉じ、妃那は――。 ごとり。 腐り果て、支えられなくなった妹の首は教会の地面に落ちた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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